佐賀地方裁判所 昭和42年(む)211号 決定 1967年12月15日
主文
本件忌避申立却下決定を取消す。
理由
本件準抗告の趣旨は別紙(二)弁護人堤敏介の「準抗告の申立」と題する書面の記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
本件被告事件記録によれば、本件起訴は昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員選挙に際し、被告人大嶺真三(沖繩在住)、同田中良典(佐賀市在住)両名が共謀して法定外文書(葉書)約一四三枚を佐賀県在住の者等約一四三名に発信して頒布したという公訴事実で同年三月一日佐賀区検察庁検事より佐賀簡易裁判所に起訴され、同日いずれも略式命令が発せられたが同月一四日いずれも正式裁判を申立てた。そこで同年九月八日第一回公判へき頭において被告人大嶺の弁護人堤敏介より同被告人は沖繩在住にして社会的にも耳目をひく重要事案であるから刑事訴訟法第三三二条により佐賀地方裁判所に移送して合議体で審理するのが相当であるとして移送の申立をしたが必要なしとして却下されたこと、次に検察官の起訴状に対する釈明、被告人、弁護人の罪状認否、証拠物(一部)の証拠調があり、第二回公判(昭和四二年一一月二一日)において、前記堤弁護人より被告人大嶺は令状なくして強制的に連行されて自由を束縛されて取調べを受けた違法があることを理由として刑事訴訟法第三三八条第四号に基き公訴棄却を申立て、ついで検察官より沖繩在住の参考人下地淳一ほか四名が琉球警察本部司法警察員に対してなした供述調書を刑事訴訟法第三二一条第一項第三号書面として証拠調の請求がなされたところ、弁護人側から供述者が沖繩在住というだけの理由で証人として召喚する手続もせず該供述調書を証拠調べすることには異議があると述べた。第三回公判(同年一一月二二日)において裁判官桜木繁次は被告人大嶺に対し不出頭許可をなした上前記調書につき証拠調をなす旨の決定をしたこと、弁護人は沖繩より本土への渡航は届出のみでできる。現に被告人大嶺は召喚状のみで出頭している。証人として召喚すれば出頭可能である。琉球警察の警官は日本の刑事訴訟法上の司法警察員ではなく、証人の召喚手続もなくて国外にあるとの理由で証拠調をするのは違法である。以上の理由により右調書は同法第三二一条第一項第三号の要件を欠き、憲法第三七条に違反するものとして証拠調に対する異議の申立をしたところ、右裁判官は右異議の申立を棄却したこと、そこで右弁護人より右裁判官に対し、憲法第三七条に保障された反対尋問の機会を奪うような審理方式では不公平な裁判をするおそれがあるとして忌避の申立をし、右裁判官により訴訟遅延のみを目的としてなされたものであることが明らかであるから刑事訴訟法第二四条によりこれを却下(簡易却下)するとの決定がなされたことが明らかである。
ところで、本件は日本と沖繩との関係についての法律問題を含んだ公職選挙法違反事件で、第一回公判(同年九月八日)において集中審理、継続審理計画がなされ同年一二月一四日第六回公判期日まで指定され、訴訟関係人その趣旨を体して協力のもとに既に集中審理が実施されており、右弁護人の訴訟活動においても充分なる訴訟促進に協力する熱意がみられることは本件被告事件記録に徴して肯認されるところである。およそ刑事裁判においては被告人は公正、迅速なる裁判を受ける権利があり、とりわけ公職選挙法違反事件では「一〇〇日裁判」の立法趣旨から公正、迅速なる裁判手続が要請せられることはいうまでもない。
従って忌避権の濫用と認められるような訴訟の遅延を招くような因子はできる限りすみやかに排除せられねばならないこと勿論であるが他面裁判の公正を疑わしめるような事由が存在するかどうかという判断は慎重になされねばならない。本件忌避の申立は前示証拠決定について刑事訴訟法第三二一条第一項第三号の解釈を誤り憲法第三七条の反対審問権を不当に奪われたことを事由として不公平な裁判をするおそれがあることを理由になされたものであること明らかである。
而して前叙訴訟の経過に照せば弁護人において本件訴訟を遅延させる目的ないし意図があったものとは到底認め難く、むしろ訴訟の促進に協力して被告人のため公正なる裁判を期していることを認めるに充分である。
その他本件記録によるも必ずしも訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らかであるとは認め難い。従って右忌避申立に対しては裁判官に偏頗な裁判をなすおそれがあるかどうかについて判断するのが相当と思料されるので刑事訴訟法第二三条第二項により佐賀地方裁判所の裁判官でもって構成される合議体において決定すべきであって、忌避された裁判官により簡易却下手続により却下の決定をしたことはその手続を誤ったものといわなければならない。
よって本件準抗告は理由があり、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項によりその決定を取消すこととして主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岩村溜 裁判官 川崎貞夫 塚田武司)
<以下省略>