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佐賀地方裁判所 昭和42年(ワ)281号 判決 1968年4月22日

原告

田中博子

被告

キング工業株式会社

主文

被告は、原告に対し、金六二万三、一一三円八五銭およびこれに対する昭和四二年一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立て

一、原告

「被告は原告に対し金八七万五、六八五円およびこれに対する昭和四二年一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)  被告会社は、金庫、金銭登録器等の製造販売等をその営業の目的としているものであり、分離前の相被告津留則保は、被告会社から被用されていたものである。

(二)  ところで、右津留則保は、昭和四二年一月一一日午後五時三〇分ごろ、被告会社所有の普通貨物自動車を運転して、北側の国鉄佐賀駅方面から佐賀市唐人町の唐人町バス停留所附近の道路上を南側へ向つて時速二五キロメートルぐらいで進行中、折柄同停留所東側停留所の方から西側へ向つてそこの横断歩道上を歩行していた原告の身体に右貨物自動車を接触させて、原告をその場に転倒させ、そのため原告に傷害をこうむらせた。

(三)  そして、この事故の発生は、右津留則保の過失によるものであつた。すなわち、同人は、その際進路前方の右横断歩道上を原告が横断しつつあるのを認めたのであるから、その横断歩道の手前で一時停車し、原告がその進路前方を横断し終るのを待たなければならない注意義務を有していたにもかかわらず、これをおこたり、そのまま漫然と右貨物自動車の運転進行を継続させたため、前記事故の発生をみるにいたつたものであるからである。

(四)  しこうして、被告会社は、前記のとおり、右貨物自動車の所有者であつて、自己のためにその自動車を運行の用に供しているものであり、右の傷害事故は、被告会社のためにするその貨物自動車の運行によつて発生したものである。また、右事故は、前記津留則保が被告会社の自動車運転手としてその事業の執行中に惹起させたものである。したがつて、被告会社は、人損については、第一次的には自動車損害賠償保障法第三条、予備的には民法第七〇九条、第七一五条により、物損については民法第七〇九条、第七一五条により、原告に対し右事故によつてこうむつたその損害を賠償すべき責めを負う。

(五)  右事故によつてこうむつた原告の損害は、つぎのとおりであり、その明細、内容は、別紙目録記載のとおりである。

(1) 損害総額 金九一万八、七一五円

(2) 損益相殺額 金四万三、〇三〇円

(3) 以上差引額 金八七万五、六八五円

(六)  それで、原告は、被告に対し、右差引額金八七万五、六八五円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四二年一月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の答弁

(一)  前記第二の一の(一)の事実は認める。

(二)  同第二の一の(二)の事実は知らない。

(三)  (1) 同第二の一の(三)の過失に関する事実は否認する。

(2) 仮りに本件事故が前記津留則保の運転する自動車によつて惹起されたものであつたとしても、それは、原告の一方的過失によつたものであつて、そこに、右津留則保の過失の介在する余地は全く存しなかつたものである。すなわち、原告は、その際、道路を横断する者の常として、駈足かもしくは少くとも早足により、中途で後戻るような行動に出ることなく、一気に道路を横断すべきであつたものであり、また原告がそのようにして道路を横断しておれば、本件事故の発生をみることはなく、右津留則保は、原告の道路横断後を安全に通過することができたはずであつたにもかかわらず、原告が道路横断中意表に出て急に後戻つたため、本件事故が発生するにいたつたものであるから、それは、右津留則保としては、全くの不可抗力によるものであつた。

(四)  同第二の一の(四)の被告会社の責任を争う。

仮りに本件事故が右津留則保の運転する自動車によつて惹起されたものであり、かつその自動車が被告会社の所有するものであつたとしても、右津留則保は、本件事故当日、被告会社には無断でその自動車を持ち出し、無免許で勝手にこれを運転使用していたものである。

(五)  (1) 同第二の一の(五)の各事実のうち、別紙目録記載一の(一)ないし(四)の各事実はいずれも知らない。

(2) 同目録記載一の(五)の、原告の受傷の程度および婚約破棄に関する各事実をいずれも否認し、その慰藉料額を争う。原告の本件事故による受傷の程度は、軽微であり、しかも、その傷害は、後遺症をのこすことなくして間もなく全快している。また、原告は、相手方から婚約を破棄されたものではなくして、自らこれを破棄したものであり、しかも、それは、本件事故に原因したものではなくして、原告が農家に嫁ぐことをいやがつたためにほかならなかつた。

(3) 同一の(六)の、被告会社の不誠意の事実を否認し、弁護料額を争う。

(4) 同目録記載二の事実は認める。

三、被告の抗弁

仮りに前記津留則保に本件事故発生についてのなんらかの過失があり、かつ被告会社にその事故にもとづく原告に対する損害賠償責任があつたとしても、原告は、道路を横断するに際しては、道路を横断歩行する者の常として、駈足かもしくは少くとも早足により、中途で後戻るような行動に出ることなく、一気に道路を横断すべきものであつたところ、本件事故は、原告がことここに出でることなくして、道路横断歩行中急に後帰つたため、発生したものであつて、これは、本件事故発生の大きな原因をなすものということができるから、この原告自身の過失もまた、本件損害額の算定にあたつては、十二分に斟酌されなければならないものである。

四、被告の右の過失相殺の抗弁に対する原告の答弁

その原告の過失に関する事実は否認する。

第三、当事者双方の証拠関係〔略〕

理由

第一、一、被告会社が原告主張の営業を目的としているものであり、分離前の相被告津留則保が被告会社から被用されていたものであることは、当事者間に争いがなく、右津留則保が昭和四二年一月一一日午後五時三〇分ごろ被告会社所有の普通貨物自動車を運転して、原告主張の道路上をその主張の方向へ向つて時速二五キロメートルぐらいで進行中、たまたま歩行者としてそこの横断歩道上にあつた原告の身体に右貨物自動車が接触して、原告がその場に転倒し、そのため原告が傷害をこうむつたことは、〔証拠略〕を総合して明らかであり、これを覆えすに足りる証拠はない。

二、そして、右認定事実に、〔証拠略〕を総合すると、右津留則保は、前記停留所手前にさしかかつた際、その東側停留所の方から西側へ向つて進路前方の右横断歩道上を原告が横断歩行しつつあるのを認めたのであるが、その際一時停車をすることなくして、前記速度で進行を続けても、原告の身体に右貨物自動車を接触もしくは衝突させることなくして、安全に同横断歩道を通過できるものと軽信し、そのまま漫然と右自動車の運転進行を継続させたため、前記接触事故の発生をみるにいたつたものであること、また一方、これを原告の側からみると、原告は、まず左右の安全を確認した後(左側には自動車―すなわち、右貨物自動車からいうと対両車―が一時停車していた。)、右のとおり横断歩道上を早足で横断歩行中、道路の中央線の手前二メートルか三メートルぐらいの地点にさしかかつた際、右側一〇メートルぐらい先の方から前記貨物自動車の進行してくるのを認めたが、同自動車が一時停車の気配を示すことなく、直進してきたので、とつさにそのまま前方へ歩行を続けることの身の危険を感じ、ためらいとまどつて、その場に立ちどまるとともに、右足をひき、身体をひらいて、同自動車の方を向いた瞬間、身体の左側に同自動車が接触するにいたつたものであつて、その際原告が右のようにして立ちどまつたのは、同自動車が停車する気配をみせずに直進してきたためであり(そのような場合、ためらいとまどつて立ちどまることは、普通一般によくあることであつて、これを責めるわけにはゆかない。)、しかも、原告が右足をひき、身体をひらいて、右自動車の方を向いたのも、原告がとつさの間に同自動車を避けんがためにとつた自衛本能的な行動にほかならなかつたものであつて、もしその際原告がそのような行動に出ていなければ、本件事故は、さらに大きなものとなるべきはずのものであつたことをそれぞれ認めることができ、これに反する証人黒田秋雄の証言は、前記の各証拠に照らして信用することができず、証人丸本隆則の証言をもつてしては右認定を左右するに足りないし、他にその認定を動かすべき証拠はない。

およそ、右のような貨物自動車の運転をなしている者としては、その進路前方の横断歩道上を人が横断歩行しつつある場合には、その横断歩道の手前で一時停車し、右歩行者がその進路前方を横断し終るのを待つたうえで、再び発進しなければならない法律上の注意義務を有しているものというべきであるところ、右認定事実によると、本件貨物自動車を運転していた津留則保は、原告が歩行中の横断歩道の手前で同自動車を一時停車させることなく、そのまま漫然と同自動車の運転進行を継続させたため、本件事故を発生させるにいたつたというのであるから、本件事故の発生については、右津留則保に、現に原告が横断歩行中の横断歩道の手前で貨物自動車を一時停車させなかつたことの過失が存したものと認めるのが相当である。

これに対し、被告は、事実摘示第二の二の(三)の(2)のとおり主張するが、その事実たるや、前認定のとおりであつて、本件事故の発生については津留則保にその過失の責めがあることは、前記のとおりであり、さらに右認定事実によると、原告にもその過失の責任があるものとはとうていなしえないから、被告の右主張は理由がない。

三、しこうして、被告会社が金庫、金銭登録器等の製造販売等をその営業の目的としているものであり、津留則保が被告会社から被用されていたものであること、本件事故が被告会社所有の普通貨物自動車を運転していた右津留則保の過失によつて発生した原告に対する傷害事故であつたことは、いずれも前記のとおりであり、さらに証人黒田秋雄の証言によると、本件事故発生の際は、右貨物自動車に、公安委員会の運転免許をうけていた被告会社の営業担当被用者訴外黒田秋雄が同乗しており、かつその運行は、被告会社のための事業の執行にかかるものであつたこと、右津留則保は、当時、公安委員会の運転免許をうけてはいなかつた(したがつて、運転に従事してはならなかつたことは、いうまでもない。)が、それまでの間頻繁に被告会社所有の自動車の運転にたずさわり、かつそれがその職場で少くとも黙認されてきたこと(もつとも、被告提出の昭和四三年二月一二日付準備書面中の陳述事項五の第一行目には「当時会社の運転者津留は」とある。)をそれぞれ認めることができる(これを覆えすに足りる証拠はない。)から、これらの事実によると、被告会社は、本件貨物自動車の保有者であり、かつ前記津留則保の使用者であるところ、本件傷害事故は、被告会社のためにする右貨物自動車の運行によつて発生したものであり、かつ右津留則保が被告会社のための事業の執行中に惹起させたものと認めるのが相当である。

四、したがつて、被告会社は、本件事故によつてこうむつた原告の各損害、すなわち津留則保の前記不法行為と因果関係のある原告の各損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

第二、一、そこで、原告主張の別紙目録一記載の(一)ないし(六)の各損害の有無について順次判断する。

(一)  右一の(一)の(1)ないし(9)について

〔証拠略〕を総合すると、本件事故によつてこうむつた原告の前記傷害は、両膝部、下腿部、腰部等打撲傷、椎間内障であつて、そのために、原告は、昭和四二年一月一一日から同年二月二〇日までの間は、佐賀市大財一丁目の医療法人向愛会副島病院に、同年五月九日から同年六月一八日までの間は、同市高木瀬町の国立佐賀病院にそれぞれ入院して、右受傷の治療をうけたことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない

(1)  同(一)の(1)のガス代

これを認めさせるに足りる証拠はないから、この点の原告の主張は、理由がない。

(2)  同(一)の(2)の部屋代

(3)  同(一)の(3)の初診料

〔証拠略〕を総合すると、右(2)の部屋代金九三〇円に関する事実ならびに同(3)の初診料金二〇〇円に関する事実をそれぞれ認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

これらの事実によると、右金九三〇円ならびに同金二〇〇円は、いずれも本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(4)  同(一)の(4)の諸雑費

〔証拠略〕を総合すると、右(4)の(イ)の金七〇円、同(ロ)の金二〇〇円、同(ハ)の金一二〇円、同(ニ)の金三五〇円、同(ホ)の金二七〇円、同(ヘ)の金二二〇円、同(ト)の金一〇〇円、同(チ)の金一二〇円、同(リ)の金五〇円、同(ヌ)の金一〇〇円、同(ル)の金九〇円、同(オ)の金二、五〇〇円、同(ワ)の金八〇〇円、同(カ)の金六〇円、同(ヨ)の金二〇〇円、同(タ)の金二〇〇円、同(レ)の金一二〇円、同(ソ)の金一〇〇円、同(ツ)の金二六〇円、同(ネ)の金七七〇円に関する各事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。しかし、その余の原告の主張事実については、これを認めさせるに足りる証拠はない。右各認定事実(品目、金額等)に前認定の原告の受傷の部位、入院期間等を考えあわせると、右(イ)ないし(ネ)の合算額であることが計算上明らかな金六、七〇〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(5)  同(一)の(5)の附添費

〔証拠略〕を総合すると、その附添費金二万二、一〇〇円に関する事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。この事実によると、右金二万二、一〇〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(6)  同(一)の(6)の栄養費

〔証拠略〕を総合すると、その栄養費のうち金一、二一〇円に関する事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。しかし、その余の原告の主張事実については、これを認めさせるに足りる証拠はない。右認定事実(種類、金額等)に前認定の原告の受傷の部位、入院期間等を考えあわせると、右金一、二一〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(7)  同(一)の(7)の電話料

〔証拠略〕によると、その電話料のうち、本件事故のことで被告会社福岡営業所へ三回金一五〇円に関する事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。しかし、その余の原告の主張事実については、これを認めさせるに足りる証拠はない。右認定事実によると、その金一五〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(8)  同(一)の(8)の謝礼

〔証拠略〕を総合すると、その各金二、〇〇〇円での購入品の贈答の事実を、さらに原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、昭和自動車株式会社佐賀営業所に電話交換手として勤務していたものであつて、父母と兄一名、弟妹各一名の合計六人暮しの家族のうち、父と弟が勤め人で、兄が青果商を営んでおり、自らも不動産こそないが、多少の預金を有していたことをそれぞれ認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。そして、これらの事実に前認定の原告の受傷の部位、入院期間等および弁論の全趣旨を考えあわせると、右各購入費の合算額であることが計算上明らかな金四、〇〇〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(9)  同(一)の(9)の診断書作成料

〔証拠略〕を総合すると、その診断書作成料のうち前記副島病院に対する金五〇〇円支払いの事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。しかし、その余の原告の主張事実については、これを認めさせるに足りる証拠はない。右認定事実によると、その金五〇〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(二)  右一の(二)の(1)、(2)について

(1)  同(二)の(1)の原告の通院費

〔証拠略〕を総合すると、その副島病院ならびに国立佐賀病院への各通院の事実、それらの通院は、前記受傷にもとづく疾病の治療をうけるためのものであつたこと、および右各通院のための自宅からの往復バス代一回分は、前者の場合が金一一〇円、後者の場合が金一二〇円であつたことをそれぞれ認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。しかし、その余の原告の主張事実については、これを認めさせるに足りる証拠はない。右各認定事実によると、その往復バス代の合算額以下であることが計算上明らかな金六、六六〇円(原告の主張額による)は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(2)  同(二)の(2)の原告の母の通院費

前認定の原告の国立佐賀病院入院の事実に原告本人尋問の結果を総合すると、その通院(原告の入、退院の日を含む。)ならびに通院費に関する事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。この事実によると、その往復バス代の合算額であることが計算上明らかな金一、六八〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(三)  右一の(三)の(1)ないし(6)について

前認定の原告の昭和自動車株式会社勤務の事実に、〔証拠略〕を総合すると、その(1)ないし(6)の各事実を認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。しかし、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和四二年一〇月三一日に、前記勤務会社を退職したことが明らかであるから、右(6)の予定分は、すでにそのときにおいて、消滅したものというほかない。これらの事実によると、右(1)ないし(5)の合算額であることが計算上明らかな金一一万五、七九九円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(四)  右一の(四)の(1)ないし(3)について

(1)  同(四)の(1)のクリーニング代

前認定の原告の接触、転倒、受傷の事実に〔証拠略〕を総合すると、そのクリーニング代金七〇〇円に関する事実ならびに本件事故当日の天候は、小雨模様で、路上がぬれていた事実をそれぞれ認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。これらの事実によると、右クリーニング代金七〇〇円は、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(2)  同(四)の(2)のハンドバツク代

(3)  同(四)の(3)の婦人用傘代

〔証拠略〕を総合すると、右(2)のハンドバツク代金四、〇〇〇円ならびに同(3)の婦人用傘代金二、一〇〇円に関する各事実を認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。しかし、右各金額をもつて、直ちに本件事故と因果関係のある原告の損害の額となすことのできないことは、多言を要しない。けだし、そのような破損もしくは紛失による損害の額は、そのときの時価によるべきものであつて、新規購入額によるべきものではないからである。そして、右認定事実に、〔証拠略〕によつて明らかな、原告が昭和一六年一二月八日生れである事実、前認定の原告の勤務ならびに家族関係の事実および弁論の全趣旨を総合すると、本件事故発生当時における右破損ハンドバツクの破損前の時価は、少くとも金一、五〇〇円を下らず、同紛失婦人用傘の紛失前のそれは、少くとも金一、〇〇〇円を下らなかつたものと認めるのが相当である。この事実によると、右時価金一、五〇〇円、同金一、〇〇〇円は、いずれも、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

(五)  右一の(五)の慰籍料について

〔証拠略〕を総合すると、原告は、昭和四一年三月ごろ、訴外横田虎夫と婚約し、いわゆる一升(または一生)固めの行事をも終えて、昭和四二年春ごろに、同訴外人と挙式する予定でいたところ、本件事故が発生したため、予定の挙式ができなくなつたこと、そして、原告と右訴外人との婚姻は、同訴外人が年齢の関係上挙式をいそいでいたため、原告の辞退により(右訴外人によつて婚約が破棄されるにいたつたことを認めさせるに足りる証拠はない。)、とりやめになつたことを認めることができ、これに反する証人丸本隆則の証言は、前記の各証拠に照らして採用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、証人丸本隆則の証言によると、被告会社は、資本金四、〇〇〇万円の株式会社であつて、従業員約二、〇〇〇名をようし、かつ自動車一〇〇台以上を保有していること、そして、本件事故に関する警察官への報告は、事故後五日ばかりしてなされたことをそれぞれ認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。

右各認定事実に前認定の諸事実すべてその他本件記録にあらわれている一切の事情を斟酌すると、原告の本件受傷事故によつてこうむつた精神的打撃は、甚大であり、この精神的苦痛を慰藉するためには金四〇万円を必要とするものと認めるのが相当である。

二、しこうして、別紙目録二記載の事実は、当事者間に争いがないから、この分を控除すると、本件事故によつてこうむつた原告の損害は、前記第二の一の(一)の(3)の金二〇〇円、同(一)の(4)の金六、七〇〇円、同(一)の(6)の金一、二一〇円、同(一)の(7)の金一五〇円、同(一)の(8)の金四、〇〇〇円、同(一)の(9)の金五〇〇円、右一の(二)の(1)の金六、六六〇円、同(二)の(2)の金一、六八〇円、右一の(三)の金一一万五、七九九円、同一の(四)の(1)の金七〇〇円、同(四)の(2)の金一、五〇〇円、同(四)の(3)の金一、〇〇〇円、および右一の(五)の金三八万円(金四〇万円と金二万円の差額であることが計算上明白である。)となることが明らかである。

三、ところで、被告は、事実摘示第二の三のとおり過失相殺の主張をする。しかし、原告に被告主張の過失が存しなかつたことは、前記のとおりであるから、被告の右主張は、理由がない。

四、以上のとおりであつて、本件事故によつてこうむつた原告の前記各損害金の合計額は、金五二万〇、〇九九円となることが計算上明白であるところ、〔証拠略〕を総合すると、原告は、被告会社ならびに前記津留則保が原告の本件事故にもとづく損害賠償の求めに応じなかつたため、止むなく法律扶助協会佐賀県支部の扶助をうけて本訴を提起することとし、昭和四二年七月二七日、同支部推せんの弁護士山口米男(原告訴訟代理人)との間において、着手金(手数料)は法律扶助委員会の認定による金二万五、〇〇〇円(ただし、右支部において一応立て替える。)とし、報酬金の額は前同委員会の認定による割合の取り前の一割五分とすることなどを約したことを認めることができる(これを覆えすに足りる証拠はない。)から、右着手金二万五、〇〇〇円と前記の金五二万〇、〇九九円の一割五分にあたる額であることが計算上明らかな報酬金七万八、〇一四円八五銭もまた、本件事故によつてこうむつた原告の損害ということができる。

五、そうすると、被告は、原告に対し、前記損害額金五二万〇、〇九九円と右着手金二万五、〇〇〇円と同報酬金七万八、〇一四円八五銭との合算額であることが計算上明らかな金六二万三、一一三円八五銭およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四二年一月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

第三、してみると、原告の被告に対する本訴請求は、被告に対し右金員の支払いを求める限度においては、正当であるから、これを認容すべきであるが、その余の請求は、失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、原告勝訴部分に対する仮執行の宣言については同法第一九六条第一項、第四項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原宗朝)

(別紙) 目録

一、損害

(一) 原告の入院中の費用

(1) ガス代 金六三〇円

昭和四二年一月一一日から同月三一日まで一日金三〇円の二一日分で、原告が、入院中の佐賀市大財一丁目医療法人向愛会副島病院に支払つたもの

(2) 部屋代 金九三〇円

一日金三〇円の三一日分で、原告が右病院に支払わなければならなかつたもの

(3) 初診料 金二〇〇円

原告が右病院に支払つたもの

(4) 諸雑費 金六、七五〇円

原告が右病院および佐賀市高木瀬町の国立佐賀病院入院中に支払つた購入費((イ)ないし(ツ))および借本料((ネ))

(イ)楽呑み金七〇円、(ロ)タオル金二〇〇円、(ハ)洗面器金一二〇円、(ニ)ちり紙金三五〇円、(ホ)石けん金二七〇円、(ヘ)茶器茶出し金二二〇円、(ト)歯ブラシ金一〇〇円、(チ)歯みがき粉金一二〇円、(リ)果物ナイフ金五〇円、(ヌ)ちり籠金一〇〇円、(ル)コツプ金九〇円、(オ)寝まき金二、五〇〇円、(ワ)氷枕金八〇〇円、(カ)石けん入れ金六〇円、(ヨ)ハンガー金二〇〇円、(タ)ポリバケツ金二〇〇円、(レ)スリツパ金一二〇円、(ソ)箸金一〇〇円、(ツ)茶金二六〇円、(ネ)貸本、貸雑誌金八二〇円

(5) 附添費 金二万二、一〇〇円

原告が昭和四二年一月一一日から同月三一日までの間雇用した附添婦に対する日当、食費および寝具代で、原告が支払わなければならなかつたもの

(6) 栄養費 金一、三一〇円

原告が右各入院中に購入し支払つた卵と果物の代金

(7) 電話料 金三〇〇円

昭和四二年一月三〇日に金七〇円、同年三月一七日に金三〇円、同年五月一六日に金五〇円、被告会社福岡営業所へ本件事故のことで三回計金一五〇円

(8) 謝礼 金四、〇〇〇円

原告が退院の際に医師および看護婦に対し各金二、〇〇〇円で購入した品物を贈つたもの

(9) 診断書作成料 金一、〇四〇円

警察提出用二通、原告勤務昭和自動車株式会社提出用四通および本件証拠提出用二通に対するもので、原告が支払つたもの

(二) 交通費

(1) 原告の通院費 金六、六六〇円

昭和四二年二月二一日から同年三月一日までの間毎日自宅から前記副島病院へ通院したその往復バス代一回につき金一四〇円と、同年三月二一日から同年四月二〇日までおよび同年六月一九日から同年七月一一日までの間毎日自宅から前記国立佐賀病院へ通院したその往復バス代一回につき金一二〇円で、いずれも原告が支払つたもの

(2) 原告の母の通院費 金一、六八〇円

原告の前記国立佐賀病院に入院中の昭和四二年五月九日から同年六月一八日までの間、附添婦はいなかつたので、原告の母が、洗濯など原告の身のまわりの世話のため、三日に一回計一四回自宅から右病院に通院したその往復バス代一回につき金一二〇円で、原告が支払つたもの

(三) 原告の本件受傷にもとづく前記昭和自動車株式会社欠勤による得べかりし利益の喪失額

(1) 昭和四二年二月分給料金一万九、三〇〇円(同月は、欠勤二六日で、本来給与は支給されないものであるところ、有給休暇一一日をふりむけて、給与の支給をうけ、これにより同年は有給休暇をとれないことになつたので、右金員は結局、原告の逸失利益となる。)

(2) 同年四月分給料金二万二、三〇〇円

(3) 同年五月分給料金二万二、三〇〇円

(4) 同年六月分給料金二万二、三〇〇円

(5) 同年六月ボーナス減額分金二万九、五九九円

(6) 同年一二月ボーナス減額予定分金二万〇、五一六円

(四) 物損

(1) クリーニング代 金七〇〇円

本件事故の際原告が着用していたオーバー、カーデイガンおよびスカート各一点をクリーニングに出した際の代金で、原告が支払つたもの

(2) ハンドバツク代 金四、〇〇〇円

本件事故により原告の所持していたハンドバツクが破損し、使用にたえなくなつたため、原告がこれと同等の品のものを買いかえたときの支払つた代金

(3) 婦入用傘代 金二、一〇〇円

本件事故により原告の所持していた婦人用傘が紛失したので、原告がこれと同等の品のものを購入したときの支払つた代金

(五) 慰藉料 金六〇万円

原告の本件事故によつて受けた前記傷害は、両膝部、腰部、下腿部等打撲傷、稚間内障等であり、そのため、原告は、前記副島病院に四一日間入院、二一日間通院、さらに腰痛等が去らなかつたため、前記国立佐賀病院に入院四一日間、通院八三日間、にもかかわらずいまなお腰痛をおぼえる有様である。

また、原告は、昭和四一年三月ごろ、訴外横田虎夫と婚約し、昭和四二年春に同訴外人と挙式する予定で、いわゆる一升固めの行事をも終えていたものであるところ、本件事故の発生により、右婚約は、破棄されるの止むなきに立ちいたつた。

以上のとおりであつて、原告の本件事故によつてこうむつた精神的打撃は、甚大であり、これが慰藉されるがためには、金一〇〇万円を必要とするが、本訴においては、そのうち金六〇万円を請求する。

(六) 弁護料 金一三万円

被告会社および前記津留則保は、いずれも、本件事故発生後原告の損害賠償の求めに対して誠意を示そうとしなかつたので、原告は、佐賀県弁護士会と相談の末、止むなく法律扶助協会佐賀県支部の扶助をうけて本訴を提起することとし、同支部推せんの弁護士山口米男との間において、着手金二万五、〇〇〇円(ただし、右支部において立替え)報酬は取り前の一割五分とそれぞれ定めたので、その債務額の範囲内で右のとおり金一三万円

二、損益相殺

前記一の(一)の(2)の金九三〇円および同一の(一)の(5)の金二万二、一〇〇円は、いずれも、被告会社が支払つた。

また、被告会社は、原告に対し、見舞金として金五、〇〇〇円、小遺銭として金一万五、〇〇〇円合計金二万円を支払つたので、これは、前記慰藉料の弁済に充当する。

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