佐賀地方裁判所 昭和44年(ワ)352号 判決 1971年4月23日
原告
碇義信
ほか二名
被告
日本機業株式会社
ほか二名
主文
被告らは各自、原告碇義信および原告碇ヌイに対し各金二三三万九、二九六円、原告株式会社いすずに対し二五万八、七〇〇円ならびに右各金員に対し被告山本明男および被告宮木幸太郎は昭和四四年九月一三日から、被告日本機業株式会社は同月一四日から、それぞれ支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告碇義信および原告碇ヌイと、被告らとの間に生じた分はこれを三分しその一を被告らの、その余を原告碇義信および原告碇ヌイの各負担とし、原告株式会社いすずと被告らとの間に生じた分は、これを一〇分しその一を被告らの、その余を原告株式会社いすずの各負担とする。
この判決の第一項は仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告ら
被告らは各自、原告碇義信および原告碇ヌイに対して、各金八〇九万円、原告株式会社いすずに対して金二六八万四、八四〇円、および右各金員に対し被告宮木幸太郎ならびに被告山本明男は昭和四四年九月一三日から、被告日本機業株式会社は同月一四日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
二、被告ら
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、原告らの請求原因
一、事故の発生
昭和四四年四月二四日午後〇時五〇分ごろ、被告宮木は貨物自動車(以下単に被告車という)を運転して佐賀県東松浦郡厳木町牧瀬三二番地先国道上を、唐津市方面から佐賀市方面へ向けて運行中、荷下しのため佐賀市方面から唐津市方面にむかつて停車中の普通貨物自動車(以下単に原告車という)およびその前方に佇立していた訴外碇信博に衝突し、よつて原告車を破損したうえ同人を即時死亡させるに至つた。
二、被告らの責任
(一) 右事故は、被告宮木が被告車を運転するにあたり、充分前方を注視せず、しかも漫然中央線を超えて道路右側部分を進行した過失があつたものであるから被告宮木は、その過失により発生させた右事故による後記損害を賠償しなければならない。
(二) 被告山本は、被告宮木の使用者であり、本件事故はその業務の遂行中発生したものであるから、被告山本は民法七一五条により賠償の責に任ずべきである。
(三) 被告日本機業株式会社(以下単に被告会社という)は、当時被告車を自己のために運行の用に供していたものである。
また昭和四四年五月一二日被告会社は原告株式会社いすず(以下単に原告会社という)に対し、本件事故により破損した原告車の修理に関する費用を負担することを約した。
よつて被告会社は原告らに対し自動車損害賠償保障法第三条および右契約にもとずき本件事故による後記損害を賠償する責任がある。
三、損害
(一) 原告義信、同ヌイの損害
(イ) 碇信博の得べかりし利益の喪失による損害
被害者碇信博は本件事故当時二八才(昭和一六年一月一日生)で原告会社に勤務していたものである。本件事故に遭遇しなければ満五五才に達するまで二七年間稼働し得たはずでありその間の収益は、定期昇給を加算すると別表のように九、四八四万八四〇円となり、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除するとその死亡時における現価は四、七三七万六六六円となる。そして同人の生活費は収入の半額とみるのを相当とするからこれを控除すると、純収益は二、三六八万五、三三三円となり、原告義信および同ヌイは信博の父母であつて相続によりそれぞれ二分の一にあたる一、一八四万二、六六六円を取得したが、うち各六五〇万円を請求する。
(ロ) 原告義信および同ヌイの慰藉料
亡信博は原告義信および同ヌイ夫妻の長男であつて、いずれは家業の農業をつがせ同原告らの老後を託そうと楽しみにしていたのに、本件事故により非業の死を遂げ、同原告らの悲しみはたとえようもなく、慰藉料はそれぞれ三〇〇万円が相当である。
(ハ) 弁護士費用
原告義信、同ヌイにつき各金九万円
(二) 原告会社の損害
(イ) 原告車の修理代 三万八、七〇〇円
(ロ) 車両修理中の休業補償金 五万六、〇〇〇円
(ハ) 亡信博の社葬費用 三六万四〇円
(ニ) 事故による原告会社営業第二部の営業活動停止による損害
一日につき五〇万円のところ三日間で合計一五〇万円。
(ホ) 亡信博のセールスマンとしての教育費用
一ケ月につき二万円のところ三六ケ月分合計七二万円。
(ヘ) 弁護士費用 二万円
四、損害の填補
原告義信、同ヌイは自動車損害賠償責任保険金各一五〇万円を受領した。
五、よつて原告義信、同ヌイは、被告らに対し、三、(一)、(イ)、(ロ)、(ハ)、の合計額から四、を控除した各金八〇九万円、原告会社は被告らに対し三、(二)、(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)の合計額二六八万四、八四〇円、および右各金員に対する、被告宮木ならびに被告山本については、同被告らに対する訴状送達の翌日である昭和四四年九月一三日から、被告会社については同じく同月一四日からいずれも支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告らの答弁
一、請求原因第一項の事実は認める。
二、(一) 同第二項(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実中、被告山本が被告宮木の使用者であることは認めるが、被告山本が民法七一五条の責任を負うべきであるとの主張は争う。
(三) 同(三)の事実中、被告会社が被告車を当時自己のために運行の用に供していたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。
三、請求原因第三項の事実のうち、原告義信、同ヌイが亡信博の父母であることは認めその余の事実は否認する。
第四、被告らの抗弁
一、被告山本は被告宮木の選任監督について相当の注意をしていたものであるから民法七一五条の責任を免れるというべきである。
二、本件現場付近の道路は両側とも駐車禁止の箇所であるにもかかわらず、被告車の進行左側端には車が一台駐車しており、被害者碇信博は、原告車を被告車の進行右側端に駐車させ、原告車の横、道路中央に立つて同僚と立話ししていたものである。
従つてかかる被害者の重大な過失を損害額の算定にあたつてしんしやくすべきである。
第五、右に対する原告らの答弁
抗弁第一項、第二項の事実はいずれも否認する。
第六、証拠〔略〕
理由
一、被告らの責任
(一) 請求原因第一項、同第二項(一)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、右各事実によれば被告宮木が本件事故について原告らに対し不法行為による責任を負うべきことは明らかである。
(二) 被告山本が被告宮木の使用者であることは当事者間に争いがなく、また本件事故は、被告宮木が被告山本の業務の執行を行うにつき発生したものであることは被告山本において明らかに争わないので自白したものとみなされるところ、被告山本は被告宮木の選任監督につき相当の注意をしていたものであると抗争するが、被告山本の右主張を認めるに足る証拠はない。従つて被告山本は原告らに対し民法七一五条による責任を負うものといわねばならない。
(三) 被告会社が本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条に基づく責任がある。〔証拠略〕によれば、被告会社は、原告会社に対し原告車の修理費全額を負担する旨約したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。従つて、原告会社に対しては、右修理費(物的損害)についても責任を負うべきものである。
二、損害
(一) 原告義信、同ヌイの損害
(イ) 亡信博の得べかりし利益の喪失による損害
〔証拠略〕によれば、亡信博は昭和一六年一月一日生で、本件事故当時満二八才の健康な男子で、昭和三八年から原告会社に勤務していたこと、原告会社の従業員は満五五才に達すると停年退職するのが一般の例であることが認められ、満二八才の男子の平均余命は第一二回生命表によれば四二・七五年であることは当裁判所に顕著であるから亡信博は本件事故がなかつたならば満五五才に達するまで原告会社に勤務し稼働し得たであろうことが推定できる。そして〔証拠略〕によると、同人の死亡当時における給与所得は月額三万四、七〇〇円であつたことが認められる。原告義信、同ヌイは、亡信博の給与は別表記載のように年間約一五パーセント昇給するものと主張するが、〔証拠略〕中右主張に副う部分は信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠がない。そうすると、亡信博は同人の死亡後退職まで月額三万四、七〇〇円の給与を得るものと認めざるを得ない。同人の生活費はその収入の五割を超えないものと認めるのが相当であり、昭和四四年四月二五日以降、同七一年一二月三一日同人の退職時までの給与総額より前記生活費を控除した純収入から年五分の割合による中間利息を控除すると、その額が三四九万八、五九二円となることは計数上明らかであるから、右数額が同人の得べかりし利益である。原告義信、同ヌイが亡信博とその主張の身分関係にあることは当事者間に争いがないから、原告義信、同ヌイは信博の右損害賠償請求権を各二分の一宛相続により取得したというべくその額は各一七四万九、二九六円である。
(ロ) 原告義信、同ヌイの慰藉料
信博の死亡により原告義信、同ヌイが多大の精神的苦痛を受けたことは推測に難くなく、本件事故の態様ならびに〔証拠略〕により認められる原告義信、同ヌイの老後を託するのは長男の信博であつた事情等を考慮すると、その慰藉料は各二〇〇万円をもつて相当と認める。
(ハ) 弁護士費用
〔証拠略〕の結果によれば、被告らは原告義信、同ヌイに対し損害賠償につき任意の弁済に応じないので弁護士たる本件訴訟代理人に訴訟を委任したことが認められるが、一般に自動車事故による損害賠償請求権を訴訟によるしか実現する方法がない場合、かかる訴訟は専門家に委任しなければその追行は著しく困難であるので、相当と認められる弁護士費用は事故による通常の損害として加害者側に請求できるものと解すべきところ、右相当額は被告らが原告義信、同ヌイに対し賠償すべき弁護士費用は本件訴訟の経過に鑑み各九万円を下らないものと認めるのが相当である。
(ニ) 損害の填補
原告義信、同ヌイが自動車損害賠償責任保険金各一五〇万円を受領したことは同原告らの自認するところである。
(二) 原告会社の損害
(イ) 原告車修理費
〔証拠略〕によれば、原告会社は八戸自動車修理工場に破損した原告車の修理をさせ、その修理代金三万八、七〇〇円を支出したことが認められ、右事実によると、原告会社は同額の損害を受けたことが認められる。
(ロ) 車輌修理中の休業補償金
原告会社は車輌修理中の休業補償金として五万六、〇〇〇円の損害を受けたと主張するが、右主張に副う証人古川忠則の証言は十分の裏付けがなく信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。
(ハ) 亡信博の社葬費用
原告会社は本件事故により死亡した従業員碇信博のために自ら社葬を行い、そのために支出した費用を自己の損害と主張しているが、およそ交通事故による死亡者のための葬儀費用は、通常死亡者の社会的地位、職業、資産状態、生活程度をしんしやくし、社会通念上相当な範囲に限りこれを負担した遺族の損害として加害者側が賠償すべきである。これに対し社葬は使用者たる会社が遺族による葬儀とは別途に従業員の生前の功労に対し、これに弔意を表するため自己の負担において営むものであり、しかも未だ一般社会において必ずしも慣行化しているとまでは認められないから、交通事故による死亡者のため使用者たる会社が社葬を営んだとしても、原則としてこれによる諸費用の支出をもつて右事故による損害と認めることはできない。しかし社葬のほか遺族自身による葬儀が営まれず、遺族が社葬をもつてこれに代えたものと認むべき事情の存する場合にあつては、会社の支出した社葬に関する費用のうち前記社会通念上相当と認められる範囲に限り、本来損害賠償義務として加害者において負担すべきものを会社が第三者として弁済したものとして、会社は遺族の有する右損害賠償請求権を代位取得するものと解するのが相当である。そこで本件についてこれをみてみると〔証拠略〕を総合すると、原告会社は本件事故後間もなく亡信博のために葬儀を行い、そのため祭壇等前山葬儀社に対する支払金二四万九〇〇円、告別式案内状、会装御礼状等印刷費二万六五〇円、お布施三万円、生花代、果物代、弔花代等一万四、〇〇〇円、葬儀当日弁当代等二五人分四、七二〇円、会葬者送迎用マイクロバス代二、〇〇〇円、新聞広告費三、九〇〇円、合計三一万六、一七〇円を支出したことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。そして亡信博の年齢、社会的地位等を考慮すると、二〇万円が社会通念上相当な葬儀費用と認めることができるから、右二〇万円については本来損害賠償義務として被告らが負担すべきところ、原告会社が代位弁済したものであり、〔証拠略〕によれば、原告社会は右代位弁済と同時に原告義信、同ヌイの承諾を得て同原告らの有する損害賠償請求権を取得したものと認められる。
(ニ) 休業損失
原告会社は本件事故により亡信博の属していた営業第二部の営業活動を三日間停止したため一五〇万円の損害を受けたと主張する。そして〔証拠略〕によれば葬儀に営業第二部の従業員を参列させ、あるいはその準備、事故後始末等に当らせたため、営業第二部の活動が一時停止したものと認められる。
しかしながら業務執行中事故死した従業員のため、使用者が社葬を含めて種々の配慮をしたとしても、そのため使用者が営業活動を休止したことによる逸失利益は未だもつて事故と相当因果関係のある損害とは認め難く、この点に関する原告会社の主張は理由がない。
(ホ) 亡信博のセールスマンとしての教育費用
原告会社は亡信博を一人前のセールスマンに教育するために月額二万円として三六ケ月分合計七二万円を支出し、同額の損害を受けたと主張するが、セールスマンが退社する場合に比して考えると、右教育費用も本件事故と相当因果関係の存在を認めることはできない。
(ヘ) 弁護士費用
〔証拠略〕によれば、本件訴訟代理人に訴訟を委任するにあたり、その費用二万円は既に右代理人に支払つたことが認められる。そして本件訴訟の経過、請求認容額、その他諸般の事情に鑑み、右二万円は本件事故と相当因果関係の存在が認められるというべきである。
三、過失相殺
〔証拠略〕によると、本件事故現場付近の国道は駐車禁止の交通規則のある箇所であること、右現場付近における道路の幅員は、七・二メートルであること、事故直前、亡信博は道路の端から道路端が左側が約〇・三メートル、右側が約二・二メートルになる位置に原告車を佐賀市方面から唐津市方面へ向つて停車させ、原告車の道路中央側に立ちボンネツトによりかかつて同僚と話していたこと、したがつて道路は原告者の停車に拘らずなお約五メートルの巾員があつたこと、被告車の接触による原告車の損傷部位は右ドア凹損であること、被告車が中央線を越えて進行したのは原告車の反対端の道路端に二人の人物が佇立していたためであること、などを認めることができるが、右道路の原告車の反対側に駐車車両があつた旨の〔証拠略〕はにわかに措信できないところである。以上の各事実、特に亡信博の立つていた位置、原告車の損傷部位などを考慮すると、同人に損害賠償の算定上しんしやくに価するほどの過失があつたものとは認められない。
四、したがつて原告らの本訴請求は被告らに対し、各自原告義信および同ヌイに対して各金二三三万九、二九六円、原告会社に二五万八、七〇〇円および右各金員について被告宮木および被告山本に対する訴状送達の日の後であることの記録上明らかな昭和四四年九月一三日から、被告会社に対する訴状送達の日の後であることの記録上明らかな同月一四日からそれぞれ支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却する。よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条、第九三条一項を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 諸江田鶴雄 松信尚章 大浜恵弘)
別表
<省略>