佐賀地方裁判所 昭和54年(ワ)238号 判決 1980年11月10日
主文
一 被告らは原告に対し、各自金二〇〇万六八六四円及びこれに対する昭和五三年九月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 右の一は仮に執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告らは原告に対し、各自金二八六万五四二〇円およびこれに対する昭和五三年九月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 右の一につき仮執行の宣言。
第二請求の趣旨に対する答弁
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第三請求原因
一 事故の発生
原告は次の交通事故により傷害をうけた。
(一) 発生時 昭和五三年九月二九日午後二時二〇分頃
(二) 場所 佐賀市松原一丁目二番三五号先路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(佐四四ぬ五二二九)
(四) 被害車 普通乗用自動車(佐五五は五四一〇)
(五) 態様 原告は被害車に同乗して右路上を右折進行中、被告運転の加害車が追突した。
(六) 傷害の部位、程度
(部位) 頸椎捻挫
(入院) 一七九日
(通院) 二七九日(実日数)一〇三日
(後遺症) 昭和五四年一二月三一日症状固定したが、局部に頑固な神経症状を残す後遺障害があり、自賠責後遺障害等級一二級一二号該当である。
二 責任原因
(一) 被告山口稔は、加害車を運転するに際し、前車との充分な車間距離をとらず、且つ前方注視義務を怠つた過失により民法第七〇九条に基づく不法行為責任がある。
(二) 被告会社は加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたもので自賠法第三条の責任がある。
三 損害
(一) 入院雑費 一二万五三〇〇円(一日七〇〇円当一七九日分)
(二) 通院費用 三万九一四〇円(三八〇円の一〇三日)
(三) 逸失利益 一七四万〇九八〇円
原告は事故当時、一家の主婦として家事に従事するかたわら、佐賀郡大和町大字尼寺にある有限会社マイカーセンター朋友に基本給月六万円(賞与年二か月分)で勤務していたものである。
その後同社では昭和五四年四月一日に日額二六〇〇円、月額六万五〇〇〇円に、昭和五五年四月一日に日額二八〇〇円、月額七万円にそれぞれ昇給されており、賞与は毎年給与月額の二か月分と規定され、原告も勤務していれば右同様に支給される予定であつた。
1 事故のため、昭和五三年九月二九日から昭和五四年一二月三一日まで有限会社マイカーセンター朋友を欠勤し、その間の得べかりし利益一〇七万五〇〇〇円を喪つた。
六〇〇〇〇×五+六〇〇〇〇+六五〇〇〇×九+一三〇〇〇〇=一〇七五〇〇〇
2 原告は事故当時四五歳で前記のとおり主婦として家事にも従事していたので、主婦の経済的価値は女子労働者の平均賃金に匹敵し、その収入は月九万円を下ることはない。
原告は入院中、一七九日間全く家事に従事することができなかつたので、その間の得べかりし利益五三万七〇〇〇円(九〇〇〇〇÷三〇×一七九=五三七〇〇〇)となるが、前記入院中の給与の逸失利益三六万円を控除すれば一七万七〇〇〇円の逸失利益となる。
3 原告は、事故の受傷による治療は昭和五四年一二月三一日症状固定するに至つたが、局部に頑固な神経症状を残す後遺障害(自賠責後遺障害等級一二級一二号の査定をうけている)があるため労働能力の一四パーセントを喪失している。
そこで、前記年収を基準として右後遺障害の継続期間を四年間とし、年五分の中間利息を控除のうえ、事故時に請求し得べき逸失利益を算定すれば四八万八九八〇円(七〇〇〇〇×一二+一四〇〇〇〇)×〇・一四×三・五六四=四八八九八〇となる。
以上1ないし3の合計一七四万〇九八〇円である。
(四) 慰謝料 三〇〇万円
本件事故の受傷による加療のため入院一七九日、通院二七九日(実日数一〇三日)による慰謝料一四〇万円、前記後遺障害による慰謝料一六〇万円の合計三〇〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用 二五万円
被告らは任意の支払に応じなかつたので原告代理人に本訴提起を委任したもので、着手金、謝金ともに佐賀県弁護士報酬規定にしたがつて支払う旨約したが、右金額中二五万円は本件事故と相当因果関係を有する損害として被告らに負担させることができる。
(六) 損害の一部填補 二二九万円(自賠責保険金二〇万円、後遺障害保険金二〇九万円受領)
以上のとおり原告の損害は(一)ないし(五)の合計額五一五万五四二〇円から(六)を控除した二八六万五四二〇円となる。
四 結論
よつて原告は被告らに対し、各自金二八六万五四二〇円およびこれに対する事故日である昭和五三年九月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四請求原因に対する答弁
一 請求原因一中、(六)は不知、その余は認める。
二 同二は認める。
三 同三中、(一)ないし(五)は否認する。
四 被告の主張
(一) 頸椎捻挫
追突の衝撃により、頸椎の急激な過伸展、屈曲が起こり、頸椎が損傷された傷病が頸椎捻挫であるので、治療を必要とする頸椎捻挫症を発病するような追突は、それ相当の衝撃を伴うものでなければならないが、本件追突は、極めて軽微で、相当の衝撃を与えてはおらないので、治療を必要とするような頸椎捻挫症が発病したとは考えられない。
(二) 損害賠償の対象範囲期間
原告が仮に頸椎捻挫症を発病したとしても、右傷病は昭和五四年一月三一日症状固定しているので、被告が原告に対し損害賠償しなければならない期間は、昭和五三年九月二九日より、同五四年一月三一日までの一二五日間の損害に限られる。原告は昭和五三年一二月中旬頃より更年期障害及び二次的ストレス等要因により長期の入、通院治療を続けたものであるから、この分については、被告は責を負わない。
(三) 休業補償金額
女子労働者の平均賃金を基準にして休業損害額を算定する方法は、家事のみに従事する女子や、少なくとも平均賃金以上の所得を得ているが、金額が確定しないような場合に、便宜的手段として利用されているものであるから、所得金額が確定している場合には、右確定金額(本件の場合、六万円というのであれば六万円)によるべきであり、事故なかりせば、取得したであろう所得以上の所得を獲得する手段として、利用されることは認められない。
第五証拠〔略〕
理由
一 請求原因一(交通事故の発生)の(一)ないし(五)は当事者間に争いがないところ、成立に争いない甲第一ないし第七号証、第一一ないし第一四号証、証人西村徳之の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告(昭和七年一〇月三〇日生れ)は本件交通事故により頸椎捻挫の傷病名で、佐賀市兵庫町所在の西村外科で事故当日の昭和五三年九月二九日通院治療をうけたが、翌三〇日から昭和五四年三月二七日まで一七九日間入院治療をうけ、翌二八日から同年一二月三一日まで二七九日間(但し実日数は一〇三日)通院治療をうけ、昭和五四年一二月三一日症状固定の診断をうけたが、後遺障害の内容は、他覚症状には格別異状が認められないが、自覚症状として頸部より右上腕にかけて放散する疼痛、背部、腰部に痛みを訴え、特に運動時の疼痛著明と認められ、障害の程度は右疼痛のため業務従事は不能又は困難との担当医師の診断を受け、この後遺症は損害調査センターによつて自賠法施行令別表第一二級一二号に該当する旨判定されたことが認められる。
被告は、本件追突と原告の右認定の障害との間に因果関係がない旨の主張をし、成立に争いない乙第二及び第三号証、原告本人尋問の結果によると、本件追突の強さはさほどのことはなかつた旨認められるが、頸椎捻挫の障害は追突の強さのみに比例するものでないうえに、証人西村徳之の証言、原告本人尋問の結果をも併せ考慮すれば、因果関係は十分に首肯することができる。
被告は更に、損害賠償の対象範囲が昭和五四年一月三一日までである旨主張し、成立に争いない乙第一号証(西村外科医師西村徳之作成名義の意見書)には、右主張に沿う記載がある。しかし、証人西村徳之の証言によると、同号証の信用性そのものに疑問がでてきて、冒頭掲記の各証拠と対比して考えると、同号証をそのまま信用するのは困難であり、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠もない。
二 請求原因二(責任原因)はいずれも当事者間に争いがない。
三 損害
(一) 入院雑費 一〇万七四〇〇円
前記認定によれば、原告は本件事故により一七九日間の入院治療を受けているのであるが、入院一日当りに要する雑費は六〇〇円をもつて相当と思料するので、小計一〇万七四〇〇円となる。
(二) 通院費用 三万九一四〇円
前記認定事実に、成立に争いない甲第八号証及び原告本人尋問の結果並びに原告の主張によれば、原告は昭和五四年三月二八日から同年一二月三一日までの一〇三回の西村外科への通院にはバスを利用していたこと、片道のバス賃が一九〇円であることが認められるので、通院費用の小計は三万九一四〇円となる。
(三) 逸失利益 一五〇万〇三二四円
原告本人尋問の結果及び調査嘱託に対する有限会社マイカーセンター朋友からの回答書によれば、原告は本件事故当時右会社に勤務していたが、当時の原告の月額給与は約六万円、昭和五四年四月一日以降昭和五五年三月三一日までは約六万五〇〇〇円、同年四月一日以降は約七万円、年間賞与は月給の二か月分であつたこと、原告は本件事故のため昭和五三年九月二九日から現在(本件最終口頭弁論期日は昭和五五年一〇月六日)に至るまで右勤務先を欠勤しており、従つてその間の給与及び賞与の支給を受けていないこと(但し、昭和五三年度の賞与の支給を受けていないことについては明確な証拠がない。)、事故当時四五歳の原告は会社員として勤務するかたわら家事労働にも従事していたことが認められる。
1 欠勤による休業損害 一〇七万二五〇〇円
前記認定の事実を基に考えれば、原告の勤務先の欠勤による休業損害は、昭和五三年一〇月一日から昭和五四年一二月三一日までの分を算出することで足りるから、結局一〇七万二五〇〇円となる。
(内訳)
昭和五三年の一〇月から一二月まで三か月分の給与支払予定総額は一八万円である。(六〇〇〇〇×三=一八〇〇〇〇、賞与の支給時期については明確な証拠がないので、昭和五三年分の賞与の支給がなされていないかどうかはわからないことに帰し、本件ではこれを考慮しない。)
昭和五四年の一月から一二月まで一年分の給与及び賞与の支払予定総額は八九万二五〇〇円である。(昭和五四年一月から三月までは月額約六万円、四月から一二月までは月額約六万五〇〇〇円であるから、年間給与支払予定額は六〇〇〇〇×三+六五〇〇〇×九=七六五〇〇〇の式により、七六万五〇〇〇円となる。賞与の支給時期については明確な証拠がないので、月額給与二か月の賞与も右金額を基に算出するほかない。そうすると七六五〇〇〇÷一二×二=一二七五〇〇の式により、一二万七五〇〇円が昭和五四年中に支払予定だつた賞与総額ということになる。)
以上の分を小計すると一〇七万二五〇〇円となる。
2 入院による家事労働の逸失利益 一七万七〇〇〇円
入院期間中の昭和五三年九月三〇日から昭和五四年三月二七日までの一七九日間は家事労働にも従事しえなかつたであろうことは優に推認できるところ、四五歳から四九歳までの佐賀県内における女子労働者の平均賃金は年一三四万九四〇〇円であるし、原告の家事労働の逸失利益はこれと、勤務先から受領する年収の差額を下ることはないと考えてよいと思われる。ちなみに、右数字を基に右入院による原告の家事労働の逸失利益を算出すると(一三四九四〇〇-六〇〇〇〇×一四)÷三六五×一七九=二四九八一五(円未満四捨五入、以下同じ。)の式により二四万九八一五円という数字がでてくるので、少くとも原告主張の一七万七〇〇〇円をもつて、入院による原告の家事労働の逸失利益と解してよい。
3 後遺症による逸失利益 二五万〇八二四円
前記認定のとおり、原告の症状は昭和五四年一二月三一日固定し、その後遺症の程度は一二級一二号に該当するところ、同症状は爾後二年間で消失し、その間の労働能力喪失率は一四%と解されるところ、昭和五五年一年間の原告の年収予定は、前記給与、賞与に関する数字を基に算出すると(六五〇〇〇×三+七〇〇〇〇×九)×(二÷一二+一)=九六二五〇〇の式により、九六万二五〇〇円となる。そこで、右の数字により原告の後遺症による昭和五五年一月一日現在の逸失利益の現価をホフマン式により算出すると九六二五〇〇×〇・一四×一・八六一四=二五〇八二四の式により二五万〇八二四円となる。
以上1ないし3の合計は一五〇万〇三二四円である。
(四) 慰藉料 二五〇万円
前記認定の受傷の部位、程度、入通院状況、後遺症の程度、その他諸般の事情を総合勘案すれば、慰藉料としては二五〇万円が相当である。
(五) 損害の填補として二二九万円支払済みであることは原告の自認するところであるので、これを右(一)ないし(四)の合計四一四万六八六四円から差し引くと一八五万六八六四円となる。
(六) 弁護士費用 一五万円
本件訴訟の全過程を概観すると、被告に支払いを命ずべき弁護士費用の本件事故時の現価は一五万円が相当である。
四 結論
以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告ら各自に対し、二〇〇万六八六四円及びこれに対する本件事故日の昭和五三年九月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから正当として認容するが、その余は失当として棄却を免れない。よつて、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条により、主文のとおり判決する。
(裁判官 簑田孝行)