佐賀地方裁判所武雄支部 昭和28年(ワ)69号 判決 1953年10月08日
主文
一、被告田中盛義(反訴原告)は原告に対し
杵島郡大町町大字福母二四〇五番地所在杵島三坑社宅福母六九六号寿町一八舎
木造瓦葺平屋建家屋建坪八坪七合五勺
を明渡すべし
二、被告田中静雄は
杵島郡大町町大字福母二四〇五番地所在杵島三坑社宅福母六九六号寿町一八舎
木造瓦葺平屋建家屋建坪八坪七合五勺
より退去すべし
三、被告熊野義雄は原告に対し
杵島郡江北町大字上小田二、二四七番地所在杵島五坑社宅上小田二三三号羽衣町四一五舎
木造瓦葺平屋建家屋建坪一合二勺半
を明渡すべし
四、被告蒲原亀雄は原告に対し
杵島郡江北町大字上小田二、二四七番地所在杵島五坑社宅上小田二三三号春日町五二三舎
木造瓦葺平家建家屋建坪八坪
を明渡すべし
五、被告坂内三郎は原告に対し
杵島郡江北町大字上小田二、二四七番地所在杵島五坑社宅上小田二三三号春日町五二四舎
木造瓦葺平屋建家屋建坪八坪
を明渡すべし
六、被告石渡達治は原告に対し
杵島郡江北町大字上小田二、二四七番地所在杵島五坑社宅上小田二三三号春日町五二五舎
木造瓦葺平屋建家屋建坪八坪
を明渡すべし
七、本件の訴訟費用は本訴被告等の負担とする
八、反訴原告田中盛義の反訴請求は之を棄却する
九、反訴の訴訟費用は反訴原告田中盛義の負担とする
事実
原告(反訴被告)代理人は本訴請求の趣旨として主文一項乃至七項と同旨の判決並保証を条件とする仮執行宣言を求め被告田中盛義の反訴に付反訴請求は之を棄却するとの判決を求め本請求原因として原告は杵島郡大町町に杵島三坑を同郡江北町に杵島五坑等を設けて石炭の採堀販売並に関連事業を経営するもので被告(本訴)等は孰れも原告の礦員として雇われ被告田中盛義同田中静雄は杵島三坑に被告熊野義雄同蒲原亀雄同坂内三郎同石渡達治は杵島五坑に夫々従業していたが被告等は孰れも昭和二十五年十月十六日所定の手続を経て解雇されたものである原告は事業遂行のため福利厚生施設として従業員に限り雇傭期間中使用させる目的で礦員社宅を設備して居り礦員就業規則礦員社宅管理規程に拠り被告田中静雄を除くその余の被告等をして夫夫請求趣旨記載の社宅を使用させ被告田中静雄はその父被告田中盛義方に同居させていたところ被告等は孰れも解雇により夫々の社宅使用居住の権限を失ひ解雇の日より二十日以内に夫々の社宅を立退き之を原告に明渡さなければならない様になつた、原告の従業員で職務上社宅入居を必要とするもの並に希望するものが現在多数あるがその需めに応ずるだけの社宅が無く従てそれ等の者の生産意慾並に能率の低減を来して居る事情にあるので被告等が無権限で占拠する本件社宅の明渡を受けると否とは原告に取つて経済的影響が極めて大きく原告の礦員でない者が本件社宅に滞在居住することは施設本来の目的に副わないのみならず社内の規律を紊すこと甚しいので原告は被告等を解雇した後被告等に対し夫々居住使用の社宅から立退き之を原告に明渡すよう度々請求したが被告田中静雄はその父被告田中盛義方に依然滞在して社宅から退去せず其の余の被告等も亦孰れも原告の右明渡請求に応じないので本訴請求に及ぶ尚反訴の答弁として反訴原告の主張事実中本訴に於ける反訴被告の主張に反する点は否認すと述べ被告等の抗弁を否認した。(立証省略)
被告等(本訴)は原告の請求を棄却すとの判決を求め其の答弁として被告田中盛義同田中静雄が原告経営の杵島三坑に被告熊野義雄同蒲原亀雄同坂内三郎同石渡達治が杵島五坑に夫々礦員として就労していた事及被告等が本訴の社宅に居住し居る事は争ない然し原告主張の本件明渡請求の前提たる被告等の解雇は昭和二十五年十月十六日所謂レツドパージにより低賃金と労働強化に抵抗する被告等を含む各労働組合の根強い組合活動を弾圧せんとして日本共産党に党籍を有し又は其の同調者と見做されると云う原告の認定の下に正常の組合活動をとらえてあらゆる中傷悪罵を加え進んで日本共産党を暴力団の如く言ひ被告等に職場破壊の言動意図ありとなし又自由を保障された言論を資本家反共主義者の好みに添はないものとし或は党機関の新聞ビラを取り上げ或は労働強化低賃金作業保安の悪条件等に対する労働者の真剣切実なる要求又は闘争或は露骨な搾取強化の資本攻勢に対する抵抗等の事実を挙げ之に関して職場で宣伝煽動をなし生産を阻害し又は職場を破壊し延いては暴力革命を企図したと言うが如き全く一方的な考え方を以て労資階級闘争を抹殺しようとするものであるから原告の被告等に対する解雇通告は不当で無効である、次に原告の明渡請求原因の第二段として社宅の使用貸借の権限は礦員たる資格即従業員たる身分の有無によると云うも解雇が無効であるから社宅使用権は喪失して居らぬ。
又使用貸借は本人の願ひによる退職以外に一方的に喪失するものでない。
仮りに解雇通告が有効なりとするも被告等に於て解雇を不当と主張する以上社宅居住権を奪われるものでない。
又労働者の死命を制する不当なる解雇職場追放就労拒否せられて以来被告等は日夜生計の資を得て妻子父母弟妹を如何にして餓死より免れしめんと苦心し又努力して居るのに今社宅明渡退去等を要求して居住権を脅すは人道上残酷極まるものと云わねばならぬ。
仮りに被告の主張が容れられないとするも原告の主張は社宅の明渡しは解雇又は退職の日から二十日以内に退去せねばならぬと云うが解雇退職が本人の意思に反してなされた場合何時を以て右二十日の終了期とするか礦員就業規則又は社宅管理規程等に存在せず。
又原告は現在従業員中社宅入居を必要とする者並に希望するものが多数ありて其需要に応ずる社宅不足なる旨主張するも之は炭礦外市町村の賃金労働者にも住宅難ある現状で独り入居希望者許り住宅難あるにあらず庶民住宅失業者住宅の余裕なきは事実である。
被告田中静雄は父被告田中盛義方に同居中なるが原告より今日迄退去の要求を受けた事実なしと陳述した。(立証省略)
理由
一、原告主張事実中被告等が本訴建物を占有居住又は滞在し居ること及従来礦員たりし事は当事者間に争なし。
一、被告等は原告主張事実中被告等の解雇は被告等の意思に基くものでなく原告の一方的の解雇の通告である而して其の解雇の理由がレツドパージに基因する不当なものであるから解雇は無効である従業員たるの資格は喪失して居らないから原告の本訴請求に応ずる義務なしと抗争するを以て此の点に付て案ずるに労務者の解雇に就て労働基準法第二十条の規程によれば雇主が従業者を解雇せんと欲する場合は三十日前に其の解雇の予告をするか又は予告なくして解雇せんと欲する場合は其の従業員の平均賃金三十日分を支給して解雇を為すことが出来る事になつて居る。
此の点について原告が前記労働基準法の手続を採つたか否かに付ては成立に争なき
甲第二〇号第二四号証(被告田中静雄干係)
甲第一四号第三五号乃至第三八号証(被告熊野義雄干係)
甲第一四号第三九号第四一号証(被告蒲原亀雄干係)
甲第四二号第四三号第四五号証(被告坂内三郎干係)
甲第四六号乃至第五〇号証(被告石渡達治干係)
及証人川久保嘉厚の証言により成立を認め得べき甲第一四号第二一号被告田中盛義に係る甲第一五号乃至第一九号証によれば原告が被告等に対し夫々解雇の通告を為し平均賃金三十日分の金員を支払ひたる事実を認め得る従て斯様に労働基準法第二十条による手続を履行する以上解雇の理由如何は何等問う所でないので被告等に於て原告の為した解雇理由を不当として解雇の無効を主張することは出来ないことは明である。
一、被告等は原告の解雇が有効とするも一方的の解雇処分である場合及被告等に解雇に付無効を主張する以上社宅の使用権を喪失するものでないと主張するも証人宮原五郎の証言により成立を認め得べき甲第三号証の杵島礦業所礦員就業規則第五十四条同じく成立を認め得べき甲第四号証の杵島礦業所礦員社宅管理規程第十一条により解雇せられたるときは二十日以内に社宅を退去せねばならぬことを明規してあること明白であるから被告等の此の点に干する抗弁は到底採用する事が出来ない。
一、従て爾余の点につき判断を俟つ迄もなく原告の本訴請求は正当であるから之を認容する。
一、次に反訴に就ては本訴に於ける前記認定の如くなるを以て反訴の理由なきこと明かで又別に反訴原告田中盛義に於て何等立証なきを以て反訴請求は之を棄却する。
一、本訴の訴訟費用及反訴の訴訟費用に付民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。(昭和二八年一〇月八日佐賀地方裁判所武雄支部)