佐賀地方裁判所武雄支部 昭和47年(ワ)18号 判決 1975年2月19日
原告
合六佐一
被告
串木野運送株式会社
ほか一名
主文
被告串木野運送株式会社は原告に対し金二、〇六二、二八〇円を支払え。
原告の被告串木野運送株式会社に対するその余の請求ならびに被告東則行に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告串木野運送株式会社との間においては、原告に生じた費用の五分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告東則行との間においては、全部原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し金五五〇万円を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
なお、その際原告はその所有に属する軽四輪自動車と腕時計一個を損壊した。
(一) 発生時 昭和四六年三月一日午後三時四五分頃
(二) 発生地 佐賀県杵島郡北方町大字大崎国道三四号線大崎三差路。歩道なし、直線平坦、見透し良。
(三) 加害車 普通貨物自動車(鹿あ七三八九)
運転者 被告東則行
(四) 被害者 軽四輪自動車
運転者 原告
被害者 原告
(五) 態様
原告は佐賀方面より多久方面に向け被害車を運転して進行中前記三差路において赤信号のため一旦停車し、青信号にかわつたので右折しようとして発車したが、対向車(普通貨物自動車)待ちのため右折状態に入つて一旦停車したところ、佐賀方面より武雄方面に向け後続進行してきた加害車から追突され、その衝撃で対向車の進路に押し出されたため前記対向車と衝突した。
(六) 被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。
右骨盤骨折兼股関節中心性脱臼、左拇指裂創、腱断裂症、左第二中手指節関節部裂創
(七) 後遺症 右股関節運動障害
2 責任原因
被告らはそれぞれ次の理由により本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告串木野運送株式会社(以下被告会社という)は、加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任があり、かつ、被告東を使用し、同被告が被告会社の業務執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項による責任がある。
(二) 被告東は、事故発生につき、前側方不注意、一時停止懈怠、車間距離不適当、発進停車不適当、急制動措置不適当。車の整備管理懈怠の過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任がある。
2 損害
(一) 治療費 四〇九、三七〇円
昭和四六年三月一日より昭和四七年二月末日までの分
(二) 附添看護費 一九二、三七〇円
原告の妻合六トヨの附添看護費 二〇、〇〇〇円
昭和四六年三月一日から同月二〇日まで二〇日間。
一日当り一、〇〇〇円
附添婦(武雄看護婦家政婦紹介所)高塚イセの附添看護費一七二、三七〇円
昭和四六年三月二一日より同年四月末日まで四一日間は一日当り一、六五〇円。
同年五月一日より同年六月二五日まで五六日間は一日当り一、八七〇円。
(三) 入院雑費 九八、八二〇円
昭和四六年三月一日より昭和四七年二月二九日まで三三六日間。一日当り二七〇円。
(四) 休業損害 一二〇万円
原告は木工業を営み、一か月平均一〇万円の純益を得ていたが、昭和四六年三月一日より昭和四七年二月末日まで入院休業したので、休業による損失は一二〇万円である。
(五) 逸失利益 一一、〇五二、〇〇〇円
原告の身体障害の状態からして機能回復に努めても、今後木工業による所得は半分以下になると推測される。原告は三二才であり、その余命は三九年、就労可能年数は三一年である。事故当時原告の年収は一二〇万円であるから、将来得べかりし利益のうち稼働能力の半減によつて喪失した額の現価をホフマン式によつて計算すると一一、〇五二、〇〇〇円となる。
(六) 慰藉料 一二〇万円
(七) 物的損害 二九〇、六五〇円
軽四輪自動車損害 二八七、四五〇円
腕時計 三、二〇〇円
(八) 弁護士費用 四〇万円
4 損害の填補
原告は自賠責保険金四〇万円を受領している。
5 結論
原告は、慰藉料については内金三、三〇八、七〇九円を請求する。よつて原告は被告らに対し合計五五〇万円を連帯して支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第一項(事故の発生)の事実中(一)ないし(四)は認めるが、(五)は否認する。(六)、(七)ならびに物損の点は知らない。
2 同第二項(責任原因)の事実は否認する。
3 同第三項(損害)の事実は知らない。
三 被告会社の抗弁
被告東は、原告車の後方を追従していたが、本件事故現場の三差路手前で、同所の信号機の信号が青から黄にかわろうとしたのでダブルにブレーキを踏んだところ、全くブレーキが効かなかつたのである。そこで左にハンドルをきつて原告車との衝突を避けようとしたが、丁度そのとき交差点左側にバイクを手にして右折のため佇立していた人がいたので、その人に衝突しない程度に左にハンドルをきつたところ、加害者の前部右角が原告車の後部左角付近に接触したものである。
以上のように、本件事故はひとりブレーキの故障によるものであるから、被告東には過失なく、また被告会社は被告東の車両の運行に関し監督注意を怠らなかつたし、加害車の機能および構造上の欠陥はなかつた。すなわち、加害車両は昭和四五年一二月に車検をすまし、かつ、出発前日にも専門自動車整備工場で点検を了し、さらに加えて事故当日の午前一一時三〇分から午後三時三〇分まで大町の内田民間車検場において試運転をしており、突然のブレーキ故障は被告らとしては考えられないことであつて、日常の整備はもとより車検においても発見しうる瑕疵ではない。
さらに被告会社については、通説的見解によれば、自賠責三条但書の免責の抗弁のほかに、一般的不可抗力の抗弁を認めるべきであると解すべきところ、本件は予期せざる突然のブレーキの故障による不可抗力の結果発生したものであるから被告会社にも責任はない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の態様と責任の帰属
請求の原因第一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。
そこで本件事故の態様および原因について検討すると、〔証拠略〕によれば、原告は、佐賀市方面より国道三四号線を西進し、杵島郡北方町大字大崎の通称大崎三差路で多久市方面に右折するため中央線に寄り右折態勢に入つて一旦停車し、直進車の通過を待つていたところ、後続の被告東運転の普通貨物自動車から追突され、その衝撃で対向車の進路に押し出されたため折柄対向してきた普通貨物自動車と衝突し、原告運転自動車は大破し、原告はその主張(第一項の(六))の傷害を負つたこと、他方、被告東は、原告運転車両の後方約一六メートルを時速二〇キロメートル位で追従していたが、本件三差路手前で信号が青から黄に変わりそうだつたのでフートブレーキを踏んだところ全く効かなかつた。そこで先行の原告車に追突するのを避けるためハンドルを左に切つたが道路左側にも婦人がバイクを押して立つていたので再び右にハンドルを切り、その間もエンジンブレーキをかけようとしたがギアの切換えがうまくゆかず、サイドブレーキも引いたが充分に効かないうちに原告車に追突してしまつたこと、被告東がフートブレーキを踏んでから原告車に追突するまでの走行距離は約三三メートルであつたこと、ブレーキが効かなかつた原因は、その後の調査によつて、ブレーキパイプ(ハイドロマスターシリンダーパイプ)の付根に亀裂があり、そこからオイルが漏れていたためであることが判明したこと。ところで、加害者は本件事故の前年に車体検査を受けており、被告東は、本件当時被告会社に雇われ、その業務遂行のため、加害車に魚箱材料を積んで串木野市より長崎市に運送する途中であつたが、出発にあたつては、ブレーキテスト等の点検も行つていること、ところが、国鉄肥前山口駅近くで加害者のスプリングが折れたので、同所から四キロメートル位離れた杵島郡大町町所在の内田修理工場に修理を依頼し、同工場の従業員訴外槌田昭二が加害車を運転して右修理工場まで運んだが、その際もブレーキに異常はなく、また修理完了後、被告東が加害車を再び運転して右工場から本件事故現場までの約四キロメートルを走行した間にも異常を感じなかつたこと、被告東は串木野市を出発して本件事故現場に到るまで加害車を運転して約二五〇キロメートル走行していることが認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。
右認定事実によれば、加害車が串木野市を出発して本件事故現場まで無事運行されてきたことからみて、運転開始時における被告東の車両点検に不備はなかつたと考えられ、かつ、フートブレーキさえ効けば本件追突を避けえた速度と車間距離で運転しており、フートブレーキの故障に気づいてからの被告東の措置についてもとくに非難すべき点はないので、結局、被告東に本件事故発生についての過失を認めることはできない。したがつて、その余の判断に及ぶまでもなく、同人に本件事故による損害の賠償責任を認めることはできず、また同人の過失を前提とする被告会社の使用者責任も認めることができない。
つぎに、人的損害の賠償責任に関する被告会社の運行供用者責任の有無について判断する。
前記認定事実によれば、被告会社は、加害車をその営む業務の用に供し、運行供用者の地位にあつたものであるところ、被告会社に自賠法三条の免責事由があるかどうかにつき検討するに、加害車の運転者であつた被告東に過失がなかつたことは前判示のとおりであるが、前記認定のように、本件事故の原因はフートブレーキの故障によるものであり、このような故障のあることを日常の整備点検によつて事前に発見することは本件の場合殆ど期待しえなかつたと推認されるが、一般に、自賠法三条にいわゆる「構造上の欠陥又は機能の障害」とは、保有者や運転者が日常の整備に相当の注意を払うことによつて発見されることが期待されたか否かとはかかわりなく、およそ現在の工学技術の水準上不可避のものでない限りは、その欠陥ないし障害があると解すべきであり、本件において、前記のようにブレーキパイプに亀裂が入つたためオイルが漏れ、結局ブレーキが正常に作動しなくなつたことも、右の意味において不可避の欠陥ないし障害であつたとは言えないから、被告会社の自賠法三条の免責の抗弁は採用できない。さらに、本件事故の発生が、被告会社にとつて全く不可抗力によるものであつた旨の同被告の抗弁については、本件全証拠によつてもいまだこれを認めるにたりない。したがつて、被告会社は、本件事故によつて生じた後記人的損害を賠償する責任がある。
二 損害
〔証拠略〕を総合すると、原告は前記受傷により昭和四六年三月一日から昭和四七年二月二〇日まで三五七日間武雄市宮野町副島整骨病院に入院して治療を受け、症状固定と診断された右退院時点で右下肢三糎短縮、右大腿筋、下腿筋萎縮、右股関節・右足関節運動障害の後遺症があり、重量物が持てない、長時間立ちつづけることができない、悪天候や冷えこむ時期に痛むなどの身体状態が残存し、その後もときどき近所の病院で治療を受けたが、昭和四七年五月末頃から再び木工業の仕事をはじめたことが認められ、右認定の傷害部位、後遺症状、原告の年令、職業(技能)に鑑みると、原告は右退院時点で自賠法施行令二条別表一〇級七号および一二級七号に該当する後遺症を有するに至つたもので、その労働能力喪失の割合は平均して三〇パーセント、その喪失状態の継続は右時点より三年間とみるのが相当である。かくて、右受傷により原告が蒙つた損害は次のとおりである。
1 治療費 二〇九、〇七〇円
〔証拠略〕によれば、原告は前記副島整骨病院に合計二〇九、〇七〇円を支払つたことが認められる。
2 付添看護費 一九〇、八〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告はその入院期間のうち、昭和四六年三月一日から同年六月二五日までの間付添看護を要したので、同年三月一日から同月二〇日までは妻トヨ子が、同月二一日から同年六月二五日までは付添看護婦たる訴外高塚イセが付添看護にあたり、そのため高塚イセに対しては合計一七〇、八〇〇円の出費を余儀なくされたことが認められる。
右認定事実によると、原告は妻トヨ子に対してはいまだ現実に付添看護費を支払つているわけではないにしても、右付添を必要とする傷害を蒙つたことにより、右付添のなされた当時付添人費用が一日当り金一、〇〇〇円を下らなかつたことは当裁判所に顕著な事実であるから、右割合による合計金二〇、〇〇〇円と前記高塚イセに対する支払額の合算額一九〇、八〇〇円を原告の蒙つた損害とするのが相当である。
3 入院雑費 八九、二五〇円
前記認定の原告の傷害の部位、程度、入院期間に鑑みると、三五七日の入院期間中一日当り金二五〇円の割合による金員が本件事故と相当因果関係ある損害とみるべきである。
4 休業損害 一二〇万円
〔証拠略〕をあわせると、原告は本件事故当時木工業を営み、毎月金一〇万円の収入をえて自己ならびにその家族の生計を維持していたところ、すでに認定の入院生活のため、昭和四六年三月一日より同四七年二月末日までの間全く稼働できなかつたことが認められ、右認定事実によると、原告は、本件事故のため合計一二〇万円の得べかりし利益を失つたものとみるのが相当である。
5 逸失利益 九八三、一六〇円
すでに認定の原告の事故当時の収入、後遺症にもとづく労働能力喪失の割合およびその継続期間に従うと、原告は、昭和四七年三月一日より三年間通常人に比し三〇パーセント稼働能力を低下させて稼働するほかなく、これにしたがい、収入の三〇パーセント分三六万円を一か年当り逸失することになる。この昭和四七年三月一日における現在価値をホフマン方式によつて求めると、次のとおり九八三、一六〇円となる。
360,000(円)×2.7310=983,160(円)
6 慰藉料
前記認定の本件事故の発生事情、治療状況、後遺症状等の諸事情を総合すると、本件事故により原告が蒙つた精神的損害は、原告に対し金一〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。
7 損害の填補
以上の損害額は合計三、六七二、二八〇円であるが、証人合六信男の証言、原告本人の供述によると、原告は右損害につき自賠責保険金を合計一八一万円を受領したことが認められるので、これを控除すると残額は一、八六二、二八〇円となる。
8 弁護士費用 二〇万円
前記損害残額に照らすと、右金額が相当である。
三 結論
そうすると、原告は、被告会社に対し、前記損害残額二、〇六二、二八〇円の支払を求めうるので、原告の本訴請求を右限度で認容し、同被告に対するその余の請求および被告東に対する請求は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 梶田英雄)