函館地方裁判所 平成14年(ワ)291号 判決 2003年3月25日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し,60万円を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,平成13年5月の被告定時総会以後,被告の10区の区長(以下「本件区長」という。)に就任した。
(2) 被告は,平成14年6月,故意又は過失により,被告の手続規定を無視して原告を本件区長たる地位より解任した(以下この解任を「本件解任」という。)。
(3) 原告は,この不当な解任により人権を無視され,精神的損害を被った。
この損害を慰謝するには60万円をもって相当とする。
(4) よって,原告は被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,60万円の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)の事実は明らかに争わない。
(2) 同(2)中,被告が原告を平成14年6月本件区長より解任したことは認め,これが被告の故意又は過失に基づく手続無視の解任であることは否認又は争う。
本件解任は,選任母体である被告の10区の会員の総意に基づくものであるから,同解任は適法であり,仮にこれが認められないとしても,原告は,被告の10区の会員の互選によらない被告の元会長の指名による就任であるから,民法の委任契約に基づくものであるところ,委任者である被告は,平成14年6月,原告を本件区長より解任した。
よって,いずれにせよ本件解任は適法であり,また,同解任は原告が本件区長としての義務を果たさなかったものであるから,原告には損害賠償請求権が存在しない。
(3) 同(3)は争う。
理由
1 請求原因(1)の事実(原告の本件区長への就任)については,被告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなされる。
本件主要争点は,請求原因(2)の事実中,原告において権利侵害行為として主張する手続無視の本件解任行為があったか否か(本件解任の違法性の有無)である。そこで,以下同争点について判断する。
2(1) 証拠(乙2の1乃至乙7,原告,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告は,函館市A区域に居住する者をもって構成され(さらに適正な数の区に分けられ,また各区の中に複数の班が置かれている。平成13年度,14年度は21区から成り,10区についてみると,平成14年度においては18班に分かれている。),同区域の住民相互の連絡や親睦と福祉をすすめ,地域の環境整備,集会施設の維持管理,文化の向上を図る等良好な地域社会の維持及び形成に資する地域的な共同活動を行うことを目的として存在するいわゆる権利能力なき社団である。
イ 被告の規約上,役員(区長も含む。)の解任に関しては,14条の(4)において,総会は,会長,副会長,監事の解任について議決する旨の規定が置かれている他は規定がない。他方,区長の選任に関しては,8条3項において,区長は区の会員の互選により定める旨の規定が置かれている。
ウ 区長の主な職務は,町会から各会員あての配布物及び回覧を各班長へ届けることと,各会員から原則として毎月集金することになっている町会費について各班長から受け取り,これを町会に納めることである。
エ 被告は,原告が本件区長に就任してから,配布物・回覧等を各班長に配布をしていないため,町会事務員が各班に区分配布している等,同区長の職務を十分に遂行せず,そのため区内の会員から苦情の電話が何回もある等として,このような事態を放置しておくことはできないことを理由に,平成14年5月ころ,三役(会長,副会長,総務)が協議した上,10区に出向き,区長としての適任者を同区の会員の中から推挙してもらい,同区についてはBを選任する手筈を整えた。
なお,同認定に関し,原告は,同区の区長としての職務をきちんと遂行していた旨供述しており,また原告が同職務を懈怠していたとの点を裏付けるに足りる客観的証拠はなく,したがって原告の職務懈怠の事実を認めるにはなお足りないといわざるを得ないから,上記認定に止める。
これに対し,逆に同懈怠が存在しなかったことを認めるに足りる証拠はなく,かえって,後記本件定例役員会において原告の区長としての職務怠慢を理由とする解任の件を諮ったところ,被告の各役員(各区の区長又は副区長を含む。)の多数が出席していたにもかかわらず,誰からも異論が出されなかった(乙3,被告代表者)こと等からも,職務懈怠の事実があった蓋然性は決して低いとはいえないというべきである。
オ 被告は原告に対し,平成14年5月28日,自発的に辞任を促す旨の文書を送付した上で,同年6月2日に同月4日に話し合いの日を設定し,同日,被告町会の部屋に出向いてもらい,町会三役の役員との間で,原告が本件区長より自発的に辞任してもらうための話し合いを行った。原告は,同三役から辞任を求める事情等について話を聞き,これに反論する機会は与えられていたが,これを行使せず,辞任についての返答を翌日午前8時30分にすると答えたのみで帰宅し,その後,自らは現在まで明確な返答をしていない(原告の夫である被告の元会長が原告は辞任しない旨,被告の総務部長に架電した事実はあった。)。
カ 被告は,町会運営上いつまでもそのままにしておくことはできず,10区の区長の選任を進めた。具体的には次のとおりである。
① 被告は,平成14年6月11日開催の定例役員会で原告を解任する決議をした。
② その後,被告の三役は,同年6月中に10区の会員181名のうち,83名の会員を戸別訪問し,原告に本件区長を辞めてもらい,新会長としてB氏を推薦したい旨話し,その賛同を得るため,同会員から,署名又は記名押印を得た。
③ 同新会長が10区の区長に選任された後,本訴提起まで,同区の会員の中から,原告の解任及び新会長の選任について異議が出されたことはない。
(2) 以上認定の事実を総合して,本件争点について検討した結果は次のとおりである。
被告の規約上,区長の解任規定はなく,僅かに総会決議により会長等について解任することができる規定があるが,これは,会長等の被告の全体を担当する役員については,規約8条1項において,総会により選任されることになっている(乙7)こととの関係で当然の規定であるというべきであるから,これを根拠として総会又は被告の役員会において区長を解任することができると解することはできず,原則に戻り,区長選任母体が選任と同様の方法により区長を解任することができると解するのが相当である。そうとすれば,本件区長については,10区の会員の総意により解任することができると解するほかはない。もっとも,解任方法については,選任の場合についても,区の会員の互選により定めるとあるのみであるから,区の会員の総意を得る方法に限定はなく,必ずしも選挙を経る必要はなく,また会議によることも必要であるとは解せられない。また,総意はいかなる基準により確認することができるかについても,規約に特段の規定がない限り,一般条理に従い,当該区の会員の過半数によるのが相当である(規約15条3項によれば,総会決議は特別の規定がない限り,出席会員の過半数をもって決する旨の規定があり〔乙7〕,これも参考となる。)。
以上を踏まえて,本件解任手続についてみるのに,被告の平成14年6月11日付け定例役員会における解任決議は,その出席者及び決議者の構成等に照らせば,原告を本件区長より解任する旨の提案をした決議としての意義を否定するものではないが,本来,被告の役員会は,区長を解任する権限を有しないといわざるを得ないから,これにより原告の解任の効力は生じないというほかはない。しかしながら,これに接近して,その後の原告の解任と10区の新会長選出についての賛否を問う実質的内容である戸別訪問の結果は,同区の会員の総意を確認する方法としては意義を有するというべきであり,その結果,同区の会員総数181名のうち,83名の署名又は記名押印を得たことは,同区の約46パーセントの会員が原告の解任を支持したものと評価することができる。もっとも,これによっても厳密には同区の会員の過半数の支持を得たものということはできないが,それに肉薄する程度の会員の支持が得られたと解することができる上,その後同区の会員の中から格別原告の解任と新会長の選出について異議が出されていないこと,上記定例役員会において原告の解任を提案するに至る経緯等の認定事実をも併せ考慮すれば,実質的には同区の会員の総意により,原告の本件区長より解任することが決定されたと認めるのが相当である。
また,仮に上記約46パーセントの支持にとどまる点を強調して,同区の会員の総意を得るには未だ足りないと評したとしても,その不足による解任手続の瑕疵の程度は軽微である一方,被告はもともと町内会という狭い地域内の会員相互の親睦又は福祉を目的とした団体に過ぎず,したがって,法的手続の実践が厳しく求められている団体であるとはいえない上,その中の区長を解任されたことによる人格的利益侵害(原告はこの点を法益侵害として主張しているものと解される。)の程度は決して高いものと解することはできず,さらに原告解任に至る経緯に関する上記認定事実をも併せ考慮すれば,上記程度の瑕疵があったからといって,これを不法行為を構成する違法事実と評価するのは相当ではないというべきである。
よって,いずれにせよ,本件解任が手続を無視した違法な行為であるとする点については,これを認めることはできないというほかはない。
3 以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 堀内明)