大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 平成18年(わ)281号 判決 2007年5月15日

主文

被告人を懲役2年6月以上3年6月以下に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯等)

1  被告人は,両親が離婚した平成14年3月以降,被告人方住所地において,母親であるAと妹(平成3年生)の3人で生活していたが,同年6月ころから,Aと交際していたB(以下「被害者」と略記することがある。)が,被告人らの居宅に同居して生活するようになった。

Aと被害者とはいわゆる内縁関係にあったが,暴力団構成員であった被害者は,被告人やAらに対して暴力を振るったり,脅迫的な言動に及んだりすることがあり,さらに,平成18年5月ころからは,被告人の妹(当時中学3年生)に対して性的虐待を繰り返すようになった。

2  被告人は,同年8月下旬ころ,Aから,妹が被害者により複数回性的虐待を受けた旨を聞かされ,被害者のことを許せないという気持ちになった。そして,被告人は,同年10月10日,Aから,妹が被害者にレイプされもう我慢できない,もうやるしかないなどと,被害者を殺害する意思があることを聞かされ,同月11日にも,Aから,再び,被害者を今週中にやるなどと言われたことから,Aの被害者殺害の決意は固く,Aは自分を頼りにしているなどと考え,また,被告人自身,上記のとおり被害者のことが許せないという思いもあり,Aとともに被害者を殺害することを決意した。

そこで,被告人とAは,同月12日に被害者の殺害方法等について話し合い,被害者に睡眠薬を服用させて,眠らせた上で殺害すること,犯行に気付かれないように,睡眠薬を被告人の妹や被害者の長男(被害者が平成16年6月ころ呼び寄せて,本件当時,被告人らと同居していた。)にも服用させること,タオルや軍手を用意しておくこと,凶器として自宅の小刀を使うこと,殺害は土曜日又は日曜日(平成18年10月14日又は15日)に実行すること,殺害後,被害者の死体を公園に遺棄することなどを取り決めた。

Aは,ぎっくり腰の痛みなどもあって同月14日には殺害を実行に移せないでいたが,同月15日,被告人の妹から,同月14日に再び被害者により性的虐待を受けた旨を聞かされたことから,被害者を殺害する意思を強くし,夕食のカレーに精神安定剤を混ぜて被害者らに与えたものの,薬が効かなかったことから,その日は,殺害を実行するには至らなかった。Aは,同月16日及び17日にも,夕食のみそ汁に精神安定剤を混ぜて被害者らに与えたが,やはり薬の効き目が弱かったことから,被害者の殺害を実行するには至らなかった。

3  そうしたところ,被告人の妹は,同月16日,在籍している中学校の教諭に,被害者から性的虐待を受けた旨を相談し,同月18日,児童相談所に保護された。Aは,被告人の妹が児童相談所に保護されたことを被害者が知れば,Aらにさらに激しい暴力を振るうのではないかなどと考え,同日,児童相談所に保護をやめるよう掛け合ったものの,保護が解かれなかったことから,この日のうちに被害者を殺害しようと決意し,自宅で被告人に「今日やるからね。」などと告げた。被告人もこれに同調し,Aとともに,小刀で被害者を刺し,公園に死体を遺棄することなど,被害者の殺害方法等を再度確認した。

4  Aは,同日午後6時ころ,被害者に,夕食のみそ汁に睡眠薬8錠を混ぜてこれを服用させ,その後,同人の長男に対しても,清涼飲料水に睡眠薬を混ぜてこれを服用させたところ,被害者は同日午後9時ころに,同人の長男は同日午後10時ころまでには,それぞれ眠りに就いた。

被告人は,同日午後10時過ぎに帰宅したが,Aの指示を受けて,いったん裏口から入った後,被害者の長男に対し被害者が外出したように見せ掛けるため玄関から外出し,その約5分後に,今帰ってきたように見せ掛けるため再び玄関から入った。

その後,被告人とAは凶器の小刀や軍手などを準備したが,すぐに被害者を殺害すると,解剖の際に睡眠薬の成分が検出されて自分達に嫌疑が掛かるのではないかと考え,服用させた睡眠薬の消化を待つために被害者殺害を翌19日午前零時ころに実行することとし,被害者が就寝していた和室の隣の部屋で被害者の様子をうかがいながら時間をつぶした。

Aは,同日午前零時15分ころ,被告人とともに被害者が就寝している上記和室に入り,小刀を両手で逆手に握って被害者を刺す構えをしたが,怖くなって殺害をためらい,被告人から促されて隣の部屋に戻った。被告人は,Aに「俺も持つから。」などと言って,殺害実行を促し,被告人及びAは,同日午前零時30分ころ,後記「罪となるべき事実」第1記載の殺害行為に及んだ。

5  殺害後,被告人とAは,室内に付いた血を拭いたり,被害者が外出時に殺害されたと見せ掛けるために同人の服を取り替えたりした上で,死体を公園に遺棄するため,被告人がこれを背負って自宅を出たが,運ぶのに疲れて公園に遺棄することを断念し,途中の空き地に死体を放置して,後記「罪となるべき事実」第2記載の死体遺棄行為に及んだ。

被告人とAは,帰宅後,畳の血を拭いたり,血の付いた被害者の服やタオル等をごみ袋に入れて隠したり,小刀を隠すなどした。

(罪となるべき事実)

被告人は,同人の母親であるAと共謀の上,

第1  Aの内縁の夫であったB(当時41歳)を殺害しようと企て,平成18年10月19日午前零時30分ころ,函館市a町b丁目c番d号所在の被告人方1階北東側和室において,殺意をもって,眠っていたBに対し,被告人及びAが共同して小刀(刃体の長さ約13.5センチメートル)でBの前胸部左側を突き刺した上,AがBが身に付けていたネックレスでその頸部を絞めるとともに,被告人がBの鼻口部をタオルで押さえ付け,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害し,

第2  前記犯行が被告人らの犯行であることの発覚を防ぐため,同日午前2時30分ころ,こもごも,前記場所から同市e町f丁目g番hの空き地内までBの死体を背負うなどして運んだ上,これを同所に放置し,もって死体を遺棄したものである。

(証拠の標目・省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は,判示第1の殺人行為は被害者による被告人並びにその母親及び妹に対する急迫不正の侵害に対して,防衛の意思をもってやむを得ずした防衛行為であり,その程度を超えて被害者の殺害に至ったものであるから,被告人には過剰防衛が成立し,情状面も考慮すれば,被告人に対しては刑を免除するのが相当であると主張するので,以下検討する。

当該犯行に至る経緯は先に認定したとおりであり,被害者は,平成18年10月18日午後9時ころから眠りに就き,被告人及びAは,同日午後11時ころから被害者が眠る自宅1階北東側和室の隣の妹の部屋で被害者殺害の機会をうかがい,翌19日午前零時15分ころ,上記和室に入り,Aが被害者の前胸部に向けて小刀を構えるが,殺害を実行できずにいったん妹の部屋に戻り,同日午前零時30分ころ,再び上記和室に入った上,共同して被害者の前胸部を小刀で刺突し,頸部を絞めるなどして本件殺害行為に及んだものであり,その間,被害者は刺突行為がなされるまで眠り続けていたことが認められる。

このように,被害者は,被告人らの刺突行為の3時間以上前から眠り続けていたのであるから,およそ,被告人らが被害者の殺害に及んだ際に被害者による急迫不正の侵害があったといえる状況にはなく,被告人に過剰防衛が成立する余地はない。

弁護人は,被害者は,同月17日夜,包丁を持ち出してA及び被告人の妹に性交を迫るなどして強姦行為に着手したが,その後,Aがあらかじめ服用させていた睡眠薬の影響で眠りに就いたもので,被害者自身の自発的な意思によって強姦行為を中止した訳ではなく,睡眠薬の影響という外因によって停止させられていたものに過ぎない上,被告人の妹が児童相談所に保護されたことを知った場合には,直ちに被告人及びAに対して危害を加える蓋然性,切迫性が極めて高かったと認められるから,被害者の被告人やA,被告人の妹に対する長年の虐待行為を含めた一連の行為を一体として全体的に観察すると,本件殺害行為の時点においても,被害者の暴行による法益侵害が間近に押し迫っている状態にあり,被告人やAの生命・身体に対する急迫不正の侵害が継続していたと評価すべきであると主張する。

この点,同月17日夜の被害者の行為がAや被告人の妹らに対する侵害行為に当たるとしても,その後,被害者は本件被害に遭うまで1日以上の間,Aや妹らに何らの侵害行為を行っておらず,その素振りさえも見せていないのであり,これが被害者の意思によるものかどうかにかかわらず,また,被告人の妹が児童相談所に保護されたことを被害者が知った場合には,Aや被告人に対して何らかの危害を加える可能性が高かったであろうことを考慮しても,上記のような本件被害に遭うまでの被害者の状況に照らせば,被害者による侵害行為が継続していたとみる余地は全くなく,弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法60条,199条に,判示第2の所為は同法60条,190条にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をし,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で,少年法52条1項,2項により,被告人を懲役2年6月以上3年6月以下に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入することとする。

(量刑の事情)

本件は,被告人が母親と共謀して同人の内縁の夫を殺害した上,その死体を空き地に放置したという殺人及び死体遺棄の事案である。

犯行に至る経緯は先に認定したとおりであり,被害者には責められるべき大きな落ち度があったものであるが,被告人は,Aから被害者殺害の意思があることを告げられ,母は自分を頼りにしている,被害者を許せない気持ちは同じであるなどと,安易にAに同調したものであって,人命を軽視する姿勢が窺われる。なお,Aは,被告人の妹が児童相談所に保護されたと被害者が知れば,激怒して激しい暴力を振るうのではないかと恐れ,被告人に「今日やるからね。」などと殺害を実行する旨告げ,被告人もこれに同調したものであるが,本件犯行時において被害者の暴力は現実化していないし,被告人とAは,妹が保護される前から既に被害者殺害及び罪証隠滅方法等を計画し,Aにおいて精神安定剤を服用させるなど被害者殺害を企図していたのだから,この点から殺害行為を正当視することはできない。

本件殺害行為の態様は,Aにおいてあらかじめ睡眠薬を服用させた上,眠っていた被害者の胸部に,被告人及びAが共同して刃体の長さ約13.5センチメートルの小刀を突き刺し,暴れ出した被害者を動かなくなるまで2人がかりで押さえ付け,さらに,Aが被害者の身に付けていたネックレスで同人の頸部を絞め,被告人がタオルで被害者の鼻口部を押さえて窒息死させ,死亡したことを脈で確認したというもので,被害者を確実に死に至らせようという被告人らの強固な殺意に基づく冷酷かつ悪質な犯行である。

また,被告人らは,事前に殺害の方法や役割,死体を遺棄するなどして罪証隠滅をすることなどを話し合った上で殺害行為に及び,罪責を免れるため,被害者が外出時に被害に遭ったと仮装することを目的に死体遺棄にまで及んだもので,犯行は計画的なものである。

被告人は,当初こそ母親に追従して被害者殺害を決意したものであるが,計画を具体化していく際には殺害方法等について自己の意見を言ったり,計画が実行されないことについて,Aに対し「いつやるの。」などとその実行を促したりした上,被害者殺害を実行するに際しては,ためらうAを励まし,上記のとおり小刀を一緒に持って被害者を突き刺すなど,むしろ積極的に殺害行為を遂行しており,殺害後も,被害者の死体を背負って空き地まで運ぶなど,各犯行において重要な役割を果たしたものといえる。

被害者は,突如としてその生命を絶たれたものであり,その結果が重大であることは多言を要しない。被害者の遺族の悲嘆は大きく,被告人らの厳罰を求めている。被害者の遺族らに対し,何ら慰藉の措置は講じられていない。

以上からすると,犯情は全体として悪く,その刑事責任は重い。

他方,被害者は,被告人並びにその母親及び妹に日常的に暴力を振るっていた上,被告人の妹に対し性的虐待を繰り返すなど常軌を逸した行動にも出ており,本件に至る経緯において極めて重大な落ち度が認められる。Aは,このような被害者の行動で精神的に追いつめられた状態となって被告人に殺害の計画を持ちかけており,被告人がこれに応諾した背景には,自身や妹が受けていた行為に対する憤まんのほか,窮状にある母を助けたいという思いもあったもので,そのために殺害という方法を採ったこと自体は誤りというほかないが,その心情自体は同情に値するものであり,本件は,利欲的ないし自己中心的な動機による犯行とは,明らかにその罪質を異にするものといえる。

また,本件では,被害者による暴行の経緯を警察や児童相談所に相談して保護を求めるなど,殺害以外の合法的方法を採ることは客観的には容易な状況にあり,この点において犯行は短絡的との誹りを免れないが,被告人は当時16歳であり,この短絡性は被告人が精神的に未成熟であったことのあらわれと捉えることもできるのであって,当時の家庭環境が過酷であったことや,Aも結局他の手段を採れないまま殺害に至ってしまったことなども考慮すると,これをただ責任を加重する要素として評価することは,必ずしも妥当とは思われない。

そのほか,被告人は,事件後しばらくは自身の責任を直視できず,犯行を正当化していた節も見受けられたが,当公判廷では率直な反省の態度を示しており,その内省が深化していることが窺われること,これまでの生育環境は恵まれたものとは言い難いにもかかわらず非行歴がなく,いわゆる不良傾向は認められないこと,被告人の中学校時代の担任の教諭も,被告人について,母親思いで優しい子であると述べていること,被告人の伯父が,被告人を同居させ,自身の経営する飲食店で雇用しながら今後の監督をしていく旨誓っていることなど,有利に斟酌すべき事情も認められる。

以上のとおり,犯行態様の悪質性,結果の重大性などに照らせば,本件で刑の執行を猶予することは適切とは認められないが,被告人のために有利に酌むべき多くの事情も認められるので,酌量減軽をした刑期の下限を不定期刑の短期と定め,その長期も主文の程度にとどめることが,被告人の更生と処罰の適正の観点から相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役3年以上5年以下)

(裁判長裁判官 柴山智 裁判官 岡田龍太郎 裁判官 宮﨑純一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例