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函館地方裁判所 平成19年(わ)15号 判決 2007年4月24日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中40日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  A農業協同組合金融部運用課長の職にあり,顧客からの定期貯金の申込みの受付及び現金の受取・保管等の業務に従事していたものであるが,平成18年9月27日,函館市ab丁目c番d号所在のB(当時78歳)方において,同人から,預入金額50万円の定期貯金の申込みを受け,現金30万円及び預入金額合計20万0025円の定期貯金通帳の交付を受けたところ,

1  そのころ,同所において,ほしいままに,同組合のため預かり保管中の上記現金30万円を自己の用途に費消する目的で着服して横領した

2  同月28日午前10時07分ころ,同市ef丁目g番h号所在の同組合C支店において,同支店係員に上記定期貯金の解約を申し込み,同係員より現金20万0106円の交付を受け,これを同組合のため預かり保管中,そのころ,同所において,ほしいままに,自己の用途に費消する目的で着服して横領した

第2  前記Bから国債購入代金名下に金員を詐取しようと企て,同年10月24日午後2時30分ころ,同人方において,同人に対し,真実は,上記組合では当時償還期間3年の国債の購入を募集しておらず,かつ,交付を受けた現金は自己の用途に費消するつもりであるのに,これを秘し,「国債の利率が農協の定期貯金に比べるといいし農協でも国債を扱っているからどうですか。国債は一口100万円で購入するんですけど,この前定期にした50万円を解約して,さらにお金を出していただいて3年ものの国債に投資しませんか。あと150万円を出してもらって,200万円の国債でいいですね。」などと嘘を言い,同人をして,150万円を交付すれば,償還期間3年の額面合計200万円の国債を購入することができるものと誤信させ,同日午後3時40分ころ,同市ab丁目i番j号所在のD駐車場に駐車した自動車内において,同人から現金150万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた

第3  同年12月4日午後7時32分ころから同日午後8時15分ころまでの間,同市kl丁目m番n号所在の同組合本店金庫室内において,同組合長E管理に係る現金9995万8000円及びバッグ1個(時価約2000円相当)を窃取した

ものである。

(法令の適用)

罰条

判示第1の各事実

いずれも刑法253条

判示第2の事実

同法246条1項

判示第3の事実

同法235条

刑種の選択

判示第3の罪につき懲役刑を選択

併合罪の加重

同法45条前段,47条本文,10条

(犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数算入

同法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の事情)

本件は,農協に勤務していた被告人が,業務として預かった金員を横領した事案(判示第1の各事実),顧客から国債の購入名目で金員を詐取した事案(同第2の事実)及び勤務先の金庫内から高額の現金を窃取した事案(同第3の事実)である。

被告人は,競馬や競輪等のギャンブルに金銭を浪費して大きな借金を抱え,その返済に困窮したことから横領及び詐欺事件を起こした上,その発覚を防ぎ,残った借金もまとめて返済しようなどと考えて窃盗事件にまで及んだものであり,犯行の動機に酌むべき点は見出せない。

次いで犯行の態様を検討するに,横領・詐欺事件については,被害者が被告人を信頼していたことに乗じて,証券会社の作成した資料等も利用しつつ,言葉巧みに金員を預かり,又は騙取した上,これを借金の返済やギャンブルの資金等に充てて費消したものであって,いずれも悪質である。

また,窃盗事件については,被告人が,その職務上警備システムや鍵の保管場所,金庫の暗証番号等を知っていたことを悪用し,幹部職員が夕方以降不在となる日を選んで,一度退社するふりをして建物内に舞い戻り,警報センサーを解除するなど防犯体制をかいくぐって金庫の中から現金を窃取した上,防犯カメラの映像が保存されるハードディスクレコーダーを投棄するなどの罪証隠滅工作にも及んだものであって,計画的で大胆な犯行というほかない。

そして,本件の被害額は,横領事件では約50万円,詐欺事件では150万円と,いずれも個人を被害者とする犯行としては少なくない金額といえるし,窃盗事件については約1億円もの甚大な額に上っており,金融機関としての性格も持つ農協の課長職にあった被告人が一連の犯行に及んだことによって農協全体の信用が大きく損なわれた点も看過できない。農協関係者の処罰感情が厳しいことも当然といえる。

これらの事情に鑑みれば,全体として犯情は悪く,被告人の刑事責任は相当重い。

他方で,横領事件と詐欺事件については,被告人が窃取した現金からではあるが被害の全額が一応回復されており,被害者の処罰感情も厳格とまではいえないこと,窃盗事件については,被告人が所持ないし隠匿していた現金がいずれも発見されて差し押さえられた結果とはいえ,被害のうち大部分が還付される見込みであるほか,既に費消されていた347万円についても被告人の実姉が弁済しており,金銭的な損害は実質的には全額回復されたこと,いずれの事件についても,被告人が事実を認めて反省の態度を示していること,被告人に前科はなく,約38年間にわたって農協に勤務し,妻子を養ってきたこと,本件により勤務先から懲戒解雇処分を受け,退職金の支給を受けられなくなったことなど斟酌すべき事情も一定程度認められる。

そこで,これら一切の要素を総合的に勘案した結果,被告人には主文掲記の刑を科すことが相当であると判断した。

(求刑-懲役5年)

(裁判官 岡田龍太郎)

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