前橋地方裁判所 平成10年(ワ)122号 判決 2000年4月28日
原告
X1
同
X2
右両名訴訟代理人弁護士
樋口和彦
同
嶋田久夫
被告
学校法人群英学園
右代表者理事
A
右訴訟代理人弁護士
内田武
同
横田哲明
右訴訟復代理人弁護士
本木順也
主文
一 原告らそれぞれと被告との間において,各原告らが被告に対し,いずれも雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は,原告X1に対し,次の金員を支払え。
1 金239万8281円
2 右金員に対する平成10年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員
3 平成10年3月から本訴判決確定に至るまで毎月21日限り金78万9427円
4 右3の各金員に対する各当該月の22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員
三 被告は,原告X2に対し,次の金員を支払え。
1 金157万8270円
2 右金員に対する平成10年2月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員
3 平成10年3月から本訴判決確定に至るまで毎月21日限り金52万6090円
4 右3の各金員に対する各当該月の22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員
四 原告X1のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は,被告の負担とする。
六 この判決は,第二及び第三項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項同旨
二 被告は,原告X1に対し,次の金員を支払え。
1 金239万8281円
2 右金員に対する平成10年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員
3 平成10年3月から本訴判決確定に至るまで毎月21日限り金79万9427円
4 右3の各金員に対する各当該月の22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員
三 主文第三項同旨
第二事案の概要
本件は,被告に雇用されていた原告X1(以下「原告X1」という。)と同X2(以下「原告X2」という。)が,いずれも被告から普通解雇されたところ(以下「本件各解雇」という。),原告らが本件各解雇を不服として,雇用関係の確認と本件各解雇後の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実及び掲記の証拠により認められる事実)
1 当事者
(一) 被告は,進学予備校a学舘を経営する学校法人である。
被告の理事長はA(以下「A理事長」という。),副理事長はB(以下「B副理事長」という。),平成9年当時の事務局長はC(以下「C事務局長」という。)であるが,その他理事として,D,E,Fなどがおり,右Fはa学舘の舘長を務めている(以下「F舘長」という。)。
(二) 原告X1は,昭和57年4月1日,被告に雇用され,平成9年ころはa学舘の指導部長のほか国語科の専任教師を務めていた。
原告X2は,昭和51年5月1日,被告に雇用され,平成9年ころはa学舘の事務次長を務めていた。
(<証拠略>)
2 就業規則等
(一) 被告には平成9年以前から就業規則があり,これには以下のような定めがある。
(<証拠略>)
(1) 職員の採用,解雇および異動・休職・懲戒・表彰等は,舘長の内申に基づき,人事委員会に諮ってその意見を聴取して任命権者が決める(41条1項)。
任命権者とは,この法人の理事長をいう(同条3項)。
(2) 職員が次の各号の一に該当するときは,解雇する(56条1項)。
<1> 懲戒解雇の決定があったとき
<2> 精神若しくは身体の障害により,職務に堪えられないと認められたとき
<3> その職務に適さず能率が著しく劣悪と認められたとき
<4> 職制若しくは定数の改廃,または予算の減少により,廃職または過員を生じたとき
<5> 正当な理由がなく配置転換若しくは異動を拒んだとき
<6> その他舘長の内申により前各号に準ずると判断し,人事委員会が決定したとき
(3) 前項に基づいて職員を解雇する場合には,30日前に予告するか,または30日分の平均賃金を支給する(56条2項本文)。
(4) 学園(注,被告を指す。以下同じ。)は,次の各号の一に該当する職員に対しては,人事委員会に諮り,懲戒に付する(77条)。
<1> 学園の教育方針に違背する行為のあった者
<2> 学園の秩序を乱し,または正当な理由なく管理監督の地位にある者の指示に従わなかった者
<3> 職員としての任務を怠り勤務に精励しない者
<4> 服務規律に違反した者
<5> 故意または過失により不正または不都合な行為を行なった者
<6> その他前各号に準ずる者
(5) 次の各号の一に該当するときは,懲戒解雇に処する(81条)。
<1> 学園の教育方針を公然と批判し,あるいは教育方針に違背する行為を行ない,または行なわしめたとき
<2> 故意または過失により学園に重大な損害を与えたとき
<3> 業務上または管理上の指示,命令に反抗し,学園の秩序を乱したとき
<4> 職務に関し,不正に金品その他利益を収受したとき
<5> 重大な反社会的行為があったとき
<6> 経歴を詐りまたは詐術を用いて雇傭されたとき
<7> 正当な理由なく無届欠勤14日以上に及んだとき
<8> 前条による懲戒を受けてもなおその行為を改めないと認められたとき
<9> その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき
(6) 舘長は,懲戒処分に該当する行為をした職員に対しては,必要に応じ処分決定前においても就業を差し止めることがある(82条)。
(二) 被告の人事委員会に関する規程には,以下のような定めがある。
(1) 委員会は,職員の解雇に関する事項について,理事長の諮問に答える(2条2号)。
(2) 委員会の委員は,5名とし,うち1名は理事長をあてる(3条1項)。委員長は,理事長をあてる(同条2項)。
(3) 委員会に,職員若干名をおく(6条1項)。
(4) 職員は,常に議事録を作成しなければならない(7条1項)。(<証拠略>)
3 本件各解雇
被告は,原告らに対し,いずれも平成9年11月17日付け通知書により,<1>同年7月7日,a学舘において理事長以下4名の常任理事に突然面会を求め,中傷誹謗文書を示し悪口雑言を並べ立て罵倒し辞任を強要したこと,<2>事情を全く知らない第三者である学校法人群馬c学園の短大,高校両教職員労働組合に文書を手渡し組合をまきこんだことを理由として,それぞれ同年11月20日付けで普通解雇する旨通知した。(<証拠略>)
二 争点
本件の主要な争点は,<1>本件各解雇は有効であるか否か(解雇手続が適正か否か,解雇事由の存否),<2>原告らの未払賃金の有無及びその額であり,それぞれの争点についての双方の主張の要点は,次のとおりである。
1 争点<1>(本件各解雇は有効であるか否か)について
(被告の主張)
(一) 原告らの言動
(1) 原告らは,平成9年7月7日午後3時30分ころ,a学舘において,A理事長に対し,突然,A理事長,B副理事長,C事務長及びF舘長に話があると申し入れ,これに応じたA理事長ら4人が被告の応接室に揃うと,原告X2が3種類の文書(以下「本件各文書」という。)を配布しはじめ,原告X1が「まずこれを読んで下さい。」と切り出した(以下,右当日の原告らのA理事長らに対する申入れを「本件申入れ」という。)。
本件各文書には,いずれも何らの根拠もなくA理事長らに不正経理問題があるなどと誹謗中傷が書かれていたが,大部に渡(ママ)るため,4人が読むのに手間取っていると,F舘長と原告X2の議論が始まり,そうこうする中で,F舘長は,自らだけは理事を辞任する旨申し出た。右申出を受けて,A理事長は,「F舘長には辞めてもらう。2人の責任は問わない。このようになったことを反省し,よくa学舘内を調べ,改善していく。」などと提案したが,原告らは,4人全員の辞任を譲らなかった。
その後,原告らは,辞任届及び辞職届と書かれた紙をA理事長らに配り,原告X1において「この辞任届にサインをして印を押して下さいよ。もうそれしかないんだ。」,「あと1時間待ってくれと言ってあるので,その間に結論を出してくれ。」等と言い,原告X2において「どうせ理事会に諮っても我々の首切りしか考えないのだから,今結論を出してくれ。」,「マスコミも待たせてあるし,あんた達はダメなんだよ。早く覚悟を決めた方がいいよ。」等と脅迫・強要した。
午後5時ころ,A理事長らが「これは脅迫だよ。」というと,原告らは,署名を迫った辞任届及び辞職届という2枚の用紙を回収し,更に,本件各文書も回収しようとしたため,A理事長らは,「それは後で検討するからおいていって下さい。」,「1週間待ってくれないか。」などと頼んだが,原告らは強行に回収した。
原告らは,「5時にa学舘の外に人を待たせてあるので,とりあえず5時の行動をストップしてくる。」,「9時までに早く結論を出して欲しい。」といって応接室を出ていった。
その後,A理事長らは善後策を検討したが,辞任の必要性はないことで一致したので,午後10時ころ,原告らに電話連絡をして,再度同席するように依頼した。
午後10時30分ころ,原告らが戻り,「それで結論は出たんですか。」と尋ねたので,A理事長が,「理事会を開かなければ回答はできない。」旨答えると,原告らは,「明日9時まで待つ,明日の朝には行動を起こしますから」などといって,席を立った。
(2) 平成9年7月7日から12日にかけて,原告らはc短期大学,前橋c高校の各労働組合に本件各文書を示し又は写しを交付するなどし,また,右各組合からA理事長の辞任を要求する文書を出させたりして,右各組合を紛争にまきこんだ。
(3) その後,被告は,原告らが提示した本件各文書の内容を検討するため,平成9年7月10日付け文書で,原告らに対し,本件各文書の提出を要請し,また,その内容が真実であることの疎明を求めたが,原告らからは,本件各文書の提出も事実の疎明も一切なされなかったので,被告は,原告らの勤務の継続を認めると,一層学園の秩序を混乱させることなどの事態を来すと判断し,就業規則82条に基づいて,原告らを自宅待機処分とした。
(4) また,原告らは,平成9年11月6日,前橋地方裁判所に右自宅待機処分の取消しを求める訴えを提起したが,その際記者会見を開き,席上,A理事長が被告の資金を不正に流用している旨の虚偽の事実を流布し,かつ,その証拠があるとして請求書の写しを配布した。
(二) 原告らの解雇事由
(1) 懲戒解雇事由
ア<1> 原告らは,平成9年7月7日,被告の理事4名に対し,具体的根拠も示さず,被告の経理に不正があるなどとして辞任を強要し,これに応じないときはマスコミに本件各文書などを配布すると脅迫し,また,翌日,第三者である前橋c高校やc短期大学の教職員組合に協力を要請して,これらを紛争に巻き込んだものであるが,右行為は,就業規則81条1号の「学園の教育方針を公然と批判し,あるいは教育方針に違反する行為を行い,又は,行わしめたとき」に該当する。
<2> また,原告らの本件申入れにより,被告は,その解決のために役員会その他での検討・調査を余儀なくされ,進学予備校の運営以外の問題に多くの労力を割かざるを得なかった。
また,原告らは,第三者である前橋c高校やc短期大学の労働組合まで巻き込んで,紛争をより大きくさせ,加えて,記者会見を開いたことにより,マスコミ等の知るところとなり,被告は,本務である進学予備校の経営について有形無形の損害を被った。
したがって,原告らの行為は,就業規則81条2号の「故意又は過失により学園に重大な損害を与えたとき」に該当する。
<3> 被告は,本件申入れに際し,原告らに対し,本件各文書を被告に提出するとともに,不正経理の具体的内容の説明及び根拠を提示し,また,本件各文書をマスコミ等に流さないよう命じたが,原告らは,これらをいずれも拒絶し,かつ,本件各文書をマスコミ各社に配布した。また,A理事長は,平成9年7月10日付け要請書,同月15日付け内容証明郵便,同月16日付け要求書等で,本件各文書を提出するよう重ねて命じたが,原告らはこれにも応じなかった。さらに,A理事長は,原告らに対し,辞任要求の検討期間として1週間の猶予を求めたが,原告らは翌日には前橋c高校やc短期大学の各教職員組合をまきこみ,右各組合から被告に対し要求書などを提出させた。
原告らの右行為は,就業規則81条3号の「業務上または管理上の指示,命令に反抗し,学園の秩序を乱したとき」に該当する。
<4> 原告らは,被告理事らがマスコミ等を巻き込んで紛争を演出されることを危惧していたことにつけ込んで,同人らの辞任を強要したものであり,右は刑法223条3項(強要未遂罪)に該当する行為であって,就業規則81条5号の「重大な反社会的行為」に該当する。
イ 仮に,右各行為が直接には前各号に該当しないとしても,人事委員会の認定した<1>平成9年7月7日,a学舘において理事長以下4名の常任理事に突然面会を求め,中傷誹謗文書を示し悪口雑言を並べ立て罵倒し辞任を強要したこと,<2>事情を全く知らない第三者である学校法人群馬c学園の短大,高校両教職員労働組合に文書を手渡し組合をまきこんだことは,就業規則81条9号の「それに準ずる不都合な行為」に該当する。
ウ 懲戒解雇事由が存在する場合に,当該懲戒解雇事由の存在をもって普通解雇することもできると解するのが相当であるが,本件で,原告らには右各懲戒事由が存在するところ,被告は,右各懲戒解雇事由の存在をもって原告らを普通解雇としたものである。
(2) 普通解雇事由
ア 就業規則56条1項1号は,「懲戒解雇の決定があったとき」と規定するが,右規定は,懲戒解雇処分に付するのが相当な場合にでも,情状により,あえて懲罰的な懲戒解雇を選択せず,普通解雇を選択することができる旨を注意的に定めたものである。
本件では,原告らには懲戒解雇事由があるから,右条項に基づく普通解雇事由があるといえる。
イ 就業規則56条1項6号は,「その他舘長の内申により前各号に準ずると判断し,人事委員会が決定したとき」を普通解雇事由と規定するが,右規定は,56条1項1号ないし5号の普通解雇事由にストレートに該当しなくても,それに準じる事実がある場合には,舘長の内申を受けた理事長が人事委員会に諮問し,人事委員会において右諮問に係る事実が「前各号に準ずる」ものであると肯定する答申をした場合には普通解雇事由になる旨定めたものと解すべきである。
本件では,人事委員会はA理事長の諮問にかかる事実関係を認め,懲戒処分が相当であると答申をしているのであるから,本号に定める普通解雇事由があることは明白である。
なお,被告が原告らの解雇事由と主張し得る事実の範囲は,解雇時に存した事由であれば足りるところ,原告らがマスコミ各社に対し誹謗中傷文書を示した行為については,人事委員会の諮問を経ていないが,既に原告らの本件申入れ等については懲戒処分が相当との答申がなされているのであるから,更に違法を重ねる右行為について,改めて人事委員会の諮問を経る必要はない。
(原告らの主張)
(一) 本件各解雇の手続違背
被告において被用者たる職員を解雇するには,人事委員会の審議と答申がされることが必要であるが(就業規則77条,56条1項1号),本件各解雇に際してなされた人事委員会の答申は所定の手続を欠き効力がない。
すなわち,職員を解雇するにつき人事委員会に諮ることとしたのは,任命権者の恣意を排除するためであるから,人事委員会による公正・中立な実質的審議を経ることが解雇の有効要件であると解すべきである。しかるに,被告は,原告らを依願退職へ話をもっていくよう人事委員会に指示しており,人事委員会は形式を整えるためのものでしかなかった。また,人事委員会は,当初,原告らには解雇以外の懲戒処分が相当であるとの答申をなしたところ,A理事長の指示により,改めて人事委員会の招集及び議決を経ることなく,答申書が書き直され,提出された。右書き直し後の答申書は,形式的にも実質的にも有効に決定された答申書とはいえない。
したがって,本件各解雇は就業規則の定める有効な人事委員会答申を欠くので無効である。
(二) 解雇事由の不存在
(1) a学舘では平成8年度及び平成9年度のベースアップがなく,期末手当も平成8年度ではその支給率は例年の半分で,平成9年度では全く支給されず,また,職員会議も全く開催されないという状況にあったところ,原告らは,その原因にA理事長をめぐる不正経理問題があると考えたことから,a学舘における労働条件と職場環境の改善を図るため,本件申入れを行うこととしたのである。
本件申入れの態様は平穏なものであり,脅迫に該当することは全くなく,懲戒処分に処する理由,根拠はない。
(2) また,学校法人群馬c学園と被告とは,かつては同一の組織であり,現在でも同一人が理事長を務め,密接な関係にある。このようなことからすれば,学校法人群馬c学園が経営するc短期大学及び前橋c高校の両教職員労働組合と被告の職員である原告らがA理事長の不正経理問題や被告における労働組合ないし労働問題に関する情報の交換と協力をすることは,労働条件の維持,向上のために必要なことであり,何ら非難されるものではない。
したがって,原告らの行為は懲戒事由に当たらない。
(三) 人事委員会を経ていない解雇事由
本件各解雇は人事委員会の答申でも,解雇通知でも,<1>本件申入れと<2>前橋c高校やc短期大学の労働組合への働きかけの事実を理由としているところ,被告は,右に加えて,原告らが記者会見を開いて本件各文書をマスコミ各社に配布したとの事実(<3>)をも解雇事由として主張している。しかし,原告らが記者会見席上で配布したのは訴状及び被告の伝票のみであり,右事実は存在しない。また,仮に,右<3>の事実が認められたとしても,解雇事由とされた右<1>,<2>事実以外の事実を解雇事由として主張することは許されない。
また,仮に,右主張をすることができるとしても,右<1>,<2>以外の事実<3>は懲戒解雇の要件たる人事委員会の答申を経ておらず,また,解雇事由の明示がない(就業規則78条4号)から右事実<3>を理由とする解雇は無効である。
(四) 解雇権の濫用
仮に,原告らの行為が解雇事由に該当するとしても,本件各解雇は,A理事長,F舘長ら理事が自己の保身のために原告らの要求を圧殺してA理事長らの不正経理を闇に葬ろう,あるいは原告らの自宅待機処分無効確認訴訟提起に対する報復をしようとの意図の下になされたものであり,解雇権の濫用として無効である。
2 争点<2>(原告らの未払賃金の有無及びその額)について
(原告の主張)
(一) 原告X1の平成9年4月から同年11月までの各月の賃金は,次のとおりである。
平成9年4月 58万7790円
5月 104万2440円
6月 77万0340円
月(賞与) 91万6200円
7月 75万7140円
8月 48万7791円
9月 38万8200円
10月 38万8200円
11月 25万8800円
(二) 原告X2の平成9年4月から同年11月までの各月の賃金は,次のとおりである。
平成9年4月 52万6090円
5月 52万6090円
6月 52万6090円
7月(賞与) 90万5740円
7月 52万6090円
8月 39万0200円
9月 39万0200円
10月 39万0200円
11月 26万0134円
(三) 原告らは,平成9年7月16日,自宅待機処分を受け,これを理由に同年8月から職掌手当,扶養手当,通勤手当,住宅手当が支給されず,原告X1については「その他の手当」も支給されなかったのであるから,平均賃金の算定に当たっては,同年4月から同年7月までの賃金を基礎とすべきである。
(被告の主張)
争う。
第三当裁判所の判断
一 争点<1>(本件各解雇は有効か否か)について
1 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(一) 被告の沿革等
(1) 被告の前身は,準学校法人b学園に遡るものであるが,同学園は昭和38年12月22日,前橋c高校が認可されると同時に学校法人d学園となった。その後,学校法人d学園は,学校法人前橋c学園と学校法人b学園に分離され,学校法人b学園は,平成2年7月14日,その名称を学校法人群英学園に変更したものであり,これが被告である。
被告は,b学園当時は,a学舘,新潟cセミナー,e館の予備校3校を経営していたが,現在は,a学舘,e館の2校を経営している。
また,A理事長は,学校法人前橋c学園の後身である学校法人群馬c学園の理事長をも兼ねているが,右群馬c学園は,前橋c高校とc短期大学を経営している。
(2) A理事長は,昭和42年当時,学校法人前橋c学園の学園長を務めていたが,前橋c学園教職員労働組合が群馬県地方労働委員会に対し,学園長の退陣,同学園の実業高校化撤回,労働協約の早期締結などのあっせんの申請(群労委調第444号)をした際に,その解決条件とし,学園長を退任した。
また,A理事長は,c短期大学の学園長を務めていた平成5年ころ,同大学教授会により,独善的大学運営,恣意的人事管理等を理由として不信任決議がなされたことがあった。
(二) 被告の教職員と理事長との関係等
(1) 昭和60年8月26日,被告の職員である教職4名と事務職6名によりa学舘教職員労働組合が結成され,原告X1が委員長に就任したが,平成6年ころ,解散された。
(2) 平成5年ころ,F舘長は,原告X2のほか,G,H,I,J,Kらと相談し,「理事長は出入りの業者と癒着している,組合つぶしのために,委員長には余り授業をもたせない,a学舘のために使っている渉外費とは思えない飲食代,ゴルフプレイ代等の領収書が数々ある,学園には榛名カントリークラブの会員権があるのに,理事,評議委員会にも諮らず,2500万円もするゴルフ会員権を独断で買うことができるのか,学園の資金でA理事長個人の家を5000万円から7000万円かけて建築している。」として,被告の運営の民主化を図る目的で,A理事長宛にA理事長,C事務長,B副理事長らの退陣を求める決議書(以下「本件決議書」という。)を作成したが,本件決議書は,結局,A理事長に渡されることはなかった。
(3) 被告では,平成8年から平成9年にかけて,当時の経営状態から職員のベースアップが見送られ,入学した生徒数によって支払われる募集手当については,平成8年度は,支給見込額の半額が支給されたに過ぎず,平成9年度には,全く支給されなかった。
(4) 昭和37年12月から被告に勤務していたIは,転勤,一時解雇,定年退職を経て,平成3年4月から嘱託として雇用され,1年ごとに5年間,その契約を更新してきたが,平成9年4月,同年度の契約更新の話がないまま,同月上旬ころ,被告に同月末日限りの解雇を言い渡され,被告を退職した。
また,被告に勤務していた手塚美春は,従前昼間の勤務であったが,平成9年3月,被告から同年4月以降午後3時から午後10時30分までの勤務時間に変わると申し渡され,当時健康不安があったことなどから勤務時間の変更に耐えられないと考え,被告を退職することとした。
(三) 原告らの言動
(1) 平成9年5月ころ,原告らは,理事長らに不正経理の疑いがあり,また,職員の退職が進められるなどして職場環境が悪化していると考えたことから,互いに相談して,A理事長らの退陣要求をすることを計画し,その際A理事長らに示す書面を,原告X2が保管していた本件決議書を参考にして作成することとした。
原告らは,当初,本件申入れを,前期の授業が終了する同年7月16日に実行することとしていたが,同月7日の朝礼の際に,A理事長が同日a学舘に来ることが判ったことから,原告らは,その日のうちに本件申入れを行うこととした。しかし,申入れ実行の予定が急きょ早まったことから,原告らの間で,辞任を要求する対象やA理事長らに示す文書など申入れの内容について,詳細な打合せをすることができなかった。
(2) 平成9年7月7日,午後3時ころ,原告らがA理事長に対して,話合いを申し入れたところ,A理事長は,a学舘の応接室において,B副理事長,C事務長及びF舘長も加えて,原告らの話を聞くこととした。
応接室では,原告らは,A理事長らに本件各文書を交付し,これらを読むように申し向けた。
本件各文書は,<1>原告X1の作成した,同人とA理事長やF舘長との関係を昭和53年から平成9年までの間の年代別に記載したもの(<証拠略>),<2>作成がa学舘有志代表X1とされた書面で,その内容が,「a学園」で発覚した3億ないし4億円の使い込み事件は,ほとんどはA理事長が使ったのだろう,A理事長の子であるB副理事長の留学費用750万円及び次女の留学費用300万円は被告から持ち出したもの,A理事長は理事長職不適格,F舘長は舘長職不適格などの事実を記載し,これらの事柄がA理事長らにおいて違法でないとするのであれば,この文面をそのまま世間に公表し,世間の判断を仰ぐつもりであると記載されていたもの(<証拠略>),及び<3>本件決議書の3通であった。
原告X2は,昭和59年にe館の改築工事に対する代金支払の稟議書(<証拠略>)などに当時の館長の決済がなく,A理事長の決裁のみで行われていること,原告X2が不正経理をするよう促されたことがあること,当時の職員が当該工事が行われた形跡がないと話していることなどをもって,右代金の支払が架空のものであると考えていた(<証拠・人証略>)。(なお,右書類の不備のみをもって当該支出が架空のものであると断じることは困難であり,他にこれを裏付ける客観的な資料はない以上,右X2の陳述のみから,同人の推測にわたる事実を認定することはできず,他に,右決議書に記載されたA理事長らの不正経理の問題について,これが実際に行われたものであると認めるに足る的確な証拠はない。)
このとき,原告X1も,不正経理問題については,風聞で聞いている程度の知識しかなく,確証をもっているわけではなかった。
本件決議書を原告X2が保管していたことに関し,原告X2とF舘長との間で激しい口調で言い争いとなった。
その後,原告X1において,A理事長ら理事4人の辞職を要求したところ,F舘長は,辞職する旨を述べたこともあったが,原告らがF舘長の辞任のみでは納得しなかったことから,話し合いはまとまらず,その間にF舘長の辞任も撤回された。
午後9時ころ原告らは一旦帰宅し,A理事長ら4名はa学舘に残って引き続き原告らの申入れを検討をしていたが,午後10時30分ころ,A理事長は電話で原告らを呼び出し,午後11時ころから再び話し合いの機会を持ったが,結論が出ることはなかった。
(3) 翌7月8日,原告らは,前橋c高校及びc短期大学の教職員労働組合にA理事長らの不正経理問題や本件申入れの経緯などを報告し,本件決議書を交付した。
(四) 関係組合の行動等
前橋c高校教職員組合はA理事長に対し,平成9年7月12日付けで,「理事長職を辞任し,a学舘再建のため新たな理事による民主的かつ公正な学園運営が行われるよう強く要求する」旨,要求書を提示した。また,前橋c高校教職員組合及びc短期大学教職員組合は,連名で,被告に対し,同年8月11日付けで「原告らの解雇を取り消し,すみやかに職場復帰させ,理事会との直接的な協議の場を設定して,学園の正常化に向けて問題解決に努力するよう希望する」趣旨の要望書を提出した。
(五) 本件各解雇に至る経緯
(1) 本件申入れの後も,原告らはB副理事長及びC事務長と連日のように話し合いをもっていたが,被告は,平成9年7月16日,原告らに対し,本件申入れに係る問題が解決するまでの当分の間,a学舘に勤務せず,自宅待機を命じる通告書を送付した。
また,被告は原告らに対し,同年7月31日付け文書で,「原告らが反省の意志をもって謝罪するならば,依願退職とするつもりであるが,そうでなければ懲戒解雇の処置を取らざるを得ない」旨通知した。
(2) A理事長は人事委員会に対し,平成9年8月10日,原告らについて,<1>原告らは,同年7月7日,A理事長,B副理事長,F舘長,C事務局長に対し,面会を求め,3種の中傷誹謗文書を示して4人の辞職を強要し,辞任届に署名捺印して直ちに差し出さなければ,マスコミ関係者に流布し告訴・告発し社会問題にすると脅迫し威嚇したこと,<2>前橋c高校及びc短斯大学の組合にA理事長らの不正経理問題を伝え,c短期大学教職員組合からは同月11日付けで公開質問状を,前橋c高校教職員組合からは同月12日付けで理事長職辞職の要求書が届いたことなどに関し,その処分について諮問した。
(3) 平成9年8月19日に開催された第1回人事委員会において,F舘長は,人事委員会の各構成員に対し,第三者の立会いは拒否すること,事情聴取は1人ずつ行うこと,最終的には依願退職にもっていくこと等と記載した「人事委員会の進め方」という書面を交付した。
人事委員会は,右第1回の期日に原告らを呼び出し,事情聴取を実施したが,その際,原告X1は,「本件申入れについて手段に手違いがあった,準備不足だった,4名の理事に退任を迫ったのは幼稚な考えだった」などと述べ,また,人事委員会の求めに応じ,本件各文書のうち,本件決議書及び原告X1が作成した同人とA理事長やF舘長との関係を昭和53年から平成9年までの間の年代別に記載したもの(<証拠略>)につき,一部内容を付加して人事委員会に提出した。
また,原告X2は,右人事委員会において,本件決議書の作成経緯について説明し,また「4人の理事退任要求の理由は特にないが,健全な経営をしてもらいたかった」などと述べた。
(4) 平成9年8月23日の第2回人事委員会では,L委員が,本件の解決策として,「原告らが被告,前橋c高校及びc短期大学に詫び状を提出すれば,原告らの責任は問わない」旨を提案したが,A理事長が右案に反対し,採用されることはなかった。
(5) 平成9年9月1日には第3回,同月4日には第4回の人事委員会がもたれたが,右第4回の期日には,被告のH教務部長とJ教務課長について事情聴取が行われた。
また,同月16日に行われた第5回人事委員会では,原告らが出席して陳述をなし,その際原告らは被告から引き続き提出を求められている文書(<証拠略>)については提出しない旨述べた。
(6) 人事委員会では,原告らの処分について,最終的には何らかの処分に付すべきということで委員全員の意見の一致を見ていたが,人事委員会としての答申書の作成は,議長代行のDに一任された。
右Dは,平成9年9月2日付けで「職員の処分についての答申」を作成し(以下「2日付け答申書」という。),「原告らが,理事長らに対し,誹謗中傷文書を示して罵詈雑言を並べ立てて罵倒した,事情を全く知らない学校法人群馬c学園の短大,高校両教職員組合に文書を手渡し組合を巻き込んだ事実を認め,こららの行為を反省しているとしたうえで,就業規則による懲戒処分が適当であるとの答申をする旨」,「ただし,事情聴取の段階で自分達の行動の行き過ぎについての反省も多く認められますので,委員会としては次の点にご考慮いただきたいとして,1,常日頃の管理職間の意思の疎通が不十分であり,本人の理解が不足していたことに起因,2,身分待遇等について,群馬c学園の教職員と全く同等の意識をもっていたことに起因等」と記載した。
その後,右Dは,同月22日付けで改めて答申書を作成したが(以下「22日付け答申書」という。),これは2日付け答申書の後半部分を削除したものであった。
(7) 原告らは,平成9年11月6日,前橋地方裁判所に自宅待機処分の取消しを求める訴えを提起した(前橋地方裁判所平成9年(ワ)595号自宅待機処分無効確認請求事件。なお,同訴訟は同月28日取り下げられた。)
右提訴同日に,原告らは,群馬県弁護士会館で記者会見を開き,その際,A理事長が,昭和59年ころ,子供の留学資金や家を建てる費用を用立てるために,有限会社瀬下工営によるe館の工事を偽造して,被告の資金を不正に流用した事実があると指摘し,有限会社瀬下工営が被告宛に出した請求書,被告の稟議書,振替伝票などの写しを記者らに示した。
原告らの右訴え提起は,翌日の新聞紙面で報道され,その中では,A理事長らの不正経理問題についても触れられていた。
(8) 被告は,原告らに対し,平成9年11月17日付け通知書により,原告らが,<1>同年7月7日,a学舘において理事長以下4名の常任理事に突然面会を求め,中傷誹謗文書を示し悪口雑言を並べ立てて罵倒し辞任を強要したこと,<2>事情を全く知らない第三者である学校法人群馬c学園の短大,高校両教職員労働組合に文書を手渡し組合を巻き込んだことを理由とし,22日付け人事委員会の答申書に基づいて,同月20日をもって解雇する旨通知した。
2 本件各解雇手続の適法性について
原告は,人事委員会は,解雇以外の懲戒処分を相当とする答申をした後,A理事長の指示により,これを書き直したが,その際,改めて人事委員会を招集して委員の過半数による議決を経ていないとして,書き直し後の答申は,形式的にも実質的にも有効に決定された答申書とはいえないから,本件各解雇は就業規則の定める人事委員会の答申を欠いていると主張する。
そこで検討するに,平成9年9月2日付けで一旦作成された答申書(2日付け答申書)と,続いて作成された同月22日付け答申書(22日付け答申書)の2通があり,後者では前者の内容が一部削除されている。しかし,前記認定のとおり,人事委員会は,同年8月19日,同月23日,同年9月1日,同月16日にそれぞれ開かれ,2日付け答申書が作成された後にも,同月4日には学園関係者に対する事情聴取,同月16日には原告らの陳述がそれぞれなされていること,人事委員会では,最終的に原告らに何らかの懲戒処分に付すべきであるということで意見が一致したなどの事実経過に照らすと,人事委員会の最終的な審議を反映する答申書は22日付け答申書であると見ることができ,2日付け答申書はいわばそのたたき台として作成されたものにすぎないとみるのが相当である。
そして,右のとおり,人事委員会としては答申書の内容として原告らに対し,何らかの懲戒処分が必要であるとの意見で一致し,その作成自体はD議長代理に委ねていたのであるから,22日付け答申書は人事委員会の決議に基づいて作成されたと認められる。
したがって,この点に関する原告らの主張は採用することができない。
3 本件各解雇事由の有無
(一) 被告が主張し得べき原告らの解雇理由について
(1) 被告の主張は,要するに,原告らの<1>平成9年7月7日,被告の理事4名の辞任を強要した行為,また,<2>翌日,第三者である短大・高校両教職員組合に本件決議書を交付して協力を要請し,これらを紛争にまきこんだ行為,<3>被告が原告らに対し,本件各文書を提出するよう業務上または管理上の指示,命令を発したにもかかわらず,これを拒絶し,かえって本件各文書をマスコミ各社に配布した行為などが,就業規則81条1号ないし3号,5号及び9号の懲戒解雇事由に該当するから,右事由の存在を理由として原告らを普通解雇とした,若しくは,原告らの行為は,就業規則56条1項1号または6号に該当するから,原告らを普通解雇としたというものである。
(2) 懲戒解雇事由が存在することを理由とする原告らの普通解雇
ア 一般に,就業規則所定の懲戒事由に当たる事実がある場合において,使用者が,労働者を懲戒処分に処することなく,普通解雇に処することは,それが懲戒の目的を有するとしても許されないものではないから,就業規則上,懲戒解雇事由をもって普通解雇をなしえないとされている場合を除き,右事由に該当する事実をもって普通解雇をすることもできると解するのが相当である。
ところで,本件においては,被告の就業規則56条1項1号は,「懲戒解雇の決定があったとき」を普通解雇事由としているが,右規定が,「懲戒解雇事由の存在」ではなく,あえて「懲戒解雇の決定」と明記していることからすると,懲戒解雇事由が存在する場合において,同号により普通解雇をなし得るのは,当該事由について懲戒解雇の決定がなされた場合に限定したものと見ざるを得ない。
そして,右のとおり,懲戒解雇事由に基づく普通解雇を限定的に規定している被告の就業規則の定め方からすれば,一般法理としての懲戒解雇事由が存在することを理由とする普通解雇自体も禁止する趣旨であると解するのが相当である。
なお,このように解しても,被告としては,懲戒解雇事由があると判断する場合には,後記のとおり,就業規則56条1項6号に基づき,同項1号ないし5号に準ずる事由があるとして,人事委員会の諮問を経た上で普通解雇をすることが可能であるから,被告の解雇権を不当に制限することにはならないものというべきである。
イ 本件では,前提となる事実記載のとおり,被告は原告らを「懲戒解雇処分に該当するが,労働基準法20条により解雇する」旨記載した通知書(<証拠略>)により解雇したものであるが,右普通解雇手続の過程で,懲戒解雇の決定がなされたとの主張はなく,そうした事実も窺われないから,被告は,懲戒解雇事由が存在すること又は就業規則56条1項1号に基づいて原告らを解雇することはできないと言わざるを得ない。
よって,この点に関する被告の主張は理由がない。
(3) 就業規則56条1項6号
ア 次に,就業規則56条1項6号は,「舘長の内申により前各号に準ずると判断し,人事委員会が決定したとき」と規定しているが,職員の解雇は,舘長の内申に基づき,人事委員会に諮ってその意見を聴取して任命権者である理事長が決める(就業規則41条1項,3項),人事委員会は,職員の解雇に関する事項について,理事長の諮問に答える(人事委員会に関する規程2条2号)という解雇手続からすると,右「人事委員会が決定したとき」とは,人事委員会が当該労働者について,就業規則56条1項1号ないし5号に準じる事由があると判断したときを指すと解するのが相当であり,労働者の解雇権自体は任命権者である理事長の権限であることからすると,人事委員会が「解雇相当」との答申をなすことまでは必要ないと解される。
そして,右1号ないし5号に「準じる」とは,懲戒解雇処分の決定があったとき(1号),精神若しくは身体の障害により,職務に堪えられないと認められたとき(2号)など他の普通解雇事由が雇用関係を継続しがたい事由を掲げていることからすると,同様に,雇用関係を継続しがたい程度の内実をもった事実であることを要すると解するのが相当である。
本件では,人事委員会は,原告らは就業規則の服務規律に違背し,管理職の身分を有するものとしてはあるまじき行為をしたとして懲戒処分が相当であると答申しているのであるから,原告らには就業規則56条1項1号ないし5号に準じる事由があると判断したものと認められる。
なお,被告は人事委員会の答申は原告らを懲戒解雇とするのを相当としたものであると主張するが,前記認定のとおり,人事委員会では原告らが謝罪すれば不問に付すべきとの意見もあったこと,原告X1においては,「本件申入れについて手段に手違いがあった,準備不足だった,4名の理事に退任を迫ったのは幼稚な考えだった」と一定の反省を述べていること,答申の文言も「懲戒処分が適当」としているに過ぎないことからすれば,右答申は原告らに対し「懲戒解雇」まで求めるものとはいえない。
イ ところで,普通解雇の場合には,懲戒処分の場合と異なり,処分事由ごとに別個の解雇処分を構成するものではなく,全体として一個の解約申入れというべきであるから,通常の私法上の形成権の行使の場合と同じく,客観的に解雇を相当とする事由が存在すれば,解雇権の行使は適法となるのであって,解雇の有効,無効の判断に当たっては客観的に存在した事由を全て考慮することができると解される。
この点,被告の就業規則では,解雇にあたり,普通解雇・懲戒解雇を問わず人事委員会の答申を経ることを要するが(就業規則41条),これは人事委員会の審議を経ることで任命権者である理事長の解雇の判断を適切に行わしめる趣旨であるところ,右普通解雇の性質からすれば,人事委員会が被解雇者について,一旦,1号ないし5号に準じると判断されたときは,その後発生した事実については,改めて人事委員会の審議を経る必要はないと解される。
したがって,本件では,被告は,人事委員会の原告らの処分に係る答申がなされた後の原告らの行為についてもその解雇事由として主張し得るのであり,これに反する原告の主張は採用することができない。
(二) 以上を前提に,原告らについて就業規則56条1項6号に基づく解雇事由の有無について検討する。
(1) まず,被告は,原告らの本件申入れの際の態様は,A理事長ら4人に対し,辞任を強迫・強要するものであった,原告らはマスコミに発表すると脅したなどと主張するが,前記認定のとおり,原告X2とF舘長との間で激しい言葉で言い争いがあったことは認められるが,原告らは一旦帰宅した後にA理事長らに呼ばれて再度話し合いに及んでいること,原告らが2人であるのに対してA理事長らは4人で対応していること,A理事長らが他の被告職員らを交渉の場に呼びこんで原告らを止めさせたなどの事情が見当たらないことなどからすると,その対応が殊更脅迫的に行われたと認めることはできず,また,その際示された書面には,文書を世間に公表し,世間の判断を仰ぐつもりであるなどと記載されているが,原告らが,A理事長らに対し,殊更マスコミに発表するなどと脅したと認めるに足る証拠はない(実際,原告らがマスコミに不正経理問題などを発表したのは,A理事長らが辞任していないにも関わらず,本件申入れから4か月後であり,原告らが自宅待機処分を受けた後である。)。
また,業務命令とは使用者が業務追(ママ)行のために労働者に対して行う指示命令であるところ,被告が原告らに対し,原告らが本件申入れで示した本件各文書の提出を求めた理由は,F舘長が人事委員会の各構成員に対し原告らを最終的には依願退職にもっていくことを指示していることに鑑みると,主として,原告らの処分を決定するためのものであったと推認されるから,仮に右提出の指示が業務命令に当たるとしても,原告らがこれを拒否することが不相当であるとはいえない。
さらに,被告は,原告らが前橋c高校やc短期大学の労働組合をまきこんで,紛争をより大きくさせたとしているが,右はいずれも被告と関係が深く姉妹校ともいうべき間柄であり,理事長が同一人であること,A理事長は以前にも,前橋c学園の労働組合との紛争が基で同校の学園長を退任したり,c短期大学の学園長を務めていたときには,教授会で不信任決議がなされたことがあるなど,両校の運営や組合活動にも深く関係していることなどの事情からすると,原告らが,労働者の立場として両校の労働組合に援助を求め活動を共にしたことが相当性を欠くとすることはできない。
(2) 他方,原告らは,本件申入れに際しA理事長らに示した本件各文書に同人らの不正経理問題を明示し,また,自宅待機処分取消の訴えを提起した際の記者会見でもA理事長らについて不正経理問題があるとして,被告の会計書類などを記者に示しているが,右不正経理問題の真偽は明らかではなく,右事実をA理事長らに問い質すのみならず,これを真実であるとして広く公にしたことは,結果として,A理事長個人や被告の社会的評価を低下をもたらすものであったということができる。
ところで,被告のような予備校にあっては,生徒の募集や著明(ママ)な講師の勧誘など,その経営を継続していく上で,社会的信用・評判を向上・維持していくことが重要になっていると考えられることからすると,本件でA理事長らの不正経理問題が公にされたことにより,少なからず経営上の影響が生じたものと推認されるから,右影響を惹起した原告らの右行為は,被告との円滑な雇用関係の継続に少なからぬ影響を及ぼすものとして,懲戒処分に付すべき事由に該当し得るものである言わざるを得ない。
しかしながら,前記認定のとおり,<1>原告らが本件申入れを行った動機は,被告においては,不正経理問題,職員の退職,手当て(ママ)の不支給などから労働環境が悪化していると考え,その改善を図ろうという正当な動機に基づくものであること,<2>本件申入れの態様自体は被告らが主張するような脅迫的なものではなかったこと,<3>原告らはいずれも永年被告に勤務し,その勤務状況も特に問題視すべき事柄は見当たらないこと,<4>人事委員会の答申でも原告らの解雇までは求められていないこと,<5>原告らのいうA理事長らの不正経理問題については,これを真実と認めるに足る証拠はないが,これを糾弾する本件決議書にはF舘長のほかにも被告のH教務部長やJ教務課長も関与し,また,有限会社瀬下工営に対する支払の稟議書等には当時の館長印を欠いているなどその存在が窺われる事情が全くないものではないことなどの事情に鑑みると,本件各解雇が懲戒解雇ではなく退職金も支給される普通解雇であることを考慮しても,なお,処分の方法として原告らを解雇することは行き過ぎとの感を拭うことができず,合理性を欠くものと言わざるを得ない。
(3) したがって,原告らには就業規則56条1項6号に基づく解雇事由は認められず,この点に関する被告の主張は採用することができない。
二 争点<2>(原告らの未払賃金の有無及びその額)について
前示のとおり,被告の原告らに対する本件各解雇はいずれも無効であるから,被告は原告らに対し,既に支払い期日が経過した分の賃金を支払うべき義務があり,また,原告らが請求している将来の賃金の請求についても,支払う義務があるところ,証拠(<証拠略>)によれば,原告らの収入は,原告X1が,平成9年4月が58万7790円,5月が104万2440円,6月が77万0340円,7月が75万7140円,原告X2が,4月が52万6090円,5月が52万6090円,6月52万6090円,7月が52万6090円であると認められ,これに原告らは平成9年7月16日から自宅待機処分に処せられ,それ以降諸手当が支払われていないこと,原告X1は賃金が月ごとの顕著な増減があることなどからすると,同年4月分以降7月分目での4か月分の賃金の平均をもって原告らの平均賃金とするのが相当である。
そうすると,原告X1の平均賃金は78万9427円,同X2の平均賃金は52万6090円となる。
よって,原告らは,本件各解雇以降,右平均賃金相当の未払賃金があると認められる。
三 以上によれば,原告らの本訴請求はいずれも理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 舘内比佐志 裁判官 齋藤巌 裁判長裁判官田村洋三は,転補のため署名押印することができない。裁判官 舘内比佐志)