大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 平成10年(行ウ)9号 判決 2002年5月24日

主文

1  被告社会福祉法人沼光会は,沼田市に対し金220万円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告沼田市長Aが被告社会福祉法人沼光会に対し金220万円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を怠っていることは違法であることを確認する。

3  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用はこれを6分し,その4を原告の負担とし,その各1をそれぞれ被告沼田市長A及び被告社会福祉法人沼光会の各負担とする。

5  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告B及び同社会福祉法人沼光会は,沼田市に対し,連帯して金440万円及びこれに対する平成10年12月23日(本件訴訟提起の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告沼田市長Aが,被告社会福祉法人沼光会に対し金440万円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を怠っていることは違法であることを確認する。

(3)  (1)につき仮執行宣言

2  被告ら

(1)  本案前の答弁

原告の訴えを却下する。

(2)  本案に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第2争いのない事実

1  当事者

(1)  原告は,群馬県沼田市(以下「沼田市」という。)の住民である。

(2)  被告Bは,平成3年度の沼田市長である。

(3)  被告社会福祉法人沼光会(以下「被告沼光会」という。)は,平成2年9月14日に社会福祉事業法に基づき群馬県から認可を受けた社会福祉法人であり,沼田市内に特別養護老人ホーム「ききょうの里」(以下「ききょうの里」という。)を設置し,福祉サービスの提供を行っている。

(4)  被告沼田市長A(以下「被告市長」という。)は,沼田市の有する債権の執行管理者である。

2  補助金の支出

沼田市は,平成4年2月10日(平成3年度),被告沼光会に対し「ききょうの里」の環境整備事業費補助金440万円(以下「本件補助金」という。)を支出した。

3  監査請求

原告は平成10年11月25日に沼田市監査委員に対し本件補助金の支出について監査請求をしたが,同監査委員は同監査請求を却下した。

第3争点

1  本件訴えの適法性(適法な住民監査請求前置の有無)

2  本件補助金支出の違法性

(1)  本件補助金の支出は,沼田市社会福祉法人の助成に関する条例2条(以下「社会福祉条例」という。)及び社会福祉事業法56条1項に違反するか否か。

(2)  本件補助金の支出に公益上の必要性があるか否か。

3  被告B及び被告沼光会の責任の有無

(1)  被告B

(2)  被告沼光会

4  被告市長の怠る事実の有無

第4争点に対する当事者の主張の骨子

1  争点1(監査請求前置の有無)について

(被告らの主張)

原告は平成10年11月25日に本件補助金の支出について監査請求をしているところ,この監査請求は監査請求期間を徒過してなされており(地方自治法242条2項本文),沼田市監査委員は同年12月18日にこの監査請求を却下した。

また,本件補助金の支出負担行為自体は沼田市の議会の議決を経て行われ,平成4年7月31日に公開された公開文書である「平成3年度沼田市歳入歳出決算書」に本件補助金支出の記載があるから,特に秘密裏になされた財務会計行為であるとはいえず,沼田市民である原告は同日時点で本件補助金支出の事実を知り得たものである。したがって,原告には監査請求期間を徒過したことについて正当な理由はない。

(原告の主張)

原告は本件補助金の支出について1年以内に監査請求を経なかったことについて次のとおり正当な理由がある。すなわち,本件補助金の支出は,ききょうの里の環境整備事業(以下「本件事業」という。)の総事業費が実際には440万円以下にすぎないのに,被告沼光会が同事業の総事業費を900万円とし被告沼光会の自己負担金が460万円であるとの虚偽の申請を行い,沼田市においてこの申請に基づいてなされた点で公益上の必要がなく,違法とされるものであるところ,

(1) 被告沼光会が本件事業の総事業費を偽って本件補助金の申請をしたことについては,住民のみならず沼田市の担当職員にすら遮蔽されていたのであるから秘密裏になされた財務会計行為である。

(2) 本件補助金の支出が違法であることは,①被告沼光会が本件事業の総事業費が900万円であったとする事業実績報告を添付して本件補助金の申請をなした事実,及び②被告沼光会の本部会計から施工業者に対する支出が440万円だけであった事実を知って初めて認識できるもので,そうなって初めて監査請求が可能になる。

(3) 住民が上記(2)①の事実を知るためには情報公開請求によって補助金支給決定に関する公文書の公開を受ける必要があるところ,沼田市においては情報公開条例が施行されたのは平成10年10月1日であるから,少なくともそれまでは住民がこの事実を知ることはできなかった。

原告は,被告市長が原告の情報公開請求に対し同年11月17日に開示,交付した「特別養護老人ホーム「ききょうの里」環境整備事業実績書」の記載を見て初めて上記(2)①の事実を知った。

(4) 上記(2)②の事実は,平成10年2月17日に沼田市議会の「高齢福祉事業に関する調査特別委員会第7回調査会」に提出された被告沼光会の要約決算資料によって,同委員会の委員及び被告市長ら関係職員には初めて明らかにされた。しかし,同調査会は秘密会であったためこの時点では住民がこの事実を知ることはできなかった。

原告は,別件訴訟において前橋地方裁判所に求めた送付嘱託の結果,平成10年9月17日に沼田市議会の「高齢福祉事業に関する調査特別委員会」の会議記録の写しの交付を受けて初めて上記事実を知った。

(被告らの反論)

仮に原告の主張どおり原告が「当該行為を知り得た時期」が平成10年9月17日であるとしても,同日からも2か月半を経過した後に監査請求がなされた本件においてはいずれにせよ監査期間を徒過したことについて正当な理由はない。

(原告の反論)

原告は,原告が「当該行為を知り得た時期」について平成10年11月17日と主張するものである。なぜなら,上記(原告の主張)(2)のとおり本件補助金の支出が違法であることを原告が知るためには,同項②の事実だけでなく同項①の事実をも知る必要があるからである。

仮に原告が「当該行為を知り得た時期」を平成10年9月17日であるとしても,原告が実際に(原告の主張)(2)②の事実を知ったのは同月末日ころであった。原告が,入手した議事録中の決算書の記載から被告沼光会の支出を読み取り監査請求をなし得る程度まで違法性,不当性を認識し実際に監査請求をなすための準備期間としては,69日間は必要である。現に被告市長が実施した被告沼光会の本件補助金の申請に関し工事費の水増しがなされたか否かの調査の結果は,平成12年4月19日になってようやく沼田市長部局内でまとまったものである。

2  争点2(1)(本件補助金の支出は,沼田市社会福祉法人の助成に関する条例2条及び社会福祉事業法56条1項に違反するか否か。)について

(原告の主張)

本件補助金の支出は,沼田市社会福祉法人の助成に関する条例2条が規定する申請書の添付書類(①理由書,②助成を受けようとする事業の計画書及びこれに伴う収支予算書,③財産目録及び貸借対照表,④その他市長が必要と認める書類)のうち①ないし③がないまま実施されているから,条例に基づく補助金の支給を規定した社会福祉事業法56条1項に違反する。

(被告B及び被告市長の主張)

原告の主張する事実は知らない。原告が提出の欠缺を主張する書類は,本来は条例に基づいて提出されているべき書面であるが,平成3年度の書類は既に廃棄されているので確認することができない。

(被告沼光会の主張)

原告の主張する事実のうち条例の規定は認め,申請書添付書類が未提出であることは知らない。本件補助金の申請手続は当時の理事長Cが行ったもので,現在の理事,職員の中でその経緯を知る者はいない。原告が提出の欠缺を主張する書類について実際に提出がなされたか否かを確認することはできなかった。なお,被告沼光会は,Cに対し金4185万円の贈与金請求訴訟を提起するなどCと敵対関係にあるため,Cに対し事実関係を確認することはできない。

3  争点2(2)(本件補助金の支出に公益上の必要性があるか否か。)について

(原告の主張)

本件補助金の支出は次のとおり公益上の必要がなく,地方自治法232条の2及び社会福祉事業法56条1項に違反する。

(1) 本件事業は,「ききょうの里」の建設工事(以下「本体工事」という。)と並行して実施されたことからも明らかなように元々本体工事に含まれていたものであるから,被告沼光会が本体工事の請負代金とは別に本件事業の工事代金を本体工事を請け負った成和工業株式会社(以下「成和工業」という。)に支給する必要はなかった。

(2) 仮に(1)の主張が容れられないとしても,被告沼光会は,本件補助金の申請をなすに当たり,沼田市社会福祉法人の助成に関する条例2条が規定する申請書の添付書類のうちその他市長が必要と認める書類に当たるものとして「特別養護老人ホーム「ききょうの里」環境整備事業実績報告書」を提出した。本件補助金の支出は同報告書に基づいてなされているが,同報告書の記載のうち少なくとも総事業費900万円及び自己負担金460万円との記載は虚偽である。

被告沼光会は本件事業の工事を請け負った成和工業が事後的に被告沼光会自己負担分の460万円を値引きしたにすぎない旨主張するが,成和工業は被告沼光会の理事長であったCが支配する企業であり,値引き交渉といっても自分が自分に負けろと交渉するものにすぎない。したがって,仮に値引きが可能であったのならば当初からできたはずであり,工事が完了し補助金の支給を受けた後に値引きをする行為は不自然であること,成和工業の社長が「460万円の未収金については建設本体工事でやりくりした。」旨証言しており,総事業費900万円のうち少なくとも460万円の部分については「ききょうの里」本体工事契約に含まれているべきものであるといえること,工事が完了し補助金の支給を受けた後に値引きをする行為は不自然であること,成和工業の平成11年度の決算書には未収金の記載がないから初めから未収金として処理されていなかったことがうかがわれること,他方,被告沼光会の平成3年度決算書には460万円の未払金の記載はないこと,本件事業の総事業費が真実900万円であれば当初から900万円の請求がなされるはずであるが,実際には平成4年1月にまず440万円の請求がなされ,その後同年11月になって460万円の再請求がなされており,再請求はつじつま合わせであることがうかがわれること,もともと被告沼光会は460万円の自己負担金を支払う意思も能力もなかった上に成和工業が工事請負契約時からそのことを知っていたこと,成和工業は本件工事完了直後に工事代金を減額せずに本件補助金440万円を山分けするかのごとく被告沼光会に対して200万円の寄付を実施したことなどの事情にかんがみると,本件事業に必要な工事費は当初から440万円以下であったというべきである。

(被告B及び被告市長の主張)

(1) 本件事業は,ききょうの里開所後に入所者の痴呆性老人が構内に駐車している外来者や職員の自動車にいたずらをして損害を与える事態が頻発したため,周辺の土地を整備して駐車場を造るとともに周辺の環境を整備する必要を生じ計画,実施されることになったもので,当初「ききょうの里」本体工事が一部残ってはいたが,本体工事がほぼ完成し施設がオープンした後に計画,実施されたものであるから,本件事業が本体工事の一部にすぎないとの原告の指摘は当たらない。

(2) 本件事業の総事業費は真実900万円であった。被告沼光会が提出した本件補助金の申請書の記載に虚偽は存しない。

なお,成和工業は被告沼光会の負担分460万円について事後にその請求を断念,放棄しているが,これは本件補助金の支出後に生じた事情であり,本件補助金の違法を基礎付けるものではない。原告が主張する成和工業社長の証言は,自らを納得させるために本体工事で利益を得たから本件事業の工事で利益が出なくても諦めるという動機付けにすぎず,ここに原告が主張するような意味を読み取ることは不可能である。

(被告沼光会の主張)

本件事業の総事業費は真実900万円であった。被告沼光会が提出した本件補助金の申請書の記載に虚偽は存しない。

成和工業が被告沼光会の負担分460万円について事後にその請求を断念,放棄したのは,当初被告沼光会から本部会計の資金繰りが苦しいので資金繰りが好転するまで待ってほしい旨要請されたため弁済を先延ばしにしたが,その後も被告沼光会の本部会計の資金繰りが好転しなかったため,Cが成和工業に残金の値引きを要請し,同社においてやむを得ず値引きをしたものにすぎず,このことをもって当初から総事業費が440万円であったということはできない。

4  争点3(被告B及び被告沼光会の責任)について

(1)  被告Bの責任

(原告の主張)

被告は,市長として沼田市社会福祉法人の助成に関する条例2条に規定する添付書類の提出を求めて精査すれば被告沼光会の欺罔行為を見抜くことが容易にできたのに,故意又は過失により,社会福祉事業法56条1項に反してその提出を求めることなく補助金交付請求書及びその添付書類のみを資料に本件補助金の支給を決定し,もって沼田市をして違法な公金支出をさせた。

(被告Bの主張)

争う。本件事業の総事業費は真実900万円だったのであるから被告沼光会に欺罔行為が存する余地はなく,これを前提として440万円を支出した本件補助金の支出に違法はない。

(2)  被告沼光会の責任

(原告の主張)

被告は,沼田市に対し総事業費が440万円以下である本件事業に関して平成4年1月16日にその総事業費が900万円であると虚偽の事実を記載した申請書を提出し,同年2月10日に沼田市から440万円の補助金を受領した。

これは沼田市を欺罔して被告沼光会に補助金を交付させるもので,これにより沼田市に支出相当額の損害を与えた。

(被告沼光会の主張)

争う。

5  争点4(被告市長の怠る事実の有無)

(原告の主張)

被告市長は,平成10年2月17日ないし同年12月4日に被告沼光会の沼田市に対する440万円の損害賠償債務ないし不当利得返還債務を知り,又は知り得たのであるから,地方自治法149条6項及び同法138条の2により,被告沼光会に対し上記金員の支払を請求すべきであるのにこれを怠っている。

(被告市長の主張)

争う。上記4(1)のとおり本件補助金の支出に違法はないから,原告が主張する損害賠償債務ないし不当利得返還債務が発生する余地はない。

第5当裁判所の判断

1  争点1(適法な住民監査請求前置の有無)について

(1)  監査請求期間徒過の有無

ア 甲第6号証によれば本件補助金の支出月日は平成4年2月10日であることが認められるが,本件監査請求は平成10年11月25日になされたことは当事者間に争いがない。そうすると,本件監査請求はその対象となる本件補助金の支出の日から1年以上を経過した後になされており,地方自治法242条2項に規定する監査請求期間が徒過していることは明らかである。

イ 「怠る事実」と期間制限

(ア) 原告は,本件監査請求書(甲第2号証)において以下の主張をしている。①本件各補助金の支出が公益目的に副ってなされておらず,またその支給金額や支給方法が老人福祉施設要綱に違反しており,それ自体違法である。②沼田市長が沼光会に対し上記のとおり違法に支出された本件各補助金の返還を求めないことは違法である。③被告Bに対し損害賠償代位請求をする。④被告市長に対し地方自治法242条1項にいう「怠る事実」の違法確認請求をする。

(イ) 「怠る事実」はそれが継続している限り違法ないし不当な財務会計状態が現に存在しているというべく,したがって,その是正請求に期間制限をする合理的な理由はなく,原則として「怠る事実」に係る監査請求については同項の期間制限がない。そうすると,本件監査請求のうち上記「怠る事実」を主張する部分については同条2項の規定の適用はないのではないかとの問題がある。

しかしながら,怠る事実の是正を求める監査請求であっても,当該監査請求が特定の財務会計上の行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものである以上,上記怠る事実に係る請求権の発生原因である当該行為のあった日又は終わった日を基準として同項の規定が適用されるというべきである。なぜなら,当該財務会計行為を違法,無効としてその是正措置を請求する監査請求については同項の適用があるのに,これを「怠る事実」と構成して監査請求をすることによって同項が適用されないとすれば,同法が監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるからである(最高裁判所昭和62年2月20日第二小法廷判決民集41巻1号122頁)。

(ウ) これを本件についてみると,本件監査請求のうち「怠る事実」を主張する部分はまさに本件補助金の支出が違法であることを前提にその返還を求めないことが違法であると主張するものであるから,上記主張部分についても同項の期間制限が適用されると解される。したがって,本件監査請求については,いずれも同項に規定する監査請求期間を徒過してされたものというべきである。

(2)  正当な理由の有無

ア (1)に検討したとおり,本件監査請求は本件補助金の支出から1年以上経過した後にされたものであるが,原告は本件監査請求が地方自治法242条2項本文に規定する監査請求期間を徒過した後にされたことについて同項ただし書にいう「正当な理由」があると主張する。

そこで,本件監査請求につき上記「正当な理由」の有無を検討する必要があるが,これについては,特段の事情がない限り普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,また当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである。

イ 被告らは,本件補助金の支出負担行為自体は沼田市議会の議決を経ており,特に秘密裏に行われた財務会計行為ではないから,原告に「正当な理由」はない旨主張する。しかし,後記証拠によれば,沼田市は本件事業の総事業費が900万円である旨の事業実績報告に基づいて本件補助金の支出とその金額を決定したものであるが,被告沼光会は本件事業の総事業費が実際には440万円以下に過ぎないのにこれを秘して本件事業の総事業費を900万円であると虚偽の申請をなしており,上記決定は当該虚偽申請に基づいてなされているというべく,したがって,原告主張にかかる本件補助金支出の違法事由は秘密裏にされたものといわざるを得ず,被告らの上記主張は理由がない。

ウ そこで,次にどの段階(時期)において,原告が相当な注意をもって調査すれば本件補助金支出の違法性を知り得たかを検討する。

(ア) 甲第1ないし第7号証,第20,第21号証,乙第1号証の1ないし5,第8ないし第10号証及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

a 本件補助金は,平成3年9月10日平成3年度沼田市一般会計補正予算(第4号)の1つとして沼田市議会に提出され,同市議会の議決を得たうえ,平成4年2月10日に支出された。そして,沼田市監査委員において同年7月31日随時監査を実施したが,その際,同支出につき結果報告が行われ,同日ころ平成3年度沼田市歳入歳出決算書が公開され,これにより沼田市の住民が本件支出(事実)を知るところとなった。

しかし,上記各書面には本件補助金の額が440万円であること,被告沼光会が本件事業に支出した金額が900万円であることだけの記載しかなく,原告主張にかかる違法事由については何らの記載もなされていない。

b 原告は,平成10年9月11日別途提起した行政訴訟(平成10年(行ウ)第1号事件。以下「別件訴訟」という。)手続において,原告申立にかかる送付嘱託の結果として,平成10年9月11日,「第7回高齢福祉事業に関する調査特別委員会会議記録」と題する書面(甲第21号証。以下「百条委員会会議記録」という。)の提示を得たが,同書面は同年2月17日実施にかかる同会議の記録であり,被告沼光会作成,提出の要約決算資料(甲第7号証)が存し,そこには本件事業の総事業費が440万円であったと記載されていることを発見した。なお,同会議記録には「社会福祉法人沼光会に寄せられた寄付総額と,その使途に関する調査結果報告に対する委員長の総括質問とD社会課長の説明要旨」の部分(7頁)には,「プライバシーに配慮した秘密会について,委員長の発議に全員異議なく秘密会として報告を受けた。」との記載がある。

c 沼田市は平成10年3月25日に沼田市情報公開条例(以下「公開条例」という。)を制定し,同条例は同年10月1日から施行されたが,原告は,同日公開条例に基づき,本件補助金に関する資料のうち支出負担行為決議票,支出決議票(支出負担行為決議票及び支出決議票),補助金交付請求書及び添付書類の写しの交付を請求したところ,沼田市長は,同年11月10日同請求に対し支出負担行為及び支出決議票及び補助金交付申請書につき振込先の口座番号を除いてこれを開示する旨の行政情報一部公開決定を行い,同月16日原告に対し補助金交付請求書,支出負担行為及び支出決議票を開示した。なお,上記除外部分についてはこれを塗りつぶした。

(イ) 以上認定した事実によれば,沼田市の住民としてはウ(ア)a記載の事実を知っただけでは本件補助金の支出が違法であると疑うことはできず,違法の疑念を抱くためには,本件事業の総事業費が440万円であった事実(ウ(ア)b記載の事実)を知る必要があると解されるところ,具体的には,沼田市の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて本件事業の総事業費が440万円であったことを知ることができた時期をどこに求めるかが問題となる。

そこで,沼田市の住民が相当の注意力をもって調査したときに,客観的にみて本件事業の総事業費が440万円であったことを知ることができた当該時期を検討するに,百条調査特別委員会は平成10年2月17日に実施されたが,同会議は秘密会とされていたことにかんがみると,沼田市の住民は同日時点で上記事実を知ることはできない。また,住民としては,上記百条委員会会議記録により初めて上記事実を知るに至ったというべく,他にこれを知り得た手段については何らの主張,立証もない。したがって,住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて本件事業の総事業費が440万円であったことを知ることができた時期は,原告が上記百条委員会会議記録の提示を受けてこれを入手した同年9月11日であるということができる。

(ウ) そして,住民監査請求をするに当たっては,慎重な事実関係の調査と必要な証拠収集が不可欠であり,当該調査,収集のためには相当の期間を要するというべきであるが,本件監査請求は平成10年9月11日から75日(平成10年11月25日)後になされており,かかる事実関係からすれば,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に本件監査請求はなされたものということができる。したがって,本件監査請求においては,期間徒過後にされたことについて地方自治法242条2項但書にいう「正当な理由」があると認められ,結局,本件訴えは,適法な監査請求を経たものというべきである。

2  争点2(1)(本件各補助金の支出は,社会福祉条例2条,社会福祉事業法56条1項に違反するか否か。)について

(1)  甲第3ないし第5号証,第8,第9,第11号証,第16ないし第18号証,第20,第22号証,乙第2号証,第3号証の1ないし3,第4号証,第5号証の1,2,第6,第7号証,証人Eの証言,前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 社会福祉条例は,社会福祉事業法56条1項の規定に基づき,社会福祉法人に対し予算の範囲内で助成する場合の手続等について必要な事項を定めた条例である。社会福祉条例2条は,助成を受けようとする社会福祉法人は申請書に各号所定の書類を添付して市長に提出しなければならないと規定し,同条各号として以下の4つを挙げている。①理由書(1号),②助成を受けようとする事業の計画書及びこれに伴う収支予算書(2号),③財産目録及び貸借対照表(3号),④その他市長が必要と認める書類(4号)。また,沼田市補助金等に係る予算の執行の適正化に関する規則(以下「補助金規則」という。)には,次のように規定されている。①5条 補助金等の交付を受けようとする者は補助金等交付申請書に必要書類を添付して沼田市長にこれを提出することにより申請を行う。②6条1項 沼田市長は前条の申請を受けたときは審査を行って申請の適否を決定し,補助金等交付指令書により申請者に通知する。③同条2項 同指令には補助事業等終了後10日以内に事業報告書及び決算書又は収支精算書を提出する旨の条件を付し,かつ,これを履行させるものとする。そして,上記事業報告書等が社会福祉条例2条4号の書面に相当する。

イ 被告沼光会は,平成4年1月16日付補助金交付請求書(甲第4号証。以下「本件補助金交付請求書」という。)により本件事業に係る本件補助金の交付申請をしたが,同請求書には社会福祉条例6条4号,補助金規則6条2項の書面に相当する「特別養護老人ホーム「ききょうの里」環境整備事業実績書」と題する書面(甲第5号証,乙第1号証の2。以下「本件事業実績書」という。)ほか4点からなる「特別養護老人ホーム「ききょうの里」環境整備事業実績報告書」(乙第1号証の1ないし5。以下「本件報告書」という。)が添付されている。

ウ 原告は公開条例に基づき沼田市長に対し、①平成10年10月1日本件補助金に係る支出負担行為決議票,支出決議票(支出負担行為及び支出決議票),本件補助金交付請求書及びその添付書類の公開を求めたところ,沼田市長は同年11月10日付決定により上記各決議票(甲第3号証),交付請求書及び添付書類(本件事業実績書)を開示した。

同じく,原告は②同年10月26日本件補助金に関連する資料である稟議書,同添付書類,補助金交付指令書,請書,口座振替払依頼書,事業報告書,決算書,収支精算書等の公開を求めた。しかし,沼田市長は同年11月10日付で,口座振替払依頼書は銀行へ依頼するときの書類であり,沼田市では保管しておらず,その余の書面は廃棄済み(保存期間5年)のため,いずれも存在せず公開できないとの決定をした。

エ 平成9年12月11日実施の第5回沼田市議会定例会における沼田市社会課長(当時)の申述によれば,補助金交付に当たっては,社会福祉条例に基づき設置された規則,要綱に基づく書類は提出させたが,同条例に基づく書類の提出は求められていない。そして,本件全証拠によるも,本件補助金交付請求書に社会福祉条例2条1号ないし3号の各書面が添付されていた事実は認められない。

(2)  以上の事実を総合すると,本件補助金交付申請は補助金交付請求書によりなされているところ,添付書類としては本件報告書が添付されてはいるが,社会福祉条例2条1号ないし3号の各書面は添付されておらず,結局,これらの書面は沼田市に対して提出されなかったとみるほかなく,そうすると,本件補助金の交付申請は社会福祉条例に規定する要件を満たさないものといわざるを得ず,したがって,かかる申請に対して補助金の支出がなされた以上,本件補助金の支出手続には瑕疵があるというほかない。

3  争点2(2)(本件各補助金の支出に公益上の必要性があるか否か。)について

(1)  甲第4ないし第7号証,第9,第10号証,第12ないし第15号証,第19,第22,第24,第25号証,乙第1号証の1ないし5,第2号証,第3号証の1ないし3,第4号証,第5号証の1,2,第6,第7ないし第10号証,丙第1号証の1ないし3,証人Eの証言,前記争いのない事実,前記2(1)で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 被告沼光会(社会福祉法人)は,平成2年9月19日にききょうの里の設置経営等を目的として設立され,当初はCが理事長に就任したが,同人は平成11年2月28日自身が関与した痴呆老人への寄附強要事件を契機に被告沼光会の理事を辞任した。なお,その後群馬県が同年4月7日仮理事3名を選任し,後任理事の選考を経て同年5月26日現理事Fらを中心に新理事会が発足し現在に至っている。

イ Cは被告沼光会の理事長(執行機関)としてききょうの里の本体工事を成和工業に発注し,同社は同工事を平成3年3月31日完成させた。しかし,本体工事の一部はその後も継続し,同年4月23日ききょうの里が開所したが,同時点においても同工事(一部)は継続していた。なお,成和工業は,Cが当時代表者をしていた建設会社の系列企業の一つである。

ウ 沼田市建築課は,平成3年度予算要求の中でききょうの里周辺の道路改修費を要求項目として挙げたが,同予算要求の稟議過程において,沼田市企画財政課長E(平成3年当時。)が既にききょうの里周辺の道路は農道舗装,排水路等の整備が済んでいるとして道路改修費の必要性に疑問を呈したところ,沼田市建築課から実質は被告沼光会の駐車場整備費用であるとの回答があった。しかし,Eはなおも道路予算による駐車場整備はできないと説明し,結局,上記道路改修費の予算要求は取下で終わった。なお,道路改修工事費用については,原則として,費用の全額が沼田市の負担となるが,当該工事が民間施行の福祉事業の一環としてなされる場合には,工事費用は沼田市が全額を補助することはできず,総事業費の約半分相当額が補助の対象となるものであり,本件事業はまさにそのケースに当てはまる。

沼田市福祉事務所は本件事業につき平成3年6月ころ環境整備事業として予算要求をし,当該予算は同年9月10日平成3年度沼田市一般会計補正予算(第4号)の一つとして沼田市議会に提出され,10日ほどで,議会の議決が得られた。

エ 被告沼光会は,平成4年1月16日付補助金交付請求書により本件事業にかかる補助金の交付申請をしたが(前記),同請求書には本件報告書が添付されているところ,同報告書には以下のような書類が含まれている。

(ア) 本件事業実績書(甲5)には,「入所者のうちの痴呆性老人等が,構内に駐車している,外来者や職員の車輌にいたずらし,損傷を与える事故が頻発しているため,周辺用地を整備し,駐車場として利用できるようにすると共に,恵まれた周辺の自然環境にあわせ,構内に樹木等を多く植栽し,より恵まれた環境の中で,落ち着いた生活をおくれるようにするものです。」(実施事業概要)との記載がある。

(イ) いずれも,成和工業作成にかかるものであるが,①工事費内訳明細書(乙第1号証の3。以下「工事明細書」という。),②ききょうの里植栽計画平面図(乙第1号証の4),③写真(乙第1号証の5)がある。そして,①には以下の記載が見られる。(ⅰ)本件事業の総事業費は900万円である。(ⅱ)その内訳は,直接工事費計552万2524円(植栽工計347万3900円,舗装工計204万8624円),共通仮設費計145万2900円(運搬費38万8500円,準備費33万1900円,技術管理費19万9500円,営繕費45万9300円,安全費7万3700円),以上合計(純工事費計)は697万5424円である。(ⅲ)現場管理費100万円,一般管理費112万1000円。合計909万6424円である。(ⅴ)請負代金900万円とする。

(ウ) 上記工事明細書には,①「工事完成に伴う引渡しについて」と題する書面,③請求書3通,③振込金受取書が添付されている。このうち,①には次の記載がある。(ⅰ)本件事業の工期は平成3年9月1日から同年10月10日までであった。(ⅱ)検査合格は同月14日であった。また,②は,(ⅰ)900万円一括の請求書(日付未記入)。(ⅱ)平成4年1月(日付欄空白)付440万円の請求書。(ⅲ)同年11月30日付460万円の再請求書。そして,③には金額440万円と記入されている。

オ 沼田市監査委員は平成4年6月18日から同年7月6日にかけて被告沼光会,沼田市間の金銭授受等に関し随時監査を実施した。その結果,沼田市は被告沼光会に対し440万円を現に支払ったなどのことが判明し,同月31日付随時監査結果報告書にはその旨の記載がなされている。

カ ここで被告沼光会,成和工業間の金銭支払関係を見るに,成和工業は,被告沼光会に対し,平成2年10月25日150万円,同年12月19日200万円,平成3年3月30日210万円,同年5月24日1000万円以上合計1560万円の貸付をなしたが,これらの貸付金については,被告沼光会から同年11月30日200万円,平成4年3月31日780万円,平成5年2月16日300万円,同年11月1日280万円(合計1560万円)の返済を受けているところ,この間の平成3年11月30日成和工業は被告沼光会に対し200万円を寄付している。

キ 成和工業は,平成3年ころ,本件事業を完成させるとともに被告沼光会に対し900万円の代金請求をしたが,実際の請求は前記エの工事明細書添付の請求書のとおり440万円と460万円とに分けて行い,前者については領収したけれども,後者は領収しなかった。

そして,被告沼光会は,平成3年4月1日から平成4年3月31日までの会計年度の財務諸表には上記460万円を未払金として載せることをせず,その後も同様の扱い(処理)をしている。

また,沼田市健康福祉部長は,沼田市議会(平成10年12月1日から同月18日まで開催)においては上記460万円の支出について明確な回答ができない状態であったが,その後成和工業からの事情聴取等により被告沼光会が成和工業に対し460万円の支払をしていないことを確認した。

ク 沼田市助役Fは,沼田市議会(平成11年1月29日から平成12年2月9日まで開催)における質問及び本件監査請求を受けて本件事業及び本件補助金に係る調査を実施したが,その結果は次のとおりであった。

(ア) 平成11年2月1日から同月5日にかけて,平成3年当時の本件補助金にかかわる関係者から事情聴取を行ったが,沼田市の関係部署からは,保存年限経過のため必要文書(関係書類)の入手ができなかった。

(イ) かかる状況にかんがみ,F助役はききょうの里よりその保存にかかる資料から工事設計書及び植栽計画平面図等を別途入手した。同資料によれば以下のとおりであった。①植栽工13種(118本)中12種の形状寸法,数量等の確認ができた。②舗装工(土工を除く)の設計数量の確認はできたが,形状寸法については確認できなかった。③これらの資料に基づき平成11年3月29日なされた工事内容の数量等出来形調査によれば,工事費は合計807万5200円(建築課技師等採用の県基準単価)ないし829万1500円(福祉事務所長現地確認の県単価)である。

工事費については上記のとおり2通りの調査結果が出たが,平成3年当時の県の単価,歩掛表などが廃棄されており,設計がどのような経緯で進められ,設計にあたっての仕様がどうであったかなど不明であったため,これ以上の踏み込んだ精査,確認は困難と判断され,本件事業はほぼ本件報告書記載どおり施工されたとして調査終了となった。

(ウ) F助役は平成11年3月31日成和工業代表者Gから事情を聴取した。同人の説明によれば以下のとおりであった。Gは,本体工事も請け負っており本件事業はこれと一連の事業として考えていたが,平成3年当時被告沼光会の経営(収支)が苦しいと聞かされていたことから,本件事業の未収金(460万円)は本体工事でやりくりし,1年後の平成4年11月30日(乙第8号証)再請求したが支払う様子がなく,しかも,これより先の本体工事完了時除雪費用がかかったのでその分の支払を要求したけれども予算がないと断られたこともあったところ,かかる状況に照らし,上記未収金は請負者負担とせざるを得ないと考え請求を諦めるとともに,上記平成4年11月30日成和工業の決算書の未収金の項目から除外の処理をした。

(エ) ききょうの里開所時福祉事務所長Iからの事情聴取(平成12年2月9日)によれば,以下のとおりである。ききょうの里開所後外来者の車が入所者にいたずらされ傷つけられるなどの状況が生じたところ,Cより上記状況回避のため,施設外駐車場設置の要望があり,同人において上記設置場所(方法,本件事業)として川場滝田堰用水の埋立を提案したが,同用水はききょうの里落成時点(平成3年10月)では既に埋め立てられていた。Iは当初施設内駐車場で足りると考えていたが,結局,Cの上記要望を容れたものであるところ,現地での完成検査のとき建設課の立会はない。なお,Iは,設計見積書のチェックは建設課の誰に依頼したか覚えておらず,また,Cから上記川場滝田堰用水埋立の事実(こと)を知らされていなかった。

(オ) F助役は,以上記載の各調査結果を踏まえて(前提に),以下の点を総合勘案して本件事業の実施内容について特別問題とする点はないものと判断した。①福祉事務所長Iが現地で施工箇所を確認している。②提出済みの本件補助金交付請求書添付の本件報告書よりすると本件補助金の支出に必要な書類が具備されている。③本件事業は量的にはほぼ設計書に副って施工されたというべく、請負金額の差異も若干に過ぎない。

ケ 被告沼光会施設長(当時)Jの認識では,次のとおりである。

本件事業は請負代金900万円で施工依頼がなされ工事はそのとおり施工されたが,被告沼光会に経済的余裕がなかったことから本件補助金440万円のみが成和工業に支払われ,残り460万円については支払延期要請がなされた末,未払のまま今日に至った。

(2)  以上認定の事実をもとに検討する。

ア 本件事業は,特別養護老人ホームききょうの里駐車場及び植栽工事である(本件事業実績書)。そして,一般的に社会福祉施設に上記のような環境整備を実施すること自体には公益性が認められないわけではない(社会福祉事業法56条1項,社会福祉条例,補助金規則)。しかし,地方自治体による補助金の交付については,地方公共団体の公益上必要があると認められる場合にすることができるとされている(地方自治法232条の2)。したがって,たとえ個別の法令等(社会福祉事業法等)に根拠を有するものであっても当該法令等は上記一般法(地方自治法)の趣旨を踏まえて解釈されるべく,当該法令等が想定しないような事由によって上記一般法の定める公益上の必要性を欠く場合には,補助金の交付は許されないと解するのが相当である。他方,上記個別の法令等の規定に形式的には違反する場合であっても,前記一般法の趣旨を踏まえ公益上の必要性を欠くとまではいえない場合には,補助金の交付が直ちに違法になるものではないと解される。

イ ところで,原告は,本件事業は本体工事の一部であり,したがって,沼光会は成和工業に対し本体工事費用と別途に本件事業の費用を支払うべきものではなかったと主張し,その根拠として以下のことを挙げる。①成和工業代表者G自身が本件事業を本体工事と一連のものであると認識していた。②本件事業と本体工事の工期が重なっている。同種内容の工事を同一時期に別途の契約で実施することは不自然である。③成和工業は平成3年11月30日被告沼光会に対し200万円を寄付しているところ,本件事業工事代金の減額とせず寄付形式を取っており,同日が本件補助金の支出が沼田市議会において議決された直後であることなどを併せ考えると,被告沼光会と成和工業は本件補助金を山分けしたことが疑われる。

そして,以下の諸事実に照らすと,被告沼光会,成和工業間の会計処理に不透明な部分があったことは否定できない。①Gは本件事業を本体工事と一連のものと認識しており,現に本件事業と本体工事の工期が重なっている。②被告沼光会は平成3年11月30日(議決直後)に成和工業から200万円の寄付を受けているが,同日同額を,また,平成4年3月31日から平成5年11月1日までの間に1360万円を同社に返済している。③上記と時期的に重なる形で被告沼光会は本件事業工事代金残債務460万円を事実上放棄させた。④成和工業は当時被告沼光会代表者C経営にかかる会社の系列企業であった。

しかし,これらの事実から直ちに原告主張の山分けが推認されるものではなく,以下の理由を合わせ考えると,本件事業は本体工事の一部であり本体工事費用とは別途に本件事業の費用を支払うべきものではなかったとまでいうことはできない。①一般に同種内容の工事を同一時期に別途の契約で実施するのは不自然であるとまでいうことはできない。②Gが本件事業を本体工事と一連のものと認識していたとしても,かかる事実が記載された乙第3号証の3の文言から,直ちに本件事業の費用が本体工事の費用に含まれていたとまでみることはできず,他にこれを裏付ける客観的な資料も存しない。

ウ 原告は,被告沼光会において本件事業の施工以前から本件事業に必要な費用が440万円以下であったことを知悉しながらこの点を沼田市やその執行機関には秘して本件補助金の支給を受けたものであると主張しているところ,被告沼光会は成和工業に対し本件事業の工事代金900万円のうち460万円の債務については本件事業の完了後事実上放棄させており,結果として被告沼光会は本件事業に900万円の費用を費やしてはいない。

しかし,以下の諸点を総合すると上記原告の主張も採用することができない。①上記結果から直ちに被告沼光会が本件補助金申請時点において本件事業の代金が440万円以下であったことを知悉していたと断定することはできない。②F助役の再計算によると,本件事業に必要な費用は少なくとも800万円余りはかかり,他に本件事業が440万円以下で施工できるとの客観的な証拠も存しない。③原告は,上記再計算は必要資料未整備の状況下,Iらのみからの事情聴取結果をもとになされ,反対に,企画財政課長(当時)Eに対する事情聴取はなされずに再計算されているところ,Iは,Cと親しい間柄にあり,Eは予算措置の経過に一番詳しいはずであり,しかも,成和工業からの関係書類取寄せ,コピーなどはなされておらず,信用できないと主張するが,上記諸事情から直ちに上記再計算の結果自体が根拠のないものとはならず,他に上記再計算の計算過程自体に客観的に疑問を抱かせるに足りる事情は見出されず,結局,当該再計算の結果自体が信用性のないものであるとまではいえない。なお,原告は本件事業が当初道路改修工事として全額補助による施工を予定していたなどと主張するが,かかる事実から直ちに本件事業に必要な費用が440万円以下であったとすることはできない。

エ 本件補助金支出の手続規定違反により同支出自体が違法となるか否か。前記2に記載のとおり,上記支出には法定手続の一部履践の欠缺が存在する(社会福祉事業法56条1項,社会福祉条例2条)。すなわち,被告沼光会提出にかかる本件補助金交付請求書には補助金申請に当たり必要な書面のうち理由書,助成を受けようとする事業の計画書及びこれに伴う収支予算書並びに財産目録及び貸借対照表が添付されていなかった。かかる手続上の瑕疵が直ちに本件補助金の支出全体を違法とするものではないところ,以上によれば,上記原告の主張は採用することはできず,他に上記各書類の欠缺が本件事業の公益性を否定することになる理由も認められないから,上記手続規定違反の点は結局のところ本件補助金の支出自体を違法ならしめるものとはいえない。

オ しかし,以下のとおり,本件補助金のうち一部は違法な支出というべきである。

(ア) 前記認定によれば,成和工業は本件事業を900万円で請け負ったが,被告沼光会は成和工業に対し上記工事代金の内460万円の債務を事実上放棄させ,結果として,本件事業は440万円の費用を要したに過ぎなかったこととなるところ,本件補助金が本件事業を社会福祉法人の環境整備事業費であると捉えて支出されたものであることよりすると,本件事業に要した費用の全額補助はできないのであるから,成和工業において被告沼光会に対し平成4年11月30日460万円の再請求を行いその回収を断念した以上,同日以後は本件補助金のうち相当額については本来支出すべきではなかったといわざるを得ない。

(イ) この点,被告らは本件補助金の支出がなされた後の段階において成和工業が本件事業の工事代金の一部を免除したとしても,かかる行為は被告沼光会と成和工業との間の私法関係に過ぎないなどとして本件補助金支出の適法性が影響を受けるものではないと主張する。

しかし,前記のとおり,本件事業(環境整備事業)に対しては全額補助が認められていないところ,結果的に本件事業費は総額440万円となっており,その全額につき補助を受けた状態が生じていることよりすると,被告沼光会は,現実には本件事業の総事業費として440万円を費やしていると見るのが自然であり,そうすると(本件補助金のうち少なくとも)総事業費が440万円とした場合の補助金支給の額を超える部分については,地方自治法232条の2にいう公益上の必要性を欠くものといわざるを得ず,被告沼光会が沼田市監査委員による随時監査の際,本件事業の総事業費を900万円であると報告していることに照らし,その違法性は重大である。したがって,前記被告らの主張は採用できない。

(ウ) 以上によれば,本件事業の総事業費は平成4年11月30日以後は,440万円と見るのが相当であり,本件補助金のうち上記440万円の2分の1を超える220万円の部分については公益上の必要性(地方自治法232条の2)を欠く違法な支出であるというべきである。

4  争点3(被告B及び被告沼光会の責任)について

(1)  被告Bの責任

上記3記載のとおり,平成4年2月10日本件補助金440万円の支出はその支出時点においては違法とはいえないが,その後成和工業が同年11月30日本件総事業費900万円中460万円の回収を断念したことにより本件補助金440万円支出のうち220万円の部分は違法性を帯びるに至ったものである。しかし,被告Bは成和工業が上記460万円の回収断念の事実を当然に知るべき立場にはなく,その後,平成11年3月31日Gからの事情聴取により上記事実を知るに至り,同日以後上記220万円を返還させないことが問題となるところ,被告Bは成和工業と被告沼光会との上記請求関係に関与したものではないから,被告Bが沼田市に対し上記金額につき直接返還の責を負うことにはならない。

したがって,被告Bに対する請求部分は理由がない。

(2)  被告沼光会の責任

被告沼光会は本件補助金440万円の支給を受けるについては,総事業費が900万円であることを前提としているところ,前記のとおり,本件事業の総事業費は440万円に帰したものであるから,上記現実に支出した費用440万円の2分の1を超える部分の補助金受給は違法であってこれを沼田市に返還すべき責を負う。附帯請求については,原告が請求する平成10年12月23日は成和工業が被告沼光会に対し本件事業の総事業費900万円のうち460万円の回収を断念した平成4年11月30日の後であるから全部理由がある。

したがって,被告沼光会に対する請求部分のうち金220万円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し,その余の請求部分は理由がないからこれを棄却することとする。

5  争点4(被告市長の怠る事実の有無)について

前記のとおり,被告市長は,成和工業による本件460万円回収断念の事実を当然に知るべき立場にはないが,平成11年3月31日段階においてはGからの事情聴取により上記事実を知ったものであり,同日以後上記220万円を返還させていないことが問題となる。

補助金規則11条(甲第9号証)は,補助事業等が次の各号の一に該当する場合は補助金等の交付の指令を取り消し,既に交付した補助金等の全部又は一部の返還を命ずることができると規定する。①予定補助事業等の不実施。②事業実施方法の不適切。③不正行為による補助金等の受交付。④その他市長が不適当と認めたとき。

ところで,本件補助金支出については上記各号に直接該当するものではないが,各号の趣旨に照らし,本件にあっても返還を求め得る場合に該当するというべく,被告市長は遅くとも平成11年3月31日以降は被告沼光会に対し本件補助金の内金220万円及びその遅延損害金を請求することができたといわざるを得ない。

なお,上記補助金規則の規定は義務規定ではなく,上記請求懈怠が当然に違法になるものではないが,被告沼光会が沼田市監査委員に対し本件事業の総事業費を900万円と報告しながら成和工業に対しては440万円しか支払わないなど被告沼光会のこれら行為の違法が著しいというべく,要するに,上記請求懈怠は被告市長の裁量権を逸脱し違法であると解するのが相当である。附帯請求については,全部理由がある。

したがって,被告市長に対する請求部分のうち被告沼光会に対し金220万円及びこれに対する上記平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の不請求が違法であることの確認を求める部分は理由があるから認容し,その余は理由がないといわざるを得ない。

6  まとめ

以上によれば,被告沼光会に対する請求中金220万円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分及び被告市長に対する請求中同被告が被告沼光会に対し金220万円及びこれに対する平成10年12月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求を怠っていることが違法であることを確認する部分の請求は理由があるからこれらをいずれも認容し,その余の同被告らに対する請求部分及び被告Bに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東條宏 裁判官 原克也)

裁判官 鈴木雄輔は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 東條宏

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例