前橋地方裁判所 平成11年(ワ)242号 判決 2002年6月12日
主文
1 被告A及び同Bは,原告に対し,連帯して金1303万9669円及びこれに対する平成4年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告赤堀町に対する請求並びに被告A及び同Bに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告と被告A及び同Bとの間においては,原告に生じた費用の3分の1を被告A及び同Bの負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告赤堀町との間においては,全部原告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して金4150万円及びこれに対する平成4年12月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,C(当時小学校6年生)が赤堀小学校の校舎3階の教室ベランダから傘立てを投げ落とし,校庭で縄跳びをしていた原告(当時小学校4年生)の頭部にこれを直撃させて傷害を負わせたと主張して,上記小学校の設置者である被告赤堀町に対して同校教師の監視義務・安全配慮義務違反(国家賠償法1条1項)又は営造物(上記傘立て)の設置・管理の瑕疵(同法2条1項)に基づき,Cの両親である被告Aらに対して監督義務違反(民法714条又は709条)に基づき,連帯して損害金4150万円(一部請求)及びこれに対する上記事故日である平成4年12月5日以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 争いのない事実
(1) 事故の発生
ア 日時 平成4年12月5日午前8時25分ころ
イ 場所 群馬県佐波郡赤堀町大字ab番地 赤堀町立赤堀小学校(以下「赤堀小」という。)
ウ 事故態様 原告(昭和57年4月10日生の小学校4年生)が校庭で縄跳びをしていた際,C(被告Aらの二女・昭和55年12月25日生の小学校6年生。)が校舎3階の教室ベランダから傘立て(重量5.5kg,以下「本件傘立て」という。)を階下に投げ落とした(以下「本件事故」という。)。
(2) 原告に対する本件事故に関する金員の支払
被告Aらは,原告に対して本件事故の損害賠償金として合計40万円を支払った。
赤堀町教育委員会は,原告の後遺症が第9級相当であるとして平成11年2月19日に410万円の災害給付金を原告に支払った。
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は,①被告赤堀町の責任原因,②被告Aらの責任原因,③本件事故と原告のてんかん症状との間の因果関係,④損害額である。
(1) 争点①(被告赤堀町の責任原因)について
【原告の主張】
ア 本件事故の態様等
(ア) 原告は,平成4年12月5日午前8時30分頃,授業開始前に玄関から校庭に出て縄跳びを始めたが,その頃,同校舎3階6年1組の教室のベランダ付近にいたCが級友といさかいを起こし,怒った同女がベランダにあった本件傘立てを校庭に向けて投げ落とし,それが校庭で遊ぶ原告の頭部を直撃した。原告はその場で意識を失って倒れ,伊勢崎市民病院に救急車で搬送された。
(イ) Cは,赤堀小入学時から多動障害があり,ポスターを破き始めると学校中回って破く,机を倒す,寒暖計を壊す等する子供であり,原告の両親は,この他にも,学校の保健室のガラスを割った,教室の中で椅子を投げた,知人の子供が包丁を持ってCに追いかけられたことを聞いている。父兄や同級生の子供たちの間では,その粗暴性等について「普通でないし,おかしい」という声が出るほど異常な状態を示していた。
実際,赤堀小の職員室でその問題行動が議論されており,本件事故後,被告赤堀町は中央児童相談所に相談し,検査の結果,Cに脳波異常が見つかり投薬治療が開始された。また,再発防止のために専任の教師をCの監視役として張り付けた。
イ 監視義務・安全配慮義務違反(国家賠償法1条1項)
被告赤堀町は,学校の設置者として,Cが入学して以来示してきた粗暴性等を熟知しており,同女の行動を十分監視する等して他の児童,生徒の生命,身体に不測の危害が生じないよう安全に配慮すべき義務があったがこれを怠った。とりわけ,Cの示していた粗暴性,異常性を踏まえれば,学校保健上,早期に専門医師に受診させ,適切な治療を受ける機会を与えることがCやその周囲の児童の安全を確保する上で必要な措置であったにもかかわらず,これを怠った過失は明らかである(同被告は遅ればせながら,本件事故後に上記措置を講じた。)。
ウ 本件傘立て設置管理の瑕疵(国家賠償法2条1項)
本件傘立てが公の営造物であることは問題がない。そして,このような営造物の設置管理に瑕疵があるかどうかは,当該営造物の構造,本来の用法,場所的環境及び利用状況等の諸般の事情を総合考慮してその安全性を具体的,個別的に判断すべき事項である。
本件は,Cが3階のベランダにあった本件傘立てを投げ下ろすという異常行動から発生した事故であるが,3階のベランダに傘立てを置くというのは他に例がないし,投げ下ろされた本件傘立てについて言えば,Cが所属する6年1組の教室前のベランダに設置され,同女の日頃の行動からして本件事故のような事態が予測を越えるものではなかった。すなわち,他の児童が同種の行動を取るとは予測できなかったとしても,Cについては予測可能な範囲であった以上,本件傘立てを当該場所から撤去して他の安全な場所に設置するか,あるいは,容易に取り外しができないようベランダに固定する等の措置を講ずべきであったのであり,これらの措置を怠った本件傘立ては通常有すべき安全性を欠いていたというべきである。
【被告赤堀町の主張】
ア 事故態様について,本件傘立てが原告の頭部を直撃したとの点は否認する。原告の頭部にかすり傷(出血していない)はあったが,転倒したときに生じたものと思われる。また,Cには若干粗暴な点があったにすぎない。
イ 本件事故は,始業時刻前の朝,Cがベランダに置いてあった本件傘立てを階下に投げ落としたものであるが,Cがそのような行動に出ることは予見できない。
ウ また,本件傘立てにつき,これを投下するなどとは予想できず,本件傘立てをベランダに置いた点も被告赤堀町に責任はない(傘立ては雨水が流れるのでベランダに置く必要が大きかった。)。仮に傘立てがなくても投下する物は学校内に幾らでもあり,本件ではCの近くには机や椅子もあった。傘立ての管理が問題にされるのなら,机や椅子も排除するか,鎖で縛るかしなければならないであろう。また,小学校のベランダには教育の一環として朝顔や桜草の植木鉢が置いてあり,これも禁止されることになろうが,学校教育に適さず,期待可能性がない。
(2) 争点②(被告Aらの責任原因)について
【原告の主張】
Cは昭和55年12月25日生で本件事故当時12歳になる直前であった。同女に責任能力があったかは,本件事故前からの異常行動やその後精神科を受診し,現在も精神病院に入院している状況からして疑わしい側面があることは否定できない。同女に責任能力がない場合には,被告Aらは民法714条の監督者の立場にあり,日頃同女が示す粗暴性から同女が学校生活等において他人に危害を加えないよう十分監督すべき義務や同女に異常性が認められた場合,専門の医師等に相談し,適切な治療を施す等の義務を負担していたというべきである。また,仮に同女に責任能力があったとしても,同女と生活を共にする親権者として上記義務を負担していたのはいうまでもない。
被告Aらは,Cについて学校側が認識していた問題性を正しく共有していたか疑問があるし,その粗暴行動についてもそれを正確に把握していたか多分に疑問がある。少なくとも,同女の行動を注視,監督する姿勢に欠けていたのは明らかである。
よって,被告Aらは,Cの親権者として民法714条又は709条に基づく不法行為責任を負担するのは明らかである。
【被告Aらの主張】
原告が主張する責任原因は争う。
(3) 争点③(本件事故と原告のてんかん症状との間の因果関係)について
【原告の主張】
ア 原告は,幼い時から健康で,本件事故前にけいれんを起こしたことはなく,家族にもけいれんを起こすような者はいなかった。
イ 本件事故により原告はその場で意識を失って倒れ,伊勢崎市民病院に救急車で搬送されCT検査等を受けたが,脳内出血,骨折はないということで同日帰宅した。しかし,2週間後の平成4年12月18日,原告が昼休みに滑り台で遊んでいるとき,けいれん発作を起こして昏倒し,再び伊勢崎市民病院に救急車で搬送された。その後,このようなてんかん発作は,平成8年2月20日,平成9年9月10日,平成10年4月17日・11月15日,平成12年3月13日に継続的に発症し,原告は,こうした発作を抑制するために抗てんかん剤の投薬治療を受けている。また,原告に対する脳波検査は平成4年12月22日に最初に実施されたが,本件傘立てが当たった頭頂部と後頭部,側頭部に棘波が検知され,平成10年12月7日実施の脳波検査においても頭頂部等に発作性波が検出され,脳波の異常が診断されている。
また,これとは別に,平成5年1月10日ころから原告に脱毛症が発症し,同月12日の所見によると傘立てが当たった頭頂部が脱毛しており,その原因として頭部外傷が挙げられた。この脱毛症は改善せず,後に群馬大学皮膚科で受診したところ,その頭頂部に幅10mm,長さ30mmの紡錘形の不完全脱毛症と軽度の陥凹が認められ,外傷性瘢痕による剣傷性強皮症と診断された。
ウ 被告が外傷性てんかんの診断基準として指摘するウォーカーの基準は,その①から③の基準には批判がないが,④から⑥の基準は曖昧と批判されている。
本件でこれをみると,原告に①から③の要件が該当することは上記に述べた点から明らかである。脳波の異常についても原告が損傷を受けた頭頂部を含む部分から棘波等の異常波が出ていることは上述したとおりである。
上記基準のうち問題になる④の「外傷は脳損傷を起こしうるほどに強かった」かについても,原告の受けた衝撃は確かに脳挫傷を起こす程度ではなかったものの,その場で原告の意識を失わせるほどの衝撃があったことやその影響で頭頂部表皮に外傷性瘢痕や幅10mm,長さ30mmの紡錘形の不完全脱毛と軽度の陥凹が認められる程の傷害があったのは間違いがない事実である。
以上から,原告に本件事故後発生したてんかんは,ウォーカーの基準を完全に満たすとは言えないまでも,本件事故を原因に発症した外傷性てんかんというべきである。
【被告らの主張】
ア 外傷性てんかんか否かは,ウォーカーの基準によれば,①発作がてんかん発作であること,②受傷前に発作を起こしたことがないこと,③発作を起こす可能性のある脳又は全身疾患がないこと,④外傷の程度が脳損傷を起こすほど強いこと,⑤最初の発作は受傷後あまり時間が経っていないこと,⑥発作の型・脳波所見(局所的異常が多い)が脳損傷部位と一致していることにより診断されるが,本件では④が必須条件となる。しかし,原告は④を欠き,⑥の証拠もない。
イ ウォーカーの診断基準は明快だが厳格すぎる点,CTやMRIの発達していなかった時代の基準である点で十分でないが,全ての学説がウォーカーの診断基準を中心にCTやMRIその他の臨床上のファクターを基準に加えているのであって,ウォーカーの診断基準を否定しているのではない。基本は,飽くまでウォーカーの診断基準である。
ウ ウォーカーの診断基準に更に次のようなファクターを入れて診断がされている。
(ア) 外傷の重症・軽症
意識障害,血性髄症,神経症状(失語症,記憶喪失等),陥没骨折,CT異常,硬膜裂傷,早期けいれん,線状骨折などを有する重症例からは12.7%のてんかん(外傷性てんかん)が発生し,その余の軽症例からは発作を起こした症例はなかった。原告の外傷は「たんこぶ」程度であり,頭髪毛根にかすかに血がにじむ程度のかすり傷であった。
(イ) CT,MRIの徴表
外傷性てんかんの多くには,脳損傷部位に合致したCT上の低吸収域が認められるため,外傷性てんかんの診断には客観的な脳損傷を立証することが重要であり,CT,MRIなどの所見が有用である。原告は,本件事故後2週間でてんかんが発症したが,その際のCTコンピュータ断続撮影では「異常なし」となっている。
(ウ) EEG異常
「集中性」のEEG脳波検査異常とCT所見が重要であるとされるが,原告については全誘導に棘波及び徐波を認めたにすぎず,「集中性」EEGは認められない。
(エ) 意識障害
24時間以上の意識障害と外傷性記憶喪失は外傷性てんかんの誘発的要素であるとされるが,原告の本件事故後の検査では「意識清明」となっている。
エ 以上どの要素をとっても,原告が外傷性てんかんであるという証拠はなく,本件事故と原告のてんかんには因果関係がない。
(4) 争点④(損害額)について
【原告の主張】
ア 逸失利益
本件事故により原告は外傷性てんかんを発症し,その神経系統の機能に著しい障害が生じている。その症状は平成10年3月までには固定したが,原告には7級相当の後遺症があるというべきである。
原告は未就労の状態にあるが(症状固定時16歳),同女の後遺症から労働能力の喪失は明らかであり,直近の平成9年度の女子全年齢平均所得340万2100円,労働能力喪失率56%,67歳までの中間利息控除(ライプニッツ係数16.480)を前提に,その逸失利益を計算すると,3139万7300円(=3,402,100×0.56×16.480)となる。
イ 慰謝料
原告の上記事情,後遺症の程度及びこれからも年1度の脳波検査を受け,投薬治療も継続されること等の事情によれば,本件事故の慰謝料として1100万円が相当である。
ウ 損害の填補
原告は,被告Aらからこれまで40万円の賠償金の支払を受けた。なお,被告赤堀町から支払われた410万円は学校保険上の災害給付金であって損害賠償金でないから損害の填補にはならない。
エ 弁護士費用
本件の弁護士費用として400万円が相当である。
【被告らの主張】
被告らは,上記【原告の主張】につき不知ないし争うとするが(ウの支払の事実・金額については争いがない。),特に次の点を指摘している。
ア 原告は,本件事故後も通常に通学し,友人と遊び,学校生活を送っていたから,重度障害を負ったとはいえない。学校保険上の災害給付金支給につき9級相当の認定をしているが,これは被害者救済という考慮に基づくものであって,事実として障害を認めたものではない。
イ 仮に本件事故とてんかんとの間に因果関係があるとしても,原告の素因によるところが大きいから減額がされるべきである。
ウ 日本体育・学校健康センターから原告に支払われた災害給付金410万円は理論上も判例上も損害額から控除されることが確立している。
第3争点に対する判断
1 争点①(被告赤堀町の責任原因)について
(1) 本件事故状況等について
前記争いのない事実,甲15,16,乙3,6,証人D及び同Eの各証言,被告B本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア Cは,赤堀小入学時から多動障害があり,授業中にも落ち着きがなく,教室内を歩き回り,あるいは席を立ち教諭に無断で教室の外に出て,校舎内の掲示物を破って回る,机を倒す,寒暖計を壊す等の行動に及ぶことがあった。また,Cは話を始めると制止にもかかわらず止めることなく話し続けることもあった(なお,原告は,Cにはこの他にも学校の保健室のガラスを割った,教室の中で椅子を投げた,子供を包丁を持って追いかけたという行為があった旨を主張し,原告法定代理人親権者母Fはこれに沿う供述をするが(第12回口頭弁論調書中の同人の速記録14丁以下参照),同供述はいずれもその長男や他の父兄からの伝聞であり,その信憑性は全く不確かであるから,原告の上記主張に係る事実を認定するには足りない。)。
イ 赤堀小では,こうしたCの行動については,その担任教諭のみが対処するのでは十分でないとの認識の下で,全教職員が,Cを平素から観察し,見掛けた際には声を掛けて励まし,Cの話を最後まで聞くようにするなどしてその心情の安定を図り,できる限り授業に出席することができるよう努めていた。
ウ 平成4年12月5日,原告は,赤堀小に登校していったん教室に入った後,始業時刻まで縄跳びをするために校庭に出て,午前8時25分ころには,校舎玄関近くの校庭で縄跳びを始めていた。
一方,そのころ,Cは,同校舎3階の6年1組の教室で級友といさかいを起こして怒り出し,教室のベランダに置いてあった本件傘立てをベランダから階下の校庭に向けて投げ落とした。
投げ落とされた本件傘立ては,幅70cm,高さ50cm,奥行き30cmのアルミ製であり,その重量は5.5kgであった。
エ そして,本件事故後に,赤堀小側は,中央児童相談所に本件事故について相談をし,その後の検査の結果,Cに脳波異常が発見されたため投薬治療が開始された。なお,現在,Cは精神病院において入院治療を受けている。
(2) 監視義務・安全配慮義務違反
ア 教職員には,学校における教育活動等において,生徒を保護監督すべき義務(安全保持義務)があり,教職員がこの保護監督義務を怠り,生徒に損害を発生させた場合には,当該公立学校設置者は国家賠償法1条1項に基づき,その損害を賠償すべき責任がある。この保護監督義務には,生徒の行動に起因する事故の発生を防止すべき義務も当然に含まれるが,その内容・方法は,当該具体的な状況下で予見することが可能な事情を前提として事故発生の危険性を判断し,その程度に応じた指導,保護的措置を講ずることで足りるものと解するのが相当である。
イ この点につき,原告は,赤堀小の教職員にはCの行動を十分監視すべき義務があった旨を主張しているが,特定の児童に常時付き添い監視をする方法(始業時刻前の事故を防止する程度にまで監視を徹底するには,当該児童の登校直後から教職員が常時付き添う方法をとるほかない。)は,当該児童のみならず他の児童生徒との関係においても,学校における集団生活の経験に基づき自主・自立の精神を養うという学校教育の要請を損ねることになりかねない一方で,教職員の側にも極めて大きな負担を課す結果になるものといわざるを得ない。したがって,当該児童の従前の行動等の資料から何らかの事故が発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特別の事情がない限り,学校側において特定の児童に常時付き添い監視をすべき義務を負うものではないと解される。
さらに,原告は,学校側は児童に対して適切な受診・治療の機会を与えるべき義務を負う旨を主張するが,これは一次的には児童の生活全般につき責任を負う保護者(親権者等)の監護養育義務の内容であるから,児童の疾患により何らかの事故発生が予見される場合であっても,学校側には保護者にこれを通知するなどして保護者の側からの対応措置を促す義務が発生することがありうるに止まり,上記の場合を越える切迫した危険があるなどの事情がない限り,学校側が自ら児童に適切な治療を受けさせるべき義務を負うことはないというべきである。
ウ 本件では,上記(1)の認定事実によれば,Cには入学当初から多動障害がみられたものの,その行動は概ね学校内の備品等の破損行為に限られ,本件事故以前にこれに関連して他の生徒児童に傷害を負わせる事故が発生した形跡は窺われないこと,赤堀小側は,Cの心情を安定させ学校生活に適応させるため上記(1)イの措置を執り続けていたことに照らすと,当時,赤堀小側において,Cが重量5.5kgの本件傘立てを校舎3階から階下に投げ落とすという一見してその危険性が明らかな異常な行動に及ぶことを予見しうるような状況にはなかったものと認めるべきである(本件事故後に赤堀小が従前に増してCの行動に対して注意を払うようになったとしても,それは本件事故を踏まえた措置であり,本件事故の予見可能性の判断を左右するものではない。)。したがって,Cに対する保護監督措置としては,上記(1)イに認定した程度の方法で足り,これを越えて,常時付き添い監視をしたり,直ちに治療を受ける機会を与えるべき注意義務が学校側にあったということはできない。
以上のとおり,赤堀小の教職員が保護監督義務を怠ったとする原告の主張には理由がない。
(3) 営造物(本件傘立て)の設置・管理の瑕疵
次に,本件傘立ての設置管理者である被告赤堀町は,本件傘立てを教室のベランダに置いた状況で本来の用法に従って安全であるべきことについて国家賠償法2条1項所定の責任を負うことになるが,その責任は原則としてこれをもって限度とすべきであり,本来の用法に従えば安全であるのにこれが通常予測し得ない異常な方法で使用された場合にまで上記責任を負うことはない。
上記(1)に認定した事実によれば,本件事故は,本件傘立てを校舎3階から階下に投げ落としたという行為の結果であって,本件傘立ての通常の用法と異なることは明らかである。そして,本件傘立ての設置場所が小学校校舎の3階であり,同所の教室に入学以来多動障害が見られたCが編入されていたことを考慮したとしても,既に上記(2)ウで説示したところによれば,本件事故は設置管理者の通常予測し得ない異常な行動の結果生じたものであったというべきである。そうすると,本件事故は,本件傘立ての安全性の欠如に起因するものではないから,被告赤堀町は原告に対して国家賠償法2条1項所定の損害賠償責任を負うことはない。
(4) 以上によれば,原告の被告赤堀町に対する請求は,その余の争点を判断するまでもなく,理由がないことになる。
2 争点②(被告Aらの責任原因)について
(1) Cは本件事故当時満11歳11か月の小学校6年生であったことに加え,上記1(1)アに認定したとおり,小学校入学当初から多動障害が見られ,粗暴な行動にしばしば及ぶことがあったことに照らすと,Cは,当時,本件事故の責任を弁識するに足りる能力(責任弁識能力)を備えていなかったと認めるべきである。したがって,その親権者父母である被告Aらは,その法定監督義務者としてCの生活関係全般につき監督義務を負い,監督義務を怠らなかったことを主張立証しない限り,本件事故により生じた損害賠償義務を免れない。
(2) そして,被告B本人の供述によっても,被告AらがCに対して格別の保護監督の措置をとった形跡は全く窺われないから,被告AらにおいてCに対する監督義務につき過失がなかったということはできない。したがって,被告Aらは,本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負うことになる。
3 争点③(因果関係)について
(1) 甲3~16,乙3(以下,書証番号に枝番のあるものについては,その全てを含む。),証人G及びDの各証言,原告法定代理人親権者両名の各供述並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる(なお,各項目の末尾に,その事実認定に特に関連性のある証拠を掲げた。)。
ア 平成4年12月5日の本件事故の際,本件傘立ての落下音を聞いて赤堀小養護教諭らが原告のもとに直ちに駆け付けたところ,原告はその場で両膝を地面に付いたまま前のめりに倒れ,同教諭の「○○○ちゃん,大丈夫」という問い掛けにも半開眼の表情で応答せず,ほぼ意識を失った状態であった(ただし,問い掛けを何度も受けた後,その場で意識が回復した)。この際,その頭部に約1cm程度のかすり傷の存在が認められた。
その後,原告は通報により到着した救急車によって,養護教諭が付き添ったまま伊勢崎市民病院に搬送された。
同病院脳神経科を受診した際には,原告の意識は清明で頭痛や吐き気の訴えはなく,頭部レントゲン検査でも頭部の骨折は確認されなかった。
イ 本件事故後,原告は,通常どおり赤堀小に通学していたが,13日が経過した同月18日午後1時30分ころ,赤堀小の滑り台で遊んでいた際に全身けいれん(眼球は上転)を起こし,救急車で再度伊勢崎市民病院に搬送された。この際には,2~3分の意識消失があったものの,午後1時50分にはその意識は清明で,頭部CT検査でも著変は認められなかった(甲8・12丁)。
ウ 平成4年12月22日に同病院で実施された原告の脳波検査では,後頭部,頭頂部,側頭後部に棘波及び棘波・徐波が認められ,抗けいれん剤の投与が必要と判断された(甲8・11丁)。
その後の平成5年5月28日及び平成6年4月4日に実施された脳波検査では棘波の出現が認められ(甲8・9,10丁),抗けいれん剤の継続投与が必要と判断された。また,平成7年4月5日の脳波検査では全般性で頭頂部を中心に孤立性棘波が(甲9・10丁),平成8年5月2日の脳波検査では全誘導に棘波がそれぞれ確認された(甲9・9丁)。
その後,平成9年1月29日の脳波検査では棘波・徐波の出現がなく脳波の改善が認められたものの(甲9・8丁),同年10月8日以降には棘波が散見されるようになった。
エ 他方,平成5年1月10日ころ,原告の頭頂部に脱毛が発生し,伊勢崎市民病院の皮膚科の診断においては,抗けいれん剤の副作用とともに頭部外傷がその原因と疑われた(甲8・4,5丁)。その後も,この症状は軽快せず,中学校入学後に原告が脱毛を理由にいじめを受けたことがあったため,同病院の紹介を受けて,平成8年8月,原告が群馬大学皮膚科を受診したところ,その頭頂部に幅10mm,長さ30mmの紡錘形の不完全脱毛斑と軽度の陥凹が認められて剣傷状強皮症と診断された(甲12・4丁)。原告は,同月19日,同科に入院して,担当医師から頭部の脱毛は外傷によるものであるとの説明を受け,同月21日,瘢痕部を切除して縫縮する手術を受けた(甲13)。
オ 原告は,平成7年4月に赤堀中学校に進学したが,2年在学時に上記エのとおり脱毛症が原因でいじめを受けるなどしたため,高校進学を断念せざるを得なかった。中学校卒業後,原告は,東京方面に声優になるためのレッスンに通うようになったが,通学の電車内で全身けいれんを起こすことがあったことからこれも断念し,現在では大検受験を目指しつつ自宅内で生活をしている。
この間,原告は,平成8年2月20日,平成9年9月10日,平成10年4月17日・11月15日と全身けいれんを起こすことがあった。
カ そして,平成10年3月23日の脳波検査でもやはり棘波が散見され(甲10・5丁),原告の主治医G(伊勢崎市民病院脳神経科)によれば,今後の期間は不明であるが,引き続き抗てんかん剤の内服が必要であり,脳波検査を時々行ってその結果をみて判断していく必要がある旨の所見が示されている(甲3,甲10・18~20丁)。
なお,本件訴訟提起後の平成12年3月13日にも,原告は全身けいれんを起こし,救急車で伊勢崎市民病院に搬送されている。
(2) 上記(1)認定の本件事故前後の状況をみると,本件傘立ての原告の頭部への接触の程度等は必ずしも明らかではないものの,本件事故は校舎3階から落下してきた重量5.5kgの本件傘立てが頭部に接触したというものであり,本件事故後に原告がその場で意識を一時消失し,後に皮膚科医でその頭部に陥凹等が確認されたことによれば,本件傘立ての落下時にこれが原告の頭部に接触することによって相当な衝撃が加わったことが容易に推認されるところである。こうした事故態様に加えて,その約2週間後にてんかん発作が原告に発現し,原告には何らけいれんの遺伝的素因や既往等がなかったことに照らすと,本件事故に伴う頭部外傷は原告のてんかん症状の発現に因果関係を有するものと認めるのが相当である。
(3) 被告らはウォーカーの診断基準の存在を指摘し,外傷の程度が脳損傷を起こすほど強いことの要件(④)を充たさず,発作の型・脳波所見(局所的異常が多い)が脳損傷部位と一致している(⑥)という証拠もない旨を主張している。
しかし,文献上,ウォーカーの診断6項目を満たす患者はわずか1割であるともいわれ(甲17),また,基準として明快であるが厳しすぎるきらいもある(乙2)旨の指摘があること,さらに,証人Gが診療録に「外傷性てんかんは脳にそれだけの損傷が考えられたり,局所的脳波異常を認めたりする場合が多いが必ずしもその様な事実がない場合もある」旨を記載し(甲10・20丁,甲3),同趣旨の証言をしていることにかんがみると,ウォーカーの基準に該当しないからといって直ちに本件事故に起因する外傷性てんかんでないとの結論を導くことはできない。また,被告らが指摘する各項目をみると,上記④の要件に関しては,本件事故の態様等に照らせば,本件事故による原告の外傷の程度が,被告らが主張するようなおよそ外傷性てんかんを引き起こし得ない軽症の部類に属するものであったということはできない。上記⑥の要件に関する被告らの主張についても,本件事故による衝撃を受けた頭頂部付近に棘波の出現が確認されていることに照らすと,未だ因果関係否定の根拠となり得るものではない。
以上によれば,ウォーカーの診断基準に関する被告らの主張は,上記(2)の結論を左右しないものというべきである。
また,被告らは,仮に因果関係があるとしても,原告の損害につき素因減額をすべき旨を主張するが,外傷性てんかん症の発現に原告の体質的素因や心因的要因が寄与したことを認めるに足りる証拠はない。
4 争点④(損害)について
(1) 逸失利益・慰謝料(認容額合計1633万9669円)
ア 逸失利益
上記3に認定したとおり,原告は,本件事故により外傷性てんかんを発症したが,平成10年3月ころまでにはその症状が固定したというべきである(症状固定時,原告は16歳)。そして,原告の外傷性てんかん症は,発作の頻度等によれば,自賠法施行令2条別表9級10号に該当するというべきであるが,上記後遺症による労働能力喪失の程度・期間については,てんかん発作の症状は抗てんかん剤の内服によりほぼ抑制されており(なお,甲10・19丁,甲3には,平成8年当時のてんかん発作は抗てんかん剤の内服を忘れたことが一因であることを窺わせる記載があり,証人Gの証言にも同趣旨を述べる部分がある(第12回口頭弁論調書中の同人の速記録9丁)),主治医のG医師も発作の間隔が空き,回復の兆しがある旨の証言をしていること(同速記録15丁)を考慮して,原告の就労の始期を18歳として28歳までの10年間に限り,35%と認めるのが相当である。
そこで症状固定時直近の平成9年賃金センサス第1巻第1表産業計企業規模計学歴計女子労働者全年齢平均年収額340万2100円を基礎収入として,症状固定時(16歳)から労働能力制限期間の終期(28歳)までの年数12年のライプニッツ係数8.8632から症状固定時(16歳)から就労の始期(18歳)までの年数2年の同係数1.8594を控除した7.0038によって中間利息を控除することによって,原告の逸失利益を計算すると,次の計算式のとおり833万9669円となる(1円未満の端数切捨て)。
計算式;3,402,100×0.35×(8.8632-1.8594)=8,339,669
イ 慰謝料
上記3認定の本件事故の態様,原告の受傷・治療状況や後遺症の内容,今後も通院を続けて脳波検査を受け,抗てんかん剤を内服する必要があること等の諸般の事情を考慮すると,慰謝料は800万円とするのが相当である。
(2) 損害の填補
原告が被告Aらから40万円の賠償金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。そして,日本体育・学校健康センターから原告に支払われた災害給付金410万円も,原告の損害を填補する趣旨の給付であると認めるべきであるから,同金額は原告の損害額から控除するのが相当である。したがって,損害填補後の損害額は,1183万9669円となる。
(3) 弁護士費用
本件の事案の内容,審理経過,認容額等の諸事情にかんがみると,原告の本件訴訟に要した弁護士費用として,120万円をもって相当と認める。
第4結論
以上によれば,原告の本訴請求は被告Aらに対し連帯して1303万9669円及びこれに対する本件事故日である平成4年12月5日から支払済みまで民法所定年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告赤堀町に対する請求及び被告Aらに対するその余の請求は失当としてこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野智明 裁判官 丹羽敏彦 裁判官 櫛橋明香)