前橋地方裁判所 平成13年(ワ)241号 判決 2002年3月15日
主文
1 原告の主位的請求を棄却する。
2 被告は,原告に対し,金40万1940円及びこれに対する平成12年3月11日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,被告の負担とする。
4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主位的請求及び予備的請求ともに主文第2項と同旨。
第2前提となる事実(証拠を掲記して認定した事実のほかは,当事者間に争いがない。)
1 当事者
(1) 原告は,A設計の名で建築物の図面,見積書作成等の業務を行っている者である。
(2) 被告は,建築・土木一式工事の請負並びに設計,施工,監理等を業とする株式会社である。
(3) Bは,被告代表者の長男であり,かつて被告の取締役であった者であるが,平成6年12月9日取締役を辞任した旨の登記が同月15日付でなされた(乙第2号証)。
(4) Cは土木工事の設計,施工等を業とする株式会社田園新都市設計(以下「田園新都市設計」という。)の代表者であり,同社の支店が群馬県高崎市a町b番地cにある旨の登記がなされている(乙第3,第4号証)。
2 ところで,Cは,平成11年ころ,被告の高崎支店(群馬県高崎市a町b番地c所在)の支店長であると名乗っていたが,原告は,同年ころ,下記のとおり,Cから各改装工事に関する図面及び見積書の作成の依頼を受け,原告において依頼を受けた建築物の改装工事図面を作成し,また,積算後,見積書を作成し納品する旨の契約を締結した(甲第4号証の1ないし6,第5号証の1ないし7,第10,第11号証,原告本人尋問)。
(1) D改装工事(以下「本件第1契約」という。)
ア 契約締結日 平成11年12月21日
イ 請求書提出日 平成12年1月25日
ウ 支払期日 平成12年3月10日
エ 報酬金額 金17万4090円
オ 図面及び見積書納品日 平成12年1月7日
(2) E改装工事(以下「本件第2契約」といい,本件第1契約と本件第2契約とをあわせて,以下「本件各契約」という。)
ア 契約締結日 平成12年1月11日
イ 請求書提出日 平成12年1月21日
ウ 支払期日 平成12年3月10日
エ 報酬金額 金22万7850円
オ 図面及び見積書納品日 平成12年1月21日
3 Bは,平成6年ころ,被告の取締役を辞任し,その旨の登記もなされたが,平成10年ころ,Cと知り合い,以後Cの仕事を手伝うようになり,本件各契約においても原告と一緒に現地寸法を行ったり,現地打合せをするなどしていた(乙第2,第7号証,証人Bの供述)。
第3争点及び争点に関する当事者の主張
(争点)
1 原告に本件各契約を依頼したのは被告高崎支店であるか(主位的請求)。
2 1が否定された場合,被告に名板貸しに基づく本件各契約にかかる支払責任は生ずるか(予備的請求)。
(当事者の主張)
1 争点1について
(原告の主張)
原告は,被告,具体的には被告高崎支店の支店長C及び被告の専務取締役Bと本件各契約を締結した。以下の諸事情にかんがみると,被告の高崎支店事務所は,群馬県高崎市a町b番地cに所在し,C及びBは同支店の従業員であった,ないし少なくとも被告の許諾を得て被告の名で取引をしていたものと言える。
(1)ア 上記事務所にはC,B及び従業員複数名がいた。
イ 群馬県土木部建築課には被告高崎支店として建築設計事務所の登記がなされ,その廃業届も被告から同課に提出されている。
ウ 求人ジャーナルに「高崎に新規営業所開設,本社(前橋市内)に勤務できる方特に希望」との求人広告が出されたが,前橋市内には被告の外「株式会社トミザワ」という会社は存在しない。
エ 上記事務所において,Cは被告高崎支店支店長,Bは被告専務取締役の肩書入り名刺をそれぞれ使用しており,また,被告のパンフレット,被告の会社名入りの各種封筒が常備されていた。
オ C及びBは,被告の会社名入りのトラックを使用していた。
カ 原告は,被告高崎支店とだけ表示して本件各契約にかかる図面を提出したところ,Cから,同図面枠に本社の住所「群馬県前橋市d町e-f」,電話番号「027-269-以下略」,ファクシミリ番号「027-269-以下略」を記入するべく,また,本件各契約の見積書表紙の上に「高崎支店」,下に「本社」と入れるように指示され,原告はその旨訂正した。
キ 本件各契約以前に作成された契約報酬の請求書,領収書は,被告高崎支店において受領されている。
ク Fは,被告高崎支店の従業員であったところ,前橋社会保険事務所は,Fを被告の社員と認めて,同人の被保険者資格取得確認及び標準報酬決定通知書取消届につき取消しの措置を取った。
(2) Bは,被告専務取締役と名乗って,原告に対し,契約物件の平面プラン打合せ指導,見積書工事細目の単価指示などを行い,また,原告やCに同道して現地寸法を行うなどした。
(被告の主張)
原告の主張は争う。被告に高崎支店はなく,いかなる者に対してもその設営を許したことはない。したがって,本件各契約において,被告の高崎支店がその当事者になることはあり得ない。また,C及びBはいずれも被告の従業員ではない。Bは,独立した個人請負業者であって,Cの請負にかかる契約についてその下請業者としてCと契約を締結し,その限度においてCを補助していたにすぎない。また,(原告の主張)(1)及び(2)の事実に対する認否は,次のとおりである。
(1)ア (原告の主張)(1)アの事実は否認する。被告は,CやBを雇用したことはない。
イ 同(1)イの事実は否認する。そもそも,群馬県土木建築課は「登記所」ではなく,かかる登記がなされる余地はない。
ウ 同(1)ウの事実は否認する。仮にかかる広告が存在したとしても,被告が全く関与しておらず,何ら法的な効果はなく,また,本件各契約締結との因果関係もない。
エ 同(1)エの事実は否認する。
オ 同(1)オの事実は否認する。仮にかかる事実があったとしても,被告に無断でなされたにすぎず,被告に帰責性はない。
カ 同(1)カの事実は否認する。
キ 同(1)キの事実は否認する。
ク 同(1)クの事実は認める。
(2) 同(2)の事実は否認する。
2 争点2について
(原告の主張)
(1) 本件各契約に関し,前記1(原告の主張)(1)及び同(2)記載の事実のほか,次のような事情が存する。
ア 原告は本件各契約以前にもC及びBとの間で本件各契約と同様の契約を締結して報酬を受領してきたが,いずれも被告高崎支店としての契約であった。なお,原告は,本件訴訟において被告が提出した田園新都市設計の商業登記簿謄本を見るまでCが田園新都市設計の代表者であったことを知らなかった。
イ 前記のとおり,被告高崎支店,あるいは被告高崎営業所として求人ジャーナルに求人広告がなされている。
ウ Cは,群馬県高崎市a町b番地cにおいて「被告高崎支店」を名乗って営業活動をなし,被告高崎支店の支店長の名刺を所持し,Bは,上記「高崎支店」に常駐して被告の専務取締役の名刺を所持し,また,上記「高崎支店」には被告のパンフレットが常備され,顧客への配布行為もなされていた。
エ 被告代表者は,F提起にかかる社会保険料請求の訴えに対しては,これを認める旨の答弁書を提出した上,Fとの間で和解をしているが,平成12年6月19日,Fらに対し,「Cには株式会社トミザワの名を貸した」などと名板貸しを認めるような発言をした。
オ 被告にはBの源泉徴収票が存在し,また,Bは被告の厚生年金保険被保険者となっている。
(2) 前記1(原告の主張)(1)及び同(2)記載の事実のほか,上記(1)の各事実を合わせてみると,仮に被告高崎支店が真実は被告の支店ないし営業所ではなかったとしても,被告はC及びBに被告の名を使用することを許諾したものということができ,原告は被告を営業主と誤認して取引をしたものであるから,被告は名板貸しの責任を負う。
(被告の主張)
(1) (原告の主張)(1)の各事実に対する認否は次のとおりであり,同(2)の原告の主張は争う。なお,被告は,以前,C及びBから名前を貸してくれるよう懇願されたことがあったが,断っている。
ア 同(1)アの事実は否認する。
原告は,本件各契約以前の契約においては被告に対してではなくCやBら個人に報酬請求しており,本件各契約の締結の相手が被告でないことを知っていたことがうかがわれる。そもそも,原告は,本件各契約にかかる請求についても,まずCやBら個人に報酬請求している。そして,原告はCが田園新都市設計の代表者であることを知らなかったが,このことは,原告自らの過失を認めたことを物語っている。
イ 同(1)イの事実は否認し,主張は争う。
原告提出にかかる求人ジャーナルのコピーは,被告高崎営業所の名のもの合計4枚,被告高崎支店の名のものは1枚にすぎず,仮にかかる事実があったとしても,いずれもFの作成にかかり,被告とは何ら関係がない。
ウ 同(1)ウの事実は否認し,主張は争う。
被告は,本件訴訟に至るまで,原告主張の名刺を見たことがなく,また,群馬県高崎市a町b番地cという地番も聞いたことがない。そして,被告のパンフレットは,Bが被告から勝手に盗み出したものと思われ,これらの行為は,被告の意思に反し違法になされたといわざるを得ない。
エ 同(1)エの事実は否認し,主張は争う。
被告は,Fを従業員として採用したことはなく,当該訴訟提起を受けた当時多忙であったため訴訟との関わりを断つためにFに送金したものにすぎず,Fの主張を認めたわけではない。
Fの社会保険申込みに関する主張については,Bが被告代表者の妻で被告監査役であるGに懇願して同人から白紙の社会保険手続用紙に被告の横判及び丸印をもらいこれをFに手渡したもので,要するにFがBを道具として利用し不正な手段でFの社会保険手続を関与者全員の共謀により遂行したものにすぎず,ここに被告及び被告代表者の意思は何ら介在していない。
オ 同(1)オの事実は否認し,主張は争う。
Bは,被告高崎支店の従業員ではないし,Cに雇われている者でもなく,独立した個人請負業者であったところ,Cが請負契約締結に当たり,その下請業者としてCの仕事を補助していたにすぎない。
(2) 商人間の取引においてその信用の基礎となるのは商業登記簿の記載であるところ,被告の商業登記簿には高崎支店の記載は全く存在せず,原告が被告高崎支店の存在を誤信したことはその過失に基づくものである。特に,原告は建築設計や建築確認申請などに関する専門家であって,被告に高崎支店が存在するか否かについて登記簿による確認を怠ったことは重大な過失というべく,被告に対して名板貸しの責任を主張することはできない。
しかも,原告は,被告に対し,本件訴訟に至るまで,取引及び契約に関する問合せをしたことが全くなく,代金請求についても事前照会の形跡がない。また,前記求人広告や得意先台帳によれば,原告主張の被告高崎支店が単なる営業所にすぎず,不適当な称号を用いた極めて信用性の乏しいものであることが明らかである。そして,原告は,当該営業主体に調査の手を伸ばし,ひいては,本社と思われる場所を訪ねるなど厳格な検討を加えるべきであったところ,原告はそのような調査等を全くしていない。要するに,原告は,本件各契約にかかる請求に関し,被害の発生を予防する努力を全くしておらず,いわゆる外観保護理論によっても保護に値しない。
(原告の反論)
(1) (被告の主張)(1)冒頭部分の主張は争う。同(1)アないしオに対する認否は次のとおりである。
ア 同(1)アの事実は否認し,主張は争う。
被告が被告支店を騙って商業活動をする者に対してその勝手を許し,事情すら知ろうとしないことは,重大な過失である。他方,原告がCが田園新都市設計の代表者であることを知らないことは,原告の過失になるものではない。
イ 同(1)イの事実は否認し,主張は争う。
原告は,群馬県土木部建築課建築指導係において事前に被告高崎支店が一級建築士事務所として登録されていることや被告代表者(代表取締役)の役名,氏名などを確認している。
ウ 同(1)ウの事実は否認し,主張は争う。
被告はBの被告への出入りを禁じていたと述べるが,Bは事実上出入りをしており,結果として,同人においてGに頼みごとをしたり,被告所有物を持ち出すなどした。原告は,Bによるこれらの行為により本件各契約を被告との取引であると誤認し,損害を被っており,被告は名板貸しの責任を負う。
エ 同(1)エの事実は否認し,主張は争う。
被告は,BがGに頼み込んで白紙の社会保険手続用紙に被告の横判及び会社印を押させたなどと主張するが,この事実はむしろ名板貸しの事実を根拠づけるものである。そして,被告がFは被告の従業員であることを否定するのであれば,Gによる上記押印行為自体及び被告による同行為の看過行為自体が被告に重大な過失があることを裏付けるものである。
オ 同(1)オの事実は否認し,主張は争う。
(2) 同(2)について
ア 同(2)前段の主張は争う。
商業登記簿における支店(支店区)は一般の支店,支社,営業所とは意味が異なり,金融機関は別として一般事業会社では,ほとんど登記はなされておらず,また登記がなされていなくても違法ではない。したがって,原告は被告の登記簿に支店が登記されているとは考えなかったし,原告が登記簿を確認しなかったことに過失はない。
イ 同(2)後段の主張は争う。
原告は,群馬県土木部建築課建築指導係において事前に被告高崎支店の存在確認をしており,また被告へのファックス送信及び内容証明郵便により本件代金請求を行っている。原告は,被告の役名及び氏名の記載をしっかり確認したからこそ取引相手を被告の高崎支店と確信した。なお,被告高崎支店の廃業届が群馬県土木部建築課から被告のもとに到達したにもかかわらず,被告が関係官庁に対して何ら対応しなかったが,このことは被告から上記廃業届出があったことをうかがわせる。
第4当裁判所の判断
1 前記前提となる事実に加えて,甲第1,第2号証の各1,2,第3号証の1ないし8,第4号証の1ないし6,第5号証の1ないし7,第6号証の1ないし10,第7号証の1,2,第8号証の1ないし4,第9号証の1ないし7,第10ないし第27号証,第29号証,第30号証の1ないし5,乙第1ないし第7号証,第8号証の1ないし3,第10ないし12号証,証人F,同B,同Gの各証言,原告,被告代表者各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1) 被告代表者は,昭和48年鋼製建具の製作,施工業を開業し,昭和54年4月(登記簿上は同年5月9日)有限会社(被告)に組織替えした。被告は,当初は群馬県前橋市g町h丁目i番地を本店としていたが,昭和61年4月肩書地に移転,平成4年8月27日に株式会社組織に変更された。
被告は,商業登記簿上は,「建築,土木一式工事の請負並びに設計,施工,監理」,「建築用金属製品の製造,加工及び販売」,「建具の製造,販売及び取付工事業」,「前各号に附帯する一切の事業」を目的としているが,実際には外壁化粧パネルの製造を行っている。
(2) B(被告代表者の長男)は,高等学校を卒業後被告に勤務し,平成5年6月29日には被告代表者,Hらとともに被告取締役に重任され(登記は同年7月8日),被告のパンフレット(甲第23号証)には,Bは被告の専務取締役として記載されている。
しかし,Bは,勤務態度や素行が悪かったため,被告代表者と折り合いが悪くなり,平成6年10月ころからは被告に出勤せず,被告の取締役を同年12月9日に辞任している。
なお,Bは,その後の平成7年12月ころ当時の同棲相手に傷害を負わせたかどで強制捜査を受け処罰を受けたことがあったが,その際も被告代表者は面会や援助等を一切行っておらず,本件各契約の時点ころまでは後記(3)を除いてはBとの交流は全くなかった。
(3) ところで,Bは,平成10年ころC(田園新都市設計代表者)と知り合い,Cが建築の仕事をすることを知って,Cの下請として工事を請け負って稼働することを思い立ち,Cと一緒に,同年5月ないし同年6月ころ,被告代表者のもとに赴き,被告の名を使用させてほしい旨要請した。しかし,被告代表者は,上記(2)のようなBの生活態度から名前を貸せば何らかの迷惑をかけられるものと考え,上記要請を断った。これに対し,Bらは取引先との金銭関係や連絡等が被告に入らないようにするから名前を貸してほしい旨食い下がったが,被告代表者はこれに応じず,C及びBも被告代表者の許諾を得て被告の名を使用することは断念した。
(4) そこで,C及びBは,被告の名をその関係者には無断で使用して受注を得ることとし,付随事情も含め,具体的には以下アからオに記載のような行動を取った(Bは,Cが請け負った建築の仕事について下請としてさらに受注するべく,Cとともに仕事の現場に赴いて作業を手伝うなどしていたが,結局,Cから報酬を受けるに至らず,未払の報酬が累積したことから,平成12年6月ころ以降Cとは連絡を取らなくなり,同年7月ないし同年8月ころからは1人で取付屋の仕事を手伝うようになった。)。
ア C及びBは,平成10年ころから平成12年3月ころまでの間,群馬県高崎市a町b番地c所在の建物(以下「高崎店舗」という。)を事務所として使用し,同店舗の窓ガラスに,「株式会社トミザワ」と書かれたカッティングシートが貼付されていたが,同店舗の前には「株式会社コスモ」の看板が立てられており,また,被告の商業登記簿には高崎店舗の記載はなく,逆に田園新都市設計(代表取締役C)の商業登記簿には同社の支店として高崎店舗の住所地が記載されている。
イ Bは,被告専務取締役の肩書入り名刺を100枚程印刷し,30枚程配布したが,配布先は,仕事関係の者もあれば,仕事関係外の者もあり,原告も交付を受けた。なお,Cは,被告高崎支店支店長の肩書入り名刺を使用していた。
ウ 被告高崎支店は,平成11年1月8日,被告支店として,群馬県知事(前橋土木事務所長)に対し一級建築士事務所として登録されていた(群馬県知事登録第3397号)が,平成12年7月3日群馬県知事に対し被告名義の廃業届(同年6月5日付廃業)が提出されている。因に,上記一級建築士事務所の登録申請については会社の印鑑証明書類の提出義務はなく(現に「被告高崎支店」の登録についてもその提出はない。),また,上記一級建築士事務所の登録証は紛失しており廃業届に添付されていない。そして,同廃業届に捺印された会社印は本件記録に現れている被告の真正な印鑑のいずれとも異なっている。
エ Bは,平成10年ころ,被告から前記のパンフレット(甲第23号証)を持ち出して高崎店舗に常備し,顧客などにこれを見せたり,手渡すなどしていたが,同パンフレットには,前記認定のとおり被告専務取締役としてBの名が記載されている。
なお,同パンフレットの作成時期について,Bは平成9年ころと供述し,被告代表者は平成4年以降とは思うが分からない旨供述する。同パンフレットには平成4年に被告が株式会社組織に変更された旨の記載があり,また,そこに記載された被告の電話番号の市外局番は3けたであるところ,平成8年3月7日付捜査報告書(乙第1号証)記載のBの住所地の電話番号の市外局番が同じ群馬県前橋市内であるのに4けたになっている(なお,群馬県前橋市の現在の市外局番が3けたであることは当裁判所に顕著な事実である。)ことからすれば,同パンフレットは平成8年3月7日より後に作成されたものと認められるので,同パンフレットは上記Bの供述どおり平成9年ころ作成されたものと認められる。
オ C及びBには,平成10年ころから平成12年ころまでの間,「高崎店舗」(事務所)などにおいて以下の行動(活動)が見られた。
(ア) Bは,被告から被告の社名入りの封筒(甲第25,第26号証)を持ち出し,高崎店舗においてこれを使用していた。
(イ) Cは,平成11年1月24日ころから同年12月5日ころまでの間,5回にわたり,「求人ジャーナル高崎版」に,「高崎店舗」に株式会社トミザワの支店ないし営業所を開設したので従業員を募集している旨の広告を掲載させた。
(ウ) Bは,Cとともに,同人が請け負った工事の現場打合せの際などに,被告の会社名入りのトラックを持ち出し使用していた。
(エ) 原告は,Cに対し本件各契約にかかる図面の納品をしたが,その際,同人より,同図面枠に被告本社の住所「群馬県前橋市d町e-f」,電話番号「027-269-以下略」,ファクシミリ番号「027-269-以下略」を,また,本件各契約の見積書表紙の上に「高崎支店」,下に「本社」と記入するよう指示され,これに従ってその旨訂正した。
(オ) Bは,高崎店舗に常駐し,従業員らから「専務」と呼ばれていた。
(カ) 証人Bの証言中には,同人が高崎店舗において仕事をする際には顧客に対し被告とは営業主体が異なることを説明していたとの部分があるが,Bが上記のような行為に及びながらかかる説明を行うことは考えられず,上記証言部分は採用できない。
(5) ところで,Fは平成11年6月1日から高崎店舗において稼働するようになったが,Bは,Fの社会保険申請について被告の記名押印が必要になり,Gに対し書類への記名押印を依頼したところ,同人は,いったんこれを断ったが,Bが強く頼み込んだことから,これを承諾し,書類に記名押印したものであるところ,上記Fの社会保険についてはF自身が社会保険料を負担していたことから,Fにおいて,平成12年8月4日,被告に対し,自分が負担した社会保険料相当額の支払を求める少額訴訟(前橋簡易裁判所平成12年(少コ)第21号事件)を提起し,結局,被告は,同月28日,Fに上記社会保険料相当額金20万1004円を振り込んで支払い,Fと和解が成立している。
(6) 原告は,平成11年8月ころ,高崎店舗が「求人ジャーナル」に被告高崎支店として求人広告を掲載しているのを見て,高崎店舗から設計の仕事を得るべくCと初めて会い,上記(4)の名刺とパンフレットを見せられるなどし,間もなく,Cと取引をするようになったが,取引開始に当たり,前橋土木事務所に対して被告高崎支店が一級建築士事務所として登録されていることを確認するとともに,同年9月ころ,被告肩書地に被告社屋があることを現認した。もっとも,その際,原告は,被告社屋内に入ったり,被告代表者に直接会うなどのことはしなかった。
(7) 原告は,平成11年12月ころ,高崎店舗から建築設計図面及び見積書の作成を依頼されて納品し,被告高崎支店宛に少なくとも合計5件の仕事について合計70万2450円の支払を求め,内61万円について平成12年2月までに支払を受けたが,その際の領収証は被告高崎支店宛とされている。
(8) 原告は,本件各契約にかかる設計図面の作成業務等について,主にCからの注文により,前記のとおり納品し,各代金につき各支払期日を定めて請求したが,Bも本件各契約について次のとおり関与している。
ア 本件第1契約について,原告は,①平成11年12月21日(契約締結日)現地寸法を行い,②平成12年1月7日平面図を納品したが,Bは,①(現地寸法)に際し,その作業を手伝い,②(納品)の後に原告と連絡を取り,同月24日,納品にかかる改装図面に問題がある(保健所)として改装前平面図の作成を依頼した。
イ 本件第2契約について,原告は,平成12年1月11日(契約締結日)Bから同契約関連の設計図面等作成の依頼を受け,同日,現場調査を行い,次いで,Bの指示に基づいて設計図面を作成し,同月17日これを提出したが,Cから方針変更を伝えられ,設計図面を再度作成して,同月21日に納品した。
(9) 原告は,本件各契約にかかる報酬金額(17万4090円と22万7850円)の支払期日がいずれも平成12年3月10日となっていたが,同期日が徒過したことから,同月13日C及びBに対してその支払を求めたが,施主の支払がなく支払えないとの回答があり,弁済を受けられなかったものであるところ,当時,両名は既に高崎店舗から前橋市内に事務所を移転していた。
その後も,原告は,Cに対し,上記報酬金の支払を求めたが,CはBへの請求を要請するだけでこれに応じようとせず,そこで,今度は,Bに対し請求したところ,別の仕事を受けてくれれば支払う旨の回答があったため,当該別の仕事を受けることとした。
しかし,その後の同年4月25日ころ,原告がBと連絡を取ったところ,同人からまたも支払は後にしてほしいと言われたため,原告は上記別仕事はすべて辞めることとし,結局,Cらとの取引は本件各契約を最後に終了となった。
(10) 原告は,なおもC及びBに対し,上記報酬金の支払を求めようとしたが,両名と連絡が取れなくなり,やむなく,被告に対し直接請求したものであるところ,被告からも何らの回答もなく,結局,平成12年7月3日,本件請求にかかる支払督促を前橋簡易裁判所に提起した(同支払督促は同月5日,被告に送達された。)。
上記提訴に対し,被告代表者は,同月6日付けで,原告に仕事を依頼した覚えはなく,請求されるいわれはない旨の督促異議申立書を前橋簡易裁判所に送付し,同簡易裁判所が同月12日付けでこれを受け付け,本件訴訟となった。なお,被告代表者は,同年8月2日,被告訴訟代理人に本件訴訟を委任した。
2 以上に認定の事実に基づき以下のとおり認定,判断する。
(1) 争点1(原告と被告間で本件各契約の締結がなされたといえるか-主位的請求)について
原告は,高崎店舗が被告高崎支店であり,原告は被告と取引をしたものである旨主張する。しかし,被告が高崎店舗を被告の支店として設置したことは認められない。また,被告は,C及びBに被告の名を使用することを禁じている。そして,被告の商業登記簿には被告高崎支店の記載はない。
もっとも,平成10年から平成12年にかけて,高崎店舗所在地に「被告高崎支店」が存在し,しかも,同支店は,一級建築士事務所として群馬県知事(前橋土木事務所長)に対し届出され,登録もされている。しかし,他方,上記登録申請には会社印の印鑑証明書類の提出義務はないところ,「被告高崎支店」についてもその提出はなく,上記登録申請にかかる登録証が紛失していて廃業届に添付されておらず,同廃業届に押捺された会社印が本件記録に現れている被告の真正な印鑑のいずれとも異なっている。かかる事実からすれば,上記一級建築士事務所としての登録の事実のみをもって被告が高崎店舗を被告の支店として設置し,あるいはこれを積極的に許諾したとまでいうことはできない。また,高崎店舗の窓には「株式会社トミザワ」と書かれたカッティングシートが貼り付けられていたが,他方,同店舗の前には「株式会社コスモ」と書かれた看板が立てられていた。以上よりすれば,高崎店舗が被告の支店であったと認定することはできないというべきである。
したがって,原告の主位的請求は理由がない。
(2) 争点2(被告の名板貸責任の成否(有無)-予備的請求)について
既に認定したとおり,原告は,本件各契約について被告高崎支店との取引としてこれを行っており,C及びBから報酬金の支払を受けられなくなると,今度は,被告に対し支払請求をしており,かかる事情からすれば,本件各契約にかかる報酬金が商法23条にいう「取引に因りて生じたる債務」であるということができる。そこで,①被告は,高崎店舗に対し被告の会社名を称することを許諾したか否か,②営業主体の誤認の評価について以下検討する。
ア 名称許諾の有無
(ア) 上記(1)に述べたとおり,被告は,高崎店舗に対し,被告の支店として営業を営むことを明示的に許諾し,あるいはこれを被告の支店として設けたとするまでの事実は認められない。
(イ) しかし,上記認定によれば次の事実が認められ,これらの事実に照らすと,被告は高崎店舗が被告の名を使用していることは十分知悉し得たものといえる。
a 「被告高崎支店」は,前記のとおり,当時,高崎店舗の所在地に存在し,一級建築士事務所として群馬県知事(前橋土木事務所長)に対する届出により登録されていた事実があり,また,高崎店舗の窓には「株式会社トミザワ」と書かれたカッティングシートが貼付され,そして,高崎店舗には被告のパンフレット,封筒などが備えられていた。
b 原告,高崎店舗間の取引においては,原告は,前記図面,見積書作成に当たっては,いずれも被告本店所在地記載のある被告高崎支店名義のものの作成を指示され,また,請求書及び領収証も被告高崎支店宛のものを発行するように言われた。
c この間,C及びBは,被告の役員ないし従業員であるかのような名刺を作成,配布し,さらに,平成11年1月から同年12月にかけて高崎店舗が従業員を応募した際,被告の高崎営業所ないし高崎支店として広告を出していた。
(ウ) そして,被告作成の上記パンフレットにはBが専務取締役として記載されているが,同パンフレットはその電話番号の記載等からみて平成9年ころ作成されたものと認められるところ,平成12年ころまで,Bは高崎店舗にほぼ常駐し,上記パンフレットや封筒,被告の社名入りのトラックを使用し,本件各契約の経過の中においても上記のとおりBが現場で指示を行ったり,直接取引の依頼を行ったりしていることからすれば,被告が,B,さらにはBと行動を共にしていたCや高崎店舗の従業員らに対し,被告の名を使用することを黙示的に許諾していたものということができる。
(エ) 他方,被告は,Bについては,当時被告社屋への立入が禁止されており,また,被告代表者やGとも連絡を全く取っておらず,Bに対し被告の名を使用することを許諾したとはいえない旨主張し,証人Gの証言及び被告代表者本人尋問の結果中にもこれに沿う部分が存する。しかし,Bは,上記のとおり被告からパンフレットや封筒,トラックを持ち出し,また,前記Fの社会保険の件ではGに懇願して社会保険の書類に記名捺印させているなど,被告との関わりが指摘されるところ,上記社会保険料関係の事件では,被告代表者も特段争う意思を見せずFの請求にかかる金額を全額支払っており,上記各供述部分のみをもって上記判断を左右するに足りるものとはいえない。
なお,被告代表者本人尋問中にはFの社会保険料の事件当時は多忙であり第三者に対応を依頼したため本件とは異なる対応となったとの部分も存するが,上記認定のとおり本件訴訟とFの社会保険料請求訴訟とはほぼ時期を同じくして提起されており,その一方のみについて多忙を理由に第三者に依頼し他方とは全く異なる対応をすることは不自然であり,かかる供述部分は採用することができない。
イ 原告の重過失の有無
商法23条にいう名板貸人の責任は,営業主体を誤認した者がその誤認につき過失があっても名板貸人は責任を免れることができず,ただ,その過失が重大であるときは名板貸人はその責任を免れるものと解される。
これを本件についてみるに,原告は,高崎店舗との取引を開始するにあたり,一級建築士事務所の登録を確認し,また,被告社屋を見に行くことをしていながら,被告の商業登記簿の確認をしなかったり,被告社屋に立ち入って被告代表者に直接会うなどしなかったものであって,原告にも高崎店舗が被告の支店であると誤認するにつき過失が全くなかったとはいえない。しかし,上記(1)に記載のとおり,高崎店舗が「被告高崎支店」として一級建築士事務所の登録がなされていたこと,前記パンフレットには,Bが専務取締役である旨記載され,そして当該パンフレットが平成9年ころまで作成され,平成10年ころまで配布できる状態で被告社屋に置いてあったこと,C及びBは,本件各契約に至るまでは原告に対し,同人との取引にかかる代金を何とか支払っていたことなどにかんがみると,原告の上記過失が重大なものであったとまでは認められない。
ウ したがって,被告には,原告と高崎店舗との間の本件各契約につき,名板貸人としての責任が生ずるものというべきである。そして,本件各契約にかかる報酬金額は前記前提となる事実2のとおりであって,その合計額は原告が本訴において請求する金額と同一である。
第5結語
よって,本訴主位的請求は理由がないからこれを棄却し,予備的請求は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 東條宏 裁判官 原克也 裁判官 鈴木雄輔)