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前橋地方裁判所 平成16年(ワ)470号 判決 2007年1月24日

原告

甲野太郎

原告

甲野花子

上記2名訴訟代理人弁護士

庭山正一郎

太田純

宮村啓太

荒巻慶士

被告

乙川一郎

同訴訟代理人弁護士

木村孝

主文

1  被告は,原告甲野太郎に対し,3397万2200円及びこれに対する平成14年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告甲野花子に対し,3305万0360円及びこれに対する平成14年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

5  この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は,原告甲野太郎に対し,3億7783万8224円及びこれに対する平成14年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告甲野花子に対し,3億4907万5561円及びこれに対する平成14年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は,被告が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と衝突するなどして死亡した甲野春子(以下「春子」という。)の相続人である原告らが,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は3億7783万8224円,原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は3億4907万5561円及びこれらに対する不法行為の日である平成14年12月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実(当事者間に争いがない)

(1)  事故の発生

ア 日時  平成14年12月23日午後6時30分ころ

イ 場所  前橋市日吉町<番地略>の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)上

ウ 被害者  春子(昭和51年*月*日生。当時26歳)

エ 加害車両  被告が運転し,所有する被告車

オ 事故態様  本件交差点の東側横断歩道(以下,単に「東側横断歩道」という。)上を城東町方面から下細井町方面に向かって歩行していた春子に,三俣町方面から若宮町方面に向かって進行し,本件交差点に直進進入してきた被告車が衝突し(以下「本件事故」という。),春子は,外傷性くも膜下出血等を伴う両側気胸により即死した。

(2)  原告らの相続

原告太郎は春子の父で,原告花子は春子の母であり,それぞれ春子の相続人であるから,春子の死亡により,春子の損害賠償請求権を法定相続分である各2分の1の割合で相続した。

(3)  損害の填補

労災保険給付として,下記の金額が支払われた。

ア 遺族給付 894万7000円

イ 遺族特別支給金 479万円

ウ 葬祭給付 58万3410円

3  争点

(1)  本件交通事故の態様及び被告の春子に対する殺意の有無並びに責任原因(争点1)

(2)  損害額(争点2)

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点1について

ア 原告ら

(ア) 本件事故前の被告の行動について

被告は,平成14年12月23日,被告車(黒色トヨタ・センチュリー)を運転して伊勢崎市内の飲食店に行き,同日午後2時ころから同日午後6時ころまでの約4時間にわたり,中学校時代の友人ら3人と飲食をした。

その際,被告は,飲酒したものと推測される。すなわち,被告は,以前に同店で飲食した際は飲酒しており,同日も飲酒したと考えるのが常識的であるし,被告を含む4人の支払った飲食代金の合計額は1万2495円であるところ,同店では生ビール中ジョッキが1杯500円程度に過ぎず,かかる飲食代金額に照らせば,被告らがビールなどの酒類を相当量飲んでいたことは間違いないといえるからである。

(イ) 被告車が春子に衝突するまでの状況について

a 被告は,三俣町方面から若宮町方面に向かって,時速約50キロメートルで走行し,本件交差点に差し掛かったものであるが,被告車が春子と衝突した東側横断歩道から約100メートル手前の地点,時間にすると春子との衝突の約7秒前(時速50キロメートルで走行している場合)の時点で,既に本件交差点の対面信号機は赤色を表示していた。被告は,対面信号機の赤色表示を認識したが,本件交差点には,三俣町方面から下細井町方面に右折進行していた春野昭雄が運転する車両がおり,その春野車をやり過ごすため,下細井町方面からの道路に停車していた夏川和夫が運転する車両が発進せずに待機していた状況にあったことなどから,未だ本件交差点の交差道路で信号待ちをしていた各車両は発進しないものと考え,この機に乗じて,本件交差点を強行突破することを企て,対面信号機が赤色表示をしているのにあえて本件交差点に直進進入し,折から東側横断歩道を城東町方面から下細井町方面に向けて歩行していた春子に被告車を衝突させたものである。

b これに対して,被告は,本件交差点に近づいた際,右側にある看板が以前と変わっていることに気が付き,思わずその看板を見続けて脇見運転をしてしまったため,対面信号機の赤色表示を見落とした旨主張している。

しかしながら,前述のとおり,被告車が本件交差点に進入し,春子と衝突するに至る約7秒前には既に信号機は赤色を表示していたのであり,約7秒間もの時間,赤色表示に気が付かないなどということはありえない。加えて,①被告の進行方向から本件交差点に進行する場合,本件交差点の手前は見通しの良い直線道路であって,被告と対面信号機との間に視界を遮るものは一切存在しないこと,②被告は,本件事故以前にも,本件交差点付近を頻繁に通行しており,本件交差点の信号機及び横断歩道の存在は熟知していたこと,③被告が見たとする看板は,本件交差点の手前に設置された対面信号機と同じ被告車進行右側に隣接して設置されているのであって,同看板を見れば,被告の視界には当然,対面信号機も入ってくるものといえることなどの事情に照らせば,被告の主張は,自らの暴走行為を隠蔽したいがための後付の弁解に過ぎない。

(ウ) 被告車が春子に衝突した後の状況について

a 歩行者が走行中の車両と衝突してボンネットに跳ね上げられた場合には,歩行者は,車両の運動エネルギーをそのまま受け,車両と同一の進行方向に同一速度で移動しようとする。したがって,衝突後に車両が制動を掛けずに衝突時の速度を保持した場合には,歩行者は,「濡れタオル」のごとくボンネットに貼り付いた状態で移動する。

他方,衝突後に車両が制動を掛けた場合には,車両から受けた運動エネルギーによって衝突時の(減速前の)速度で移動しようとする歩行者と,制動によって減速する車両との間に速度差が生じ,歩行者が車両よりも前方に移動する。その結果,ボンネットに跳ね上げられた歩行者は,ボンネットから前方路上に投げ出される。そして,そのまま車両が制動を掛け続けて停止すれば,前方に投げ出されている歩行者が車両に轢過されることはない。

b このことは本件事故にも当てはまるものであり,仮に,被告が,急制動を掛け続けていれば,被告車は,前方に投げ出された春子の手前で停車することができ,春子が轢過されることはなく,自力で立ち上がることができる程度の軽傷を負うにとどまった可能性もあった。

しかしながら,被告は,春子が被告車のボンネットから落下した後,制動を掛けることを止めて加速したため,春子を被告車の底部に巻き込み轢過し,これによって,両側気胸の傷害を負わせて死亡させた。

被告が,春子を被告車の底部に巻き込んだ状態で加速を試みたことは,対向車線上に停止していた車両を運転していた秋山正男(以下「秋山」という。)が,本件交差点内から自車に向かって走行してくる被告車が「バリバリ,ガシャガシャというような感じの清掃車がダンボールをつぶすような音」とともに断続的に高まるエンジン音を立てながら走行してくるのを目撃していることから明らかといえる。

c 前記のとおり,被告は,そのまま進行すれば春子を轢過する状況にあることを承知の上で被告車を停止させずに加速させたのであるから,その際に春子を死に至らしめることを認容する心理的態度にあったこと,すなわち,殺意があったことは明らかというべきである。

(エ) 被告の責任

以上のとおり,被告は,本件交差点の対面信号の赤色表示をあえて無視するという重大な過失により被告車を春子に衝突させ,春子をボンネット上に跳ね上げた後,路上に落下させ,さらに,殺意をもって春子を轢過して死亡させたものであるから,民法709条により,春子及び原告らの被った損害を賠償すべき義務がある。

イ 被告

(ア) 本件事故前の被告の行動について

本件事故前に友人らと伊勢崎市内の飲食店で飲食していたことは事実であるが,飲酒はしていない。

被告は,本件事故発生後の30分足らずの間に,警察官の求めに応じて警察官の顔に息を吹きかけ,警察官によって飲酒していないことが確認されている。

(イ) 本件事故の態様等について

a 被告が,本件交差点の対面信号機が赤色を表示していることを認識しながら,これをあえて無視して本件交差点に直進進入したとする点は否認する。

被告は,時速約50キロメートルで三俣町方面から若宮町方面に向けて被告車を走行させ,本件交差点付近に差し掛かったところ,ふと道路右側に目を向けると,道路右側に設置されていた看板が以前とは変わっており,思わず同看板を注視し続けた結果,本件交差点の対面信号機の赤色表示を看過してしまったものである。

b 被告が殺意をもって春子を轢過したとする点,春子が路上に落下した後,被告車を加速させたとする点は,いずれも否認する。

被告は,同乗していた友人の声にはっとして正面を見たところ,その瞬間,横断歩道を歩行していた春子に被告車を衝突させてボンネット上に跳ね上げたものであるが,その後,急制動を掛けることによってボンネット上の春子を落下させることがないよう注意しながら,同時に,どうしよう,どうしようと考え,頭が真っ白になって,冷静な行動がとれなくなり,漫然と進行して春子がボンネットからずり落ちるのを為す術なく見たまま,轢過してしまったものである。

(2)  争点2について

ア 原告ら

(ア) 春子に発生した損害

a 逸失利益 5億7215万1123円

春子は,株式会社X電機(以下「X電機」という。)の代表取締役社長である原告太郎の実子であるところ,同社は,原告太郎が創業した,いわゆるオーナーカンパニーであり,同社の経営方針や人事政策は全て原告太郎の意向に従って決定されるといって過言ではない。こうした状況において,原告太郎は,同社の将来の経営者として春子に期待をかけ,ビジネスの厳しさを教え込んでいたが,春子もこれによく応えて,意欲,実力とも同社の従業員からも高く評価されるに至っていた。したがって,かかる春子の実力等を踏まえれば,一般の従業員よりも昇進,昇級の程度とその速度は抜きんでたものとなったであろうことは明らかである。本件事故当時において春子が得ていた現実の収入額である年収456万9100円をもって,逸失利益算出の基礎収入とすることは,明らかに過小に過ぎるものといわざるを得ない。

前記の事情等に鑑みれば,春子の昇進のモデルとしては,控えめに見ても,下記のとおりであり,同社における賃金規程に基づき70歳で引退するまで(就労可能年数43年)の生涯収入を算出すれば,別紙2記載のとおり,総額17億5272万4140円,年平均4076万1027円を下ることはない。

そして,生活費控除率については,裁判実務上,女子に関しては3割を相当とされているが,17億5272万4140円の3割もの金額を生活費として費消することは考えがたく,2割をもって相当とすべきである。

以上によれば,春子の逸失利益は,以下の算式により,5億7215万1123円となる。

(算式) 4076万1027円×(1−0.2)(生活費控除,20パーセント)×17.5459(中間利息控除,年5分による43年間のライプニッツ係数)=5億7215万1122.9円≒5億7215万1123円(1円未満切上げ)

昇進時期  (年齢)   昇進後の職位

平成15年4月(26歳)   次長

平成17年4月(28歳)   部長代理

平成18年4月(29歳)   部長

平成20年7月(32歳)   執行役員

平成23年7月(35歳)   取締役

平成25年7月(37歳)   常務取締役

平成27年4月(38歳)   専務取締役

平成33年7月(45歳)   取締役副社長

平成38年7月(50歳)   取締役社長

b 慰謝料 4000万円

被告には,対面信号機の赤色表示を無視して本件交差点に進入した点において重大な過失がある上,春子が路上に投げ出されたことを認識しながら,被告車を加速進行させて轢過した点において殺意があった。他方で,春子は,対面信号の青色表示に従って横断歩道を歩行していただけであり,何の落ち度もなかったにもかかわらず,ボンネット上に跳ね上げられたばかりか,さらに逃走を図った被告車の底部に巻き込まれたのであり,絶命に至るまでの春子の恐怖,苦痛は想像を絶する。このように本件事故の態様は,極めて悪質なものということができる。

それにもかかわらず,被告は,本件事故後,春子の傍らに駆け寄ることすらせず,傍観者のような態度に終始した。被告は,自らが身体障害者であることを理由に持ち出して弁解するが,気持ちさえあれば,這ってでも駆け寄ることができたはずである。また,被告は,本件事故に係る被告に対する業務上過失致死被告事件(以下「本件刑事事件」という。)において,被害者が落下してしまうことを恐れて緩やかに制動を掛け続けたなどと虚偽の弁解に終始し,本件訴訟においても,不合理な弁解に終始し,自らの責任を軽減化させようとしており,謝罪や反省の意思がないことは明らかである。

かかる事情等に鑑みれば,春子の慰謝料額としては,前記金額が相当である。

c 小計 6億1215万1123円

(イ) 原告ら固有の損害

a 原告太郎が支出した費用

(a) 文書料 1万5750円

(b) 目撃証人等探索費用 226万9482円

本件事故後,原告太郎は,株式会社総合PRを通じて,上毛新聞に本件事故の目撃者を探している旨の告知広告を掲載し,そのために前記金額を支出した。

原告太郎が前記のような調査活動を行ったことにより冬木葉子,秋山などの目撃者が名乗り出てきたのであり,さらに,原告らの申し出により,検察官の秋山に対する事情聴取が行われ,その結果,衝突地点が判明し,被告自身も供述を訂正するに至っている。このように,原告らの調査活動によって,本件事故の真相が明らかとなり,本件訴訟を提起することができたものであるから,そのために要した費用は,本件事故と相当因果関係を有する損害というべきである。

(c) 葬儀費用 2647万7430円

原告らは,26歳の若さで突如として旅立ちを余儀なくされた春子に対するせめてもの贈り物とするために,春子が愛した花で祭壇を埋め尽くすなどし,その結果,前記金額のとおり,葬儀費用が多額なものとなった。

ところで,遺族が負担した葬儀費用については,それが特に不相当なものでない限り,死亡事故によって生じた損害として賠償されなければならないところ,本件においては,前記のような理由のほか,春子がX電機の社長室長という立場であったことや,春子の生前の人柄ゆえ参列者数が3000人を超えたという事情を考えたとき,前記金額が葬儀費用として特に不相当であるとはいえないことは明らかである。

b 慰謝料 各1000万円

原告らは,26年間にわたって愛情を注いで育ててきた娘である春子を突然に奪われ,駆け付けた病院で既に息絶えている姿を目の当たりにし,深い悲しみ,無念さを募らせた。原告らは,今もなお,春子の死を受入れることができず,春子が使用していた部屋や自動車は,当時のままにされている。そのような中,原告らは,本件事故の真相を明らかにすることが春子に対する供養になるものと考えて,本件訴訟を提起するに至った。しかしながら,被告は,自らの責任を軽減させるための虚偽の弁解に終始しているため,原告らは,一層の憤りを覚え,二重,三重に精神的苦痛を与えられている。

これらの事情や前記(ア)のb記載の事情等を考慮すれば,原告らの慰謝料額としては,前記金額とするのが相当である。

(ウ) 弁護士費用 各3300万円

本件事故の態様,被告が本件事故の実態解明に協力しないこと等に鑑みれば,損害額の1割相当額の弁護士費用につき,本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。

(エ) まとめ

a 原告太郎

(a) 相続分 3億0607万5562円

(b) 原告太郎固有の損害 3876万2662円

(c) 弁護士費用 3300万円

(d) 合計 3億7783万8224円

b 原告花子

(a) 相続分 3億0607万5561円

(b) 原告花子固有の損害 1000万円

(c) 弁護士費用 3300万円

(d) 合計 3億4907万5561円

イ 被告

(ア) 逸失利益

後記の算式により算出される額である4277万0657円の限度で認め,その余は否認する。

a 基礎収入について

損害賠償額の算定に当たっては,控えめで堅実な認定が要求されている。将来の不安定要素を前提として損害額を推測するのは相当でなく,堅実に「被害者の現実の年間収入」を基礎として,逸失利益を計算すべきである。

ただし,春子が入社3年目でありながら年収約456万円を得ていることや原告らが主張している春子の環境等の実情も考慮すべきものとも考えられ,これを無視することも適切とは思われない。

そこで,現時点における最も現実性のある考え方としては,賃金センサス第1巻第1表の産業計,全労働者,全年齢平均の年収額である494万6300円を基礎収入とすることが適切であると考えられる。

b 生活費控除率について

裁判実務上,女子の生活費控除率を30パーセントとしているのは,女子は男子と比較して年収が低額であるため,男子に対する賠償額と差を生じないようにするためである。

本件においては,前記a記載のとおり,男女合計の平均賃金を採用すべきであって,生活費控除率につき,男子と比較して有利に扱う理由は存在しないから,50パーセントとすべきである。

c 適用すべきライプニッツ係数について

就労可能年数についても,将来の不安定要因が多いことに鑑みれば,裁判実務上一般的な考え方である満67歳までを就労可能期間とする見解を採用すべきであり,これに対応するライプニッツ係数は,17.294となる。

(算式) 494万6300円×(1−0.5)×17.294=4277万0657円

(イ) 慰謝料

春子の慰謝料及び原告ら固有の慰謝料につき,合計で2200万円の限度で認め,その余は否認する。

(ウ) 文書料

文書料1通分の費用(5250円)に限って認め,その余は否認する。

(エ) 目撃証人等探索費用

否認する。

これらは,原告らが,独自の見解に基づき,独自に行った調査に関する費用であるから,本件事故との間に相当因果関係は認められない。

(オ) 葬儀費用

150万円に限って認め,その余は否認する。

葬儀を盛大に実施するか否かは,専ら喪主の自由である。故人を偲んで精神的な面を大切にし人間的な繋がりのある人だけで質素に実施することもあれば,広範囲に取引関係者も含めた営業の一環かのような大きい葬儀を行うこともある。

しかしながら,喪主が専ら自由に定めた葬儀費用全額が全て相当因果関係のある損害となるものではなく,平均的な葬儀費用をもって,本件事故と相当因果関係のある損害というべきであり,その額としては150万円とするのが相当である。

(カ) 弁護士費用

争う。

(キ) 損益相殺

原告らは,労災保険給付として前記2の(3)記載の各金額を受領しているから,その合計額である1432万0410円を原告らの損害額から控除すべきである。

第3  争点に対する判断

1  争点1(本件交通事故の態様等及び被告の春子に対する殺意の有無並びに責任原因)について

(1)  認定事実

前記前提事実,証拠(甲9,10,20,22,28ないし31,34,36,乙3ないし22,24ないし30,被告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件事故現場付近の道路状況等

本件事故現場付近における道路の形状,幅員等,被告車及び春子の本件事故発生時における位置や衝突地点等は,別紙1の現場見取図(以下,単に「見取図」という。)のとおりである。本件交差点の交差道路のうち,三俣町方面から若宮町方面に向かう道路(以下「本件道路」という。)は,本件交差点付近においては,見通しの良い直線道路となっており,時速50キロメートルの速度規制がなされている。本件道路を三俣町方面から本件交差点に向かって走行していた場合,同交差点から100メートル以上離れた地点から同交差点に設置された対面信号機の表示を視認することができる。

イ 本件事故前の被告の行動について

被告は,平成14年12月23日午後3時ころから,伊勢崎市内の飲食店で,友人ら3人と飲食をした。この際,友人らの中にはビールなどを飲む者もいたが,被告は,ウーロン茶及びコーラを飲み,アルコール類を飲むことはなかった。

ウ 本件事故の態様等

被告は,同日午後6時の少し前ころ,前記飲食店を出て,友人の自宅に向かうため,本件道路の歩道側車線を三俣町方面から若宮町方面に向かって,時速約50キロメートルで走行していたところ,本件交差点の被告車進行右側に設置された対面信号機に近接して設置されていた看板が,以前とは変わっていることに気を取られ,脇見をして運転していたことなどから,対面信号機が赤色表示をしていることに気が付かず,漫然と時速約50キロメートルのまま本件交差点に向かい進行した。

そして,被告は,見取図の④地点に至った時,折から東側横断歩道を城東町方面から下細井町方面に横断歩行していた春子を初めて発見したが,制動を掛ける間もなく,見取図の⑤地点で春子に被告車を衝突させて,春子を同車のボンネット上に跳ね上げ,ようやく,被告は,見取図の⑥地点で,急制動を掛けた。そのため,衝突地点で被告車のボンネット上に跳ね上げられた状態にあった春子は,被告車前方に投げ出される形となって路上に落下し,その後,路上を滑走するなどして,見取図のfile_4.jpg地点で停止した。一方,被告が,見取図の⑥地点から約9メートル進行した地点で制動を緩めたため,被告車は,見取図のfile_5.jpg地点に倒れていた春子の手前で停止することができず,春子を轢過して,見取図の⑦地点に至り停止した。

エ 本件事故後の被告の行動等

被告は,見取図の⑦地点で被告車を停止させたが,下半身麻痺等の身体障害があり,車椅子を使用しなければ移動できず,自ら直ちに春子の所に行くことができなかったことから,同乗していた友人らに,様子を見てくるよう依頼するなどした。そして,被告車を路上から移動させた後,同乗していた他の友人らの助けにより,車椅子に乗って,春子の倒れているところに向かった。

(2)  原告らの主張について

ア 被告が前記飲食店において飲酒していたか否かについて

原告らは,被告が以前に前記飲食店で飲食した際には飲酒していること,被告を含む4人の飲食代金が1万2495円であるところ,同飲食店における生ビール中ジョッキの代金は500円程度に過ぎないことなどを根拠に,被告が同飲食店で飲酒していた旨主張する。

しかしながら,被告が以前に同飲食店で飲酒していたことは,直接的に本件事故前に被告が飲酒していたことを根拠付けるものではないし,飲食代金の額についても,被告の友人ら3人のうち,2人が生ビールなどを飲んでおり,飲食していた時間が約3時間と比較的長時間であるため,前記金額が特段高額ということはできないのであるから,原告らが主張する各事実によって,被告が,本件事故前に同飲食店で飲酒していたと推認することはできない。

よって,原告らの主張は採用できない。

イ 被告が本件交差点の対面信号機の赤色表示を認識しながらあえてこれを無視したか否かについて

原告らは,被告車が東側横断歩道から約100メートル手前の地点に至った時点で,被告は,本件交差点の対面信号機が赤色を表示していることに気が付いたのに,本件交差点に右折車がおり,本件道路と交差する道路からの車両が発進せずに待機している状況であったことから,これに乗じて,本件交差点を突破することを企て,対面信号機の赤色表示をあえて無視したものである旨主張する。

確かに,証拠(甲9,20,24,34)によれば,本件交差点の対面信号機が黄色表示から赤色表示に変わってから,本件事故が発生するまでに,約7秒の間隔があったことが認められ,被告車の走行速度(時速約50キロメートル)から計算すれば,被告車が春子に衝突した東側横断歩道から,約100メートル(13.8メートル(時速50キロメートルで走行していた場合の1秒間で進行する距離)×7秒=96.6メートル)手前の地点に到達した時点で,対面信号機が赤色表示になっていたものと考えられ,本件交差点から30ないし40メートル手前の地点で,対面信号機の青色表示を確認したとする被告の供述は,にわかに信用することはできない。また,前記(1)のア記載のとおり,本件交差点付近の本件道路は,見通しの良い直線道路であり,東側横断歩道から100メートル手前の地点からでも,十分に対面信号機の表示を視認することができる状態にあるほか,被告が気を取られていたとする看板は,本件交差点の対面信号機の1つと近接して設置されていたことが認められる。

しかしながら,赤色表示の信号を無視して交差点を通過しようとする自動車運転者の心理を考えてみるに,交差点の交差道路の状況を良く視認することができ,交差点内に進入しようとする車両が存在しないことが確認できるような場合は別として,通常は,交差道路に停止している車両が交差点内に進入してきて,自車と衝突することを避けるため,なるべく早く交差点を通過しようとするものと考えられるが,本件において,被告は,交差道路に現に停止している車両が存在する状態であったにもかかわらず,前記のとおり,被告車が東側横断歩道から約100メートル手前の地点に到達した時点で既に対面信号機が赤色表示に変わっていながら,それから約7秒間にわたって,加速することなく,本件道路の制限速度である時速約50キロメートルで進行し続けて本件交差点に直進進入しようとし,制動を掛けることなく,同速度で被告車を春子に衝突させており,その運転態様は,赤色表示の信号を殊更に無視しようとする運転者のものとしては,不自然なものと言わざるを得ず,かえって,本件道路の被告車進行右側に設置されていた看板に気を取られ,赤色表示の信号を看過したとする被告の供述に符合するものということができ,この点に関する被告の供述は信用することができる。

よって,原告らの主張は採用できない。

ウ 被告が殺意をもって春子を轢過したか否かについて

原告らは,春子が被告車のボンネット上から路上に落下した後,被告は,殺意をもって,被告車を加速させて,春子を被告車の底部に巻き込み轢過し,これによって春子を死亡させた旨主張する。

(ア) まず,被告が,春子との衝突後,被告車を加速させたのか否かについて検討する。

a 春子との衝突後の被告車の挙動の解析に関する証拠としては,原告らから依頼された大慈彌雅弘作成による事故鑑定報告書(甲33,以下,同人の意見を総称して「大慈彌意見」という。)と,本件刑事事件に係る捜査のため作成された群馬県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員である髙木秀昭作成による鑑定結果回答書(乙19,以下,同人の意見を総称して「髙木意見」という。)があり,要旨,以下のとおりである。

(a) 大慈彌意見について

被告車の最終停止位置は,衝突地点から約58メートルの地点であり,春子の最終転倒位置は,衝突地点から約41.5メートルである。

被告車のボンネット上の衝突痕などから,衝突時の被告車の速度は時速約50キロメートルと推定できる。そして,同速度からすれば,春子がボンネットから落下した時の移動距離は約21.3メートルと推定できる。

そうすると,春子が衝突地点から約41.5メートルの地点に最終転倒していたことから,春子がボンネットから落下した地点は,衝突地点から約20.2メートルとなり,同地点において,被告が制動を掛けたことになる。なお,被告車が春子を轢過した際に,路上を引きずる距離は,不確定な要素が多いため考慮しない。

被告車の制動距離は,時速約50キロメートルの場合,約12.3メートルないし14.1メートルとなる。最大にみても,15メートルで停止できる。

いずれの速度においても,衝突した後の歩行者は,停止した車両の前方に必ず転倒停止することになり,轢過することはない。本件においても,急制動を掛け続けていれば同様であった。

しかるに,被告車は,路上に転倒した春子を轢過し,さらに,数十メートル前方に轢過した後も走行している。

一般的な事故と本件事故の状況を比較すると,急減速によって一旦速度が落ちた被告車は,転倒した春子の上を加速した状態で轢過したものと判断できる。

(b) 髙木意見について

見取図の⑤地点において,被告車が春子に時速約50キロメートルで衝突し,見取図の⑥地点で被告が急制動を掛け,そのまま停止まで急制動を掛け続けた場合,被告車は,見取図の⑤地点から約36.5メートル地点で停止し,春子は,衝突地点から約41メートルの地点に転倒停止する。春子が被告車のフロントウインドウに衝突することはない。また,被告車が春子を轢過することはない。

見取図の⑤地点において,被告車が春子に時速約60キロメートルで衝突し,見取図の⑥地点で被告が急制動を掛け,そのまま停止まで急制動を掛け続けた場合,被告車は,見取図の⑤地点から約42.5メートルの地点で停止し,春子は,衝突地点から約49.5メートルの地点に転倒停止する。春子は,被告車のフロントウインドウに衝突する。また,被告車が春子を轢過することはない。

前記の結果によれば,衝突時の速度は,時速約50キロメートルとみるのが妥当である。

本件事故において,被告は,見取図の⑤地点において時速約50キロメートルで衝突し,見取図の⑥地点で急制動を掛け,同地点からおよそ9メートルの地点で制動を緩めた。春子は,衝突地点から約35メートルの地点で被告車から路面に落下し,路面を幾分滑走した地点で被告がブレーキを緩めたため被告車の減速が弱まり,轢過されたものと推定される。なお,被告車の減速の程度は,別紙3記載のとおりである。

(c) 検討

大慈彌意見及び髙木意見ともに,衝突時の速度については,時速約50キロメートルと推定しており,急制動を掛け続ければ,春子が被告車に轢過されることはなかったとする点も共通する。また,それぞれ約20メートル(大慈彌意見)ないしは約22.5メートル(髙木意見)の地点で被告が急制動を掛けたとする点も,ほぼ共通していている。

両意見が異なるのは,被告が,制動を緩めただけなのか,さらに加速したのかという点であるところ,大慈彌意見は,「加速した状態で轢過した」とするものの,加速したと判断した具体的根拠について,被告車が「数十メートル前方に轢過したあとも移動している」(28頁)ことを重要な根拠としているが,春子の最終転倒位置から被告車の最終停止位置までの距離は,約13.5メートルであるなど疑問が多い。

一方,髙木意見は,前提とする被告車の最終停止位置から,別紙3記載のとおり,被告車の減速の程度を計算し,制動を緩めた位置を判定したものであって,極めて合理的であり,これを覆すに足りる証拠はない。

以上によれば,髙木意見は信用することができる一方,大慈彌意見は採用することができない。

b また,被告が春子との衝突後,加速を試みようとしたとする原告らの主張に沿う証拠として,秋山の証言及び同人の陳述書(甲19,以下,秋山の証言と併せて「秋山の証言等」という。)があり,要旨,以下のとおりである。

すなわち,本件道路を若宮町方面から三俣町方面に向けて中央寄りの車線を走行していたところ,本件交差点の対面信号機が赤色となったので,同交差点の停止線前に停止した。この際,自車の前に車両は停止していなかった。停止後,左前方の中古自動車販売店を見ていたところ,大きなエンジン音が聞こえてきたので,はっとして,本件交差点内に目を向けたところ,反対車線に黒色のセダン車が見えた。同交差点内に前記自動車がいた際,同車のボンネット上に何か乗っているのは見ていない。エンジン音とは別に,バリバリ,ガシャガシャというような紙袋か段ボールのようなものを踏みつぶしたような音が聞こえた。それから,エンジン音が高まっているのも聞こえた。ただ,同車が加速したような感じではなく,何か抵抗があって,引っかかって,なかなか進めないというような印象であった。自分の右側を前記自動車が通り過ぎる際にも,エンジン音はやんでいなかったけれども,加速しているような感じではなかった。

そこで,秋山の証言等について検討するに,秋山が,被告車のエンジン音から同車が加速しようとしていると感じたのは,衝突地点から秋山が運転する自動車(以下「秋山車」という。)の横を通過する前の地点までの間であり,その間の距離は20メートル前後と考えられるところ,髙木意見のみならず,原告らの依頼に基づく大慈彌意見書によっても,同区間については,被告車は,制動の措置は取られておらず,空走している状態であったことが前提とされており,被告車が加速しようとしていたとすることは,両意見のいずれとも整合しない。また,加速しようとしていたが何かに引っかかって,なかなか進めないようであったとするが,本件交差点内の路面には,タイヤが空転したことを示すような痕は残っておらず,その他,被告車の進行を阻害するような物が存在していたと認めるに足りる証拠もなく,客観的状況とも合致しない。さらに,前記(1)のウ記載のとおり,被告車が本件交差点内を走行していた際には,そのボンネット上に春子が跳ね上げられていた状態であったものであるが,秋山は,そのような人などは見えなかったとしており,衝突地点から秋山車の横を通過するまでの時間が2秒にも満たないものであることを併せ考えれば,どの程度,正確に被告車の状況を視認できていたのか疑問が残る。

よって,秋山の証言等は,採用することができない。

c 以上によれば,前記(1)のウ記載の認定事実のとおり,被告は,急制動を掛けた後,制動を緩め,春子を轢過したものと認められ,加速を試みたとする原告らの主張は採用できない。

(イ) 次に,被告が殺意をもって春子を轢過したか否かについて検討する。自動車が人に衝突し,人が自動車のボンネットに跳ね上げられたような場合において,自動車の運転者が急制動を掛け続けた場合,人を轢過することなく停止することができるとする点は,大慈彌意見,髙木意見ともに一致するところであり,そのことは,甲第38号証からも明らかである。そうだとすると,本件において,被告車が春子を轢過することになったのは,前記のとおり,被告が,春子との衝突後,制動を緩めたことに原因があるものということができる。

しかしながら,被告が上記のとおり制動を緩めたことがただちに春子に対する殺意の現れであるとはいえない。また,被告は,衝突の直前になるまで春子に気付かず,さらに,その直後に春子をボンネット上に跳ね上げるという事態に直面したのであり,このような状況下においては,被告が混乱し,結果的に春子の死を招いてしまったの見方も成り立ちうる。加えて,被告が①制動を緩めてはいるものの,加速はしていないこと,②衝突地点から約58メートルの地点で停止しており,逃走を図ってはいないこと,③停止後,同乗していた友人らに被害者の様子を見てくるよう依頼しているほか,自分自身でも,車椅子で本件事故現場に向かっていることなどの事実は,間接的であるにせよ,被告が春子に対する殺意を有していなかったことと符合する事情といえる。その他,本件各証拠を精査しても,被告の殺意を認めるに足りない。

よって,原告らの主張は採用できない。

(3)  まとめ

前記(1)記載の認定事実によれば,被告は,被告車を運転するに当たり,自動車運転者として前方を十分に注視し,信号機の表示に留意することはもとより,進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り,本件道路の被告車進行右側に設置されていた看板を見ることに気を取られ,本件交差点に設置された対面信号機の赤色表示を看過するなど進路の安全確認をしないまま時速約50キロメートルで漫然進行した過失により,東側横断歩道を歩行していた春子に被告車を衝突させ,春子を死亡させた本件事故を起こしたものと認められる。

したがって,被告は,民法709条に基づき,春子及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  争点2(損害額)について

(1)  春子に発生した損害

ア 逸失利益について 4704万7721円

(ア) 基礎収入について

原告らは,春子が,前記第2の4の(2)のアの(ア)のa記載のとおり,X電機において昇進等をし,別紙2記載のとおりの収入を得ることを前提として,逸失利益算定の基礎収入は,年収4076万1027円とすべきである旨主張するのに対し,被告は,本件事故当時,実際に得ていた収入等を考慮して,賃金センサス平成14年第1巻第1表の産業計,全労働者,全年齢平均の年収額である494万6300円を基礎収入とすべきである旨主張している。

そこで検討するに,逸失利益の算定に当たっては,客観的に相当程度の蓋然性をもって予測される収益の額を算出しうる場合には,その限度で損害の発生を認めるべきであるところ,春子については,本件事故当時は26歳と若年であって,X電機での勤務歴も3年に満たないものであったほか,同社に勤務する前は,短期大学を卒業後,同社の業務とは基本的に関連性の薄い看護師として勤務していたものであり,仮に,同社における勤務態度や能力,人柄等について,周囲の評価が高かったことが認められるとしても,具体的な実績が明らかでなく,業務遂行能力等について不確定要素が極めて多いと言わざるを得ないし,一企業における賃金ないし報酬は,将来における,その企業をとりまく経済環境や企業内での個人の実績によって大きく左右されるものでもある。そうすると,春子が将来にわたってX電機で就労していくであろうことは認められるとしても,X電機において昇進し,かつ原告ら主張の昇給を遂げたであろうとまではなお認められないと言わざるを得ない。

以上によれば,本件事故当時の実収入が年収456万9100円であり,全女子労働者平均賃金(351万8200円)と比較しても多額であることを考慮すると,男子労働者を含む全労働者の平均賃金である賃金センサス平成14年第1巻第1表の産業計,全労働者,全年齢平均の年収額である494万6300円を基礎収入として逸失利益を算出することが相当というべきである。

(イ) 生活費控除率について

本件事故当時,春子が独身であったこと,前記(ア)記載のとおり,基礎収入を全労働者平均の年収額として逸失利益を算出すること等によれば,生活費控除率は45パーセントとするのが相当である。

(ウ) 適用されるライプニッツ係数について

本件事故当時,春子は26歳と若年であることなどに鑑みれば,就労可能年数は,67歳までの41年間とするのが相当であり,ライプニッツ係数は17.294(年5分の割合による中間利息控除)となる。

(エ) 以上によれば,春子の逸失利益は,以下の算式により,4704万7721円となる。

(算式)494万6300円×(1−0.45)×17.294=4704万7721円

イ 慰謝料 2000万円

本件事故は,衝突地点から約100メートル手前の地点から対面信号機が赤色表示をしていたにもかかわらず,被告が脇見等をしていたため,これを看過したというもので,被告の前方注視義務違反の程度が著しいこと,一方で,春子は,横断歩道を青色表示の信号に従って歩行していたというものであり,全く落ち度がないこと,事故態様が,ボンネット上に跳ね上げられた後,路上に落下し,さらに被告車に轢過されたという無惨なものであることなどの事情に加えて,26歳という若年で突如として命を奪われた春子の無念さなど,本件に顕れた諸事情を総合考慮すると,春子の慰謝料額としては,前記金額が相当というべきである。

(2)  原告ら固有の損害

ア 原告太郎が支出した費用

(ア) 文書料について 5250円

原告らが主張する文書料のうち,5250円については当事者間に争いがなく,その余については,本件事故と相当因果関係にある損害と認めるに足りる証拠はない。

(イ) 目撃証人等探索費用について 0円

本件刑事事件の捜査において,当初,捜査機関は,衝突地点を本件交差点の西側横断歩道上であると考えていたが(乙21),その後になって,東側横断歩道上であると変更したこと(乙22)が認められるところ,このように変更されたのは,原告らの目撃者等の探索に伴い,名乗り出てきた秋山らの供述等によるものであることがうかがわれる。

しかしながら,被告は,本件刑事事件の捜査の初期から,一貫して過失の存在を認めていたほか,本件訴訟においても,過失責任を認めて,一定の範囲での損害賠償義務も認めていること,原告らの目撃証人等の探索は,本件事故が被告の意図的な信号無視によるものであり,さらに,殺意をもって春子を轢過したものであるとする見解を裏付けるためのものであるところ,かかる見解は,前述のとおり,これを認めるに足りる証拠はないこと等の事情に鑑みれば,前記の衝突地点に関する点を考慮しても,本件訴訟を提起するに当たって,原告らの目撃証人等探索費用の支出が必要であったということはできず,本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

(ウ) 葬儀費用について 150万円

甲第15号証によれば,原告太郎が,葬儀費用として2647万7430円を支出したことが認められるが,人はおよそ遅かれ早かれ死を免れることができず,葬儀費用の支出は避けがたいものであることを考慮すると,原告太郎が支出した前記金額のうち150万円の範囲で,本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

イ 慰謝料 各250万円

前記(1)のイ記載の事情に加えて,春子の能力や将来性にひとかたならぬ期待を寄せ,いずれは全国有数の家電量販店であるX電機の経営を託そうと考えていた原告らの悲嘆は甚だしいことなど,本件に顕れた諸事情を総合考慮すると,原告ら固有の慰謝料額としては,前記金額が相当というべきである。

(3)  小計

前記(2)記載のとおり,原告太郎固有の損害額は400万5250円,原告花子固有の損害額は250万円となり,相続分と合計すると,原告太郎の損害額は3752万9110円,原告花子の損害額は3602万3860円となる。

(4)  損害の填補

前記第2の2の(3)記載のとおり,原告らは,遺族給付として894万7000円,葬祭給付として58万3410円を受領しているので,遺族給付については,原告らの損害額から,それぞれ447万3500円を控除し,葬祭給付については,原告太郎の損害額から,58万3410円を控除すべきである。

被告は,遺族特別支給金についても損害額から控除すべき旨主張するが,同支給金の給付がなされた場合に,政府が加害者に対し損害賠償請求権を代位取得する旨の規定がなく,また同給付は政府が業務災害を被った労働者やその遺族に対し労働福祉行政の一環として支給するもので,損害の填補を目的としたものではないから,損害額から控除すべきではなく,被告の主張は採用できない。

(5)  弁護士費用 各150万円

本件事案の内容,本件訴訟の審理経過,本件の認容額等を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告らにつき,各150万円とするのが相当である。

(6)  まとめ    原告太郎 3397万2200円

原告花子 3305万0360円

3  結論

よって,原告らの請求は,原告太郎が被告に対し3397万2200円及びこれに対する本件不法行為の日である平成14年12月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,原告花子が被告に対し3305万0360円及びこれに対する本件不法行為の日である平成14年12月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告らのその余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・小林敬子,裁判官・渡邉和義,裁判官・中野哲美)

別紙

1 現場見取図<省略>

2,3<省略>

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