前橋地方裁判所 平成21年(ワ)307号 判決 2012年9月07日
原告
X1
原告
X2
原告
X3
原告
X4
上記4名訴訟代理人弁護士
松丸正
被告
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
善如寺雅夫
同訴訟復代理人弁護士
井野俊郎
同上
木村憲司
主文
1 被告は,原告X1に対し,2547万6551円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2,原告X3及び原告X4に対し,それぞれ1265万0040円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告らの,その余を被告の各負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は,原告X1に対し,4836万円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告X2,原告X3及び原告X4に対し,それぞれ1612万円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被告
(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は,原告らの負担とする。
第2事案の概要
1 原告らの請求
原告らは,被告の従業員であったB(以下「B」という。)が,被告の過失及び安全配慮義務違反により,長時間労働等の過重な業務を強いられた結果,うつ病を発症して自殺をしたと主張し,被告に対し,不法行為(民法709条,715条)及び債務不履行(415条)に基づく損害賠償請求として,Bの死亡による損害合計9672万円(慰謝料,逸失利益,葬祭料及び弁護士費用。Bの妻である原告X1(以下「原告X1」という。)が4836万円,Bの子である原告X2(以下「原告X2」という。),原告X3(以下「原告X3」という。)及び原告X4(以下「原告X4」という。)がそれぞれ1612万円を相続)及びこれらに対する不法行為の日である平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた。
2 被告の答弁
被告は,Bが当時担当していた業務はさほど困難なものではなく,長時間労働を強いてもいない上,Bはうつ病を発症しておらず,発症していたとしても,業務上の要因によるものではなく,被告としては予見もできなかったのであるから過失はなく,被告におけるBの労働とBの自殺との間に相当因果関係もないなどと主張して,原告らの請求を争った。
3 前提事実(次の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠<省略>により容易に認められる。)
(1) 当事者等
ア 原告ら等(争いなし)
(ア) Bは,昭和31年○月○日生まれ(平成19年1月24日当時50歳)の男性であり,昭和55年3月,a大学b学部c学科を卒業後,同年4月に被告に入社し,土木工事現場の工事施工責任者である現場代理人や,現場の指揮等をする監理技術者等として勤務していた。
(イ) 原告X1は,Bの妻であり,昭和53年3月に被告に入社し,昭和59年2月末まで勤務していた。
原告X2,原告X3及び原告X4は,Bの子である。
Bは,原告X1及び原告X4と同居していた。
イ 被告(争いなし)
被告は,資本金5000万円の土木建築工事請負や測量設計施工監督等を目的とする株式会社であり,平成19年1月1日時点で従業員53名を有していた。
ウ C及びD(争いなし。証拠<省略>)
C(以下「C」という。)は,昭和56年5月に被告に入社し,平成10年4月から平成18年12月まで,現場代理人や監理技術者として群馬県や国土交通省発注の工事を8件担当したが,平成19年11月26日に自己都合で被告を退職した者である。
D(以下「D」という。)は,被告の常務取締役土木部長である。
(2) 本件工事(争いなし。証拠<省略>の工事請負契約書,証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠<省略>)
ア 被告は,国土交通省d局e管理事務所(以下「国交省管理事務所」という。)から,平成18年7月,fダム管理用通路整備工事(以下「本件工事」という。)を受注し,Bは,本件工事の現場代理人兼監理技術者として配置された。
イ 本件工事の概要
本件工事の受注当時の概要は,以下のとおりである。
(ア) 請負代金
8300万円(税抜き)
(イ) 工期
平成18年7月19日から平成19年1月31日まで
(ウ) 工事場所
利根郡g町<以下省略>
(エ) 工事内容
ダム湖の周囲の立木のある急傾斜地に管理用通路を約300メートル延長して新設するためのfダムのダム湖の周囲の道路整備,鋼製擁壁,ブロック積工事等
ウ 設計変更による工期の延期や業務の増加
(ア) 被告は,国交省管理事務所から受領した図面に基づいて,設計等を検討していたが,有限会社h(以下「h社」という。)に外注して本件工事の現場を測量させたところ,平成18年8月27日,上記図面の通路の位置が現場と水平方向に約2メートルずれていることが判明した。
(イ) そのため,図面を新たに作成し直した上で,設計変更を検討する必要が生じ,工事に着手することができず,平成18年10月10日まで,約40日間,工事が中断した。
Bは,国交省管理事務所に対し,平成18年11月27日の打ち合わせの際,当初平成19年1月31日とされていた工期を平成19年4月14日に延期するよう提案したが,国交省管理事務所は,平成19年3月30日までの延期に限り内諾し,被告に対し,平成19年1月23日,工期を平成19年3月30日まで延期することを正式に通知した。
(ウ) 上記設計変更や工事中断に伴い,被告と国交省管理事務所とは,通常の打ち合わせに加え,上記設計変更や工期についての打ち合わせを行う必要が生じた。また,国交省管理事務所は,Bに対し,平成18年12月4日以降,毎日,工事の進捗状況について報告をするよう求めるようになった。
エ 工法変更
本件工事の現場について,擁壁の高さを測量した結果,当初予定していたブロック積み工法で施工することができないことが判明したため,Bは,国交省管理事務所に対し,ジオファイバー工法への変更を提案したところ,国交省管理事務所は,これを承諾し,被告に対し,平成19年1月19日,上記工法への変更を指示した。
オ 請負代金額の増額
本件工事は,上記のとおり設計変更及び工法変更があったことから,平成19年3月30日の工期の一週間前ころ,請負代金を増額し,9092万4250万円とすることが決定された。
カ 人員配置や下請け業者
本件工事に配置された被告の従業員は,当初Bのみであり,下請け業者も有限会社i(以下「i社」という。)1社のみの予定であった。
その後,Bを補助するために,平成18年10月,被告におけるアルバイトのE(以下「E」という。)が配置された。
さらに,平成18年12月13日,下請け業者として株式会社j(以下「j社」という。)が入り,本件工事を二班体制で行うこととなったため,同月26日,Cが配置された。
加えて,平成19年1月15日,Eに代わる補助者として,被告に平成18年9月に入社したばかりのF(以下「F」という。)が配置された。
(3) Bの自殺(争いなし。証拠<省略>の死亡届,死体検案書)
Bは,平成19年1月24日午前9時ころ,利根郡g町<以下省略>所在の以前家畜小屋として使用していた物置の梁にロープをかけて縊頸し,自殺した。
(4) 沼田労働基準監督署長による遺族補償年金等の支給決定等
ア 原告X1は,沼田労働基準監督署長(以下「沼田労基署長」という。)に対し,Bが自殺前に従事していた長時間労働等の過重な業務によってうつ病を発症して自殺をしたとして,平成19年5月18日,遺族補償年金等の遺族補償給付の支給を,平成20年2月5日,葬祭料の支給をそれぞれ請求した(証拠<省略>の遺族補償年金支給請求書,葬祭料請求書)。
イ 沼田労基署長は,平成20年3月31日付けで,Bの自殺を業務災害と認め,上記アの各支給を決定した(争いなし。)。
ウ 沼田労基署長は,平成19年2月から平成24年6月までの間,上記アの各給付のうち,遺族補償年金及び葬祭料を以下のとおり支給した(争いなし。証拠<省略>,弁論の全趣旨)。
(ア) 遺族補償年金 1052万7891円
(イ) 葬祭料 80万5680円
4 争点
(1) Bの自殺と業務との相当因果関係
ア 業務の過重性
イ 過重業務によるうつ病の発症
(2) 被告の安全配慮義務違反又は過失
(3) 損害
5 争点(1)(Bの自殺と業務との相当因果関係)についての当事者の主張
(1) 業務の過重性について
(原告らの主張)
ア 予算面の困難性
(ア) 国交省管理事務所の本件工事についての積算金額は9400万円であったが,被告は,本件工事の請負代金を上記積算金額から1000万円低く見積もって受注したため,予算が少なく,予算内で本件工事を行うのは困難であった。
また,本件工事は,途中で設計変更や工法変更があり,さらに支出が増加したことからも,予算を超過する恐れがあった。
(イ) そして,Bは,平成16年7月から平成17年3月までを工期とする,国土交通省k事務所発注のl舗装工事(以下「別件舗装工事」という。)において現場代理人として配置された際,予算を10から20パーセント超過して,被告内部における人事評価の評点がCランクとなり,昇級が少なくなったことがあったため,本件工事についても予算超過を恐れ悩んでいた。
イ 本件工事現場における作業の困難性と遅延
本件工事は,現場が急傾斜で片側からしか工事ができなかった上,周辺に道路がないため立木の搬出が困難であった。
また,国交省管理事務所は,被告に対し,本件工事現場の付近にあるアルミ製手すりを壊さないようにと指示していたことから,更に立木の搬出が困難になり,立木の伐採や運搬に手間がかかった。
上記のとおり,立木の伐採や運搬に手間がかかったため,本件工事の準備作業は2週間遅延した。
ウ 設計変更等による工事の中断や業務の増加
(ア) 国交省管理事務所が被告に交付した図面の誤りが判明し,図面を作成し直して,設計変更等をする必要が生じたため,その間工事を中断しなければならなかった。
そして,工事を中断したために,当初の工期から大幅に遅延することになった上,設計変更や工期の遅れに対応するために,Bが出席しなければならない会議や業務が増加し,労働時間が長時間化した。
(イ) また,上記図面の誤りによる設計変更のほかにも,本件工事の現場の通路付近の斜面が急であったために,工法変更がされることになった。
(ウ) 上記設計変更や工法変更の必要が生じたにもかかわらず,年度内に本件工事を終了したいとの国交省管理事務所の意向により,十分に工期が延長されなかった。
そうであるにもかかわらず,Bは,国交省管理事務所や被告から,工期を厳守するよう求められた。
エ 被告による支援の欠如
被告は,国土交通省発注の現場においては,通常,従業員を2名から3名配置していたにもかかわらず,本件工事の現場においては,当初,従業員をBしか配置せず,補助者が行うべき業務もBが行う必要があった。
また,本件工事は,予算が少なく,作業が困難な現場であった上,設計変更等による業務増加等があり,現場代理人の負担が大きかったにもかかわらず,被告は,平成18年10月には,簡易な現場作業の補助者程度のアルバイト1名を増員し,同年12月26日には,現場作業の補助者としてCを配置したほか,平成19年1月15日には,平成18年10月に配置したアルバイトに代えて,入社したばかりのFを配置しただけで,Bの業務負担を十分に軽減しなかった。
オ Bの労働時間
Bは,自殺するまでの間,以下のとおり恒常的に常軌を逸した長時間労働を続けていた。特に,平成18年11月6日から同年12月23日まで及び平成19年1月5日から同月23日までは,無休で勤務していた。
(ア) 始業時刻
Bは,午前7時には現場に到着して,勤務していた。
本件工事の作業員は,下請けも含めて午前7時過ぎには現場に到着しており,Bは,現場代理人として,他の作業員よりも早く現場に到着する必要があったからである。
(イ) 終業時刻
Bは,本件工事の現場代理人として,本件工事の設計や工法の変更,工期の遅延等に対応するために,常時午後7時30分ころまで勤務し,遅いときには午後9時や10時まで勤務していた。
(ウ) 以上によれば,Bの労働時間は,少なくとも以下のとおりである。
平成18年8月
休日労働10時間,時間外労働80時間52分
平成18年9月
休日労働21時間,時間外労働93時間19分
平成18年10月
休日労働28時間55分,時間外労働105時間46分
平成18年11月
休日労働53時間30分,時間外労働92時間55分
平成18年12月
休日労働44時間30分,時間外労働94時間25分
平成19年1月
休日労働41時間05分,時間外労働51時間55分
(エ) また,Bが本件工事の現場で文書作成等のために使用していたパソコンのシステムログやアプリケーションログによれば,Bは,少なくとも,平成18年11月25日から平成19年12月24日までは,188時間59分,同月25日から平成19年1月23日までは,129時間41分,時間外労働をしていた。
もっとも,パソコンを用いる業務は,Bの業務の一部にとどまり,パソコンの電源を切った後も,パソコンを用いない業務に従事していたと考えられる。
(オ) 被告の主張について
被告は,Bに対し,始業時刻の午前8時よりも早い出勤を指示していないと主張するが,本件工事の作業員が午前7時ころには出勤していた以上,現場の責任者である現場代理人は,他の作業員よりも早く出勤する必要があるのであるから,被告は,Bに対し,現場作業を行うために午前7時に出勤することを明示又は黙示に指示していたことは明らかである。
また,被告は,Bの残業時間は,パソコンによる文書作成時間であると主張するが,Bは,パソコンによる文書作成以外の業務もしていたのであるから,パソコンによる文書作成時間によっては,Bの残業時間を算定することはできない。また,被告は,文書の更新等に要した時間を考慮していない点においても,Bの残業時間を正確に算定していない。
さらに,被告は,Bが私的に現場のパソコンを使用していたと主張するが,何ら証拠に基づかないものである。
加えて,被告は,Cが本件工事に配置されてから残業をしていないことをもって,Bだけが長時間残業をしていたとは考えられないと主張するが,Cが残業をしていないのは,工事の途中から配置されて現場を把握することができなかった上,残業代が支払われないと思っていたからである。したがって,Cが残業をしていなかったことは,BがCと業務を分担することができていなかったことを示すものであって,Bが残業をする必要がなかったことを示すものではない。
(被告の主張)
ア 予算面の困難性
(ア) 被告は,国交省管理事務所の積算金額から,あえて1000万円を減額して受注してはいない。
また,本件工事は,設計変更等に伴い最終的には請負金額が9092万4350円に増額され,実行予算も8309万1972円に増額されたが,工事原価は8305万6780円となり,実行予算内におさまったのであるから,予算的に困難な工事ではなかった。
(イ) そして,Bは,別件舗装工事において実行予算を若干超える支出をしたが,請負代金の範囲内にはおさめており,現場代理人として多くの経験を有していたことからも,Bにとって本件工事が予算面において困難であったとはいえない。
イ 本件工事現場における作業の困難性
原告が主張するとおり本件工事の現場は,傾斜地であったため,Bは,傾斜地の工事特有の工法や安全確保について留意する必要があったものの,被告が,山間部の工事を数多く受注していることから,被告において現場代理人として勤務する中で,傾斜地における工事の経験を積んでいたため,Bにとって,本件工事が作業が困難な現場であったとはいえない。
ウ 設計変更等による工事の中断や業務の増加
(ア) 設計変更等により工事が中断し,当初の工期よりも大幅に遅延したものの,国交省管理事務所は,平成18年11月27日,工期を平成19年3月30日に延長することを了解し,同年1月23日,工期の延長を正式に決定している。
Bは,国交省管理事務所に対し,工期を平成19年4月14日まで延期することを提案したが,これは,国交省管理事務所との工期の交渉過程における提案にすぎない。
また,実際に,本件工事は,平成19年3月28日,竣工検査を受け,工期内に完成することができているのであるから,設計変更等による工期の遅れによって,Bの業務が過重になったといはいえない。
(イ) また,Bは,設計変更や工期の遅れに対応する必要があったとしても,図面変更のための測量や図面作成自体は外注業者が行ったのであるから,Bの業務が大幅に増加することはなかった。
なお,Bは,国土交通省d局e管理事務所fダム管理支所(以下「支所」という。)に対し,本件工事の進捗状況を報告していたが,支所は,本件工事の現場から車で約5分の場所にあり,支所を訪問して報告したとしても,さほど時間を要しない。
(ウ) さらに,本件工事においては,工法変更もされたが,山における工事では,しばしば工法変更が行われるものであり,これによってBの業務が困難になったり,工期の遵守が困難になったりしたとはいえない。
エ 被告による支援
被告は,本件現場について,Bと同等の能力を有するCを配置することによって,BとCとが業務を分担することができるようにした上,補助者も配置した。
Cが補助的な作業しかしなかったとすれば,もともと本件現場における業務が少なく,BがCと業務を分担する必要がなかったか,BがあえてCと業務を分担しなかったか,自らの裁量で上手くCと業務を分担することができなかったことが理由であるから,Bの責任であり,被告による支援が欠如していたものではない。
オ Bの労働時間
Bは,以下のとおり長時間労働をしておらず,平成18年10月には5日間,同年11月には4日間,同年12月には7日間,平成19年1月には10日間休暇もとっている。
(ア) 本件工事は,設計変更や工法変更があったが,工事が停止した40日間を超える期間分,工期が延長される見通しであったのだから,設計変更や工法変更に対応するためにBの労働時間が長時間化することはない。
また,Cは,本件工事の現場に配置されてから,残業をしていないにもかかわらず,Bだけが長時間労働をしていたとは考えられない。
そして,本件工事は,完成間近の平成19年2月や3月ころ,作業が増加し多忙になったが,Bが自殺したのはそれ以前の同年1月24日であるから,Bの自殺は,業務の過重性とは関係がない。
(イ) 始業時刻
被告は,従業員の始業時刻を午前8時と定めている。そして,被告は,Bに対し,午前7時に早出出勤をするよう指示したことはなく,Bも早出出勤の許可を求めてきたことはないのであるから,Bの始業時刻は午前8時であった。
仮に,Bが午前8時よりも前に,本件工事の現場に到着していたとしても,被告の指示に基づくものではなく,被告による拘束時間ということはできないから,労働時間に算入すべきではない。
(ウ) 終業時刻
平成18年10月から平成19年1月にかけては,日の入りが早いから,午後5時以降は現場作業をすることができない。また,現場代理人の業務である被告への業務報告は,時間外に行うことはなく,国交省管理事務所との協議交渉も,特に国交省管理事務所が求めた場合を除いて時間外に行うことはない。
したがって,Bが午後5時以降にした業務は,現場事務所における打ち合わせや,国交省管理事務所や被告に対する報告用の文書や図面の作成・整理である。そして,上記書面は,パソコンで作成することを求められていたから,Bの残業時間は,パソコンを操作して書面を作成するのに要した時間である。
また,時間外に文書を作成していても,勤務時間内に作成し得たものについては,時間外の労働時間として算入すべきではない。
(エ) 以上によれば,Bの時間外労働,休日労働時間は,多くとも平成18年8月は8時間,同年9月は10時間,同年10月は38時間,同年11月は55時間,同年12月は45時間,平成19年1月は6時間30分である。
(オ) 原告らの主張について
Bは,現場や,自宅に持ち帰った上で,私的目的てパソコンを使用したり,一度帰宅してから現場事務所に立ち寄ってパソコンを使用したりしていたために,パソコンの終了時刻が夜遅い時間になっているにすぎないから,パソコンのシステムログ等によってBの残業時間を算定することはできない。
(2) 過重業務によるうつ病の発症について
(原告らの主張)
Bは,被告における過重な業務により,平成19年1月上旬ころから,不眠,早朝覚醒,緘黙,心身の疲労,判断や集中力の低下等のICD-10診断ガイドラインのうつ病エピソードを発症し,行為選択能力,思い留まる意思が著しく抑制された精神状態のもと自殺をするに至った。
(被告の主張)
ア そもそも,Bは,うつ病を発症していなかった。
Bにとって本件工事の業務は,過重ではなかった上,Bは,被告に対し,うつ病を発症したと報告したことはなく,うつ病の症状を訴えることもなく,Bについてうつ病を伺わせる症状は全く見られなかった。
また,原告X1は,Bの自殺について労災申請をした際,初めて,Bの言動が異常であったと申告するに至ったものであり,それまでは何ら異常を感じたとは言っておらず,Bに医師の診察を受けさせようともしていなかった。
イ Bの性格や業務以外の心理的負荷となる出来事
仮にBがうつ病を発症していたとしても,Bの性格や,業務以外の心理的負荷となる出来事により発症したものであって,被告における業務とは関係がない。
原告X4は,平成19年3月に高校受験をする予定で,平成19年1月当時,受験校の選択を迫られており,Bにとっても心理的負荷を負う出来事であった。
また,Bは,原告X4に口をきいてもらえない,早く帰宅すると邪魔にされる等と話しており,家族との関係において強度の心理的負荷を負っていた。
さらに,Bは,平成19年1月当時,腹違いの兄を含む4名の兄弟所有の土地について,処分方法を話し合っており,これについても強度の心理的負荷を負っていた。
6 争点(2)(被告の安全配慮義務違反又は過失)についての当事者の主張
(原告らの主張)
(1) Bは,精神障害を発症する恐れがあるほどの過重な業務をしていたのであるから,うつ病を発症し,自殺に至ることは通常損害といえる。したがって,Bの業務過重性についての予見可能性があれば,被告は,Bの自殺について責任を負う。
(2) 被告は,Bの業務過重性を認識していなかったが,それは,被告が,タイムカード等により客観的な労働時間を把握しようとせず,自主申告制度を採用した上,自主申告時間と実際の労働時間との間に大幅な乖離が生じていることを認識していたにもかかわらず放置していたからである。
そして,使用者は,労働基準法や労働安全衛生法に基づき,労働者の労働時間把握義務を負うところ,被告は,上記のとおり労働時間把握義務を懈怠したために,Bの業務過重性を認識していなかったにすぎず,労働時間把握義務を履行すれば,Bの業務過重性を十分に予見することができたのであるから,被告には,Bの業務過重性について予見可能性が認められる。
(被告の主張)
被告は,以下のとおり,Bの業務過重性についても,うつ病発症についても予見不可能であった。
(1) 業務過重性について
ア 予算について
被告は,本件工事の請負代金を,発注者の積算金額からあえて1000万円低く見積もって受注しておらず,Bからも予算について格別の要請はなく,実際に,本件工事は,Bの策定した予算内で完成していることからも,本件工事が予算面で困難な工事であったとは認識していなかった。
イ 作業の困難性や工期等について
Bは,被告に対し,本件工事の作業の困難性や工期等について格別の要請をしておらず,Bが上記について悩んでいたとは認識していなかった。
ウ 人員配置について
被告としては,Bと同等の能力を有するCを配置し,BとCとで業務を分担することができると考えていた。
エ 勤務時間について
被告は,従業員に残業時間や休日労働を自己申告させ,その申告を信用して労働時間を把握しているのであるから,被告としては,Bが上記申告をしなければ,Bの労働時間を認識しえない。
(2) うつ病発症について
原告X1も被告も,Bの言動についてなんら異変を感じておらず,原告X1は,被告に対し,業務過重性等について苦情を訴えたり,Bの症状を伝えたりしていなかったから,被告としては,Bの健康や業務について対応する機会がなかった。
(3) 労働時間把握義務について
被告は,以下のとおり労働時間把握義務を履行していた。
ア 被告は,従業員の自己申告により労働時間を把握しており,従業員は,被告に対し,出勤簿,超過勤務命令簿及び振替休日整理簿を用いて,残業及び休日労働を申告していた。
イ また,Bは,被告において,平成11年3月以降,現場代理人として何度も勤務しており,平成14年4月1日には,土木部土木第1課長に昇任し,部下を指導監督する管理職に準ずべき立場にあったことから,B自身,労働時間の管理に習熟しており,被告が管理する必要がなかった。
ウ さらに,被告は,本件工事の現場作業を2班体制にする際,Bから増員を求められるまでもなく,Bと同等の経験と能力を有するCを配置しており,Bの業務量を掌握できていた。
7 争点(3)(損害)について
(原告らの主張)
(1) Bは,心身ともに健康であり,一家の経済的支柱であったから,Bの死亡による損害は,以下のとおり合計9672万円である,
ア 慰謝料
3000万円
イ 逸失利益
Bは,死亡当時50歳であったから,就労可能な67歳までの17年間,少なくとも平成19年度賃金センサス産業計,企業規模計,大学・大学院卒,男子労働者の平均年収を得ることができたはずである。
そして,17年間のライプニッツ係数が,11.274,生活費控除が,30パーセントとすると,以下のとおり逸失利益は,5622万円となる。
54万9100円×12月+53万4700円=712万3900円
712万3900円×(1-0.3)×11.274=5622万円(千円未満切り捨て)
ウ 葬祭料
150万円
エ 弁護士費用
900万円
そして,上記Bの死亡による損害を法定相続分に従って,原告X1については,4836万円,原告X2,原告X3,原告X4については,それぞれ1612万円ずつ相続(弁護士費用については負担)した。
(2) 損益相殺
労災保険の遺族特別支給金,遺族補償特別年金,労災修学援護金は,労災福祉事業としての支給金であるから損益相殺の対象にならない。
(被告の主張)
(1) 損害について
ア 慰謝料
2800万円が相当である。
イ 逸失利益
3950万0245円が相当である。
500万5182円×(1-0.3)×11.2741(労働能力喪失期間17年のライプニッツ指数)=3950万0245円(円未満切り捨て)
ウ 葬祭料
150万円
(2) 過失相殺
被告が,本件工事の現場に,Bと同等の能力を有するCを配置したにもかかわらず,Bは,Cと業務を分担することができず,それを被告に報告もしなかったのであるから,現場代理人としての職務を怠ったものであり,過失がある。
また,被告における業務とは関係のない,B自身の脆弱性や,原告X4の受験によるストレスも相まって,Bの心理的負荷が増大したといえるから,これはBの過失又は過失に準ずるものと評価すべきである。
以上によれば,Bには,100パーセントに限りなく近い過失がある。
(3) 損益相殺
Bの死亡により原告らに対し,以下のとおり労働保険給付がされたから,損益相殺すべきである。
ア 遺族補償年金
(ア) 平成19年2月分から平成20年5月分まで
287万8960円
(イ) 平成20年6月分以降
3572万8430円
(215万9222円×16.5469(原告X1の平均余命36年のライプニッツ指数))
イ 遺族特別年金
(ア) 平成19年2月分から平成20年5月分まで
10万5592円
(イ) 平成20年6月分以降
131万0415円
(7万9194円×16.5469)
ウ 遺族特別支給金
300万円
エ 労災就学児援護費(原告X2分)
124万8000円
オ 労災就学児援護費(原告X3分)
136万5000円
(平成19年5月から平成20年5月までの分 50万7000円
平成20年6月から平成22年3月までの分 85万8000円)
カ 労災就学児援護費(原告X4分)
63万円
(平成19年5月から平成20年5月までの分 23万4000円
平成20年6月から平成22年3月までの分 39万6000円)
第3当裁判所の判断
1 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) Bの性格等(証拠<省略>の定期健康診断個人票,生活習慣病予防検診結果通知票,平成19年19年8月1日付け意見書の提出について,証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠・人証<省略>)
ア Bは,真面目で責任感が強く,人に頼み事をしにくい性格であった。また,人との争いを嫌う朗らかな性格であった。
イ Bは,平成8年から平成17年まで,被告における健康診断を受診したが,特段の異常は認められず,平成18年には,洞性徐脈や表層性胃炎を指摘されたが,わずかに基準範囲を外れているのみで日常生活に差し支えはないとの診断を受けた。
また,Bには,精神疾患の既往歴はなかった。
(2) 勤務時間や勤務時間把握体制等(争いなし。証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠<省略>,その他証拠・人証<省略>)
ア 被告は,従業員の所定労働時間を7時間40分,始業時刻を午前8時,終業時刻を午後5時と定め,休憩時間を午後0時から午後1時までの1時間と,午前10時から及び午後3時からの各10分間とそれぞれ定めている。
また,被告は,従業員が午後5時以降も勤務する場合は,午後5時から午後6時までの1時間を休憩時間とし,午後6時以降の勤務を時間外労働としている。
被告における休日は,第1及び第3土曜日を除く土曜日,日曜日及び祝日等である。
イ 被告は,平成18年12月19日,労働組合又は従業員の過半数を代表する者との間で,平成19年1月1日から同年12月31日までの時間外労働及び休日労働について,以下の内容の協定(以下「本件三六協定」という。)を締結した。
(ア) 時間外労働について
(時間外労働をさせる必要のある具体的事由)
決算の事務,設計見積事務
工事設計変更事務,完成検査準備
臨時の受注,工期切迫等
(延長することができる時間)
1日4時間,1か月42時間,1年320時間
(イ) 休日労働について
(休日労働をさせる必要のある具体的事由)
決算の事務,設計見積事務
工事設計変更事務,完成検査準備
臨時の受注,工期切迫等
(労働させることができる休日,始業及び就業の時刻)
1か月に2日,午前8時から午後5時まで
ウ 被告における労働時間把握体制
(ア) 被告は,従業員が時間外労働をする際,原則,事前に所管部長から許可を受けることとしており,時間外労働をした後に,従業員自身が超過勤務簿に勤務内容及び超過時間を記入することとしていたが,やむを得ない場合には,超過勤務をした後に上記手続を行うこととしていた。
また,被告は,従業員が休日労働をする際,原則,事前に従業員が振替休日整理簿に休日労働の年月日,勤務時間及び勤務内容を記入し,所管部長から許可を受けることとしていた。なお,休日労働を行った場合,原則,勤務日に休暇を取る振替休日によって,休日労働分の休暇を消化することとしていた。
(イ) しかし,実際は,被告の従業員は,残業時間を1週間まとめて事後申告し,事後的に担当者が確認していた上,被告は,上記(ア)の手続をせず,被告に何らの申告をすることなく,時間外労働や休日労働をしている従業員がいることを認識していた。
また,被告は,従業員が上記手続により申告した時間外及び休日労働時間と,実際の時間外及び休日労働時間が合致しているか調査したことはなかった。
さらに,被告は,10年以上前から,「目標」として時間外労働を月24時間以内にするよう定めていたが,実際は,月24時間を超える時間外労働及び休日労働の各手当の支払を認めない趣旨であったから,月24時間を超える時間外労働及び休日労働時間を申告する従業員はいなかった。
(3) Bの工事経歴等(甲1の経歴書,証拠<省略>)
Bは,昭和55年4月,被告に入社した後,平成11年3月から平成18年3月まで,当時の建設省,緑資源公団,群馬県及び国土交通省等発注の合計9か所の工事において,現場代理人や監理技術者として勤務した。
また,Bは,被告において,平成14年4月から土木部第一課長を務めていた。
(4) 被告における現場代理人の業務内容(証拠<省略>,平成19年10月4日付け証拠<省略>,その他証拠・人証<省略>,弁論の全趣旨)
ア 現場代理人の職務
現場代理人は,請負人の代理人として,実行予算の範囲内で所定の工期内に契約どおりの工事を完成させ,請負契約の確実な履行を図るために,請負工事ごとに配置される者である。
イ 現場代理人の業務
現場代理人の業務は,工事日程を策定して工程表を作成し,施工図に基づいて下請け業者に施工させ,その工事内容を確認して写真撮影等により記録しながら,必要に応じて請負人や発注者と工事について協議し,報告をすることであり,大別すると,①書類作成,②安全管理,③発注者対応を行う。
ウ 書類作成業務
現場代理人が作成する書面は,以下のとおりである。
(ア) 施工品質計画書
工事概要,工事全体工程表,品質方針等を記載する。
(イ) 計画工程表
当該工事の種別を更に細別し,各工事の完成時期及び完成までの計画を10日単位で,A4版1枚程度に記載する。
(ウ) 実行予算書
当該工事の種別を更に細別した工事ごとに,必要な材料や人件費,数量,単価等を明示して記載する。
(エ) 工事履行報告書,工事履行報告内訳
月ごと及び工種ごとに計画工程表と実施工程を対比し,A4版1枚程度で作成する。
(オ) 発注者との打ち合わせ簿及び添付資料の作成
発注者との打ち合わせでの協議事項や通知事項を,打ち合わせ前に通知するために,A4版1枚程度に簡潔に記載する。また,必要に応じて,図面を自ら作成する等した上で,打ち合わせ簿に添付する。
(カ) 下請け業者との工事打ち合わせ日誌
下請け業者による作業日ごとに,作業員に対する朝礼時の指示事項や,当日の作業場所及び内容,安全衛生指導事項等をA4版1枚程度に記載する。
(キ) その他の書面
上記のほかに,現場代理人は,工事請負契約書,施工体制台帳,安全管理関係書類,電子納品書,建設業退職金受払簿,立会い確認,休日作業届等を作成し,現場の写真を撮影する。
エ 安全管理業務
現場代理人は,発注者からの指示により,毎月,安全教育綴りを作成し,作業員全員に対し,月4時間の安全教育を行う。
オ 発注者対応業務
現場代理人は,週に1,2回,週末に発注者を訪問し,翌週実施する工事内容を説明し,発注者と打ち合わせをする。
また,発注者に対し,工事進捗状況の報告,設計内容変更の相談をし,発注者から,安全管理についての指示を受けたり,発注者による埋め戻し前の現場状況確認に立会ったりする。
カ その他の業務
(ア) 現場代理人は,作業開始前に,作業員と共にラジオ体操をし,作業員の血圧測定に立会い,作業員と当日の作業の段取りを打ち合わせたり,事前に当日の作業の危険性を把握する危険予期活動を行ったりする。
(イ) また,工事現場への新規入場者に対し,工事概要や作業場所及び手順等について説明する。
(ウ) さらに,工事終了後,被告の土木部長,安全部長,顧問,会計担当役員が出席する報告会(反省会)を開催する。
被告においては,現場代理人が,請負金額を超過する費用を支出した場合,上記報告会において,上記出席者が現場代理人をしかることがあった。
(5) 被告における監理技術者の業務(人証<省略>,弁論の全趣旨)
被告における監理技術者の業務は,工事現場に常駐して工事現場の運営や指揮監督を行うことである。
現場指揮に際しては,下請け業者と当日の段取りをつけ,段取りどおりに,工事が適正に行われているか,安全に作業をしているかを確認する。
(6) 被告における現場代理人や監理技術者の配置体制や指導(証拠・人証<省略>,弁論の全趣旨)
ア 被告には,現場代理人や監理技術者としての経験がある従業員がBとCを含めて,9名いた。
イ 被告は,原則として請負工事ごとに1名の現場代理人を配置しているが,工事規模が大きい場合や,工事内容が困難な場合,工事箇所が複数ある場合は,被告の従業員を更に1名から2名配置するか,補助者を配置している。
現場代理人や監理術者としての経験がある者が2名以上配置された場合は,現場代理人の業務を行う者と,監理技術者の業務を行う者とで業務を分担することができるが,上記経験がある者が1名しか配置されない場合は,その者が現場代理人と監理技術者の業務を行うこととなる。
また,1名で現場代理人と監理技術者を兼ねる場合,日中,作業員が工事をしている間は,監理技術者としての業務を行いながら現場代理人としての書面作成等も行い,工事作業終了後は,現場代理人としての業務を行うこととなる。
ウ 被告の当時のG専務取締役は,各部の課長や現場代理人を対象として,月に1回,安全衛生についての定例会議を開催していた。上記会議においては,現場代理人等に,現場パトロールの実施報告をさせ,月の重点安全目標や体調管理を徹底するよう指示し,安全意識の向上を図っていた。
また,Dは,週に1回,現場事務所を訪問したり,電話連絡をとったりして,現場の様子を把握するようにしていた。
(7) 工事の評点と始末書や誓約書(証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日証拠<省略>,その他証拠<省略>)
ア 国交省等の発注者は,発注した工事について,完成後に難易度を「易・やや難・難」及び「工事難易度評価(Ⅰ~Ⅵ)」によって評価した上で評点数を付している。
評点数の基準は,工期内に終了したか,品質が良いか,設計どおりか,安全管理が良好か,近所との調和がとれているか,現場代理人個人の評価等である。
そして,工事の遅れは,上記発注者による工事の評点に影響する。
また上記評点数は,地方自治体にも通知される。
イ 始末書
m工事の現場代理人であったHは,工事評点が73点であったことから,被告に対し,以下のとおり記載した始末書を提出した。
「施工対策,安全対策の評点が低かったのは,安全計画書の通り現場が進んでいない,施工時間の遅延等,私の仕事に対する取り組みの甘さが招いた不祥事によるものだと思います。
高度技術・創意工夫の評点も,舗装工事に対する勉強,情報収集の努力を怠ったために評点が低かった原因だと思います。
今回のことを教訓にし,特に発注者とのコミュニケーションを密にとり,又,現場においても,細部まで注意を払い真剣に取り組みます。
今後,工事期間中は,特に安全管理,品質管理,創意工夫を常に頭に置きながら現場を進め,優良工事表彰が頂けるよう努力します。」
ウ 誓約書
Dは,被告に対し,国交省発注のl舗装工事について,工事成績において,作業所長を指導しながら,必ず80点以上を獲得することを誓約します,と記載した誓約書を提出した。
(8) 本件工事の経過(証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠<省略>,平成19年2月2日受付証拠<省略>,その他証拠・人証<省略>,弁論の全趣旨)
ア Bは,平成18年7月19日,本件工事の現場代理人として配置されることになった。
イ 被告は,平成18年8月18日,h社に外注し,本件工事現場の起工測量を開始した。
ウ 施工品質計画書
Bは,平成18年8月18日,以下のとおり,本件工事について,施工品質計画書を作成した。
(ア) 顧客要求事項の変更に対する対応
工事施工段階での変更,工期,当初契約金額の変更については,受注管理規定中の変更報告書で報告する。
その他,軽微な変更については,作業所にて作成する打ち合わせ議事録にて報告する。
(イ) 下請け会社とのコミュニケーション実施事項
毎日午前7時45分から,安全朝礼を行う。
毎日午後1時から,工事打ち合わせ会議を行う。
月に1回,災害防止協議会を行う。
月に1回,安全訓練を行う。
(ウ) 顧客とのコミュニケーション実施事項
毎週金曜日,定例打ち合わせを行う。
協議事項発生時に,随時打ち合わせを行う。
(エ) 本社管理部門とのコミュニケーション実施事項
部署月例会議に出席する。
施工検討会を開催する。
工事完成報告会議を開催する。
エ 工事現場の状況と作業の遅延
本件工事の現場は,急傾斜で片側から工事をすることができなかった上,周辺の道路が狭く,立木の搬出が困難であった。
そのため,下請け業者であるi社の作業員1,2名は,平成18年8月18日から下草刈りの作業に入ったものの,準備作業が約2週間遅れた。
また,本件工事の現場は,上記のとおり急傾斜地であったため,安定した擁壁を造るための勾配の角度である安定勾配がとりにくい現場であった。
オ 図面の誤りの判明
h社の測量の結果,平成18年8月27日,国交省管理事務所が事前に被告に交付していた図面は,通路の位置が現場と水平方向に約2メートルずれていることが判明した。
カ 図面の誤りによる工事中断,設計変更等
(ア) 国交省管理事務所は,被告に対し,平成18年9月1日,本件工事を停止し,図面を作成し直し,設計変更等をすることを求めた。
なお,上記設計変更は,山における工事では珍しいことではなく,本件工事における変更は,中程度のものであった。
(イ) そこで,被告は,h社に対し,本件工事の現場の測量と新たな横断図の作成を発注した。
なお,図面を水平方向に約2メートル移動させたことにより,擁壁の数量が増加することとなった。
(ウ) 被告は,国交省管理事務所に対し,平成18年9月7日,h社作成の横断図と国交省管理事務所から交付されていた横断図(n社作成)を比較する書面を添付して工事打ち合わせ簿を提出し,測量結果等について報告した。
また,Bは,国交省管理事務所に対し,平成18年9月20日,工事設計図(以下「本件変更設計図」という。)や施工検討書を添付した工事打ち合わせ簿を提出し,施工方法について協議した。上記添付書類のうち,施工検討書には,当初国交省管理事務所から交付されていた横断図と,上記h社作成の新横断図を比較し,当初の計画のまま施工すると,既設フェンス・ブロック積み及び吸付法面も取り壊しとなり,総高が8メートルを超える箇所があること,国交省交付横断図は,2メートルずれていることを指摘した上で,施工を添付図面のとおり検討し直すことを協議するよう記載されている。なお,本件変更設計図は,国交省管理事務所交付横断図とh社作成横断図を比較した図面に,Bが設計を書き加えたものである。
国交省管理事務所は,本件変更設計図を検討した上で,平成18年10月10日,被告に対し,本件変更設計図に基づき工事を再開することを指示した。
(エ) 工事再開に伴い,被告は,アルバイトのEを丁張り(施工位置を決めるために使用する基準の板)を設置する際の補助や,現場写真撮影の補助を主な仕事とする補助者として配置した。
(オ) 工事中断中,本件工事の現場においては,平成18年9月6日,i社の作業員5,6名が配置され,作業員らが,フェンス撤去作業や樹木の伐採を行い,同月26日には,土木機械を入れるための仮設道路の設置に着手した。
キ 工事再開後の工期についての打ち合わせ等
(ア) 国交省管理事務所と被告とは,本件工事の中断に伴い,通常の日中の打ち合わせのほか,平成18年11月24日の午後5時から午後8時まで,工事の進捗状況等について打ち合わせたほか,同月27日から29日まで及び同年12月1日も打ち合わせをした。なお,平成18年11月28日の打ち合わせは,午後5時から午後7時まで行い,同年12月1日の打ち合わせは,午後4時から午後7時まで行った。
(イ) Bは,平成18年11月27日,支所における国交省管理事務所との打ち合わせの際,本件変更設計図に基づき,通常の勤務時間で仕事をすることを前提として,工期を平成19年4月14日までとした工程表を提出した。
なお,Bは,ダムの水位があがり工事ができなくなる時期から逆算すると,平成19年5月28日までに工事を終了させれば良いとの趣旨の工程表も作成していた。
しかし,工期を平成19年4月以降にすると,国交省管理事務所側で繰り越しの手続が必要になることから,本件工事についての国交省管理事務所の主任監督員であった国土交通省d局e管理事務所fダム管理支所長I(以下「I支所長」という。)は,被告に対し,上記打ち合わせにおいて,会社側の努力で平成19年3月30日までには本件工事を終了するよう指示した。
なお,この段階では,国交省管理事務所において,工期を平成19年3月30日までに延長することを正式決定しておらず,現場の作業員に対しても伝えていなかった。
また,上記打ち合わせの後,BとDが話し合い,i社に加えて,j社を下請け業者とし,二班体制で工事を行うこととした。
(ウ) I支所長は,被告に対し,平成18年11月29日,BやD等が出席していた国交省管理事務所における打ち合わせの際,工期について,平成19年3月30日ぎりぎりではなく,余裕を持った工程にすることはできるか聞いたところ,被告側は,平成19年3月半ばには完了させる予定だが,雪の影響や片付けなどの雑工事もあるため,最終的には3月30日ころには完了すると答えた。
(エ) また,I支所長は,Bに対し,平成18年12月4日,国交省管理事務所における工期変更の会議の際,平成19年3月中旬終了予定の鋼製擁壁の工事の進捗状況計画について展開図に記載したものを説明するよう求めた。そして,I支所長は,被告に対し,上記打ち合わせにおいて,以後毎日,上記鋼製擁壁工事の進捗状況の報告をするよう求め,これに応じてBは,平成18年12月4日から毎日,擁壁図の施工箇所のうち,終了した部分を塗りつぶし,支所にファクシミリで送信する方法等で進捗状況の報告をした。
I支所長は,Bに対し,上記進捗状況についてのファクシミリの内容を確認したことはあったが,報告の督促はしなかった。
(オ) 工期の遅れに対する対応等
I支所長は,Bに対し,工期の遅れについて厳しい発言をしたことはなかったが,被告に対しては,遅れをどこかで取り戻すように指示した。
Bは,平成18年10月中旬から11月ころまで,i社の代表取締役社長であるJ(以下「J」という。)に対し,工事はどのようにしたら早くできるか相談していた。
本件工事は,平成18年11月から12月ころが忙しかった。
Bは,平成18年12月2日の朝礼時に,作業員に対し,職員が焦っているが,焦らず落ち着いて作業するよう指示した。
Bは,平成18年12月4日,Jとの打ち合わせの際,国交省管理事務所と工程について打ち合わせたが,遅れたら回復するようにとのことだったと話した。
ク 二班体制とCの配置
平成18年12月13日,下請け業者のj社が入り,本件工事は,i社との二班体制で行うこととなった。
また,上記のとおり二班体制になったことに伴い,被告は,平成18年12月26日,他の工事現場における勤務を終えたばかりのCを本件工事の現場に配置した。
なお,下請け業者がi社のみのときは,作業員は,多いときでも6名であったが,j社が入ってからは,多いときで合計10名となった。
ケ 工法変更
本件工事については,湖岸の擁壁工事は,当初ブロック積工法を予定していたが,擁壁の高さを測量した結果,5メートルを超える箇所があり,5メートルを超える擁壁工事においては,ブロック積み工法は認められていなかった。
そこで,被告は,ジオファイバー工法への変更を検討し,同工法の専門業者であるo株式会社に対し,図面作成を発注した。
Bは,国交省管理事務所に対し,平成19年1月9日,国交省管理事務所における工期変更の会議の際,上記図面を添付して,部分的にジオファイバー工法に変更したい旨記載した工事打ち合わせ簿を提出したところ,国交省管理事務所はこれを承諾した。
なお,上記工法変更は,土木工事における変更としてはやや大きい変更であった。
コ 被告は,平成19年1月15日,Eに代えて,補助者として平成18年9月に被告に入社したFを配置し,Fは,材料の運搬,測量の手伝い,ゴミの片付け,書類の整理をした。
サ 温泉パイプの切断
本件工事の作業員は,平成19年1月20日,温泉のパイプを切断する事故を起こした。この事故は,国交省管理事務所に報告すると,現場が止まり,評点数が減点されるものであったが,Bは,報告せずにすぐに直し,現場に来たDに伝え,温泉の引き込み先に対し,同月22日,謝罪に行った。
シ 工期延長の正式決定と請負代金増額
国交省管理事務所は,設計変更による擁壁の増加や工法変更等を考慮して,平成19年1月23日,本件工事の工期を平成19年3月30日まで延長することを正式に決定し,被告に伝えた。
ス Bは,工期延長が正式に決定された翌日の平成19年1月24日,本件工事の現場に出勤することなく,午前9時ころ,利根郡g町<以下省略>所在の以前家畜小屋として使用していた物置の梁にロープをかけて縊頸し,自殺した。
セ 被告は,Bの自殺後,本件工事の現場代理人としてK(以下「K」という。)を配置した。
ソ 国交省監理事務所は,工期である平成19年3月30日の一週間ほど前に,本件請負契約の代金を9092万4250円に増額することを決定した。
本件工事は,平成19年3月28日,竣工検査を受けて完了した。
(9) 当初の工事計画と実際の進捗状況(証拠<省略>の工事履行報告書)
上記のとおり,途中,図面作成や設計変更検討のため,工事が中断したことから,当初の工事計画に対して,実際の工事は,以下のとおり遅延した。
平成18年7月末 0.3パーセント (計画0.3%)
平成18年8月末 2.1パーセント (計画2.1%)
平成18年9月末 4.4パーセント (計画5.8%)
平成18年10月末 7.0パーセント (計画28.1%)
平成18年11月末 13.4パーセント (計画46.6%)
平成18年12月末 29.1パーセント (計画80.2%)
平成19年1月末 52.6パーセント (計画100%)
(10) 本件工事の予算と工事原価,請負代金等(証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠<省略>,同年10月4日付け証拠<省略>,その他証拠・人証<省略>)
ア 被告においては,工事完了後に予算を大幅に上回った場合,予算超過の妥当性について完成報告会議を行い,予算超過が妥当でないと判断されると,賞与等が減額されることがあった。
イ Bは,別件舗装工事において現場代理人として配置された際,予算を10から20パーセント超過して,被告内部における人事評価の評点がCランクとなり,昇給が少なくなった。
ウ 本件工事の予算
B作成の本件工事の予算案について,被告の経理,営業,安全部及び土木部の担当者が協議したところ,本件工事は,7400万円から7500万円でできるとの結論になった。
そのため,Bは,平成18年9月21日,倒木,玉切等の伐採,集積,運搬費用として207万4800円,既設フェンス対策費として59万円や,現場代理人の給与月60万円と技術員の給与月40万円を計上し,本件工事の実行予算を,7585万円とした。
なお,本件工事の請負代金には,木の伐採費用が含まれていなかったが,上記のとおり,予算には上記費用が含まれていた。
エ 被告は,Bに対し,本件工事について,経費のかかった理由を確認し経費を節減するためと,経費がかからない工法を検討するため,本件工事について,毎月の原価管理報告を被告の土木部に提出するよう求めた。
オ 請負代金と予算の変更
設計変更等に伴い,本件工事の請負代金額は,当初よりも増額され,9092万4250円となった。
また,予算についても,当初の請負代金対予算の比率と同様に,増額後の請負代金の91.39%である8309万1972円と増額された。
そして,本件工事の工事原価は,8305万6780円であったため,上記予算内におさまった。
なお,本件工事にはアスファルト舗装工事も含まれていたが,予算を超過したことや,アスファルト舗装をしても他の工事のために機械が通過して舗装が痛むことを考慮して,アスファルト舗装工事は行われず,平成19年3月付け本件工事(第2回変更)特記仕様書においても,舗装工が削除された。
(11) 本件工事の難易度(証拠・人証<省略>)
平成19年4月2日付けのd局e管理事務所長の技術検査の結果によれば,本件工事の難易度は,「易・やや難・難」評価においては「やや難」,「工事難易度評価(Ⅰ~Ⅵ)」においては「Ⅱ」の判定がされ,評点数は74点であった。
(12) 作業員やBの勤務状況(証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠<省略>,平成19年10月3日付け原告X1聴取書,平成19年7月11日,平成19年8月9日,平成19年8月9日証拠<省略>,その他証拠・人証<省略>,原告X1本人)
ア Bの自宅から,本件工事の現場までは車で10分から15分程度の距離であり,Bは,本件工事に現場代理人兼監理技術者として配置されてから,本件工事の現場事務所に自己所有のパソコン(以下「本件パソコン」という。)を備え置き,図面作成等に使用していた。
Bは,本件パソコンを自宅で使用することはほとんどなく,たまに,自宅に持ち帰ってきたことがあったが,平成18年7月ころからは,持ち帰ってきたことはなかった。
イ 始業時刻
(ア) 本件工事の現場における作業員は,午前7時10分から15分までに現場に到着し,全員で血圧を測り,午前7時半ころからラジオ体操をし,打ち合わせをして,午前7時半から午前8時ころまでの間に仕事を開始していたが,平成18年11月から12月にかけての10日から20日間くらい,午前7時半ころから仕事を開始したこともあった。
また,本件工事の現場に被告から補助者として配置されていたFは,作業員が現場に到着する前の午前7時ころに現場に到着していた。
(イ) そして,通常,現場代理人は,現場の責任者として下請けの作業員よりも先に現場に到着して,当日の打ち合わせの段取りをするものであり,Bも,他の作業員が出勤するよりも前の午前7時ころに出勤していた。
Bは,出勤後,本件パソコンを起動させ,現場事務所でコーヒーを飲んだり,天気予報や図面を見たりし,その後,作業員と打ち合わせをしていた。
(ウ) パソコンの電源を入れると,システムログ「6009」が記録されるが,本件パソコンのシステムログ「6009」が記録された時刻は,平成18年12月10日から平成19年1月23日までについては,別紙1<省略>の「ログイン」欄に記載されたとおりであった。
また,パソコンのアプリケーションログ「btwdins」は,記録される場合は,パソコンの電源入力直後に記録されるが,電源を入力しても記録されないこともあるログであるところ,本件パソコンについて,平成18年9月1日から平成19年1月23日までにアプリケーションログ「btwdins」が記録された時刻は,別紙1の「btwdins」欄のとおりであった。
ウ 休憩時間
作業員や補助者は,昼の1時間と,午前10時からの15分間ないし30分間位及び午後3時から15分間位の間,休憩をとっていた。
エ 終業時刻
(ア) 本件工事の現場がある利根郡g町の平成18年10月から平成19年1月までの日没時刻は,午後4時半ころから午後5時半ころまでであり,本件工事の作業員は,日没後は暗くなるため,ほとんど残業をしておらず,平成19年1月15日に本件工事の現場に補助者として配置されたFも,午後5時半ころには帰宅していた。
(イ) また,Cは,被告において残業代が支払われていない営業部に所属していた状態で本件工事の現場に配置されたため,現場で残業をしても残業代が支払われないと思い,本件工事の現場に配属されてからは,平成19年2月12日に,午前8時から午後5時まで,現場管理のために休日労働をしたほかは,残業や休日労働をせず,午後6時ころには帰宅していた。
(ウ) Fは,本件工事の現場に配置されてから,材料の運搬,測量の手伝い,ゴミの片付け及び書類の整理等を行った。
また,Fは,Bに指示され,週に1度程度,午後6時半ころまで残業をして,書類の整理をしていた。その際,Bは,パソコンで書類や図面を見ていた。
(エ) Bは,発注者との午後5時以降の打ち合わせを年中しており,加えて,支所に対し,平成18年12月4日以降毎日,午後6時から7時ころまでの間に,工事の進捗状況を報告していた。
(オ) パソコンの電源を切ると,システムログ「6006」が記録されるが,本件パソコンのシステムログ「6006」が記録された時刻は,平成18年12月9日から平成19年1月23日までについては,別紙1の「ログアウト」欄に記載されたとおりであった。
また,パソコンのアプリケーションログ「userenv」は,記録される場合は,パソコンの電源切断直前に記録されるが,電源を切断した際でも記録されないこともあるログであるところ,本件パソコンについて,平成18年9月1日から平成19年1月23日までにアプリケーションログ「userenv」が記録された時刻は,別紙1の「userenv」欄のとおりであった。
(カ) Cは,帰宅する際,Bに前日の終業時刻を聞いたところ,Bは,だいたい午後9時や午後10時と答えた。Jは,Bと平成18年10月ころ,残業時間の話をした際,Bは,午後8時から午後9時まで残業していたと話したと証言する。
(キ) 原告X4は,月曜日の午後8時から9時ころまでに塾が終わるため,原告X1とBで連絡を取り合い,都合のつく者が迎えに行っていた。原告X1が原告X4を迎えに行くことがほとんどであったが,Bの都合が付くときは,Bが行っていた。
(ク) 原告X1は,Bの帰宅時間について,平成18年10月は,午後8時から9時ころまでであり,同年11月以降は,午後9時から10時ころまでのことが多く,午後11時に帰宅することもあったと供述する。
(ケ) Bが被告の担当者に申告し,超過勤務命令簿に記載された時間外労働時間は,平成18年7月から平成18年12月までは,別紙2<省略>-1のとおりであり,Bは,主に書面作成のために時間外労働をする旨申告していた。
しかし,被告は,Bの実際の時間外労働時間が上記申告と合致しているかは把握していなかった。
オ 休日労働
(ア) 前記のとおり被告においては,第1及び第3土曜日を除く土曜日は休日とされていたが,本件工事の下請け業者であるi社は,原則,土曜日も作業をしており,Bも作業がある土曜日は出勤していた。
また,Bは,平成18年12月30日,平成19年1月1日,同月3日,5日は,現場のパトロール担当者であったため,現場を見に行った。なお,Bは,平成19年1月1日については,パトロールに加え年賀状作成の必要もあったことから,本件パソコンを備え置いている本件工事の現場に行った。
(イ) Bは,平成19年1月20日,温泉パイプを切断したことについて,温泉の引き込み先であるLに謝罪した際,ヤーコンは,糖尿病の防止になるから,今度持って来る等と話し,同月22日,ヤーコンを持って訪問した。
その際,Bは,Lに対し,日曜日は書類作成の仕事があるから,本件工事の現場に来たと話した。
(ウ) 平成18年12月9日から平成19年1月21日までの被告における休日について,本件パソコンのシステムログ「6009」及び「6006」が記録された時刻は,別紙1の「ログイン」及び「ログアウト」欄のとおりであった。
また,平成18年9月3日から平成19年1月21日までの被告における休日について,本件パソコンのアプリケーションログ「btwdins」及び「userenv」が記載された時刻は,別紙1の「btwdins」及び「userenv」欄記載のとおりであった。
(エ) Bが被告の担当者に申告し,平成18年7月から平成18年12月までについて,振替休日命令簿に記載された休日労働時間は,別紙2-2のとおりであり,Bは,主に現場管理のために休日労働する旨申告していた。
しかし,被告は,Bの実際の休日労働時間が上記申告と合致しているかは把握していなかった。
カ 業務内容等
(ア) Cが配置される以前のBの業務内容
Bは,現場で下請けと打ち合わせをしたり,丁張り作業等の現場作業をしたり,現場事務所のパソコンで書類作成等の作業をしたり,国交省管理事務所との協議,報告をしたりしていたが,現場にいることよりも現場事務所にいることのほうが多かった。
(イ) Cが配置された後のBの業務内容
Cは,本件現場に配置されてから,主に監理技術者としての業務を行い,現場代理人としての業務,特に国交省管理事務所に提出する書類等は,全てBが作成した。
そのため,Bは,Cが配置されてからは,日中も事務所で書面作成等をすることが多く,現場には時々来る程度になり,主にCが現場を見るようになった。
また,Bは,Cから手伝うことはあるかと聞かれても,ない,と答えていた。
(13) Kの勤務状況(証拠<省略>)
Bの自殺後,Bに代わって,本件工事の現場代理人として配置されたKは,現場代理人の主な業務である,書類作成,安全管理,発注者対応,測量,現場指揮のうち,書類作成,安全管理及び発注者対応を担当し,他の業務は,被告の他の従業員が担当した。
また,Kは,午前7時45分ころ出勤し,残業を一週間に2,3時間した。工期については,一番大変なところが終わっていたため,特に大変ではなかったが,工期に間に合わなかったことから,午前8時から午後5時までの日曜出勤を月に2,3日した。
(14) 他の現場におけるBの勤務状況等(証拠<省略>)
Bは,平成17年6月から平成18年3月まで監理技術者として配属された現場において,午後5時に現場作業が終了しても,子供を駅に迎えに行く午後6時過ぎころまで,帰宅せずに,現場事務所で小説を読んだり,インターネットを見たりしていたことがあった。
また,Bは,上記現場において現場管理人として配属されていたKに対し,早く帰らない理由について,家族から邪魔にされるから等と話していた。
(15) 他の現場における現場代理人の業務内容及び労働時間(証拠<省略>)
ア 被告における現場代理人であるMは,平成22年4月9日,同年2月19日から同年4月7日までのp工事(請負代金8274万円)に,現場代理人兼監理技術者として配属された当時は,午前7時30分から40分ころまでに現場に到着し,午前7時50分から午前8時ころまで朝礼を行い,7日程度,現場管理や書面作成のために午後6時半から午後9時ころまで残業をしたことはあるが,概ね勤務時間内に図面作成等も行い,午後5時には勤務を終了できていたと報告した。
イ Cは,他の現場で,現場代理人兼監理技術者として勤務した際,通常午後8時くらいまでは勤務していたと証言する。
(16) Bの自殺前の言動等(証拠<省略>の平成19年6月26日付け原告X1聴取書,証拠<省略>,平成19年7月3日及び5日付け証拠<省略>,その他証拠・人証<省略>,原告X1本人)
ア 職場での言動等
(ア) Bは,職場において,忙しい等とはあまり言わなかった。
(イ) Bは,自殺する23年前,当時の建設省発注の工事を担当していた際,現場と図面の寸法が合わないことについて悩み,会津若松に,2,3日逃げたことがあった。
(ウ) Bは,自殺する2,3年前ころ,Cについて,「仕事のことを割り切っているからなー」と言っていた。
(エ) Bは,当時同じ現場に配置されていたKに対し,平成17年4月ころ,Bの自宅でK等と飲食していた際,世間話をしたほか,「辞めるかなー」と行った。
(オ) Bは,Dに対し,本件工事について,工期内に終われないと言ったことがあった。
(カ) Bは,Cに対し,平成19年1月ころ,明け方目が覚めると眠れないと話し,同月中旬ころ,原告X1から生気のない顔をしていると言われたと話した。
(キ) Bは,Fに対し,平成19年1月17日か18日の午後5時ころ,「最近疲れやすいなー」と言った。
(ク) Bは,平成19年1月22日,現場作業の打ち合わせで,通行車両の妨害になるから,現場に丁張りを取り付けないことを決定したにもかかわらず,翌日,取り付けてしまった。
(ケ) Cは,Bについて,服装の乱れ等の外見上の変化,表情の変化,並びに話し方,動作及び気分の変化は感じておらず,幻覚や妄想があることも聞いておらず,通常と異なる反応をしていたと感じたこともなかった。
I支所長,J,D,K及びFは,Bの表情や話し方等について,特段変化を感じていなかった。
イ 家庭での言動等
(ア) Bは,原告X1に対し,従前から,飲酒をすると「国交省の役人の中には,現場のことが分からないにもかかわらず,高飛車に出る人がいる」との趣旨のことを言っていた。
(イ) Bは,原告X1に対し,平成16年12月ころ,出勤時に時々,会社を辞めると言っていたが,同僚に止められたため,会社を辞めなかった。
(ウ) Bは,自殺する数年前,被告の土木部としては赤字を出せない,と言っていた。
(エ) Bは,原告X1に対し,平成18年夏ころ,会社を辞めたいと言ったが,原告X1は,会社を辞めると生活ができないと答えた。
また,Bは,原告X1に対し,本件工事について,工期内に終われないと言い不安感を訴えていた。
(オ) Bは,普段から寝付きは悪くなかったが,原告X1に対し,平成19年1月ころ,理由は言わなかったが,一度起きると寝られないと言っていた。
(カ) Bは,平成19年1月に入ってから,従前は,犬とじゃれあってから「ただいま」といいながら帰宅していたにもかかわらず,黙って帰宅するようになり,夕食時の会話も軽返事のようなものしかしなくなった。
(キ) Bは,原告X1に対し,平成19年1月中旬ころ,出勤時にぼそっと「会社に殺される」と言った。
(ク) Bは,平成19年1月14日,カルタ大会に主催者側として出席したが,帰宅する際,疲れた表情で,大会に参加した小学生を自動車に同乗させているにもかかわらず,赤信号の交差点を進行しようとした。
(ケ) Bは,自殺する約一週間前,テレビのドラマを見ていた原告X1や原告X4に対し,「そんなの見てて」と怒った。
(コ) Bは,原告X1に対し,平成19年1月17日,原告X1が有給休暇をとった際,「休めていいなー」と言った。
(サ) 原告X1は,平成19年1月24日,被告から,Bが出勤していない旨の連絡を受けた際,上記ア(イ)のように,また病気が出て福島の方に行ったのかな,2,3日すれば帰ってくると話していた。
(シ) 原告X1は,労働基準監督署の調査官に対し,振り返って考えると,Bは,自殺する前,口数が少なかったと思うと述べたが,Bの動作に特段の変化は見られず,幻想妄想があったとは聞いていなかったし,怒りっぽくなったかは分からないと話した。
ウ 外見や体調の変化の有無等
(ア) Bは,自殺する前,通常と同様の量の食事をしていた。
(イ) Bは,きつい現場では体重が減少し,楽な現場では体重が増加していた。自殺した当時,原告X1やCは,Bがやせていると感じたが,他の職場の者やLは,そのようには感じていなかった。
また,原告X1も,Bがやせ始めた時期については分からなかった。
(ウ) Bは,自殺する前,従前と異なる服装の乱れや表情の変化等はなかった。
エ 家庭の状況
(ア) Bは,Kに対し,平成17年6月から平成18年3月ころまでの間,早く帰宅すると家族から邪魔にされる,原告X4に口をきいてもらえなかった等と話していたが,原告X1とは仲が良い様子であった。
(イ) 原告X4は,平成19年1月当時,高校3年生で,2月から3月にかけて高校受験を控えていた。
(ウ) Bは,自殺をする直前に,腹違いの兄を含む4名の兄弟で所有していた土地について,兄の息子が住宅を建てるために500万円で購入したいと言われたため,売る約束をしたが,代金を減額するよう要求されたため,ちょっと待つように言って,売却に至らなかったことがあったが,上記について悩んではいなかった。
(17) 群馬労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会によるBの精神障害に係る業務起因性についての医学的判断等(証拠<省略>の業務上外の総合判断評価票,平成20年1月15日付け意見書の提出について)
Bについて,平成19年1月上旬ころから,不眠,早朝覚醒,緘黙,心身の疲労などが出現し,判断力や集中力が低下している状態が見られ,この時期にBに現れたこのような症状は,ICD-10診断ガイドラインに照らし,「F32」うつ病エピソードであったと判断でき,Bの自殺は,このようなうつ状態における自殺であったと思料される。
そして,以下のとおり,Bのうつ病の発症と自殺は,業務上のものである。
ア 業務要因
本件工事は,設計,工期及び工法の変更と立て続けに変更が生じ,Bの業務量が相当増加したことから,「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」別表第1に例示された,3「仕事の量・質の変化」のうち,「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」に該当し,心理的負荷の強度は「Ⅱ」程度と評価できる。
また,出来事の変化として,設計,工期及び工法の変更に対処するために,所定時間外労働時間数の増加,所定休日労働時間数の増加が生じ,恒常的な長時間労働がみられた。
さらに,工事の責任者として,設計や工法の変更等があっても,定められた工期は遵守しなければならない心理的負荷は大きなものであったと推定できる。
加えて,会社側からの支援として,同僚,アルバイトの配属はあったが,業務の軽減になる支援までには至らなかった。
これらを総合的に評価すると,出来事に伴う変化についての,業務による心理的負荷は「特に過重」であると判断され,本件心理的負荷強度の総合判断は「強」と認めるのが相当である。
イ 業務以外要因
(ア) 関係者の話を総合し,Bに特別の業務以外の心理的負荷の存在は認められない。
(イ) 調査の結果,Bは,精神障害の既往歴が認められない。健康面では過去に大病を患ったこともなく,健康であった。アルコール飲用については,毎日日本酒を3合程飲んでいるが,酒癖が悪いこともなく,飲めば寝てしまうといった様子であった。性格は,まじめ,責任感が強く,人にものを頼みにくい性格である。また,優しく,人に憎まれることはない,朗らかな性格で個体側要因は認められない。
(18) うつ病について(証拠<省略>,弁論の全趣旨)
うつ病は,抑うつ,制止等の症状からなる情動性精神障害であり,うつ状態は,主観面では気分の抑うつ,意欲低下等を,客観面ではうち沈んだ表情,自律神経症状等をそれぞれ特徴とする状態像である。うつ病に罹患した患者は,健康な者と比較して自殺を図ることが多く,うつ病が悪化し,又は軽快する際や,目標達成により急激に負担が軽減された状態の下で,自殺企図に及びやすいとされる。
長期の慢性的疲労,睡眠不足,ストレス等によって,抑うつ状態が生じ,反応性うつ病に罹患することがあるのは,神経医学界において広く知られている。もっとも,うつ病の発症には患者の有する内因と患者を取り巻く状況が相互に作用するということも,広く知られつつある。仕事熱心,凝り性,強い義務感等の傾向を有し,いわゆる執着気質とされる者は,うつ病親和性があるとされる。また,過度の心労の疲労状況の後に発症するうつ病の類型について,男性患者にあっては,病前性格として,まじめで,責任感が強すぎ,負けず嫌いであるが,感情を表さないで対人関係において敏感であることが多く,仕事の面においては,内的にも外的にも能力を超えた目標を設定する傾向があるとされる。
また,長時間残業による睡眠不足は精神疾患発症に関連があるとされており,特に長時間残業が100時間を超えるとそれ以下の長時間残業よりも精神疾患発症が早まるとされている。
(19) 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準(証拠<省略>)
厚生労働省は,平成13年4月6日,以下のとおり,労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置等を定めた「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(以下「本件基準」という。)を策定した。
ア 始業・終業時刻の確認及び記録
使用者は,労働時間を適正に管理するため,労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し,これを記録すること。
イ 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
使用者が始業・終業時刻を確認し,記録する方法としては,原則として次のいずれかの方法によること。
(ア) 使用者が,自ら現認することにより確認し,記録すること。
(イ) タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し,記録すること
ウ 自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置
上記イの方法によることなく,自己申告制によりこれを行わざるをえない場合,使用者は次の措置を講ずること。
(ア) 自己申告制を導入する前に,その対象となる労働者に対して,労働時間の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
(イ) 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて,必要に応じて実態調査を実施すること。
(ウ) 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。また,時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が,労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに,当該要因となっている場合においては,改善のための措置をすること。
(20) 当時の労働省は,精神科医等の専門家による精神障害等の労災認定に係る専門検討会に対し,精神障害等の労災認定について専門的見地から検討するよう依頼し,同検討会は,平成11年7月29日付けで,精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書をまとめた(証拠<省略>)。
(21) 当時の労働省労働基準局長は,平成11年9月14日付けで,上記(20)の専門検討会報告書に基づき,以下のとおり,労災請求における心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の認定についての判断指針を策定した(証拠<省略>)。
まず,精神障害の発病の有無等を明らかにした上で,業務による心理的負荷,業務以外の心理的負荷及び個体側要因の各事項について具体的に検討し,それらと当該労働者に発病した精神障害との関連性について総合的に判断する必要がある。
そして,業務による心理的負荷の強度の評価に当たっては,当該心理的負荷の原因となった出来事の平均的な心理的負荷の強度をⅠからⅢまでの三段階で評価し,状況に応じて上記強度を修正した上,その出来事に伴う変化を評価した上で,弱,中,強の三段階で総合評価する。
なお,「客観的に精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷」とは,上記総合評価が「強」と認められる程度の心理的負荷とする。
そして,上記総合評価が「強」と認められる心理的負荷とは,当該心理的負荷の原因となった出来事の強度が「Ⅱ」と評価され,かつ,出来事に伴う変化の評価が特に過重であると認められるとき(特に過重とは,出来事に伴う変化が,多方面から検討して,同種の労働者と比較して業務内容が困難であり,恒常的な長時間労働が認められ,かつ,過大な責任の発生,支援・協力の欠如等特に困難な状況が認められる状態をいう。)等である。
また,「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」という出来事があった場合の平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」であり,上記出来事に伴う変化としては「仕事の量(労働時間等)の変化」等がある。
さらに,出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働,例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が,深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働を度々行っているような状態等が認められる場合には,それ自体で,平均的な心理的負荷の強度を修正する。
(22) 厚生労働省は,日本産業精神保健学会に対し,精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する研究を委託し,同学会は,平成15年度委託研究報告書に上記研究内容をまとめて報告した(証拠<省略>)。
(23) Bの給与(証拠<省略>の給与支給明細書,年末特別手当)
Bの平成18年1月分から3月分までの各支給金額は37万9600円で,同年4月分は41万7432円,同年5月分は39万3144円,同年6月分は39万6787円,同年7月分は43万3219円,同年8月分は42万4718円,9月分は41万5003円,10月分は40万0430円,11月分は41万2574円,12月分は42万9575円で,年末特別手当の支給額は14万3500円であった。
(24) 労災保険給付
ア 遺族補償年金(証拠<省略>,弁論の全趣旨)
原告X1は,平成19年2月分から平成24年3月分までの,遺族補償年金合計1024万3134円の支払を受けた。また,平成24年6月には,更に同年4月分及び5月分として,28万4757円の支払を受けた。
イ 葬祭料(証拠<省略>の葬祭料請求書,葬儀執行証明書,証拠<省略>)
原告X1は,Bの葬儀を執行し,葬祭料として,80万5680円を受領した。
2 争点(1)(Bの自殺と業務との相当因果関係-業務の過重性)について
(1) Bの業務自体の過重性について
ア 業務量について
(ア) 前記認定事実によれば,本件工事は,工事に着手した後に,当初国交省側から交付されていた図面の誤りが判明したため,工事を中断して,測量をし直し,設計変更をしなければならず,その後,工法変更の必要も生じたため,設計変更や工法変更についての検討や,上記各変更についての国交省管理事務所等との打ち合わせ等の業務が増加したと認めることができる。
そして,前記認定事実のとおり,設計変更は,山における工事ではよくあることで,本件工事における設計変更は中程度のものであったが,本件工事における工法変更については,やや大きい変更であったことに照らすと,本件工事におけるBの業務量自体,同程度の工事における業務よりも,やや多いものであったと認めるのが相当である。
(イ) 被告の主張について
被告は,設計変更や工法変更があっても,外注業者が図面を作成したのであるから,Bの業務は過重にはなっていないと主張する。
しかし,前記認定事実のとおり,本件変更設計図については,Bが設計を書き加えていることから,Bが図面を全く作成する必要がなかったということはできない上,国交省管理事務所に対し,外注業者作成の図面を用いて設計変更や工法変更の説明をし,実際に工事を進めるにあたっては,外注業者作成の図面を十分に検討する必要があることに照らすと,外注業者が図面を作成していたことをもって,Bの業務が過重になっていないということはできない。
イ 工期等について
(ア) 前記認定事実によれば,本件工事については,設計変更がされたにもかかわらず,手続的理由から本件工事を翌年度に繰り越したくないとの国交省側の意向に基づき,Bが提案した工期よりも2週間短い,平成19年3月30日までの工期の延期についてしか,国交省管理事務所の了解を得ることができなかった。また,前記認定事実によれば,国交省管理事務所は,被告との打ち合わせにおいて,更なる工期短縮の可否について問い合わせをする等した上,正式に工期延長を決定したのは,平成19年1月23日になってからであった。
上記によれば,Bは,自分が予定していた工期よりも,遅くとも2週間短縮して本件工事を終わらせなければならず,工期遵守について心理的負担を感じていたと推認できる上,前記認定事実のとおり,Bは,Jに対し,平成18年10月中旬から11月ころまで,工事はどのようにしたら早くできるか相談していたことから,本件工事が中断してから,工期短縮のための作業内容等を検討するために,業務量も増加したと認めるのが相当である。
(イ) また,前記認定事実によれば,国交省管理事務所は,Bに対し,平成18年12月4日以降毎日,工事の進捗状況を報告するよう求め,本件工事が計画どおり進行しているか確認していた。
上記によれば,Bは,平成18年12月4日以降,一日単位においても,予定よりも工事の進行が遅れないよう留意する必要があり,工期遵守についての心理的負担は,相当のものであったと推認することができる。
(ウ) さらに,前記認定事実によれば,工期の遅れは,発注者の工事に対する評点に影響し,上記評点は,他の地方自治体にも通知されるものであるから,被告における今後の工事受注にも影響を与えるものであり,被告としても,評点が低い工事の現場代理人に始末書を書かせたり,工事に着手する前に土木課長に対し,高い評点をとることを誓約させたりしており,発注者の評点を非常に重視していると認めることができる。
上記に加え,前記認定事実によれば,被告は,当初本件工事の下請け業者は,i社のみを予定していたにもかかわらず,平成18年12月13日,下請け業者としてj社を加え,より早く工事を進めることができる二班体制で工事を行っていることから,被告としても,Bに対し,工期を遵守するよう強く求めたであろうと容易に推認することができる。
そうすると,Bは,上記国交省管理事務所からの工期遵守の求めに対する心理的負担に加え,被告からの工期遵守の求めに対する心理的負担を感じ,相当程度強い心理的負担を感じていたと認めることができる。
(エ) 加えて,前記認定事実のとおり,Bは,本件工事について,平成19年1月9日に国交省管理事務所から指示を受けた,やや大きい変更である工法変更を,そのころ提案しなければならない状況となったが,前記のとおり国交省側が本件工事を翌年度に繰り越したくないとの意向を有していたことから,工法変更に伴う工期の延長は行われなかった。
上記によれば,本件工事の工法変更の必要性に気づいたであろう平成19年1月9日ころ以降,Bは,工法変更をしても工期を延期するこができないことについて,心理的負担を感じていたと推認することができる。
(オ) 被告の主張について
被告は,Bの国交省管理事務所に対する平成19年4月14日までの工期の延期の提案は,工期の交渉過程における提案にすぎないと主張するが,前記認定事実のとおり,Bは,原告X1に対し,本件工事について,工期内に終われないと言い不安感を訴えていたことに照らすと,Bの上記提案が,交渉過程で短縮されることを前提にした単なる提案ということはできず,上記被告の主張は採用することができない。
ウ 予算について
前記認定事実のとおり,本件工事は,上記のとおり設計変更及び工法変更があったにもかかわらず,請負金額の増額が決定されたのは,平成19年3月30日の一週間前ころであり,Bが現場代理人として配置されていた当時,請負代金の増額について,国交省管理事務所と協議した形跡は認められない。
そして,前記認定事実のとおり,被告は,本件工事の最終的な予算を,増額前の請負代金に対する予算の比率と同様の比率で決定しているが,被告において,請負代金の増額が決定する前に予算について再検討したことを窺わせる証拠はない。
また,前記認定事実のとおり,本件工事は,予算等を考慮して当初予定していたアスファルト舗装工事を行わなかったにもかかわらず,工事原価が上記のとおり最終的に決定された予算をわずか約3万5000円下回るものとなったことから,予算的余裕はなかったと認めることができる。
上記に加え,前記認定事実のとおり,被告においては,現場代理人が工事の予算を超過する支出をした場合,完成報告会議において現場代理人を追及したり,賞与等の減額をしていたことや,本件工事においては,Bは,被告の土木部に対し,毎月の原価管理報告を提出し,毎月,予算に対する支出の状況を認識していたと認めることができることに照らすと,Bは,本件工事について,予算超過の不安を相当程度強く感じていたと推認することができる。
エ Cの配置について
(ア) 前記認定事実によれば,下請け業者としてj社を追加し,本件工事を二班体制で行うことになった後の平成18年12月26日,被告は,Cを本件工事の現場に配置し,これによって,Bは,同日以降,主に監理技術者としての業務をCに任せることができるようになり,従前と比べて,日中も書面作成等現場代理人としての業務を行う時間をとることができるようになったと認めることができる。
(イ) しかしながら,前記認定のとおり,本件工事は,設計変更や工法変更についての検討等,工期遵守のための工程管理,予算管理が特に過重な業務であったと認めることができるが,設計変更については,Cが配置される以前のことである上,工法変更,工程管理及び予算管理については,前記認定事実のとおり,Cは,日中,Bと業務を分担して主に監理技術者としての業務を行っていた一方で,時間外労働をしていないことや,国交省管理事務所との打ち合わせ等にも同席していないことに照らすと,CがBと協力又は分担して工法変更,工程管理及び予算管理について検討していたと認めることはできない。
以上に加え,前記認定事実によれば,Cは,本件工事の再開後,約2か月を過ぎてから,被告から業務内容を特に定められずに配置された者であるのに対し,Bは,本件工事の施工責任者である現場代理人兼監理技術者として当初から配置されていた者であり,本件工事について強い責任を感じていたであろうことを考慮すると,本件工事の現場に,途中からCが配置されたことにより,多少は,業務量や心理的負担が軽減されたと考えられるものの,それでもなお,本件工事の業務は,上記認定のとおり,心理的負担の重い過重なものであったというべきである。
(ウ) なお,Cは,本件工事の現場に途中から配置されたため,Bと業務を分担することができず,測量の手伝い,現場の写真撮影のボードを持つ等,Bの補助的な業務をしていたと供述し,その旨証言する。
しかし,上記補助的な業務をする者として,既にEが配置されていた上,Jは,Cがi社とj社の現場をみていたと証言しており,Cが補助的な業務のみをしていたとは考えにくい。
また,Cは,下請け業者のj社が入り,本件工事の現場が二班体制になったタイミングで配置されたものであるから,途中から配置されたことを考慮しても,j社の現場については,把握することができたのであるから,途中から配置されたことを理由に,補助的な業務しかできなかったとする上記Cの供述は,信用することができない。
以上によれば,前記認定事実のとおり,Cは,本件現場に配置されてから,主に監理技術者としての業務を行っていたと認めるのが相当である。
オ 以上によれば,本件工事は,設計及び工法変更による業務量の増加,十分に工期が延長されないにもかかわらず,国交省管理事務所からも被告からも工期の遵守を求められたこと,予算超過のおそれ等において,業務自体が,心理的負担の特に過重なものであったと認めるのが相当である。
(2) Bの労働時間
ア 始業時刻について
(ア) 現場作業がある日
前記認定事実のとおり,Bは,本件パソコンを本件工事の現場事務所に備え置いており,別紙1のとおり,日曜日や祝日等を除く工事作業のある日については,システムログやアプリケーションログによれば,午前7時台に本件パソコンの電源が入れられていることが多いこと,前記認定事実のとおり,作業開始前は,パソコンを用いない業務もあることから,現場に到着後,直ちに本件パソコンの電源を入れるとは限らないこと,作業員が現場に到着する午前7時10分から15分までには,現場代理人であるBは,現場に到着していたと認めることができることから,前記認定事実のとおり,下請け業者との打ち合わせ日誌(証拠<省略>)等から本件工事の現場作業があったと認めることができる日における,Bの始業時刻は,概ね午前7時と認めるのが相当である。
もっとも,本件工事の現場作業がある日でも,上記下請け業者との打ち合わせ日誌から,朝の打ち合わせが午前8時以降に行われていると認められる日については,必ずしもBの始業時刻を午前7時と推認することはできないため,前記認定事実のとおりの現場作業開始前に行う作業を考慮すると,朝の打ち合わせが午前8時に行われた日については,午前7時30分ころ,午前8時以降に行われた日については,被告における出勤時刻どおりの午前8時ころに出勤したものと推認するのが相当である。
また,本件工事の現場作業がある日において,午前7時よりも早く本件パソコンの電源が入れられている場合や本件パソコン内の文書作成・保存がされている場合は,Bが出勤後,業務と無関係のことに本件パソコンを用いていたことを窺わせるに足りる証拠はないことから,上記時刻のうち早い時刻を始業時刻と推認することができる。
(イ) 現場作業のない日
本件工事の現場作業がない日については,被告における出勤時刻である午前8時よりも前に本件パソコンの電源が入れられたり,本件パソコン内の文書作成・保存がされたりしている日については,上記時刻のうち早い時刻を,午前8時以降に本件パソコンの電源が入れられたり,本件パソコン内の文書作成・保存がされたりしている日については,午前8時を始業時刻と認めるのが相当である。
(ウ) 被告の主張等について
被告は,Bが本件パソコンを自宅に持ち帰っていたと主張するが,原告X1は,これに反し,平成18年7月ころからは本件パソコンを自宅に持ち帰ってきたことはなかったと供述し(証拠<省略>の平成19年10月3日付け原告X1聴取書),前記認定事実のとおり,Bは,平成19年1月1日にはパトロールを兼ねてはいたものの,本件パソコンを自宅に持ち帰らず,本件工事現場において,年賀状作成をしていることや,本件パソコンを自宅に持ち帰っていたことを窺わせる証拠はないことに照らすと,上記被告の主張は,採用することができない。
また,Fは,Bが出勤後,本件パソコンを起動させてから,コーヒーを飲みながら現場事務所でくつろいだりしていたと供述する(証拠<省略>)が,ある程度,コーヒーを飲む等する時間があったとしても,本件パソコンの電源が入れられた時刻と,前記認定事実のとおりの作業員が現場に到着する時刻とはさほど時間が空いていないことが多く,作業員到着前に当日の打ち合わせ事項等を再確認する必要があったであろうことに照らすと,Bの始業時刻は,概ね本件パソコンの電源を入れた時刻と推認することができる。
イ 終業時刻について
(ア) 前記認定事実のとおり,Bの申告に基づいて作成された超過勤務命令簿によれば,Bの平成18年7月から同年12月までの平日の時間外労働時間は,別紙2-1のとおりである。
しかし,前記認定事実のとおり,被告においては,従業員が申告する時間外労働時間が実態と合致するか調査したことはなく,本件工事に配置されてからのBの時間外労働時間も把握していなかった上,月24時間を超える時間外労働手当等の支払を認めておらず,これを超える時間外労働時間を申告する従業員はいなかった。
これに加えて,前記認定事実によれば,Bは,現場代理人として本件工事の予算を超過しないよう留意する必要があったが,予算には,自らの給与も含まれているのであるから,Bは,予算超過を防ぐために時間外労働時間を過少申告する動機があったというべきであることに照らすと,Bは,自らの時間外労働時間を過少申告していたと認めるのが相当である。
(イ) これに対し,前記認定事実のとおり,本件パソコンのシステムログ「6006」によれば,本件パソコンの電源が切断された時刻は,別紙1の「ログアウト」欄記載のとおりであり,アプリケーションログ「userenv」が記録された時刻は,別紙1の「userenv」欄記載のとおりである。
(ウ) システムログ,アプリケーションログ及び本件パソコン内の文書作成・保存記録がある日
前記認定事実のとおり,Bは,本件工事の現場に配置されてから,本件パソコンを自宅に持ち帰ったと認めることはできないこと,前記認定事実によれば,本件工事の現場作業終了後のBの現場代理人としての業務は,書面作成や図面の検討等,主にパソコンを使用して行うものであったことに照らすと,システムログ「6006」及びアプリケーションログ「userenv」の記録並びに本件パソコン内の文書作成・保存の時刻が,被告における終業時刻である午後5時以降に記録されている日については,Bの終業時刻は,概ね上記時刻のうち遅い時刻であると推認することができる。
もっとも,本件パソコン内の文書の作成・保存時刻のうち,写真の撮影時刻については,日中の風景が撮影されているにもかかわらず,撮影時刻が夜になっている等(証拠<省略>)撮影時刻が正確に記録されたと認めることはできないため,午後5時以降に写真の撮影時刻が記録されている場合であっても,上記時刻をBの終業時刻であると推認すべきではない。
また,当該日に記録された,午後5時以降の最も遅い時刻のログが「btwdins」である場合,上記ログは,パソコンの電源を入れた際記録されるものであり,記録された時間に本件パソコンの電源が入れられたと認めることができるから,少なくとも上記時間までは時間外労働をしたものと推認するのが相当である。
もっとも,Bの申告に基づいて作成された超過勤務命令簿は,前記認定のとおり,時間外労働時間を過少に申告したものと認めることができるから,上記本件パソコンのログ等の時刻よりも超過勤務命令簿記載の時刻の方が遅い日については,超過勤務命令簿記載の時刻をもって,Bの終業時刻と認めるのが相当である。
なお,上記ログは,午後9時や10時に記録されているものもあるが,これは,本件パソコン内に保存されていた文書(証拠<省略>)の作成保存時刻が午後9時や午後10時のものもあること,前記認定事実のとおり,Bは,本件工事の現場作業終了後である午後5時以降に,国交省管理事務所と,設計変更や工期延期について打ち合わせを頻繁に行っていた上,工事の進捗状況の報告を午後6時から7時ころ行っていたことや,Cが配置されるまでは,設計変更や工期延期について検討する必要があった上,日中は,監理技術者の業務も行う必要があり,現場作業終了後にも行うべき業務が相当程度あったと推認できること,Cが配置された後は,監理技術者としての業務を行う必要がなくなったものの,工法変更や工程管理について検討する必要があり,依然として現場作業終了後にも行うべき業務があったと推認できることや,前記認定事実のとおり,BがCやJに対し,自身の終業時刻について,午後8時から午後10時ころ等と話していたことに沿うものである。
(エ) システムログ,アプリケーションログ及び本件パソコン内の文書作成・保存記録がない日
システムログ「6006」及びアプリケーションログ「userenv」の記録並びに本件パソコン内の文書作作成・保存の時刻が,午後5時以降に記録されていない日については,Bが時間外労働をしたと認めることはできないから,Bの終業時刻は,午後5時と認めるのが相当である。
しかし,前記認定事実のとおり,平成18年11月24日及び同月28日については,上記ログ等がなくとも,国交省管理事務所との打ち合わせをそれぞれ午後8時及び午後7時まで行っていたと認めることができることから,上記時刻をBの終業時刻と認定するべきである。
また,Bの申告に基づいて作成された超過勤務命令簿は,前記認定のとおり,時間外労働時間を過少に申告したものと認めることができるから,超過勤務命令簿に記載がある日については,超過勤務命令簿記載の時刻をもって,Bの終業時刻と認めるのが相当である。
ウ 休日労働時間について
(ア) 前記認定事実のとおり,Bの申告に基づいて作成された振替休日命令簿によれば,Bの平成18年7月から同年12月までの休日労働は,別紙2-2のとおりである。
しかし,上記認定によれば,時間外労働時間と同様に,休日労働時間についても,Bは,過少申告していたと認めるのが相当である。
(イ) これに対し,前記認定事実のとおり,休日のうち,本件パソコンの電源が入れられた時刻及び切断された時刻は,別紙1のとおりである。
(ウ) 現場作業のある日
前記認定事実によれば,休日のうち,第1及び第3土曜日を除く土曜日等,現場作業のある日については,上記ア(ア)と同様にBの始業時刻を認定すべきである。
そして,本件パソコンのシステムログ「6006」及びアプリケーションログ「userenv」の記録並びに本件パソコン内の文書作成・保存の時刻のうち最も遅い時刻が記録された時刻をBの終業時刻と認定すべきである。
(5) 現場作業のない日
現場作業のない日については,本件パソコンのシステムログ「6009」及びアプリケーションログ「btwdins」の記録並びに本件パソコン内の文書作作成・保存の時刻のうち最も早い時刻が記録された時刻をBの始業時刻と認定すべきである。
そして,本件パソコンのシステムログ「6006」及びアプリケーションログ「userenv」並びに本件パソコン内の文書作成・保存の時刻のうち最も遅い時刻が記録された時刻をBの終業時刻と認定すべきである。
なお,本件パソコンに上記ログや文書作成・保存時刻が一つしか記録されていない日については,Bが丸一日休みをとることができたと認めることはできないものの,Bの休日労働時間を認定することができないため,後記各月におけるBの時間外労働時間に算入することはできない。
エ 上記に加え,Bが休憩時間をどの程度とっていたかは必ずしも明らかではないが,多くとも,現場作業の有無や休日か否かにかかわらず昼の一時間であると推認するのが相当である。
被告においては,午前10時からの15分ないし30分間,午後3時からの15分間及び時間外労働をする場合の午後5時から午後6時までを休憩時間としていたが,本件パソコン内の文書作成・保存時刻(証拠<省略>)によると,Bは,上記時刻に文書作成・保存をしていることもあるため,Bは,上記時刻も業務をしていたと推認することができる。
これを前提にBの平成18年9月1日から平成19年1月18日までの労働時間を算出すると,別紙3<省略>のとおりとなり,各月におけるBの時間外労働時間は,少なくとも以下のとおりとなる。
なお,平成18年11月11日については,Bが業務との関連性が必ずしも明らかではない写真を作成(午後1時01分)・保存(午後3時06分)していると認めることができる(証拠<省略>)ことから,同日の労働時間から,上記写真の作成保存をしていた時間である2時間5分を控除すべきである。
平成18年9月1日から同月28日まで
93時間07分
平成18年9月29日から同年10月26日まで
116時間37分
平成18年10月27日から同年11月23日まで
113時間42分-2時間5分=111時間37分
平成18年11月24日から同年12月21日まで
155時間48分
平成18年12月22日から平成19年1月18日まで
109時間19分
オ 上記Bの時間外労働時間は,前記認定事実のとおりの本件三六協定に定められている1か月当たり延長することができる時間外労働時間である42時間を優に超えるものである。
そして,前記認定事実のとおり,被告においては,第1及び第3土曜日を除く土曜日,日曜日及び祝日を休日としていたが,本件工事においては,第1及び第3土曜日を除く土曜日も現場作業が行われていたため,Bは上記日も出勤していた上,日曜日や祝日についても,別紙3のとおり,平成18年9月については1日,同年10月については4日,同年11月については2日,同年12月及び平成19年1月については年末年始の4日しか,丸一日休みを取ることができず,上記長時間にわたる労働による疲労を回復するに足りる休息をとることができていなかったと認めることができる。
以上によれば,本件現場におけるBの労働時間は,相当程度Bに肉体的・心理的負荷がかかるものであったと認めるのが相当である。
カ 被告の主張について
(ア) 始業時刻について
被告は,Bに対し,午前8時よりも前に出勤することを指示したことはないから,Bの始業時刻は,午前8時であると主張する。
しかし,前記認定事実のとおりの本件パソコンの電源が入れられた時刻に反する上,前記認定事実のとおりの作業員が現場に到着していた時刻や,Bがそれ以前に到着していたことにも反することから,上記被告の主張は,採用することができない。
(イ) 時間外労働時間及び休日労働時間について
被告は,就業時間後のBの業務は,主にパソコンを用いた書面作成であったのであるから,書面作成に要した時間がBの時間外労働時間及び休日労働時間であると主張する。
確かに,前記認定事実によれば,終業時刻後のBの主な業務は,パソコンを用いた書面作成であったと認めることができるが,書面作成にあたっては,書面を実際に作成する時間のほかに,記載内容の検討・調査,書面を用いて説明する場合の説明方法の検討,予想される質問に対する対応の準備等を行う時間も要するところ,被告が書面作成に要する時間として主張する時間は,上記書面作成時間以外の時間を含むものであるかは必ずしも明らかではない。
(ウ) 本件パソコンについて
被告は,Bが本件工事の現場に置いていたパソコンを,自宅に持ち帰ったり,現場で私的に使用したり,一度帰宅した後に現場事務所に戻り作業をしたりしていたのであるから,上記本件パソコンのログアウト時間等によっては,Bの労働時間を算出することはできないと主張する。
確かに,前記認定事実のとおり,Bは,平成19年1月1日,現場のパトロールを兼ねて年賀状作成のために本件工事の現場に行きパソコンを使用しており,平成18年11月11日には,業務との関連性が必ずしも明らかではない風景写真を本件パソコンに保存し,従前,本件パソコンを自宅に持ち帰ってきたことがあったことから,本件パソコンを全く私的に使用していなかったとまでは認めることはできない。
しかし,原告X1は,平成18年7月以降,Bが本件パソコンを自宅に持ち帰ったことはないと供述することや,上記認定のとおり,Bは,終業時間後に相当程度の業務を行う必要があったと解されること,一度帰宅した後に現場事務所に戻り作業をしたことを窺わせる証拠はないことに照らすと,パソコンの電源が切断された時間までの大半の時間を時間外労働や休日労働に費やしていたと推認するのが相当である。
(エ) また,被告は,現場の指揮監督業務は,段取りさえつければ,下請け業者に作業を任せることができるのであるから,Bは,日中も書類作成等業務をすることができたにもかかわらず,それをせずに残業をしていたにすぎないと主張する。
確かに,現場の指揮監督業務は,日中,現場に常駐する必要がある作業と認めることはできず,日中にその他の業務も行うこともできたと認めることができるが,前記認定事実によれば,本件工事は,設計変更についての検討,設計変更があったにもかかわらず,国交省側の都合で十分に工期が延長されず,工程管理を厳密に行う必要があったこと等により,相当程度業務量が多く,就業時間内にすべての業務を行うことができたとはいえない。
(オ) さらに,被告は,本件工事と同等の工事において現場代理人として配置されたMの勤務時間について,勤務時間内に書面作成等も行い,概ね午後5時には勤務を終了していたとする証拠<省略>を提出するが,上記書面は,本訴提起後に作成されたものであり,必ずしも通常の現場代理人の勤務時間を反映したものと認めることはできない。
加えて,被告は,Cが残業をしておらず,Bの後に本件工事の現場代理人として配置されたKも,原告が主張するような長時間にわたる時間外労働をしていないのであるから,Bも長時間にわたる時間外労働をする必要はなかったと主張するが,前記認定事実のとおり,Cは,残業代が支払われないと考えて残業をしなかったにすぎないから,現場代理人や監理技術者の業務が少なく残業をする必要がなかったことを推認させるものではなく,Kは,設計変更や工法変更が行われた後に配置された者である上,一番大変なところは終わっていたため,工期の面では特に大変ではなかったと述べており,同じ現場代理人として配置されてはいても,業務量が異なることから,CやKの時間外労働時間から,Bの時間外労働の必要性を推認することはできない。
3 争点(1) (Bの自殺と業務との相当因果関係-過重業務によるうつ病の発症)について
(1) ICD-10の診断ガイドライン(証拠<省略>。以下「診断ガイドライン」という。)によれば,通常うつ病にとって最も典型的な症状とみなされている,①抑うつ気分,②興味と喜びの喪失,③易疲労性のうちの少なくとも2つ,④集中力と注意力の減退,⑤自己評価と自信の低下,⑥罪責感と無価値感,⑦将来に対する希望のない悲観的な見方,⑧自傷あるいは自殺の観念や行為,⑨睡眠障害,⑩食欲不振のうちの少なくとも2つが最短2週間持続すること(症状がきわめて重症で急激な発症であれば,より短い期間であってもかまわない)が,軽症うつ病の診断を確定するためには必要とされている。
(2) 前記認定事実のとおり,Bは,本件工事に現場代理人兼監理技術者として配置され,設計変更や工法変更がされ,工期について国交省管理事務所と協議した平成19年1月以降,Fに対し,最近疲れやすいと言ったり,原告X1が有給休暇をとった際,休めていいな,等と言ったりしており,従前と異なり,帰宅の際ただいまと挨拶をせず,夕食時にも軽返事のようなものしかしなくなっていたことから,診断ガイドラインのうち,①抑うつ気分及び③易疲労性の症状があったと認めることができる。
また,前記認定事実のとおり,Bは,事前の打ち合わせに反して丁張りを取り付けてしまったり,小学生を車に乗せているにもかかわらず,赤信号の交差点を進行しようとする等しており,明け方目が覚めると眠れないと話したり,一度起きると寝られないと話していたことから,診断ガイドラインのうち④集中力と注意力の減退及び⑨睡眠障害の症状があったと認めることができる。
そして,Bについて,前記うつ病エピソードがすべて2週間持続していたかは必ずしも明らかではないものの,前記のとおり2週間の症状の持続は診断の絶対的要件ではないこと,前記認定事実のとおり,前記Bの症状を前提として,群馬県労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は,診断ガイドラインに照らして,Bのうつ病の発症を認定していることに照らすと,Bは,遅くとも平成19年1月24日までに,うつ病を発症していたと認めるのが相当である。
(3) また,前記認定事実のとおり,Bについて上記うつ病エピソードが見られるようになった時期が,Bが本件工事に現場代理人兼監理技術者として配置され,設計変更や工法変更がされ,工期について国交省管理事務所と協議した平成19年1月以降であること,Bには,精神疾患の既往歴がないことを併せ考えると,Bは,前記認定の本件工事の過重な業務によって,心身ともに疲労困憊し,それが誘因となって,うつ病を発症したもの推認することができる。
そして,前記認定事実によれば,Bは,平成19年1月中旬以降,設計変更や工法変更への対応を終え,本件工事における困難な部分の業務を概ね遂行できたと認めることができるものの,国交省管理事務所から,平成19年1月23日,工期の延長が認められるのは同年3月30日までである旨正式に通知され,工期の遵守について不安を感じる等して,さらにうつ病の症状が深まったために,その結果として自殺するに至ったと認めることができる。
(4) 被告の主張について
ア 被告は,Bについてうつ病を窺わせる症状は全く見られず,原告X1も異常を感じていなかったのであるから,Bは,うつ病を発症していなかったと主張する。
しかし,原告X1は,Bがうつ病を発症していること自体は認識していなかったものの,前記認定事実のとおりのBの言動からすれば,Bには診断ガイドライン所定のうつ病エピソードがみられたと認定することができ,被告が主張するとおり,原告Bの症状の中には,うつ病を発症していない者においてもみられる症状もあるものの,そうだからといって,Bの症状がうつ病エピソードにあたらないということはできない。
したがって,上記被告の主張は,採用することができない。
イ また,被告は,Bがうつ病を発症していたとしても,Bの性格や家庭の状況によりうつ病を発症したものであると主張する。
前記認定事実によれば,Bは,自殺する23年前,現場と図面の寸法が合わないことについて悩み,工事の現場から会津若松に2,3日逃げたことがあったが,上記事実は,Bが本件工事に配置された時期よりも長期間前の,かつ一度限りのことであり,その後Bは,複数回にわたり現場代理人や監理技術者として他の工事に配置されているものの,上記のような行動をとることはなかったことに照らすと,B自身の性格特性ゆえ,被告における業務を特に過重に感じることとなり,うつ病を発症するに至ったとまでいうことはできない。
また,前記認定に係る,当時のBの家庭の状況を考慮しても,家庭の状況によって,Bがうつ病に罹患し自殺をするに至ったとの事情を認めることはできない。
4 争点(2)(被告の安全配慮義務違反又は過失)について
(1) 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。
したがって,使用者は,その雇用する労働者が従事する業務を定めてこれを管理するに際し,労働者の労働時間,勤務状況等を把握して労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないよう配慮するのみならず,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに,被告は,使用者としてBを業務に従事させていたのであるから,Bに対し,上記注意義務を負っていたと認定するのが相当である。
また,被告においては,時間外労働時間や休日労働時間について,自己申告制を採用していたのであるから,厚生労働省が策定した本件基準に照らして,Bに対し,労働時間の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行うことなどについて十分に説明するとともに,必要に応じて自己申告によって把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて,実態調査を実施する等して,Bが過剰な時間外労働をして健康状態を悪化させないようにする義務(以下「労働時間把握義務」という。)があったというべきである。
しかし,被告は,前記認定事実のとおり,Bを含む従業員が時間外労働及び休日労働をする際,被告所定の手続をとらずに時間外労働や休日労働をしている従業員がいることを認識しながら,従業員が申告した時間と実際の時間が一致しているか否か調査しようともせず,むしろ月24時間を超える残業時間の申告を認めておらず,労働時間把握義務を懈怠していたというべきである。
また,前記認定のとおり,Bが,本件工事についてその業務自体においても,労働時間においても過重な業務を担当しており,少なくとも業務自体の過重性については,Bと共に国交省管理事務所との打ち合わせに出席し,現場事務所を週に1回訪問していた被告の土木課長であるDは,その過重性を認識していたにもかかわらず,被告がとった,Bの業務負担を軽減させる措置ともとれる措置は,下請け業者としてj社が加わり,二班体制で本件工事を行うことになった直後にCを配置したことのみであった。
しかるに,前記認定のとおり,Cの配置によってもBの業務負担を十分に軽減することはできなかったのであり,被告が上記Bの労働時間把握義務を尽くしていれば,Cの配置前後でBの時間外労働や休日労働が軽減されていないこと等を容易に認識しえたにもかかわらず,労働時間把握義務を懈怠した上,さらなるBの業務軽減措置をとらなかった結果,Bは,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して,うつ病を発症するに至ったのであるから,被告には,上記注意義務に違反した過失があるものと認めるのが相当である。
(3) 被告の主張について
ア 被告は,残業時間について,従業員の自己申告制度を採用していたことから,Bが残業時間を過少に申告していたのであれば,Bの残業時間を把握しえなかったと主張する。
しかし,上記被告の主張は,労働時間把握義務を懈怠したことを自認するものにすぎず,これによって過失が否定されるものということは到底できない。
イ また,被告は,Bの業務過重性について予見することができなかったと主張する。
しかし,前記認定のとおり,被告の土木課長であるDは,Bと共に国交省管理事務所との打ち合わせに出席し,現場事務所を週に1回訪問していたのであるから,Bの業務過重性を十分認識していたというべきであり,被告の上記主張は,採用することができない。
ウ さらに,被告は,Bがうつ病を発症したことについて予見することができなかったと主張する。
しかし,上記(1)のとおり,長時間労働の継続等により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは広く知られていることであり,うつ病の発症及びこれによる自殺はその一態様である。
そうすると,使用者としては,上記のような結果を生む原因となる危険な状態の発生事態を回避する必要があるというべきであるから,当該労働者の健康状態の悪化を認識していなくとも,就労環境等に照らして,労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識しえた場合には,使用者には結果の予見可能性が認められるものと解するのが相当である。
そして,被告は,上記のとおり,Bの業務自体の過重性を認識しており,長時間労働については認識していなかったとしても,それは被告自身が労働時間把握義務を懈怠した結果であるから,本件において,Bが遂行していた過重業務により,通常うつ病に陥り,自殺を図ることを予見することが可能であったというべきである。仮に,原告X1がBのうつ病の罹患を認識していなかったとしても,被告の予見可能性を否定する事情にはあたらない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
5 争点(3)(損害)について
(1) Bの死亡による損害について
ア 死亡による逸失利益
(ア) 前記認定事実のとおり,Bの平成18年における年収は,500万5182円と認めることができる。
(イ) 生活費控除率は,前記前提事実のとおり,Bが原告X1及び原告X4と同居していたことに照らすと,30パーセントとするのが相当である。
(ウ) Bは死亡時50歳であり,67歳まで17年間就労可能であったと認められるから,ライプニッツ係数は,11.2741である。
(エ) 以上によれば,Bの死亡による逸失利益は,500万5182円×0.7×11.2741=3950万0245円である。
イ 死亡による慰謝料
Bが自殺するに至った経緯等,前記認定に係る諸般の事情を総合考慮すると,Bの死亡による慰謝料は,2800万円が相当である。
ウ 葬祭料
前記認定に係る被告におけるBの地位及び年齢等に照らすと,葬祭料としては,150万円が相当である。
エ 相続
(ア) 原告X1
3450万0122円(円未満切り捨て)
(イ) 原告X2,原告X3,原告X4
各1150万0040円(円未満切り捨て)
(2) 過失相殺について
ア 被告は,Bが現場代理人としての職務を怠ったり,業務とは関係のない事情によって心理的負担が増大したものであるから,Bの損害について,過失相殺をすべきであると主張する。
イ 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができる(最高裁昭和59年(オ)第33号,同63年4月21日第一小法廷判決・民集42巻4号243頁参照)。
この趣旨は,労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべきものである。しかしながら,企業等に雇用される労働者の性格は多様であることはいうまでもないところ,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態も使用者としては予想すべきものということができる。しかも,使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行うものは,各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して,その配置先,遂行すべき業務の内容等を定めるべきものであり,その際に,各労働者の性格をも考慮するのは当然のことである。
したがって,労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を,心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである(最高裁平成10年(オ)第217号,218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照。)
ウ 本件についてみると,前記認定事実によれば,Bは,責任感が強く人に頼みごとをしにくい性格であり,この性格も一つの要因となって,本件工事における,現場代理人としての職務について,Cに残業をするよう頼む等することができず,十分に業務を分担することができなかったと認めることができる。
しかし,前記認定事実のとおり,Cは,本件工事の前に担当していた工事を終えた直後に本件工事に配置されており,残業を前提とした業務分担を頼みにくい状況であったことや,C自身残業手当が出ないと考えており,残業をする意欲がなかったこと等に照らすと,必ずしも,Bの性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったために,Cと十分に業務を分担することができなかったと認めることはできない。
そして,他にBについて過失相殺をすべき事情を認めることはできないから,上記被告の主張は,採用することができない。
(3) 損益相殺について
ア 前記認定事実のとおり,原告X1は,遺族補償年金として合計1052万7891円及び葬祭料として80万5680円の各支給を受けているところ,これにより各給付の対象となる損害と同一の事由に当たる死亡逸失利益と葬祭料について,損害の填補がされたと認めることができるため,上記金額の限度で,被告は,損害賠償責任を免れる。
したがって,原告X1の損益相殺後の損害は,2316万6551円となる。
(3950万0245円+150万円)÷2-(1052万7891円+80万5680円)+2800万円÷2
イ 被告は,原告らに給付された遺族特別年金,遺族特別支給金及び労災就学援護費相当額についても損益相殺をすべきであると主張する。
しかし,上記各支給金は,いずれも労働者災害補償保険特別支給金支給規則又は労災就学等援護費支給要綱に基づいて支給される特別支給金であり,上記特別支給金は,労災保険給付とは異なり,労働福祉事業の一環として,被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり,使用者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について,労災保険給付のように給付調整に関する規定も設けられていないことから,上記特別支給金は,被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできない(最高裁判所平成8年2月23日第二小法廷判決民集50巻2号249頁参照)。
したがって,上記各給付相当額について損益相殺すべきとの被告の主張は,採用することができない。
なお,損益相殺については,被告の主張が上記限度にとどまるため,その余の点については判断しない。
(4) 弁護士費用について
本件訴訟の経過等を総合考慮すると,原告X1については231万円,原告X2,原告X3及び原告X4については,各115万円と認めるのが相当である。
6 結語
以上認定判断したところによれば,原告らの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は,原告X1に対し2547万6551円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告X2,原告X3及び原告X4に対し,1265万0040円及びこれに対する平成19年1月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でいずれも理由があり,その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文及び61条を,仮執行宣言について259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西口元 裁判官 樋口隆明 裁判官 安田裕子)