前橋地方裁判所 平成21年(ワ)325号 判決 2011年11月16日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
釘島伸博
同
石渡啓介
同
土坂和也
被告
中道不動産株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
村上創
主文
一 被告は、原告に対し、三四九三万八四二六円及びこれに対する平成二〇年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告は、原告に対し、五五一八万三九六八円及びこれに対する平成二〇年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、被告の経営する公衆浴場(名称a湯前橋店、以下「本件公衆浴場」という。)を利用した後にレジオネラ肺炎を発症したことについて、被告は、本件公衆浴場の衛生管理を行うなどの徹底した安全配慮義務を負うのにこれを怠り、また、清潔で安全な入浴施設を提供する義務に違反し、本件公衆浴場にレジオネラ属菌を繁殖させたため、原告をしてレジオネラ属菌に感染させ、呼吸器機能障害の後遺症を負わせたと主張して、被告に対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求として、五五一八万三九六八円及びこれに対する不法行為の日である平成二〇年二月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠<省略>により容易に認められる事実。なお、証拠を摘示するときは、特に断らない限り、枝番を含める。)
(1) 当事者
原告は、昭和一八年○月○日生まれの男性であり、本件当時、管工事及び土木建築業を目的とする有限会社bの代表取締役であった。
被告は、平成一二年八月一七日、公衆浴場業の許可を得て、前橋市天川大島町内で本件公衆浴場を運営していた(平成二一年五月末に閉鎖)。本件公衆浴場は、男湯及び女湯とも、露天風呂、大浴場、アトラクション風呂(ジャクジー)、水風呂、サウナなどからなるいわゆるスーパー銭湯であり、いずれの浴槽も井戸水を用い、湯を循環させて使用する循環式浴槽であった。また、大浴場は、ミネラル成分を豊富に含有する光明石を用いたミネラル光明石温泉であり、光明石からのミネラル成分を湯に溶出させるため、湯の循環ルートに光明石温泉ユニットを設置するとともに、浴槽内にケース入りの光明石を備え付けていた。なお、営業時間は午前一〇時から深夜一一時までであり、毎月第三水曜日(ただし、一月、八月、一二月を除く。)が定休日であった。
(2) 公衆浴場の衛生管理に関する定め
ア 群馬県公衆浴場法施行条例(以下「本件条例」という。)の定め
公衆浴場法三条一項は、営業者(許可を受けて業として公衆浴場を経営する者)は、公衆浴場について、換気、採光、照明、保温及び清潔その他入浴者の衛生及び風紀に必要な措置を講じなければならないと定め、同条二項において、その措置の基準は都道府県の条例において定めることとしているところ、群馬県は、本件条例において、その措置の基準を次のとおり定めている。
三条 一般公衆浴場(温湯を使用し、同時に多人数を入浴させる公衆浴場であって、その利用目的及び形態が地域住民の日常生活において保健衛生上必要な施設として利用されるもの。)に係る法三条二項に規定する入浴者の衛生及び風紀に必要な措置の基準は、次に掲げるとおりとする。
二号 管理に係るものは、次のとおりとする。
ハ 水道水以外の水を使用した原湯、原水、上がり用湯及び上がり用水並びに浴槽水(浴槽内の湯水をいう。)は、規則で定める基準(一〇CFU/一〇〇ml以上のレジオネラ属菌が検出されないこと(本件条例施行細則三条))を目標に水質を管理すること。
ニ 原湯を貯留する槽について、生物膜その他の汚れの状況を定期的に点検し、必要に応じてその除去を行うための清掃及び消毒を行うこと。
ホ 浴槽水は、十分に補給し、清浄に保つこと。
ヘ 浴槽水は、毎日(ろ過器を使用して浴槽水を循環させる構造の浴槽(循環式浴槽)で毎日完全に換水しないもの又は循環式浴槽以外の浴槽(非循環式浴槽)で常に原湯を供給し、浴槽水をあふれさせるものに係る浴槽水にあっては、一週間に一回以上)完全に換水すること。
ト 浴槽は、浴槽水の排出後に毎日(循環式浴槽で毎日完全に換水しないもの又は非循環式浴槽で常に原湯を供給し、浴槽水をあふれさせるものにあっては、一週間に一回以上)清掃を行うこと。
リ 湯栓、気泡発生装置その他浴槽の附帯設備は、定期的に点検し、清掃及び消毒を行うなど維持管理を適切に行うこと。
ヌ 浴槽水は、規則で定める頻度で(連日使用する循環式浴槽の浴槽水で塩素系薬剤を使用する方法で消毒を行うものは、年二回以上(本件条例施行細則三条の二第二号))水質検査を行うこと。
ル 営業者は、自主的に衛生管理を行うため、自主管理手引書及び点検表を作成し、従業者に周知徹底するとともに、営業者又は従業者のうちから日常の衛生管理に係る責任者を定めること。
ヲ 水質検査の記録、各設備の点検、清掃及び消毒の記録その他衛生管理に係る記録を三年間保管すること。
ツ 循環式浴槽を設けるときは、次の基準を満たしていること。
(1) 浴槽水は、塩素系薬剤を使用する方法その他適切な方法で消毒等を行うこと。
(2) ろ過器は、一週間に一回以上、逆洗浄又はろ剤の交換等を行い、十分に汚れを除去するとともに、ろ過器及びろ過器と浴槽との間の配管は、適切な消毒方法で生物膜を除去すること。
(3) 循環式浴槽で毎日完全に換水しないものには、気泡発生装置、ジェット噴射装置その他微小な水粒を発生させる設備を使用しないこと。
(5) 集毛器は、毎日清掃を行うこと。
イ 公衆浴場における衛生等管理要領(平成一五年二月一四日健発第二一四〇〇四号厚生労働省健康局長通知。以下「本件要領」という。)の定め
本件要領は、公衆浴場における衛生の向上及び確保等を目的として、設備や水質の衛生管理等について定めるものである。
本件要領は、特に留意すべき事項として、これまでのレジオネラ属菌への感染事例を踏まえると、循環式浴槽を設置している公衆浴場においては、循環設備の衛生管理等を十分に行う必要があるところ、レジオネラ属菌等の微生物は、入浴者から常に補給される各種の有機質を栄養源として、ろ過器、浴槽、配管の内壁等に定着、増殖し、しかも、菌体表面に生産された生物膜によって塩素系薬剤等から保護されるため、その繁殖を防ぐには、浴槽水の消毒のみならず、常にその支持体となっている生物膜の発生を防止し、また、これを除去することが必要であると指摘している。
その上で、本件条例で定めるもののほかに、ろ過器については、一時間当たり、浴槽の容量以上のろ過能力を有し、かつ、逆洗浄等の適切な方法でろ過器内のごみ、汚泥等を排出することができる構造であること、ろ過器に毛髪等が混入しないようろ過器の前に集毛器を設けること、浴槽の消毒に用いる塩素系薬剤の注入又は投入口は、浴槽水がろ過器内に入る直前に設置して、ろ過器の直前に塩素系薬剤を投入することなどを規定し、ろ過器の生物膜の除去方法は、次の「循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策マニュアル」(以下「本マニュアル」という。)を参考にすることと定めている。また、浴槽水の消毒については、塩素系薬剤を使用し、浴槽水中の遊離残留塩素濃度を頻繁に測定して、通常〇・二ないし〇・四mg/l程度を保ち、かつ、一・〇mg/lを超えないよう努めるとしている。
ウ 本マニュアルの定め
本件要領を受け、厚生労働省は、循環式浴槽におけるレジオネラ症防止対策の詳細を定めて、本マニュアルとしている。
これによれば、循環式浴槽は、集毛器、循環ポンプ、消毒装置、ろ過器、熱交換器、循環配管によって構成されるものとし、浴槽の湯は、その中の毛髪等の混入物が集毛器で除去され、塩素系薬剤等で消毒された後、ろ過器で更に微細な汚濁物質がろ過され、熱交換器で適温に温められて浴槽に戻る仕組みとされている。また、本マニュアルにおいても、循環式浴槽では、ろ剤に溜まった有機物を栄養源としてレジオネラ属菌等の病原微生物が繁殖し、さらに、生物膜を形成し、殺菌作用から守られて生息し続けることにより、ろ過器がレジオネラ属菌の供給源となるおそれがあるため、砂式ろ過器については、週一回以上、逆洗浄をしてろ剤に溜まった汚濁物質を清掃、排除して、ろ剤が目詰まりすることを防止すると同時に、ろ剤に塩素消毒を施すことが必須であり、浴槽水だけを消毒しても、生物膜は除去できず、レジオネラ属菌の繁殖防止に十分な効果が期待できないことは明瞭であると指摘されている。循環配管についても、年に一回程度、高濃度の有効塩素を含んだ浴槽水を配管内に循環させるなどして、生物膜を除去することが必要であることなどが記載されている。
(3) レジオネラ属菌の検出及び営業停止処分
ア 前橋保健所は、平成二〇年二月五日、本件公衆浴場の男子大浴場及び露天風呂の湯を採取して水質を検査したところ、基準値を超えるレジオネラ属菌は検出されなかったが、同月二九日に再び男子大浴場及び露天風呂の湯を採取して検査したところ、大浴場から本件条例所定の基準値をはるかに上回る一三五〇CFU/一〇〇mlのレジオネラ属菌が検出された。
他方、原告は、同月二六日、前橋赤十字病院に入院して諸検査を受けたところ、同月二七日、尿中にレジオネラ抗原陽性反応があり、重症のレジオネラ肺炎を同月二〇日に発症したものと診断され、同年三月三日には、喀痰からレジオネラ属菌が検出された。これと大浴場から検出されたレジオネラ属菌の遺伝子解析を行ったところ、同月一三日、原告の喀痰のものと大浴場のものとは、DNA切断パターンが一致することが判明した。
イ 群馬県知事は、本件公衆浴場が原告のレジオネラ肺炎発生原因施設であると認め、平成二〇年三月一三日、公衆浴場法三条一項違反を理由として、被告に対し、同法七条一項に基づき、同日から同月二五日まで一三日間の営業停止処分を行った。被告は、同月七日、浴槽の水を抜いて洗浄を行った後、同月一二日に大浴場の湯を採取して水質を検査したところ、基準値を超えるレジオネラ属菌が検出されなかったため、同月二八日に営業を再開した。
(4) 原告の治療経過
ア 原告は、平成二〇年二月二〇日、起き上がることができなくなり、発熱、著しい脱力感・筋力低下、呼吸苦、嘔吐等を訴えて、コスモス内科皮膚科を受診し、解熱剤の投与や点滴等を受けたが、その後も三七度から四〇度の高熱が続き、同月二六日、炎症反応を示すC反応性タンパクが高値(基準値〇・三mg/dlのところ二三・八mg/dl)を示したことなどから、同日、敗血症ないし肺炎の疑いで前橋赤十字病院に救急車で搬送された。なお、原告は、同月二二日、神経系の異常を疑った医師の指示により、群馬大学医学部附属病院神経内科を紹介されて受診した。
イ 原告は、平成二〇年二月二六日、前橋赤十字病院に入院したが、入院当初から、リザーバー付き酸素を使っても、動脈血酸素飽和度(SPO2)が概ね八〇%台(基準値九六%以上)であり、呼吸状態が悪く、問いには答えるものの、意識がはっきりせず、辻褄の合わないことを言う、ラインを引っ張る、酸素マスクやミトンを外す、栄養摂取用の胃カテーテルを抜くなどしており、原告の妻が付添いをしていた。
原告は、同年三月二日夜から、SPO2が七九%にまで低下し、腎機能障害が進行するなど全身状態が悪化したため、同月五日、ICUへ転棟し、人工呼吸器を装着して、レジオネラ肺炎並びにその合併症の横紋筋融解及び多臓器不全の治療を受けた。しかし、原告は依然として呼吸不全を起こす危険がある予断を許さない状況であり、呼吸状態の改善には長期を要することから、同月一七日、気管切開術を受けて、気管カニューレを装着することになった。その後は、喀痰が多量に出ることや、呼吸苦を訴えることもあったものの、徐々に呼吸状態は安定し、同年四月一日、カフ付きの気管カニューレを装着したまま一般病棟に転棟し、同月八日、気管カニューレがスピーチカニューレに変更されて発語が可能になり、同月一八日には、カニューレを抜去して気切孔を自然閉鎖した。
また、原告は、気管切開時から、今後、肺が線維化する危険があると指摘されていたところ、同年三月二二日、胸部CT撮影の結果、肺野の気腫化及び右肺上葉主体の気管支透亮像に伴う肺胞影(肺炎後器質化様)が認められ、同月二七日には肺気腫と診断された。さらに、同年四月一五日の胸部CT撮影によれば、レジオネラ肺炎は全体的に改善しているが、肺全体に強い気腫状変化が生じており、同月二一日、慢性閉塞性肺疾患(COPD、肺気腫もこれに含まれる。)と診断された。同月二二日時点の換気機能検査によれば、予測肺活量三・五六ml、一秒量二・一六ml、予測肺活量一秒率六〇・六%(身体障害者等級に該当しない数値である。なお、二〇%以下は身体障害者等級一級に該当する。)であり、同年五月七日の胸部エックス線検査では、軽度の胸膜癒着、気腫化、線維化及び不透明肺が認められ、同月九日の動脈血ガス検査では、O2分圧四七・六Torr(五〇torr以下は身体障害者等級一級に該当する。)、CO2分圧三五・六Torr、pH七・四四八であった。原告の活動能力は、同月一二日時点で、人並みの速さで歩くと息苦しくなるが、ゆっくりなら歩ける程度であり、毎分一lの酸素療法を要する状態であった。前橋赤十字病院呼吸器科の医師は、原告の身体障害者手帳交付申請に当たり、以上の換気機能検査結果、胸部エックス線検査結果、動脈血ガス検査及び活動能力等を総合的に考慮して、原告の肺気腫による慢性の気道閉塞の呼吸器機能障害は、身体障害者等級一級に相当するとの診断書及び意見書を上記同日付けで作成した。
原告は、レジオネラ肺炎及びCOPDに罹患しているものの、呼吸苦はみられなくなり、以前と比べて肺機能が改善したことに加え、リハビリに意欲を示したことから、同年五月一四日に前橋赤十字病院を退院した。退院後は、呼吸器機能障害に対して、在宅酸素療法及び呼吸理学療法を受けるため、週二回ほどの割合で在宅訪問看護を受け、また、長期入院による体力及び筋力の低下、ADLの改善を目的として、群馬大学医学部附属病院におけるリハビリテーションを受けた。また、原告は、同月二三日付けで、群馬県から呼吸器機能障害につき身体障害者等級一級の認定を受けた。
ウ 以上の治療を含め、原告が平成二〇年二月二〇日以降、週二回の割合によるリハビリテーションの通院をした同年八月二九日までの入通院状況は、次のとおりであり、入院期間は七九日、通院及び往診の実日数は、重複日を除き三九日である。また、その後も同年九月二四日、一〇月一七日、二七日、一一月一九日、二七日に群馬大学医学部附属病院呼吸器内科に、同年一二月一日、コスモス内科皮膚科にそれぞれ通院した。
(ア) コスモス内科皮膚科への通院及び往診
平成二〇年二月二〇日、二一日、二三日、二五日、二六日、同年六月二六日の六日間。なお、同年二月二三日、二五日、二六日は往診であり、同日、前橋赤十字病院に入院している。
(イ) 群馬大学医学部附属病院神経内科への通院
同年二月二二日の一日
(ウ) 前橋赤十字病院呼吸器内科への入院
同年二月二六日から五月一四日までの七九日間
(エ) 前橋赤十字病院に入院中の同院歯科受診
同年三月二四日、二五日、二七日、同年四月一七日の四日間
(オ) 群馬大学医学部附属病院呼吸器内科リハビリテーション部への通院
同年五月二三日から八月二九日までのうち二七日間
(カ) 井上歯科医院への通院
同年七月二八日、三〇日、同年八月五日、一二日、一八日、二〇日、二五日の七日間。なお、同月一二日は、群馬大学医学部附属病院呼吸器内科リハビリテーション部への通院もしている。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点一(被告の不法行為ないし債務不履行責任の有無)
(原告の主張)
ア 被告は、本件条例の定めるところに従い、施設の維持管理並びに水質及びろ過器の衛生管理等を徹底し、利用者の生命及び身体の安全を確保すべき安全配慮義務を負い、また、公衆浴場の運営主体として、利用者に対し、清潔で安全な入浴施設を提供する義務を負う。しかし、被告は、これらの義務を怠り、本件公衆浴場にレジオネラ属菌を繁殖させた。
すなわち、被告は、浴槽中の遊離残留塩素濃度を〇・二ないし〇・四mg/l程度に保ち、かつ、一・〇mg/lを超えないようにしなければならないのに、本件公衆浴場の浴槽中の遊離残留塩素濃度は日によって、また、一日の間でも〇・一mg/lから高濃度の二・〇mg/lと大きく異なり、遊離残留塩素濃度を適切に管理しなかった。また、被告は、集毛器を設置し、毎日清掃しなければならないのに、アトラクション風呂にしか設置せず、しかも、その集毛器の清掃を週一回しか行っていない。さらに、光明石は表面に微細な穴が多く存在し、生物膜が発生しやすく、一度生物膜が形成されると微生物が内部で増殖を続けることから、塩素を投入するにとどまらず、生物膜そのものを丁寧に除去する必要があるのに、被告は、光明石温泉ユニットの消毒及びろ過タンクの定期的な点検をせず、浴槽内の光明石について十分な洗浄及び消毒を行わなかった。ろ過器についても、週一回以上の逆洗浄又はろ剤の交換等を行い、ろ過器及びろ過器と浴槽とをつなぐ配管について適切な方法で生物膜を除去しなければならないのに、被告は、逆洗浄以外の清掃及びろ剤の洗浄交換を月一回しかしていないし、ろ過器のフィルターが集毛器の役割を兼ねるとして、ろ過器の前に集毛器を設けていないから、繊維質のフィルター層内部に濁質が蓄積しやすい環境を作り出しており、生物膜を適切に除去していたとはいえない。なお、被告は、循環式浴槽で毎日換水しないものには気泡発生装置を使用してはならないのに、週一回しか換水しないアトラクション風呂に気泡発生装置を設置して営業していたのである。
イ このように、被告が上記各義務を怠った結果、原告が平成二〇年二月一四日から一六日までの間に最後に本件公衆浴場を利用した際、被告は原告をしてレジオネラ属菌に感染させ、原告はレジオネラ肺炎に罹患した。
ウ 被告は、浴槽の換水、清掃等の衛生管理を行ったと主張するが、本件条例に基づく自主管理手引書及び点検表等を作成せず、従業員に本件条例に則った衛生管理を周知徹底させていなかったことに照らすと、被告の主張を鵜呑みにすることはできない。
エ したがって、被告には不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償責任がある。
(被告の主張)
ア 被告は、毎日二時間ごとに浴槽水の遊離残留塩素濃度を測定、記録して〇・三ないし〇・八mg/lとなるように、〇・三mg/l以下であれば所定の量の塩素を投入し、〇・八mg/lであれば塩素の投入を一時停止しており、レジオネラ属菌が検出された大浴場については、濃度の振れ幅はほとんどなく、遊離残留塩素濃度の管理は適切に行われていた。また、被告は、アトラクション風呂以外には集毛器を設置していなかったものの、ろ過器のフィルターが集毛器の役割を兼ねていたし、大浴場のろ過器について毎日逆洗浄を行っていたから、集毛器の設置及び清掃において、実質的に本件条例に違反する点はない。さらに、ろ過器は、洗浄、ろ過、逆洗浄の各工程を自動的に切り替えて行うようになっており(洗浄行程において、ろ過器上部から湯が入り、ろ剤を通って不純物を除去し、清澄水が下部から浴槽に送られ、次いで、ろ過行程において、ろ過器下部から湯が入り、ろ剤を洗浄し、逆洗水は上部から排水され、次いで、逆洗浄行程において、ろ過器上部から湯が入り、ろ剤を通過し、ろ過層の不純物を排水する。)、洗浄及び消毒に関して、メーカーからこれ以上の取扱指示はなく、被告は、大浴場のろ過器の自動切替え装置を毎日作動させて逆洗浄を実施していたから、ろ過器の洗浄及び消毒も適切に行われていたというべきである。光明石温泉ユニットについても、メーカーから一、二週間に一回の逆洗浄を指示されていたところ、被告は、毎日逆洗浄をしており、ろ過タンクの点検及び交換は、メーカーの指示どおり五年ごとに行っていたし、浴槽内の光明石は、メーカーの指示どおり週一回の手洗い洗浄及び消毒を行っていた。なお、気泡発生装置を連日使用するアトラクション風呂に設置していたことは本件条例に違反するが、レジオネラ属菌が検出されたのは大浴場であるから、大浴場の衛生管理状況とは関係がない。
イ 原告が本件公衆浴場を最後に利用したのは、平成二〇年二月八日である。被告は、レジオネラ属菌が検出されなかった同月五日から八日までの間、大浴場において、洗面器の交換、大浴場のチャッキーバルブの交換洗浄、光明石温泉ユニットの交換洗浄、椅子のつけ置き洗浄交換を行い、遊離残留塩素濃度も〇・二mg/l以上を維持しており、適切に衛生管理を行っていた。これに照らせば、その四日間にレジオネラ属菌が感染を引き起こす程度にまで繁殖していたとは考えにくい。
仮に原告が本件公衆浴場を利用したのが同月一四日から一六日の間であるとしても、同月一〇日及び一四日、被告は大浴場の浴槽を換水して清掃し、光明石温泉ユニットの交換洗浄、ろ過器のフィルターの交換洗浄を行った。そして、同月二九日にレジオネラ属菌が検出されたが、同年三月七日にも、同様に、大浴場の浴槽を換水して清掃し、光明石温泉ユニットの交換洗浄、ろ過器のフィルターの交換洗浄を行ったところ、同月一二日に採取した湯からはレジオネラ属菌が検出されなかった。しかも、同月一四日から一六日まで大浴場の浴槽水の遊離残留塩素濃度は、〇・二mg/l以上に保たれていた。これに照らせば、被告の衛生管理は適切であり、原告が利用した際にレジオネラ属菌が繁殖していたとは考え難い。
ウ レジオネラ属菌は環境細菌であり、公衆浴場だけが感染経路となるわけではないこと、高齢者や多量喫煙者は感染しやすく、土木、粉じん作業との関連性も指摘されているところ、原告はアンカー工事を行っていたこと、レジオネラ属菌は集団感染をする場合が圧倒的に多いのに、原告のみが感染したことからすれば、原告が工事作業中にレジオネラ属菌に感染し、レジオネラ属菌を本件公衆浴場に持ち込んだとみるべきである。したがって、本件公衆浴場からレジオネラ属菌が検出されたことをもって、被告がレジオネラ属菌を繁殖させたということはできないし、仮に被告の衛生管理に不備があったとしても、これと原告がレジオネラ属菌に感染したこととの間には因果関係がない。
エ 保健所が調査書を、被告が改善報告書等をそれぞれ作成したのは、実際にレジオネラ属菌が検出され、営業停止処分が出されている状況において、保健所としては原因追及の実績を作り、被告としては営業再開の口実を作るためであり、被告は、実際のメンテナンスとは異なる内容を記載せざるを得なかった。したがって、これらの記載をもって被告が通常行うべき衛生管理を怠っていたと認めることはできない。
オ したがって、被告に不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償責任はない。
(2) 争点二(原告の呼吸器機能障害の程度)
(原告の主張)
原告は肺気腫による呼吸器機能障害のため、二四時間の在宅酸素療法を要し、外出時にも酸素ボンベを使用しなければならない状態である。また、身体の活動性、下肢筋力及び全身持久力の低下も相まって、原告は、歩行すること、椅子から自力で立ち上がること、片足で立つことなど身の回りの動作でさえ困難な状態にある。さらに、風邪等の感染症によって、落ち着いていた症状が急激に悪化する可能性も高い。他方、慢性閉塞性肺疾患(肺気腫はこれに含まれる。)は不可逆性の疾患であるから、原告の呼吸器機能が改善することはない。このように、原告の呼吸器機能障害は、日常生活が極度に制限され、終身労務に服することができない程度であり、後遺障害等級三級に相当する。
(被告の主張)
原告の平成二〇年四月二二日時点における予測肺活量一秒率六〇・六%は、身体障害者等級に該当しない数値であるし、同年五月一二日には七三・七%、同年九月一七日には七五・一%と改善している。これによれば、動脈血ガス検査におけるO2分圧も改善している可能性が高く、平成二三年五月三一日には、医師から、胸部レントゲン検査の結果が問題ないとの指摘も受けている。さらに、ゆっくりなら歩くことができる程度の活動能力があるから、身体障害者等級は四級(呼吸器の機能の障害により社会での日常生活が著しく制限されるもの)にすぎない。これらの事情を考慮すると、原告の呼吸器機能障害は、胸部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるものとして、後遺障害等級一一級に相当する程度であり、少なくとも、三級相当とは認められない。
(3) 争点三(素因減額の可否)
(被告の主張)
原告には、脳梗塞、左橈骨神経麻痺、一過性脳虚血、慢性肝炎及び糖尿病の既往症があったため、免疫力が低下しており、レジオネラ属菌に感染しやすい状態であった。したがって、原告がレジオネラ肺炎に感染したことには、原告の体質が寄与しているとみるべきであり、損害について素因減額されるべきである。
また、原告は、レジオネラ属菌による肺炎が改善した後に肺気腫を発症しているが、そのような肺気腫の発症機序は医学的知見に反する。そして、肺気腫の最大の原因は喫煙であるところ、原告は従前から喫煙をしていたから、原告はレジオネラ肺炎発症以前から肺気腫に罹患していたと考えられる。したがって、原告の呼吸器機能障害には、従前から罹患していた肺気腫が大きく関与しており、その関与の程度は五〇%と認めるのが相当である。
(原告の主張)
原告は脳梗塞、慢性肝炎及び糖尿病等の疑いを指摘されただけであり、これらに罹患したことはない。また、原告は、重症のレジオネラ肺炎に一か月近く罹患している最中に肺気腫を発症したのであって、レジオネラ肺炎が改善した後に肺気腫を発症したわけではないし、レジオネラ肺炎発症以前に肺気腫に罹患していたわけでもない。
なお、民法七二二条二項の類推適用に当たって、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、損害賠償の額を定めるに当たり、被害者の当該身体的特徴をしん酌して素因減額をすることはできない。本件においては、肺気腫患者の八割以上が喫煙者であるとはいえ、喫煙者であっても、肺気腫を発症するのはヘビースモーカーであり、しかも、その確率はわずかであること、原告はレジオネラ肺炎に罹患する前から禁煙しており、喫煙していた当時も、その量は毎日一箱未満であったこと、原告は、一か月近く重症のレジオネラ肺炎に罹患している最中に肺気腫を発症したことからすれば、原告は、レジオネラ肺炎を発症する以前から肺気腫が直ちに顕在化するような状態にあったとはいえないし、レジオネラ菌に感染しなければ肺気腫も顕在化しなかった。
したがって、原告が呼吸器機能障害を負ったことについて、素因減額すべき事情はない。
(4) 争点四(原告の損害)
(原告の主張)
ア 治療関係費 合計四七万一五三五円
(ア) 治療費及び薬代 四三万八六七三円
① 入院費用(前橋赤十字病院) 三三万七九三三円
② 通院費用
(コスモス内科皮膚科) 一万七一七〇円
(群馬大学医学部附属病院神経内科) 六九五〇円
(前橋赤十字病院歯科) 九二九〇円
(群馬大学医学部附属病院呼吸器内科) 一万〇六五〇円
前橋赤十字病院歯科への通院は、原告が同院へ搬送される際、意識が朦朧としていたために有床義歯を誤って噛むなどして破損したため、応急措置として受診したものである。
③ 薬代 八七〇〇円
④ 訪問看護費用 四万七九八〇円
(イ) 文書及び診療情報提供料 三万二八六二円
イ 付添看護費 合計七五万八三二〇円
(ア) 入院付添費用 一六万九〇〇〇円
原告の妻は、平成二〇年二月二六日からICU転棟前日の同年三月四日までの八日間、医師の許可を得て、原告に付き添って介護をした。また、原告は、一般病棟においても、カニューレを装着していた一八日間、自ら体を動かすことができなかったため、体位変換や水分補給等の身の回りの世話をする必要があり、原告の妻がこれを行った。
したがって、原告には少なくとも、ICU転棟までの八日間と一般病棟におけるカニューレ装着中の一八日間の合計二六日間の入院付添が必要であり、入院付添費は一日当たり六五〇〇円が相当であるから、合計は一六万九〇〇〇円(二六日×六五〇〇円)となる。
(イ) 付添人の寝具借用費 二五二〇円
原告の妻は入院付添をしていた八日間、日額三一五円で寝具を借用したから、寝具借用費の合計は二五二〇円(八日×三一五円)である。
(ウ) 通院付添費用 一四万五二〇〇円
原告は、動脈血酸素飽和度が低下し、呼吸困難等を起こしやすく、顕著に酸素飽和度が低下すると失見当識や昏睡に陥りやすいため、一人で長時間外出することは困難であり、原告の妻が四四日間、通院に付き添った。通院付添費は日額三三〇〇円が相当であるから、四四日間の通院付添費の合計は一四万五二〇〇円(四四日×三三〇〇円)である。
(エ) 将来介護費 四四万一六〇〇円
原告は、月額平均二三〇〇円の訪問看護を受けているから、少なくとも、平均余命年数一六年間の将来介護費は、次のとおり四四万一六〇〇円となる。
一六年×一二か月×二三〇〇円=四四万一六〇〇円
ウ 雑費 合計三七万八六一二円
(ア) 入院雑費 一一万八五〇〇円
原告の入院日数は七九日間であり、入院雑費は日額一五〇〇円を相当とするから、入院雑費の合計は一一万八五〇〇円である。
七九日×一五〇〇円=一一万八五〇〇円
(イ) 将来雑費 二六万〇一一二円
原告は、レジオネラ肺炎に罹患したことにより肺機能が低下し、起立や歩行等に時間がかかり、尿失禁を頻繁に起こすため、紙おむつなどの介護用品代として月額二〇〇〇円の支出を要する。したがって、平均余命年数一六年間の将来の雑費は、次のとおり二六万〇一一二円となる。
二〇〇〇円×一二か月×一〇・八三八(一六年間に対応するライプニッツ係数)=二六万〇一一二円
エ 交通費 合計一万一〇九〇円
(ア) 付添人交通費 二二五〇円
(イ) 通院交通費等 八八四〇円
① 自宅から群馬大学医学部附属病院までの交通費 三二四〇円
片道四km×二×一km当たり一五円×二七日=三二四〇円
② 駐車料金 五六〇〇円
オ 休業損害 六三万一二三二円
原告のレジオネラ肺炎に罹患する前の所得は、年額一二〇万円である。原告は、有限会社bの代表取締役であるが、同社は個人会社であり、原告は工事現場で肉体労働に従事することが多く、役員報酬はその全額が労働の対価であって、税務上も給与所得として扱われている。そして、原告は、少なくとも、レジオネラ肺炎の治療開始日である平成二〇年二月二〇日から群馬大学医学部附属病院におけるリハビリテーション終了日である同年八月二九日までの一九二日間にわたって就業できず、同社は廃業状態となっている。したがって、休業損害は、次のとおり六三万一二三二円である。
一二〇万円×(一九二日÷三六五日)=六三万一二三二円
(小数点以下切り捨て、以下同じ)
カ 逸失利益 二五四一万〇三八九円
原告の後遺症は後遺障害等級三級に該当するから、労働能力喪失率は一〇〇%である。また、原告の基礎収入を平成一八年度賃金センサス男性労働者学歴計六六歳以上の平均収入額である三五七万四九〇〇円とし、就労可能年数九年に対応するライプニッツ係数七・一〇八として計算すると、原告の逸失利益は、次のとおり二五四一万〇三八九円となる。
三五七万四九〇〇円×一×七・一〇八=二五四一万〇三八九円
キ 慰謝料 合計二二三五万七〇〇〇円
(ア) 入通院慰謝料 二四五万七〇〇〇円
原告の入院期間は七九日間、通院期間は実日数三九日を三・五倍した一三六・五日間であり、これに対応する入通院慰謝料は一八九万円であるところ、原告は、入院中に危篤状態に陥ったこと、入院期間が二か月半に及ぶこと、生涯にわたる重篤な合併症に罹患したことを考慮すれば、原告の身体的精神的苦痛は著しく、慰謝料としては通常より三割多い額を相当とする。
一八九万円×一・三=二四五万七〇〇〇円
(イ) 後遺障害慰謝料 一九九〇万円
原告の後遺症は後遺障害等級三級に相当するため、これに対する慰謝料としては、一九九〇万円が相当である。
ク その他 合計一六万五七九〇円
(ア) 自宅クリーニング代 四万円
原告は、レジオネラ肺炎に罹患したことにより肺機能が著しく低下し、自宅療養をするには感染予防対策として自宅の大がかりな清掃が必要であり、その費用として四万円を支出した。
(イ) 介護用ベッド 八万四〇〇〇円
原告は、退院後の平成二〇年五月から同年一〇月までの六か月間、前橋赤十字病院の医師の助言を受け、垂直昇降機能付きモーターベッドを月額一万四〇〇〇円で借り、その費用として合計八万四〇〇〇円(一万四〇〇〇円×六)を支出した。
(ウ) 経皮的動脈血酸素飽和度計 四万一七九〇円
原告は、退院後、自宅での訪問看護において、血中酸素飽和度の数値を確認するため、また、体調を自己管理するため、経皮的動脈血酸素飽和度計を購入した。
ケ 以上を合計すると、五〇一八万三九六八円となる。
コ 弁護士費用 五〇〇万円
サ したがって、原告の損害額の合計は五五一八万三九六八円となる。
(被告の主張)
ア 原告の主張は争う。
イ 付添看護費
原告は、糖尿病等のレジオネラ肺炎に罹患する素因を有していたから、本件公衆浴場でレジオネラ属菌に感染したとしても、それとレジオネラ肺炎の治療の際に原告の妻が付き添ったこと、入院付添時に寝具を借用したこと及び原告が将来介護を要することとの間には、因果関係がない。したがって、入院付添費、寝具借用費、通院付添費及び将来介護費は、因果関係のある損害ではない。また、入院付添費については、前橋赤十字病院は基準看護病院であるから、原告が一般病棟へ転棟した後は、原告の妻が付添看護をしたとしても、それが必要かつ相当であったとはいえない。さらに、将来介護費については、その必要性を認めることはできない。
ウ 雑費
将来の雑費については、原告の後遺症は原告の素因を原因とするものであるから、レジオネラ属菌に感染したことと因果関係のある損害ではない。また、将来にわたる介護の必要性は認められないから、将来の雑費を支出する必要性もない。
エ 休業損害
原告は、会社の代表取締役であるところ、企業の役員報酬については、利益配分の実質を有する部分や情誼的に交付される部分を控除して、純粋な労務対価部分だけを基礎収入と考えるべきである。そして、原告には脳梗塞、左橈骨神経麻痺、一過性脳虚血等の既往症があるから、レジオネラ肺炎に罹患する以前、工事現場で肉体労働に従事していたとは考えられない。したがって、原告の受けた役員報酬は、すべてが利益配当又は親族の生活保障の実質を有するものというべきであり、労務の対価とはいえない。よって、休業損害は生じていない。
仮に原告が肉体労働に従事していたとしても、原告は、前橋赤十字病院を退院した平成二〇年五月一五日以降は就労が可能であったから、休業損害が生じた期間は、平成二〇年二月二〇日から五月一四日までである。
オ 逸失利益
原告にはレジオネラ肺炎に罹患する以前から既往症があり、到底就労できる健康状態ではなかったから、将来就労する蓋然性を認めることはできない。したがって、原告に逸失利益は生じない。
第三当裁判所の判断
一 前提事実に加えて、証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の既往症について
原告は、五〇年来、一日二〇本程度の喫煙をしていたが、本件でレジオネラ肺炎に罹患する三、四年前から禁煙をしていた。また、原告は、平成一一年九月三〇日と一〇月八日に脳梗塞を疑診されたが、確定診断には至らず、その後も顕著な変化はなかった。さらに、原告は、平成一八年六月二四日ころ、複視を訴えて神経外科等で検査を受けたところ、同年七月三日、脳梗塞及び一過性脳虚血の疑いを指摘されたが、確定診断には至らず、バイアスピリン(血栓塞栓形成抑制剤)の処方を受けたほか、特段の治療を受けないまま症状は軽快した。なお、原告は、平成一四年三月二五日、左橈骨神経麻痺の、平成一九年九月一二日、慢性肝炎及び糖尿病の疑いがあると指摘されたが、これらの治療がされた形跡はなく、いずれも確定診断はされていない。
(2) レジオネラ肺炎発症までの原告の稼働状況
原告は、昭和六二年から土木建築業を営み、平成四年、有限会社bを設立し、自らが代表取締役となった。設立当初は二、三人の従業員を雇用していたが、平成一六年以降、従業員の雇用を止め、主に原告が一人でアンカー工事に従事し、受注の見積等の事務も行っていた。
原告は、アンカー工事の際に埃が体に付着するため、アンカー工事を行った平成二〇年二月一四日から一六日まで、本件公衆浴場を利用した。なお、原告は、同月八日には、妻と一緒に本件公衆浴場を利用している。
(3) レジオネラ属菌とレジオネラ肺炎について
レジオネラ属菌は、本来、土壌、河川等の自然環境に生息し、冷却塔水、循環式浴槽水等の人工環境では、アメーバ、繊毛虫等の原生動物の細胞に取り込まれて細胞内で大量に増殖し、人への感染源となる危険性がある。レジオネラ属菌に感染すると、重症のレジオネラ肺炎を発症することがあり、喀痰等の呼吸器症状のほか、腹痛、下痢等の消化器症状、せん妄、記銘力低下等の精神神経症状を呈し、重症化すると横紋筋融解症等を合併し、致死的となることもある。なお、潜伏期間は通常一週間前後であり、糖尿病患者、高齢者、多量喫煙者等がかかりやすい。
肺気腫を含む慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、一般的には喫煙を原因として発症するものであり、レジオネラ肺炎自体が肺気腫を引き起こすことはないが、重症肺炎に罹患した後、肺に線維性変化が生じ、肺気腫に進展することがある。COPDに罹患して肺胞が壊れると元には戻らないが、治療により、ある程度の運動能力の改善が期待できる。
レジオネラ肺炎の発症例としては、レジオネラ属菌に汚染された冷却塔水、循環式浴槽水、シャワー、噴水、洗車、野菜への噴霧水から発生したエアロゾルを吸入したもの、浴槽内で溺れて汚染水を吸い込んだものなどがある。
(4) 本件公衆浴場の衛生管理状況
本件公衆浴場は循環式浴槽を使用しているところ、大浴場の湯の循環ルートには、ポンプ、砂式ろ過器、光明石温泉ユニット、熱交換器、減菌器(次亜塩素酸ナトリウム剤を投入)が設置され、浴槽から排出された湯は、この順に各装置を通って再び浴槽に戻る仕組みとなっており、滅菌器は湯がろ過器を通過した後のルートに設置されているため、湯がろ過器に入る前に塩素消毒が行われていなかった。また、被告は、大浴場を含め、アトラクション風呂以外の浴槽水の循環ルートに集毛器を設置していなかった(なお、ろ過器が集毛器の性能を備えていたことを認めるに足りる証拠はない。)。ろ過器については、その前面に取り付けられた五方弁が自動で切り替わることによって、逆洗浄(ろ過層の不純物を排水する。)、ろ過、洗浄の各行程が自動で行われる装置が使用されており、被告は、これで毎日逆洗浄を行っていたが、ろ剤及びろ過フィルターの交換及び洗浄は月一回行っていただけであった。さらに、大浴場の循環ルートに設置した光明石温泉ユニットは毎日逆洗浄を行っていたが、消毒は実施しておらず、浴槽内の光明石については、手洗い洗浄及び消毒を週一回行っていた。そのほか、浴槽の換水と清掃は週一回程度行い、水質検査を年二回実施していた。
本件で原告が入浴した平成二〇年二月一四日から一六日前後における大浴場の衛生管理状況をみると、同月七日、一〇日及び一四日に光明石温泉ユニットの交換洗浄及び浴槽の換水清掃を行い、同月六日及び一八日に減菌器の塩素投入口の交換洗浄を実施した。また、遊離残留塩素濃度の管理については、午前九時ころから午後一〇時までの間、一日四回、大凡四時間置きに濃度を測定して維持管理表に記録していたところ、同月一四日から一六日までの測定結果は、すべて〇・二mg/lで一定していた。
(5) 原告の前橋赤十字病院退院後の状況
原告は、平成二〇年五月一四日に前橋赤十字病院を退院した後、同月二三日から三か月間、一週間に二回の頻度で、群馬大学医学部附属病院呼吸器内科リハビリテーション部に通院し、関節可動域訓練、筋力強化訓練、呼吸訓練等の理学療法を受け、呼吸器機能障害のリハビリテーションに励んだが、酸素を付けずに動くとSOP2は八五%程度に低下する状態であった。
原告の予測肺活量一秒率は、同年四月二二日時点では六〇・六%であったが、同年五月一二日時点で七三・七%、同年九月一七日時点で七五・一%と上昇したものの、歩行等の運動後や姿勢を崩すとSPO2が八〇%台にまで低下することがしばしばあり、時には七〇%台にまで低下するほか、日常生活においては、歩行の姿勢が前のめりになるなど歩行が極めて不安定で、立ち上がることや立位を維持することも困難であり、トイレに行くのに間に合わないこともある。また、現在でも、二四時間の在宅酸素療法を受け、睡眠時は酸素濃縮器を二台動かしている状態であり、外出時等に当たって携帯用の酸素ボンベが手放せない。
原告は、前橋赤十字病院退院後、三か月間にわたって群馬大学医学部附属病院呼吸器内科に通院し、その後は現在まで、前橋赤十字病院に月一回の割合で通院している。また、平成二二年一〇月まで週二回の在宅訪問看護を受けた後は、訪問看護の回数を週一回に減らし、その代わりに週一回の在宅リハビリテーション及び週二回のリハビリセンターへの通所を行っている。なお、原告は、平成二一年九月二七日時点で、介護保険法に基づき要介護2(入浴、排泄、食事等について、一日当たり五〇分以上七〇分未満の常時介護を要する状態)の認定を受けている。
原告は仕事の行える健康状態ではなく、有限会社bは事実上廃業状態となっている。
二 争点一(被告の不法行為ないし債務不履行責任の有無)について
以上のとおり、循環式浴槽においては、レジオネラ属菌がろ剤に溜まった有機物を栄養源として繁殖し、また、生物膜を形成するため、生物膜内で塩素消毒から守られて更に増殖し、ろ過器が原因となってレジオネラ属菌の感染を引き起こす危険が大きいことから、感染を防止するためには生物膜の発生を防止、除去する必要がある。そこで、本件公衆浴場における循環式浴槽(少なくとも大浴場の浴槽)においては、浴槽水の消毒のみならず、ろ過器の前に集毛器を設けて毛髪等が混入しないようにし、かつ、浴槽水がろ過器に入る前に塩素系薬剤による消毒を行った上、週一回以上、ろ過器の逆洗浄又はろ剤の交換をして、ろ剤に溜まった汚濁物質を除去するとともに、ろ剤に塩素消毒を施して、生物膜を除去することが必要であって、これは、本件条例、本件要領及びこれを受けた本マニュアルの定めから明らかである。しかも、本件条例はもとより、本件要領や本マニュアルの内容については、被告も了知していたことがうかがえる。
しかし、被告は、大浴場の湯の循環ルートにおいて、集毛器を設置していなかったばかりか、これはもとより、減菌器をろ過器の前に設置していなかったため、ろ過器に湯が入る前に塩素消毒や毛髪等の除去をしておらず、月一回、ろ剤やろ過フィルターの交換洗浄を行ったにすぎない。そうであってみれば、ろ過器や光明石温泉ユニットの逆洗浄を毎日行っていたとしても、ろ剤に溜まる有機物や生物膜を十分に除去することができず、レジオネラ属菌が生物膜に保護されてろ過器内で繁殖・増殖する状況が形成されていたものと考えられる。その結果、原告が本件公衆浴場を利用した平成二〇年二月一四日ころには、大浴場のレジオネラ属菌は、基準値を大幅に超える一三五〇CFU/一〇〇mlに達し、感染を引き起こす程度に至っていたものと推認するのが合理的である。確かに、本件において集団感染は生じていないが、そのことをもってレジオネラ属菌が繁殖していたことを否定することはできない。また、原告が、従前は多量喫煙者で、粉じんを浴びる作業に従事していたからといって、既にレジオネラ属菌に感染していたとか、レジオネラ属菌を本件公衆浴場に持ち込んだことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告には、本件公衆浴場を設置運営するに当たって、その衛生管理を適切に行い、利用者の生命身体の安全を確保すべき義務に違反した過失があり、原告をしてレジオネラ属菌に感染させて重症のレジオネラ肺炎及び肺気腫(COPD)に罹患させたものであるから、原告に対し、不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
三 争点二(原告の呼吸器機能障害の程度)について
原告は、肺気腫による気道閉塞の呼吸器機能障害を負い、現在においても、二四時間の在宅酸素療法が余儀なくされ、SPO2の数値が八〇%台になることもあるなど、多少のリハビリ効果はあるとしても呼吸状態は決して良くない。また、原告の歩行は極めて不安定で、到底長距離を歩くことや満足な運動はできないし、立ち上がることも容易にはできない状態であり、外出等に当たって酸素ボンベを手放すことができない。そして、このような在宅酸素療法や訪問介護、リハビリが終息する見込みはうかがえない。
これに照らせば、原告の後遺障害(呼吸器機能障害)の程度は、終身労務に服することができない状態と評して差し支えなく、後遺障害等級三級に相当するものというべきである。
なお、証拠<省略>によれば、原告は、平成二三年五月三一日、前橋赤十字病院の腎臓内科の医師に対し、同日に呼吸器内科を受診し、胸部レントゲン検査の結果、問題ないと言われたと述べていることが認められる。しかし、これは、医学に関して素人の原告が呼吸器内科の医師から伝え聞いたものを簡潔に述べたにすぎず、「問題ない」というのがどのような意味であるのか、呼吸器内科の医師がどのような所見を得ていたのかは明らかでないし、原告の呼吸機能の状態等に照らせば、単に悪化していないという趣旨である可能性も考えられるのであって、原告の呼吸機能が改善していると認めることはできない。
四 争点三(素因減額の可否)について
(1) 原告は、平成二〇年二月二〇日以前には、肺気腫と診断されたことはなかったが、同日ころに重症のレジオネラ肺炎を発症し、肺が線維化して、同年三月二七日、肺気腫ないしCOPDに罹患したものである。
肺気腫の原因は一般的に喫煙であって、原告は、本件罹患の三、四年前まで長年にわたって多量に喫煙していたことからすれば、原告は、一応は肺気腫に罹患しやすい素因を有していたといえる。しかしながら、原告は、レジオネラ肺炎を発症する以前に肺気腫の診断を受けたことはなく、肺気腫をうかがわせる症状を呈していたことも認められないから(脳梗塞、慢性肝炎、糖尿病等についても疑いを指摘されただけであって、確定診断がされたわけではない。)、その素因が顕在化したのは、重症のレジオネラ肺炎に罹患したことによるものと考えられるのであって、原告がレジオネラ肺炎に罹患したことと、肺気腫による呼吸器機能障害に陥ったこととの間には、因果関係があることは明らかである。
(2) そして、原告の肺気腫の素因を損害賠償の額を定めるに当たりしん酌すべきかについては、不法行為により傷害を負った被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有しており、これが加害行為と競合して傷害を発生させ、又は損害の拡大に寄与したとしても、その身体的特徴が疾患に当たらないときは、特段の事情がない限り、これを損害賠償の額を定めるに当たりしん酌することはできないと解すべきである(最高裁平成八年一〇月二九日判決・民集五〇巻九号二四七四頁)。
上記のとおり、原告は、喫煙という肺気腫の素因を有していたといえるとしても、喫煙が直ちに肺気腫に結びつくわけではないし、本件罹患の三、四年前には既に禁煙していたというのであるから、原告の上記素因は、民法七二二条二項の類推適用を考えるに当たり、損害の公平な分担という見地からして損害賠償の額を定めるに当たってしん酌すべき事由とは認められない。
(3) したがって、被告の損害賠償の額を定めるに当たり、原告の素因をしん酌して素因減額をするのは相当でない。
五 争点四(原告の損害)について
(1) 治療関係費 合計四六万一一一五円
ア 治療費及び薬代 四二万八二五三円
(ア) 入院費用(前橋赤十字病院) 三三万七九三三円
原告は、前橋赤十字病院に入院し、レジオネラ肺炎及び肺気腫の治療を受け、入院費用として三三万七九三三円を支出したことが認められる。したがって、その支出は、レジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害であり、同額を損害額と認めるのが相当である。
(イ) 通院費用 三万三六四〇円
(コスモス内科皮膚科) 一万六〇四〇円
原告は、平成二〇年二月一四日から一六日の間に本件公衆浴場でレジオネラ属菌に感染し、同月二〇日、レジオネラ肺炎を発症し、同日、二一日、二三日、二五日、二六日、コスモス内科皮膚科で解熱剤の投与等の治療を受けたところ、治療費として合計一万六〇四〇円を支出したことが認められる。したがって、この支出は、レジオネラ肺炎の治療のために要したものであり、レジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害であって、同額を損害額と認めるのが相当である。
原告は、同年六月二六日及び一二月一日にもコスモス内科皮膚科に通院しているが、後記のとおり、既に症状は固定しており、また、診療録によっても、呼吸器機能障害に対する治療又はリハビリが行われたことが認められないから、同日の治療費は、レジオネラ属菌の感染によって要した費用であると認めることはできない。
(群馬大学医学部附属病院神経内科) 六九五〇円
原告は、レジオネラ肺炎発症後の平成二〇年二月二二日、その症状の原因を検査するためにコスモス内科皮膚科の紹介を受けて、群馬大学医学部附属病院神経内科を受診したところ、治療費として六九五〇円を支出したことが認められる。したがって、その支出はレジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害であり、同額を損害額と認めるのが相当である。
(群馬大学医学部附属病院呼吸器内科) 一万〇六五〇円
群馬大学医学部附属病院呼吸器内科においては、肺気腫によって悪化した身体状況の管理及び向上のためにリハビリテーションが行われたところ、その治療費として一万〇六五〇円を支出したことが認められる。したがって、同額の支出は、後記の症状固定後のものとはいえ、レジオネラ肺炎による後遺障害の治療として必要性と相当性が認められ、因果関係のある損害と認めるべきである。
(前橋赤十字病院歯科)
原告は、入院のため搬送される際に誤って入れ歯を噛むなどして入れ歯を損傷し、そのために上記治療が必要であった旨主張し、現に前橋赤十字病院に入院中、歯冠修復又は欠損修復の治療を受け、治療費として九二九〇円を支出したことが認められる。しかし、入院のため搬送される際に入れ歯を損傷したことを裏付ける証拠はなく、入れ歯の損傷のために要した費用は、レジオネラ属菌の感染と因果関係のある損害とは認められない。
したがって、通院費用の損害額合計は、コスモス内科皮膚科分一万六〇四〇円、群馬大学医学部附属病院神経内科分六九五〇円、及び同院呼吸器内科分一万〇六五〇円の合計三万三六四〇円である。
(ウ) 薬代 八七〇〇円
原告は、平成二〇年五月二三日及び六月六日、群馬大学医学部附属病院からメプチンクリックヘラー(気道閉塞性障害の症状緩和のための薬)等を処方され、薬代として八七〇〇円を支払ったことが認められる。したがって、その薬代は、上記のとおり、症状固定後の治療に必要な支出として相当因果関係のある損害と認められる。
(エ) 訪問看護費用 四万七九八〇円
原告は、前橋赤十字病院を退院後の平成二〇年五月一五日から平成二一年三月三〇日まで、週二回在宅訪問看護を利用して、在宅酸素療法や呼吸方法の指導等を受け、その費用として交通費を併せて四万七九八〇円を支出したことが認められる。原告の後遺障害の内容や程度に照らせば、週二回の訪問看護は、呼吸機能の悪化防止に必要かつ相当な治療であると認められ、上記支出を損害額と認めるのが相当である。
イ 文書及び診療情報提供料 三万二八六二円
前橋赤十字病院に入院中の文書料四二〇〇円、同じく退院後の文書料一万六八〇〇円、同じく診断書等の診療情報提供料八八六二円、及びコスモス内科皮膚科の診断書料三〇〇〇円の合計三万二八六二円の実費を損害と認める。
(2) 付添看護費 合計三三万三七九四円
ア 入院付添費用 五万二〇〇〇円
上記認定によれば、原告は、平成二〇年二月二六日からICU転棟の前日である同年三月四日までの八日間、重症のレジオネラ肺炎によって意識がはっきりせず、ラインを引っ張る、酸素マスクを外す、カテーテルを抜くなどしていたから、看護師のほかに、近親者が原告に付き添う必要があったというべきであり、原告の妻が付添いをしていた。
原告は、一般病棟に転棟後の同年四月一日以降もカフ付きの気管カニューレを装着し、同月八日まで発語ができない状態であったが、呼吸状態は安定に向かっており、ICU病棟までのような問題行動を起こしていたことは認められない。したがって、原告の妻が、カフ付き気管カニューレ装着中の一八日間、原告に付き添って身の回りの世話をしたとしても、この間、原告について病院による看護以上の付添いが必要であったものと認めることはできない。
したがって、損害の対象となる付添いの日数としては、ICU病棟までの八日間に限って認め、入院付添費の合計は日額六五〇〇円を相当とするから、入院付添費は、五万二〇〇〇円(八日×六五〇〇円)である。
イ 付添人の寝具借用費 二五二〇円
原告の妻は、原告がICUに転棟するまでの八日間、前橋赤十字病院から寝具を借用して付添いをし、寝具借用代として日額三一五円を支出したことが認められる。ICU転棟までの八日間に限っては、原告は付添いを要する状態であり、夜間においても酸素マスクやチューブを外してしまうおそれがあったといえるから、付添人の寝具借用費は、上記の入院付添費とは別途に損害と認めるべきであり、損害額は二五二〇円(八日×三一五円)となる。
ウ 通院付添費用 一一万八八〇〇円
上記のとおり、原告についてレジオネラ属菌の感染や症状固定後の治療等のため、必要性と相当性の認められる通院は、症状固定日までのコスモス内科皮膚科及び群馬大学医学部附属病院神経内科への通院、並びに退院後の同院呼吸器内科へのリハビリのための通院である。これに加え、原告は、入院中に体重が減少し、補修した入れ歯が合わなくなり、入れ歯を作り直すために平成二〇年七月二八日、三〇日、八月五日、一二日(ただし、この日は群馬大学医学部附属病院呼吸器内科への通院日と重複する。)、一八日、二〇日、二五日の七日間、井上歯科医院に通院し、入れ歯を製作したことが認められる。原告は、重症のレジオネラ肺炎及びCOPD等で約二か月半もの入院を余儀なくされ、気管切開をするなどしていたことからすれば、原告が食事を十分に摂取できる状態になく、体重が減少していたことは明らかであり、その間に従前使用していた入れ歯が合わなくなることは容易に推認できる。したがって、入れ歯を調製するためにした井上歯科医院への通院は、レジオネラ属菌に感染したために必要になったものと認めざるを得ない。
そして、原告の入院前後及び退院後の身体状況に照らすと、入院までの通院のみならず、退院後の通院についても近親者の付添いが必要であり、証拠<省略>によれば、原告の妻が付き添ったものと認められる。
したがって、損害として認められる通院付添いの対象は、コスモス内科皮膚科への通院として平成二〇年二月二〇日及び二一日の二日間(二三日、二五日及び二六日は往診を受けているので、通院付添いが必要であったとはいえない。)、群馬大学医学部附属病院神経内科への通院として同月二二日の一日、群馬大学医学部附属病院呼吸器内科への通院として二七日間、井上歯科医院への通院として六日間(群馬大学医学部附属病院への通院と重なる日が一日ある。)の合計三六日間に限られ、通院付添費用は日額三三〇〇円を相当とする。したがって、通院付添費の合計は、一一万八八〇〇円(三六日×三三〇〇円)である。
エ 将来介護費 一六万〇四七四円
原告は、現在においても在宅酸素療法を継続しており、運動により呼吸状態が悪化することがみられるから、生涯にわたり、訪問看護を受ける必要性があると認められる。しかしながら、訪問看護を利用する回数は、週二回から週一回になっていることに加え、平成二〇年六月以降は、訪問一回当たり二八六円の交通費実費のみを負担していることが認められる。したがって、訪問看護費として支出を要する額は、一か月当たり四回の訪問につき生じる交通費一一四四円(二八六円×四回)と認めるのが相当である。
そして、原告は、平成二一年四月二五日に六六歳となり、平均余命年数は一八年(平成二一年簡易生命表)であるから、平成二一年四月以降の将来介護費用として認められる損害額(同年三月までの訪問看護費は、上記のとおり既に計上済み)は、次のとおり一六万〇四七四円である。
一一四四円×一二か月×一一・六八九六(一八年に対応するライプニッツ係数)=一六万〇四七四円
(3) 雑費 合計二五万八七七五円
ア 入院雑費 一一万八五〇〇円
入院日数は七九日、雑費日額は一五〇〇円を相当とするから、入院雑費の合計は、一一万八五〇〇円(七九日×一五〇〇円)である。
イ 将来雑費 一四万〇二七五円
原告は、現在においても、歩行困難で動作も緩慢であり、トイレに間に合わないことがあることからすれば、今後も尿失禁等に対処するためにおむつ等の介護用品を利用する必要があると認められる。したがって、介護用品等の雑費は、相当因果関係のある損害として別途考慮すべきであり、少なくとも月額一〇〇〇円の支出を要すると考えられるから、平均余命年数一八年間に対応する中間利息を乗じて計算すると、将来の雑費は、次のとおり一四万〇二七五円となる。
一〇〇〇円×一二か月×一一・六八九六(一八年に対応するライプニッツ係数)=一四万〇二七五円
(4) 交通費 合計一万〇一四〇円
ア 付添人交通費 一三〇〇円
原告が入院中に付添いを要したのは、平成二〇年二月二六日からICUに転棟した同年三月四日までであるところ、原告の妻が支出した付添いの交通費につき損害として認められるのは、同年二月二九日のタクシー代一〇五〇円、及び同年三月一日から四日までの駐車場代二五〇円の合計一三〇〇円である。
イ 通院交通費等 八八四〇円
(ア) 自宅から群馬大学医学部附属病院までの交通費 三二四〇円
前橋市文京町の自宅から同市昭和町の群馬大学医学部附属病院までは、片道四kmであり、ガソリン代は一km当たり一五円を相当とするから、同院への二七日間の通院交通費として認められる損害額は、三二四〇円(四km×往復分二×一五円×二七日)である。
(イ) 駐車料金 五六〇〇円
原告は、上記のとおり群馬大学医学部附属病院呼吸器内科に二七日間通院し、その間、駐車料金として五六〇〇円を支出したことが認められる。したがって、駐車料金の支出は、レジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害である。
(5) 休業損害 二七万九四五二円
原告は、レジオネラ肺炎を発症する前は、年額一二〇万円の収入を得ていたことが認められる。原告は、有限会社bの代表取締役であったが、同社には従業員はなく、原告が専ら一人でアンカー工事等を受注して作業を行っていたから、原告の年収は、その全額を労働の対価と認めるのが相当である。
また、原告は、前橋赤十字病院の入院中に、レジオネラ肺炎や肺気腫の治療を継続的に受け、肺機能に改善がみられたことなどから退院し、以後は主として在宅療法やリハビリに移行したこと、退院時に身体障害者等級認定のための診断を受けていることからすれば、原告の後遺障害(呼吸器機能障害)は、前橋赤十字病院を退院した日である平成二〇年五月一四日に症状固定したものと認められる。そして、休業損害を考えるときは、症状固定日までの休業を対象とすべきであり、原告は、レジオネラ肺炎の治療を開始した同年二月二〇日から症状固定日である同年五月一四日までの八五日間、仕事に従事することができなかったといえるから、原告の休業損害は、次のとおり二七万九四五二円である。
一二〇万円×(八五日÷三六五日)=二七万九四五二円
(6) 逸失利益 八五二万九三六〇円
原告の後遺症は、後遺障害等級三級に相当するものであるから、労働能力喪失率は一〇〇%、就労可能年数は、症状固定日である平成二〇年五月一四日(当時六五歳)から原告が七四歳になるまでの九年間(六五歳男性の平均余命年数の半分程度)とするのが相当である。また、原告の基礎収入は、上記のとおり年額一二〇万円と認めるのが相当である。以上によれば、原告の逸失利益は、次のとおり八五二万九三六〇円となる。
一二〇万円×一×七・一〇七八(九年間に対応するライプニッツ係数)=八五二万九三六〇円
(7) 慰謝料 合計二一九〇万円
ア 入通院慰謝料 二〇〇万円
原告の入院日数は七九日間であり、通院日数は、平成二〇年二月二〇日から症状固定日の同年八月二九日までの三八日間(通院及び往診の実日数三九日から、同年六月二六日のコスモス内科皮膚科への通院を除いた日数。通院期間は三八日を三・五倍した一三三日間)を対象として考えるべきであるが、殊に入院中の重篤な症状や気管切開手術を受けたことなどを考慮すれば、入通院慰謝料として、二〇〇万円を認めるのが相当である。
イ 後遺障害慰謝料 一九九〇万円
後遺障害等級三級に相当する後遺症に対する慰謝料として、一九九〇万円も認めるのが相当である。
(8) その他 合計一六万五七九〇円
ア 自宅クリーニング代 四万円
原告は、退院直前の平成二〇年五月一〇日、自宅をクリーニングし、その代金として四万円を支出したことが認められる。原告は肺気腫のため、肺機能が低下しており、感染症に罹患するとこれを悪化させる可能性があったから、退院に備えて自宅療養をするためにしたクリーニングは、原告の呼吸器機能を悪化させないために必要であり、それに要した費用は、レジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害と認められる。
イ 介護用ベッド 八万四〇〇〇円
原告は、平成二〇年五月から一〇月までの六か月間、自宅療養に当たって昇降機能付きモーターベッドを借用し、その費用として月額一万四〇〇〇円、合計八万四〇〇〇円を支出したことが認められる。原告が、退院後、呼吸状態が悪く、起立や歩行をすることが困難であったことに照らせば、介護用ベッドを借用したことは、重い呼吸器機能障害を負った原告の生活を補助するために必要であり、その費用は、レジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害と認められる。
ウ 経皮的動脈血酸素飽和度計 四万一七九〇円
原告は、訪問看護において酸素飽和度の測定等を受けており、平成二〇年九月一八日、経皮的動脈血酸素飽和度計を購入し、その代金として四万一七九〇円を支払ったことが認められる。原告の呼吸器機能を維持するためには、酸素飽和度計によって血中酸素飽和度を測定する必要があるといえるから、酸素飽和度計の購入代金は、レジオネラ属菌の感染と相当因果関係のある損害と認められる。
(9) 以上を合計すると、三一九三万八四二六円となる。
(10) 弁護士費用
本件の事案の内容、損害額及び本件訴訟の経緯等を考慮すると、弁護士費用としては三〇〇万円を相当と認める。
(11) 以上によれば、原告の損害額の合計は、三四九三万八四二六円となる。
第四結論
以上によれば、原告の本件請求は、被告に対し、損害賠償として三四九三万八四二六円及びこれに対する平成二〇年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法六四条本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内藤正之 裁判官 城内和昭 秋田智子)