前橋地方裁判所 昭和27年(行)4号 判決
原告 島田倭
被告 群馬県選挙管理委員会 外一名
一、主 文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告群馬県選挙管理委員会が昭和二十七年八月二十八日原告に対してなした原告が被選挙権を有しない旨の確認並びに原告が群馬県議会議員就職の時に遡つて失職する旨の確認及び被告群馬県議会議長になした右の旨の通告を取消す。被告群馬県議会議長が昭和二十七年八月三十日原告に対してなした別紙第二記載の「県議会議員失職について」と題する通告を取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、原告は昭和二十六年四月三十日施行された群馬県議会議員選挙に際し、同県群馬郡より立候補し、一万八百四十七票の得票で最高点となり、同年五月二日の選挙会で当選と決定され、同日被告群馬県選挙管理委員会(以下被告委員会と略称する)より当選人として告示されると共に、その旨の告知と当選証書の交付をうけ、爾来昭和二十七年八月三十日に至るまで群馬県議会議員として活躍して来た。ところが、原告は是より先昭和二十五年六月四日施行された参議院議員選挙に際し、全国区議員として立候補した訴外岩沢忠恭のためにした選挙運動が選挙違反罪に問われ、高崎簡易裁判所において昭和二十五年九月二十九日略式命令をもつて罰金五千円に処せられ、同年十月十六日その裁判は確定し、公職選挙法第十一条、第二百五十二条により、その時から五年間選挙権と被選挙権を有しないことになつていたのである。しかし原告の選挙権、被選挙権の欠缺については原告はもとより他の候補者、選挙人いずれも気がつかなかつたため、原告の当選に関係して公職選挙法所定の当選の効力又は選挙の効力に関する争訟の提起をみることなく、又行政事件訴訟特例法による当選告示の取消変更を求める訴を提起せられることなくして経過した。その後昭和二十七年四月二十八日大赦令が施行され、原告の右罰金刑の言渡は効力を失つたのであるが、大赦令の実施に当り高崎区検察庁で名簿を整理中、原告が前記の略式命令により罰金刑に処せられ選挙権及び被選挙権を有しない者であることが発見され同年八月漸く世間の話題となると共に、同月二十一日新聞紙が大きくこれを取上げて報道したため、同月二十八日被告委員会委員長は原告に対し、原告が前記の略式命令の確定により公職選挙法第十一条、第二百五十二条の適用をうけて被選挙権を有しないことを確認し、更に地方自治法第百二十七条第一項を援用して原告は議員としての職を失い、しかもその失職は議員就職の時に遡ると確認し、直ちにその旨を別紙第一記載のとおり被告群馬県議会議長(以下被告議長と略称する)に通告し、翌二十九日被告委員会の事後承認を受け、被告議長はこれにもとずいて同月三十日原告に右と同旨の別紙第二記載のとおり「県議会議員失職について」と題する通告をした。
しかし乍ら、以上の事実にもとずけば右の各確認並びに各通告は次のとおりの理由により適法に県議会議員である原告の地位を不法に剥奪しようとする違法な行政処分であるから取消されるべきである。即ち
一、当選前被選挙権を有しない者が当選人として告示された場合において、その当選の効力を争うには専ら公職選挙法及び行政事件訴訟特例法の定めるところにしたがい争訟すべきであつて、本件のように右各法律所定の期間内にかゝる争訟がなされなかつた時には、その期間の経過によつて当選人の地位は法律上不動のものとなるのである。かゝる場合においては地方自治法第百二十七条は適用にならない。もし同条を適用し、議員になると同時に失職すると解すると、当然失職している者に対して、更に公職選挙法や行政事件訴訟特例法の定める争訟をなしうると云う無意味な結果を生ずるし、又同条が期間を定めていないところから公職選挙法や行政事件訴訟特例法が争訟の提起について法定期間を設け、議員の地位を長く不安定ならしめないようにしている精神にも反することになるし、公職選挙法や行政事件訴訟特例法が地方自治法第百二十七条よりも新しく制定されたものであるところから「新法は旧法を改正する」の原則によつて、同条よりも他の二法律が優先適用になるものと云わねばならないからである。
又上叙の理由からすれば公職選挙法及び行政事件訴訟特例法に定められた期間の中少くともその最長限の期間を定めた後者の期間経過後は地方自治法第百二十七条の規定を適用できないのである。
二、仮に本件につき地方自治法第百二十七条が適用され、而も被選挙権の有無について議会の決定を要しないものとしても、「議員の職を失う」とするには議会或いは議長の「被選挙権を有しない」ことの認定が必要である(この認定の性質は、行政上の確認行為―準行政行為―である)。而して被選挙権を有するや否やの認定は、認定当時を標準としてされなければならない。蓋し、もしそうでないとすると、本件の場合昭和二十六年五月二日より同二十七年八月三十日まで原告が議員としてなした行為の効力に関する保証がなく従つてその行為が遡つて無効となる場合もあるし地方自治法第百二十八条の立法趣旨にも反するし、議会の運営、第三者の保護等の上からみて甚だ不都合であるからである。そして地方自治法第百二十七条が「被選挙権を有しない者であるときはその職を失う」と規定しているのも議会或いは議長の認定によつて失職する旨を明かにしたものである。本件においては前示のような認定はされていないし、又被告等が原告の被選挙権を問題にした昭和二十七年八月二十八日、同月二十九日、同月三十日当時において、原告は大赦により被選挙権を有していたのであつて前示のような認定はなしえなかつたのである。
三、原告は昭和二十七年四月二十八日大赦の恩典に浴している。恩赦法第三条は大赦の効力として「有罪の言渡を受けた者については、その言渡は効力を失う」と規定しているから、原告の受けた前記罰金刑そのものの効力は失わしめられ、最初からその言渡がなかつたことゝなり、公職選挙法第二百五十二条の適用も当初に遡つて排除され、従つて被選挙権の回復も当初に遡るものと解せられる。このように原告は大赦を受けた結果当初より被選挙権を喪失したことがなかつたことになるので、大赦のある後に原告に対し地方自治法第百二十七条を適用することができないのは当然である。もつとも恩赦法第十一条は「有罪の言渡に基く既成の効果は、大赦ヽヽヽヽヽによつて変更されることはない」とあるけれども、被告等は同年八月二十八日原告の被選挙権を問題にするに至るまでは、原告を議員として取扱つて来ているので失職と云う既成の効果は全く生じていない。
四、被告委員会が、原告において取消を求める前記のような確認並びに通告をすることは明かに地方自治法第百八十六条所定の選挙関係業務の範囲を逸脱した職権の濫用と云うべく、これによつて原告が、議員たる地位を剥奪されることを考えれば由々しい人権の侵犯と云わなければならない。
五、我が国の法制が民主主義を基幹とすることは言うまでもないことであつて、その国民主権の発動は選挙における投票と国民審査の二つの形式によつてなされている。されば投票に現れた国民の意思はこの主権的性格を有するから、充分に尊重されなければならない。昭和二十六年に行われた群馬県議会議員選挙において原告に投ぜられた一万八百余票の投票は、この意味において、絶対に抹殺されてはならぬ。当選後に処刑されたものではなく、一年三ケ月の間無事に議員としての職務を果していた原告が、何等の手続を経ないで当然失職するというのは、ただに旧官僚的、独善的思想であるばかりでなく、一万八百余票を抹殺し去るの誤りを犯すものと言わねばならぬ。
よつて被告等が原告に対してした前記各確認並びに各通告の取消を求めるため行政事件訴訟特例法にもとずき本訴に及ぶと陳述した。
被告委員会代表者並びに被告議長指定代理人は請求棄却の判決を求め、本案前の抗弁として、原告はその主張するような選挙犯罪の刑に処せられたことによつて被選挙権を有しなくなつたのだから地方自治法第百二十七条の定めによつて当然失職するものであつて、原告が取消を求める確認並びに通告はいずれも行政事件訴訟特例法にいわゆる行政庁の処分ではなく、訴訟の対象とならないから本訴は不適法である。と述べ、仮に本訴が適法であるとするならば、原告主張の請求原因事実中、原告、他の候補者並びに選挙人がいずれも原告の当選前後にわたり選挙権と被選挙権を有しなかつたことを気付かなかつたとの点は不知その他の事実は認める。しかし乍ら、その法律上の意見については前記のとおり原告と反対の見解をもつており、原告は当然その職を失つたものであるから原告の請求は理由がない、と陳述した。
三、理 由
原告の主張自体によれば、原告は公職選挙法第二百五十二条第一項、地方自治法第百二十七条第一項の規定により当然議員の職を失う。昭和二十七年四月二十八日大赦令が施行せられ原告が受けた罰金刑はその効力を失つたけれども、恩赦法第十一条の規定により前記既成の効果はこれによつて変更されることはない。その詳細は別事件即ち原告島田倭(本件の原告)被告群馬県選挙管理委員会(本件被告等の一人)間の当庁昭和二十七年(行)第三号事件において説示したからこゝでは省略する。原告が本訴において取消を求める被告等の各確認並びに各通告の行為は、原告の議員たる地位の得喪に関し何物をも附加せず又何物をも減殺せず法律上無意味であつて、これらは行政事件訴訟特例法にいわゆる行政庁の処分に該当せず、行政訴訟の対象となり得ないものであるから本訴を不適法として却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 奥田嘉治 黒沢信夫 柳川俊一)
(別紙第一)
昭和二十七年八月二十八日
群馬県選挙管理委員会
委員長 佐藤思良
群馬県議会議長 殿
議会議員の選挙犯罪確定について
貴議会議員として在職中の左記の者は別添第一号「昭和二十五年い第七七一号略式命令」の判決を受け、昭和二十五年十月十六日右判決は確定し別添第二号「既決犯罪通知」のとおり昭和二十七年一月十二日附をもつて同月十四日同村役場に通達されたが右事実確認の上は地方自治法第百二十七条第一項及び公職選挙法第二百五十二条によつて措置されるべきものと存ぜられるから至急御調査の上該当する場合は公職選挙法第百十一条第一項第二号によつて通知方御取計い願いたい。
記
群馬郡長野村大字西新波二〇
島田倭
(別紙第二)
群議第七九号
昭和二十七年八月三十日
群馬県議会議長 金子金八 印
群馬郡長野村大字西新波二〇
島田倭 殿
県議会議員失職について
昭和二十五年い第七七一号略式命令による判決の確定により貴殿は地方自治法第百二十七条第一項及び公職選挙法第二百五十二条の規定に該当し議員就職の時に遡り失職することが判明したので此段念のため御通知いたします。