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前橋地方裁判所 昭和33年(モ)70号 判決 1958年5月17日

申立人(債務者) 山口三郎

被申立人(債権者) 宮崎羊重郎

主文

申立人の本件申立を却下する。

訴訟費用は、申立人の負担とする。

事実

第一申立人の陳述

一  申立の趣旨

「申立人(債務者)と被申立人(債権者)との間の前橋地方裁判所昭和三二年(ヨ)第九八号有体動産仮差押申請事件について、同裁判所が昭和三二年一一月二二日なした仮差押決定は、債権額六五万円中四五万円を超える部分について、これを取り消す。訴訟費用は、被申立人の負担とする。」との裁判を求める。

二  申立の理由

(一)  被申立人(債権者)は、申立人(債務者)に対し、申立人が被申立人所有の立本を盗伐したことによる六五万円の損害賠償請求権ありとして、同債権保全のため、昭和三二年一一月二二日前橋地方裁判所に有体動産仮差押の申請(昭和三二年(ヨ)第九八号)をなし、同日同裁判所において、その旨の仮差押決定を得、同月二三日その執行をなした。

ところで、当時右仮差押について本案訴訟が提起されていなかつたので、右仮差押裁判所たる前橋地方裁判所は、申立人の申立により被申立人に対し、決定でその送達の日より一〇日の期間内に本案訴訟を提起すべき旨命じ、同決定は、同年一二月二三日被申立人に送達された。ところが、被申立人は、これに対し、昭和三三年一月一日本案訴訟として右債権を四五万円と主張しこれを請求する訴を提起しただけである。

(二)  よつて、右仮差押決定は、その被保全債権額六五万円中四五万円を超える部分については、右起訴命令所定の期間徒過を理由に、取り消さるべきである。

第二被申立人の答弁

一  主文第一項同旨の裁判を求める。

二  申立人主張の申立の理由中、第(一)項の事実については認めるが第(二)項は争う。

第三疏明

被申立人は、乙第一号証の一ないし四を提出し、申立人は、乙各号証の成立を認めた。

理由

申立人主張の申立の理由中、第一項の事実については、当事者間に争がない。

そこで、本件の争点は、民事訴訟法第七四六条にいう仮差押の本案訴訟としては、仮差押の被保全債権の一部についてこれが提起されることをもつて足るか否かの一点に帰する。

本件においては、仮差押の被保全権利と本案訴訟の訴訟物たる権利とは、その範囲の点を除いて、全く同一である。弁論の全趣旨によれば、両者は、同一の山林地域における多数立木の盗伐による損害の賠償請求権であつて、たゞ、その損害の評価額が前者では六五万円、後者では四五万円とされているに過ぎないことが明らかである。後者が前者の一部請求であるとされているわけでもなく、また、仮に一部請求であるとしても、それがどの一部なるかの特定をなすこともできないのである。このような場合における本案訴訟の訴訟物たる損害賠償請求権は、たとい分量的に可分な給付を目的とするものであつても、常に不可分的に全部として訴訟の目的となり、訴訟係属の効果も既判力も、その権利全部について生ずるものと解すべきであつて、右の額の限度に限られるものというべきではない。したがつて、本案訴訟において、原告たる債権者は、勝訴すると敗訴するとにかゝわらず、右損害賠償請求権全部について判決の効力を受けるわけである。

ところで、民事訴訟法第七四六条の定める起訴期間の徒過による取消制度は、保全手続が、その附随的性格にもかかわらず緊急性の要請から、本案提起前にも保全命令を発せしめるのが通常であるところ、債権者主張の被保全権利についてその存在の確定がないのに保全処分による重大な苦痛を甘受しなければならない債務者のため、本案訴訟提起前に保全命令がなされた場合には、債務者をして起訴命令の申立をさせ、期間を定めた裁判所の起訴命令にもかかわらず、これを徒過した債権者に対しては、裁判所は、保全命令を取り消すこととし、ひいて、本案訴訟による請求権の存否の速かな確定を促し、保全処分によつて生じた浮動状態の除却についての債務者の関心に答え、債権者債務者間の利害の均衡を得せしめようとするものであるといえる。したがつて、起訴命令に応ずる本案訴訟としては、保全処分の被保全権利を訴訟法的手段により終局的に確定しうるに足るものであればよいわけである。本件において被申立人の提起した本案訴訟が、前述のとおりである以上、本件仮差押の被保全権利をそのまゝ、右の意味において確定するに足るものであること明らかであるから、被申立人は、起訴期間の徒過による取消に関する限りでは、適法な本案訴訟を提起しているものといわなければならない。以上は、仮処分について、その被保全権利と本案訴訟の訴訟物たる権利とが必ずしも完全に一致しなくとも、その請求の基礎を同一にすれば起訴命令に応ずる本案訴訟として十分であると、多く、解せられていることを思い合せても、たやすく、理解しうるところである。なお、本件において、前示のような本案訴訟の提起があつた以上、仮差押の被保全権利たる損害賠償請求権の範囲の問題は、保全手続上は、むしろ仮差押異議の手続において決すべきものと考える。

右のとおりであるとすれば、本件仮差押の被保全権利の一部についてその取消を求める申立人の本件申立は、理由がないから、これを失当として却下することとし、なお、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一)

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