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前橋地方裁判所 昭和34年(ヨ)23号 決定 1959年3月20日

申請人 上山貞治 外一〇名

被申請人 群馬県

主文

申請人らの申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨およびその理由

申請人ら代理人は、「被申請人は申請人らに対して支払うべき昭和三四年三月以降の給与から別表(ロ)欄記載の金員を差し引いてはならない。」との仮処分決定を求め、その理由として

一、申請人らは、いずれも群馬県市町村立学校の教員であつて、群馬県教職員組合(以下群教組という。)の組合員である。

二、群馬県教育長は、昭和三四年二月五日付をもつて、市町村教育委員会教育長、地方教育事務所長に対して、群馬県市町村立学校職員が、昭和三三年四月一日以降同三四年一月末日までの間、その服務上の監督者の承認を受けずに一日の全勤務時間を勤務しなかつた日の勤務しない分に相当する額の給与(以下過払分という。)を群馬県市町村立学校職員の給与に関する条例(以下給与条例という。)第一八条の規定等に基き、同年三月以降に支給すべき給与(給料および暫定手当をいう。以下同じ。)から差し引くことについて「給与の減額に関する内申書」「給与を減額をすべき事由の生じた日の属する週の学校職員の勤務時間の割振りについての報告書」等を提出することを指示し、被申請人は、右内申に基いて申請人らの昭和三四年三月分以降の給与から別表中(ロ)欄記載の金員を差し引く準備中である。

三、しかしながら、被申請人が過払分ありとして給与差引の対象としている「服務上の監督者の承認を受けないで勤務しなかつた時間」とは、具体的には昭和三三年九月一五日、同一〇月二八日、同一一月五日および同一二月一〇日の群教組の統一行動につき、申請人らが、それぞれその全部又は一部に参加したことおよび申請人らの一部が、群教組桐生地区、沼田地区組合員が行なつた勤務評定反対の座り込み斗争に参加したことを意味するものと推測し得るが、申請人らは、右に参加するについては、いずれも年次有給休暇を請求しし、時期変更の申出を受けることなく適法に休暇をとつているか、又は当該服務上の監督者の承認を得ているのであつて、かような組合集合への参加が、給与条例第一八条の規定による給与差引の対象となる筈がない。

そればかりでなく、仮りに、右組合集会への参加が、給与条例第一八条の規定による給与差引の対象となるとしても、本件給与差引は、すでに昭和三三年四月一日以降同三四年一月末日までに支給した給与から差し引くべきであつたのにこれを差し引かず、当然全額を支給しなければならない昭和三四年三月以降の給与から差し引くというのであるから、賃金につき相殺を禁止する労働基準法第二四条の規定に違反して許されないところである。

しかも、給与条例第一八条の規定は、純然たる給与取扱上の規定であつて、懲戒ないし応報のために流用すべきでないことは懲戒に関する規定(地方公務員法第二九条)が別に存することによつても明らかである。それにもかかわらず、本件給与差引は、時期、内容、程度から見て昭和三三年度における申請人らが群教組の組合員として勤務評定反対斗争に参加したことの応報ないしは懲戒として行なわれようとしていることは疑うべくもなく、右給与差引は人事権の濫用として到底許されないものである。

また、本件給与差引は、従来勤務しないことについての服務上の監督者の承認が多くは事後に黙示的になされていた慣行を無視し、該承認の有無を何を基準に判断すべきか明確な法的根拠もなく、さらに、勤務しなかつた時間三〇分以上の端数を一時間にくりあげ、一週間の勤務時間の基準は四四時間であるが、最終的には教職員別に決定せらるべきものであるのに、一律に勤務時間を四四時間として計算するなど、いちぢるしく事実をまげ、かつその法的根拠を欠いているものであつて、これらの点からしても違法として許されないものである。

四、ところで、申請人らは、以上のごとき給与差引につき、被申請人を被告として給与返還義務不存在確認の訴を提起すべく準備中であるが、被申請人が前記のごとく給与差引を強行すれば、給与を唯一の収入として生計を営む申請人らとしては、生活上著しい損害をこうむると同時に前記本案の確定判決のあるまでの長期間、正当に休暇請求権を行使しても被申請人の一方的な判断で給与を差し引かれ、さまざまな不利益を受けることになり精神的にも重大な苦痛を免れないのでこの申請に及んだものであると主張した。

第二、当裁判所の判断

本件記録によれば、申請人らは、いずれも、群馬県市町村立学校の教員であつて、被申請人から支給される給与により生計を維持しているものであること、群馬県教育委員会教育長は、市町村教育委員会教育長、および地方教育事務所長に対して、申請人らを含む群馬県市町村立学校教員の昭和三四年三月以降の給与について、給与条例第一八条の規定に基く給与差引をすることについて「給料の減額に関する内申書」「給与の減額すべき事由の生じた日の属する週の学校職員の勤務時間の割振りについての報告書」を提出するよう指示したこと、その結果申請人らについてそれぞれ別表中(ロ)欄記載の金額が、昭和三四年三月分の給与(給料および暫定手当)である同表中(イ)欄記載の金額より差し引かるべき旨の内訳書が提出され、被申請人は、右内訳書に基き右(ロ)欄記載の金額を当該申請人の給与の五分の一に相当する金額を限度として昭和三四年三月分の給与から差し引き、残余の分は同年四月以降の給与から差し引く準備中であること、申請人らの昭和三四年三月分の給与に諸手当を加え、かつ、これから恩給納金、共済組合掛金、所得税および住民税を控除したうえ、前記五分の一を限度とする金額を差し引いた場合、申請人らに対する現金支給高は、別表中(ニ)欄記載のとおりであり、さらに申請人林千代松、同田中穂積、同金子好三、同星野卓美および青木良明は、昭和三四年四月以降の給与から前記五分の一をこえる分として同表中(ホ)欄記載の金額が差し引かれることが一応認められる。

そこで、申請人らにつきその主張のごとく、右のように差し引かるべき過払分がないかどうか、および右のごとく給与を差し引いて支給すること自体が違法として許されないものであるかどうかの点は、しばらくおき、仮りに、右のごとく給与差引が行なわれた場合、果して申請人らが主張するごとく本件仮処分を必要とする事情が存在するかどうかについて判断する。

ところで、申請人らの求めるところは、前記のごとくその存否につき本件当事者間に争いのある過払分に相当する金額を、昭和三四年三月分以降の給与から差し引くことなく、換言すれば右月分以降の給与の全額を仮りに支払うべきことを求める仮処分決定であるから、この種仮処分は、その性質上、昭和三四年三月分以降の給与の全額が支給されるのでなければ、申請人らの生活は直ちに危殆に瀕する等本案判決の確定をまてないほどさしせまつた事情にある場合に限つて、はじめて許さるべきものと解すべきところ、

本件記録によれば、申請人上山貞治は、両親、妻および子供五人を、同茂木平八は母、妻および子供三人(高校生二人、中学生一人)を、同林千代松は、妻および子供四人(高校浪人、高校生、中学生、小学生各一人)をを、同田中穂積は、妻、妻の母および子供一人を、同須藤晃作は、子供五人(中学生一人、小学生二人、幼児二人)を、同金子好三は、妻および子供三人を、同多胡とくは、母と子供一人(大学生)を、同本多武男は、妻および子供二人(小学生)を、同青木良明は母に仕送りしたうえ妻を、それぞれ扶養していること、同本多武男、同青木良明は他に月賦金等(金額不明)の債務があることが一応認められる。したがつて、申請人らが前記金額を差し引かれることにより、その生活に多少の困難をまねき、これにより精神的苦痛をこうむることは推察に難くないけれども、以上の事実により、申請人らが、昭和三四年三月分の給与から前記金額を差し引かれた場合(同年四月分以降において差し引かれることになる申請人についても同じ。)その生活にどの程度苦痛をこうむるかについて考えて見ると、前記昭和三四年三月分現金支給高に対する扶養家族の割合から見て申請人ら中もつとも生活困難と思われる申請人須藤晃作、同青木良明にして見ても、右現金支給高中より若干の支出があつたとしてもなお家族一人平均三、〇〇〇円近い金額が支給されることが窺われるし、また本件記録によれば、生活上やや特別の事情があると認められる申請人多胡とくにしても毎月二、〇〇〇円余の貯金をしていることが推認できること、同星野卓美は、同人と略同額の収入ある妻といわゆる共稼ぎをしていることが一応認められ、またその余の申請人らの前記現金支給高が、二〇、〇〇〇円ないし三〇、〇〇〇円前後ぎあることは、前述のとおりであつて、これに前記認定の扶養家族数その他記録にあらわれた諸般の事情を考え合わせて見ても、申請人らの被る前記生活上の困難や精神的苦痛は本案判決をまついとまのないほど急迫しているものとは認められない。

申請人らの申請は、結局これを必要とする事情が存在しないことに帰着するから、爾余の点について判断するまでもなくこれを失当として却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水野正男 荒木秀一 原島克已)

(別表省略)

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