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前橋地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1962年6月14日

原告 樺沢幾喜

被告 群馬県知事

主文

本訴中、群馬県勢多郡宮城村農地委員会がなした別紙物件目録記載の第三号地と同第四号地および同第五号地との農地所有権交換の協議の無効確認を求める部分および被告が前橋地方法務局大胡出張所に対して別紙物件目録記載第一号地、同第三号地につきなした登記嘱託の取消を求める部分を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一、原告は「一、群馬県農地委員会が昭和二三年一二月二七日付をもつて自作農創設特別措置法第二三条の規定に基づきなした別紙物件目録記載の第一号地と同第二号地との農地所有権交換の裁定は無効であることを確認する。二、群馬県宮城村農地委員会が昭和二三年一一月一八日付をもつて自作農創設特別措置法第二三条の規定に基づきなした別紙物件目録記載の第三号地と同第四号地および第五号地との農地所有権交換の協議は無効であることを確認する。三、被告が昭和二五年一〇月二七日前橋地方法務局大胡出張所に対してなした、前記第一号地につき訴外六本木定雄のため、同第三号地につき訴外松村幸吉のための各前記農地所有権交換に基づく所有権取得登記の各嘱託を取り消す。四、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告は「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一、(イ) 別紙物件目録記載の第一号地(以下第一号地と略称)は、原告が大正一五年中に訴外鹿沼重兵衛その他の共有者等から賃借し、開墾のうえ桑畑として耕作してきた農地であるところ、昭和二二年一〇月二日旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条の規定に基づき、国に買収された。

(ロ) 別紙物件目録記載の第三号地(以下第三号地と略称)は、原告が大正六年中に訴外阿久沢武雄の先代阿久沢長七から賃借し、米麦を耕作してきた農地であるところ、昭和二二年一二月二日自創法第三条の規定に基づき、国に買収された。

二、(イ) 当時勢多郡宮城村農地委員会(以下村農委と略称)は、自創法第二三条の規定に基づき、右第一号地と訴外六本木定雄所有の別紙物件目録記載の第二号地(以下第二号地と略称)とを交換すべく、同訴外人に交換を指示したが、同訴外人との間に協議が調わなかつたので、群馬県農地委員会(以下県農委と略称)にこれが裁定の申請をなし、県農委は昭和二三年一二月二七日右申請に基づき、第一号地と第二号地との農地所有権を交換する旨の裁定をなした。

(ロ) 村農委は自創法第二三条の規定に基づき、第三号地と訴外松村幸吉所有の別紙物件目録記載の第四号地および第五号地(以下第四号地、第五号地と略称)との農地所有権交換を同訴外人に指示し、昭和二三年一一月一八日同訴外人との間に協議が調つた。

三、そこで、被告は昭和二五年一〇月二七日前橋地方法務局大胡出張所に対し、右第一号地については訴外六本木定雄が、第三号地については訴外松村幸吉が各前記農地所有権交換により所有権を取得したものとして、その登記手続を嘱託し、同出張所同日受付第一、二一一号をもつて各所有権取得登記がなされた。

四、しかしながら、第二項(イ)記載の裁決ならびに同項(ロ)記載の協議はいずれも次のとおり重大かつ明白な瑕疵があるので無効である。

(一)  原告は第一項記載のとおり第一、第三号地に対する永年の耕作関係に基づき、これらの買受資格を有していて、右第一、第三号地の売渡計画の樹立される当時、その買受申込をなしたのであるから、右各土地は当然原告に売渡さるべきものであるにかかわらず、県農委は右申込を無視し、第一号地をこれに全然無関係な六本木定雄に対して交換の裁定名下に所有権移転をなし、また村農委も原告の申込を無視し、第三号地をこれに全然無関係な松村幸吉に対して交換協議名下に所有権移転をなし、しかも原告には当時寸毫の換地も与えられていないのであつて、結局右裁定ならびに右協議は、いずれも自創法第一条、第一六条、第二三条等において耕作者の地位の安定を保障した農地改革の根本精神ならびに買収農地の売渡交換につき耕作者の優先権を認めた右規定の趣旨に違反する。

(二)  本件交換裁定ならびに協議当時における原告と六本木定雄、松村幸吉との農業経営の実体は次のとおりであつた。

(イ) 原告

所有地および国から売渡されて所有すべき農地、計九筆一町三反一畝一三歩。本件第一、第三号地を国から売渡されたとして計一一筆一町七反一五歩。

世帯人員九名、内農業実働人員五名。

(ロ) 六本木定雄

所有農地、計一九筆二町五反四畝三歩。

世帯人員、農業実働人員各四名。

(ハ) 松村幸吉

所有農地、計二〇筆一町三反一八歩。

世帯人員七名、内農業実働人員二名。

以上のとおり六本木、松村両名は純然たる地主階級であり、かつ松村は兼業として綿製造工場を営んでいたものであつて、本件交換の裁定、協議は自作農の創設を適正に行うため特に必要があつて行なわれたとはいえない。

(三)  本件交換の裁定によつて国の所有に帰した第二号地については、交換の相当前からその小作人山口沢次に売渡計画が決定されており、第四、第五号地については交換の約一年前である昭和二二年一二月二日既にその小作人松村倉次郎に売渡されてしまつていた。しかるに、六本木定雄、松村幸吉が村農委と結託して第一号地あるいは第三号地を交換名下に無償で所有権を取得したものである。

(四)  さらに、本件交換はいずれも小作地比率の公平を欠くものである。

五、そこで、原告は右裁定ならびに協議の各無効の確認を求め、あわせて、被告のなした登記嘱託行為は単なる官庁間の内部的行為でなく、権利の変動を招来する準行政処分であるから右各無効を前提として被告のなした第一、第三号地に対する登記の嘱託の取消を求め本訴に及ぶ。

第三被告の答弁ならびに主張

一、本案前の抗弁

(一)  請求の趣旨第二項記載の農地所有権交換の協議は宮城村農地委員会が行つたものである。従つて処分庁でない知事に対してこれが無効確認を求める本訴部分は、被告適格を有しない知事を被告とした、不適法な訴であるから却下さるべきである。

(二)  第一号地、第三号地が国に買収された後も、原告が有していた耕作権に何等の影響なく、更に原告主張のような裁定、協議に因り交換が成立しても、原告の耕作権は、六本木定雄、松村幸吉に対しそれぞれ効力を有し全然侵害されていないから、原告には、本件裁定ならびに協議の無効確認を求める訴の利益なく、従つて県農委の裁定無効の確認を求める部分ならびに登記嘱託の取消を求める部分も却下さるべきである。

二、答弁

請求の原因中一、二、三項の事実および同四項(一)の事実のうち第一、第三号地に対する売渡計画が樹立される頃原告から右各土地の買受申込がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、主張

(一)  本件各農地交換の裁定および協議は次のとおり自創法の本旨に則り、同法第二三条に基づいて適法になされたものである。

即ち、本件農地交換前、六本木定雄が所有していた第二号地は、これを山口沢次が、また松村幸吉が所有していた第四、第五号地は、これを松村倉次郎がそれぞれ耕作していたところ、第一号地と第二号地、第三号地と第四、第五号地とをそれぞれ交換せず、第一、三号地を原告に売り渡したとすると、原告の小作地比率は七・一%となるに比し、山口沢次は五四・八%、松村倉次郎は四五・五%となる。

これを交換して、第一号地を山口に、また第三号地を松村倉次郎にそれぞれ売り渡せば、山口の小作地比率は二六%、松村倉次郎は二九%となり、原告もまた二八%に止まるため、解放後における小作地比率の公平を図るため特に交換の必要を認め、協議裁定をなしたもので処分庁の措置に違法は存しない。

(二)  第一号地と第二号地との交換裁定の日は、第二号地を山口が国より売渡しを受けた日と同日であるが、このことはなんら違法でなく、又第三号地と第四、第五号地との交換協議が成立した日は昭和二三年一一月一八日であるが、交換の期日を昭和二二年一二月二日に定められており、同日に松村倉次郎が第四、第五号地を国より売渡しを受けたのであるから、なんら違法ではない。

第四本案前の抗弁(一)に対する原告の主張

村農委のなした農地交換協議に基づいて、被告が第三号地について所有権移転登記手続の嘱託をなしているから、被告に対して協議自体の無効確認を求めることができる。

第五証拠関係<省略>

理由

第一被告の本案前の抗弁についての判断

一、被告は、本件訴のうち宮城村農地委員会のなした農地所有権交換の協議の無効確認を求める部分は被告を誤り不適法であると主張する。

しかして、行政処分の無効確認の訴について、実質上の権利義務の主体である国が被告となり得るほかは、行政事件訴訟特例法第三条を準用し、当該行政処分をした行政庁のみが被告適格を有すると解すべきであるから、宮城村農地委員会のなした交換協議の無効確認を求める訴は、右農地委員会(農業委員会等に関する法律の施行されている現在は宮城村農業委員会)を被告として提起すべきものである。この点につき原告は右交換協議に基づく登記の嘱託を被告群馬県知事がなしているから被告に対して右協議の無効確認を求めることができるというけれども、登記の嘱託を行つたことにより被告が協議自体を行つた行政庁となるわけではないから右主張は採用できない。

よつて、原告の訴のうち、宮城村農地委員会のなした農地交換協議の無効確認を求める部分は、被告適格を欠く者に対する訴であつて不適法であるので却下する。

二、次いで被告は、原告には本件交換の裁定の無効確認ならびに無効を前提とする登記嘱託の取消を求める訴の利益がないと主張する。

しかしながら、原告は第一号地を永年耕作していたことに基づき村農委に対し買受申込をしており、国より売渡を受け所有権を取得し得る地位にあつたところ、本件交換の裁定によりこの地位を侵害されたことを主張するものであるから、原告は法的利益の侵害を受けたものとして、裁定の無効確認を求める訴の利益を有するというべきであり、この点に関する被告の抗弁は採用できない。

次いで、本件裁定および協議に基づいて被告がした登記嘱託の取消を求める訴について考えるに、原告は、右嘱託は官庁間の内部的行為でなく権利の変動を招来する準行政処分であると主張するけれども、農地交換による所有権移転登記の嘱託は、当該農地の交換裁定および協議により既に生じている権利変動を公示するために行われる附随的なしかも行政庁間の内部的意思表示にすぎず独立して直接国民に権利を与え義務を負わしめる効果を及ぼすものでないから、これは行政訴訟の対象となるいわゆる行政庁の処分には該当しないと認めるのが相当である。従つて被告が前橋地方法務局大胡出張所に対してなした第一、第三号地につき交換の裁定および協議に基づく登記嘱託の取消を求める原告の本訴部分も不適当として却下する。

第二そこで県農委のなした交換裁定の無効確認を求める請求につき判断する。

一、第一号地は原告が大正一五年中訴外鹿沼重兵衛その他の共有者から賃借し耕作してきた農地であること、昭和二二年一〇月二日自創法第三条により買収されたこと、村農委は同法第二三条に基づき六本木定雄に対しその所有の第二号地と右第一号地との交換の指示をしたが協議が調わなかつたので、県農委に裁定の申請をなし、県農委が昭和二三年一二月二七日第一号地と第二号地の交換をする旨の裁定をなしたこと、被告が昭和二五年一〇月二七日前橋地方法務局大胡出張所に対し、第一号地については右裁定に基づき、第三号地については昭和二三年一一月一八日の村農委の松村幸吉に対する交換の協議に基づき所有権移転登記の嘱託をなしたこと、原告は村農委に対し第一号地につき買受申込をしたものであることはいずれも当事者間に争いはない。

二、本件交換の裁定に原告の主張するような重大かつ明白な瑕疵があるかどうかについて判断する。

(一)  原告の買受申込を無視し耕作者の優先権を認めた自創法の趣旨に違反した違法な交換裁定であると原告は主張するが、買受申込のあつた場合でも自作農創設を適正に行うため特に必要な場合には交換の裁定をなし得るのであり、かゝるとき交換により第一順位の買受資格が無視されてもやむを得ないものというべきである。これに反する原告の右主張はとうてい採用できない。

(二)  原告は、第二号地の所有者六本木定雄と原告の各農業経営の実体を比較することにより、本件交換の裁定は自作農創設を適正に行うため特に必要があつて行われたといえず、違法である旨主張するけれども、元来自創法第二三条に規定する交換は、自作農創設を適正に行うため協議又は裁定に基き実施されるのであつて、第一、二号地の交換については原告と訴外六本木定雄および訴外山口沢次との相関関係において適正であるかどうかゞ判定される訳で、このことは後記(五)に認定のとおりである。

そこで単に六本木定雄と原告との農業経営の実体を比較することにより交換が違法であるとする原告主張は原告独自の見解に基き失当たるを免れない。

(三)  六本木定雄が村農委と結託し第一号地を交換名義で取得した旨の原告の主張については、右主張に略々そう原告本人尋問(第二回)の結果は措信できず他に右主張を認めるに足る証拠はない。

(四)  さらに、本件交換は小作地比率の公平を欠くものである旨の原告の主張についてはこれを認めるに足る証拠はない。

(五)  却つて、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、乙第五号証、乙第六号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証の二、三および証人石橋保の証言を綜合すると、村農委は自創法第一六条による農地売渡を行うにあたり、群馬県農地部の作成の「農地等の買収及売渡事務処理要領」(乙第五号証)に従い

小作地比率=解放されない小作地面積/自作地面積+買受予定面積+解放されない小作地面積

の方法により算定される小作地比率を売渡を受ける小作農の間でなるべく相等しくなるように計り、この率の高低を調整するために自創法第二三条の交換を用いていたところ、本件の交換の裁定および協議をなさず第一、第三号地を原告に売渡したとすれば原告の小作地比率は七・〇%となるに比し山口沢次は五四・八%、松村倉次郎は四五・五%になつた、しかるに交換の裁定および協議を行い第一号地を山口沢次に、第三号地を松村倉次郎に売渡したときは原告の小作地比率二八・四%、山口沢次は二六・三%、松村倉次郎は二八・八%となつたこと、村農委は右三者間の小作地比率を公平するために交換の指示を行い、第三号地と第四、五号地の間には協議が成立し、第一号地と第二号地につき協議不成立のため、右趣旨にそつた県農委の裁定がなされたことが認められる。

右の認定事実によれば、本件交換の裁定は自作農の創設を適正に行うため特に必要があつて行われたものと認められる。

三、従つて、交換の裁定の無効の確認を求める原告の請求は失当である。

第三  よつて、原告の本訴のうち宮城村農地委員会がなした交換協議の無効確認を求める部分および被告が前橋地方法務局大胡出張所に対しなした登記の嘱託の取消を求める部分は不適法であるから却下し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 細井淳三 秋吉稔弘 荒井真治)

(別紙物件目録省略)

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