前橋地方裁判所 昭和53年(ヨ)156号
申請人
狩野一彦
右訴訟代理人弁護士
高田新太郎
同
高坂隆信
被申請人
北群馬信用金庫
右代表者代表理事
佐鳥俊一
右訴訟代理人弁護士
熊川次男
同
戸所仁治
主文
一 被申請人は申請人に対し、昭和五三年六月一日から第一審本案判決言渡しに至るまで毎月二五日限り月額金二二万九〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
二 申請人のその余の申請を却下する。
三 申請費用は被申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 申請の趣旨
1 申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 被申請人は申請人に対し、金一三八万四〇〇〇円及び昭和五三年一一月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金二七万六八〇〇円を仮に支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 申請人の申請をいずれも棄却する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 当事者
(一) 被申請人は信用金庫法に基づいて、預金の受入等金融業務を目的として設立された信用金庫であり、前橋市をはじめとして群馬県内各地に支店を有している。
(二) 申請人は、昭和二六年四月被申請人の前身である北群馬渋川信用組合に雇傭され、信用金庫法の制定により同年一二月二〇日被申請人が設立されると同時に被申請人に引続いて雇傭され、その後庶務係長、出納係長、預金課長心得、伊香保支店長、本店営業部次長、本店営業部長の各職を経て、昭和四八年八月からは前橋地区担当部長に、同五一年七月からは前橋支店開設準備委員長に就任し、同年九月以降は前橋支店長として勤務していた。
2 本件解雇
被申請人は、昭和五三年四月一四日申請人に対し、懲戒免職とする旨の解雇通告を行い(以下、本件解雇という。)、以後申請人の就労を拒否している。
3 しかしながら、本件解雇は後記五で述べる理由により無効である。
4 賃金額
被申請人の賃金制度は、当月一日から末日までの賃金を毎月二五日に支給する月給制であり、申請人の本件解雇当時の一ケ月当りの賃金は二七万六八〇〇円であった。
5 保全の必要性
被申請人は、昭和五三年四月一四日以降申請人の就労を拒否し、同年六月分からの賃金の支払を停止している。
申請人は家族四人(妻、長男、長女)を扶養している一家の支柱であり、被申請人からの賃金収入によって生活しているものであるから、賃金の支払停止によってその生活が圧迫され、生活維持が困難であり、本案訴訟の判決を待っていては著しい損害を受ける。なお、申請人が現在旭ビルメンテナンス株式会社の経営によって得ている収入は、本件解雇によって職と収入を失った申請人が自己と家族の生活を支えるためにやむを得ず行っている暫定的・臨時的なものであるから、本件金員請求の判断につき考慮すべきではない。
6 よって、申請人は被申請人に対し、被申請人の職員たる地位の保全及び昭和五三年六月から同年一〇月分までの賃金合計一三八万四〇〇〇円及び同年一一月以降本案判決確定に至るまで毎月二七万六八〇〇円の賃金の仮の支払を求める。
《以下事実略》
理由
一 被申請人が信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であり、前橋市をはじめとして群馬県下各地に支店を有していること、申請人が昭和二六年四月被申請人の前身である北群馬渋川信用組合に雇傭され、信用金庫法の制定により被申請人に改組された(被申請人の改組は申請人本人尋問(第一回)の結果により認められる。)後も引続いて被申請人に雇傭され、庶務係長、出納係長、預金課長心得、伊香保支店長、本店営業部次長、本店営業部長の役職を歴任した後、昭和四八年八月からは前橋地区担当部長に、同五一年七月からは前橋支店開設準備委員長に順次就任し、同年九月以降前橋支店長として在職していたこと、申請人が前橋支店長在職中の昭和五三年四月一四日、被申請人は申請人に対し懲戒免職の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。
二 ところで、申請人は本件解雇は無効であると主張するのに対し、被申請人は右は新就業規則三三条及び三四条に基づき有効になされたものであると争うので、先ず被申請人の主張に即して本件解雇に至る経緯についてみることとする。
1 新就業規則三三条及び三四条に被申請人の主張するような定めがあることは当事者間に争がない。
2(一) 融資手続上の問題点
(1) 前橋支店開設に至る経緯
前記一の申請人の経歴に、(証拠略)を総合すれば次の事実が一応認められる。
被申請人は渋川市を本店所在地とし、群馬県北部を営業地域としていたが、昭和四八年頃大蔵省から前橋市周辺をも営業地域とすることが認められたため、同四八年八月頃将来は前橋支店を開設することを目標として本店営業部内に前橋担当部を設置し、被申請人内部で実力・手腕を高く評価され、役員に次ぐ地位にあった申請人をその責任者とした。前橋地区担当部長に就任した申請人は数名の部下職員とともに、連日前橋市に出向いて預金高の増大、会員たる取引先の開拓に精力的に活動したが、前橋市にあっては金融機関の競争も激しく、被申請人理事長から指示された預金目標高五億円を短期間に達成するためには預金者に対し融資を先行しなければならない状況であった。しかし、申請人等の営業活動の結果、預金額は約一一億円に達し、昭和五一年九月前橋支店が開設されて申請人はその支店長に任命され、その後預金高は更に伸びて同五三年三月には約二八億円に達し被申請人内部で優秀店として表彰されるに至った。申請人は前橋地区担当責任者となるまでの間に、担当した融資が回収不能となったことはほとんどなくそれも少額であった。なお、前橋支店開設以前における前橋担当部関係取引の事務処理はすべて本店営業部が担当していた。
(2) 蝶和金属の件
被申請人の主張2(二)のうち申請人が前橋地区担当部長在任中蝶和金属に対する融資を担当し、同社及び同社代表者所有不動産の担保余力を九六一七万七〇〇〇円と評価して昭和四八年一〇月二五日開催された被申請人常勤役員会に報告し五〇〇〇万円の貸出枠の承認(禀議)を得たこと、担保対象土地が前橋工業団地地区内の土地であり、しかも二筆につき買戻特約の附記登記がなされていたこと、被申請人が昭和五三年三月末日の決算において蝶和金属に対する融資額五一三〇万五六九三円を欠損として処理したこと、被申請人が右土地の競売により七五万七七一円の配当を受けたこと、申請人が具体的貸付について禀議を経ていないことはいずれも当事者間に争がない。そして右争のない事実に、(証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。
申請人は、前橋地区担当部長就任直後の昭和四八年九月頃、知人から紹介されて、給排水金具製造等を業とする蝶和金属を被申請人の会員として預金・手形貸付等の金融取引を行うようになっていたが、同社の業績は必ずしも良好ではなく信用不安の虞もあり、同年一〇月二五日頃には貸付残高が一二〇〇万円余りになったため、被申請人代表者の指示もあって、担保を徴したうえで融資を継続することにした。そこで、申請人は、同社所有土地二筆(前橋市大友町享道場四四九番一・四五〇番、その後換地処分により同市大渡町二丁目三番三・三番一九合計八四九・二七平方メートルとなった。以下、蝶和金属所有地という。)及び同社代表者長喜六所有土地四筆(同市大友町享道場四四一番・四五一番一・四六一番一・四六一番二、換地処分により大渡町三番四・三番一七・三番一八・三番二六・合計面積二二二一・三三平方メートルとなった。)及び同地上の長喜六所有建物(以下、右土地六筆及び建物をまとめて蝶和金属担保不動産という。)の価額を二億四三八七万七〇〇〇円、先順位担保権価額を一億四七七〇万円、担保余力を九六一七万七〇〇〇円と評価し、右蝶和金属担保不動産に根抵当権を設定して五〇〇〇万円の枠内で融資を増額したい旨常勤役員会に申請して、同年一〇月二九日蝶和金属に対する五〇〇〇万円の貸出枠を設定することの承認を得たが、その際、申請人は、前記蝶和金属担保不動産の各土地が前橋工業団地地区内に所在して用途制限が課されていること及びうち蝶和金属所有地について前橋工業団地造成組合との間に買戻特約(売買代金一三一一万三六〇〇円、買戻期間昭和五八年五月二三日まで)がありその旨の附記登記が経由されていたことについては殊更報告しなかった。そして申請人は、被申請人のため蝶和金属担保不動産に六〇〇〇万円の根抵当権を設定し、翌四九年四月までの間に更に二五〇〇万円の根抵当権を設定して、昭和四八年一〇月三〇日から翌四九年四月頃までの間に、個々の融資について常勤役員会の承認を得ることなく逐次蝶和金属に融資をなし、同年六月一七日現在同社に対する貸付残高は五八六〇万円に達した。しかし、同社はオイルショック後の市況悪化等のため業績が振わず、関連会社の倒産に端を発して遂に昭和五〇年二月一四日取引停止処分を受けて倒産した。被申請人は昭和四九年九月頃から蝶和金属の預金債権と同社に対する貸付債権を順次相殺していたが、右倒産時の同社に対する貸付残高は五一四六万九〇〇〇円であった。
そして、蝶和金属担保不動産について昭和五〇年五月七日競売開始決定がなされ、裁判所は鑑定人の評価に基づいて最低競売価額を二億八一六万三〇〇〇円(但し、内一三六一万五〇〇〇円は機械器具である。)と決定したが、競落されないまま競売期日を重ね、昭和五二年一一月二一日の第七回競売期日までに最低競売価額は一億一一一五万二〇〇〇円(内七二三万六〇〇〇円は機械器具である。)に減額された。しかし右期日においても買受申出がなかったため、同年一二月一〇日なされた関東財務局の検査において蝶和金属に対する貸金債権を回収不能金として損金処理するよう示唆されて、被申請人は、昭和五三年二月二七日関東財務局長に対し預金・出資配当金・出資金を控除した蝶和金属に対する貸付債権残元金五一三〇万五六九三円を不良債権として償却したい旨申請して、同財務局長の証明を得て、同年三月三一日の決算時に右金額を貸出金償却として損金処理した。その後、蝶和金属担保不動産は昭和五三年八月二四日の第九回競売期日に一億四一六三万円(ほかに機械器具が五八六万円で競落された。)で立見一彦に競落され、被申請人は同年一二月一九日七五万七七一円の配当を受けた。
以上の事実が一応認められ、申請人本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らし措信できない。
(3) 十五夜の件
被申請人の主張2(三)のうち申請人が十五夜に対する土地購入資金の融資を担当し、その際被申請人主張の条件が付されて常勤役員会で承認されたこと、申請人は、購入土地並に大間々の土地に抵当権を設定する前に九〇〇万円の融資を実行し、その後当初の担保設定予定土地に代え高崎の土地に抵当権を設定したこと、十五夜に対する未回収金があることは当事者間に争がない。そして右争のない事実に(証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。
申請人は、前橋地区担当部長に任命されて間もない昭和四八年八月下旬頃、渋川市内に所在するさとり百貨店の支配人沢田某の紹介により、飲食店経営を業とする十五夜(本店前橋市千代田町、代表者長谷川静代)から、勢多郡東村のドライブイン敷地購入資金の融資申込みを受けて、同社所有の大間々の土地を約五九八万円、右購入予定土地を一九六〇万円合計二五五八万余円と評価し、また同社の経営状況を良好と判断する旨調査書を作成して禀議にかけたところ、同月三一日右両土地に担保権を設定すること、長谷川静代及び同人の夫長谷川進を保証人とすることを条件として右購入資金二八〇〇万円を同社に融資するについて常勤役員会の承認を得た。ところが、申請人は、同日長谷川静代から、同日中に契約金五〇〇万円を支払わないと購入予定土地売買契約の債務不履行になるとして強く貸出の実行方を要求され、担保権設定手続が未了であることを理由に一たんは断ったものの、更に懇請を受けたため、紹介者及び連帯保証人を勘案して一部融資を先行させても不安はないものと判断し、同日九〇〇万円の貸付を実行し、うち四〇〇万円をいわゆる両建預金として残額五〇〇万円を十五夜に交付した。しかるに、十五夜は右両土地についての担保権設定に応ぜず、同年一〇月二日大間々の土地に大栄信用金庫のため三〇〇万円の抵当権設定登記をなしたので、申請人は、融資残高の実行を留保して他の担保の提供方を求め、長谷川静代所有の高崎の土地(四一九平方メートル)の担保価値を一九〇六万四〇〇〇円・先順位担保権価額七〇〇万円を控除した担保余力を一二〇六万四〇〇〇円と評価して昭和四八年一一月三〇日右土地について極度額六〇〇万円の根抵当権を設定してその旨の登記を経由した上で、同四九年三月四日、前記九〇〇万円の利率・返済条件・担保の変更について常勤役員会の承認(条件変更禀議)を得て回収を計った。しかし右貸金元金のうち四四八万円及び昭和五一年四月一日からの利息の支払いがないまま、同年九月一日高崎の土地について競売開始決定がなされ同五三年、六三二万六九〇〇円で競落されたが、先順位根抵当権者に全額支払われ、被申請人は配当を受けられなかった。その後被申請人は前記貸金を連帯保証した長谷川進に残債権を請求する訴訟を提起し、同年九月二二日同人から残元金のうち二二四万円について昭和五九年二月まで毎月二ないし四万円の割賦返済を受ける旨の和解が成立し、また長谷川静代(離婚により本多静代となった。)との間にも毎月五万円の割賦返済を受ける旨の和解が成立している。
以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(4) 日光金属の件
被申請人の主張2(四)の事実は損失額及び申請人が保証協会の保証条件を役員会に報告しなかったとの点を除き当事者間に争がなく、右争のない事実に、(証拠略)を総合すれば、次の事実が一応認められる。
申請人は、前橋担当部長在任中の昭和五一年三月一八日、アルミサッシドア製造等を業とする日光金属(本店所在地前橋市西片貝町、代表者高橋秀男)に対し、保証協会の保証を受けたうえで三〇〇〇万円の貸出枠の範囲内で営業資金を融資したい旨常勤役員会に申請し、同月二三日右のとおりの条件で承認を得た。ところで保証協会は、日光金属が提供した担保不動産のうち第四順位までの抵当権が設定されていた土地建物について第三順位(根抵当権者大金商事株式会社)、第四順位(根抵当権者石田建材工業株式会社)の各根抵当権を解除し登記を抹消して、被申請人が第三順位根抵当権者となることを条件として日光金属の被申請人に対する債務を保証したのであったが、申請人は保証協会の右条件を役員会に報告しなかったばかりでなく、被申請人からの借入金で大金商事と石田建材工業に対する債務を弁済して前記第三、第四順位根抵当権を抹消する旨の日光金属代表者の言を信ずるままに、前記土地建物に第五順位の根抵当権を設定しただけで同年四月一二日三〇〇〇万円を日光金属に融資した。
ところが、日光金属は右第三、第四順位根抵当権を解除抹消することなく、右融資元金のうち二八四〇万円を返済しないまま、昭和五二年九月頃手形不渡りを出して倒産した。申請人は、第一回目の手形不渡り(同年八月三一日)後になって保証協会と交渉したが、保証協会は保証の条件が充たされていないとして被申請人に対する保証債務を履行しなかった。その結果、被申請人の日光金属に対する貸金元金のうち一六七〇万二九四円が回収不能となり、被申請人は昭和五五年度決算において右貸金を損金として会計処理せざるをえなかった。
以上の事実が一応認められ、右認定に反する申請人本人の供述は措信できない。
(5) アイデアの件
(証拠略)によれば、次の事実が一応認められる。
申請人は前橋地区担当部長在任中の昭和五〇年九月二五日総合看板業、造園業を営むアイデア(本店所在地前橋市鳥羽町)から本社隣接地購入資金借入れの申込みを受け、右土地の当時の所有者田村守が被申請人(草津支店担当)に対し既に設定していた三六〇〇万円の根抵当権の債務者を変更する形式で、右土地に対する同支店の評価額三一三四万余円を受けて、これを担保として同社に四〇〇〇万円を融資したい旨常勤役員会に申請して同月二九日その旨の承認を得、同月三〇日四〇〇〇万円をアイデアに貸し付け、内一〇〇〇万円はいわゆる両建預金として定期預金させ、残額三〇〇〇万円を交付した。アイデアは、翌五一年六月までは毎月右貸金について約定の割賦金を返済し、また被申請人方等で他社からの受取手形の割引を受けていたが、昭和五一年六月頃取引先が倒産したため、割引手形買戻資金が必要となり、申請人に対し右資金融資を申込み、これを受けた申請人は、清水貞一・清水トメ所有の土地建物に二八八〇万円の根抵当権を設定してアイデアに二九〇〇万円を融資するについて常勤役員会の承認を得て同年六月三〇日二八〇〇万円の融資を実行した。また被申請人は、かねてから手形貸付によってもアイデアに資金融資をしていたところ、申請人は、同年八月五日アイデア代表者須藤強から懇請されたため、被申請人代表理事の承認を得て、手形貸付によりアイデアに五〇〇万円を融資したが、翌六日須藤強は行方不明となりアイデアは倒産した。
被申請人は、右倒産時アイデアに対し、右土地購入資金、割引手形買戻資金及び手形貸付の各融資による債権合計約七〇〇〇万円を有していたが、その後清水貞一・清水トメとの和解の成立(和解金二七〇〇万円)、担保不動産の競売代金配当等によりその過半を回収し、結局右債権元金のうち五五八万四二七六円が回収不能となったので、昭和五三年度の決算期に右金額を貸倒れ金として損金処理した。
以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(6) 第一建設の件
(証拠略)によれば、被申請人常勤役員会が前橋担当部長である申請人の申出に基づき昭和四八年一一月二二日、第一建設に対する五〇〇〇万円の貸出枠設定を承認したこと、同月二九日、具体的な貸付について役員会の承認を経ないまま、第一建設に対し四〇〇〇万円が貸出されたこと、申請人は右貸出枠設定の禀議を経るについて貸出枠設定期間を五年とし、具体的融資は短期(一年以内)一括返済とする旨の貸付禀議書を作成し、役員会も右の条件で承認したにもかかわらず、当時前橋担当部で禀議を得た貸付の処理を担当していた被申請人本店営業部において、右条件を看過し返済期限を五年後として四〇〇〇万円を第一建設に貸付けたこと、しかし右貸金は全額返済され被申請人に損害は生じなかったことが一応認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(7) 中村豊子の件
(証拠略)によれば、被申請人常勤役員会は、前橋支店長である申請人の申出に基づいて昭和五二年三月二九日中村豊子(前橋市居住)に対する賃貸マンション建設資金二五〇〇万円の融資を承認し、申請人は前橋支店長として、右建設予定地に三〇〇〇万円の根抵当権を設定し、中村豊子の夫である中村一行(前記第一建設代表者)の保証を求めたうえで、中村豊子の申出に従って、同年三月三一日鉄骨購入資金として一〇〇〇万円を、同年五月一三日マンション建築工事が上棟終了段階に至ったとして一〇〇〇万円をそれぞれ融資したこと(一〇〇〇万円を融資したことは当事者間に争がない。)、しかしその直後被申請人担当職員の調査によりマンション建築工事の着工がなされていないことが判明したため、申請人は直接の担当者であった伊藤太二に指示して、中村豊子に対し既融資額の返済を督促せしめ、同女から全額を返済させたことが一応認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 丸上ブロックの件
申請人が丸上ブロックから被申請人主張の旅費・日当を受領したことは当事者間に争がなく、右争のない事実に、(証拠略)によれば次の事実が一応認められる。
申請人は被申請人前橋支店長在任中、丸上ブロックに融資するに際し、その担保として同社所有の土地について根抵当権を設定し、若しくはその設定登記を抹消するために、調査・登記手続等別紙(略)(一)記載のとおり八回にわたって埼玉県熊谷市に出張したが、かねて被申請人専務理事大竹清から一件について多数回の出張の必要がある場合には取引相手方から旅費を受領するようにと言われていたことから、右出張に際し、丸上ブロック代表者須永上に対し右出張経費の負担を申し入れて、同人から一回の出張につき一万円の割合で別紙(二)記載のとおり四回にわたって合計八万円を受取った。しかし、申請人は右八回の出張のうち、最後の昭和五二年九月二〇日分を除く七回の出張について、そのうち昭和五二年六月一一日分までの六回については通常の出張の場合と同様に被申請人に対しても出張復命書・出張報告書を提出して旅費・日当を受領しており、また昭和五二年九月一〇日の出張については、費用は丸上ブロックから受領する旨出張復命書に記載して被申請人に提出したが、被申請人は同日分の日当を支給し申請人もこれを受領していた。
しかし、被申請人は本件解雇時には申請人が丸上ブロックから右出張経費相当額を受領していたことを確知しておらず、その後昭和五三年六月頃従業員から右情報を入手するや丸上ブロック関係者から事情を聴取して、同年七月右丸上ブロックから旅費・日当を受領した事実を詐欺罪に該当するとして申請人を渋川警察署に告発した。従って右事実は本件解雇当時の解雇事由とはなされていない(丸上ブロックの件が本件解雇の通告後に発覚したことは当事者間に争いがない。)。
なお、申請人は昭和五四年七月一日右被疑事実につき起訴猶予となった。
以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 本件解雇手続について
前記2に認定した事実に、(証拠略)によると、下記(一)ないし(四)の事実が一応認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 昭和五二年一二月頃、被申請人の前橋支店は、いずれも前橋担当部時代に発生した不良債権である蝶和金属に対する約五一三〇万円、十五夜に対する四四八万円、アイデアに対する約九八六万円(但し当時)の貸付金残元本の取立に苦慮し、又同じく前橋担当部時代に貸付けた日光金属(同年九月倒産)に対する二八四〇万円の債権の回収も危ぶまれる状態になっていたところ、同年一二月一〇日に行われた関東財務局の検査において蝶和金属に対する債権を損金処理するよう指摘されたのであるが、被申請人は右指摘に基づき同五三年二月二七日右債権の償却証明を申請すると共に申請人の処分を検討するようになった。
(二) 昭和五三年三月一五日開催された被申請人理事会において、職員の責任感の欠如等に起因する被申請人の損害等が予想されることを理由に、理事長の諮問機関として賞罰委員会の設置が提案され、理事全員の賛成で可決されると、被申請人理事長佐鳥俊一は同月一八日同委員会の委員一〇名を指名した。次いで同年四月八日開催された被申請人理事会において、賞罰委員会規則案、就業規則三三条(懲戒事由)三号に「故意又は重大な過失により災害を起したもの」とあるのを「故意又は重大な過失により金庫に損害を与えたもの」と改正することなどを内容とする就業規則一部改正案及び理事会規程五条(議決事項)一六号に「賞罰に関する事項」とあるのを削除することを内容とする理事会規程一部改正案が提案され、いずれも原案通り可決され同年四月一日から施行と決定された。
(三) 昭和五三年四月一三日開催された賞罰委員会において、蝶和金属、十五夜、日光金属、アイデア、第一建設、中村豊子に対する前橋支店の貸出につき申請人の貸出姿勢及び調査が不適当であること等を理由とする申請人に対する懲戒処分が審議され、表決の結果、懲戒解雇八票、諭旨退職二票の意見が表明された。
(四) 被申請人理事長佐鳥俊一は、右委員会の審議結果を受け、翌四月一四日、申請人に対し口頭で蝶和金属に対する不良債権の償却の責任等の理由により懲戒免職とする旨解雇の通告をした。
三 次に、本件解雇の有効性について判断する。
1 解雇手続の違法性
(一) 被申請人の旧就業規則三三条は職員の懲戒事由について
<1> 出勤常でなく職務に誠実でないもの
<2> 業務の遂行を阻害する行為をなしたもの
<3> 故意又は重大なる過失により災害を起したもの
<4> 本規則に違反し改悛の情なきもの
<5> その他不都合の行為により金庫及び職員の体面を汚したもの
と規定し、同規則三四条は懲戒処分の種類を
<1>譴責、<2>減俸、<3>出勤停止、<4>懲戒免職
と定め、右4号については理事会及び職員過半数の認定を受けるものとする旨定めていたこと、しかるに被申請人は、昭和五三年四月八日旧就業規則三三条三号を「故意又は重大なる過失により金庫に損害を与えたもの」と、同規則三四条の懲戒処分の種類を、<1>戒告、<2>減給、<3>降格、<4>昇給停止(五年以下)、<5>諭旨退職、<6>懲戒解雇とし、右5号・6号については理事会及び賞罰委員会の認定を受けるものとする旨改定して新就業規則となし、同年四月一日に遡及して適用することとしたことは当事者間に争がない。
(二) ところで、申請人は、右改定された新就業規則三三条三号に基づいてなされた本件解雇は懲戒解雇権の遡及行使に該当し違法かつ無効であると主張するのに対し、被申請人は右改定は単なる語句の訂正にすぎないと反論するので判断するに、およそ、懲戒解雇は企業秩序維持のため懲戒事由に該当する服務義務違反者に対してなされ、退職金に対する労働者の権利をも喪失させる制裁であるから、就業規則に基づく懲戒解雇にあっては、その解雇事由は労働者に周知されていることを要し、就業規則の変更により新設された懲戒事由についての規定を過去の行為に適用して懲戒解雇をすることはできないと解するのが相当である。
そこで新就業規則三三条三号の規定が従来存在しなかった処分事由の新設に当るかを考究するに、<1>そもそも、旧就業規則三三条三号にいう「災害を起した」とは、その通常の語義からみて火災・盗難等自然的・外因的災いを惹起せしめたことにより損害を生ぜしめた場合をいい、本件の如く通常の業務遂行過程において生じた貸付金回収不能等により損害を生ぜしめた場合を含まないものであると解するのが相当であること、<2>(証拠略)によれば、旧就業規則には、「第一〇条災害その他止むを得ない事由があるときは就業時間を変更又は延長することが出来る」、「第二二条職員の慶弔、災害に対する見舞金は別に定める規定による」、「第三二条二号災害を予防し又は災害に際して特に功労のあったもの」と、三三条三号の「故意又は重大な過失により災害を起したもの」以外にも「災害」なる語を使用する条項が三カ条存するが、これらはいずれも前記自然的災いを指すものと解されるところ、同一の語句が、右三三条においてのみ、特別にこれらと異る意味内容で用いられていると解するのは困難であること、<3>(証拠略)によれば、旧就業規則は昭和二八年四月一日より適用されているところ、その当時被申請人は従業員約一〇名で支店もない極小規模の法人であったと一応認められるが、この事実からすれば、旧就業規則三三条三号は業務遂行過程に生じた回収不能債権の責任者を懲戒することを目的としたと解するよりも、被申請人程度の規模の信用金庫の例として当時稀でなかった木造建造物の宿直員の不始末による火災等に対処する意味を有していたと解する方が遥かに自然であり、現実にも本件解雇以前に貸付債権の回収不能を理由とする処分の前例がないこと、<4>(証拠略)によれば、旧就業規則三〇条三項但書は「但し退職後にても在職中の事故については本人及び保証人に於てその弁済又は解決するものとする」と定め、従業員の金銭的不始末に対し「災害」と区別して「事故」という用語を用いていること、に鑑み、旧就業規則三三条三号の「災害」は業務執行上の取立不能債権の発生を含む概念ではなく、従って新就業規則三三条三号は、従来存しなかった新たな処分事由を定めたものと認めるのが相当である。
(三) 以上によれば蝶和金属ほかの融資手続上の諸問題が、新就業規則三三条三号に該当するとしてなされた本件解雇の意思表示が無効であることは明らかである。
2 丸上ブロック
申請人の丸上ブロックに対する行為は、本件解雇当時被申請人に確知されておらず従って本件解雇理由となされなかったことは当事者間に争がないところ、懲戒解雇は一定の企業秩序違反事由があった場合に懲戒権の発動としてなされるものであり、その意思表示が有効になされるためには、懲戒権発生の理由となる事実が客観的に存在するだけでは足りず、使用者において、これを解雇の意思表示当時に認識し、これに基づき懲戒権を行使するという意思が存在することを要するというべきであるから、特段の事情のない限り、懲戒解雇当時使用者に判明していなかった事実を解雇を争う訴訟において処分事由として追加主張することは許されないというべきであって、丸上ブロックに関する限り被申請人の主張はそれ自体失当というべく、前認定の事実を本件解雇理由として斟酌するのは相当でないというべきである。
3 なお、仮に新就業規則による懲戒解雇が可能であるとしても、以下述べる如く、申請人に同規則三三条三号所定の所為があったとは一応も認めることができないから、本件解雇は無効である。
(一) 蝶和金属の件に関し、被申請人は申請人が担保余力の評価を誤まったこと、役員会に対し、買戻特約登記の存在及び工業専用地域内の土地であることを報告しなかったこと、具体的貸付について役員会の承認を経ずに融資を実行したことを捉えて本件処分事由としているものであるところ、前記二2(一)(2)の認定によれば申請人の蝶和金属担保不動産価額の評価は、競落価額に対比し、かなり高額であり、これがため結果的に被申請人に損害を与えたことは否定できないところであるが、鑑定人の鑑定評価、従って第一回の最低競売価額との対比では、さほどの差異があったとはいいがたく、右当初の最低競売価額によって競落された場合には被申請人の貸付債権の大半が回収されたと推認されること及び(証拠略)によれば、被申請人常勤役員会においては従前から特に専門的知識による評価を求めることなく、担当者の調査と経験に基づく担保不動産の評価によって承認する取扱いであった上、蝶和金属担保不動産については、被申請人が八五〇〇万円の根抵当権を設定した後に、更にその後順位に信用保証協会及び厩城信用金庫が各極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定していることが一応認められるのであって、これによれば右後順位抵当権が共同抵当であることを考慮してもなお、他の金融機関の評価も申請人の評価と大差なかったであろうことが推認されるところであり、これらの実情に鑑みれば、前記の申請人の評価の誤りを過大視すべきではなく、また(人証略)によれば、申請人は、右融資当時、被申請人内において役員に次ぐ地位にあってその手腕は高く評価され、申請人が担当して貸出枠の承認を得た場合には個々の融資について個別に役員会の承認を必要としない扱いであったことが認められるから、申請人に融資を独断専行した非違があったと解することも相当でないというべきである。
役員会に対し買戻特約登記の存在及び工業専用地域内の土地であることを報告しなかったことは先に認定のとおりであるが、この点は、結局担保余力の評価に関する事柄であるから前記評価の適正さについての判断の中に含めて評定すれば足りるものと解される。
(二) 十五夜に対する貸付金の回収が一部不能となったことは二2(一)(3)に認定のとおりであるところ、被申請人は融資以前に大間々の土地について担保権を設定しなかった点を申請人の過失である旨主張するが、前記認定の事実によれば、申請人に融資をなすに際しての担保確保の方策に落度があったことは否定できないとしても、故意と同視すべきほどの重過失があったと認めることはできない。
(三) 前記二2(一)(4)に認定の事実によれば、日光金属に対する貸金回収不能の事態は、窮極のところ申請人が日光金属代表者の言を軽信したことにより生じたものということができ、保証協会提示の保証の条件を役員会に報告しなかった点とも相まって申請人の過失は否定できないところであるが、他方右貸金の実行された昭和五一年四月当時は申請人が前橋担当部長として取引先の開拓に当っていた時期であり、具体的な事務処理は本店営業部でなされていたという変則的な体制下にあったことを考慮すると、これをもって故意と同視すべき重大な過失に当ると断定するにはちゅうちょせざるを得ない。なお、申請人は右回収不能金額は、日光金属の関連会社である日光物産が毎月二〇万円宛返済する約束になっていると主張するが、(証拠略)によれば、日光物産も昭和五四年一一月五日倒産したことが一応認められるところである。
(四) アイデアに対する貸金回収不能の件につき、被申請人は申請人の担保余力の評価の誤まりを指摘するが、前記二2(一)(5)認定の事実によれば、申請人が独自になした担保評価は清水貞一、清水トメ所有の物件に対するものにすぎず、かつその物件については後日その評価に近い金額で所有者と和解が成立しているのであるから被申請人の右指摘は必ずしも適切でなく、また被申請人は、アイデア代表者が行方不明となった前日貸付けた五〇〇万円について、申請人が強引に被申請人代表理事に決済(承認)を迫った旨主張し、(人証略)中には右に沿う供述部分があるが、右供述は申請人本人尋問(第一回)の結果に照らすと措信できず、他に右事実を疎明するに足る証拠はない。結局アイデアの件について申請人の事務処理上重大な過失があったとは一応も認めることができない。
(五) 第一建設及び中村豊子の件について案ずるに、そもそも、これらにより被申請人に損害が生じなかったことは被申請人の主張自体並びに前記二2(一)(6)、(7)の認定から明らかであるから、これらが、新就業規則三三条三号の「故意又は重大な過失により金庫に損害を与えた」という要件に該らないことは明らかである上、前記二2(一)(6)の認定によれば、第一建設に対する融資に関し、役員会の承認と異なる返済条件で融資されたことについては、申請人に過失がないというべきであるし、具体的融資について貸出枠とは別に役員会の承認を得なかった点については前記(一)のとおり申請人が担当する場合、貸出枠設定の承認があれば具体的な融資につき役員会の承認を要しないのを例としていたのであるから、申請人には非違はないというべきである。
4 なお、仮に日光金属の件につき申請人に重過失ありと見るべきであるとするも、以下述べる如く、本件解雇は、権利の濫用に当るから、結局無効である。
本件のように懲戒処分を定める規定中に軽重複数の懲戒処分が定められている場合懲戒事由該当の所為に対しいかなる処分を選択するかの判断は原則として被申請人の自由裁量の範囲に属するものといいうるが、しかしその裁量は全く被申請人の恣意に委ねられているわけではなく、行為の動機、態様、損害の程度、被申請人の業務に及ぼした影響等諸事情に照らし合理的、客観的な裁量権の範囲が存するのであって、右裁量権の範囲を逸脱し、より軽い処分を選択すべきところ最も重い懲戒解雇処分をなしたような場合には、解雇権の濫用として無効になると解すべきである。
そこで、更に申請人に対する本件解雇処分が解雇権の濫用になるといえるかにつき検討すると、日光金属の件により被申請人が被った損害は元金だけでおよそ一六七〇万円になり、従前被申請人において発生した貸付金回収不能事故の最高額を大幅に上回っており、しかも直接懲戒事由に該当しないとはいえ、申請人が責任者として担当した蝶和金属、十五夜、アイデアの点も情状としてはこれを考慮せざるをえず、これらを総合すると、結果的に被申請人に生ぜしめた回収不能額は七〇〇〇万円を超過するのであって、損害の面からみると申請人の責任は決して軽いものとはいい難いところである。
しかしながら、これを動機の面からみると、前記各貸付に際し、申請人に何等かの悪意の伴ったものは一件も存しないのであり、すべて被申請人の取引拡大を願ってなされたものばかりであるのみならず、前記二2(一)(1)認定のとおりこれらの事故は、新たに開設を予定された被申請人前橋支店の預金者、取引先の開拓に申請人が精力的に取組んでいる際に生じたものであって、既存の安定した顧客との取引とは異なりそれだけ危険性が高く、困難が伴ったであろうことは容易に推測のつくところであるから、損害の大きさのみを過大評価するのは申請人に酷というべきである。むしろ新支店の開設にあたりなされた申請人の業績も卒直に評価されてしかるべきであると思料される。
次に、処分の相当性を判断するに当っては、他の者に対する処分との均衡も配慮する必要があるところ、(証拠略)によれば、前記蝶和金属ほか三件の回収不能事故の行為責任又は監督責任として被申請人の前橋支店職員二名が減給五パーセント三カ月に、理事二名及び理事長が減給五パーセント六カ月にそれぞれ処せられていることが認められるが、申請人が支店長として右全件につき直接の責任者であったことを考慮に入れても、これらがいずれにしても過失責任である上被申請人常勤役員会の禀議を経た取引であることに鑑みれば申請人に対する処分のみが重きに失するものといわざるをえない。即ち、申請人の被申請人に対する功績その他本件疎明資料から窺われる諸般の事情を総合勘案すると、本件解雇は懲戒処分としての衡量を失したもので解雇権の濫用に当るというべきである。
5 以上を要するに、被申請人主張の解雇事由のうち、丸上ブロックの件は、その事実自体を本件解雇の理由とすることが許されないものであり、その余の事由は、これに対する新就業規則三三条三号の適用が許されないものであるから、本件解雇は無効である。
四 そこで、本件申請の保全の必要性について判断する。
被申請人が昭和五三年四月一四日以降申請人の就労を拒否し、同年六月分以降の賃金を支払わないことは当事者間に争がなく、(証拠略)によれば、被申請人理事長佐鳥俊一は、本件解雇を申請人に告知するに際し、「二年間は渋川市内に就職してはならない。万一就職しようとすれば調査に来た時全部話して就職できないようにする。」旨告げ、申請人が被申人常務理事提箸清男らを介して交渉を求めてもこれを拒否したこと、そこで申請人は同理事長との話し合いによる解決を求める一方、他への就職も試みたが被申請人の影響により果せず、同年一一月一六日本件申請に及び、その後も二、三、就職はしたもののいずれも短期間に終り本件解雇当時有していた預貯金も乏しくなったため、昭和五六年二月二一日知人らの助力を得てビル・旅館の清掃請負業等を営む旭ビルメンテナンス株式会社(資本金五〇〇万円、うち一〇〇万円を申請人が出資した。)を設立して以後代表取締役として、パート従業員らとともに自ら清掃業務に従事しているが、体力的に厳しい作業である上収入は少なく(月一〇ないし一五万円)不安定であり、被申請人従業員の職務に復帰就労する意思を有していること、申請人の家族は妻・長男・長女であるところ、長男は大学を卒業して就職別居しているが若年の為援助は期待できず、妻は本件解雇前から渋川高等学校職員として勤務しているがその収入によって生計を賄うに足りず、長女は現在大学生であることが一応認められ、(証拠略)も右認定を覆すに足りず、他にこれを左右するに足る証拠はない。右認定の事実によれば、申請人には昭和五三年六月一日から第一審本案判決言渡しに至るまで毎月被申請人からその生活を維持するに足る賃金の支払いを仮に受ける必要があると一先ずいうべきである。
そこで仮払いの必要のある賃金額について検討するに、(証拠略)によれば、本件解雇当時申請人が被申請人から毎月支給されていた賃金は、基本給二二万円、家族手当九〇〇〇円、管理職手当三万八三〇〇円、通勤手当七五〇〇円、食事手当二〇〇〇円、合計二七万六八〇〇円であったことが認められるが、右のうち管理職手当は現に担当する管理職務に附随して支給され、また通勤手当・食事手当は現実になされた通勤・勤務に伴う費用を弁償するために支給されるものと解せられるから、右毎月の賃金のうち生活保障給として仮払いの必要が認められるのは、右各手当を除く二二万九〇〇〇円であるというべきである。そして、被申請人の賃金支給日が毎月二五日であることは当事者間に争がないから、申請人は昭和五三年六月一日から第一審本案判決言渡しに至るまで毎月二五日限り、月額二二万五〇〇〇円を受けるべき保全の必要性があると一応認められる。
申請人は、右のほか被申請人に対する雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める仮処分をも求めているが、本件においては、右の賃金仮払いを認めること以上に地位保全の仮処分を認めなければならない具体的必要性についての疎明がなく、保証を立てさせて仮処分を命ずることも相当でないから、右申請は失当である。
五 以上の次第で、本件申請は、申請人が被申請人に対し、昭和五三年六月一日から第一審本案判決言渡しに至るまで月額二二万五〇〇〇円を毎月二五日限り仮に支払うことを求める限度で理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当として却下することとして、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 前島勝三 裁判官 藤村眞知子)