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前橋地方裁判所 昭和56年(レ)1号 判決 1982年4月20日

控訴人 中田里枝

控訴人補助参加人 国

被控訴人 群馬県信用保証協会

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、訴外大倉興業株式会社が控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地について、前橋地方法務局昭和四九年二月六日受付第三九五五号所有権移転仮登記に基づく本登記手続をすることを承諾せよ。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(控訴人)

1  控訴人は、昭和四八年七月九日訴外大倉興業株式会社(以下、大倉興業という。)から、当時地目が畑であつた別紙目録記載の土地(以下、本件土地という。)を、将来地目を宅地に変更登記し、本件土地上における建物の建築を完了したときに所有権が移転し、その旨の本登記を受ける約定で買受けた。

2  右売買契約に基づき、控訴人と大倉興業は前橋地方法務局に対し、控訴人を仮登記権利者とし、右売買を登記原因とする所有権移転仮登記を申請したが、登記官の錯誤により仮登記権利者を大倉興業と表示した同法務局昭和四九年二月六日受付第三九五五号所有権移転仮登記(以下、本件仮登記という。)がなされた。

3  前橋地方法務局は、昭和五〇年七月七日本件仮登記について錯誤を原因とし、右同日受付第二一七九三号をもつて仮登記権利者を控訴人とする登記名義人表示の付記更正登記をなした。(以下、本件更正登記という。)

4  昭和五四年五月一〇日控訴人は本件土地上における建物の建築を完了し、同年一一月二八日本件土地につき地目を宅地に変更する旨の登記がなされた。

5  しかるに、被控訴人は本件土地について本件仮登記後に登記された左記根抵当権設定登記(以下、本件根抵当権登記という。)を保有している。

昭和五〇年二月二八日受付第六六五八号

原因 昭和五〇年二月二二日設定

極度額 一〇〇〇万円

債権の範囲 保証委託取引

債務者 株式会社大高建築設計事務所

根抵当権者 被控訴人

よつて、控訴人は被控訴人に対し、不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項により本件仮登記に基づく本登記手続をするについての承諾を求める。

二  請求原因に対する認否(被控訴人)

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2のうち、本件仮登記が経由されたことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4のうち、昭和五四年五月一〇日控訴人が本件土地上に建物の建築を完了したことは認め、その余の事実は不知。

5  同5の事実は認める。

三  被控訴人の主張

1  被控訴人が本件根抵当権登記をなした際、控訴人は仮登記権利者として登記簿上公示されていなかつた。従つて控訴人は自己が仮登記権利者であることを被控訴人に対抗できない。

2  本件更正登記は次の理由により無効であり、従つて、控訴人は被控訴人に対し、仮登記権利者である旨主張できず、本登記手続承諾請求権を有しない。

(一) 更正登記が有効であるためには、その更正前の登記自体が有効なものでなければならず、登記が有効であるためには、登記の記載に符合した実体上の権利関係が存在することを要し、これを欠くときは手続的に瑕疵がなくても登記は無効である。

本件仮登記は登記名義人である大倉興業に属さない権利を表示しており、しかも実体関係上の仮登記義務者を登記名義人として表示しているから、登記の記載自体から、登記が実体関係と一致していない無効な登記であることは明らかであり、無効な登記は更正登記の対象とならない。

(二) 更正登記は更正の前後を通じて登記に同一性を認めうる場合にのみ許容され、登記名義人の表示の更正についてもその例外ではない。そしてその同一性の判断は、関係者の馴れ合いによる不当な行為を防止するために、登記簿上の表示を基準として厳格になされるべきである。

本件更正登記は、仮登記権利者の表示が全く別人に更正されたもので、更正前後の仮登記権利者は、前者が法人後者が個人であつて法律的にも異質であり、名称・住所等の特定に関する事項にも類似性がなく、従つて更正前の登記と更正後の登記との間には同一性が全く存しないから無効である。

(三) 不動産登記法六四条の職権更正登記は、登記上利害関係を有する第三者が存するときはなしえず、この第三者とは、更正登記がなされた場合登記の形式上からみて一般的に損害を被るおそれの認められる者をいう。

被控訴人は本件仮登記の権利者として表示されていた者が本来の仮登記義務者である大倉興業であつたから、本件仮登記を無効な登記と解し、大倉興業との設定契約により根抵当権を取得したものであり、更正登記により控訴人に仮登記権利者が変更された場合、仮登記の順位保全効により、仮登記に基づいて本登記がなされると右根抵当権は覆滅される。

従つて、被控訴人は、本件更正登記について、不動産登記法六四条所定の登記上利害の関係を有する第三者に該当するから、本件更正登記は無効である。

四  被控訴人の主張に対する補助参加人及び控訴人の反論

1  主登記たる仮登記の有効性

一般に登記と実体との間に権利変動の同一性を欠くほどに不一致がある場合には、登記は無効であると解されているが、右不一致が登記官の過誤に起因する場合は、その後更正登記がなされるならば、当該登記は更正登記と一体となつて当初から有効なものとなるのである。

のみならず、登記の記載が実体的権利変動と一致しない場合であつても、登記の本来的効力、機能、不一致部分の重要性等から、ただちに無効と断ずることができない場合があるのであり、仮登記の場合、その効力、機能等に鑑みれば、仮登記権利者の具体的な表示は重要な問題ではないというべきである。従つて、本件仮登記も、その後有効な更正登記が予定されたものとして有効であると解すべきである。

2  本件更正登記の有効性

登記名義人の表示に関しては、一般に、記載と真実の名義人との間に同一性が認められない場合は原則として更正登記は許されないと解されているが、その理由は、右のような同一性がない場合にも更正登記が許されるとすれば、登記官には形式的審査権しかないから、関係者の馴れ合いで、登記名義人更正登記を濫用して、権利移転の登記の代用にするという弊害を伴うからである。しかし、右のような弊害が全く考えられない職権による更正登記の場合には、更正前後の同一性を要件に加える合理的必要性はない。

登記実務上も、同一性を要件としない取扱いが確立されている。

従つて本件更正登記は有効である。

3  単なる登記名義人の表示の更正登記には、登記上利害の関係を有する第三者の存在は考えられないところ、本件更正登記は単に誤記した仮登記名義人の表示を更正するものにすぎないから、被控訴人は不動産登記法六四条の第三者に該当しない。

4  被控訴人は、本件仮登記の存在を認識したうえ、これを有効なものと考えて、本件根抵当権登記をしたものであるから、本件仮登記及び更正登記が有効と判断されても不測の損害を被ることはない。

第三証拠<省略>

理由

一  本件土地について、本件仮登記、本件更正登記、本件根抵当権登記が各経由されていることは当事者間に争いがない。

二  そこで、右各登記の経由された経緯について判断する。

一に判示の事実に、成立に争いのない甲第一、第四号証、同第五号証の一、三、第六号証の一、二、四、原審における証人中田晃槌の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証及び同証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、昭和四八年七月九日大倉興業からその所有に属する本件土地(当時の地目は畑)を、地目を宅地に変更登記し、本件土地上における建物の建築を完了したときに所有権が移転し、その旨の本登記を受ける約定で買受け、同四九年二月六日右売買契約に基づき前橋地方法務局に対し、本件土地について、仮登記権利者を控訴人、同義務者を大倉興業とし登記原因を右売買とする所有権移転仮登記申請をなした。ところが、登記官の過誤により仮登記権利者を大倉興業とする本件仮登記が経由されたため、その後昭和五〇年七月五日付の前橋地方法務局長の許可を経て、同月七日錯誤を原因として本件仮登記の権利者を控訴人と更正する旨の付記登記による本件更正登記が職権によりなされた。そして、同五四年五月一〇日控訴人は本件土地上における建物の建築を完了し(この点は当事者間に争いがない。)、同年一一月二八日本件土地の地目を宅地に変更する旨の登記の経由をみた。

一方、本件土地については、本件仮登記後本件更正登記前に被控訴人名義の本件根抵当権登記が経由された。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  ところで、被控訴人は、被控訴人が本件根抵当権登記をなした際、控訴人は仮登記権利者として公示されていなかつた旨主張するところ、本件仮登記が控訴人名義でなされなかつたことは前記認定のとおりであるが、本件仮登記につき後に本件更正登記がなされていることも先に認定のとおりであり、更正登記がなされた場合、もとの登記は更正登記と一体となつて当初からその効力を有するものと解される以上、被控訴人の右主張は本件更正登記が有効であるかぎりは採用し難いものといわざるをえない。

そこで、続いて本件更正登記の有効性につき判断する。

四1  まず、被控訴人は、本件仮登記は、その記載自体から実体関係と一致しない無効な登記であることが明らかであり、無効な登記は更正登記の対象とならない旨主張する。

しかしながら、登記と実体との間に不一致がある場合に、当該登記は常に必ずしも無効というわけではなく、登記の種類、不一致の程度、内容如何により、後になされた更正登記と相まつて完全な効力を取得しうる場合(その限りでは更正前の登記も無効とはいえない。)があるものと解するのが相当である。そして、一般には登記権利者の同一性を欠く登記は無効であると解されているが、本件の如き仮登記の場合には別異に解する余地がある。すなわち、仮登記は仮登記のままで対抗力を有するものではなく、本登記のための順位保全効を有するにすぎず、仮登記義務者は仮登記と内容的に抵触する処分を自由にすることができるのであり、一方、右処分の相手方にとつても仮登記が存在し、公示されてさえいれば、これをもつて、将来右仮登記が本登記に高められる際には、自己の権利が覆滅せられることを予測しうるのであるから、仮登記にあつては、その権利者が具体的に誰であるかはさほど重要な意義を有していないということができる。そうだとすると、仮登記における仮登記権利者の表示の誤記は、当該仮登記を直ちに無効ならしめるものではなく、ただ真正な権利者は誤つて記載された登記のままでは、自己が仮登記権利者である旨主張することはできず、更正登記を経て初めてその権利者の仮登記として完全に有効なものになると解するのが相当である。そして、このことは仮登記権利者として、誤まつて第三者名義に記載された場合と仮登記義務者名義に記載された場合とで異なるところはないというべきである(およそ、所有者であり仮登記義務者である者が、同時に仮登記権利者であるという事態が発生することはありえないのであり、にもかかわらず、そのような登記がなされている場合には、その仮登記権利者の記載に誤りがあるのではないかと考えるのが通常と思われ、法務局等に容易にその点の疑義を質すことが可能なのであるから、このように解しても不都合は生じないものと思料される。)。

結局、本件仮登記は、更正登記の対象となりうるものと解するのが相当であり、その限りにおいて全く無効な登記とは同視し得ないものというべきである。

2  次に更正登記は、一般に更正前後の登記に同一性が認められる場合においてのみ許容されると解されているが、その趣旨は右の同一性が認められない場合、例えば、登記名義人の同一性を欠く場合にも更正登記を認めると、関係者の馴れ合いで更正登記を濫用して権利移転登記の代用とする弊害を生ずるからであるとされている。しかし、不動産登記法自体は、更正登記について前後の登記の同一性を要件としているわけではないのであり、登記の申請には誤りなく、登記官の過誤により誤記された登記名義人を職権により更正する場合には、申請による場合の前記のような弊害を伴うおそれがないから、更正前後の登記名義人の同一性を要しないと解するのが相当であり、これと同旨の登記実務上の取扱い(昭和三五年六月三日民事甲第一三五五号民事局長回答、同年一二月一三日同第三一三六号同局長回答、昭和三六年二月一七日同第三五八号同局長回答、同四一年五月一六日同第一二〇二号同局長回答)は肯認されてしかるべきである。

従つて、登記官の過誤により仮登記権利者を実体上の権利者でない大倉興業と表示した本件仮登記を職権により更正した本件更正登記も不動産登記法六四条の要件をみたす限り有効というべきである。

3  そこで本件更正登記が不動産登記法六四条の要件を充足しているかについて判断する。

本件仮登記における仮登記権利者の記載の誤りが、登記官の過誤に起因するものであり、本件更正登記が前橋地方法務局長の許可を経てなされたこと、本件土地については、本件仮登記後、本件更正登記前に本件根抵当権登記が経由されていたことは前記二認定のとおりである。

ところで、不動産登記法六四条は、職権による更正登記は登記上利害関係を有する第三者がある場合を除く外なしうる旨規定しているが、ここにいわゆる第三者とは、登記の形式からみて、更正登記により損害を被るおそれがあると一般的に認められる者をいうと解すべきである。

しかして、およそ登記の形式からみて、単に登記名義人の表示の更正登記をなすことにより損害を被るおそれがあると認められる第三者は存しえないというべきである。もつとも、被控訴人は本件仮登記の登記名義人が大倉興業となつていることから、これを無効と解して本件根抵当権登記をなした旨主張するが、本件仮登記が実体上の仮登記義務者を仮登記権利者と表示してはいるものの、仮登記上の権利そのものは登記簿上有効に公示されていることは前判示のとおりであり、そうである以上、被控訴人は登記簿の形式上、本件更正登記により実質的に損害を被る者とはいえず、不動産登記法六四条にいう登記上利害関係ある第三者には該当しないと解するのが相当である。

従つて、本件更正登記は、不動産登記法六四条所定の各要件を充足した有効な登記というべきであり、本件根抵当権登記は、本件更正登記により更正された本件仮登記に劣後するものである。そして控訴人と大倉興業間の本件土地の売買契約の条件が、昭和五四年一一月二八日までに成就したことは前記二に認定のとおりであるから、被控訴人は、不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項により、大倉興業が控訴人に対し本件仮登記に基づいて本登記手続をなすことを承諾すべき義務があるというべきである。

五  してみれば、控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと結論を異にする原判決は失当で本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 前島勝三 藤村眞知子)

(別紙) 物件目録<省略>

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