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前橋地方裁判所 昭和58年(行ウ)6号 判決 1988年9月13日

五八年六号事件・五九年四号事件原告

丸岡澄雄

右訴訟代理人弁護士

飯野春正

大塚武一

田見高秀

樋口和彦

茂木敦

五八年六号事件被告関東郵政局長

金光洋三

五九年四号事件被告前橋中央郵便局長

橘郁夫

右被告両名訴訟代理人弁護士

落合修二

右被告両名指定代理人

堀内明

山田文雄

藤牧幹也

近藤徳治

宮崎京應

吉田一司

西山宗男

淵江淳

武井宣

山野井雄市

植竹義夫

朝野實

高山祐治

中島允之

田口修三

夏目和夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(五八年六号事件)

一  請求の趣旨

1 被告関東郵政局長が、昭和五七年九月六日付でなした原告を停職一〇ヵ月に付する処分を取り消す。

2 訴訟費用は、被告関東郵政局長の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(五九年四号事件)

一  請求の趣旨

1 被告前橋中央郵便局長が、昭和五八年七月七日付でなした原告を前橋郵便局郵便課勤務に命ずる旨の転任処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告前橋中央郵便局長の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

(五八年六号事件)

一  請求原因

1 原告は、郵政事務官として、群馬県前橋若宮郵便局(以下「若宮郵便局」と略称する。)に勤務していたものであるところ、被告関東郵政局長(以下「被告郵政局長」という。)は、原告に対し、昭和五七年九月六日付で国家公務員法八二条各号及び人事院規則一二―〇により、停職一〇ヵ月に付する旨の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)をした。

2 本件懲戒処分の理由は、当時若宮郵便局主任であった原告が、昭和五六年一二月二九日、為替貯金窓口事務に従事していた際、窓口受払上生じた現金過剰金二万五〇〇〇円を正規に受け入れ処理せず、これを横領したというにある。

3 しかしながら、原告には、右金員につき横領の意思がなかったのであるから、横領の事実は存在せず、したがって国家公務員法八二条各号に該当しないから、本件懲戒処分は違法であり、取り消されるべきである。

よって、原告は、本件懲戒処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の各事実を認める。

2 同3の事実のうち、原告には横領の意思がなく、横領の事実が存在しないとの点を否認し、その余を争う。

三  抗弁

1 現金過剰金の横領

原告は、昭和四〇年三月二四日臨時補充員を命ぜられ大森郵便局郵便課に勤務し、同年八月四日から同月一三日まで初等部訓練研修生として、中央郵政研修所兼務となり、同四三年九月一日郵政事務官に任ぜられ、同四七年四月一日若宮郵便局勤務となり、同五二年五月二日同局内務主任(同五六年一一月一日呼称改正により同局主任となる。)を命ぜられ、以来その官職にあったものであるが、同五六年一二月二九日、若宮郵便局において、事務主任兼現金主任として為替貯金窓口事務に従事していたところ、同日、午後四時ころ、当日の日締決算を実施した際、現金二万五〇〇〇円が過剰となったこと(以下「本件現金過剰金」という。)を発見したが、現金過剰金が生じた場合、郵政官署現金出納計算規程によれば、臨時受金として臨時受金証明書を作成するとともに、現金出納日報の備考欄にその金額及び理由を記載したうえで受入計理をしなければならない旨定められているにもかかわらず、これをすることなく、却ってこれを奇貨として、右金員を自己のものにしようと考え、若宮郵便局の局長席横に設置されていた保管箱から自己名義の積立貯金集金票を取り出し、右金員のうち、二万四〇〇〇円を自己名義の積立郵便貯金(記号番号が積〇四―二〇四七四九で、毎月一回あたりの預入金額が四〇〇〇円のもの)に、同五七年一月ないし同年六月までの六回分として預入処理する一方、右金員の残金一〇〇〇円を自己の事務服のポケットに入れ、二万五〇〇〇円を横領した(以下「本件横領」という。)。

2 本件横領行為の発覚の経緯

(一) 関東郵政監察局前橋支局(以下「前橋支局」という。なお、同支局は、昭和五九年七月一日、組織規程改正により「同群馬郵政監察室」と改称した。)所属の郵政監察官篠原武(以下「篠原監察官」という。)は、外一名とともに、昭和五七年八月一八日、若宮郵便局の総合業務考査を実施した際、同五六年一二月二九日扱いの積立貯金集金内訳書中の預入金額二万四〇〇〇円の預金者姓欄の記載がなぞり消され、「中田」姓に書き替えられていたため、積立貯金集金票を調べたところ、右集金内訳書の中田姓に対応するものが見当たらず、他方、原告名義の積立貯金集金票中には、同日扱いで二万四〇〇〇円の預入があるにもかかわらず、右集金内訳書にはこれに相当する受け入れの記載がないことを発見した。

(二) そこで、篠原監察官が、同五七年八月二三日、右積立貯金事務を担当した原告に任意出頭を求めて取り調べたところ、原告は、同月二四日に至って、同五六年一二月二九日、為替貯金窓口受払上生じた現金過剰金二万五〇〇〇円を横領したことを自白し、本件横領の事実が発覚した。

3 本件横領行為の情状

原告は、本件横領行為に至るまで郵政部に一六年余も勤務し、本件違法行為当時、前記のように、主任の地位にあったものであって、上司として部下職員を指導する立場にあったものであり、国家公務員としての在り方は勿論、郵政事業の使命についても十分に認識していたものであるにもかかわらず、前記横領行為により、事業の信用を失墜させたものであり、その情状は極めて重いというべきである。

4 本件懲戒処分

以上のとおり、原告の前記横領行為は、国家公務員法九八条一項、九九条に違反し、同法八二条各号に該当するので、被告は、原告を本件懲戒処分に付したものであり、したがって、本件懲戒処分は適法かつ妥当なものである。

なお、原告の前記横領行為は、同五七年八月三〇日、前橋支局郵政監察官により、業務上横領被疑事件として、前橋地方検察庁に送致され、その結果、原告は、同年一二月二七日、起訴猶予処分となった。

また、原告は、本件懲戒処分を不服として、同五七年一〇月一四日、人事院に対して、行政不服審査法に基づき審査請求をしたが、人事院は、同五八年九月三〇日、本件懲戒処分を承認する旨の判定をした。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

(抗弁に対する認否)

1  抗弁1のうち、原告の経歴及び原告が、昭和五六年一二月二九日、若宮郵便局において、事務主任兼現金主任として為替窓口事務に従事していたこと、同日午後四時ころ、当日の日締決算をした際、現金二万五〇〇〇円が過剰となったことを発見したこと、現金過剰金が生じた場合には、臨時受金として受け入れ計理し、現金出納日報の備考欄にその金額及び理由を記載すべきであること、しかしながら、原告はこの手続きを履行しなかったこと、原告が、本件現金過剰金のうち二万四〇〇〇円を自己名義の積立郵便貯金(記号番号〇四―二九四七四九)に、同五七年一月から同年六月までの六回分として預入処理し、うち一〇〇〇円を自己の事務服のポケットに入れたことを認め、原告が本件現金過剰金を横領したことを否認する。

2  同2(一)の事実は不知。同(二)の事実のうち、篠原監察官が、昭和五七年八月二三日、原告に任意出頭を求め、同人を取り調べたことを認め、その余を否認する。

3  同3の事実を否認し、同4の事実中本件懲戒処分の理由、刑事処分及び人事院の判定を認め、その余を争う。

(原告の主張)

1  本件横領行為の不存在

原告は、昭和五六年一二月二九日午前一〇時ころ、若宮郵便局に貯金のために来局した奈良治三郎(以下「奈良」という。)が、現金二万五〇〇〇円をカウンター上において、貯金預入票を書きなおすために筆記台へ戻ったので、右現金をカウンター上においたままでは危険と考え、これを現金保管箱に入れたまま、失念していた。原告は、同日午後四時すぎ、日締決算をし、本件現金過剰金が生じたことを発見した際、右過剰金が奈良の金であることに気付いたものの、それまでに、右金員の受け渡しをめぐって奈良と言い争いになったばかりか、そのころ、来局していた平林ジュウ(以下「平林」という。)が持ち帰ったのではないかと考え、その旨同人に問い合わせをしたため、同人から、原告はもとより、当時若宮郵便局長であった松本秀四郎(以下「松本局長」という。)にまでも、苦情が持ち込まれ、同局長が謝罪せざるをえなかったということに加え、以前から度々転勤を迫られるなど松本局長と折り合いがわるかったことから、その叱責を恐れる余り同人に報告することができなかった。

そこで、原告は、松本局長に知られることなく、本件現金過剰金を何とか奈良の通帳に預入処理しようと考えたあげく、奈良に現金があったことを報告するとともに、翌日奈良の貯金通帳に右現金を預入することを了解してもらう一方で、右預入処理をする間、仮に原告名義の積立郵便貯金に預入しておこうと考え、右二万五〇〇〇円の現金過剰金のうち、二万四〇〇〇円を自己名義の積立郵便貯金に預入処理し、うち一〇〇〇円を自分の金と区別するために局内の原告のロッカーにおいておく自己の事務服のポケット内に保管しておいたものである。

そして、原告は、帰宅後、同日午後七時四五分ころ、奈良に電話で現金があったことを報告のうえ、謝罪するとともに、右金員を奈良の通帳に預入する旨の約束を取りつけたうえ、翌朝、奈良宅に赴き、通帳を預かり、出局後直ちに奈良の通帳に二万五〇〇〇円の預入処理をした。

2  捜査の端緒及び取り調べの不当性

(一) 篠原監察官は、本件の約一年前に郵政監察官になったものであり、未だ監察官としての知識や経験が少なく、横領事案を担当した経験がなかったものであるところ、昭和五七年八月一八日、不審な点を発見したことで、ただちに犯罪の嫌疑ありと即断し、同月一九日ないし二一日までの間、犯罪捜査をしたというものであって、その間原告に対する事情聴取も無く、松本局長に対して、十分に疑義を正すことをしなかったばかりか、原告の積立貯金通帳に頻繁な貸付記録があったことのみで、原告が横領したものであるとの単純な発想で捜査を進めた。

(二) そして、篠原監察官による原告の取り調べは同年八月二三日から同月二五日までの三日間行われたが、その間の取り調べは、原告の言い分を全く聞き入れず、一般に被疑者が犯行を自白するのは「二日目」であるという一方的な確信に基づき原告の言い分の裏付けを取ることなく行われたものである。

同監察官による同月二三日の取り調べは、原告の弁解を全く聞き入れず、原告が、本件現金過剰金を横領したと決めつけた取り調べに終始したものであり、また翌二四日の取り調べにおいては、原告が、ようやく、奈良に対する預入金の返還等前記1の経緯を思い出し、その旨弁解すると、同監察官は、「それを盗みました」などと調書に記載したため、原告がこれに抗議するや、「逮捕」、「家宅捜査」等の言葉を出し、あたかも同監察官のいうことを聞かなければ、逮捕や家宅捜査が実施されるかのような言辞を弄して原告を恫喝するなどした。

(三) 同月二五日の取り調べにおいても、同月二三日及び二四日の取り調べと同様、篠原監察官と原告は「盗った」「いや全く違う」等の遣り取りに終始していたものであるが、同監察官は、原告に対して、「ありのまま記入したら、きれいごとすぎておめえがかえって言い訳していると思われて罰が重くなるぜ」などと申し向ける一方、原告が本件現金過剰金を横領した旨の調書に署名しても、原告に対して処分らしい処分はなく、原告をしてせいぜい始末書ないし訓告程度の処分を受けるにすぎないものと思わせ、巧みに本件横領の自白を内容とする調書に署名させたものである。

そして、篠原監察官は、原告が、右自白調書に署名した後、原告をして同監察官が示した始末書のサンプルにしたがった始末書を作成させ、これを提出させた。

(四) 同年九月一日、原告は、前橋支局長西山義雄(以下「西山支局長」という。)により、本件につき再度取り調べを受けたが、右取り調べは、これに先立ち、同年八月二八日、松本局長が原告に対してなした免職の内示のもとで行われたものであるうえ、右取り調べにおける西山支局長の巧みな誤導尋問により、原告が、当初から一貫して本件横領を否定しているにもかかわらず、右取り調べの結果、原告があたかも本件横領を自白したかのような供述を内容とする調書が作成されたものである。

(五) 原告は、同年九月三日、降任降格同意書(<証拠略>)を作成・提出しているが、これも前記松本局長による免職内示下において作成されたものであり、右同意書は、原告が本件横領の意思を認めて書いたものではなく、職を失うことを避ける一心で作成・提出したものである。

3  以上の事実経過からして、本件において、原告には、横領の意思すなわち不法領得の意思は全くなく、正規の手続きを履践しなかった手続きミスがあるにすぎないものである。ところが、自己名義の積立預金通帳に預入した以上横領したものであるとの篠原監察官らの予断偏見のため、右事実経過が無視され、単なる手続きミスが横領事件に作りあげられてしまったものである。

五 原告の主張に対する認否及び反論

(原告の主張に対する認否)

1  原告の主張1のうち、原告が、昭和五六年一二月二九日午前一〇時ころ、奈良の現金二万五〇〇〇円を現金保管箱に収納したまま失念していたこと、原告が、同日午後四時すぎ、日締決算をした折、本件現金過剰金を発見し、その原因が奈良から現金を受領していたことにあると気付いたこと、原告が奈良と右金員の受け渡しをめぐって言い争いになったこと、平林が持ち帰ってしまったのではないかと考え、その旨同人に問い合わせをしたことで、同人から原告はもとより松本局長にまで苦情を持ち込まれ、同局長が謝罪したこと、本件現金過剰金のうち二万四〇〇〇円を原告名義の積立郵便貯金に預入処理し、うち一〇〇〇円を原告の事務服のポケットに入れたこと、原告が、帰宅後奈良に電話で現金があったことを報告し(ただし、その時刻は午後八時ころである。)、謝罪するとともに、右金員を奈良の通帳に預入する旨の約束を取りつけたうえ、翌朝奈良宅に赴き、同人から通帳を預かり、出局後直ちに右通帳に二万五〇〇〇円の預入処理をしたことを認め、その余を否認する。

2  同2のうち、

同(一)を否認する。

同(二)のうち、篠原監察官が、昭和五七年八月二三日から同月二五日までの間、原告を取り調べたことを認め、その余を否認する。

同(三)のうち、篠原監察官が、同五七年八月二五日、原告に始末書を作成・提出させたことを認め、その余を否認する。

同(四)のうち、西山支局長が、同五七年九月一日、原告を再度取り調べたことを認め、その余を否認する。

同(五)のうち、原告が、同五七年九月三日、降任降格同意書を作成・提出したことを認め、その余を否認する。

3  同3を否認ないし争う。

(被告の主張)

1  原告は、現金過剰金が生じた場合の正規の処理手続きを熟知しており、したがって、松本局長の叱責を恐れる余り、右処理手続きを行わなかったことは考えられないうえ、積立貯金は、名義人以外は払戻はできず、しかもその性格上、二年間の積立期間の途中における一部払戻はできないものであることも十分知っていたのであるから、本件現金過剰金を自己名義の積立貯金に預入したことは、右現金過剰金を自己の所有に帰せしめたうえでなしたものといわざるをえないし、局内のロッカーや事務服の中は本人の同意ないし立ち会いがなければ検査が許されないものである以上、事務服のポケットに現金過剰金の一部を入れ、局内のロッカーに入れて帰ったとしても、その行為は、即自己の所持金にしたことにほかならないものというべきである。

なお、原告が、昭和五六年一二月三〇日に出局後直ちに奈良の預金通帳に二万五〇〇〇円を預入処理した時点においては、右金員は現実に返戻されておらず、それがなされたのは、原告が、自己の通常郵便貯金から二万四〇〇〇円を払い戻し、所持金一〇〇〇円と合わせ、二万五〇〇〇円を局の資金に払い込んだ同日午後三時四〇分ころである。

2  原告は、昭和五六年一二月二九日、本件現金過剰金のうち二万四〇〇〇円を自己名義の積立貯金に預入した際、積立貯金集金内訳書の預金者姓欄に記載した「丸岡」という記載を「中田」という架空姓に改竄しているうえ、翌三〇日、松本局長に対して、「昨日の日締で、その金が余ったんです。それを夕方届けたら奈良さんが喜んで今朝お菓子をもってお礼に来たんです」と虚偽の事実を告げた。加えて、原告は、同五七年一月二〇日、実際には亡失していない自己名義の積立預金通帳を亡失したとして再交付請求をし、同月二三日、再交付を受けている。

3  原告は、取り調べにあたった篠原監察官及び西山支局長に対し、本件現金過剰金の横領を明確に自供しているところ、篠原監察官は、取り調べ当初に黙秘権を告知したうえで取り調べを行い、また調書作成にあたっては、原告の言い分も十分に聴取し、その確認を得たうえで調書に記載しているものであって、右調書への署名押印に際しても、原告は何ら異議を述べることなくこれに応じている。そのうえ、西山支局長は、更に慎重を期して、再度原告の取り調べを行い、その言い分を十分に聴取しているのであるから、本件取り調べが不当であるとはいえない。

更に、本件捜査にあたっては、原告が結婚間もないことを考慮し、身柄拘束を避けたことはもとより、取り調べその他についても相当に配慮をしている。

4  原告は、同五七年八月二五日、同日の取り調べ終了後、松本局長宛の自筆の始末書を提出しているが、郵政部内にあること一〇有余年、うち主任歴五年有余の経歴を持ち、年齢も三〇歳半ばに達する原告が、その意に反する内容の始末書を何の抵抗もなく素直に作成し、署名押印することは考えられず、たとえ始末書の書き方について篠原監察官の助言があったとしても、原告の意思に基づいて作成されたものというべきであって、その任意性については疑う余地のないものである。

(五九年四号事件)

一  請求原因

1 原告は、郵政事務官として若宮郵便局に勤務していたものであるところ、被告前橋中央郵便局長(昭和六二年七月一日改称以前の呼称は前橋郵便局長であった。以下「被告郵便局長」という。)は原告に対し、昭和五八年七月七日付で国家公務員法三五条及び人事院規則八―一二により、前橋郵便局郵便課勤務を命ずる旨の転任処分(以下「本件転任処分」という。)をした。

2 本件転任処分の理由は、昭和五六年一二月二九日、当時若宮郵便局主任として為替窓口事務に従事していた際、窓口受払上生じた現金過剰金二万五〇〇〇円を正規に受入処理せずにこれを横領したことで、同五七年九月六日、懲戒停職処分を受けた等したため、同局に引き続き勤務させることは、局務の運営上好ましくないというにある。

3 しかしながら、原告には、右金員につき横領の意思がなかったのであるから、横領の事実は存在せず、したがって、同処分を受けたこと等を理由とする本件転任処分は理由がなく、違法であるから、取り消されるべきである。

よって、原告は、本件転任処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の事実を認める。

2 同3の事実のうち、原告には横領の意思がなく、横領の事実が存在しないとの点を否認し、その余を争う。

三  抗弁

1 原告は、当時主任として勤務していた若宮郵便局において、昭和五六年一二月二九日、為替貯金窓口事務に従事していた際、窓口受払上生じた公金である現金過剰金二万五〇〇〇円を正規に受け入れ計理せず、これを横領したということで、同五七年九月六日、停職一〇ヵ月の懲戒処分に付されたものであるところ、関東郵政局長は、<1>若宮郵便局は、地域に密着し、公共性の高い郵便、貯金、保険の窓口業務を取り扱う無集配特定郵便局であるところ、原告は、公金を横領し、郵政職員としてその官職の信用を傷つけ、官職全体の名誉を損なったものであるから、原告を引き続き同局に配置しておくのは、更に官職の信用を失墜するおそれがあること、<2>原告は、前記懲戒処分に付されるとともに、若宮郵便局主任を降格されたものであるが、その後任として、右若宮郵便局において原告の後輩にあたる同局職員金谷好子が同五七年一〇月一日付で主任に昇格しており、仮に原告が同局に復職した場合、後輩職員に指導監督を受けることとなり、局長以下四名の小人数の職員によって構成されている同局の中において、人間関係に円滑さを欠き、ひいては職員相互の職務における協力態勢に支障を及ぼすおそれがあること、を考え、右停職期間満了後、原告を再度若宮郵便局に勤務させることは局務の運営上好ましくないと判断し、原告の通勤事情等を考慮のうえ、同五八年六月上旬ころ、被告郵便局長へ原告の受け入れを打診した。

2 そこで、被告郵便局長は、前記<1>及び<2>の事情に加え、原告の職務経験並びに要員事情等を勘案した結果、原告を前橋郵便局郵便課へ受け入れることとし、同年六月下旬ころ、その旨前記関東郵政局長に回答したうえ、原告を本件転任処分に付したものである。

3 ちなみに、原告は、本件転任処分を不服として、同五八年七月二五日、人事院に対して、行政不服審査法に基づく審査請求をしたが、同院は、同五九年六月二二日、本件転任処分を承認する旨の判定をした。

4 したがって、本件転任処分は、業務上の必要に基づき、原告の経験等を考慮したうえで、国家公務員法三五条及び人事院規則八―一二第六条により、任命権者の裁量の範囲内において、被告がなしたものであるから、適法かつ妥当な処分である。

四  抗弁に対する認否及び反論

(抗弁に対する認否)

1  抗弁1のうち、原告が、昭和五七年九月六日、若宮郵便局主任を降格されるとともに停職一〇ヵ月の懲戒処分に付されたことを認め、原告が、同五六年一二月二九日、為替貯金窓口受払上生じた現金過剰金二万五〇〇〇円を横領したことを否認し、その余は不知。

原告が、同五六年一二月二九日、為替貯金窓口受払上生じた現金過剰金二万五〇〇〇円を横領していないことは、五八年六号事件における「抗弁に対する原告の主張」において主張するとおりである。

2  同2のうち、原告が本件転任処分に付されたことを認め、その余は不知。

3  同3を認め、同4を争う。

五 再抗弁(人事権の濫用)

本件転任処分は、以下の理由から人事権の濫用というべきである。

1  本件転任処分は、原告に転任の希望がないにもかかわらず、その意見等を聴取する機会を与えず、突然ほしいままになされた極めて恣意的なものである。

2  原告は、昭和五六年一二月二九日、若宮郵便局において為替貯金窓口受払上生じた現金過剰金を正規に受入処理しないで横領したということで、同五七年九月六日、停職一〇ヵ月の懲戒処分を受けたものであるところ、本件転任処分は、不法領得の意思がなかったがゆえに存在しない横領を前提として、原告を同一局内において置くことは局務運営上好ましくないことを主たる理由としてなされた強制配転であって、懲戒処分と同一の事実で二重の処分をする不当なものである。

3  原告には、本件転任処分以前より、長く変形性腰椎症の既往症があり、被告郵便局長はそのことを十分知りながら、原告の腰痛症に悪影響を及ぼすことが明らかな立ち作業を内容とする前橋郵便局郵便課通常係区分への本件転任処分をなしたものであり、原告にとって著しく不利益な勤務を強いたものである。

ちなみに、本件転任後一ヵ月を経ずして原告の腰痛症は悪化し、要指導という検診結果がでた。

六 再抗弁に対する認否及び被告の主張

(再抗弁に対する認否)

1  再抗弁冒頭の本件転任処分が人事権の濫用であるとの主張を争う。

2  同1のうち、本件転任処分に際して、原告の意見等を聴取しなかったことを認め、その余は争う。

同2のうち、原告が、昭和五六年一二月二九日、若宮郵便局において為替貯金窓口受払上生じた現金過剰金を正規に受入処理しないで横領したということで、同五七年九月六日、停職一〇ヵ月の懲戒処分を受けたことを認め、その余を争う。

3  原告には長く変形性腰椎症の既往症があり、そのことを被告は十分知りながら、前橋郵便局郵便課勤務を命じたことを否認し、その余を争う。

(被告の主張)

1  本件転任処分は、任命権者の裁量により行われたものであって、職員の同意を要件とするものではない。

なお、本件転任処分に先立ち、昭和五七年九月三日、原告は、主任の降任降格同意書を提出するに際し、どんな職場でもよいから引き続き郵政職員として勤務したい旨申し立てており、更に、同月六日、懲戒処分発令時において、関東郵政局人事部人事課課長補佐大竹正雄は、原告に対し、懲戒処分である停職期間満了後は他局への配置換えを考えていると申し渡し、原告もこれを了承していた。

2  原告が、同五三年ころ、郵政省共済組合に対しコルセット購入のための療養費請求書を提出した際、原告から若宮郵便局長に対して、腰痛が発生し、治療している旨の申出があったものの、同五五年三月ころ、右局長が関東郵政局人事部長宛に提出する腰痛罹患者数報告表を作成した折、原告に対して、腰痛の有無を確認したところ、原告から既に治癒した旨申立があり、以後本件転任に至るまで、原告から腰痛について何らの申出もなく、しかも毎年実施された定期健康診断においても健康者と判定されており、また腰痛を理由として医療機関を利用し、あるいは腰痛を理由として病気欠勤をした形跡もなかったことから、被告は、本件転任処分時において、原告が、郵便課の業務に従事するのに支障のない普通の健康体であるとして本件転任処分を発令したものである。

また、前橋郵便局郵便課では分掌内規により、窓口係・特殊係・通常係・小包係・計画係及び経理係が設置されているが、計画係及び経理係は事務労働であり、窓口係及び特殊係は比較的事務的な労働が多く、立ち作業等肉体的な労働が多いその他の係と区別されるが、原告を郵便課へ転任させたことは、同課内におけるこれらの担務を全て包含するものであるから、立ち作業のみを意味するものではない。

3  本件転任処分当時においては、前記のように、原告に腰痛症は認められなかったのであり、もし、原告が転任後腰痛症を理由として職務に耐えられないとするのであれば、所属長は一般の例により配置換えその他必要な措置を取ることになるものであって、本件転任処分の当否を左右するものではなく、これとは別個の問題である。

ちなみに、原告は、昭和六一年四月二五日から前橋中央郵便局調査課勤務を命ぜられているものである。

第三証拠(略)

理由

第一五八年六号事件について

一  (証拠略)によれば、請求の原因1及び2の事実(本件懲戒処分)を認めることが出来る(この事実については争いがない。)

二  そこで、抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実中原告が本件現金過剰金を横領したことを除く、その余の事実については争いがない。

右争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和四〇年三月二四日、臨時補充員として東京の大森郵便局郵便課に採用され、その後、中央郵政研修所兼務(初等部訓練研究生)、同局事務員を経て、同四三年九月一日、郵政事務官となり、同四七年四月一日から若宮郵便局に勤務するようになり、同五二年五月二日、若宮郵便局内務主任(昭和五六年一一月一日、同局主任と呼称改正された。)に命ぜられ、同五六年一二月二九日当時も同じく同局主任として勤務していた。(以上の事実は争いがない。)

(二) 原告は、昭和五六年一二月二九日、若宮郵便局において、事務主任と現金主任を兼ねて為替貯金窓口事務に従事していたところ、同日午前一〇時ころ、前橋市住吉町に住む奈良が貯金預入のために来局した(以上の事実は争いがない。)。

奈良は、為替貯金窓口のカウンターに通常貯金通帳五冊及び貯金預入票五枚に現金二万五〇〇〇円を添えて出し、同人の孫である「奈良智」、「奈良加代」、「奈良廣雅」、「中川めぐみ」及び「奈良恵美子」名義の通常貯金の預入申込をしたので、原告が右貯金預入票の記載を見ると、同票には記載不要の記号番号が記入されていたため、奈良に貯金預入票の書き直しを依頼したところ、同人は右現金を窓口カウンターに置いたまま、貯金預入票を書き直すために局内にある筆記台へ赴いた。そこで、原告は、次の客である平林ジュウを呼び寄せ、その受払事務を行ったが、その際、奈良が出した右現金を原告の横にある現金保管箱に収納した。

(三) やがて、奈良が貯金預入票の書き直しを終え、これを右窓口に提出したところ、原告は、現金二万五〇〇〇円を現金保管箱に収納したことを失念してしまい、同人に対して、預入すべき現金をまだ預かっていないと言ったため、同人との間で右現金の受け渡しをめぐって押問答になったが、原告が右現金の受領を認めなかったため、結局、奈良は、預金を諦めて前記通常貯金通帳及び貯金預入票をそのまま持ち帰った(原告が奈良の現金を現金保管箱に収納して失念したことは当事者間に争いがない。)。

(四) 原告は、前記奈良との押問答の際、平林ジュウが奈良の現金を誤って持ち帰ったのかもしれないと考え、同女にその旨電話で問い合せたところ、同女はこれに対して立腹し、自分を泥棒であると疑うのかとなどと言って原告を詰問し、そのあげく、同日午前一一時ころ来局のうえ、原告の電話の件で松本局長に苦情を唱えたため、同局長はやむなく平林に謝罪した(原告が、平林が誤って奈良の現金を持ち帰ったかもしれないと考えて同人にその旨電話で問い合わせたこと、原告の右電話に対して平林が立腹し、同人から原告をはじめ、松本局長までもが詰問され、松本局長が謝罪するに至ったことは争いがない。)。

(五) 原告は、同日午後四時過ぎころ、為替貯金窓口を閉鎖し、当日の日締決算を行ったが、銀行に預金する分を松本局長に渡して残った、一〇〇〇円札、五〇〇円札、一〇〇円、五〇円、一〇円、五円及び一円の各硬貨という金種の現金を、あるべき現金残と照合した際、二万五〇〇〇円が過剰となっていることを発見し、すぐさま右過剰の原因が、原告が奈良から二万五〇〇〇円を受領していたにもかかわらず、これを失念していたことにあると気付いた(原告が、同日午後四時過ぎころ、当日の日締決算をした際、二万五〇〇〇円の現金過剰金が生じたこと、右現金過剰金が生じた原因が、原告が奈良から二万五〇〇〇円を預かり、これを失念していたことによることは争いがない。)。

(六) 郵便局の各種受払金の取扱において現金過剰金が生じた場合の手続としては、郵政官署現金出納計算規定四四条一項一号により右現金過剰金を臨時受金として臨時受金証明書(正副本)(<証拠略>中の記載例と同一のもの)を作成する旨定められているとともに、現金出納日報(正副本)の備考欄に現金過剰金の金額及びその理由を記載したうえで、受入計理をしなければならないとされているところ、原告は、それまでいく度か右手続きにしたがって現金過剰金の処理をしたことがあり、現金過剰金が生じた場合の正規の受け入れ手続きを熟知していた(現金過剰金が生じた場合に取るべき手続については、争いがない。)。

(七) しかるに原告は、右現金過剰金が生じた場合の正規の受入計理の手続きをすることなく、右現金過剰金が生じたことを原告以外のものが知らないことを奇貨として、ほしいままに、若宮郵便局内の局長席横に設置されている保管箱から原告名義の積立貯金集金票(<証拠略>)を持ち出し、自己の机上にある整理箱から原告名義の積立貯金通帳を取り出して、前記現金過剰金二万五〇〇〇円のうち、二万四〇〇〇円を原告名義の積立郵便貯金(記号番号が「積〇四―二〇四七九」で、毎月の預入金額が四〇〇〇円のもの)に昭和五七年一月ないし六月までの六回分として預入処理するとともに、一〇〇〇円札を当時着用していた事務服の胸ポケットに入れた(原告が、二万五〇〇〇円の現金過剰金のうち、二万四〇〇〇円を原告名義の積立郵便貯金に預入したこと、うち一〇〇〇円を事務服のポケットに入れたことは当事者間に争いがない。)。

なお、原告は、積立郵便貯金預入の際、積立貯金集金票に基づき作成されるべき積立貯金集金内訳書(<証拠略>)中の同日分の預金者姓欄に一旦「丸岡」と記載したものの、その記載の上からこれをなぞり消すようにして架空名義である「中田」と記載し、「丸岡」姓が判読できないようにした(原告が積立郵便貯金集金内訳書の預金者姓欄に「中田」と記載したことは争いがない。)。

(八) 原告は、帰宅後、同日午後八時頃、自宅から奈良方へ電話して現金があったことを報告し、謝罪すると共に翌朝奈良の通帳に預け入れすることの承諾を取り付け、翌三〇日出勤の途次奈良方へ立ち寄り通帳を預かって、出局後午前九時頃右通帳に二万五〇〇〇円の預け入れ処理をし、同日午後三時五〇分頃、自己の通常貯金通帳から二万四〇〇〇円の払い出し処理をすると共に、ポケットから一〇〇〇円を出して現金保管箱に補填した。

(九) 篠原監察官は、昭和五七年八月一八日若宮局の総合業務考査を行ったが、積立貯金集金内訳書の前記中田の記載に見合う集金票がなく、他方原告名義の積立貯金集金票の前記二万四〇〇〇円の預け入れに見合う記録がないため、原告が利用客の預け入れ金を横領したのではないかとの嫌疑を持ち、上司の指示を得て捜査に着手した。そして、原告の右事件は、同月三〇日、西山支局長により、業務上横領被疑事件として、前橋地方検察庁に送致され、その結果、同年一二月二七日、起訴猶予処分となった(刑事処分の事実は争いがない。)。

(一〇) 被告関東郵政局長は、同年九月六日、原告が「若宮郵便局主任として勤務し為替貯金窓口事務に従事中、昭和五六年一二月二九日、窓口受払上生じた現金過剰金二万五〇〇〇円を正規に受入計理しないで横領したものである」ことを処分の理由として、一〇月間停職する旨の懲戒処分をした。

以上の事実が認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、原告は、昭和五六年一二月二九日、公金である本件現金過剰金二万五〇〇〇円を、前記1(六)の手続きによる正規の受入計理をすべきであるのにこれをせず、うち二万四〇〇〇円を自己名義の積立郵便貯金に預入処理するとともに、一〇〇〇円を原告が当時着用していた事務服の胸ポケットに入れて横領したものというべきである。

原告は、本件現金過剰金を横領したことを争い、その理由として、右現金過剰金を自己名義の積立貯金に預入処理したのは、奈良から現金二万五〇〇〇円を受け取っていたのにもかかわらず、これを失念し松本局長をして平林に対し謝罪させることになってしまったうえ、かねてから同局長とは、きわめて折り合いの悪かったことから、現金過剰金の生じたことを同局長に知られることなく、密かに奈良の通常貯金に預入処理し、それとともに、翌日の業務に必要なつり銭を確保しようとしたためであり、また、一〇〇〇円を事務服のポケットに入れたのは、自己の所持金と区別して保管するためであり、右事務服は一〇〇〇円を入れたまま、局内で使用している自分のロッカーに入れておいたのであって、原告には不法領得の意思がなかったと主張する。

右の主張は、結局、原告には自己の利益を取得する意思がなかったというに帰すると解されるが、横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうのであって、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく、又占有者において不法に処分したものを後日に補填する意思が行為当時にあったからとて横領罪の成立を妨げるものでもないのである。(最判昭和二四年三月八日刑集三巻二七六頁参照)。したがって、仮に原告の主張するとおり、原告に利益取得の意図がなかったとするも、それが故に原告の前記行為が横領罪を構成しないということはできないのであるから、原告の主張は失当である。

三  以上のとおり、原告は本件現金過剰金を横領したものであり、右行為は国家公務員法九八条一項、九九条に違反し、同法八二条各号に該当するから、本件懲戒処分は適法である。

第二五九年四号事件について

一  成立に争いのない(証拠略)によれば、請求の原因1及び2の事実(本件転任処分)を認めることが出来る(この事実については争いがない。)。

二  そこで抗弁について判断する。(証拠略)を総合すれば次の事実を認めることがきる。

1  関東郵政局長は、昭和五七年九月六日本件懲戒処分と同時になされた原告の若宮郵便局主任降任措置にともない、原告の停職期間中である同年一〇月一日、若宮郵便局に勤務していた郵政事務官金谷好子を同局主任に昇格させるとともに西片貝郵便局職員の斉藤聡子を若宮郵便局に配置換えした。

2  関東郵政局長は、同五八年六月上旬ころ、原告の停職期間満了を前に、原告を若宮郵便局に復帰させるかどうかの点について、松本局長に問い合わせをするなどして検討をした結果、若宮郵便局は、地域に密着した郵便、貯金、保険等の窓口業務を取り扱う無集配特定郵便局であり、公金を横領し、郵政職員としてその官職の信用を傷つけた原告を、顧客の多数と面識がある同局に配置しておくのは、更に官職の信用を失墜させるおそれがあること、原告は、前記のとおり、懲戒処分に付されるとともに、同局主任を降格されたものであるが、その後任として、原告の後輩にあたる同局職員金谷好子が主任に昇格しており、仮に原告が同局に復帰した場合、後輩職員に指導監督を受けることとなり、局長以下四名の少数によって構成されている同局の中において、人間関係に円滑さを欠き、ひいては、職員相互の職務における協力態勢に支障を及ぼす恐れがあり、人事配置上好ましくないこと、原告は、若宮郵便局に自動車通勤をしていたものであるが、前橋郵便局に勤務先が替わった場合でも、通勤距離や所要時間等の通勤事情は殆ど変化がないこと等を考慮のうえ、同月下旬ころ、被告郵便局長に原告の受け入れを打診した。

3  右打診を受けた被告郵便局長は、原告を受け入れることを前提に、その配置先を検討した結果、同局郵便課では、従前から要員不足に対処するため、常時数名の非常勤職員を雇用していたものであるところ、同五九年二月一日から鉄道便の自動車便への切り替えという郵便輸送システムの改変にともない定員の増加が必要になること、原告は、同四〇年三月二四日から同四七年三月一日までの約七年間大森郵便局郵便課に勤務し、郵便内務事務に従事していた経歴があること等の理由から、原告を前橋郵便局郵便課に配置することを決め、同月下旬、その旨関東郵政局長に回答した。そして、被告郵便局長は、停職期間が満了して職務に復帰する同年七月七日付で原告を同局郵便課に転任させることを決定し、同月五日、関東郵政局人事課第二任用係長三田広美を通じて本件転任の内示を行ったうえ、同月七日、これを発令し、その辞令は、同日、若宮郵便局において、松本局長を介し、原告に交付された。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

三  再抗弁について判断する。

1  転任は、国家公務員法三五条において、採用、昇任、降任と並んで職員任用方法の一であると定められ、更に人事院規則八―一二(六条)において、「臨時的任用及び併任の場合を除き、採用、昇任、転任、配置換又は降任のいずれか一つの方法により職員を官職に任命することができる」と定められているところ、採用、昇任及び降任が、それぞれ国家公務員法三六条、三七条、七五条、七八条によりその要件が定められているのに対して、転任については、その要件を定める規定はない。このことからすれば、同法三五条は、転任を任命権者の裁量に委ねたものと解するべきである。

原告は、本件転任処分は、人事権の濫用であると主張し、その理由として、<1>本件転任処分は、原告にその希望がないのにもかかわらず、その意見等を聴取する機会を与えることなく、突然なした極めて恣意的なものであること、<2>原告は、昭和五六年一二月二九日、若宮郵便局において、為替貯金窓口受払上生じた現金過剰金を正規に受入計理しないで、これを横領したということで、同五七年九月六日、停職一〇ヵ月の懲戒処分を受けたものであるところ、本件転任処分は、実際には存在しない横領の事実を前提として、原告を同一局内に置くことは好ましくないことを主たる理由としてなされた強制配転であって、懲戒処分と同一の事実で二重の処分をする不当なものであること、<3>原告には、本件転任処分以前より、長く変形性腰椎症の既往症があり、被告郵便局長はこのことを十分知りながら、あえて原告の腰痛症に悪影響を及ぼすことが明らかな立ち作業を内容とする前橋郵便局郵便課通常係区分への転任を命じたものであって、このことは原告にとって著しく不利益な勤務を強要したものであること、を指摘するので、以下、この点について検討する。

2  <1>の点について

本件転任処分に先立ち、被告郵便局長が原告にその意見等を聴取する機会を与えなかったことは当事者間に争いがないところ、一般職国家公務員の転任処分は、前記のとおり、任命権者の人事行政上の裁量に委ねられているものであり、したがって、任命権者が職員の転任にあたって事前に当該職員の意向を聴取するか否かは、その裁量に属する事項であると解されるところ、本件転任処分にあたって、処分者である被告郵便局長が原告の意向を聴取しなかったことが人事権の濫用であるとはいえないから、原告の主張は失当である。

3  <2>の点について

まず、本件転任処分の前提となる横領の事実の存否の点については、前に認定したとおりであり、これにより、原告が停職一〇ヵ月の懲戒処分に付されたことも前記のとおりである。

そして、転任処分は、もとより懲戒処分とはその目的・性質を異にするものであるうえ、本件転任処分の理由とされた、原告を引き続き若宮局に勤務させることは局務の運営上好ましくないとの判断は妥当であって、裁量権の濫用に当らず、いちじるしく不利益な処分をしたとはいえないと判断されるから、本件転任処分をもって不当な二重処分ということはできず、原告の主張は理由がない。

4  <3>の点について

(証拠略)を総合すれば、原告は、昭和五二年一二月ころ、腰痛のため医師狩野好一の診察を受けたところ、変形性腰椎症と診断され、同五三年二月ころ、軟性コルセットの装着の指示を受けたことから、同年三月ころ、松本局長を通じて郵政省共済組合に対して右コルセット購入のため療養費請求書を提出したが、その折、同局長に対して、腰痛があり治療中である旨申し出たこと、その後、同五五年ころ、松本局長は、同年四月五日付で腰痛り患者数報告表(<証拠略>)を作成し、前年度調査で報告したり患者一人は治癒した旨関東郵政局人事部長宛報告しており、右報告にかかる一名は原告であること、病気により欠勤する場合には、病気休暇の取得が認められているところ、原告は、昭和五三年一月から停職一〇ヵ月の懲戒処分を受けた同五七年九月六日までの間、腰痛を理由とする病気休暇がなかったこと、本件転任処分に先立ち、同五八年六月ころ、関東郵政局人事課第二任用係長である前記三田が、松本局長に原告の健康状態を尋ねた際、同局長は、右三田係長に対して、右時点においては、業務に支障がない旨回答しており、被告郵便局長も、そのころ、右松本局長から原告の健康状態について、右と同趣旨の回答を得ていること、原告は、同五一年から同五七年までの間、前橋逓信診療所で医師の定期健康診断を受けているが、右各健康診断の際に作成された健康診断票(<証拠略>)中の総合判定欄には「健」の文字に丸印が付されており、右各健康診断の結果、診察にあたった医師により健康者と判定されているのに対して、本件転任処分後、同五八年七月二九日に実施された定期健康診断においては、同票の「指」の文字に丸印が付され、検査医の意見として定期的に受診するよう記載されており、このことからすれば、同五七年までの各健康診断の際には、診察にあたった医師に対して、原告から腰痛の主訴がなかったことが推認されること(なお、原告が、昭和五八年七月二九日受診した定期健康診断の結果、同年八月一日、腰痛症による要指導者と判定されたことは当事者間に争いがない。)、以上の事実を認めることができる。原告本人尋問(第二回)の結果中、右認定に反する部分は措信しない。

右事実によれば、原告は、本件転任処分以前において、腰痛のため業務に従事するにつき支障があったものとは認められず、また、被告郵便局長も、本件転任処分をするにあたって、原告を前橋郵便局郵便課に勤務させるにつき健康上支障がないと判断していたことが認められるから、被告郵便局長が、以前より原告の既往症を知っており、原告の腰痛症に悪影響を及ぼすことを承知のうえで本件転任処分をなした旨の原告の主張は理由がない。

もっとも、本件転任処分後間もなくなされた定期健康診断の結果、腰痛症による要指導者と診断されたことに加え、(証拠略)によれば、若宮郵便局における業務に従事するにつき支障はなかったとはいえ、原告の腰痛は本件転任処分発令時まで完治しておらず、前橋郵便局郵便課における業務に従事するようになったために悪化したことが窺われないではないが、右事実を考慮しても、被告郵便局長のなした本件転任処分が人事権の濫用であるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

5  よって、再抗弁は理由がない。

四  以上認定判断したところによれば、本件転任処分は適法であり、この取消を求める原告の請求は理由がないものというべきである。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 田村洋三 裁判官 河合裕行)

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