前橋地方裁判所 昭和60年(行ウ)3号 判決 1990年2月13日
前橋市西片貝町一丁目二二五番地
原告
稲川光男
右訴訟代理人弁護士
野上恭道
同
野上佳世子
同
広田繁雄
同
池末登志博
同
田見高秀
前橋市表町二丁目一六番七号
被告
前橋税務署長
亀井清彦
右指定代理人
波床昌則
同
新井宏
同
滝瀬享
同
近藤徳治
同
大澤栄二
同
猿山利晴
同
神谷宏行
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告の昭和五五年分ないし同五七年分の所得税につき、被告が原告に対し行つた昭和五八年一二月三日付更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分のうち、昭和五五年分については金一七九万九七七二円を超える所得金額に係る部分を、昭和五六年分については金一七二万一三四九円を超える所得金額に係る部分を、昭和五七年分についは金一七三万四一六三円を超える所得金額に係る部分を、いずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、肩書地において、表具及び内装を業としているものであるが、昭和五五年分ないし同五七年分の事業所得につき、所定の期限までに、別表一確定申告欄記載のとおり、それぞれ所得申告(いわゆる白色申告)を行つた(以下「本件各確定申告」という。)。
2 被告は、右各申告に対し、昭和五八年一二月三日、別表一原処分欄記載のとおりの各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)並びに各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)を行つた(本件各更正処分と本件各賦課決定処分を併せて「本件各処分」という。)。
3 しかし、昭和五五年分ないし同五七年分の原告の事業所得は、別表一確定申告欄記載のとおりであり、所得税の額も、右確定申告額に対する所得税額のとおりであつて、被告が主張するような税額ではないから、被告の右本件各処分は、いずれも取り消されるべきものである。
4 原告は、昭和五九年一月二四日、本件各処分につき被告に対し、それぞれ異議申立てをなしたところ、被告は、同年四月二一日、右各異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をなした。そこで原告は、同年五月二一日、本件処分につき国税不服審判所長に対し、それぞれ審査請求をなしたところ、同所長は、同年一二月一七日、右各審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をなした。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2及び4の事実は認め、同3の事実は否認する。
三 被告の主張(本件各処分の適法性)
1 本件各処分に至る経緯
(一) 原告は、昭和五五年ないし同五七年分の事業所得について、被告に対し、本件各確定申告をなした。
被告が右各確定申告にかかる確定申告書を検討したところ、いずれの確定申告書の所得金額欄にも専従者控除額と所得金額のみが記載され、売上金額及び必要経費の記載がなく、右各申告所得金額が一般の業況等に照らし過少ではないかとの疑いがあり、また、原告に対し長期間調査を行つていなかつたこと等から、被告は、所得税の調査の必要があると認め、被告所部の古川博久国税調査官(以下「古川係官」という。)に調査を命じた。
(二)(1) 古川係官は、昭和五八年七月二六日午前一〇時五五分ころ、所得税調査のため原告宅に赴いたが、原告は不在であつた。そこで、同係官は、原告の妻稲川洋子(以下「訴外洋子」という。)に身分証明書及び質問検査章を示して申告所得金額の確認のため所得税の調査に来訪した旨を告げ、訴外洋子から、原告の事業の概況等につき簡単な説明を受けたが、それ以上の調査は行わず、同女に対し、原告が帰宅したら翌日の午前九時ころに都合の良い調査日を被告に電話で連絡して欲しい旨依頼して辞去した。
(2) その後古川係官は、同年七月二九日から八月四日にかけて、原告及び訴外洋子と電話で調査日時を打合わせ、同月八日午後三時に調査を行うことを約した。
なお、八月二日の電話で、調査日時を同月五日午後三時とするとの約束がなされたが、同月四日に訴外洋子から電話があり、調査日時を同月八日午後三時に変更して欲しい旨の申立てがあり、同係官は、これを了承したものである。
(3) 古川係官が、同年八月八日午後三時ころ、原告宅に赴ついたところ、原告及び訴外洋子のほか前橋民主商工会(以下「民商」という。)事務局の有馬某及び宮入某(以下、右両名を「立会人ら」という。)が待機していた。
同係官が、原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示して、昭和五五年分ないし五七年分の原告の所得税の調査に来たことを告げ、右年度における事業内容や所得金額の内容が不明なので確認させて欲しい旨述べ、帳簿の提示を求めたところ、待機していた立会人らは、調査理由の開示を求めるなどし、原告も進んで帳簿を提示する姿勢は示さなかつた。そこで、同係官は、当日の調査は無理であると判断し、後日出直すことにして、原告と、次回調査日を同年九月初めとすることを約して、原告宅を辞去した。
(三)(1) 同年九月八日訴外洋子から古川係官に電話があり、調査日時を同月一三日午後三時にして欲しいとの申入れがあつたので、同係官はこれを了承した。
(2) 古川係官は、同年9月一三日午後三時ころ、原告宅に赴いたところ、原告及び訴外洋子のほか立会人らが待機していた。
同係官は、原告に対し、帳簿を見せて協力するよう要請したところ、原告らは、同係官に対し、調査理由の開示を求めたので、同係官は、「申告された所得が正しいかどうかの確認です。帳簿があるなら帳簿を見せて調査に協力して欲しい。」旨調査理由を説明し、重ねて調査に対する協力要請をしたところ、原告及び立会人らは、同じ質問を繰り返すのみで、調査に協力しようとする姿勢を全く示さなかつた。そこで、同係官は、当日の調査をあきらめて、「次回は帳簿及び書類のすべてを見せて頂けますか。」と聞いたところ、「約束できない。」とのことであつたので、次回期日を約することなく、原告宅を辞去した。
(四)(1) 古川係官は、同年九月二一日から同年一〇月三日にかけて、原告及び訴外洋子と電話で話し合い、次回調査日時を同年一〇月一七日午後三時とする約束を取りつけた。なお、一〇月三日の電話での話合いにおいて、同係官は、訴外洋子に対し、調査が延びているので被告の方で独自の調査を進める旨を告げた。
(2) 古川係官は、同年一〇月一七日午後三時ころ、原告との約束どおり原告宅へ赴いたところ、原告及び訴外洋子のほか、立会人らが待機していた。
同係官が原告に対し、帳簿を見せてくれるか、と問い質したところ、原告及び立会人らは、被告が、反面調査を行つた事実を指摘して、反面調査を行つた理由を説明しなければ帳簿は見せないという趣旨のことを述べ、同係官の調査に協力しようとする姿勢を全く示さなかつた。そこで、同係官は、原告に対する説得をあきらめ、原告に対し、被告の方で独自の調査を進める旨告げて辞去した。
(五) 右(二)ないし(四)で述べたところによれば、被告の担当官である古川係官は、原告に対し、再三再四調査の協力を要請し、かつ、説得したのであるが、原告がこれに全く応じなかつたため、原告の取引先に対する反面調査により取引の状況を解明するしかないものと判断し、反面調査を行つて原告の売上金額を調査したが、右調査によつては、原告の売上げ、仕入れ、経費の具体的な数額を把握することは到底不可能であり、実額により原告の所得金額を算出することができないため、被告は、やむなく被告の調査によつて把握した売上金額を基礎として原告の所得金額を推計したところ、原告の申告所得金額が過少と認められたため、本件各処分を行つたものである。
2 本件各更正処分に関する課税の根拠(事業所得の金額及びその計算根拠)について
(一) 昭和五五年分
(1) 総収入金額 二二三六万九二四八円
原告の取引先を調査して把握した収入金額であり、その内訳は別表二のとおりである。なお、同表の順号4、6、7及び13については、原告が審査請求時に主張した金額と同額である。
(2) 算出所得金額 五三三万五九一円
算出所得金額とは、総収入額から必要経費を控除したものであるが、原告の場合、必要経費が不明であることから、被告は、原告の住所地を管轄する前橋税務署管内に事業所を有し、かつ、原告と事業の規模及び内容の類似する同業者(以下「比準同業者」という。)の総収入金額に対する事業所得の金額(ここでいう事業所得の金額とは、原告がいわゆる白色申告者であるため、青色申告者に限つて必要経費とされるもの及び租税特別措置法二五条の三の青色申告控除を除いて算出したいわゆる青色申告の特典控除前の金額である。)の割合の平均値(以下「平均所得率」という。)二三・八三パーセントを、別表五のとおり求め、これを(1)の総収入金額に乗じて算出したものである。
(3) 事業専従者控除額 四〇万円
原告の妻訴外洋子に係る事業専従者控除額であり、原告が確定申告書に記載した金額である。
(4) 事業所得の金額 四九三万五九一円
(2)の算出金額から(3)の事業専従者控除額を控除した金額である。
(二) 昭和五六年分
(1) 総収入金額 二〇六五万一二四四円
把握方法は、昭和五五年分と同じであり、その内訳は別表三のとおりである。
なお、同表の順号19ないし21については、原告が審査請求時に主張した金額と同額である。
(2) 算出所得金額 四六六万三〇五〇円
比準同業者の平均所得率二二・五八パーセントを、別表六のとおり求め、これを(1)の総収入金額に乗じて算出したものである。
(3) 事業専従者控除額 四〇万円
訴外洋子に係る事業専従者控除額であり、原告が確定申告書に記載した金額である。
(4) 事業所得の金額 四二六万三〇五〇円
(2)の算出所得金額から(3)の事業専従者控除額を控除した金額である。
(三) 昭和五七年分
(1) 総収入金額 二〇七八万六七九〇円
把握方法は、昭和五五年分と同じであり、その内訳は別表四のとおりである。
なお、同表の順号13及び22については、原告が審査請求時に主張した金額と同額である。
(2) 算出所得金額 五二八万六五三七円
比準同業者の平均所得率二八・〇三パーセントを、別表七のとおり求め、これを(1)の総収入金額に乗じて算出したものである。
(3) 事業専従者控除額 四〇万円
訴外洋子に係る事業専従者控除額であり、原告が確定申告書に記載した金額である。
(4) 事業所得の金額 五四二万六五三七円
(2)の算出所得金額から(3)の事業専従者控除額を控除した金額である。
3 推計課税の必要性及び合理性について
(一) 推計課税の必要性
前記1で述べたとおり、原告は、正当な理由なく本件各処分に係る被告の担当者である古川係官の調査に全く応ぜず、昭和五五年分ないし同五七年分(以下「本件係争各年分」という。)の各所得金額を算出するに足りる帳簿書類等の資料を提示しなかつた。
被告は、実額による本件係争各年分の所得金額を算出することができないために、やむなく被告の調査によつて把握した売上金額を基礎として原告の所得金額を推計したところ、原告の申告所得金額が過少と認められたため、所得税法一五六条の規定により本件各処分を行つたものである。
従つて、本件において推計課税の必要性が充足されていることは明白である。
なお、原告は、本件各処分に係る古川係官の税務調査につき、質問検査権を濫用した違法な調査であつた旨主張するが、所得税法二三四条一項の質問検査権の行使は、質問検査の必要性と相手方の私的利益との衝量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであるところ、本件各処分に係る税務調査における古川係官の質問検査権の行使は、社会通念上相当なものであつたのであるから、何らの違法は存しないものである。
(二) 推計課税の合理性
(1) 比準同業者の抽出及び基礎係数
被告が、原告の事業所得金額を算出するために採用した推計方法は、原告の総収入金額に比準同業者の平均所得率を乗じたものであり、右比準同業者は、原告の住所地を所轄する前橋税務署管内に事業所を有し、次の<1>ないし<5>に該当する者全部を抽出し、これらの比準同業者について、それぞれの総収入金額に対する事業所得の金額(前述した青色申告特典控除前の金額)の割合を算出し、これを比準同業者の平均所得率算出のための基礎係数とした。その具体的な内容は、別表五ないし七の各1の
<1> 昭和五五ないし五七年分において、それぞれの暦年を通じて表具業を継続していた者であること。
<2> 昭和五五ないし五七年分について、所得税青色決算書を提出していた者であること。
<3> 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること。
<4> 決算書の「売上(収入)金額(雑収入を含む。)」が原告の本件係争各年分の総収入金額のおおよそ二分の一以上、二倍以下の者であること。
<5> 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立て等を行つて係争している者でないこと。
(2) 比準同業者の平均所得率の算出方法
右(1)によつて抽出した別表五ないし七に掲げる基礎係数のうちに特異な係数が含まれていた場合、これを単に算術平均して求めた平均値より、右特異係数を除外して求める平均値の方がより合理的であるため、統計学上一般に認められている方式を用いて特異係数を除外し、適正な平均所得率を求めることとした。
すなわち、まず基礎係数の算術平均を求め、各係数と算術平均との開差いわゆる偏差を算術し、次にこの偏差を自乗したものを算術平均して得た数値を平方に開いて、所得率の標準偏差を求め、これに統計学上一般に用いられている係数一・五を乗じて限界値を求め、さらに基礎係数の算術平均に限界値を加算もしくは減算することによつて、適正な平均値を得るのに有効な基礎係数の上限及び下限を求めて、その範囲内にある基礎係数のみに基づいて平均値(比準同業者の平均所得率)を計算したものである。その計算は、別表五ないし七のとおりである。
(3) ところで、右比準同業者は、前記(1)の条件を満たす者の全部を抽出したものであり、そこに恣意が介在する余地はなく、また原告と業種及び事業規模等が類似している者であるから、比準同業者の平均所得率を適用して原告の事業所得金額を算出する方法には合理性があるといえるのである。
4 本件各更正処分の適法性について
被告が、本訴において主張する本件係争各年分の原告の事業所得の金額は、前記2(一)ないし(三)のとおり、
昭和五五年分四九三万三九一円
昭和五六年分四二六万三〇五〇円
昭和五七年分五四二万六五三七円
であり、被告が本件各更正処分において認定した原告の事業所得の金額と同じであるか又は上回るから、
本件各更正処分はいずれも適法である。
5 本件各賦課決定処分の適法性について
原告が、本件各更正処分により納付すべき所得税額の各計算の基礎となつた事実のうち、いずれの年分についても、国税通則法六五条二項に規定する「正当な理由」が認められなかつたので、被告は、同条一項の規定に基づき本件各更正処分により納付すべき本件係争各年分の所得税額にそれぞれ一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税として賦課決定したものであり、適法なものであるる
四 被告の主張に対する認否及び反論
1(一) 被告の主張1(一)の事実中、原告が被告に対し、本件各確定申告をなしたこと、右各確定申告書の所得金額欄には、専従者控除額と所得金額のみが記載され、売上金額及び必要経費の記載がなかつたことは認め、その余は知らない。
(二)(1) 被告の主張1(二)(1)及び(2)の事実は認める。
(2) 同(三)の事実中、同係官が、当日の調査が無理であると判断したことは、知らない。その余は認める。原告が、古川係官に対し、帳簿を提示しなかつたのは、同係官が、原告及び立会人らの要求にもかかわらず税務調査の理由を開示、説明しなかつたからであり、原告としても、右説明がなされれば、税務調査に協力するつもりであつた。
(三)(1) 被告の主張1(三)(1)の事実は認める。
(2) 同(2)の事実中、原告及び立会人らが、調査に協力しようとする姿勢を全く示さなかつたこと、及び原告が古川係官の問に対し「約束できない。」と述べたことは否認し、その余は認める。
(四)(1) 被告の主張1(四)(1)の事実は認める。
(2) 同(2)の事実中、原告及び立会人らが古川係官の調査に協力しようとする姿勢を全く示さなかつたことは否認し、その余は認める。
(五) 被告の主張1(五)の事実中、古川係官が反面調査をしたこと、及び被告が右調査によつて把握した売上金額を基礎として原告の所得金額を推計し、本件各処分を行つたことは認め、その余の事実は否認する。
古川係官の原告に対する調査が進展しなかつたのは、同係官自身の横暴かつ脅迫的言動が原因なのであつて、原告らの同係官に対する対応につき、原告らの責に帰すべき原因はない。更に、同係官は、原告についての調査継続中に反面調査を強行したのであるから、これでは原告の協力が得られなくなるのは当然である。
2 被告の主張2の事実中、本件係争各年分の各総収入金額及び各事業専従者控除額はすべて認め、その余は否認する。
3(一) 被告の主張3(一)のうち、原告が古川係官の調査に対し、帳簿書類等の資料の提示をしなかつたこと及び被告が本件各処分を行つたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
原告が、古川係官に対し、帳簿書類等の提示をしなかつたのは、同係官の調査が、質問検査権を濫用した違法なものであつたためであり、従つて、本件では、被告に推計課税の必要性はなかつたものである。
(二) 同(二)の事実は否認し、主張は争う。本件においては、推計方法に合理性はないものである。
4 被告の主張4及び同5の事実は否認し、主張は争う。
本件各処分に先立つてなされた古川係官の原告に対する課税調査は、課税調査における質問検査権を濫用してなされた違法な調査であり、原告が右調査への協力を拒んだことには正当な理由があるから、本件においては推計課税の必要性を欠いていたものというべきであり、にもかわらず推計によつてなされた本件各処分は、いずれも違法な課税処分であるから、取消しを免れないものである。
第三証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録に記載されているところと同じであるから、これを引用する。
理由
第一 原告は、肩書地において表具及び内装を業としているものであるところ、昭和五五年分ないし同五七年分の事業所得につき本件各確定申告をなしたこと、被告は、昭和五八年一二月三日、右各確定申告に対し、本件各処分をほなしたこと、原告は、昭和五九年一月二四日、本件各処分につき被告に対し、それぞれ異議申立てをなしたところ、被告は、同年四月二一日、右各異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をなしたこと、原告は、同年五月二一日、本件各処分につき国税不服審判所長に対し、それぞれ審査請求をなしたところ、同所長は、同年一二月一七日、右各審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
第二 そこで、本件各処分の適法性について判断する。
一 推計の必要性について
1 成立に争いのない乙第三ないし第五号証、証人古川博久、同有馬良一、同有馬冨美子、同稲川洋子の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被告は、昭和五八年ころ、原告の本件各確定申告にかかる各確定申告書を検討したところ、いずれの確定申告書の所得金額欄にも専従者控除額と所得金額のみが記載され、所得金額が算出される基となる売上金額及び必要経費の記載がなく、右各申告所得金額が、表具業者の一般の業務状況に照らして過少ではないかとの疑いが生じたので、原告に対し長期間税務調査を行つていなかつたこともあつて、原告について所得税の調査の必要があるものと判断し、同年七月前橋税務署所得税第二部門所属の古川係官に対し、原告の所得税調査を命じた。
(二) 右命を受けた古川係官は、事前通知を行うことなく昭和五八年七月二六日午前一一時ころ、原告宅を訪れた。右当日原告は不在であり、原告の妻である訴外洋子が応対に出たので、古川係官は、身分証明書を提示して、所得金額の確認に来た旨を告げた。これに対し、訴外洋子は、正しく申告してある旨述べた。古川係官は、原告本人が不在であるので、調査はできないと判断し、訴外洋子に対し、いつが都合が良いか明日の午前9時ころ電話して欲しい旨述べて、原告宅を辞去した。
(三) 原告から連絡がなかつたので、古川係官は、同月二九日原告方に電話したところ、原告本人が電話に出て、交渉した結果、原告の希望により、調査の日時は同年八月八日午後三時ころということになつた。
(四) 古川係官は、右取決めどおりに同年八月八日午後三時ころ、原告宅を訪れたところ、原告宅には、原告及び訴外洋子のほかに、民商事務局員の有馬良一と宮入勝という二名の男性が待機していた。古川係官は、原告に対し、身分証明書を提示して、前橋税務署の古川である旨自己紹介し、所得金額の調査に来た旨述べた。これに対し、前記宮入勝は、なぜ原告が大勢の中から選ばれたのか説明して欲しい旨述べ、原告も、正しく申告しているつもりである、調査の理由を説明して欲しい旨述べた。そこで、古川係官は、原告の場合、申告書に所得金額いくらということは記載してあるが、所得金額の算出の基となる収入金額や必要経費の記載がないのでそういうものが正しく計算されているかどうかを確認するために調査に来た旨説明し、帳簿等を付けてあるなら見せて欲しい旨要求した。これに対し、原告及び訴外洋子は、帳簿は付けてあるし正しく申告してある旨述べるとともに、前記民商事務局員らとともに、重ねて調査理由を説明して欲しい旨述べるだけで、古川係官に対し、帳簿等を見せようとしなかつた。そこで、古川係官は、当日の調査は不可能であるものと判断し、原告との間で、次回の調査期日を九月初めとすることを取り決めて、原告宅を辞去した。
(五) 古川係官は、同年八月二七日ころ、調査期日を決めるべく、原告宅に電話したところ、原告は、九月八日に原告の方から電話する旨述べた。同年九月八日訴外洋子から、古川係官に電話があり、調査期日を同月一三日午後三時ころにして欲しいとのことであつたので、古川係官もこれを了承した。
(六) 古川係官は、右約束に従つて同年九月一三日午後三時ころ、原告宅を訪れたところ、原告及び訴外洋子のほかに民商事務局員の有馬冨美子と宮入勝の二名が待機していた。古川係官は、原告に対し、帳簿等があるなら見せて欲しい旨述べたが、原告及び民商事務局員らは調査の理由を説明して欲しい旨要求するのみで、帳簿等を見せようとしなかつた。そこで、古川係官は、右当日も、調査は不可能であると判断して原告宅を辞去した。
(七) 古川係官は、前記二度にわたる調査における原告とのやりとりから、原告から調査の協力を得ることは、難しいと判断し、原告自身の調査と平行して、同年九月二〇日ころから、原告の取引先や銀行に対する反面調査を開始した。
(八) その後、古川係官は、原告及び訴外洋子と連絡を取り合つた結果、調査期日は同年一〇月一七日午後三時ころとなつたので、右同日原告宅を訪れたところ、前回の調査日と同様に原告及び訴外洋子のほかに民商事務局員二名が待機しており、古川係官が原告宅に入つて行くと、民商事務局員が、反面調査をした理由を説明するよう述べたので、古川係官は、税務署は必要があると思えば反面調査を行う旨答えた。古川係官は、原告らに対し、調査に協力してくれるよう要請したが、原告らは、反面調査をした理由を説明するよう求めるのみで、帳簿等を提示して調査に協力しようとしなかつた。そこで、古川係官は、原告に対し、税務署独自の方向で調査を進める旨述べて、原告宅を辞去した。
2 以上認定した事実を総合すると、古川係官は、原告の協力を得て、所得税調査を行うべく、三度にわたり原告宅を訪問して原告の協力を求めたにもかかわらず、原告は正当な理由なくこれに応じなかつたものと認められる。
なお原告は、本件古川係官の原告に対する所得税調査には、税務調査官としての質問検査権を濫用した違法がある旨縷々主張するが、所得税法二三四条一項の質問検査権の行使は、質問検査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであるところ、前記認定したところによれば、本件古川係官の質問検査権の行使は、社会通念上相当なものであつたと判断される。
3 以上によれば、被告は、原告が正当な理由なく古川係官の調査に協力しなかつたために、原告に対する税務調査によつては、本件係争各年分の実額による所得金額を把握しえなかつたのであるから、推計課税の必要性があつたものと認められる。
二 推計の合理性について
1 証人山本一雄の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 関東信越国税局長は、本件訴訟の資料に供する目的で、昭和六〇年八月二三日付で被告に対し、「訴訟事件に関する資料の報告について(一般通達)」と題する通達を発して、左記のとおり、原告の比準同業者につき調査して、一定の様式による「同業者調査表」を作成報告するよう求めた(以下、右通達を「本件通達」という。)。
記
(1) 調査対象年分
昭和五五年分、昭和五六年分及び昭和五七年分
(2) 調査対象者
前橋税務署管内の個人事業者で、調査対象年分について次のいずれの条件にも該当する者全部
<1> それぞれの各年分の暦年を通じて表具業を継続して営んでいた者であること。
<2> 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること。
<3> 所得税青色決算書を提出していた者であること。
<4> 決算書の「売上(収入)金額(雑収入も含む。)」が次の範囲の者であること。
昭和五五年分 一一二二万四〇〇〇円以上 四四八九万八〇〇〇円以下
昭和五六年分 一〇三三万三〇〇〇円以上 四一三三万四〇〇〇円以下
昭和五七年分 一〇四七万一〇〇〇円以上 四一八八万七〇〇〇円以下
<5> 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行つて係争している者でないこと。
(3) 調査事項
収入金額、所得金額及び所得率(所得金額÷収入金額)
(二) 前橋税務署所得税第一部門総括上席調査官山本一雄(以下「山本調査官」という。)は、右通達を受けて、前橋税務署管内の申告納税者の所得調査カードの索引簿から、索引簿に記載された順に「個人で表具業を営む青色申告者」を抽出し右抽出した納税者の所得調査カード及び右カード添付の青色申告決算書を検討して、その売上金額、所得金額などの具体的内容を把握し、不服申立ての有無等も確認して、通達の指定する条件を満たす者を漏れなく選び出すとともに、通達の指示どおりに右の者の収入金額、所得金額及び所得率につき調査、計算して、通達の指示する様式の表に記載のうえ、昭和六〇年八月二六日付で報告書(乙第二号証)を作成して、関東信越国税局長に対し報告した。その内容は別表五ないし七の、、
2 以上認定したところによれば、被告が、本件通達に基づいてなした比準同業者の抽出は、同業者の類似性が明らかであり、また、売上金額等の数額については青色申告書をもとに調査したものであるから、資料の正確性は担保されており、また、同業者の抽出は機械的に行われており、しかも条件を満たす者をすべて抽出しているので抽出過程につき被告の恣意が介在する余地はなく、抽出数も資料の客観性を担保するに足りるといいうるから、合理的なものということが出来る。
そして、本件において被告が主張する比準同業者の平均所得率は、基礎係数に特異な係数が含まれる場合があることを考慮して、いずれの年分についても、前記通達により抽出した各比準同業者の所得率を単純に平均するのではなく、別表五ないし七記載のとおり統計学上一般に認められている方式を用いて特異係数を除外して算定されたものであることが認められる。
したがつて、右平均所得率による原告の所得の推計は合理的なものであるというべきである。
なお、原告は、被告に対し、比準同業者の住所、氏名、営業規模等を明らかにするよう求め、右事実が判明しない以上、本件推計課税が合理的か否かを判断することは出来ない旨主張するが、税務署等の職員が、確定申告により知り得た納税者の売上金額、所得金額等の事項は当該職員が職務上知り得た当該納税者の事業上の秘密に関する事項であり、これらを、その者の住所、氏名とともに開示することは、所得税法二四三条及び国家公務員法一〇〇条一項によつて禁じられているのであるから、被告が右事実を明らかにしないとしても、これにより直ちにその主張する推計方法が合理性を欠くものということは出来ないのであり、原告の主張は失当である。
三 本件各更正処分の適法性について
1 昭和五五年分について
(一) 原告の昭和五五年分の総収入金額が二二三六万九二四八円であること、事業専従者控除額が四〇万円であることは当事者間に争いがないところ、前掲乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、同年分の比準同業者の平均所得率は、別表五に記載のとおり二三・八三パーセントであるから、推計による同年分の原告の事業所得の金額は、左記のとおり四九三万五九一円となる。
記
22,369,248×23.83-400,000=4,930,591
(二) 右金額は、被告が本件各更正処分において認定したところの、原告の昭和五五年分の事業所得の金額と同額であるから、本件各更正処分のうち昭和五五年分は、適法なものであるということが出来る。
2 昭和五六年分について
(一) 原告の昭和五六年分の総収入金額が二〇六五万一二四四円であること、事業専従者控除額が四〇万円であることは当事者間に争いがないところ、前掲乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、同年分の比準同業者の平均所得率は、別表六に記載のとおり二二・五八パーセントであるから、推計による同年分の原告の事業所得の金額は、左記のとおり四二六万三〇五〇円となる。
記
20,651,244×22.58-400,000=4,263,050
(二) 右金額は、被告が本件各更正処分において認定したところの、原告の昭和五六年分の事業所得の金額と同額であるから、本件各更正処分のうち昭和五六年分は、適法なものであるということが出来る。
3 昭和五七年分について
(一) 原告の昭和五七年分の総収入金額が二〇七八万六七九〇円であること、事業専従者控除額が四〇万円であることは当事者間に争いがないところ、前掲乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、同年分の比準同業者の平均所得率は、別表七記載のとおり二八・〇三パーセントであるから、推計による同年分の原告の事業所得の金額は、左記のとおり五四二万六五三七円となる。
記
20,786,790×28.03-400,000=5,426,537
(二) 右金額は、被告が本件各更正処分において認定したところの、原告の昭和五七年分の事業所得の金額を上回るものであるから、本件各更正処分のうち昭和五七年分は、適法なものであるということが出来る。
4 以上によれば、本件各更正処分はいずれも適法であつたものといえる。
なお、原告は、売上原価及び一般経費の実額を主張し、証人稲川洋子の証言及び甲号各証を援用するが、本件のように、課税庁が反面調査により把握し得た限りの収入実額に基づいて推計による経費を控除する方法により所得額を計算している場合に、納税者が右収入実額を争わず、経費の実額だけを主張立証したからといつて、直ちにその額を右収入実額から控除し、真実の所得額が推計による所得額よりも過少であるとすることは合理的でなく、納税者としては、経費実額に対応する真実の収入実額をも主張立証する必要があるものと解すべきところ、原告は、総収入金額については被告主張の数額を認めたのみで積極的な主張立証せず、従つて原告の認める総収入金額(被告が主張する総収入金額)が真実の総収入金額に合致することを認めるに足りないのであるから、原告の経費の実額主張は、それにつき判断するまでもなく失当である。
四 本件各賦課決定処分の適法性について
前述したとおり、推計による本件各更正処分は適法であり、これにより原告が納付すべきこととなつた各所得税額の各計算の基礎となつた各事実は、いずれの年分についても、原告がこれを計算の基礎としなかつたことについて、国税通則法にいうところの「正当な理由」が存しないことが明らかであるから、被告が国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件各更正処分により原告が納付すべき各所得税の金額につきなした、本件各賦課決定処分も適法なものであるというべきである。
第三 以上の次第で、被告の本件各更正処分及び本件各賦課決定処分は、いずれも適法であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 高橋祥子 裁判官 大久保正道)
(別表一)
<省略>
別表二
昭和55年分の総収入金額の内訳
<省略>
別表三
昭和56年分の総収入金額の内訳
<省略>
別表四
昭和55年分の総収入金額の内訳
<省略>
別表五
昭和55年分の比準同業者の平均所得率の計算
1 標準偏差
<省略>
2 限界値(上限・下限)の計算
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
別表六
昭和56年分の比準同業者の平均所得率の計算
1 標準偏差
<省略>
2 限界値(上限・下限)の計算
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
別表七
昭和57年分の比準同業者の平均所得率の計算
1 標準偏差
<省略>
2 限界値(上限・下限)の計算
<省略>
3 平均値の計算
<省略>