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前橋地方裁判所 昭和60年(行ウ)5号 判決 1991年4月09日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

大塚武一

飯野春正

田見高秀

樋口和彦

被告

地方競馬全国協会

右代表者会長

大場敏彦

右訴訟代理人弁護士

浦上一郎

前田幸男

被告

群馬県競馬組合

右代表者管理者

群馬県知事

清水一郎

右訴訟代理人弁護士

横川幸夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原告の申立て

一  主位的請求

原告と被告らとの間において、原告が、被告らの調教騎手の地位を有することを確認する。

二  予備的請求

被告らは各自、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告地方競馬全国協会(以下「被告協会」という。)は、競馬法に基づき設立された法人であって、騎手を免許すること(同法第二三条の二二第一項第二号)等の業務を行っている。

(二)  被告群馬県競馬組合(以下「被告組合」という。)は、競馬法の規定に基づく関係団体の地方競馬の実施及び右実施を円滑にし、その振興に資するため必要な事務を共同処理する一部事務組合である。

2  原告は、昭和二六年六月一日、騎乗騎手(地方競馬の競走のために騎乗する騎手)の免許を受けたものであるが、昭和四六年に被告協会が行った調教騎手(地方競馬の競走のために馬を調教する騎手)の免許試験に合格し、同年六月一日、被告協会から調教騎手の免許を受け、以来毎年行われる免許試験に合格して調教騎手の免許を受け、昭和五六年五月末日まで右免許を有していた。

3  原告は、昭和五五年度において、被告組合から高崎競馬場境町トレーニングセンター内の厩舎を借り受け、競走馬三〇頭を育成、調教し、甲野厩舎として騎手三名、同見習一名、厩務員一〇名の計一四名を雇用していた。

4  原告は、昭和五六年四月、被告協会が実施した昭和五六年度第一回騎手免許試験(以下「本件試験」という。)を継続受験者として受験したが、同被告は、同年五月二六日付五六地全協第三七九号をもって、原告を本件試験不合格とし、原告に調教騎手の免許を行わなかった(以下「本件不合格処分」という。)。被告協会及び被告組合は、右処分以降、原告が調教騎手の地位を有することを争っている。

5(一)(1) 調教騎手免許の新規受験と継続受験は、その性格を異にするものである。

(2) 調教騎手の免許試験は、競馬法施行規則第二条第四項によって、①身体、②学力、③人物、④調教・騎乗の四項について実施されるが、免許の継続受験の場合には、新規試験と異なり、試験科目を一部省略することができると同施行規則第二条第四項但書に規定されている。

(3) そこで、例えば、日本中央競馬会では、継続受験者に対しては多年にわたり人物試験のみを実施し、調教騎手免許の合否を決定している。

被告協会においても、右とほぼ同様の扱いをしており、継続受験においては、受験者の経験を慮って、四〇歳を基準に四〇歳以上の者に対しては、①一〇問の問いに対し○×式で行う極めて形式的な学科試験と②せいぜい五分前後で行う面接試験により、調教騎手免許の合否決定をしている。

(4) 原告は、本件試験の学科試験において、一つの誤りもなかったものであり、また、面接試験においては、原告は、委託馬の頭数、出走率、収得賞金額、勝利度数、厩務員数、雇用騎手の人員及び制裁の有無に対して、質問されて回答したものであり、いずれにしても原告には不合格になるような点は全くなかったのである。

(二)(1) 日本中央競馬会及び被告協会のいずれにおいても、これまでに継続試験の不合格者が出たことは極めてまれであり、このまれな例をみると、①競馬法違反で逮捕された者、②身体的状況により調教騎手として働くことが不能となってしまった者等であって、いずれも調教騎手の免許取消事由に該当するか又はこれに準ずる程度の重大な事由に該当する者である。

(2) 原告には、右のような事由は全くないから、本件不合格処分は、継続試験の過去の例にみられる不合格事由に比して、明白に不平等な扱いであり、社会通念上著しく妥当性を欠くものである。

(三)(1) 調教騎手は、競馬法第二二条により免許を受けた者以外はなれないものであるところ、調教騎手は、馬主から二、三歳の馬の預託を受けて育成調教し、主として四歳馬以降の競走に右預託馬を出走させて、右競走から得る進上金の獲得を目指しているのであって、右調教業務自体、馬の育成、調教という一定の継続性が予定されており、調教騎手は、かかる業務の継続性に対応すべく、厩務員を雇用して預託馬を管理し、また、馬主も調教騎手業務の継続性を前提に馬を預託しているのである。

(2) 前記継続試験の実態、その結果等はいずれも右調教実態に対応したものであるから、継続受験者が調教騎手の地位を失うに足りる明白かつ重大な不合格事由が存在しなければならない。

(四) 原告は、一〇年の調教騎手の経験を積み重ねており、受験当時調教騎手としての能力が落ちていたという事実もなく、受験時期に近接した昭和五三年度、昭和五五年度にリーディング・トレーナー賞を受賞しているのである。

(五) 以上によれば、原告は、本件試験において不合格とされる理由が何ら存しなかったにもかかわらず、不合格とされたものであり、本件不合格処分は、試験の不合格処分とはいいながら、これに名を借り、他意をもって、原告の調教騎手免許を剥奪するためになされたものである。そうすると、本件不合格処分は、本件試験を実施した被告協会が、試験の合否決定に際して有する裁量権を著しく濫用してなしたものであることが明白であり、重大かつ明白な瑕疵があるから無効な処分である。

6(一)  被告協会のなした本件不合格処分は、原告の調教騎手としての地位を奪い、その地位を回復されることについての期待権を侵害するものであるところ、被告組合は、被告協会と結託して、本件不合格処分をなしたものであるから、被告協会と同様に原告に対し不法行為責任を負うべきである。更に、被告協会と被告組合は、共謀のうえで、昭和五七年以降の調教騎手免許試験において、一一回にわたり原告を不合格にし、今日まで原告の調教騎手免許回復を妨げているが、これも原告に対する不法行為を構成するものである。

(二)  原告は、被告らの右不法行為により、何らいわれなく調教騎手の免許を剥奪されたうえ、その回復も妨げられているものであるが、これにより、調教騎手としての地位を有していたならば得られたはずの利益や精神的苦痛に対する損害を被ったので、被告らに対し、これらのうち精神的損害に対する慰謝料の一部である五〇〇万円を請求する。

よって、原告は、主位的に、被告らとの間において、原告が調教騎手の地位を有することの確認を求め、予備的に、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告協会)

1 請求原因1(一)の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は知らない。調教騎手の業務は本来競走馬の管理調教であり、育成はその本来の業務ではない。

4 同4の事実は認める。

5(一)(1) 同5(一)(1)の事実は否認する。

(2) 同5(一)(2)の事実は認める。

(3) 同5(一)(3)の事実中、日本中央競馬会の例は不知、その余は否認する。引き続き五年以上調教騎手の免許を受けている者で年齢四〇歳以上の者について、筆記試験を簡略化している事実はある。

(4) 同5(一)(4)の事実は否認する。

(二) 同5(二)(1)及び(2)の事実は否認する。調教騎手は、現在、全国で九六七名であるが、最近の一〇年間で、不合格者は合計五〇名に達しており、この中には、原告と同様に厩舎経営に問題があって不合格となった者が二五名含まれている。

なお、免許取消しについては、その理由が法定されており、明らかに羈束された処分であるが、免許試験の合否判定は、法律上何らの定めはなく、行政庁の裁量処分である。

(三)(1) 同5(三)(1)の事実は、一般論としては認める。

(2) 同5(三)(2)の事実は否認する。

(四) 同5(四)の事実は認める。リーディング・トレーナー賞は、受賞者の人格的資質とは何ら関係のないものである。

(五) 同5(五)の事実は否認する。

6 同6(一)(二)の事実は否認する。

(被告組合)

1 請求原因1(二)の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実中、原告が騎手を雇用していることは否認し、その余は認める。

4 同4の事実は認める。

5 同5の各事実については、被告組合として全く関与していない。

6 同6(一)(二)の事実は否認する。

三  被告協会の主張

1(一)  被告協会による調教騎手の免許試験は、競馬法第二二条において準用する同法第一六条に基づき同法施行規則第七条の九第二項において準用する同規則第一条の五の定めるところに従って行われるものであり、その免許の有効期間は免許の日から一年間である(同規則第七条の九第二項において準用される同規則第五条)ところ、同規則は、右免許試験につき、その施行権者は被告協会であるとし(同規則第七条の九第二項、第二条第一項)、その施行細目を定めることを被告協会に委ねており(同規則第七条の九第二項、第二条第三項)、また、試験科目については法定している(同規則第七条の九第二項、第二条第四項)ものの、免許期間満了した調教騎手の免許継続のための試験科目については被告協会の裁量に委ねている(同規則第七条の九第二項、第二条第四項但書)。

原告は、調教騎手として定められた免許の有効期間をはるかに超過して本訴を提起したものであり、免許試験が不合格になっても、翌年から直ちに免許試験を受けることができるのである。

(二)  ところで、調教騎手の免許処分は、講学上の「許可」に当たるものであり、これは一般人に禁止された行為を特定個人について解除し、当該人に一定の利益を与える処分であるところ、右免許処分は、そもそも競馬法の規定がなければ、一般的には刑法上処罰されるべき行為を、適法に職業として行うことができるという特別の利益を与える処分であり、いわゆる「警察許可」と呼ばれる行政処分とは根本的にその性質を異にするものである。

(三)  調教騎手の免許試験制度の趣旨、目的等に照らすと、調教騎手の免許処分は、不適格者の排除をする第一次判断権を技術的専門的知識を有する行政庁たる被告協会の裁量処分に委ねたものであることが明らかであり、裁量権の逸脱ないしは裁量権の濫用と認められない限りは、違法の問題は生じないものである。

2(一)  競馬は、競走に出走する馬の勝敗の予想に基づいてファンが競馬投票をするものであって、そこではその前提として、個々の競走が公正に行われることが絶対に必要であるとともに、個々の競走の公正を確保し得るよう競馬制度の運営が厳正、的確に行われ、競馬が全体として極めて公正に行われているとのファンの信頼を得ることが必要不可欠であり、万一競馬の公正に対するファンの信頼が得られなければ、ファンは競馬投票への興味を失い、競馬の存立はその根底から動揺することになりかねず、かかる観点から、競馬法規も競馬の公正確保ということを根本命題としているのである。

したがって、競馬に関係する者は、平素からその言動を慎み、競馬の公正に対するファンの信頼をいささかも損なうことのないよう最大限の努力を払うべきことが強く要請されているのであり、調教騎手においては、その指導下にある騎手、厩務員につき、このようなことのないよう万全の注意を払う義務が存するのである。

しかしながら、原告には、以下に述べるとおり、競馬の公正確保に対する信頼を失わしめるような行為が多数存したものである。

(二)(1)  昭和五四年度以降、地方競馬をめぐる不正事件が続発するに至ったが、これら不正事件の多くが暴力団の介在するものであるうえ、暴力団の競馬社会への浸透の手段としては覚せい剤が頻繁に用いられていたところ、当時高崎競馬においては、覚せい剤関係事件の発生率が全国一であったため、施行者たる被告組合をはじめとする全競馬関係者がその再発の防止に取り組んでいたが、原告は、このような状況下において、賭博罪及び覚せい剤取締法違反の前科を有する実弟A(以下「A」という。)を厩務員として雇用したにもかかわらず、同人を適正に指導監督することができなかったため、同人は、昭和五六年二月二二日、再び覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役一〇月の執行猶予付有罪判決を受けるに至った。

また、昭和五五年一一月一七日には、原告が厩務員として雇用していたBが、道路交通法違反(飲酒、無免許)で罰金四万円の有罪判決を受けた。

(2) 一般に、調教騎手には、その雇用する厩務員を指導監督すべき義務があるところ、右に述べたところによれば、原告は、厩務員を指導監督する能力が極めて不十分であったものであり、そのために競馬の公正に対する信頼を失わしめたものである。

(三)(1)  原告は、昭和五五年五月一〇日、C(以下「C」という。)を厩務員として雇用すべく、同人を、原告が被告組合から借り受けていた宿舎に被告組合の定める厩舎及び宿舎管理規則に違反して無断で同居させたが、同人は、昭和五一年四月二七日覚せい剤取締法違反の罪で懲役一年執行猶予二年の刑に処せられ、同年五月一五日騎手の免許を取り消されて、大井競馬場から追放され、その後転々と居所をかえていた者であった。

(2) ところで、調教騎手が厩務員を雇用するに当たっては、高崎競馬の場合あらかじめその雇用につき、被告組合の管理者(群馬県知事)の指定する機関による認定を受けなければならず、右機関である関東地方公営競馬協議会は、その認定に当たり被告組合と協議することとしているところ、被告組合は、従来は右協議の際、覚せい剤取締法違反の前科のある者についても他の犯罪により処罰された者と同様、刑の消滅後は、その者の雇用を認定することもやむを得ないとの態度をとっていた。しかるに、前記のとおり昭和五四年度以降、地方競馬をめぐる不正事件が続発するとともに、覚せい剤事犯の再犯率が極めて高いこと等から、このような不正事件の発生を防止し、競馬の公正を確保するためには、覚せい剤使用の前歴のある者を特に厳しく排除する必要があると考えられるに至ったので、被告組合は、昭和五五年度以降、右協議において覚せい剤使用の前歴のある者については、刑の消滅後も、その雇用の認定は不適当との態度をとることとし、右方針を調教騎手に指示して、その徹底を図っていた。

(3) ところが、原告は、被告組合の右方針を理解しようとせず、前記のとおりCを厩務員として雇用することを企図し、昭和五五年五月二五日、開催執務委員長にCを厩務員として認定するよう申し出たので、被告組合は、改めて前記方針の趣旨を説明して、原告の申出を拒否するとともに、同年六月二一日、原告に対し、原告が宿舎に同居させていたCを退去させるよう指示した。

(4) 原告は、右指示を無視してCを引き続き宿舎に同居させ、被告組合が同年一〇月二一日に再びCの退去を指示した際にも、Cを厩務員として認定すべきである旨を申し立てて、重ねて指示を無視し、やむなく被告組合が同年一一月八日文書による退去命令を出した後も、なおこれに従わず、同月一五日及び一六日の被告組合の再三にわたる指示によってようやく前記文書による退去命令に付した期限の前日たる同月一七日にCを退去させた。

(5) 以上の一連の原告の行動は、競馬の公正の確保に率先して努力すべき調教騎手としての資質について重大な疑問を抱かせるに足りるものである。

(四)(1)  原告は、昭和四八年一〇月一二日、馬主Dの夫Eから五〇〇万円を借り受けたが、その返済をめぐるトラブルから、昭和五一年四月一七日、原告の被告組合に対する報償金請求権について前橋地方裁判所高崎支部による債権差押及び取立命令を受けた。右事件は、原告が、同月二一日に、Eに五〇〇万円を支払ったため一旦落着したが、調教騎手が借金の返済を怠り、施行者に対する報償金請求権につきこのような強制執行の処分を受けたことは前代未聞の不祥事であり、このような事態に至ったことは調教騎手としての経営管理能力に重大な疑問を抱かせるものであったため、同年六月一日以降の免許の継続を認めるべきか否かについて問題となったが、初めてのことでもあり、原告が深く反省し再びこのような不祥事を繰り返さないよう努力することを誓約したので、原告を信頼して免許試験に合格させたという経緯があった。

(2) ところが、昭和五六年になって前記五〇〇万円の貸金に起因するトラブルが再燃し、原告の被告組合に対する報償金請求権につき再び同裁判所高崎支部による債権差押命令が出されるに至った。

(3) 右に述べた金銭上のトラブルの存在は、原告の経営管理能力に重大な疑問を抱かせるものであるとともに、調教騎手に対する社会の信用を失墜させたものであり、原告の責任は重大である。

(五)(1)  原告には、かねてから取引関係のある獣医師、装蹄師及び飼料業者に対して多額の未払金をかかえているとの風評があったため、被告協会で調査したところ、約一〇〇〇万円に近い未払金があった。そこで、被告協会において、本件試験の面接において、この点について質問したところ、原告は未払金をかかえていることは認めたが、その金額については、妻に任せているのでわからない旨述べて、明快に説明することができず、自己の経営内容を十分に掌握していないことを暴露した。

(2) 調教騎手は、競馬施行者から低廉な対価をもって提供された厩舎において、馬主から預託された馬の調教及び飼養管理を、これに必要な一切の経費を含む多額の預託料の提供を当該馬主から受けて行うものであり、高崎競馬については、標準的な預託料は、昭和五五年度の場合、馬一頭当たり月額一〇万七〇〇〇円となっている。この預託料に含まれない診療費、薬品代、装蹄料金、馬具代等の実費清算経費を加えると、この額は約一四万三〇〇〇円となる。更に、調教騎手は、その預託を受けた馬が競走に出走する場合には、施行者から各種の報償金を受けるとともに、当該馬が入賞した場合には馬主が受け取る賞金の中からその一〇パーセント相当額を進上金として受けるものであり、これらの額は原告の場合昭和五五年度において一三三六万円に及んでいる。

右の事実に照らせば、調教騎手が多額の未払金をかかえなければならない理由は全くないものと解されるのであって、それにもかかわらず原告がすでに述べたような多額の借金をかかえていたということは、原告の経営管理能力の欠如を示すものにほかならない。

3  被告協会は、原告に対する学力及び人物についての口頭試験をし、右に述べた事実関係を総合勘案したうえで、原告には、厩舎経営管理上多くの問題があるため、調教騎手として不適格であると判断し、本件試験において、本件不合格処分をなしたものであり、本件不合格処分は、被告協会が調教騎手免許試験に際して有する裁量権の範囲内でなされた処分であって、そこには、何ら裁量権の逸脱ないし濫用とされる点はない。

4  本件不合格処分は、昭和五六年五月二六日に行われたものであり、それから起算して三年が経過した。

被告協会は、消滅時効を援用する。

なお、原告は、昭和五七年以降一一回にわたり調教騎手免許試験に不合格になったことをとらえて、被告らの不法行為責任を追及するが、原告は、いずれの試験においても、筆記の学科試験の成績が合格点に達しなかったために、試験の規則上それ以後の試験に進めずに不合格となったものであり、右一一回の試験は、いずれも公平に行われたものである。

四  被告協会の主張に対する原告の反論

被告らの本件不法行為は、昭和五六年五月二六日以後原告の一一回にわたる調教騎手免許試験を不合格にするなど今日まで継続しているものである。

理由

第一主位的請求について判断する。

一被告協会は、競馬法に基づき設立された法人であって、騎手を免許すること等の業務を行っていること、原告は、昭和四六年に被告協会が行った調教騎手の免許試験に合格し、同年六月一日被告協会から調教騎手の免許を受けたこと、原告は、以来毎年行われる免許試験に合格して調教騎手の免許を受け、昭和五六年五月末日まで右免許を有していたこと、原告は、昭和五六年四月に被告協会が実施した本件試験を継続受験者として受験したが、本件不合格処分を受けたことは、当事者間に争いがない。

二1  競馬法第二三条の四は、「地方競馬全国協会は、地方競馬の公正かつ円滑な実施の推進を図るとともに、馬の改良増殖その他畜産の振興に資することを目的とする。」と定め、同法第二三条の二二第一項第二号は、同協会が、右目的を達成するために行う業務の一つとして「騎手を免許すること。」を挙げている。他方、同法第二二条が準用する同法第一六条は、「省令の定めるところにより、日本中央競馬会が行う免許を受けた調教師又は騎手でなければ、中央競馬の競走のため、馬を調教し又は騎乗することができない。」と定め、同法第二三条の二九は、「協会は、農林水産大臣が監督する。」と定め、同法第二三条の二三によれば、被告協会は、騎手の免許に関する事項等を記載した業務方法書を作成して農林水産大臣の認可を受けなければならないとされている。

このような騎手の免許制度の趣旨は、地方競馬の公正な運営を確保し、その健全な発展を図るために、これに出走すべき馬の調教を行う者及び出走する馬に騎乗する者を、一定の水準の人格、技術等を備えた者に限定することにあるものと解され、また、競馬法施行規則は、一定の欠格事由を有する者は、騎手の免許試験を受けることができないとし(同規則第七条の九第二項、第三条)、右欠格事由に該当しない者を対象に、競馬法施行令に定める競走の種類ごとに、身体、学力、人物、調教又は騎乗の技術について行う免許試験に合格した者に対して免許を行うべきものとし(同規則第七条の九第二項、第一条の五、第二条)、免許を受けている騎手につき一定の事由が生じた場合には、その免許を取り消すべきものと定めている(同規則第七条の九第二項、第六条)。更に、同規則は、免許試験の施行細目を定めることを被告協会に委ねており(同規則第七条の九第二項、第二条第三項)、試験科目については、前記のとおり定めているものの、免許を有する者の継続のための試験の科目については、その一部を省略することができるとしている(同規則第七条の九第二項、第二条第四項但書)。そして、<証拠>によれば、競馬法第二三条の二三に基づき定められた被告協会の業務方法書は、騎手の免許は、平地競走、障害競走及びばんえい競走の競走の種類ごとに、身体、学力、人物、調教又は騎乗の技術について行う免許試験に合格した者に対して行うとし(被告協会業務方法書第二〇条、第二一条第一項、第三項)、被告協会は、試験に関する細目を定めるとし(同条第二項)、騎手の免許試験は、騎手免許試験委員会が行うとし(同第二二条第一項)、被告協会は、競馬の公正を確保するため必要があるときは、騎手の免許試験を受けた者の試験の成績に応じ、競走のため調教又は騎乗することができる競馬場を限定して騎手の免許をすることがある(同第二五条)としている。

2  以上のような各規定の内容及び競馬法の改正経過に照らせば、地方競馬における騎手の免許制度は、地方競馬の公正な運営と健全な発展を公益にかかわるもので、これを実現するために地方競馬に出走すべき馬の調教業務及び出走する馬に騎乗する業務(以下「調教業務等」という。)について一定の公法的規制を加えるのが相当であるとの見地から、調教業務等に携わることのできる騎手の資格を免許によって限定するという方法で右規制を行うこととし、前記のような法規の下において具体的に調教業務等を行う者を決定する行為は被告協会に行わせることにしたものであるということができ、また、右免許の性質は、単に受験者の適格性の有無を判定する作用にとどまるものではなく、被告協会が自らの責任ある判断に基づいて地方競馬の競走のために調教業務等を行うことができる法的地位を与えることを内容とする権力的な作用であると解されるから、これを行う被告協会は、法律によって特に付与された優越的な地位に立って右権限を行使するものであって、右免許は、このような性質の作用として公定力を有し、行政事件訴訟法上の公権力の行使たる性格を有するものであり、したがって、被告協会の右免許を行う処分はもちろんのこと、右免許を拒否する前提となる免許試験不合格処分も、行政処分であるというべきである。そして、前記免許試験に関して被告協会に与えられている権限及びその性質に照らすならば、右の処分は、被告協会の自由裁量処分であると解される。

三原告の主位的請求は、被告協会の行った行政処分たる本件不合格処分の無効を理由として、被告協会及び被告組合との間で調教騎手の地位を有することの確認を求めるところの現在の法律関係の確認を求める訴えであると解されるところ、競馬法施行規則によれば、騎手の免許の効力は、右免許の日から一年間とされている(同規則第七条の九第二項、第五条)うえ、前記競馬法の規定によれば、被告協会が行う免許試験に合格しない限り騎手の免許を受けられないことは明らかである。

そうすると、被告協会のした本件不合格処分が原告主張のごとく無効であると裁判所が判断したとしても、そのことにより直ちに、被告協会(騎手免許試験委員会)が改めて本件試験につき原告に対する合格の決定をしない以上、原告は騎手の免許を取得することはできないのであるから、原告が調教騎手の地位を有することの確認を求めるには、騎手免許試験に合格したことを主張・立証する必要があり、単に本件試験に対する本件不合格処分が無効であるとの主張・立証だけでは足りないものというべきである。

もっとも、原告は、昭和四六年六月一日から昭和五六年五月末日まで調教騎手の免許を有していたことは前述のとおりであり、しかも、この種の業務は、その性質上、ある程度の継続性を必要とすることは明らかである。しかしながら、前述のとおり、騎手の免許は、公益にかかわるものであり、競馬の公正を確保することにもつながることであるから、その有効期間を一年とし、一定の事由がある場合の免許取消しと相まって、取消事由と異なる個人的な資質、能力の観点から免許を取得させるのにふさわしい者であるかどうかを毎年試験を実施することにより審査することは、この制度を適正に維持するためには相当なものと解される。

したがって、右免許の有効期間が形式的なものにすぎず、原告の有していた従前の調教騎手の免許の効力がなお存続していると解することはできない。

以上によると、原告の主位的請求は理由がない。

第二予備的請求について判断する。

一右に述べたところによれば、本件不合格処分は被告協会の自由裁量処分であり、したがって、右処分が違法であるというためには、処分が被告協会の裁量権の逸脱ないしは濫用であるとされなければならないと解されるので、以下この点について検討する。

1(一)  前記のとおり、競馬法施行規則によれば、騎手の免許は、競馬法施行令に定める競走の種類ごとに行うものとされ、被告協会では、平地競走、障害競走及びばんえい競走の種類ごとに免許試験を行うとされているところ、<証拠>によれば、このうち平地競走の騎手の免許試験は、調教業務又は調教補佐業務に係る試験と騎乗業務にかかる試験とに区分され、更に、右区分ごとに、それぞれ新規受験者と継続受験者に分けて実施されていること、原告の受験した本件試験は、調教業務に係る試験の継続受験者の試験であったことが認められる。

(二)  前記のとおり、競馬法施行規則によれば、免許を有する者の継続のための試験の場合については、被告協会の裁量により試験の一部を省略することができるとされているものであるところ、<証拠>によれば、被告協会は、継続の受験者に対しては、身体及び技術については試験を省略し、人物及び学力のみについて試験を行っており、更に、過去三年間の筆記試験が毎回一〇〇点満点中七五点以上であった者及び引き続き五年以上調教騎手の免許を受け、年齢四〇歳以上の者に対しては、学力について筆記による簡易な学力試験のみを行っていたことが認められる。

2  <証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告協会において、調教騎手の免許試験を担当しているのは、公正部に属する免許課であり、右試験は、地方競馬を施行する各競馬場に試験場を設置して行われていた。

(二) 被告協会では、騎手免許試験を実施するに際しては、あらかじめ個々の騎手の前年度の成績(調教騎手に関しては、受託頭数、出走頭数、勝鞍等)や制裁処分等を調査し、何か問題点があればこれを把握しておくのはもちろんのこと、これに加えて、日頃から、免許試験の資料とするために、被告協会公正部に所属し地方競馬に派遣されている専門職の職員、地方競馬の主催者たる被告組合の職員及び財団法人競馬保安協会の駐在員などを通じて、情報を入手するなどの方法により、騎手自身に、騎手としての適性について疑問を抱かせるような行状があった場合には、これをできるだけ把握するように努めており、人物試験においては、このようにして把握された騎手の行状も、当然に、合否判定の資料とされていた。

3  <証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告組合が実施している高崎競馬においては、調教騎手が厩務員を雇用するに当たり、あらかじめ被告組合の管理者(群馬県知事)が指定する関係機関(関東地方公営競馬協議会。以下「協議会」という。)の認定を受けなければならないとされている(群馬県競馬組合地方競馬実施規則第一〇〇条)が、右認定に関する手続等について定めている協議会きゅう務員認定要綱は、協議会は、右認定に当たり被告組合と協議するものと定めている(同要綱第一五条)。

(二)(1) 原告の実弟Aは、昭和三六年に騎乗騎手の免許を取得したが、その後賭博罪で罰金刑を受けたため免許試験に不合格となり、同四八年再び免許を取得したものの、同五一年度の免許試験において身体に覚せい剤の使用を疑わせる注射痕が発見されて不合格となり、同年一〇月に覚せい剤取締法違反で懲役一〇月、執行猶予三年の刑を受けたものであったところ、原告は、昭和五四年、協議会に対し、Aを原告の厩舎の厩務員として雇用すべく認定申請をなし、原告において全責任を持つから認定してくれるよう申し入れた結果、Aは、協議会の仮認定を経て、同五五年一一月一日付で認定され、正式に原告厩舎の厩務員となった。

(2) しかるに、Aは、昭和五六年二月ころ、覚せい剤取締法違反で逮捕されるに至った。

(三)(1) 昭和五四年及び同五五年において、地方競馬の関係者による競馬法違反及び覚せい剤取締法違反等の不祥事が続発したため、競馬の公正に対する信用が害され、売上に悪影響を及ぼすといった事態が生じたが、その中でも、被告組合に所属している調教騎手、騎乗騎手、厩務員等の検挙数が全国一であった。これらの不祥事の多くは暴力団が介入しているものであったが、暴力団が競馬関係者に近づく手段として、もっぱら覚せい剤が使用されていたことから、地方競馬においては、被告協会をはじめとして、競馬の公正確保をめざして、覚せい剤撲滅に取り組むようになった。

(2) そこで、被告組合においては、昭和五五年度から、前記厩務員の認定にかかる協議会との協議に際しては、過去に覚せい剤取締法違反の罪により有罪になった者については、刑の執行を猶予され右猶予期間の経過により刑の言渡しが効力を失った場合でも、厩務員の認定をしない方針をとることにし、事務局長から被告組合所属の各調教騎手に対し右方針を伝達した。

(3) ところが、原告は、昭和五五年五月一〇日ころ、被告組合に無断で、過去に覚せい剤取締法違反の罪により有罪判決を受けたことのあるCを、厩舎に付属している宿舎に居住させたうえ、被告組合に対し、Cを厩務員として認定してくれるよう申入れをなしたが、群馬県競馬組合きゅう舎及び宿舎管理規則(以下「管理規則」という。)によれば、調教騎手は、協議会の認定を受けない厩務員を、厩舎に付属している宿舎に居住させることはできないとされていることから、原告の行動は、明らかに管理規則違反行為であった。

(4) 被告組合は、原告に対し、三回にわたり、Cを厩舎から退去させるよう口頭で命じたが、原告は右命令に従わなかった。被告組合は、同年一一月八日ころ、原告に対し、文書をもって、同月一八日までにCを退去させるよう命じたが、原告は、右文書による命令を受け取った後も、Cを厩舎から退去させなかった。

(5) そこで、被告組合の小林大策事務局長は、被告協会の小熊三郎公正部長に対し、原告の右一連の行動を報告した。同報告を受けた小熊部長が、直ちに電話を架けて原告に対し、被告組合の退去命令は管理規則に基づくものであるから、命令に従うべきである旨意見したところ、原告は、同月一七日に至り、ようやくCを退去させた。

(四)(1) 原告は、昭和五一年ころ、馬主のDの夫Eから、原告の被告組合に対する報償金請求権につき差押えを受けたため、同年度の免許試験において、原告の厩舎経営能力が問題とされたが、被告協会は、初めてのことでもあったので、原告に二度と借財関係のトラブルを起こさないという趣旨の誓約書を提出させたうえで、原告を免許試験に合格させ、業務方法書第二五条に基づき、原告が競走のため調教することができる競馬場を関東地区のものに限定して免許を行った。

(2) ところが、原告は、昭和五六年四月九日付で、再び前記Eから、報償金請求権の差押えを受けた。

4  前記認定したところに<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)(1) 原告は、本件試験当時、引き続き五年以上調教騎手の免許を受けており、年齢四〇歳以上であったことから、本件試験における原告に対する試験内容は、学力についての簡易な筆記試験と人物についての口頭試験(以下「人物試験」という。)であり、人物試験は、群馬県新田郡境町にある被告組合のトレーニングセンター内の事務所で行われた。

(2) 被告協会は、前記調査により、本件試験実施以前に、前記第二3(二)ないし(四)で認定した原告の行状に加えて、原告には、飼料業者に対し一九〇万円位、獣医に対し一六〇万円位、装蹄師に対し一二〇万円位の借金があることを把握していた。

(二)(1) 人物試験を実施した試験官は、被告協会の小熊公正部長、浅川免許課長、川野調査役であり、オブザーバーとして被告組合の小林事務局長、高野業務部長、黒田和夫業務一課長が立ち会って行われた。

(2) まず、始めに、主として浅川課長から、原告に対し、厩務員の指導監督に関する事項について二〇分程質問がなされ、続いて原告の借財に関する事項について質問がなされたが、借財関係については妻に経理を任せているので即答できないとのことであったので、一時試験を中断し、原告を妻のもとに調査に行かせて戻ってきてから更に二〇分程質問がなされた。借財に関する質問に対する原告の回答によれば、獣医に対し一九〇万円、装蹄師に対し一二〇万円、飼料業者に対し六四〇万円、合計九五〇万円の借金があるとのことであった。

(三) 被告協会は、本件試験前に把握していた前記4(一)(2)記載の事実及び人物試験における右事実についての質問に対する原告の回答を総合したうえで、原告には、厩務員の指導監督においても、厩舎の経営においても、その能力に重大な欠陥があるものと認めたうえで、原告を調教騎手として不適格者であるものと判断し、本件不合格処分をなした。

5 以上で認定した事実をもとに判断すると、前記3(二)記載の事実は、原告の調教騎手としての厩務員に対する指導監督能力に疑問を抱かせるに十分なものであり、同(三)記載の事実は、原告の遵法精神の欠如を疑わせるに十分なものであり、同(四)記載の事実及び本件試験の際に原告が述べたその他の原告の借財の事実は、原告の厩舎経営能力に疑問を抱かせるに十分なものであり、これらは、いずれも調教騎手としての適格性を疑わせる事由であるものと解されるところ、これに対し、これらの事実にもかかわらず、原告が調教騎手として不適格ではないと評価するに足りるような事情を認めるに足りる証拠はなく、また、原告が、本件試験の人物試験において、右事情につき納得できる弁明をなしたことを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、被告協会において、右原告の行状を前提として人物試験を行った結果、原告は調教騎手として不適格であるとの判断のもとになした本件不合格処分は、調教騎手の免許の許否決定についての被告協会の裁量権を逸脱し、又はこれを濫用したものであるとはいえず、したがって、到底違法とはいえないものである。

二前記のとおり、本件不合格処分は、被告協会がなしたものであるところ、本件全証拠を検討しても、被告組合が本件不合格処分に関与したと認めるに足りる証拠はなく、本件不合格処分が被告両名共同の原告に対する不法行為であるとの主張事実は認めることができない。

また、原告が昭和五七年以降一一回にわたり調教騎手免許試験に不合格となっていることは、当事者間に争いがないところ、原告は、右各不合格処分についても原告に対する不法行為を構成する旨主張するが、<証拠>によれば、原告は、いずれの試験においても、学力についての筆記試験の成績が合格点に達しなかったために、新規受験者については、学力の筆記試験に合格した者についてのみ身体、技術及び人物の試験を行うとする試験の規則により、身体等の試験を受験できずに不合格となったものであることが認められるから、右主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川波利明 裁判官髙橋祥子 裁判官大久保正道)

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