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前橋地方裁判所桐生支部 平成10年(ワ)44号 判決 1999年10月20日

東京都<以下省略>

原告(反訴被告)

右訴訟代理人弁護士

斎藤匠

横田哲明

東京都中央区<以下省略>

被告(反訴原告)

明治物産株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

飯塚孝

荒木理江

右訴訟復代理人弁護士

飯塚孝徳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、八二万六四六九円及びこれに対する平成九年一月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第二項、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  原告

1 被告は、原告に対し、一三四〇万三六六三円及びこれに対する平成一〇年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

及び仮執行宣言

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  反訴原告(被告)

1 反訴被告は、反訴原告に対し、八二万六四六九円及びこれに対する平成九年一月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

及び仮執行宣言

二  反訴被告(原告)

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、

1  原告が、商品先物取引の受託を業とする商品取引員である被告との間に商品先物取引の基本委託契約を締結し、米国産大豆、小豆、とうもろこし及びゴムの先物取引を継続してきたが、被告従業員による右契約締結から個々の商品先物取引に関わる勧誘、対応等の一連の行為が民法七〇九条又は七一五条に該当する不法行為に当たり、それにより原告が被告に支払い返還されない委託証拠金合計額一〇七〇万三六六三円、それにより被った精神的苦痛による慰謝料一〇〇万円及び本訴提起、追行に要した弁護士費用一七〇万円の合計一三四〇万三六六三円の損害を被ったとして、被告に対し、同額及びこれに対する右契約終了日の後である平成一〇年五月一九日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の損害賠償を請求し、

2  被告が、右商品先物取引の基本委託契約により、原告の委託を受けて、米国産大豆、小豆、とうもろこし及びゴムの先物取引を行い、それらの各売買差損金と、原告が負担すべき各取引所税、各委託手数料、各消費税の合計額から、預託された委託証拠金を控除しても八二万六四六九円の商品取引清算金が存するとして、原告に対し、同額及びこれに対する支払いを請求した日の翌日である平成九年一月二九日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を反訴請求し

た各事案である。

二  争いのない事実

被告(反訴原告)(以下「被告」という。)は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所に所属する商品取引員で、右各取引所における農産物及びゴムの商品先物取引の受託等を目的とする会社である。

原告(反訴被告)(以下「原告」という。)は、昭和三五年○月生まれの男性であり、平成六年一一月以前、給与所得者として稼働し、商品先物取引の経験はなかったところ、被告従業員B(以下「B」という。)の電話や面談による勧誘により、同年一一月一六日、被告との間に、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所等における商品先物取引の基本委託契約を締結した。

原告は、右同日、米国産大豆一〇枚の買いの委託をし、委託証拠金七〇万円を被告に預託し、平成六年一一月一七日、米国産大豆二〇枚、翌一八日、米国産大豆一〇枚の各買いの委託をし、委託証拠金一四〇万円、七〇万円、を各預託するなどして、同年一一月一六日から平成七年一一月五日までの間、原告の委託名義に係る別紙「取引等経過一覧表」記載のとおりの東京穀物商品取引所の米国産大豆(右表中では、「大豆」と略称)、小豆、とうもろこし(右表中では、「とう」と略称)及び東京工業品取引所のゴムの各商品先物取引(以下、これら全取引を総称して「本件取引」という。)がなされ、原告から被告に対し各委託証拠金合計一〇七〇万三六六三円が預託され、同各取引により、別紙「損益金一覧表」に記載のとおり、「売買差金」、「委託手数料」、「取引所税」、「消費税」及び「差引損益」各欄に記載の各金額が生じ、同先物取引終了により合計一一五二万九一三二円の損失が生じた。

被告は、平成九年一月二八日、原告に対し、原告委託名義に係る本件取引により生じた右「差引損益」欄の合計一一五二万九一三二円の差損金に、預託された委託証拠金合計一〇七〇万三六六三円を充当した差額である商品取引清算金八二万六四六九円の請求をした。

三  主たる争点

(本訴請求)

被告側には、商品先物取引の右基本委託契約の締結から委託者との間の個別取引受託業務の遂行過程において、次の各項目の各(一)のとおりの遵守義務又は禁止事項が存するか。そして、同各項目の各(二)のとおりの遵守義務違反又は禁止行為をした各事実が存するか。

1 適格者を勧誘すべく配慮する義務(不適格者の勧誘)

(一) 商品先物取引の受託を業とするものは、商品先物取引の複雑で投機性の大きい性質から、その委託者について、これに関わる経験、知識及び資力を備えているか、その適格性を判断して、その適格性に欠ける者には、この取引に参加させないように配慮する義務がある。この趣旨は、社団法人全国商品取引所連合会の定めた「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「取引所指示事項」という。)、社団法人日本商品取引員協会の定めた「受託業務に関する規則」(以下「受託業務に関する規則」という。)の第五条に定められ、その第七条により、各商品取引員である取引受託を業務とする会社において定めるものとされている受託業務管理規則(以下、これを「受託業務管理規則」という。)にそれぞれ規定されている。

(二) 原告は、本件取引開始当時三四歳で、それまで商品先物取引の経験のない給与所得者であり、相場変動要因を知る術を持たず、これを知ってもそれを的確に分析をする能力のない商品先物取引についての全くの未経験者であった。また、原告が、本件先物取引に拠出した一〇〇〇万円余りは、自己の結婚資金として貯金していた三〇〇万円と、親からの借入金、退職金、銀行借入れ等で支弁したもので、他に資産はなく、生活資金に食い込むことのない余裕資金を有していない者で、右の適格性を欠く者であった。被告側の従業員は、これら事情を知りながら、執拗、強引に先物取引の委託を勧誘した。

2 無断売買、一任売買の禁止(無断売買、一任売買の存在)

(一) 委託者から一定の事項について指示を受けずに委託を受けること、委託者の指示を受けずに顧客の計算で取引を行うことは禁止されている(商品取引所法九四条三号、四号)。

(二) 平成六年一二月中及び平成七年九月以降になされた各取引については、原告の指示、委任、承諾は全くなされていない。

3 断定的判断の提供の禁止(断定的判断の提供)

(一) 商品先物取引にあっては、顧客に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供してその委託を勧誘してはならない(商品取引所法九四条一号)。

(二) 被告従業員らは、原告に対し、「これから必ずあがる。」「短期間で結果が出る。」「四〇〇万円は利益がでる。」などと勧誘して、断定的判断を提供し、確実に利益が出るような錯覚に陥らせた。

4 説明義務(危険性等不告知)

(一) 商品先物取引は、総取引額を少額の委託証拠金で処理し、専門的、技術的な手法により運営される複雑な仕組みとなっているもので、拠出資金を大きく上回る損失を生じる高度の危険性を有しているものである。商品先物取引受託を業務とする者において、このような取引を勧誘する場合、その仕組み、相場性等、その変動による損失の危険、その対処策等を十分に説明し、その理解を得るべき義務を負っている。

(二) 被告従業員らは、原告に対し、利益計算の事例のみ強調し、利益が確実である旨説明して、取引の仕組み、危険性、特に委託証拠金の説明を十分にしなかった。

5 新規委託者の保護に配慮すべき義務(過大な取引の勧誘)

(一) 商品先物取引の投機的本質からすれば、委託者の冷静な判断力を保持する意味から、生活資金に食込まない範囲での余裕資金をもってかつ予想外の損失に備えての資金を残しておくことを念頭において取引量を決定すべきである。全国商品取引所連合会の定める受託業務指導基準Ⅳは、商品取引員は委託者の保護育成を図り、そのための措置等を社内規則に具体的に定めこれを遵守すべき旨、受託業務管理規則は、商品先物取引の経験のない委託者又は商品先物取引の経験の浅い委託者並びにこれと同等と判断される委託者については三か月の習熟期間を設け、同期間内の取引量を相応の範囲内にすべきものとし、相応の取引量の上限は二〇枚とする旨等の過度な取引を抑制する趣旨の定を置いている。

(二) 被告従業員らは、原告に対し、平成六年一一月一六日の取引開始から同月一八日までの三日間で米国産大豆合計四〇枚の買いを委託させ、合計二八〇万円の委託証拠金を預託させた。これは、原告が、資金の投資方法(常道とされている自己の余裕資金の三分の一から一〇分の一範囲での取引開始)を十分に理解していないことを承知の上で取引開始当初から大量の資金を投入させており、この点の違法性は極めて大きい。

6 無意味な両建の禁止(無意味な両建の存在)

(一) 同時に買建と売建がなされている両建は、相場感の矛盾であり、一方の建玉で利益が出ても、他方の建玉でその分損失が出るので、委託者が手数料を二倍負担することにはなっても、重複する分は取引しないのと同様である。取引所指示事項2項(2)は、この禁止を規定している。

(二) 被告従業員C(以下「C」という。)は、平成七年四月一一日、原告に対し、「両建にして損切りをするしかない。両建にすれば損は出ない。」などと欺瞞的な説明をし、売り一八枚の委託をさせた。しかし、損をくい止めるには、仕切ればよく、右両建は無意味であった。このような両建は、本件取引中の他の委託取引にも多く見られる。

7 無意味な反復売買の禁止(無意味な反復売買である「ころがし」等の存在)

(一) 無意味な反復売買の勧誘、受託は、委託者がたちまち多額の手数料を負担することになり、違法である。取引所指示事項2項(1)は、この禁止を規定している。

(二) 本件取引は、非常に短期間の頻繁な建て落ちを繰返しており、手数料を稼ぐこと以外にその相当な目的を見いだせない。また、既存の取引を仕切るとともに、同一日に、新規に売り直し、買い直しや、反対の取引(途転)をしたり、新規委託取引をして、同一日に仕切(日計り)を行ったりすることが顕著である。そして、これらころがしは、原告の損失の認識を妨げるべく、不堅実な建玉というべき「因果玉」を長期間放置することと併せてなされている。

(反訴請求)

1 本件取引中、平成六年一二月中及び平成七年九月以降になされた取引は、原告の委託によらない被告従業員による無断売買であるか。

2 本件取引は、本訴請求に主張のとおりの被告側の遵守義務等に違反する違法な関与、手法によりなされたものであり、それによる損失の清算義務は、原告に帰せしめられないものであるか。また、本件取引が右のとおりの性質のものである場合、右損失の清算金の請求は、信義則に反し、許されないか。

第三当裁判所の判断

一  成立に争いのない甲第一号証の一ないし二一、第二号証ないし第五号証、第七号証(原本の存在及びその成立について争いがない)、第九号証の一ないし四、乙第一号証の一ないし五、第二号証、第三号証、第四号証、第五号証の各一ないし三、第六号証の一、二、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし一四、第九号証の一ないし六、第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証、第一四号証(同号証の各枝番につき原本の存在及びその成立について争いがない)の一ないし三、第一五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六号証、第八号証、証人Bの証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一〇号証の一ないし一九、証人B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和三五年○月まれの男性であり、大学の文学部教育学科を卒業後、平成六年一一月ころ、東京都内に単身居住し、○○に勤務し、年間五〇〇万円程の収入を得ていた。原告は、同年夏ころから、被告から、原告の卒業した高等学校の卒業生名簿に基づく電話による商品先物取引の勧誘を受けるようになり、同年一一月一一日、被告の従業員のBと、都内渋谷区の喫茶店で会い、商品先物取引の説明、勧誘を受けた。原告は、その後も、電話により米国産大豆の先物取引の説明を受けるなどして、同月一六日、印鑑及び現金七〇万円を持参して、被告の従業員のB及びその上司のDと、都内赤坂見附近辺の喫茶店で会った。この場で、原告は、Bらの説明、勧誘により、米国産大豆一〇枚の買いの取引の委託をし、併せて、そのための基本取引に必要な文書である約諾書及び通知書(乙第一号証の一)、準備金による委託証拠金充当同意書等(同号証の二、三)を作成、交付し、「約諾書及び受託契約準則」、「商品先物取引委託のガイド」と出する各冊子」(乙第二号証、第三号証と同一のもの)を受け取った。

原告は、右一六日、更にDに勧誘されて、米国産大豆二〇枚の買いの委託をすることになり、翌一七日、その委託証拠金一四〇万円を、原告の指示する場に赴いたBに交付した。原告は、翌一七日、更にDに勧誘されて、米国産大豆一〇枚の買いの委託をすることになり、翌一八日、その委託証拠金七〇万円を、原告の指示する場に赴いた右Bに交付した。

被告側の原告に対する顧客調査の内容は、「顧客カード」(乙第一号証の四)及び「委託者調書」(同号証の五)に記載されていたところ、前者については、原告について、年齢三五歳、会社員、年収七〇〇万円、預金五〇〇万円等の記載がなされるとともに、平成六年一一月九日付けで各該当事項欄の記載がなされ、同日付けで、責任者による受託の理由が記載され、責任者による受諾判定事項欄へ「適」記載がなされ、また、後者については、年齢三五歳、既婚等の記載がなされている。

2  その後、Dが、原告からの取引受託の連絡、事務を行い、平成七年一月ころから、被告の従業員であるE(以下「E」という。)が、右連絡、事務を行った。そして、本件取引のとおりの原告委託名義に係る各取引がなされ、その取引の都度、被告から、遅滞なく、商品名、新規か仕切か、取引年月日、場節、取引枚数、約定値段、総取引代金、取引差金、手数料、関係諸税、差引損益を記載した当該取引についての「売買報告書及び売買計算書」(甲第一号証の一ないし二一)が原告宛送付されるとともに、各月毎に、その通知基準日における残存建玉、値洗差金、預託してある委託証拠金、差引損益金等を記載した「残高照合通知書」(乙第八号証の一ないし一四)が原告に送付された。

原告は、同年一月ないし三月の各「残高照合通知書」の内容について、通知書のとおり相違ない旨の平成七年三月二三日付け書面(乙第九号証の一)を作成して、同年四月以降の各「残高照合通知書」について、同年四月分につき、各記入欄は無記入の、五月から八月まで、相違ない旨の各「残高照合回答書」(同号証の二ないし六)を作成して、被告はこれらの受領ないし送付を受けている。

3(一)  原告は、ハワイ方面への海外旅行のため、平成六年一一月二九日出国し、同年一二月四日帰国した。この海外旅行がなされることは、電話による被告担当者との連絡の際、原告の口から告げられていた。

(二)  同年一二月中の原告名義の取引は、別紙「取引等経過一覧表」に記載のとおりなされ、一二月九日、同月一三日及び一四日の米国産大豆の各取引により、累計九七万円余の損失が生じていた。

(三)  原告は、平成七年一月二四日、被告側の担当者であるEと、担当者変更の挨拶のため面談し、その際、取引は損失の結果となっていることを認識し、その回復を強く意識しており、米国産大豆の取引状況や、今後の対策、ゴムの取引のことなどが話題になった。

この時点ころにおける原告の損失は、前記のとおりの既存の損失累計九七万円余に、同時点ころにおける相場価額による計算上の損益差金である値洗い差金として、マイナス五六万円余が計上されていた。

(四)  原告は、同年三月九日、Eと面談し、平成六年一二月一四日以来、初めての取引委託をすることになり、従前の損失回復と、今後の対策について、話しをした。翌一〇日、別紙「取引等経過一覧表」のとおり、米国産大豆の各取引がなされた。

(五)  右一〇日の各取引により、累計一二四万円余の損失が生じ、同年三月一四日、同損失額が預託証拠金から充当清算され、原告は、同日、追加委託証拠金二五万円を被告に預託した。原告は、同月一七日、Eと面談し、不足した委託証拠金二九万〇〇二七円を同人に交付するとともに、今後の対策等を話題にした。

(六)  同年三月二三日、原告の委託により米国産大豆五枚の買いの取引がなされ、翌二四日、原告は委託証拠金三五万円を被告に預託した。

(七)  原告は、同年四月一一日午後一時ころ、被告の池袋支店を訪問し、委託証拠金一五〇万円を預託するとともに、紹介を受けた同支店の支店長Cとも面談し、今後の対策を相談したりした。

原告は、右Cの話等を踏まえ、米国産大豆は値下がり基調との意見を採用し、それまでの同商品の買いの建玉の約半分を仕切り、残りの買いに対し、それと同数の売りを委託する両建をすることとした。

同年四月一一日午後、後場二節で従前の買いの建玉一七枚が仕切られ、同取引につき一八〇万円余の損失が生じた。

(八)  原告は、同年四月一二日午後五時過ぎ、被告池袋支店を訪問し、右証拠金の不足分三七万二六三六円を被告側に交付し、併せて面談したCとの間に、売りの建玉の手仕舞いの時期について話し合うなどした。

(九)  原告は、同年五月一〇日、被告担当者Eと面談し、米国産大豆の状況や、他銘柄の取引について話し合うなどした。

(一〇)  原告は、同年五月三一日、被告担当者Eと面談し、今後の対策や、資金繰りのことで話し合うなどした。

(一一)  原告は、同年六月三〇日、被告担当者Eと面談し、資金調達ができたことや、現状維持でない他銘柄による取引のことなど話し合った。

(一二)  同年七月三日、原告の委託により、同年四月一一日の取引に続くとうもろこし五枚の買いの取引がなされ、証拠金五〇万円が預託された。

原告は、同年七月六日、Eと面談し、証拠金の不足額四万円を交付するとともに、米国産大豆、とうもろこしの状況について話し合った。

(一三)  別紙「取引等経過一覧表」のとおり、同年七月一一日から二六日にかけて、米国産大豆、とうもろこし又はゴムの各取引がなされていたところ、原告は、同年七月二七日、被告担当者Eと面談し、ゴムの状況や、原告が、勤務する会社を退社することなどが話し合われた。

(一四)  別紙「取引等経過一覧表」のとおり、同年七月二八日から八月二日にかけて、米国産大豆、とうもろこしの各取引がなされていたところ、原告は、同年八月四日、被告池袋支店長のCと面談し、証拠金三五万円を交付するとともに、とうもろこしの市況、処分、同銘柄の取引委託の予定などについて話し合った。

(一五)  原告は、同年八月八日、被告担当者Eと面談し、証拠金五五万円を預託するとともに、小豆などの他銘柄の取引について話し合うなどした。

(一六)  原告は、同年八月二五日、被告担当者Eと面談し、不足証拠金二一万円を預託するとともに、建玉を極力少なくして行く意向を述べるなどの話し合いをした。

(一七)  原告は、同年八月三〇日、証拠金の不足と説明のため、同月三一日、九万円の証拠金の預託及び今後の取引委託の方法について、同年九月一一日、損失の回収及び今後の取引について、同月二一日、現状の説明及び今後の取引について、同月二九日、証拠金不足の相談について、同年一〇月一二日、不足証拠金の件で、被告担当者Eとそれぞれ面談した。

(一八)  同年一〇月三一日、とうもろこしの新規買いの取引がなされたところ、原告から委託証拠金の預託がなされないため、被告は、同年一一月一日、原告に対し、右預託金の入金がないので、全建玉を仕切る旨の連絡した。翌二日、原告委託名義の全建玉が決済され、差損金が生じたことが被告に連絡された。

二  各争点の検討

(本訴請求)

1(一) 不適格者を勧誘しないよう配慮すべき義務(不適格者勧誘)

右の趣旨の配慮義務については、商品先物取引という高度の投機性を有する取引の性質上、その委託を受けて取引に当たる商品取引員としては、取引所指示事項、受託業務に関する規則が各規定する委託者保護の趣旨に従い、委託勧誘者につき、その能力、経験、資力、投資の動機等の把握に努め、その知り得た情報から、商品先物取引に適応しないと判断できる者への勧誘は謙抑すべき義務を負うものというべきである。

これを、前記認定のとおりの原告の年齢、経歴、資産に、被告側の原告の資産状況等の把握の態様、姿勢等に照らして考察するに、原告の客観的な余裕資産について、十分で、慎重な調査がなされ、その配慮が尽くされたとは言い難いものの、結果的に、資産、資質上の不適格者となるべき者への勧誘及びそのような者との基本取引委託契約の締結に至ったとまでは断定し難いものというべきである。また、その勧誘の態様において、執拗、強引で不相当なものであったとの事実も、これを認めることはできない。

原告は、当初の取引委託の勧誘ばかりでなく、原告が取引全体において約一〇〇〇万円以上の金銭を拠出し、その内七〇〇万円が余裕資金とはいえない借入金等によるものであったとして、不適格者勧誘であったとするが、これは、後記(五)に説示のとおり、右趣旨の不適格者勧誘を謙抑すべき義務に反するものではないというべきである。

(二) 無断売買、一任売買の禁止(無断売買、一任売買)

右行為は、商品取引所法九四条三号の規定から禁止されるべきことは明らかである。

平成六年一二月一日及び同月五日の各取引について、これは原告の海外旅行により、旅行先からの委託は通常困難であり、帰国翌日午前の委託指示も通常連絡が取りずらいものというべきところ、前記認定の事実によると、原告は、その先物取引を初めて開始し、その保有資金の相当部分二八〇万円を拠出したものであり、各取引後遅滞なくその売買報告書及び売買計算書(以下「売買報告書」という。)(甲第一号証の二)が原告宛発送されるとともに、毎月残高照合通知書(乙第八号証の二、三等)も送付されていたものである。そして、平成七年一月中には、損失の発生と、その回復について、相当な関心を有していたこともうかがわれる。このような事態にあって、前記のとおり、平成七年一月以降の残高照合通知書の内容について、相違ない旨の書面(乙第九号証の一)が作成され、平成七年三月以降も取引の委託を継続し、被告担当者には、原告の海外旅行の事実も伝わっていたこと、原告作成の陳述書(甲第六号証)中の三項、四項の「一〇枚の大豆を売るタイミングについては、彼らに任せることにしました。」「私は自分が買った四〇枚の大豆を売るタイミングのことを任せてくれと言っているものと考え、同意しました。」との記載を併せ照らすと、右一二月中の各取引につき、原告の指示によってなされたことを認めることができる。

原告は、前記のとおり送付された売買報告書には無関心で見ておらず、一二月中の残高照合通知書の回答書が存しないことから、同月中の残高照合通知書の送付はなされておらず、送付がされなかったのは、無断売買の事実があったためであるとするが、前記のとおり送付された売買報告書には右一二月中の取引は記載されていることからして、指摘のような隠蔽は考え難い、また、原告は、被告からの右各送付書類には無関心でありこれらを見ておらず、無断売買の事実は知り得ず、平成七年一月中旬ころ、取引を全く指示していないのに取引がなされていたことを知って、翌日、Dに対し説明を求め抗議をしたが埒が明かず、損失の回復のため、やむなく言われるままに取引を継続した旨(原告陳述書(甲第六号証)五項、六項、ただし、原告本人尋問においては、本件訴訟を始めてから無断売買の事実を知った旨供述している。)述べるところ、右のとおりの経過に照らすと、この供述を直ちに採用できず、右のとおりの指示による売買との認定に疑いを懐かせるものではない。

そして、右一二月中の一日、五日の各取引は、原告の前記のとおりの海外旅行の事実によれば、原告による事前、個別の指示ではなく、被告担当者への一任売買であることが強く推認されるところ、これは商品先物取引の適正を期する趣旨からの取締り規定に反するものではあるが、その取引回数、規模等によれば、それら個々の取引を無効にする程違法はものとは言い難く、また、その一任売買の行為について、同取引に至る前記のとおりの経緯に照らし、原告に対する不法行為となるものとは言い難いものである。

平成七年九月以降の各取引について無断売買、一任売買との主張については、前記のとおりの取引損失に対する原告の姿勢、被告従業員との面談の経緯、各証拠金支払いの事実、売買報告書ないし残高照合通知書の各送付の事実によれば、原告の個別の指示、委託によりなされたものと認められ、この認定に疑いを挾むべき証拠は存しない。

(三) 断定的判断の提供の禁止(断定的判断の提供)

右趣旨の義務については、商品取引所法九四条一号により存するところ、被告側従業員から、個々の委託取引勧誘につき、断定的判断の提供がなされたとの事実は、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

(四) 説明義務(危険性不告知)

右の趣旨の義務については、商品先物取引という高度の投機性を有する取引の性質上、取引所指示事項、受託業務に関する規則の各規定の趣旨に照らし、基本取引契約締結に先立ち、商品先物取引の仕組み、そのハイリスク、ハイリターンに伴う危険の大きさについて、勧誘者の応答する態度のみに依拠することなく、その能力、経験等に相応する商品先物取引の説明を、交付の義務付けられている受託契約準則、先物取引の仕組み説明書等の説明と併せて、基本事項から尽くし、これらを理解するだけの余裕ある期間を置いて、右契約を締結すべき手順を踏むべき義務として、これを負うものというべきである。

前記認定のとおりの事実によると、Bは、原告に対し、平成六年一一月一一日に、喫茶店で面談して、商品先物取引の勧誘とそれに関連する話をし、同月一六日に、基本取引契約を締結して、当日、商品先物取引委託のガイド、商品先物取引委託のガイド別冊を、交付した。そして、原告は、前記のとおりの平成六年中の取引、その結果の報告等を受けて、平成七年一月二四日にEと面談をし、前記認定のとおり、被告側担当者との面談、各証拠金の預託をしているものであり、これに、原告の経験、経歴等を総合して考察するに、原告において、商品先物取引の性質、仕組みの理解を欠いていたことを現す状況はうかがわれず、被告側における右対応の経過を併せ観るに、前記の趣旨による説明義務の懈怠と評すべき事実を未だ認めることはできない。

(五) 新規委託者の保護義務(過大な取引)

右趣旨の義務については、右受託業務管理規則の趣旨及び商品先物取引の前記性質に照らし、前記のとおりの説明義務の趣旨の延長にあって、その知識、経験の集積による自主的判断の育成の見地からする委託者保護の趣旨から、新規委託者には相当期間、その委託取引額が、相当の範囲に制限されべきものとする見解は相当であり、取引受託を勧誘する被告従業員においては、これに留意して、顧客のために、その取引額を配慮し、その顧客の資力、経験、能力に応じた相当な勧誘をする善管注意義務を負うと解するのが相当である。

前記認定のとおりの事実によると、初回一六日の取引受託に続けて、一七日、一八日と、米国産大豆合計四〇枚の取引がなされ、委託証拠金合計二八〇万円が預託され、この取引以降、平成七年三月一〇日に至るまで、別途委託証拠金の預託をすることなく、別紙「取引等経過一覧表」のとおりの一三回の各取引がなされてきたものである。

これによると、原告の預貯金が三〇〇万円程であるとすると、開始時における右取引額は大きいものであり、先物取引に不慣れ、未習熟な原告の資力の相当部分を相場の変動による喪失の危険に晒す事態を招いたものであることは否定できないものの、平成七年三月一〇日に至るまで、建玉枚数は米国産大豆四〇枚以下で、別途に委託証拠金の拠出をせず推移してきた状況とを総じて観ると、前記のとおりの新規委託者の保護の趣旨に反する過大な取引の勧誘であったとして不法行為となる違法な勧誘、指導があったとすることは未だできないものというべきである。原告は、右期間中の一二月から三月一〇日までの間における取引のないことをもって異常であるとし、右期間中の取引の事情、変化について、不知であった旨述べるが、前記認定のとおりの事実経過に照らし、原告が無関心、不知な状態での期間の経過であったとばかりは言い難く、自己の資産を商品先物取引に拠出した状況を十分に認識しての、静観、熟慮期間であったと評価することができるものである。

そして、三月一〇日以降の取引委託について、右のとおりの期間、取引委託経験を踏まえての、商品先物取引における新規委託者の保護のための相当な導入期間が経過した後のものということができ、右のとおりの保護の趣旨からする謙抑義務は相対的に減ずるとともに、この観点から、同日以降の取引についての被告側の勧誘態度を考察すると、商品先物取引の委託勧誘について不法行為となるべき違法なものであったとする事実を認めることはできない。

(六) 無意味な両建の禁止(無意味な両建)

両建については、予想に反する相場の変動に対し、取引手法として用いられることもあり、一概に有害、無意味で、違法なものであるとは断定しがたいものである。しかし、この両建には、それまでの建玉の手数料と同額の委託手数料等や委託証拠金の拠出をするという負担と、その手仕舞いの時期、判断を誤った場合、その損失の危険も大きくなるという側面が伴うことは否定できず、この手法の選択は、十分な説明、理解のもとに慎重になされるべきものであり、その回数も抑制されるべきものというべきである。

本件取引について、米国産大豆につき、六回、とうもろこしにつき八回、小豆につき一回、ゴムにつき一回、それぞれ両建と評価される各取引手法が見られる。これらの各取引につき、各取引がなされた前の時期からの各商品の値段の動向を観るに、それが的確な選択であったかはともかく、相場の状況を踏まえての一つの選択された取引であるとうかがわれる状況を呈しており、手数料のみの獲得のためになされたり、無意味な取引であると、直ちに言い難いものであり、これが相場の状況に依拠しない無意味で、被告のみ利する両建措置であったとは、本件全証拠によるも未だこれを認めることはできない。

(七) 無意味な反復売買の禁止(ころがし)

右のとおりの売買を控えることは、取引受託につき善管注意義務を負う受託者として当然のものであるところ、取引等経過一覧表の取引事情を検討し、原告が買い(売り)直し、途転として指摘する箇所について、その旨の指摘は認められるが、前記(六)に説示したのと同様に、無意味な反復売買等を勧誘したとの事実は、本件証拠によるも、これを認めることはできない。

また、不健全な建玉とされる因果玉の長期放置による損失の隠蔽との指摘については、被告従業員により故意に隠蔽されたことを認めるに足りる証拠はなく、右のとおりの長期放置について、早期の仕切を実施することが相当であったとしても、平成七年四月以降、原告において、売買報告書、各月の残高照合通知書により、因果玉となるか、その建玉が長期のものとなるか否か状況認識、判断をすることは可能であり、右のとおりの放置と評される状態につき被告側からの助言、指導がないとの不作為について、不法行為となるべき違法があったとの事実はこれを認めることができない。

2 右1のとおり、被告従業員が遵守するか、違反してはならない各事項に反する個別的な検討に、本件取引の過程における、前記認定のとおりの原告の姿勢、被告側の対応を総合して考察するに、本件取引の個別的行為において違法と評すべきものを認めることができず、本件取引全体において、その損失が、被告側の違法な行為により、原告に帰せしめられたとすることはできず、原告の損失は、原告自身の意思決定と商品先物取引における相場の阻齬により惹起された不運な結果によるというほかはなく、被告側の違法な所為によるものとすることはできない。

(反訴請求)

本件取引がなされ、主張のとおり、原告の支払いに係る委託証拠金が各預託され、清算差損金が生じたこと、同差損金につき、平成九年一月二八日までに支払うよう催告のなされたことは当事者間に争いがない。そして、前記二の「各争点の検討」の(本訴請求)の項目で説示のとおり、それら各取引は原告の委託によりなされたことが認められ、本件取引について、不法行為となる被告従業員による違法な関与等によりなされたものと評すべきところはないので、原告の委託による商品先物取引として、原告は被告に対し、基本委託取引契約及び本件取引の結果により、差損金八二万六四六九円及びこれに対する右催告による期限の翌日である平成九年一月二九日から支払い済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い義務を負うものである。

三  以上の次第により、原告の本訴請求は、理由がないので、これを棄却し、被告の反訴請求は、理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原春夫)

<以下省略>

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