大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所高崎支部 平成12年(ワ)241号 判決 2001年8月09日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

原告が別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)の所有権を有することを確認する。

第2原告が主張した請求原因事実

1  原告の所有権取得原因事実

(一)  売買(主位的主張)

(1) 本件土地は,もとCが所有していた。

(2) 前記Cは,昭和50年4月,Dに対し,本件土地を代金50万円で売却した。

(3) 前記Dは,本件土地を原告に遺贈する旨の遺言をした。

(4) 前記Dは,昭和62年4月21日,死亡した。

(二)  取得時効(仮定的主張)

(1) 前記Dは,昭和50年4月の時点で,本件土地を占有していた。

(2) 前記(一)の(3)及び(4)同旨。

(3) 原告は,(1)の時期より20年が経過した平成7年4月の時点で,本件土地を占有していた。

(4) 原告は,本件土地について取得時効を援用する。

2  確認の利益を基礎付ける事実

(一)  本件土地は,前記取得時効の完成当時には,無主であった。

(二)  被告は,原告が本件土地の所有権を有することを争っている。

第3主文を導く法理論的過程

1  確認の利益について

(一)  原告が主張した請求原因2(一)の事実が認められれば,「無主ノ不動産ハ国庫ノ所有ニ属ス」という民法239条2項により,同請求原因1(二)の時効完成当時,本件土地は被告が所有していたこととなるから,同土地の現在の所有権を主張する原告にその所有権確認を許す利益を肯定することができる。よって,同請求原因2(一)の事実は,本件確認の利益を基礎付けるということができる。

(二)  原告が主張した請求原因2(一)の事実について

(1) 本件土地は,不動産登記法に基づく土地登記簿が備え付けられていないことについては当事者間に争いがないうえに,本件記録上現在の所有者が誰であるかを容易にうかがうことはできないものの,公図(甲1号証)には「765」という地番の記載があり,旧公図(乙1号証の1及び2)には「七百六十五」という地番及び「四等山林」の記載がある。

(2) そこで,この「四等」の記載の意味するところを検討する。旧公図は,明治22年から昭和25年にかけて地租徴収の目的から作成された課税台帳たる土地台帳の付属地図として,国の税務官署で管理されてきたものであるところ,土地台帳規則(明治22年勅令39号)1条は「土地台帳ハ地租ニ関スル事項ヲ登録ス」と規定し,これを受けた同規則施行細則(明治22年大蔵省令6号)1条は「土地台帳ハ市町村ニ区別シ土地ノ字番号地目段別等級地価及所有者質取主又ハ百年ヨリ長キ存続期間ノ定アル土地ノ地上権者ノ住所氏名ヲ登録スへシ」と規定し,さらに,地租事務規程(大正3年3月28日訓令20号)74条1号但書は,「地番,地目,等級等ノ異動ニ止マルモノハ元地番,地目,等級ヲ朱抹(朱字ノモノハ墨抹)シ直ニ原図ニ於テ訂正スヘシ」と規定していた。これらの規定によれば,本件土地の旧公図にある「七百六十五」や「四等山林」の記載は,土地台帳の記載事項のうちの地番,地目及び等級を転記したものと推定するのが相当である。

また,地租条例(明治17年太政官布告7号)4条は「左ニ掲クル土地ニ付テハ其ノ地租ヲ免ス」と規定し,その1号本文は「国府県市町村其ノ他勅令ヲ以テ指定スル公共団体ニ於テ公用又ハ公共ノ用ニ供スル土地」と掲示し,さらに,同11条は「地租ヲ課セサル土地ヲ地租ヲ課スル土地ト為シタルトキハ其地ノ現況ニ依リ直ニ其土地ノ地価ヲ定ム」と規定するので,当時の地租に関する事務の取扱によれば,ある土地が無主のため国の所有となった場合には,地租を免せられ,徴税の必要を欠くことから,地価も等級も定めないこととなるため,土地台帳にも旧公図にも等級の記載を欠くに至るのが一般であったことをうかがうことができる。

以上の観点から本件土地の旧公図をみると,前記「四等」とはここでいう等級と考えられ,この記載と上記の事務取扱の一般例からして,本件土地は,当時課税の対象であったこと,すなわち,無主なるがゆえの国有地とは扱われていなかったという実績を示唆するものというべきである。

(3) それに,原告が主張した請求原因1(一)(1)ないし(3)の事実は,本件土地が,昭和50年ないし昭和62年ころ,一私人の所有の対象となり,また,売買契約や遺贈の対象となっていたことを示すものと解すべきである(原告が,一方では,本件土地を無主であったと主張(同請求原因2(一))しつつ,他方では,本件土地の所有者が存在したことを主張(同請求原因1(一)(1)ないし(3))することは,自己矛盾であり,この点は,弁論の全趣旨として考慮せざるを得ず,結果として,原告に不利に作用するのはやむを得ない)。

(4) 一般に,一旦発生した所有権は消滅事由のない限り存続するところ,以上のとおり,本件土地にはかつて所有者が存在したことが推認され,その後無主になったという事情が主張されていない本件では,その後である平成7年4月当時前同様の推認が維持されるべきである。以上に述べた事情を総合考慮すると,結局,原告が主張した請求原因2(一)の事実を認めるに足りる訴訟資料はないというに帰する。

(三)  原告は,真実の所有者を明らかにすることができない登記漏れ地につき,占有者が取得時効の要件を充足する場合に限り,例外的に,当該土地を無主であると擬制して,民法239条2項により,国の所有と認定し,これにより国に被告適格を認め,かつ,確認の利益を肯定すべきであると主張する。しかしながら,原告が主張するような擬制の要件と効果を規定した法令は存在しないので,この原告の主張は,立法論にすぎず,憲法76条3項により客観的に存在する法令のみを基準として裁判することを一義的に命じられている(すなわち,受訴裁判所には法令を創造する権限はない)裁判所にとっては,採用の限りでない。

(四)  そうすると,本件訴えは,本件土地に何ら利害関係を有しない被告に対して,その所有権確認を求めたこととなるから,確認の利益を欠くというべきである。

2  結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 井上薫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例