前橋地方裁判所高崎支部 平成17年(ワ)223号 判決 2007年5月24日
群馬県高崎市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
樋口和彦
同
吉野晶
同代理人ら訴訟復代理人弁護士
三角俊文
東京都中央区<以下省略>
被告
北辰物産株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
竹内清
同
竹内淳
主文
1 被告は,原告に対し,2583万8737円及びこれに対する平成13年4日27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,4664万7850円及びこれに対する平成13年4月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,平成12年4月から平成13年4月までの間,被告に対し商品先物取引を委託した原告が,被告に対し,被告従業員による一連の勧誘等の行為に違法があったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,取引損3914万7850円,慰謝料300万円及び弁護士費用450万円の合計4664万7850円及びこれに対する取引終了日ないし違法行為終了日である平成13年4月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後記括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,平成12年4月当時,43歳の男性で,a社の名称で自動車整備業を営んでいた。
イ 被告は,東京工業品取引所,大阪商品取引所,東京穀物商品取引所,関門(福岡)商品取引所及び横浜商品取引所の商品取引員であって,商品取引所法に基づく商品についての商品取引市場における売買及び取引の受託等の業務を行っている会社である。
(2) 取引の概要
原告は,平成12年4月28日,被告との間で商品先物取引に関する委託契約を締結し,平成13年4月27日に取引を終了させるまでの間,別紙建玉分析表記載の東京工業品取引所の金,白金,ガソリン,灯油,ゴムの,大阪商品取引所のゴム指数の,東京穀物商品取引所の小豆,コーン,アラビカコーヒーの,関門(福岡)商品取引所のブロイラーの,横浜商品取引所の日本生糸の,各先物取引(以下「本件取引」という。)を委託し,被告は,これらを執行した。
(3) 被告従業員の関与
ア B(以下「B」という。)は,被告の従業員として被告前橋支店に勤務し,本件取引のうち平成12年4月28日から平成13年2月15日までの商品先物取引を被告の登録外務員(商品取引員の従業員であって,顧客に対し取引の勧誘を行い,顧客から注文を受ける者をいう。以下,同じであり,単に「外務員」という。)として担当した(乙7,弁論の全趣旨)。
イ C(以下「C」という。)は,平成13年2月,被告前橋支店支店長となり,本件取引のうち同月19日から同年4月27日までの商品先物取引を被告の外務員として担当した(乙8,弁論の全趣旨)。
ウ Dは,被告の従業員として被告前橋支店に勤務し,本件取引のうち平成12年6月13日から平成13年3月22日までの商品先物取引を被告の外務員として担当した(弁論の全趣旨)。
(4) 入出金の状況等
本件取引における平成12年4月28日から平成13年5月21日までの入出金状況は,別紙X氏入出金一覧表記載のとおりであり,原告は,被告に対し,本件取引の委託本証拠金及び委託追証拠金として合計3832万9030円を支払い,別途,帳尻損金充当金として181万8865円を支払い(合計4014万7895円),平成12年8月23日,被告から100万円の返金を受け,これにより,原告に3914万7895円の損失(委託手数料及び消費税相当額を含む。)が生じた。
2 争点
(1) 本件取引における各種義務違反の有無(争点1)
ア 適合性原則違反,商品先物取引不適格者に対する勧誘
イ 執拗な勧誘
ウ 説明義務違反,危険性不告知
エ 断定的判断の提供
オ 一任売買,無断売買
カ 新規委託者の保護義務懈怠,過大な取引
キ 無意味な反復売買,利乗せ売買,誠実公正義務違反等
(2) 損害発生の有無及びある場合の損害額,過失相殺の可否(争点2)
(3) 消滅時効完成の有無(争点3)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(本件取引における各種義務違反の有無)について
ア 適合性原則違反,商品先物取引不適格者に対する勧誘
(原告)
商品取引所法(以下「法」という。)136条の25第1項4号,受託等業務に関する規則(以下「規則」という。)3条5条1項1号は,商品先物取引に必要な知識,経験,資金が不十分な者に対する勧誘を禁止している。
原告は,相場変動要因を知る方法を持たず,これを知っても的確な分析をすることができない未経験者であり,また,原告の収入,資産の額及び資産の性格からすれば,預託資金を超える損失が発生する可能性のある取引に投入する資金を持たない者であり,本件取引に関して,商品先物取引をする者としての適格性を欠いていた。
しかし,被告は,被告従業員をして,原告に本件取引をさせており,同従業員の勧誘行為は違法であり,被告は,これにより原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(被告)
(ア) 知識,理解面における適格性としては,商品先物取引の基本的仕組みや危険性について理解していることが必要である。法は,商品取引市場の拡大に伴い,知識,情報,技術が乏しく,相場情報の収集力や分析力のない委託者が増えることを予定し,商品取引員側が委託者に相場材料や相場観等を提供して,その知識,理解を補完することを考えた。したがって,適格性の要件としての判断能力は,商品取引員側の提供する相場材料を参考に,その相場観を入れるか入れないかを,自由かつ主体的に判断することができる能力というべきであり,委託者の職業,年齢,社会経験,取引経験等は,知識,理解の程度や判断能力を計る上で考慮すべき付随的事情に過ぎない。
また,資力面における適格性については,資産管理能力が十分でない者が余裕資金(生活を営む上で欠くことのできない資金以外の自己資金)を欠いていた場合に適格性が否定されると解すべきである。
そして,当該取引における勧誘等の行為が違法となる場合とは,当該損失の全部又は一部の発生を当該委託者の自己責任に帰し得ず,かつ,自己責任に帰し得ない損失部分について商品取引員側の責任とするのが相当な場合でなければならないから,当該委託者が適格性を欠いていたというだけでは足りず,取引員側において当該委託者に適格性が欠けていることを認識していたことが必要である。
(イ) 原告は,本件取引当時,43歳であり,理解力,判断力に優れ,a社を自ら経営していて,本件取引開始前には,被告の従業員から商品先物取引の仕組みやリスク等について説明を受け,これらを理解することができた。また,原告は,経済事情に関心があり,新聞等により為替等の相場情報を入手し,BやCに対し,商品先物取引について自らの意見を述べたり,同人らが勧めた取引を断るなどし,相場情報,相場判断能力を有していた。
また,原告は,本件取引開始時,600万円程度の自動車を一括購入したり,日本刀のコレクションをするなどし,被告従業員には原告に余裕資金が豊富にあることがうかがえ,また,借金をしている事情はうかがえなかった。したがって,被告及び被告従業員には,原告が適格性を欠いているとの認識はなく,認識がないことについて重大な過失もなかった。
イ 執拗な勧誘
(原告)
法は,勧誘した顧客でその委託をしない旨の意思表示をした者に対する勧誘を禁止し,また,迷惑に感じさせるような仕方での勧誘を禁止しているが,Bは,原告が取引開始を断っていたにもかかわらず,執拗に勧誘し,事前の連絡もなく突然訪問して,原告が退去を求めても退去せずに勧誘した。
(被告)
否認ないし争う。
原告は,Bの勧誘に対し,米国の株安,ドル安の話をし,「もう少し考えてみる。」などと述べたことはあったが,勧誘自体を拒絶したことはなく,また,Bが原告から退去を求められたにもかかわらず,退去しなかったということはない。
ウ 説明義務違反,危険性不告知
(原告)
外務員は,商品先物取引の投機的本質,同取引により損失が発生する可能性,同取引の仕組み,委託追証拠金等について,事前に交付した書面に基づいて説明する義務を負っているが(規則4条1項3号,同条2項,5条4号),Bは,原告に対し,商品先物取引の仕組みや危険性を十分に説明しなかった。
(被告)
否認ないし争う。
Bは,本件取引開始に先立ち,原告に対し,金の値動きのチャート等の相場資料を示しながら,ニューヨークと東京の金価格の関連性等の一般的相場判断材料のほか,金相場の状況,材料等の具体的相場判断材料,見通しを説明し,また,金のパンフレットなどを示して,差金決済制度,限月制度,委託証拠金制度,追証や損益の計算方法,値幅制限,ハイリスク・ハイリターン性の説明,追証幅(追証が発生するまでの値幅),制限値幅等の説明をし,また,「商品先物取引委託のガイド」(以下「本件ガイド」という。),「まんがで読む商品先物取引」を示して,少額の委託証拠金で取引ができることから,元本以上の損失が生じることがあること,根洗悪化時の対処方法,メリット,デメリット等について説明し,原告の理解を得た。
エ 断定的判断の提供
(原告)
外務員は,「今が底値である。」,「絶対儲かる。」,「元本を保証する。」,「損はさせない。」など,相手方が利益が生じることが確実であると誤解するような断定的判断を提供して,勧誘することを禁じられているが(法136条の18第1号,2号),B,D及びC(以下,併せて「Bら」という。)は,原告に対し,「必ず儲かる。」,「損した分は必ず挽回します。」,「一発逆転があります。」と言って,各個別の取引を勧誘し,断定的判断を提供した。
(被告)
否認ないし争う。
断定的判断を提供したとして,外務員の勧誘行為等が違法となるためには,外務員が委託者に対し「確実に利益となる。」と言うなど,断定的判断を提供し,これにより当該委託者が当該取引における利益の客観的可能性について外務員の言葉どおりに誤信し,その誤信に基づいて当該取引をしたことが必要である。
本件取引において,Bらが原告に対し相場の見通し又は予想の範疇に属することを述べたことはあったが,将来の相場動向や利益獲得の確実性について述べたことはない。
そもそも,相場取引において確実に利益をあげることができないことは公知の事実であり,原告の属性や,原告が商品先物取引におけるリスクの説明を受けていたことを踏まえれば,原告が確実に利益が得られると誤信することはあり得ない。
オ 一任売買,無断売買
(原告)
法は,委託者をいわゆる食い物にする取引が生じることや,公正な価格形成が阻害されることを防止するため,外務員が一定の事項について指示を受けずに受託することを禁止している(法136条の18第3号,規則46条3号)。
原告は,先物取引の仕組み,対象商品の相場変動要因を知らず,情報収集能力,分析力もないため,本件取引のほとんどすべてをBらの指示に従って行っていた。Cは,「私が全部やりますから。Xさんはこちらで仕事やってて下さい。それで構いませんから。」などと言い,本件取引は被告従業員がそのすべてを取り仕切ることを前提にして進められた。また,被告従業員は,原告が明示的に拒否した取引を勝手に行うこともあった。
したがって,本件取引は,Bらが原告の指示を受けないまま行った無断売買であるか,実質的な一任売買である。
(被告)
否認ないし争う。
原告は,主体的に相場判断を行う知識や能力があり,商品先物取引が自己の判断と責任で行うべきものであることを理解した上,自らの判断で本件取引を行っていた。本件取引が一任売買としてされたことはない。
そもそも,一任売買が違法となるには,同売買と実際に生じた損害との間に相当因果関係があることが必要であるが,商品先物取引など相場取引においては,確実に将来を見通すことは不可能であり,委託者が自分の判断で取引を行っていれば当該損害は生じなかったという関係を見出すことはできないから,一任売買について損害を認め,商品取引員側に賠償責任を負担させることは不可能であり,また,「実質的な一任売買」という概念は,内容が不明確であり,外務員側の予見可能性を著しく害するから,違法性の判断基準としては不相当である。
また,本件取引において,無断売買がされたこともない。
カ 新規委託者の保護義務懈怠,過大な取引
(原告)
旧日商協の定めた受託業務に関する規則7条,「受託業務管理規則」参考例6条は,商品先物取引の経験のない委託者又は商品先物取引の経験の浅い委託者もしくはこれと同等と判断される委託者について3か月間の習熟期間を設け,同期間内の取引量を相応の範囲内にとどめるべきことを定め,この場合の取引量の上限を20枚としていた。
商品取引所法の平成10年改正に伴い,商品取引員各社は独自の受託業務管理規則を作成することになり,被告は,習熟期間を3か月間とし,取引量の上限を300万円とした。
また,規則3条3項は,商品取引員に対し,取引開始後,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らし,不相応と認められる過度な取引が行われることがないよう,適切な委託者管理を行うことを求めている。
本件取引は,取引開始から2か月が経過しない平成12年6月23日の時点において,金80枚,ガソリン10枚,灯油10枚の合計100枚,証拠金640万円の建玉となり,約定値段による総取引金額は1億2996万円となった。
そして,その後も本件取引における取引量は増え続け,平成13年1月5日の時点において,金36枚,白金649枚の建玉となり,約定値段による総取引金額は7億6591万4000円となった。
(被告)
被告の受託業務管理規則の新規委託者(商品先物取引経験のない取引開始後3か月以内の委託者)保護規定は,社内の責任(管理)体制の明確化を目的としたいわゆる内規であり,本証拠金額300万円以内という基準は,外務員の判断枠に過ぎず,被告はこれを超える数量の注文を管理責任者や総括責任者の管理下におくことにした。したがって,同基準を超えただけで,当該取引の勧誘行為が違法になるということはない。
取引数量が多いか否かという問題は,当該委託者の適格性との関係で,個別具体的に,かつ実質的に検討されるべき問題であり,当該取引数量を勧めた外務員の行為が違法であるといえるためには,同勧誘員側が把握していた委託者情報を基礎に判断される当該委託者の適格性の程度からみて,当該取引数量が明らかに不相応(過大)と判断され,委託者の自由かつ主体的な判断が介在したとはいえない事情が原因となって当該取引数量に至ったことが必要である。
原告は,本件取引時,十分な適格性を有しており,原告にとり本件取引数量が明らかに不相応であったと認めるに足りる事情はない。
キ 無意味な反復売買,利乗せ売買,誠実公正義務違反等
(原告)
(ア) 無意味な反復売買
手数料稼ぎの手段としてよく利用されるのは,「両建」,「直し」,「途転」,「日計り」,「不抜け」という取引手法であり,これらを総称して特定売買という。これらのうち,直しは,既存の建玉を仕切って同一日内に同じ建玉を建てることをいい,途転とは,既存の建玉を仕切って,同一日内に新たに反対の建玉を建てることをいい,日計りとは,1日のうちに,新たな建玉をし,それを仕切ってしまうことをいい,不抜け(手数料不抜け)とは,値動きによる売買差益では利益が出ているにもかかわらず,手数料がその利益を上回っているため,差引損益ではマイナスになっている場合をいう。
ところで,農林水産省のチェックシステム及び通商産業省のミニマムモニタリング(MMT。以下,両者を併せて「チェックシステム等」という。)によれば,取引特定売買比率については20パーセント以内,月間回転率については3回以内,手数料化率(売買差損益金額中手数料の占める率)については10パーセント程度が行政指導基準となるが,本件取引は,全823回のうち,特定売買は380回で,特定売買比率は46.2パーセントであり,月間回転率(建て,落ちを各1回と計算)は67回であり,手数料額は3682万8000円で,手数料化率は92.8パーセントであって,いずれも上記基準を大幅に上回っており,無意味な反復売買がされたものとして,同取引に関する被告従業員の勧誘行為は全体として違法である。
(イ) 利乗せ売買
利乗せ売買は,顧客の証拠金全額を使って取引をし,利益の出た玉は仕切って利益を上乗せして取引量を増やす取引であり,商品取引員にとっては,資金の流出を防ぐことができ有利であるが,顧客にとっては,予想と反対に値が動いた場合,それまでの利益も損になるから,危険で無謀な手法といえるところ,本件取引では,その前半に差引益をあげた多数の取引があるが,その利益のほとんどは次の取引の証拠金に組み入れられ,取引量が拡大していった。
(ウ) 誠実公正義務違反
商品先物取引において,顧客は高額の委託手数料を商品取引員に支払わなければならないから,取引回数が多くなれば,たとえ売買取引により利益が発生しても,委託手数料がかさみ,差引損となることがあり,顧客と商品取引員の利害が対立する。そのため,法は,商品取引員は顧客に対し誠実かつ公正にその業務を遂行しなければならないとしているが(法136条の17),被告は,本件取引において,上記義務に違反し,仕切ったその日に同一又は別の商品を建てることを繰り返した。
(エ) 両建て
本件取引では両建てが行われているが,両建ては,無意味な取引であるばかりでなく,損失の現実化を先延ばしにして損害の発生を見えにくくし,委託手数料収入を倍増させるものであり,顧客の犠牲によって商品取引員が利益を得る不公正な取引である。
なお,同一商品であれば,限月が異なっても同じような値動きをし,枚数が異なっても重なる限度で不公正が生じるから,異限月,異枚数であっても不公正取引といえる。
(被告)
(ア) 無意味な反復売買について
前記チェックシステム等は,個々の委託者の取引についてその適否を判断するためのものではなく,また,特定売買を問題のある取引とみてこれを規制するためのものでもない。
特定売買比率,月間回転率,手数料化率だけで,当該勧誘行為等の当不当を判断することはできず,当該取引時の相場動向,注文経緯など,個々の事情が考慮されなければならない。
特定売買は,いずれも合理性のある取引手法である。直しは,①手仕舞って利益を確保し,更に利益を得ようとする場合(利益確保の目的),②手仕舞って生じた利益を証拠金に振り替え,更に建玉を増やそうとする場合(利乗せの目的),③限月間に値動きの違いがあるときに,有利な値動きが予想される限月に乗り換えようとする場合,④当限になって値段の回復が見込めないが,先に延ばせば値段の回復が見込まれるときに先限に乗り換えようとする場合など,様々に利用され,途転は,相場が当初の思惑と逆の方向に現に動き始め,又は動く可能性が高いと予測された場合,損の発生を防止し,又は更なる利益を追求する目的で,当初の玉を仕切り,それと反対のポジションの玉を建てることであり,委託者にとって無意味又は不利益なものではなく,日計りは,相場の急変を恐れ,玉を建てたその日のうちに僅かでも利益を上げておくときや,建玉直後に思惑が外れて相場が逆に進んだ場合に損の拡大を防ぐためにその日のうちに手仕舞いする(取引を終了する)対処法であり,無意味な取引ではない。また,不抜けであっても,手仕舞いにより,より大きな損失を防ぐことになるのであり,無意味なものではない。
原告は本件取引における特定売買比率が高い旨主張するが,被告が正当な理由もなく委託者の犠牲のもとに委託手数料収入を増やしたということはなく,本件取引は,原告の主体的判断によってされている。
原告は月間回転率を1か月当たりの仕切り件数により割り出すが,売買の回転は建てた玉がすべて落ちることをいうから,1度に100枚建てた玉を1枚ずつ100回に分けて仕切っても1回転であることには変わりがない。正式な売買回転率は,「月間売買枚数÷月末残玉÷2」という計算式で求められる。
また,手数料化率には意味がなく,取引が利益を出せば算出できないものである。また,当初から思惑が外れ,取引回数が少なく,そのため,委託手数料が少ない場合は手数料稼ぎとの評価はされにくくなるが,思惑が当たり取引を継続し,終盤に思惑が大きく外れて全体で若干の損となった場合には手数料稼ぎと評価されやすくなり,不合理である。
(イ) 利乗せ取引について
利乗せ取引は,新たな入金を伴わずに利益の拡大を狙うことができる取引手法であり,合理性がある。
原告は,本件取引開始前,利乗せ増し玉をすれば追証発生時の不足金額が大きくなり,損失発生時の損失が大きくなることを十分に理解していた。また,原告は,数百万円の返還可能額を残して売買していたから,利乗せ売買に関する違法性は問題とならない。
(ウ) 誠実公平義務違反について
否認ないし争う。
(エ) 両建てについて
両建ては,建玉が損計算となった段階での対処方法の一つであり,他の対処方法として,「損切り」,「追証入金」,「難平(なんぴん)」がある。損切りは,単なる計算上の損失(根洗損)を現実の損失に確定させてしまうので,直ちに損失を確定させたくないときには選択されない。また,追証入金,難平は,相場が思惑と逆の方向に進んだときには,2度,3度と入金しなければならず,入金を嫌うときには選択されない。これらの場合,損計算になった建玉を当面はそのまま維持し,相場の回復に期待して対処するという両建てが選択される。両建ては,その時点で損失を一旦固定化することができ,かつ,既存の建玉を現実に損切り処分するのではなく,将来に利益を生む可能性があるものとして残しつつ,相場の模様を冷静に眺め得るというメリットがある。
(2) 争点2(損害発生の有無及びある場合の損害額,過失相殺の可否)について
(原告)
ア 損害について
(ア) 取引損 3914万7850円
本件取引において,原告に3914万7850円の損失が生じた。
(イ) 慰謝料 300万円
原告は,被告従業員の違法行為(以下「本件違法行為」という。)により,前記(ア)の取引損に相当する損害を被った。そのため,原告は,預金をすべて失い,母名義の預金も解約し,多額の借入金債務を負い,所有する農地を手放すことも考え,ノイローゼ状態となり,平成14年10月13日には妻と離婚するなどして,多大な精神的苦痛を受けた。同苦痛を慰謝するのに相当な金額(慰謝料額)は300万円を下らない。
(ウ) 弁護士費用 450万円
原告は,被告に対し損害賠償請求をするため,原告訴訟代理人に本件本訴の提起と訴訟追行を委任し,報酬を支払うことを約した。
弁護士費用のうち,450万円をもって,本件違法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
イ 被告の主張について
否認ないし争う。
(被告)
ア 損害について
争う。
イ 過失相殺
仮に,被告従業員の行為に違法性があり,被告が原告に対し損害賠償責任を負うとしても,原告の損害発生については原告にも過失があるから,損害賠償請求についてその割合に応じた過失相殺を施すのが相当である。
(3) 争点3(消滅時効完成の有無)について
(被告)
本件取引の手仕舞日は平成13年4月29日であり,原告はその時点で損害及び加害者を認識し,その後,平成16年4月29日が経過した。
被告は,平成18年10月31日の口頭弁論期日において,原告に対し,上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(原告)
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 前記前提事実,証拠(甲2,3,15,乙1ないし4,5の1及び2,6,19,20の1ないし14,21の1ないし1,22の1ないし4,23の1,24,26,証人B,証人C,原告本人,調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1) 原告の経歴等
ア 原告は,昭和32年○月○日生まれの男性であり,高校を卒業した後,自動車整備工場に就職し,昭和61年から,従業員を雇わずに,a社の名称で自動車整備業を営むようになり,本件取引開始時は43歳であった。
イ 原告は,本件取引より前に商品先物取引をしたことはなかった。
ウ 本件取引開始時の原告の年収は約500万円であり,財産として,預貯金約2000万円及び父から相続した農地を所有していた。
(2) 本件取引を始めた経緯
ア 平成12年1月,Bは,原告に電話をかけ,商品先物取引の案内をしている旨告げた。このとき,Bは,原告と金の商品取引や為替の話をした。Bは,原告に対し,「営業で近くに行くこともあるので,そのときはご説明にうかがわせてください。」と言い,その後,被告の会社案内,国内やニューヨークの金のチャート,日本経済新聞の商品記事,時事通信(J-COM),東京工業品取引所作成の金のパンフレットを郵送した。
イ 同年2月ころ,Bは,予め原告に電話をかけ,午後6時ころの,原告の仕事が終了する時間帯に訪問することを告げ,了解を得た上,原告の経営する自動車整備工場(以下「本件工場」という。)を訪問した。Bは,原告に対し,パンフレットやチャートを示しながら,金の状況,日本とニューヨークの金価格の連動性,株式と金の逆相関係,為替との関連性など,一般的な相場判断材料について説明し,商品先物取引について,パンフレットを用いたり,図示したりしながら,差金決済制度,限月制度,現物取引と異なる委託証拠金制度,金自体の証拠金,値幅制限,手数料,追証幅,少額の資金で取引できるが,思惑と違った場合には元本以上の損がでること,ハイリスク・ハイリターンの取引であることなどについて説明した。このとき,Bは,原告に対し,「商品先物取引によれば,少ない資金で大きな額の取引ができ,大きな利益が得られる。」と言って,商品先物取引をすることを勧誘した。原告は,Bに対し,「被告以外からも商品先物取引のセールスが来ている。」と言った。Bは,原告が商品先物取引をしたいとは明言しなかったものの,同取引に関心があると思い,原告に対し,「商品先物取引の開始を前向きに考えてください。」と言った。原告からは,Bの勧誘を断る旨の発言はなかった。
ウ 同年4月27日,Bは,予め原告に電話をかけ,訪問について了解を得た上,上司のE(以下「E」という。)とともに,本件工場を訪問し,原告に対し,商品先物取引の勧誘をした。Bは,原告に対し,原告に送付した資料と同じ資料を用いて,金価格の先行き見通しや,相場判断材料等について説明した。原告は,BとEに対し,商品先物取引を開始する旨の意向を示し,金10枚の買建てをすることにし,翌28日に証拠金として75万円を用意する旨を告げた。
Bは,その後,原告に対し,本件ガイド(乙5の1)と,まんがで読む商品先物取引(乙6)を渡し,改めて,限月制度,差金決済制度,委託証拠金制度,その種類,意味,追証や損益の計算方法,値幅制限,建玉制限,代金総額の5ないし10パーセントの委託証拠金で取引することができるため,元本以上の損失が生じることがあること,そのため,余裕資金の範囲内で自己の判断と責任で取引すべきことなど,商品先物取引の仕組みやリスクに関する説明をするとともに,金自体の本証拠金額,倍率,手数料額,手抜け幅,追証幅,制限値幅,立会時間や損切り,追証入金,難平,両建といった根洗悪化時の対処方法の意味,そのメリット・デメリットの説明をした。
本件ガイドの表紙裏には,太線枠に囲まれた部分に,「この「商品先物取引・委託のガイド」は,商品取引所法136条の19の規定に基づき,取引の受託又はその取次ぎに係る契約の際あらかじめ委託者に交付することが義務付けられている書面です。あなたは,この書面の内容を十分に読んで,商品先物取引を注意深く研究してそのしくみを十分に理解した上で取引を行う必要があります。取り次ぎについては,「取次用別冊」が交付されますので,同様にその書面の内容を十分に読んで下さい。」と記載され,本文には,商品先物取引のしくみについて,商品先物取引が差金決済取引であり,ハイリスク・ハイリターンな取引であることや,商品取引所における取引ルール(取引単位と呼値,取引限月,立会時刻),商品先物取引の危険性,委託証拠金の預託,取引中の留意点(建玉の値洗い,委託追証拠金等),取引にあたって注意すべき事項等が記載され,末尾には玉,仕切り,手仕舞い,建玉(たてぎょく),成行(なりゆき),難平,両建て等の用語解説が掲載されていた。なお,本件ガイド中の商品先物取引の危険性を説明した箇所には,太線枠内に「商品先物取引の危険性について 1 先物取引は,利益や元金が保証されているものではありません。また,総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため,多額の利益となることもありますが,逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性もあります。 2 相場の変動に応じ,当初預託した委託証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を預けなければならなくなることがあります。また証拠金を追加したとしても,さらに損失が増え,預託した証拠金全額が戻らなくなったりそれ以上の損失となることもあります。 3 商品取引所の市場管理措置により値幅制限や建玉制限がありますので,あなたの指示に基づく取引の執行ができないことがあります。」と記載され,取引に当たって注意すべき事項を説明した箇所には,「商品先物取引の委託契約を締結するにあたっては,次に掲げる事項から苦情や紛争へと発展するケースが多いので特にご注意下さい。これらの多くは,前章で説明したとおり法令や自主規制規則で禁止されている行為であり,それらの行為がなされたことが立証されれば商品取引員や登録外務員が行政や自主規制機関から処分されることになります。これらの事例に該当するようなことがあった場合には,躊躇することなく商品取引員の管理部等の顧客担当部署又は日本商品先物取引協会の相談センターにお申し出下さい。」,「(1)早朝深夜の電話や訪問,職場への執拗な勧誘など迷惑な勧誘を行うことは法令により固く禁止されています。あなたの意思に反してそのような勧誘を受けた場合は,勧誘を止めるようはっきりと断ってください。」,「(2)諾約書などの必要書類を差し入れ,委託証拠金を預託した後,あなたが具体的な売買の指示をしたあとでなければ取引は始まりません。もし,あなたがそのような手続きを行う前に「すでに建玉されていてあなたの取引は始まっています」「お金を入れなければ止められない」などと言われることがあっても,実際に取引が始まっていることはありません。仮に何らかの取引が成立していたとしても,その取引は登録外務員(商品取引員)が無断で行っていることに過ぎないので,取引に係る民事上の一切の責めは登録外務員(商品取引員)が負うことになります。」,「(3)約諾書を差し入れるという行為は,これから行う取引の結果についてすべてあなた自身が自ら責任を負うとの前提に立った契約です。また,商品先物取引は元金や利益が保証されたものではありません。したがって,「絶対儲かります」「利益を保証します」などと言葉巧みに勧誘されたとしても,それを鵜呑みにして取引をしないようご注意下さい。」等と記載されていた。
また,まんがで読む商品先物取引は,まんがを用いて商品先物取引の仕組みや損失リスクを説明したものであり,末尾には,「北辰物産からのお願い」との表題のもと,被告が取引開始後に送付する売買報告書及び売買計算書は日をあけずに内容を確認し,それが指示した内容と異なる場合は,直ちに本社営業管理部に連絡するようにとの要請事項が掲げられるとともに,商品先物取引の理解についての確認書と題する,「私は,本書により「商品先物取引の仕組み」と「損失リスク」等について貴社の___外務員より説明を受け理解しました。商品先物取引を行う場合は,自らの責任と判断に基づいて取引いたします。」と記載された2枚綴りの確認書(以下「本件確認書」という。)が印刷されていた。
Bは,原告に本件ガイド等を渡す際,「後で読んでおいてください。」と言った。
また,Bは,原告に対し,口座設定申込書(乙2。以下「本件口座設定申込書」という。),本件確認書(乙3)に必要事項を書き込み,署名捺印するよう求めた。原告は,本件口座設定申込書の職業欄の自営業に丸印を付け,300万円以上,500万円以上,1000万円以上等の選択肢が記載された年収欄の300万円以上に丸印を付け,住まいの欄の持家(自己所有)の箇所に丸印を付け,資産状況欄の預貯金の箇所に約300万円と,不動産の箇所に約2000万円とそれぞれ記載し,取引経験欄の経験なしに丸印を付けて署名捺印し,本件確認書の下線部分にBの氏名を記載し,末尾の日付の箇所に平成12年4月27日と記載し,署名捺印した。Bは,原告に対し,本件口座設定申込書及び本件確認書の控えを渡した。
Bは,その後,被告前橋支店に戻り,原告の顧客カードを作成した。Bは顧客カードに,会社名a社,役職名社長,年収450万円,取引資金200万円と記載した。Bは,本件口座設定申込書,本件確認書及び顧客カードを管理責任者F(以下「F」という。)に提出した。被告社内における審査の結果,原告は商品先物取引の適格者であると判断された。
エ 同月28日,Bは,原告の自宅を訪問した。Bが原告に商品先物取引を開始する意思があるかどうか確認したところ,原告は,開始する旨答えた。
Bは,原告に対し,「私は貴社に対し,下記商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で同取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との記載がある約諾書(以下「本件約諾書」という。)に署名捺印するよう求め,原告は,これに応じた。
原告は,同日,Bに対し,現金75万円を預けた。
オ 同日,原告は,金10枚買建ての注文をし,同日,取引が成立した。
(3) 本件取引の経緯
ア 平成12年4月28日から平成13年4月27日まで,別紙建玉分析表記載の合計823回の取引(本件取引)が行われた。
イ この間,Bらは,原告に対し,ほぼ毎日電話をかけた。
ウ 原告は,Bらに電話をかけ,成立した売買の値段を確認した。
エ 原告は,本件取引の間,B及びCが助言等をして勧めた取引について,「しばらく様子をみる。」などと言って,これを断ったことがあった。
オ 原告は,被告から,取引ごとに委託売付買付報告書及び計算書(以下「売買報告書」という。)を受け取ったほか,毎月,残高照合通知書の送付を受けていた。原告は,同通知書とともに送られてくる回答書に署名捺印だけをして,返送した。
カ 平成12年6月16日,Fは,被告管理総括責任者G管理部長(以下「G管理部長」という。)宛てに超過認定申請書(乙22の1)を作成し,本証拠金追加認容範囲額を360万円とする超過認定の申請をし,申請書の申請理由欄に「取引内容は充分理解されており,会社経営者で判断力,資金力共に問題無いと思われます」と記載した。
Fは,同月21日,同様に,本証拠金追加認容範囲額を480万円とする超過認定の申請をし(乙22の2),同月23日,同様に,同金額を675万円とする申請をし(乙22の3),同年7月26日,被告管理総括責任者H管理部長(以下「H管理部長」という。)宛てに,同金額を720万円とする申請をした(乙22の4)。
上記申請はいずれも被告管理部長によって認定されたが,同年6月23日付けの申請に対し,G管理部長は,認定書(乙22の3)の認定理由又は条件付き認定欄に「資金面の再調査する事」と記載し,同年7月26日付けの申請に対し,H管理部長は,認定書(乙22の4)の同欄に「建玉管理には充分注意のこと」と記載した。
(4) 本件取引の終了
原告は,平成13年4月27日をもって本件取引を終了した。
(5) 原告と他社との取引
ア 原告は,平成13年12月から平成15年2月までの間,光陽トラスト株式会社に対し,商品先物取引を委託し,約2300万円の損失を出した。
イ 原告は,平成15年2月から平成16年3月までの間,ひまわりシーエックス株式会社に対し,商品先物取引を委託し,約550万円の損失を出した。
(6) 本件取引終了後のやり取り
平成16年2月,原告は,被告に対し,Bの勧誘に問題があったことなどを内容とする手紙を出した。
2 争点1(本件取引における各種義務違反の有無)について
(1) 適合性原則違反,商品先物取引不適格者に対する勧誘について
前記1の認定事実によれば,原告は,本件取引開始時43歳であり,高校を卒業した後,自動車整備工場に就職し,昭和61年には独立して自ら自動車整備工場を立ち上げ,以来,本件取引開始時まで,約14年間にわたり,a社の名称で自動車整備業を営み,年収は約500万円で,約2000万円の預貯金を保有し,父から相続した農地を所有していたこと,そして,Bが勧誘してきた時には,同人と金の商品取引や為替の話をし,同取引や経済事象に関する興味や知識を示したこと等が認められが,同認定事実を考慮すれば,原告は商品先物取引の基本となる委託証拠金制度や売買両建玉を行うことについて理解する能力を有し,資金的にも問題がなかったと認めることができる。
したがって,適合性原則違反等に関する原告の主張は理由がない。
(2) 執拗な勧誘について
原告は,Bが原告が取引開始を断っていたにもかかわらず,執拗に勧誘し,事前の連絡もなく突然訪問して,原告が退去を求めても退去せずに勧誘した旨主張するが,これを認めるに足りる適切な証拠はない。かえって,前記1(2)の認定事実(本件取引を始めた経緯)を前提にすれば,Bに違法性が認められる執拗な勧誘行為はなかったことを推認することができる。
(3) 説明義務違反,危険性不告知について
原告は,Bが原告に対し商品先物取引の仕組みや危険性を十分に説明しなかった旨主張するが,前記1(2)の認定事実(本件取引を始めた経緯)によれば,Bは原告に対し必要な説明をしたと認めることができる。
(4) 断定的判断の提供について
原告は,Bらが原告に対し「必ず儲かる。」,「損した分は必ず挽回します。」,「一発逆転があります。」と言って,各個別の取引を勧誘し,断定的判断を提供した旨主張するが,原告がBらの言辞を信じ,これにより特定の取引をしたことについてはこれを認めるに足りる適切な証拠がない。
前記1(1)の認定事実(原告の経歴等),同(2)の認定事実(本件取引を始めた経緯)及び同(3)の認定事実(本件取引の経緯)によれば,原告は,商品先物取引が相場変動によるリスクを伴うものであることを理解していたことを推認することができ,また,原告は,Bらが利益が上げられるとして勧める取引を自らの判断で拒否しているのであり,断定的判断に関する原告の主張は採用することができない。
(5) 一任売買,無断売買について
原告は,本件取引は,Bらが原告から指示を受けないまま行った無断売買であるか,実質的な一任売買である旨主張する。しかし,前記1(3)の認定事実(本件取引の経緯)によれば,Bらはほぼ毎日原告に電話をかけ,原告の意向を確認していたこと,原告は成立した売買の値段をBらに確認していたこと,原告は被告から送付される売買報告書,残高照合通知書により,建玉内容及び損益状況を知ることができたが,原告が被告に対し建玉内容について苦情を述べたことはなく,残高照合通知に添付された回答書は署名捺印だけして返送しているのであり,これらのことを考慮すれば,本件取引が原告に無断で,あるいは実質的な一任売買としてされたと認めることはできない。
(6) 新規委託者の保護義務懈怠,過大な取引について
証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,本件取引時,被告は,その内部基準である管理規則において,先物取引経験のない委託者に対しては,取引開始後3か月間を習熟期間とし,その期間内は本証拠金300万円を超えた受託ができない旨定めていたことが認められる。
上記管理規則は,被告の内部規定ではあるが,新規委託者の保護育成を図るため,習熟期間において過大な取引が行われないようにしたものであり,その趣旨は,委託者に対する商品取引員の一般的な注意義務を構成するものと解されるから,この趣旨に著しく反するような過大な資金投下をさせることは違法であり,委託者との関係において不法行為を構成するというべきである。
前記1(3)の認定事実(本件取引の経緯)によれば,原告の取引資金は,本件取引開始に当たりBが作成した顧客カード上,200万円となっていたが,取引開始から1か月半後には被告管理総括責任者宛てに本証拠金の上限を増額させる超過認定の申請が相次いで出され,取引開始から3か月が経過する直前には,申請は本証拠金を720万円まで広げるものとなっていた。そして,同各申請に対し,同責任者である管理部長は原告の資金面の再調査を指示したり,建玉管理に充分な注意をすることを求めたが,Bらが適切な資金面の調査をしたことについては,これを認めるに足りる証拠,あるいは事実関係は認められず,Bにあっては,その証言において,原告が借金をしているような様子もなく大丈夫だと思ったなどと述べている。そして,本件取引は,取引開始から2か月が経過しない平成12年6月23日の時点において,金80枚,ガソリン10枚,灯油10枚の合計100枚,証拠金640万円,約定値段による総取引金額1億2996万円の建玉となり,平成13年1月5日の時点では,金36枚,白金649枚,約定値段による総取引金額7億6591万4000円の建玉となった(前記前提事実(2)(取引の概要),(4)(入出金の状況))。また,本件取引による損失中,手数料が占める割合は92.8パーセントとなったが(同(2),(4)),本件取引において被告が主張するような利益を出していたが,最後になって大きな損を出したというような状況は認められない。そして,本件取引における特定売買比率は46.2パーセントに達しているが,根洗損が出ていない状況で両建てがされるなどしている。これらの事実関係を踏まえれば,本件取引における被告従業員の勧誘等の行為には,新規委託者の保護の趣旨に著しく反するような過大な資金投下をさせた違法があったと認めるのが相当である。
(7) 被告の損害賠償責任について
以上によれば,その余の義務違反について判断するまでもなく,本件取引全体が原告に対する不法行為であり,Bらの行為は被告の事業の執行についてされたものであるから,被告は民法715条により原告の受けた損害を賠償する責任があると認められる。
3 争点2(損害の有無及びある場合の損害額,過失相殺の可否)について
(1) 取引損について
本件取引により,原告に3914万7895円の取引損が生じた(前記前提事実(3))。
(2) 慰謝料について
原告が本訴請求により一定限度で被害の回復を図ることができること,本件取引による損害発生について原告にも一定の落ち度が認められること(後記(3))を考慮すれば,原告が被告従業員の違法行為及び損害発生等により精神的苦痛を受けたとしても,これをもって金銭賠償により慰謝されるべきものと認めることはできない。
(3) 過失相殺について
前記1(1)アの認定事実(原告は,昭和32年○月○日生まれの男性であり,高校を卒業した後,自動車整備工場に就職し,昭和61年から,従業員を雇わずに,a社の名称で自動車整備業を営むようになり,本件取引開始時は43歳であったこと),同(2)の認定事実(原告は,Bの複数回にわたる訪問を受け,商品先物取引に関する資料や本件ガイド,まんがで読む商品先物取引等を渡されて,同取引に関する説明を受けたことなど),同(3)の認定事実(本件取引の間,原告がBらに電話をかけ,成立した売買の値段を確認したり,Bらが助言等をして勧めた取引を,「しばらく様子をみる。」などと言って,断ることがあったこと,被告から取引ごとに売買報告書の送付を受け,取引内容を把握し得たことなど)を考慮すれば,原告は,本件取引において,自らの判断で取引を停止し,損害の拡大を防ぐことができたといえ,これをせずに本件取引を継続させ,前記(1)の損失を生じさせたことについては,原告にも落ち度があったといわざるを得ない。そして,上記事実関係等,本件に表れた諸般の事情を考慮すれば,原告に生じた損害のうち4割について過失相殺をするのが相当であり,これによれば,原告の本件取引による損害額は2348万8737円となる。
(4) 弁護士費用 235万円
弁論の全趣旨によれば,原告は本件損害賠償請求をするために原告訴訟代理人に訴訟提起とその追行を依頼し,弁護士費用を支払うことを約したことが認められるが,本件事案の内容,訴訟追行状況,審理経過,損害額等を考慮すれば,同費用のうち235万円をもって,前記不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(5) 合計 2583万8737円
4 争点3(消滅時効完成の有無)について
消滅時効は権利を行使することができる時から進行する。この点,被告は,本件取引の手仕舞日は平成13年4月29日であり,原告はその時点で損害及び加害者を認識したから,消滅時効期間は同日から進行する旨主張するが,原告の損害が取引によって生じていること,原告は,本件取引期間中,被告に対し被告従業員の勧誘等について苦情を述べたことがなく,他の業者との取引を経た後の平成16年2月に至って,被告に対しBの勧誘等に問題があった旨記載した手紙を送り(前記1の認定事実),その後,弁護士に依頼して本件訴訟を提起していることを考慮すれば,被告主張の時点では,原告は本件取引について被告に対し損害賠償請求できることを認識しておらず,権利行使もできなかったと認めるのが相当である。
したがって,被告の前記主張は採用することができない。
第4結語
以上によれば,本訴請求は,被告に対し2583万8737円及びこれに対する平成13年4日27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣田泰士 裁判官福士利博は転補のため,裁判官堤恵子は差し支えのため署名,押印することができない。裁判長裁判官 廣田泰士)
<以下省略>