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前橋家庭裁判所桐生支部 昭和35年(家)415号 審判 1961年7月06日

申立人 安井利子(仮名)

相手方 安井喜八(仮名)

主文

申立人の本件申立を却下する。

理由

本件申立の要旨は「申立人は相手方と昭和二十四年に結婚しその間に長男正(昭和二十五年二月十一日生)二男伸二(昭和二十六年十二月五日生)長女恵子(昭和二十九年三月十二日生)の三児が出生したが、昭和三十五年家(イ)第二三乃至二五号離婚、財産分与、親権者指定調停事件の同年六月十七日の調停期日に調停離婚となり前記三名の子の親権者は申立人に指定された。その際子の養育料については別紙調停条項第七項のとおり一部合意ができたが今日なお右土地建物は売却されずかつその余の扶養義務については何等の具体的調停はなされていない。以上の経過に鑑み申立人はこのままでは三子の扶養を充分できないので、相手方に対し前記三子が各成人に達するまでの間三名平等の割合で毎月合計金計金一万円の割合による養育料の支払を求める」というのである。そして本件は先に調停の申立がなされたが右調停に不成立に終つたので調停申立の時に審判申立があつたものとみなされたものである。

まず子の養育料請求の審判申立につき申立人に当事者適格があるか否かの点につき判断する。

離婚後の未成年の子の養育費用の問題は民法何条によるべきかについて問題とされている。抑々扶養義務の中には親族間のいわゆる生活扶助義務の外に夫婦間、親と未成年の子の間の生活保護義務とがあり、民法第八七七条はこの両者を含むとするのが通説のようであるが、扶養義務を右のように二分しながらも同条は生活保持義務を含まないとする有力な説もあるし、生活扶助生活保持というのは程度の差に過ぎないとする見解もあるようである。ところで親の未成年の子に対する扶養については明瞭な規程を欠いているかに見える。親権の内容としての監護教育の義務(民法第八二〇条)にはそれに必要な費用の負担の問題は含まれていないし、離婚に際しての監護者の監護義務(民法七六六条)にはその費用の負担の問題は含まれていないで「監護について必要な事項」に含まれているに過ぎないと解される。ただ父母の婚姻中は未成年の子の養育費用の問題は夫婦間の婚姻費用(民法第七六〇条)の問題とされ夫婦が互に相手方に対しての養育費用分担を家庭裁判所に請求できることになつており、(家事審判法第九条乙類三号同規則第五一条)離婚に際しては子の養育費用は子の監護について必要な事項として父母が協議して定め、その協議が調わないときは父母が当事者となつて互に相手方に対し家庭裁判所に子の監護について相当な処分として扶養料の給付を求めることができることになつている(民法第七六六条家事審判法第九条乙類四号同規則第五二条乃至五五条)。当裁判所は親の未成年の子に対する扶養義務の根拠は一般に親はその子を共同して扶養しているという歴史上の発展段階においては親は子を共同して扶養すべきであるという一般当為の命題が成立し、これが法律上の生活保護義務として観念せられているものと考える。この義務は歴史上の現象として自然的血縁的関係を基礎にして発生する当為の義務であるから実定法以前の段階の義務であり実定法も当然のことと考えてこれにつき明瞭な規定を置かなかつたものと思われる。このように解すると婚姻関係が不幸にして破綻した場合においても子の扶養に関する限り父母の共同扶養の義務には何等の影響はないものと解すべきである。従つて離婚後においても一方の父母から相手方に対し未成年の子の扶養料を請求しうるものと解すべきである。蓋し、離婚に際し当事者間にこの点の協議が成立しない場合や家庭裁判所がこの点のみ審判を留保する場合もありえようし、それらの場合と雖も右のように実体上の扶養義務には何等の変化はないと解せられるのであるから、手続上も従前と同様の方法でこれをすることができると解して何の支障もないからである。(ちなみに民法第八七七条以下の規定はいわゆる生活保持義務を除外しているとは解せられないので、未成年の子を申立人として親権者たる父又は母が法定代理人として他方に対し扶養料の支払を求めることができることはいうまでもない。)従つて本件申立人は当事者適格を有するというべきである。

本件までに当事者双方の間に生じた経過は次のとおりである。

申立人と相手方とは昭和二十四年結婚し申立人主張の三子をもうけたが、昭和三十五年一月十一日申立人から相手方に対し当庁同年(家イ)第三号別居等申立事件を申立て別に申立人から相手方に対し同年四月十八日当庁同年(家イ)第二三乃至二五号離婚・財産分与・親権者指定の申立をし同年六月十七日の調停期日に別紙のとおりの調停条項により調停が成立した。その後同年七月十一日右別居申立事件は取下げられ同日申立人より相手方に対し同年(家イ)第三四、五四号養育料・慰藉料請求の調停申立がなされた。その間別紙第七項の家屋から申立人が退去しないとのことで双方に紛争が続いたが同年九月八日当事者間に和解が成立し申立人は右家屋から退去した。更に申立人は相手方に対し離婚による慰藉料及び扶養料内金一〇〇、〇〇〇円の執行を保全するため同年七月二十七日当庁同年(ヨ)第一七号不動産仮押差の申請をし、別紙第七項記載の不動産の仮差押決定がなされその異議事件において右決定は認可され確定した。その後同年十月十八日(家)第二八一号氏の変更申立事件において申立人の氏を現在の安井に変更する許可がなされた。その後前記養育料・慰藉料調停申立事件は同年十一月一日不成立となり養育料請求につき調停申立のときに審判の申立があつたものとみなされて当庁昭和三十五年(家)第四一五号事件として系属しているのが本件である。

さて、以上の各記録特に別紙調停事件記録中の家庭裁判所調査官三田正夫の調査報告書(右記録中の資料を含む)及び本件における同人の報告書(右同)と当事者双方審問の結果を総合すると次のことが認められる。

別紙調停成立当時以後申立人は引続き前記三子を手許に引取り養育しているのであるが、現在三子は小学校六年生、四年生、二年生でその養育費用は三名で一五、〇〇〇円程度必要である。申立人は現在別紙調停でその所有となつた右調停条項第三項所定の不動産及び第四項の電話加入権を有し、右の家屋番号稲荷町○○○番の五店舗一棟建坪九坪を昭和三十五年八月費用一〇〇、〇〇〇円を借りて一三坪に増築し、同所において使用人一名を雇つてその前から申立人が主となつて営んでいた「小川食堂」を営んでおり、別紙調停成立当時以降申立人の努力により順調に営業は発展し、現在では家具家財等約一三〇、〇〇〇円相当ありその他にもテレビを家庭用として設備している状態である。消極財産として右営業上の負債約五六、〇〇〇円前記増築金負債一〇〇、〇〇〇円実父からの借金三〇、〇〇〇円を有し、売掛金中取立不能の債権約三〇、〇〇〇円があるが、最近では営業上の月売上は七〇、〇〇〇円を下らないので経費を差引いても生活は漸く向上安定し、三子を抱えての生活ではあるが何とか自活しえているところである。これに反し相手方は、別紙第七項の土地建物(時価約七〇万円前後相当)と、右調停前から営んでいたネクタイ卸行商の売れ残り品が時価一三四、〇〇〇円余予金一三二、〇〇〇円余未回収の債権一〇七、〇〇〇円余を有するが、婚姻中ネクタイ商に失敗して生じた債務中金融機関その他への債務約三〇〇、〇〇〇円問屋への債務三六二、〇〇〇余円を有し、現在はネクタイ商もやめ、伊勢崎市内店舗を借りて開いていたネクタイ店も営業不振と賃借期間も終つたので閉鎖し、昭和三十五年七月以来朝日新聞社桐生専売所事務員として現在月給一〇、〇〇〇円の収入と前記売掛未収債権の取立とで生活しているが、前記負債の弁済とその利息の支払に追われ、経済的精神的の窮迫している状態にある。ところで相手方にとつては別紙第七項の土地建物は唯一のまとまつた財産であるのでこれを売却して負債の整理に当てかつは同項の義務履行を果して再起しようとしているのであるが、これが相手方の金融機関からの債務の担保となつていることと前記のように申立人が仮差押をしている関係もあつて今まで売却できなかつたというのが実情である。

右双方の事情を比較考量すると、申立人が三子の養育費を全額負担している現状は決して余裕あるものとはいえないけれども、尚生活程度は相手方に比し高いものといわなければならず、相手方の現状においては同人から更に養育料を求めるのはあまりにも酷といわなければならない。別紙調停成立当時更には本件調停申立当時においては申立人の生活は現在より低かつたとはいえ、爾後順調に発展していることにも照し、現在より悪い状態にあつた相手方に比すれば尚生活程度は高かつたものと認められる。別紙調停において財産分与として当事者双方に財産が分属された際三子の親権者監護者を申立人とすると共に、その後の双方の生活を慎重に併せ考えて、どちらかといえば申立人に有利に財産分与がなされていることは、前記調査官の報告のとおりであり、その分与された財産を基礎として申立人の努力と相俟つて申立人のその後の生活発展がなされたものであること右にみたとおりである。勿論財産分与と子の扶養とは別個のものであり、いかに財産分与として多額をえてもその後の時点において生活の程度が低くその生活を維持することができない親は養育中の子のため生活程度の高い相手方に対し養育料の支払を求めうるものであるけれども、財産分与として分け与えられた財産状態も現在に影響している限りにおいては斟酌されるものといわなければならない。更に本件では相手方の負債は婚姻中にネクタイ商より生じたものであつて離婚に際し相手方がこの債務を全額負うことに決めたところのものである。もし離婚していなかつたならば申立人は勿論三子も含めた安井家族全員がこの負債返却のために低い生活を忍受しなければならなかつた筈のものである。右の次第であるから本件親子間の生活保持義務ということから考えれば、申立人は相手方に対し同人がこの負債を返却してゆき余裕があつて申立人の生活より高い生活を営むことができる場合に扶養料の支払を求めるべきこととなる。

尚別紙第七項は土地建物の売却代金の一部を扶養料の「一部」として支払うことを命じているので、同項所定の扶養料の他に相手方の支払う扶養料が存するようにみえ、申立人の本件扶養料支払の申立も恐らくこの考え方に従うものであろうと思うが(別紙調停成立から本件調停申立まで僅かに二十四日を有するにすぎない)、右調停条項は積極的に残部扶養料についての調停を留保し更に申立をなしうる旨宣言したものではないと解せられる。

よつて特別の事情の変更なき限りは申立人の別紙調停条項第七項以外の扶養料支払の申立は現在までのところ理由がないということになる。

よつて主文のとおり審判する。

(裁判官 松沢博夫)

別紙

昭和三五年(家イ)第二三乃至第二五号離婚・財産分与・親権者指定調停申立事件

調停条項

一、申立人と相手方は本日調停離婚する。

二、当事者間の子長男正・二男伸二・長女恵子の親権者を申立人と定め、申立人において監護する。

三、相手方は申立人に対し、上記離婚による財産分与として、桐生市稲荷町字稲荷塚○○○○番の二家屋番号同町○○○番の五木造瓦葺平家建店舗一棟建坪九坪、及び同所○○○○番の二宅地三〇坪四合八勺、同所○○○○番の四〇宅地一四坪四合三勺の二筆の土地の内約二〇坪(両家屋の間の中心線を境界とする)を分筆した上、それぞれ抵当権抹消手続をした上、これを申立人に分与し、申立人のため所有権移転登記手続をすること。

四、相手方はその所有にかかる桐生局電話第○○○○番電話加入権を申立人に無償譲渡し、これが名義変更の手続をすること。

五、家財道具、什器等相手方の身につけるべき衣類及び布団ならびに文房具入ガラスケース一個は相手方において所有し、その余の物件は申立人の所有とする。

六、食堂経営上生じた負債金六九、七三四円は申立人において負担支払い、その余の負債・債権・預金等はすべて相手方の責任において処理するものとする。

七、相手方所有名義の桐生市稲荷町○○○○番の二木造セメント瓦葺平家建居宅一棟建坪一二坪五合の家屋及びその敷地が金七〇万円以下で売れた場合は、その月より毎月末日限り金五、〇〇〇円ずつ一〇回に合計金五万円を、七〇万円を超えて売れた場合は、その外に超えた額全額を、何れも前記子供の養育料の一部として相手方は申立人に支払う。

八、上記金員の支払は何れも当庁へ寄託する方法によるものとする。

九、調停費用は各自弁とする。

以上

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