千葉地方裁判所 平成10年(ワ)2863号 判決 2000年3月29日
原告
大西京子
右訴訟代理人弁護士
大槻厚志
被告
泉証券株式会社
右代表者代表取締役
木村輝久
被告
福田剛士
右両名訴訟代理人弁護士
斎藤宏
同
彌冨悠子
主文
一 被告らは、各自、原告に対し、金一七三万三七四六円及びこれに対する被告泉証券株式会社は平成一〇年一二月二九日から、被告福田剛士は同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、各自、原告に対し、金二〇七四万四八八三円及びこれに対する被告泉証券株式会社は平成一〇年一二月二九日から、被告福田剛士は同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行宣言
第二 事案の概要<省略>
第三 当裁判所の判断
一 事実認定等
前記明らかに認められる事実等、証拠(甲一の1〜6、二〜六、七の1〜2、八〜一〇、一一の1〜2、一二〜一七、二六、二九、三三、三四、乙一〜九、一〇の1〜4、原告、被告福田剛士、証人中込敏彦、同松井輝明)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 原告の経歴等
(一) 原告は、昭和一三年四月二七日愛媛県に生まれ、昭和三二年三月愛媛県立長浜高等学校を卒業後、広島銀行に五年間勤務し、編み物教師になるため二年間学校に通い、ブラザーミシン花園支店(愛媛県松山市所在)に勤務していた。原告は、昭和四一年二月二〇日まで右の勤務を続け、同年四月一五日に夫である久夫と婚姻し、専業主婦になった。夫は通産省基礎産業局アルコール事業部に勤務していた。
(二) 原告は久夫と婚姻後、昭和四四年一一月に長女を、昭和四六年四月に二女を各出産した。子供に手がかからなくなってから、パートタイマーとして勤務し、平成元年九月に住居を購入し、現住所に住むようになった。夫は、平成五年一〇月末に通産省を退職し、新エネルギー総合開発機構に二年弱、平成六年六月から日本アルコール販売株式会社に勤務していたが、平成八年一一月に食道癌のため入院し、その後手術を受けたが、平成九年三月二四日に死亡した。
(三) 原告の資産としては、夫から相続した住所地の土地(約五八坪)及び建物並びに夫から相続した現物株等があり、厚生年金及び国家公務員遺族厚生年金として平成月一五万五〇〇〇円の支給を受けている。
2 原告の証券取引歴等
(一) 原告も久夫も、平成五年までは株取引を経験したことはなかった(ただし、ビッグやワイド等は購入したことがあった。)。同年一〇月末に久夫が通産省を退職するに当たり退職金二二〇〇万円を受領したが、原告及び久夫は、これを確実に運用することに決め、近くにある被告泉証券土気支店に赴き、相談の結果、久夫名義でMMFを二一〇〇万円分購入することにした(実際には原告が久夫の了解の下で運用していた。)。そして、MMF購入後、担当の倉持から、野村公社債投信や「厳選小型」という投資信託商品や中国電力株等を勧められ、これらも購入し、運用することにした。そして、平成六年七月一九日には「新時代成長」という投資信託商品を購入した。なお、原告は、平成七年ころから、東京証券株式会社においても因幡電気産業やタクマ等の現物株を購入していた。
(二) その後、被告泉証券の原告担当が倉持から小島に代わったが、小島は、平成八年三月ころから、「新時代成長」(当時購入価格の九割合程度であった。)を解約して、より値動きの激しい「エンデバー」という投資信託商品に乗り換えることを勧めるようになった。そして、平成八年三月一九日に、小島の上司に当たる被告福田が原告に対し、強くエンデバー購入を勧めたため、原告は、新時代成長三〇〇口のうち一〇〇口を解約してエンデバーを購入することにした。
(三) その後被告福田は、被告泉証券の原告担当になり、度々原告宅を訪れ、現物株の取引を勧めるようになり、原告もこれに応じて、平成八年四月から同年七月ころまでに三井造船、マツダ、住友重機、古川電工等約二〇種類の現物株を購入するなどしていた。その後、同年八月ころから久夫が平成九年三月二四日に死亡するまでは原告の現物株の取引は少なかった(JR西日本の買付及び売渡や久夫の入院費に充てるための富士通の現物株の売却をした程度であった。)。
(四) 久夫は、平成八年一一月二六日食道癌のために入院し、その後の治療や看護のかいなく平成九年三月二四日に死亡した。原告は、久夫の葬儀等を執り行った後、久夫死亡に伴う久夫名義の現物株の名義書換えをするため、同年四月一〇日ころ、被告泉証券土気支店にその手続の依頼をし、同月二三日、右手続が完了しこれら現物株が原告名義に変更になった。
(被告福田は、「(原告は、久夫が)入院中に(その)病院の電話番号を教え、電話するよう要求した。」旨法廷供述するが、その間の原告の株取引の実情〔ほとんど株取引をしていない。〕に加え、久夫が入院中の病院〔東京女子医大学付属病院〕において、家族以外の外部からの電話の取次ぎが許されるのかとの疑問があり、福田の右法廷供述部分は不自然といわざるを得ず、事実認定の基礎にすることはできない。)
(五) 原告は、その後被告福田の勧めで、平成九年五月八日品川燃料を、同月一三日長崎屋を、同年六月六日日本発條(いずれも現物株)を買い付けている。しかし、被告福田の勧めで購入した現物株の価格は相当値下がりし、平成九年六月ころ、原告は、所持している現物株について、かなりの含み損をかかえていた。
(被告らは、「原告は、業界専門用語を用いたり、指値で注文するなど、株取引に詳しかった。」旨主張し、これにそう乙六の陳述部分及び被告福田の法廷供述部分が存在する。しかし、株取引について前記経験しか有しない原告が業界専門用語を用いて発言したり、原告が指値で注文したりすること自体極めて不自然であり、前記陳述部分及び法廷供述部分は事実認定の基礎にすることはできず、他に被告らの主張を認めるに足りる的確な証拠はない。)
3 オプション取引の勧誘及び経過等
(一) 被告福田は、平成九年六月初旬ころ、原告宅を訪れ、原告に対し、これまで被告福田の推奨で購入した現物株が値下がりしてしまったことについて謝罪し、これを取り戻すためには、オプション取引がよい旨勧めた。そして、原告に対し、「(オプションとは)日経二二五のことで、一口が一五万五〇〇〇円です。これは一日、二日ですぐ跳ねます。跳ねたらすぐ連絡します。」と説明した。原告が、「もしゼロになったら生活ができなくなる。」と質したところ、被告福田は、「ゼロにはなりません。」と断言した。原告は、被告福田の言葉を信じて、被告福田の持参した株価指数オプション取引に関する確認書(乙一)及び株価指数オプション取引口座設定約諾書(乙二〜四)に署名押印し、日経二二五のコールオプション平成九年七限月を諸経費を含め一六万一五二五円で買い付けた(以下「本件オプション」などという。)そして、原告は、平成九年六月九日に別紙一「株価指数オプション取引一覧」1記載の取引をした。
(被告らは、「被告福田において、オプション取引について通常の顧客に説明するとおりの内容、すなわち、二万一五〇〇円の日経平均ダウの権利を今一五五円で買うと後日ダウが上昇していけば値段が上がり、七月の第二金曜日の前日までに二万一五〇〇円以上にならなければ権利が消滅することなどを説明し、原告も右の説明に納得した。」旨主張し、右主張にそう被告福田の法廷供述部分が存在する。
しかし、右供述部分は、具体性や真迫性に乏しい(しかも、乙六の陳述部分と法廷供述との間に齟齬があるとも思える部分もある。)上、甲一五の被告福田と原告との電話のやりとり部分、特に、原告の「(原告が)『主人が亡くなったので、お金もないし、もうこれがゼロになるようなことがあったら困るから。』って言ったよね。(原告が)『ゼロにならないんだよね。』と言ったら、(被告福田が)『ならない。』と言って、…」の発言に対し、被告福田が何らの反論も留保もつけないで、肯定していることにかんがみると、前記法廷供述部分の信用性は著しく低いものであって、到底事実認定の基礎とすることはできず、右被告の主張は採用しない。被告らは、原告が度々被告泉証券に電話をしてきて仕事にならないため被告福田は原告に迎合するような対応をせざるを得なかった旨主張するが、右電話内容はオプション取引の説明に関する最重要事項であり、被告福田及び被告泉証券にとって不利な事情を、事実に反してまで迎合するとは考えにくく、被告らの主張はそれ自体不自然であり、到底採用することはできない。)
(二) オプション取引とは、ある特定の商品の一定数量を、一定の価格で、一定期間ないしは一定の時期に買い付ける「権利」(又は売り付けることのできる「権利」)を売買するものである。買い付ける権利をコールオプションという。本件オプション取引は、翌月第二金曜日の日経平均ダウを二万一五〇〇円で買い付けることができる「権利」を買い付けるもので、コールオプションになる。本件オプションは、平成九年七月第二金曜日の日経平均ダウが二万一五〇〇円(+諸経費)を超えれば、当初の価格(二万一五〇〇円+諸経費)で買い受けることができるので、その価格は値上がりするが、実際の値段が二万一五〇〇円に至らない場合はわざわざ高値で買い受ける者はいないので、その価格はゼロになる商品である。しかし、被告福田は原告に対し、前記(一)記載の説明をしただけで、その危険性に関する説明をしなかった。
(被告らの右認定に反する主張部分を採用できないことについては、前記(一)括弧内の説示と同様である。)
(三) その後、本件オプション価格は、平成九年六月一三日には値上がりした(一五五円で購入したものが、一九〇円の相場になった。)が、注文が間に合わず売却することができず、同月一七日には、被告福田においていわゆる難平買い〔相場が低くなったときに買い増しして、値上がりを待ち、値上がりしたときにそれ以前に買い受けた株等を一緒に売却する方法〕をすることを勧め、原告もこれに応じて相場一三〇円のとき、そのコールオプション(実際の購入価格は諸経費を含めて一三万五四七三円)を追加購入した。その後、被告福田は、相場が一〇〇円になったとき、再び難平買いを勧めたが、原告はこれを断わった。その後、本件オプション価格は次第に低迷し、被告泉証券から原告に対し、同年七月一〇日(木曜日)までに売却しないと権利が消滅する旨の書面が届いた。原告はそのことで被告福田に対し、「(ゼロになることはないと聞いているのに)どういうことか。」と質したところ、被告福田からは「すいません。最初から原告を騙すつもりではありませんでした。結果的には詐欺を働いた形になってしまい申し訳ありません。」と謝罪された。
(四) 結局、原告が購入した本件オプションは、追加購入した分も含めて平成九年七月一〇日(第二木曜日)の経過により無価値になった。
4 信用取引の勧誘及び経過等
(一) 原告は、本件オプション取引の間も、日本発條、ケンウッド、日商岩井、タクマ等の現物株を購入し、本件オプション取引で全損を被った後も、被告福田の推奨で、平成九年七月二三日、アイフル等の現物株の購入・売却をし、フジテレビ、三井不動産の現物株を購入した。これは、原告が、被告福田の推奨により、購入した現物株や本件オプション取引等で被った損失等を取り戻したいと考えたからでもあった。
(二) しかし、原告がこれまでに購入した各現物株の価格は値下がり傾向を示していたところ、被告福田は原告に対し、同年八月一三日ころ、「今は、現物株で損をしたお客さんには、信用取引で取り戻してもらっています。」と信用取引を勧めた。原告は、久夫の生前、被告福田から信用取引は原告には勧めない旨言われていたので、この点を尋ねると、「原告は現物株を持っているから『つなぎ売り』をすればよい。『売り』で入って値が下がれば買い戻して、その差額を利益として持ってきます。反対に値が上がってしまったら、現物株を手放せば損はしません。」と説明した。原告は、右説明を十分理解することができないまま、被告福田から、「東京証券取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」(甲五)を交付され、閲読して欲しいと要請された。
甲五の規定中には、委託証拠金の差入れ、その有価証券による代用、信用取引による有価証券又は金銭の貸付に関する規定が記載されているが、信用取引に関するリスクについての分かりやすい説明はない。
(三) 被告福田は、平成九年八月中旬ころ、原告宅を訪問し、再び信用取引を勧めた。そこにおいて、被告福田は原告に対し、「原告の場合は、信用取引をしても損金は出ません。もうかったときだけ利益を持って来ますから。」「現物株があるから、これを担保にしてもらえば、お金はいりません。」「担保に入っていても、原告は長い取引で信用があるから、売りたいときはいつでも売ってかまいません。売れたら、そのお金をお持ちします。」と繰り返した。原告は、被告福田の言葉を信じて、信用取引口座を開設することを決意し、同月一九日、被告泉証券土気支店の伊藤課長とともに被告福田の訪問を受け、持参した信用取引口座設定約諾書(甲四)に署名押印し(このとき伊藤課長は信用取引の危険性に関する説明はしていない。)、同月二〇日、被告福田の推奨で、日本発條二〇〇〇株ずつ二口、東光一〇〇〇株、ケーヒン一〇〇〇株を信用買いしたのを手始めに、平成一〇年三月四日まで別紙二「信用取引経過表」記載の各取引をした。
(被告らは、「被告福田は、同月一九日、信用取引の内容について説明したところ、原告は、その日のうちに被告福田と電話連絡をとり『東光、ニッパツ(日本発條)、ケーヒンがいいと思うけどどう思う。』と相談され、被告福田において、同意したところ、右株式を指値で注文し、被告福田が、『現物ですね。』と確認したところ、『信用の口座を開設したから、信用で買えるよね。』というので、被告福田において、右株については念のため信用で新規買いであることを説明した。被告福田は、その後の信用取引においても常にリスクがあるから短期でやりましょうとアドバイスしていた。」旨主張し、右主張にそう乙六の陳述部分及び被告福田剛士の法廷供述部分が存在する。
しかし、①被告福田が原告に説明したのは、原告の保有している現物株の『つなぎ売り』(一時的なリスクヘッジ)の側面〔この説明自体、原告の実情からするとポイントを外したものというほかない。〕であり、その流れからすると、原告が信用取引をするにしても、現物株に対応する「信用売り」になるのが自然であるのに、実際の取引は、現物株に全く対応しない日本発條、東光及びケーヒンの各株の「信用買い」であり、その後の取引も「信用買い」だけでつなぎ売りとしての取引はないことから、原告が、被告福田の説明を理解していないことは明らかであること、②被告福田が説明したと称する信用取引のリスクの説明内容は具体性及び真迫性に乏しい上、甲一五の被告福田と原告との電話のやりとり部分、特に、原告の「(被告福田が)…トムソンがいいとか言って、東光がいいと勧めてきたよね。」との質問に対し、被告福田が肯定し、原告の「(原告が)『三井不動産をどうして勧めたの』って聞いたら、『枠があったから勧めたんだ』って言ったよね。」との質問に対し、被告福田が「枠はありましたし、取れると思ったから勧めたんです。」と肯定していること、原告が「(被告福田は)『ハイリスクだからやってはいけません。』―そういう話は全然なかったじゃない。」との質問に対し、被告福田は「中込(敏彦。被告福田の後任の原告担当者。以下「中込」という。)であれば、原告に勧めなかったでしょう。」と答え、さらに、「リスクの説明も説明不足ですし、信用の方は説明不足だった。これはもう私(被告福田)のミス以外の何ものでもありません。本当に謝るしかありません。」と言っていることなどにかんがみると、前記陳述部分及び供述部分の信用性は著しく低いものであって、到底事実認定の基礎とすることはできず、被告の前記主張は採用しない。被告らは、原告が度々被告泉証券に電話をしてきて仕事にならないため原告に迎合するような対応をせざるを得なかった旨主張するが、右主張が採用できないことについては、前記3(一)括弧内で説示のとおりである。)
(四) 信用取引は、①三か月又は六か月の決済期限があること、②約定価格の三〇%以上の委託証拠金(一定割合の現金換算率で有価証券で代用できる。)を預託することにより売買が可能であり、三〇%の投資で一〇〇%の売買をすることになり、メリットも大きいがリスクも大きいこと、③委託保証金の金額が顧客の取引した約定金額の二〇%(これを「維持率」という。)を下回った場合は、追加証拠金を差し入れる必要があり(これを差し入れないと強制的に決済される。)、損害が当初の投資金額より増大する危険性がある取引である。しかし、被告福田は原告に対し、「東京証券取引所における信用取引に関する主な規定(抜粋)」(甲五)を交付され、その閲読を要請しただけで、その危険性に関する説明をしなかった。
(被告らは、「被告福田は原告に対し、例えば建玉評価額の三〇%の担保が必要になるなど維持率に関する説明をした」旨主張し、これにそう乙六の陳述部分及び被告福田剛士の法廷供述部分が存在するが、右は具体性及び真迫性に乏しく、甲一五の電話でのやりとりや原告と中込との電話のやりとり内容等に照らし、到底事実認定の基礎とすることはできず、右被告の主張は採用できない。)
(五) 原告は、被告福田の推奨により、前記(三)記載のとおり、平成九年一〇月二四日の三井不動産の信用買いまで信用取引の買い注文を出したが、同年一一月八日ころ、同年一〇月末締切りの信用取引の評価損が五〇〇万円近く発生している旨の内容の書面が送付されてきた。そこで原告は、被告福田に問い合わせたが、満足のいく回答ではなかったため、被告泉証券本店のお客様相談室に手紙を送付した。その後被告泉証券土気支店は、原告担当を被告福田から中込に変更した。しかし、その後、信用株の価格が下落したため、維持率を保てなくなり、被告泉証券から追加証拠金の差入れを依頼された。
原告は、知人のアドバイスもあって、平成九年一二月五日から、信用株を順次売却し、同月一六日には、信用株を品受けするために被告泉証券及び東京証券の現物株を売却して、現金を調達した(その売却の詳細は別紙三〜五記載のとおり。)。そして、平成一〇年三月四日の三井不動産の信用株を売却して被告泉証券との取引を終了した(このときまで売却を待ったのは、価格が戻る時期を見計らっていたためである。)。
5 原告による会話の録音
原告は、弁護士のアドバイスにより、平成九年一二月二四日から同月二六日にかけて、被告泉証券に電話をして、中込(甲二九)、被告福田(甲一五)及び松井輝明との会話を録音した。その後も、原告は、比較的原告に理解のあるような対応をした中込との会話を録音(甲一六)している。
二 法的評価等
1 オプション取引について
(一) 本件オプション取引(コールオプション)は、例えば、日経平均ダウについて、平成九年七月第二金曜日に二万一五〇〇円で買い付けることができる「権利」を一五五円で買い受けるというものである。同年六月上旬当時の日経平均ダウは、右価格(二万一五〇〇円)以下で推移していたから、同年七月上旬にその価格以上になる見込みの有無等についての判断をすることになるが、その予想方法は極めて難解であり、かつ、株価市場全体の動向についての正確・迅速な判断の必要性がある。すなわち、これを完全に予測することは一般人には不可能に近く、リスク・ヘッジャー(損失を回避するためにオプション等の取引をする者。主に機関投資家)であればともかく、リスク・テイカー(利益を得るためにリスクをとってオプション等の取引をする者)にとっては賭博的な行為ともいえる。
(二) そうすると、オプション取引(コールオプションであっても)について配偶者を失ったばかりの年金生活者で株取引の知識も乏しい五九歳の専業主婦に取引を勧めること(リスク・テイカーの立場を推奨すること)は、証券取引法四三条(適合性原則遵守義務)の趣旨を逸脱するものといわなければならない(もっとも右のような者であっても、オプション取引の危険性等を十分説明し、その者の危険性等の理解度を確認し、その取引動機や財産状況を把握し、相当であると認められる場合には、その勧誘行為が許容されることもあると解される〔例えば、宝くじの購入を勧誘することが直ちに違法にならないものと解されるが、これは購入者が宝くじのリスクを十分理解していることが主な理由になっているものと思われる。〕。)。
(三) そうすると、原告のような者を勧誘する場合には、オプション取引開始前にそのリスクについて分かりやすい説明書を交付した上(証券取引法四〇条)、オプション取引の主な内容、仕組み(観念的総合的指数を対象とすること、限月、売買取引期間等)、そのリスク(反対売買をする決済期限、行使期限があり、その時までに投資判断を強いられること及び行使期限が極めて短期間に限られていること等)及び投資判断が株式市場全体の情報をもとに正確かつ短時間のうちに判断することを迫られること等を顧客に理解できる程度に十分説明し、その理解度を確認することを要するものである。
(四) しかし、被告泉証券の従業員であり、履行補助者である被告福田は、右取引開始に当たり、右説明及び確認を一切行わなかった。それどころか、被告福田は原告に対し、真実は、権利が消滅すること、すなわち無価値になることが十分ありうるにもかかわらず、「ゼロにはなりません。必ず、一日、二日で跳ね上がります。」と断定的判断の提供を行った。
右は、明らかに被告らがなすべき説明義務に違反し、被告福田について民法七〇九条の不法行為を構成するとともに、被告泉証券は、被告福田の使用者として民法七一五条により、原告の被った損害を賠償する責任を負うというべきである。また、証券会社たる被告泉証券は、取次ぎを行う問屋であり(商法五五一条)、委任者である顧客(原告)に対し、善良な管理者としての注意義務を負うところ、右の善管注意義務は、取次ぎの勧誘等においても付随義務として認められる。したがって、被告泉証券による投資勧誘の方法・態様が顧客の目的ないし状況に照らして不相当であるため原告に損害を及ぼした場合には、被告泉証券は右注意義務に違反したものとして、債務不履行責任を負うものと解される。
(五) 原告には、証券取引の自己責任の原則にかんがみるとオプション取引の内容及び危険性について自ら調査・確認する義務を怠った落ち度が存する(特に平成九年六月一七日の難平買いの時点で、その危険性を知る機会もあり、その落ち度は否定できない。)ものの、前記被告福田及び被告泉証券の違法性の重大性に比較すると原告の落ち度は極めて小さいものといえるから、この落ち度をもって、過失相殺の対象とすることは相当ではないというべきである。
2 信用取引について
(一) 信用取引は、①三割の委託証拠金で一〇割の取引をすることができる点で、レバレッジ効果(少ない資金で大きな利益が期待できる。)が存するが、一旦損失が発生した場合には現物株の取引に比べて数倍の損金が発生すること、②現物株の取引では相場が下がっても、相場が戻るまで持ち続けるという選択肢も有するが、信用取引では三か月又は六か月の期限が来れば損金が発生していても決済せざるを得ないこと、③右期限以前であっても、相場が予想以上に下落した場合には、追加委託証拠金を預託する必要があること(預託しない場合には強制的に決済される。)などの特徴がある。
(二) そうすると、原告のような者(前記1(二))を勧誘する場合(そもそも勧誘自体証券取引法四三条の趣旨に抵触する可能性がある。)には、信用取引開始前にそのリスクについて分かりやすい説明書を交付した上(証券取引法四〇条)、①信用取引には三か月又は六か月の決済期限があること、②約定価格の三〇%以上の委託保証金を預託することにより売買が可能であるが、損失も現物株の数倍に及び、危険性も大きいこと、③委託保証金の金額が顧客の取引した約定金額の二〇%を下回った場合は、追加委託保証金を差し入れる必要があり(これを差し入れない場合は、強制的に決済される)、損害が当初の投資金額より増大する危険性があることなどについて顧客が理解できる程度に説明し、その理解の程度を確認すべき注意義務がある。
(三) しかし、被告泉証券の従業員であり履行補助者である被告福田は、右取引開始に当たり、「東京証券取引所における信用取引に関連する主な規定(抜粋)」と題する書面を交付し、これを閲読するよう要請しただけで、その具体的な取引の仕組み、内容及び危険性については一切説明していない。
そればかりか、被告福田は、平成九年八月一〇日過ぎころから、原告宅を頻繁に訪れ、「今は、現物株で損をしたお客さんには信用取引で取り戻してもらっています。」などと言葉巧みに信用取引を行うように勧誘し、リスクを恐れる原告に対し、「原告は現物株を持っているから『つなぎ売り』をすればよい。」などと信用取引に存するリスクを隠すかのような説明をし、さらに、「原告の場合には、信用取引をしても損金は出ません。もうかった時だけ利益を持ってきますから。」「現物株があるから、これを担保にしてもらえば、お金はいりません。」などと断定的判断を交え、強引な勧誘を行った。
右は、明らかに被告らのなすべき説明義務に違反し、被告福田について民法七〇九条の不法行為を構成するとともに、被告泉証券は、被告福田の使用者として民法七一五条により、原告の被った損害を賠償する責任を負うというべきである。また、証券会社たる被告泉証券が、取次ぎを行う問屋であり、委任者である顧客(原告)に対し、善良な管理者としての注意義務を負い、被告泉証券による投資勧誘の方法・態様が顧客の目的ないし状況に照らして不相当であるため原告に損害を及ぼしたのであって、被告泉証券は右注意義務に違反し、債務不履行責任を負うことについては、前記1(四)後段において説示のとおりである。
(四) 原告には、証券取引の自己責任の原則にかんがみると、信用取引の内容及び危険性について自ら調査・確認する義務を怠った落ち度が存する。そして、原告自身、久夫の生前、被告福田から信用取引の一般的な危険性を抽象的には知らされていたのであり、信用取引の取引動機も従来の現物株の損失等を取り戻すことにあったことなどの事情にかんがみると、原告の信用取引開始に当たっての落ち度を否定することができない。そして、前記被告福田及び被告泉証券の違法性も重大であるが、原告の落ち度も軽視できないのであって、原告には別紙二「信用取引経過表」の取引全体を通じてその損失額の一五%の過失相殺を行うことが相当と考える。
3 原告の損害(一円未満切捨て)
(一) オプション取引による損害
二九万六九九八円
(二) 信用取引に伴う損害
(1) 信用取引自体による損金
一五一万三八二二円
(2) 過失相殺の処理(×0.85)
一二八万六七四八円
(三) 以上の小計
一五八万三七四六円
(四) 原告の品受け等の損害について
原告は、「投機的な株取引を全く予定しておらず、現物株を損をしてまで売却することは全く考えていなかった。したがって、被告福田の強引な勧誘により損切りさせられたものであって、第二の二4(二)(2)〜(4)記載の損失も原告の損害に該当する。」旨主張するけれども、これらの損失は、直接的には現物株を売却した損失であって、信用取引の損失に伴って通常生ずる損失とはいえないし、これらの特別な事情について、被告らが予見し、又は予見することができたということを認めるに足りる的確な証拠はないから、右原告の主張を採用することはできない。
(五) 弁護士費用 一五万円
(六) 合計 一七三万三七四六円
三 まとめ
以上によれば、原告の請求は、不法行為又は債務不履行による損害金一七三万三七四六円及びこれに対する訴状送達日の翌日(被告泉証券株式会社は平成一〇年一二月二九日、被告福田剛士は同月二七日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないことになる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官・小宮山茂樹)
別紙一〜五<省略>