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千葉地方裁判所 平成10年(行ウ)66号 判決 2000年3月27日

原告 篠田政明

被告 柏税務署長

代理人 黒澤基弘 笹崎好一郎 神作昌嗣 富永鐘治 深津輝彦 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告の平成五年分贈与税について、被告柏税務署長が平成八年二月一六日付けでなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、贈与によって取得した株式につき、被告に対して六四二万三三〇〇円の贈与税の申告をして右申告納税額を納付したところ、被告が平成八年二月一六日付けで、新たに納付すべき贈与税の額を九億六二六二万二八〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)と、過少申告加算税一億四四〇七万一五〇〇円を賦課する決定(以下「本件賦課決定」という。)をしたので、その取消しを求めた事案である。

二  前提となる事実(証拠の摘示のないものは当事者間に争いのない事実である。)

1  当事者

(一) 原告は、訴外篠田忠治(以下「故忠治」という。)の二男である。

(二) 訴外日本スリーエス株式会社(以下「日本スリーエス」という。)は、経営、事業承継、相続に関するコンサルタント業務を行う株式会社であり、同社の代表取締役である訴外杉山賢一(以下「杉山」という。)は、税理士として日本スリーエスが行う諸業務の立案を作成、指導している。

2  節税対策とその実行

(一) 故忠治は、平成四年一〇月ころ、自らが八六歳の高齢になったことに伴い、次のような節税対策(以下「本件節税対策」という。)を企画した。

(1) 故忠治が、杉山が実質的に支配するフォーエスキャピタル株式会社

(以下「フォーエスキャピタル」という。)の株式を買い受け、買受代金を支払う。

(2) 故忠治は、右株式を一定期間経過後、財産を多く相続させようとする相続人に贈与する。

(3) 受贈者は、右株式を一定期間保有した後、日本スリーエスが紹介した業者に時価で売却する。

(4) フォーエスキャピタルは、相続、贈与税の評価において、その評価が配当還元方式により低額に抑えられるよう作られた会社であり、右の方法により、故忠治の資産がフォーエスキャピタルの株式に転換したことにより評価額が大幅に減縮され、この株式を贈与することにより相続発生時の相続税を少なくすることができる。次に受贈者は贈与税の申告において、ごく少額の税金を支払い、その後、受贈者は株式を第三者に時価で売却することにより、被相続人が買受時に支出したに概ね等しい代金を回収することができる。

(二) 故忠治は、次のとおり本件節税対策を実行した。

(1) 故忠治は、平成四年一二月二四日、フォーエスキャピタルから、同社の株式八万二二〇〇株(以下「本件株式」という。)を、一株あたり一万七〇三八円、代金一四億〇〇五二万三六〇〇円で引き受け、右同額を株式会社エスビーエフ(以下「エスビーエフ」という。)から借り受け、代金をフォーエスキャピタルに支払った。右借入れにあたっては、フォーエスキャピタルは故忠治から受領した株式引受代金の八〇パーセントを定期預金とし、この定期預金を故忠治の借入金の担保としてエスビーエフに提供した。

(2) 故忠治は、平成五年一二月一五日、本件株式を原告に贈与した(以下「本件贈与」という。)。

(3) 原告は、平成六年三月、平成五年分の贈与税の申告にあたり、本件贈与に関して、配当還元方式により計算して、一株当たり二〇八円で総額一七〇九万七六〇〇円の価額の贈与を受けたとして、納付すべき税額を六四二万三三〇〇円とする申告を柏税務署に行い、申告納税額を納付した。

(4) 原告は、本件株式のうち七万八〇〇〇株を平成六年一二月二六日に株式会社セムヤーゼ(以下「セムヤーゼ」という。)に対し、一株当たり一万七二〇一円、一三億四一六七万八〇〇〇円で売却した。

(5) 原告は、右(4)の売却代金のうち、一二億九六一九万五一五〇円を故忠治の長男である篠田忠勝(以下「忠勝」という。)が経営する東柏産業有限会社(以下「東柏産業」という。)に貸し付け、東柏産業は同額を故忠治に貸し付け、同人は一二億七四〇二万三六〇〇円をエスビーエフに返済した。

3  本件更正処分及び本件賦課決定

(一) 故忠治は平成七年四月五日に死亡し、原告ら故忠治の子と故忠治の妻志んが相続人(以下「故忠治相続人」という。)となった。

(二) 故忠治相続人は、平成八年一月五日、柏税務署に対し、故忠治の相続税として、一億五八二一万五六〇〇円の申告を行った。

(三) 被告は、平成八年二月一六日、原告に対し、前記2(二)(3)の贈与税の申告に対し、追加納税額を九億六二六二万二八〇〇円とする本件更正処分、過少申告加算税を一億四四〇七万一五〇〇円とする本件賦課決定をなし、その旨の通知をした。

4  原告は、東京国税局長に対し異議の申立てを行ったが平成八年六月二〇日棄却され、さらに国税不服審判所長に対する審査請求も平成一〇年六月一〇日棄却された。

5  原告は、セムヤーゼに対し、本件株式の返還訴訟を提起(東京地方裁判所平成八年(ワ)第六一九二号株式引渡等請求事件)したところ、平成一〇年一一月二六日、セムヤーゼに対し、本件贈与の錯誤無効などを理由として本件株式を原告に返還することを命じる判決がなされ、右判決は同年一二月一二日確定した<証拠略>。

三  原告の主張

1  故忠治及び原告は税の専門家として高い評価を受けている杉山及び日本スリーエスから、前記内容の節税対策が合法的で万全なものであり、税務上も問題がないと説明され、これを信じて、その指示に従って本件節税対策を企画し実行したのであるが、本件節税対策が、税務上問題のあるもので、本件贈与が故忠治の相続税の節税対策とならず、かえって多額の税負担が発生することを知っていれば、このような株式の贈与契約を締結することはなかった。

本件では唯一の目的である節税効果が発生しない以上、その仕組みを構成する個々の法律行為には何の意味もないのであって、法律行為に必要性とその意思があり、課税に関する認識はこれに従たるにすぎない通常の場合とは異なるのである。

また、本件節税対策全体の仕組みを見れば、原告には何の経済的成果も発生しておらず、そこには何らの担税力も認められない。

したがって、後に贈与税について多額の更正処分がなされた以上、本件贈与は錯誤により無効である。

2  よって、本件にあっては、そもそも贈与税は発生せず、本件更正処分及び本件賦課決定は取り消されるべきものである。

四  被告の主張

1  本件更正処分及び本件賦課決定の根拠

(一) 原告の平成五年分贈与税の課税価格は、原告が本件贈与により取得した本件株式八万二二〇〇株(一株当たり一万七二一四円)の価額であり、納付すべき贈与税額は、右課税価格から相続税法二一条の五に規定する贈与税の基礎控除額六〇万円を控除した金額一四億一四三九万円(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)に相続税法二一条の七に規定する税率を適用して算出した九億七九一七万三〇〇〇円となる。

なお、本件株式は、相続税、贈与税の負担の軽減を図るために一時的に保有され、その目的を達成すると出資額に見合う金銭を回収することを目的とした株式であって、配当還元方式でこれを評価したのではその客観的な交換価値を反映せず、他の善良な納税者との間の租税負担の公平を著しく害することから、当事者間での取引における価額の算定において採用された時価純資産価額方式での評価によるべきものと判断して、本件贈与時の前月末である平成五年一一月末現在のフォーエスキャピタルの純資産価額二三四億九七四九万円から、劣後株式一四〇万株について額面金額の五〇円を乗じて算出した劣後株式分配金相当額七〇〇〇万円を控除した残額を普通株式に対応する純資産価額とみて、普通株式の発行済総数一三六万〇八九二株で除して、一株当たりの価額を前記のとおり算定したものである。

よって、原告の平成五年分贈与税の課税価格及び納付すべき贈与税額は、本件更正処分における課税価格一四億〇〇五二万三六〇〇円、納付すべき贈与税額九億六九〇四万六一〇〇円をいずれも上回るから、本件更正処分は適法である。

(二) 原告は、平成五年分贈与税の課税価格及び納付すべき贈与税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて国税通則法六五条四項に規定する正当な理由は存しない。

したがって、国税通則法六五条一項の規定により、原告が本件更正処分によって新たに納付すべきこととなった贈与税額九億六二六二万円(本件更正処分による贈与税額九億六九〇四万六一〇〇円から申告による贈与税額六四二万三三〇〇円を控除した金額であり、国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額九六二六万二〇〇〇円と、国税通則法六五条二項の規定により原告が本件更正処分によって新たに納付すべきこととなった贈与税額のうち、申告による贈与税額六四二万三三〇〇円を超える部分に相当する金額である九億五六一九万円(ただし、国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額四七八〇万九五〇〇円とを合計した一億四四〇七万一五〇〇円を過少申告加算税として賦課した本件賦課決定は適法である。

2  原告の錯誤無効の主張について

(一) 要素の錯誤の不存在

(1) 本来、法律行為たる贈与契約は、贈与者が財産を無償にて受贈者に与えることを内容とする契約であるから、贈与者が財産を無償で受贈者に与える意思表示をし、受贈者が受諾するという意思が合致すれば有効に成立するのであり、一方、右贈与契約に係る租税は、契約成立の結果生じるものであって、贈与という法律行為の要素を構成するものではない。

本件において、原告は、故忠治が企画した本件節税対策に加担し、本件株式の贈与を受けたのであり、本件贈与においては、故忠治が財産を無償で原告に与える意思と原告がこれを受諾するという意思が合致しており、そこに要素の錯誤は存在しない。

(2) 原告の主張する錯誤とは、単に租税回避対策上の見込み違いにすぎず、本来課されるはずの相続税及び贈与税負担を著しく減少させるもくろみで本件贈与をしたものの、そのもくろみが効を奏しなかったというにすぎず、右のような内心における租税負担の見込みは、そもそも法律行為の要素となり得る動機とはいえない。

(3) また、租税法律関係上、かかる場合についてまで、原告の主張する錯誤を要素の錯誤とすることによって、法律行為が無効であるとして課税を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係の安定を損なうこととなる。すなわち、租税は、私法上の行為による種々の経済活動ないし経済現象を課税の対象としているが、租税の賦課は、右経済活動ないし経済現象という結果に対して租税法を適用するという当てはめに過ぎないのであるから、租税法適用の結果、当初予想していたよりも重い納税義務が生じることになったとしても、それが私法上の行為による種々の経済活動ないし経済現象に影響を及ぼすことはありえないのである。

(二) 錯誤無効の主張自体の失当性

(1) 贈与税は、贈与により取得した財産に担税力(租税を負担しうる経済的能力)を認め、これに課税するものであるから、当事者間において無償で財産を増加させたという経済的成果があれば、課税要件は充足され、課税が妨げられるものではない。つまり、贈与税は、贈与契約という私法上の法律行為それ自体を課税の対象にしている訳ではなく、贈与の結果である取得した財産という経済的成果に対して課税されるものであるから、仮に贈与契約に瑕疵があったとしても、その経済的成果が存する限り、その課税関係に影響を及ぼすことはないというべきである。

(2) 原告は、本件贈与により本件株式八万二二〇〇株を取得後、セムヤーゼに対し、右株式のうち七万八〇〇〇株を一三億四一六七万八〇〇〇円で売却した上、右売却代金のうち一二億九六一九万五一五〇円を東柏産業に貸し付けているのであって、原告は、本件贈与により経済的成果を享受し、その経済的成果を活用していたことは明らかである。

(3) したがって、原告は、本件贈与によって経済的成果を得、その経済的成果は本件更正処分時においても消滅しているとは認められないのであるから、原告の主張は失当である。

五  争点

本件における争点は、本件更正処分及び本件賦課決定が適法かどうかであり、具体的には、原告の主張する本件贈与の錯誤無効が両処分に及ぼす影響である。

第三当裁判所の判断

一1  相続税法二二条によれば、贈与により取得した財産の価額は、原則として、当該財産の取得の時における時価によるものとされている。ここにいう「時価」とは、課税時期における当該財産の客観的交換価値をいい、右交換価値とは、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当である。

2  もっとも、財産の客観的交換価値といっても、必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務においては、財産評価の一般的基準が財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六外国税庁長官通達。以下「評価基本通達」という。)によって定められ、これに定められた画一的な評価方式によって財産の時価、すなわち客観的交換価値を評価するものとしている。

これは、財産の客観的な交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避けがたく、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由に基づくものである。

よって、評価基本通達に規定された評価方式が合理的なものである限り、財産の価額は、原則として、右評価方法によって画一的に評価するのが相当と認められる。

3  しかしながら、評価基本通達に定められた評価方式によるべしとする趣旨が右のようなものであることからすれば、評価基本通達に定められた評価方式を画一的に適用すると、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかといえるような場合には、評価基本通達を形式的に適用すべきではなく、当該財産の客観的な交換価値の評価方式として合理的と認められる別の評価方式によることも許されるというべきである。

4  したがって、財産の価額の評価に当たっては、評価基本通達に定める方式によるのが原則であるが、評価基本通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方式によることが許されるものと解される。

5  ところで、本件株式のように取引相場のない株式の時価を評価するに当たっては、自由な取引を前提とする客観的価値を直接把握することが困難であるから、当該株式が化体する純資産価額、同種の株式の価額あるいは当該株式を保有することによって得ることができる経済的利益等の価額形成要素を勘案して、当該株式を処分した場合に実現されることが確実と見込まれる価額を求めるべきところ、一般に株式は、会社資産に対する割合的持分の性質を有し、株主は、株式の保有によって会社の有する純資産を間接的に保有するものと考えられることからすれば、会社の純総資産の価額を発行済株式数で除した価額をもって当該株式の評価額とする方式(時価純資産価額方式)は、合理性を有する時価の評価方式と認めることができる。

もっとも、評価基本通達一八八の二では、従業員株主などの少数株主に代表される「同族株主以外の株主等が取得した株式」については、一般的にその持株割合が僅少で、会社の事業経営に対する影響力が少なく、ただ単に配当を受けることが株式の保有により把握する権利の主たる要素であるという実質や、株式の価額を右のような時価純資産価額方式等で算定するには多大の労力を要することなどから、例外的な評価方式として配当還元方式が採用されているが、このように少数株主が株式を保有する経済的実益が、通常の場合には主として配当金の取得にあるという特殊性を捉えて簡便な評価方式を採用することも合理的なものと認められる。

しかしながら、配当還元方式は、右のような少数株主による株式保有の経済的実質に照らして合理的と評価しうるものであって、株式保有の目的や経済的な実質が右の前提と相違するような場合にまでこれによるのは相当とはいえないのであって、配当還元方式によったのでは実質的な租税負担の公平を著しく害することになるような場合には、これによることなく前述したように合理的と認められる時価純資産価額方式によるのが相当と解される。

二1  しかるに前記前提となる事実及び証拠<証拠略>によれば、本件株式の購入及び本件贈与は、本件節税対策による贈与税ひいては相続税の大幅な軽減を図る一環としてなされたものであって、本件株式の保有による配当金の取得を目的としたものではなく、また本件贈与後には日本スリーエスが紹介する者において本件株式を時価評価額をもって買い取ることが約束されていたこと、フォーエスキャピタルの株式の過半数は常にセムヤーゼが保有することとされているため、原告は評価基本通達により、少数株主としてフォーエスキャピタルの株式を配当還元方式により低く評価することが可能な仕組みになっていたこと、実際、故忠治が本件株式を購入する際、一株当たり一万七〇三八円、総額一四億〇〇五二万三六〇〇円を要したにもかかわらず、本件株式を配当還元方式で評価すると一株当たり二〇八円、総額一七〇九万七六〇〇円にしかならなかったことが認められるのであって、右のような事情は、評価基本通達に定める配当還元方式が合理性を有すると認められるために前提とされる事情とは全く異なるものであり、本件のように購入時の価格と配当還元方式による評価額とにおいて著しい開差が生じ、かつ右開差を利用して節税対策を実施すべく購入された本件株式についてまで、形式的に配当還元方式を適用することは、課税上、納税者間の実質的な公平を著しく損なうものといわざるを得ない。

2  前述のとおり、相続税法二二条に規定する「時価」とは、課税時期においてそれぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額と解されることから、本件株式の評価に当たっては、課税時期に最も近い時期における客観的なフォーエスキャピタル株式価額を基にすべきであるところ、故忠治は、本件株式の購入にあたり、時価純資産価額方式によるフォーエスキャピタルの株式評価額を基に購入価額を決定しており、原告も本件株式をセムヤーゼに売却するにあたり、同方式による評価額に基づいて価額を決定していること(前記前提となる事実、<証拠略>)、同方式は前述のとおり合理的な株式価額の評価方式といえることからすれば、同方式による評価額をもって本件株式の客観的な交換価値というべきである。

3  そして、前記前提となる事実によれば、故忠治は本件株式を右方式で評価して一株当たり一万七〇三八円で購入し、原告はセムヤーゼに対して一株当たり一万七二〇一円で売却しているのであって、その間に大きな変動はなく、また<証拠略>により認められる本件贈与の時期に最も近い平成五年一一月末現在のフォーエスキャピタルの財産概要に基づいて時価純資産価額方式によって算定した一株当たりの評価額は一万七二一四円であることが認められることからすれば、本件株式は一株当たり一万七二一四円と評価して課税価格を算定するのが相当と認められる。

4  よって、課税価格は、本件株式総数の八万二二〇〇株を乗じた一四億一四九九万〇八〇〇円となり、納税額は九億七九一七万三〇〇〇円となるから、右課税価格及び納税額の範囲内で行った本件更正処分は適法である。

三1  原告は、本件贈与は本件節税対策の一環として行われており、本件節税対策が効を奏しなかった以上、本件贈与は錯誤により無効であると主張する。たしかに、本件では、故忠治や原告らの見込みに反して、本件更正処分により高額の贈与税が課税されており、このような処分がされることがわかっていれば本件節税対策ひいては本件贈与も行われなかったということができる。

しかし、一定の経済目的の達成や経済的効果の発生を実現する複数の手段が存在する場合、そのうちいかなる法形式を用いるかは、私的自治の原則の下では当事者の自由な選択に委ねられており、節税もこのような原則の下で、これを選択する当事者自らの責任と負担において行われるものである。したがって、その意図に反して課税されたとしても、それは単に節税対策を誤ったに過ぎないというべきであり、そもそも節税対策であることの認識がある以上、それが功を奏して他の法形式を選択した場合よりも税金の点で利益を享受することがある反面、場合によっては期待するような節税効果があげられないことのあり得ることも当然想定すべきものであって、現実に課税された時点で当初の期待に反することを理由にいったん選択した法形式を否定することは、自らの判断の誤りを理由に、しかもそれが誤っていた場合にのみ、右法形式を前提に形成された租税法律関係を覆すことを意味し、一方で法形式選択の自由を享受しながら、他方で自らの選択を自らの判断の誤りをもって撤回する行為であって、もはや意思主義の観点から取引安全に制約を加えることによって表意者を保護しようとする錯誤の適用場面とは異なるものというべきである。

本件についてこれをみれば、本件節税対策もまさに節税のためにひとつの法形式を自由に選択して行われたものであり、故忠治や原告が本件株式の購入価額を知った上で敢えて前記のような内容の節税対策の実行に及び、その一環として本件贈与をしたのであるから、その効果として期待した節税効果があげられなかったとしても、その選択した法形式をいまさら否定することはできず、また、これを錯誤ということはできない。

また、仮に原告主張のような錯誤が認められるとしてみても、申告納税方式が採用され、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等が課されるものとされていることに照らせば、納税義務者において、法律行為の要素たりうる課税負担に関する錯誤が存するからといって、それによる法律行為の無効を理由にいつでも納税義務を免れうるものとしたのでは、租税法律関係が不安定となるばかりでなく、申告納税方式の破綻につながるおそれもあることからすれば、右錯誤による法律行為の無効については、法定申告期限を経過した後においては、更正の請求(国税通則法二三条)によってその救済が図られるべきであり、更正の請求以外にその是正手段を許さなければ納税義務者の利益を著しく害するような特段の事情がある場合を除いては主張できないものと解すべきであって、本件では右特段の事情の存在は認められない。

2  なお、原告は本件贈与によって実質的には何らの経済的成果もあげていないと主張するが、前述のように、原告は本件贈与によって本件株式を取得した後、そのうち七万八〇〇〇株を一三億四一六七万八〇〇〇円でセムヤーゼに売却した上、売却代金のうち一二億九六一九万五一五〇円を東柏産業に貸し付けているのであるから、経済的な成果を得ているということができ、それは本件更正処分時においても消滅しておらず、原告の右主張は理由がない。

3  したがって、本件贈与の錯誤無効を理由として本件更正処分及び本件賦課決定が違法であるとする原告の主張は理由がない。

四  以上によれば、原告は本件贈与税の申告において、課税価格及び納付すべき税額を過少に申告していたこととなり、右過少申告について国税通則法六五条四項に定める正当な理由の存在も認められない。そして、過少申告加算税額についての被告の算定(第二の四1(二)記載)も相当であって、本件賦課決定に違法はない。

五  結論

よって、本件更正処分及び本件賦課決定は適法であり、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、平成一一年一二月六日に終結した口頭弁論に基づき主文のとおり判決する。

(裁判官 西島幸夫 伊藤敏孝 鈴木秀雄)

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