千葉地方裁判所 平成12年(ワ)1621号 判決 2000年12月05日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 請求
被告は、原告に対し、金574万4,073円及びこれに対する平成12年7月19日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、破産宣告後に退職した原告が、その退職金のうち破産財団に組み入れられなかった部分から破産手続によらずに債務の弁済を受けた被告に対し、同債務の弁済が法律上の原因なくしてなされたものである旨主張して、同弁済金額相当額を不当利得の規定に基づき返還請求している事案である。
二 当事者間で争いのない事実
1 原告は、平成11年11月15日午前10時、千葉地方裁判所一宮支部にて破産決定を受け、弁護士滝沢信が破産管財人に就任した。
2 原告は、同破産決定当時、千葉県夷隅郡大多喜町役場に勤務する地方公務員であり、原告が有する財産としては、将来給付される予定の退職金があった。そして、破産決定当時の同退職金は、試算で2,077万6,489円であったから、その4分の1である519万4,122円が、原告退職後の平成12年4月、破産財団に組み入れられた。
3 同退職金の支払いの際、退職金支払機関である千葉県市町村総合事務組合(以下「本件事務組合」という。)は、原告の破産債権者である被告に対して原告の被告に対する未返済貸付金の返済として、574万4,073円を払い込み、被告はこれを受領した。これによって、本件事務組合から原告に対する退職金の支払いは、同金額減少した。
三 争点
本件の争点は、破産宣告後に職場を退職した破産者の債権者が、同破産者(債務者)の退職金のうち破産財団に組み入れられなかった部分から破産手続によらずにその債務の弁済を受けることが、その破産者との関係で不当利得になり許されないか否かであり、両当事者の主張は以下のとおりである。
1 原告の主張
被告は、原告の破産債権者であり、破産債権の回収は、当該破産手続内において破産配当を受けることによって満足すべき立場にある。そして、退職金のうち、破産決定時に破産財団を構成する退職金相当額の4分の1は、破産財団に組み入れられているのであり、被告の破産債権者としての地位は後日の破産配当によって満足されるべきものである。
破産配当の原資になるものは、破産決定時に原告が有していた財産に限られ、それ以後に取得したものはいわゆる新得財産として、破産者である原告が自由に処分することができるのであり、破産配当の原資になるものではない。そして、原告の破産決定後の退職金相当部分は、破産決定後に発生したものであるので、新得財産にあたる。従って、破産決定後に原告に対する債権を有していない被告には弁済を受ける法律上の根拠はない。
被告は、破産決定前の退職金相当部分については、破産手続によらないで破産債権を事実上回収しており、破産決定後の退職金相当部分については、債権を有していないにもかかわらず債権を回収しており、いずれも、法律上の原因によらずに原告の退職金の一部である574万4,073円を取得したものといえる。
被告は、本件事務組合が被告に対して行った払込みが、原告の新得財産から「任意」になされたものであると主張しているが、同事務組合は原告の意思に反して勝手に払込んだのであるから「任意」とはいえない。
2 被告の主張
共済組合員である原告への給料の支払いは、従前は給与支給機関である千葉県夷隅郡大多喜町によって行われ、その際、地方公務員等共済組合法(以下「地共法」という。)第115条2項により組合に対する償還金等の原告の債務の弁済は、これを給与から控除して組合に払い込むことによって行われてきた。原告は、被告から昭和60年10月18日に850万円を借入れ、同年11月から毎月月賦償還してきたものである(なお、原告が被告に差し入れた借用証書には、被告組合貸付規則を承知のうえ借用し償還する旨明記されており、右規則第15条は、給与支給機関が、償還金を給与から控除する旨を規定している。
原告は、破産宣告を受けた後である平成12年3月末日に退職したものであるが、原告に対する退職金の支払いは本件事務組合によって行われ、被告に対する残債務の弁済は、同様に地共法の前記規定によって、同組合が同退職金から控除し、原告に代行して被告に払い込むことによって行われた。
破産者である原告が、新得財産(である退職金)から任意に債務の弁済を行うことは何ら差し支えなく、右記地共法第115条2項による払込みは、組合員である原告の債務の弁済を代行するものであり、組合員の行為と同視しうるものであるから有効である。
第三 争点に対する判断
一 原告は、破産決定後に職場を退職しており、同破産決定前の労働に対する対価としての退職金部分のうち、前記のとおり、破産財団に組み入れられなかった部分は原告の自由財産、同破産決定後の労働に対する対価としての退職金部分は、原告の新得財産であり、いずれも、破産者である原告が自由に処分することができる財産であるものということができる。
そして、破産者が、その債権者に対し、その自由財産から破産手続外で任意に弁済をなした場合、他の債権者との間で偏頗弁済としてその効力が問題になりうる場合はあるとしても、少なくとも、破産者と弁済を受けた債権者との間では、その弁済が任意になされたものである限り、同弁済は有効であるものと解すべきである(破産法第16条は、破産者が、その債権者に対し、その自由財産ないし新得財産から任意に弁済することまで禁じたものとは解されない。)から、被告が、原告の自由財産ないし新得財産としての退職金の残金から、その債権の弁済を受けた行為が、任意の支払いといえるか否かについて以下検討する。
二 証拠(乙一及び二、弁論の全趣旨)によると、原告は、被告から昭和60年10月18日に850万円を借り入れ、同年11月から毎月月賦償還してきたこと、同借入の際に原告から被告の理事長宛に差し入れられた借用証書には、被告の貸付規則を承知のうえ借用し償還する旨が明記されていること、同貸付規則の第15条は、給与支給機関が、貸付償還金を借受人の給与から控除して被告の理事長に払い込む旨を規定していること、原告に破産決定がされるまでは、千葉県夷隅郡大多喜町が、原告に対して給与を支給する際、地共法第115条2項の規定に基づいて、償還金等の原告の債務の弁済金をその給与から控除して被告に払い込んできていたこと、がそれぞれ認められる。
三 本件事務組合が、原告の退職金の中から、被告に対して、原告の被告に対する未返済貸付金の返済として574万4,073円を払い込んだ行為は、地共法第115条2項の規定に基づいて行われたものと認められるが、同規定は、地方公務員等共済組合がその組合員から貸付金等を確実に回収し、もって組合の財源を確保する目的で法定されたものであり、同法の同規定が、「組合員に代わって組合に払い込まなければならない。」と規定していることに照らすと、本件事務組合による右記金員の払込みは、共済組合である被告に対する組合員である原告の債務の弁済を同事務組合が代行したものであるということができる。
そして、原告は、前記のとおり、被告から前記貸付を受ける際、前記貸付規則を承認のうえ借用し、償還することを約したものであるから、原告は、給与支給機関が、被告に対する債務を原告の給与から控除して被告に支払うことに同意していたものといえるが、乙一によると、同借用証書中の同約定は、その文面上、何らの留保もなくなされていることが認められるし、同貸付の際、原告が、将来破産した際には同貸付規則の規定に従わない旨の意思を被告に表示し、被告がそれを了解したことも認められないから、原告の退職金支払機関である本件事務組合が、原告に対して退職金を支給する際、同退職金から前記金員を原告に代わって被告に払い込んだ行為は、原告と被告との右記合意に基づくものであり、原告が任意になしたものと評価することができる(よって、同払込みが、本件事務組合が原告の意思に反して勝手に行ったものである旨の原告の前記主張は採用できない。)。
四 そうすると、本件事務組合を通しての退職金の一部の被告に対する支払いは、原告が、自由に処分をすることができるその自由財産ないし新得財産から任意になしたものであり、法律上の原因を欠くものとはいえないから、同支払いが不当利得である旨の原告の主張は認められない。
五 以上検討のとおり、原告の請求は理由がない。