千葉地方裁判所 平成13年(わ)2283号 判決 2003年2月19日
主文
被告人Aを懲役4年及び罰金200万円に,同Bを懲役4年6月及び罰金250万円にそれぞれ処する。
未決勾留日数中,被告人Aに対しては320日を,同Bに対しては280日を,それぞれその懲役刑に算入する。
被告人両名においてその罰金を完納することができないときは,それぞれ金1万円を1日に換算した期間,その被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人両名は,C,D,E,Fらと共謀の上,営利の目的で,平成13年10月14日,千葉県夷隅郡a町b番地所在のd灯台から真方位122度,約45海里付近の公海上において,船籍不明の船舶に乗船中のいずれも自称中華人民共和国の国籍を有する外国人であって入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸する目的を有するGら91名の集団密航者を,上記D,同E及び同Fにおいて,日本船籍の船舶「H」に乗り込ませて自己らの管理の下に置いた上,同集団密航者を,同海域から本邦に向けて輸送し,上記d灯台から真方位69度,約12海里付近において,同船により本邦領海内に入らせ,さらに,本邦内において,上陸予定場所である同県山武郡e町fg番地h付近のi漁港に向けて輸送したものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
被告人両名の弁護人らは,被告人両名には輸送するものが集団密航者であるとの認識,認容がなかったから,被告人両名はいずれも無罪である旨主張し,被告人両名もそれぞれこれに沿う供述をしているので,判示のとおり認定した理由につき補足して説明する(補足説明中の日付は,いずれも平成13年である。)。
1 関係各証拠によれば,①10月上旬ころまでに,被告人Aが,中国人とおぼしきCこと氏名不詳者(以下「C」という。)から,中国から日本に船で運んで来るもの(以下「荷物」ということがある。)の陸上輸送を依頼され,被告人Bの了解を得てこれを承諾したこと,②同月11日ころ,被告人Bが交渉して,被告人両名において千葉県旭市j字kl番地m所在の株式会社I産業所有の別荘(以下,単に「別荘」という。)を20万円で数日間借り受けたこと,③そのころ,被告人Aにおいて,J及びKに対し,1日2万円の報酬で上記陸上輸送に使用する貨物自動車の運転を依頼したこと,④同月12日ころ,被告人Bが同行して被告人A及びCらにおいて別荘に取り付けるカーテン等を購入した後,被告人両名において別荘に行って電気や水道が使えるように手配したこと,⑤同月13日ころ,被告人両名は,J,Kらと共に,レンタカー会社に立ち寄ってワゴンタイプの乗用自動車(ホンダオデッセイ。以下「オデッセイ」という。)を借り受けた後n駅近くの喫茶店「L」でCと会い,同店を出てから,C,J及びKのほか,同店付近で一緒になった中国人とおぼしき者10名くらいと共に,乗用自動車に分乗して別荘へ行き,被告人Aは,それまでの間にCから「荷物」の数量が増えた旨告げられたこと,⑥次いで,被告人両名は,C,J,K及び中国人とおぼしき者若干名と共に判示i漁港へ行った後,多量の食料品を購入して別荘に戻ったこと,⑦同日は,被告人両名は,J,K,C及び10名くらいの中国人とおぼしき者と別荘に泊まり,本件犯行当日である同月14日,被告人Aは,J及びKと共にレンタカー会社へ行き,Cの依頼により同被告人が手配しておいた普通貨物自動車(アルミバントラック。以下「トラック」という。)2台を借り受けたこと,⑧同日昼ころ被告人Bは別荘から帰ったが,同日夕刻,Cの合図により,被告人AがオデッセイにC及び中国人とおぼしき者数名を乗せ,J及びKがトラックを運転して,i漁港岸壁へ行き,これらの者が同所で待機する中,Cが別途手配したDが判示「H」を操船し,E及びFがこれに乗船した上,Dらにおいて,公海上で集団密航者91名を船籍不明の船舶から「H」に乗り込ませて,判示のとおり同船で同集団密航者を輸送して本邦領海内に入らせ,さらにi漁港に向けて輸送したが,上陸前に海上保安官により検挙されたこと,⑨被告人Bは,別荘の賃料,各レンタカー使用料,前記カーテン等購入代金等合計数十万円をその都度立て替えて支払ったこと,⑩被告人Bは,上記以外にも,Cらとi漁港へ行ったことがあり,その際,Dに会ったこと,がそれぞれ認められ,これらの点について弁護人ら及び被告人両名は特に争ってはいない。
2 被告人Aの公判廷における弁解は,要するにCから陸上輸送を依頼された「荷物」は魚介類だと思っていた,というのであり,被告人Bの弁解もほぼ同様であるところ,被告人両名も格別争わない上記認定事実だけを見ても,被告人両名において,Cの依頼を受けて同人と連繋を取りつつ,集団密航者の受入れ及び陸上輸送態勢を確保すべく準備していたことが容易に看取されるのであるが,証人Jは,さらに,「10月10日過ぎに,被告人両名が当時居住していた東京都足立区内のoコーポp号室(以下,単に「oコーポp号室」という。)において,被告人Bもいた際に,被告人両名のどちらか,多分被告人Aから,トラックで中国人を運ぶアルバイトをしないかと言われ,中国人密航者を運ぶ仕事だと理解して,これを引き受けた。その際,被告人Bが被告人Aに『Jさんに言ってみろ』というようなことを言ったので,この仕事は被告人Bからのものだと思った。同月12日夜,oコーポp号室で,被告人両名及びKがいたときに,被告人Aか被告人Bから中国人は50人くらいで船で来ると聞いた。また,その際,中国人密航者が窒息しないようにトラックの後ろのドアのパッキンを外そうという話になり,10月14日の朝トラックを借りて来てから,別荘で,被告人両名,C,Kらと共にトラックのパッキンを外そうとしたが,外れなかったので,ドアに段ボールを挟んですき間を作ることにした。段ボールを使うことは,被告人Bが言ったと思う」旨供述している。
Jの証言は,発言者が被告人両名のいずれであるかについて記憶のあいまいな部分が見受けられるが,その供述する本件犯行に関与するに至った経緯,本件犯行の準備状況等に不自然かつ不合理な点がなく,反対尋問においても動揺することなく一貫しており,被告人両名の関与態様について覚えていないところはその旨述べるなど,その証言態度が率直である上,Jは,被告人両名又は被告人Aからトラックの運転を頼まれた際,運ぶものが何であるかは被告人両名又はそのいずれかから知らされる以外に知るすべがなかったのであるから,被告人両名ともそれが魚介類であると思っていたのであれば,Jもまた被告人両名からは単なる荷物あるいは魚介類と聞いたはずであり,報酬1日2万円の約束でトラックの運転を頼まれたにすぎないJにおいて,被告人両名から依頼を受けた当初から中国人を運ぶと聞いた旨,殊更,事実に反し,しかも自己が刑事責任を負うことになる供述をすべき理由は全くない。
そうすると,Jの上記証言は高度の信用性を有するものということができる。
3 また,Jと同様にトラックの運転を依頼された証人Kも,その供述内容にやや不合理な変遷があってその供述を全面的に信用することはできないものの,「10月12日にoコーポp号室でトラックの運転を頼まれた際,当初は単に荷物を運ぶという話だったが,その日のうちに,被告人Bか被告人Aから,中国から船で来た中国人を運ぶと聞いた」旨供述しており,この点の証言の信用性が高いことは,Jの証言について述べたと同様であって,J及びKの両名が共に,それぞれ被告人らから依頼を受けた当初ないしその直後から運ぶものが中国人であることを聞いた旨証言していることは,両証人のこの点の証言が極めて高度の信用性を有することを示している。
4 加えて,被告人Aは,捜査官に対し,起訴(11月9日)直前の11月7日から起訴後の12月5日にかけて,Cから依頼を受けた当初ないしその後間もなくから密航者を運ぶ仕事であると理解していた旨の供述や10月13日に別荘で皆で夕食をとった際,Cが,同被告人や被告人Bの近くに来て,タイ語で人数を数えるときに使う「コン」という言葉を使って「明日,予定どおり75コンだから,男が25コンで女が50コンだ。いい女がたくさんいるよ」と言ったなどという被告人両名とも密航者を運ぶことを事前に承知していたことを示す供述あるいはそのことを前提とする供述をしているところである。
もっとも,弁護人らは,被告人Aは,取調べを受けた際,服用していた精神病薬の副作用により利益誘導を受けやすい精神状況下にあり,取調官から調書が合えば執行猶予になる旨説明されて,Jの供述に合わせた供述をしたもので,同被告人の捜査官に対する各供述調書は,いずれも任意性に疑いがある旨主張する。
しかし,被告人Aは,公判廷において,当時の取調べの際の状況につき,精神病薬を飲むと「酔っ払ったような状態になり,気が大きくなって,何も考えないでよくなる」などと供述する一方,取調べ警察官から「予備だから軽いから」と言われて,「罰金刑か執行猶予だと思った」,「罰金程度なら認めて早く出ようというふうに思うようになった」などと自分なりに打算を働かせて供述したとの趣旨の供述もしており,同被告人が捜査段階から弁護人を選任し,接見も受けていながら,起訴後1か月近くもの間取調べに応じて上記のような供述を続けていたことをも併せ考えると,これらの供述調書作成当時正常な判断ができない状態であったかのようにいう同被告人の公判供述は信用できない。また,仮に同被告人が無実であるならば,罪責の軽重などは問題とならないのであるから,罰金刑か執行猶予なら認めてもよいというのも不合理というほかなく,さらに,同被告人の各供述調書には,Jが知り得ず,したがって供述し得ない事柄も多々ある上,同被告人は,被告人Bの第5回公判期日に証人として出廷した際,「検事から,カーテンをかけた目的について,密航者を匿ったときに外から見えないようにするためじゃないか,とずっと言われていた。Jさんがそういうふうに言ってるんだと言われた」と供述するものの,同被告人の12月5日付け検察官調書には,「Cが,『中国人10人くらいが別荘に行くので,通報でもされたら嫌だから窓にカーテンをかけて外から見えないようにしよう』と言ったからです」との供述記載があるなど,同被告人が自己の言い分を曲げてJの供述に合わせた供述をしたような状況もうかがわれない。
以上によれば,被告人Aの捜査官に対する上記供述調書は任意性に疑いがあるとの弁護人らの前記主張は理由がなく,その信 用性についての弁護人らの主張を踏まえて検討しても,これらの供述調書は基本的に信用できる。
5 なお,被告人Bは,10月12日の夜は,oコーポp号室の被告人Aらがいたリビングルームの奥の部屋で,Mと債権回収についての打合せをしていたため,被告人AやJらの話に加わったことはない旨供述し,証人Mもこれと同旨の供述をしているほか,これに沿うかのような民事事件受付カードも存するが,被告人Bが隣室でMと上記打合せをしていたとしても,その時間及び態様については同被告人及び証人Mの供述を裏付ける客観的証拠はなく,同被告人が被告人Aらの話に加わることは容易であって,被告人B及び証人Mの上記各供述は,同被告人が同日oコーポp号室で被告人A,J及びKと本件犯行について打合せをした事実を排斥するものとはならない。
6 以上によれば,輸送するものが集団密航者であることは知らなかった旨の被告人両名の前記各供述は信用できず,被告人両名が,集団密航者を輸送することを事前に了解した上,Cらと共謀して本件犯行を敢行したものであることは明らかである。なお,被告人両名の各供述からすると,本件にNが関与していたこともうかがわれないではないが,そのことによって被告人両名の本罪の成否が左右されるものではない。
(累犯前科)
1 被告人Aは,平成8年6月13日東京地方裁判所で住居侵入,窃盗の各罪により懲役8月に処せられ,平成9年1月25日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。
2 被告人Bは,平成10年6月25日東京地方裁判所八王子支部で覚せい剤取締法違反の罪により懲役2年に処せられ,平成12年6月5日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。
(法令の適用)
省略
(量刑の理由)
本件は,被告人両名が,Cらと共謀の上,営利の目的で,自己らの管理下にある集団密航者91名を本邦に向けて輸送して本邦領海内に入らせ,さらに本邦内において上陸場所に向けて輸送した,という事案である。
本件集団密航は,中国の密航組織や被告人Bら日本の暴力団関係者等多数の者が関与し,役割を分担して実行された計画的,組織的かつ国際的な犯行である上,集団密航者が本邦に不法上陸する事態は未然に防止されたものの,被告人らが輸送し,本邦領海内に入らせた集団密航者は91名もの多数に上っており,本件は,我が国の出入国管理行政に対する重大な侵害行為である。集団密航事犯が後を絶たない昨今の情勢にかんがみると,このような組織的かつ大規模な集団密航事犯に対しては,一般予防の見地からも厳しい態度で臨む必要がある。
しかるところ,被告人両名は,いずれも多額の報酬欲しさに本件犯行に加担したもので,犯行の動機に酌量の余地は全くない。加えて,被告人Aは,本件集団密航の首謀者的存在であるCから依頼を受けて集団密航者の陸上輸送を請け負うとともに,そのためのトラック2台及びその運転手2名を手配し,密航者らの隠匿場所を準備するなどしたもの,被告人Bは,被告人Aから,本件犯行の進行状況等について随時報告を受け,あるいは直接事前謀議に参加した上,密航者らの隠匿場所とするための別荘を自ら手配したほか,その使用料や密航者らを輸送するためのトラックのレンタル料金などの犯行に必要な資金を提供するなどしたもので,被告人両名とも本件集団密航を実行するために不可欠な重要な役割を果たしている。
以上の諸点のほか,被告人Aについては,同被告人は,前記累犯前科1犯のほか,窃盗罪により1回執行猶予付き懲役刑に処せられ,傷害罪等により2回罰金刑に処せられた前科を有しており,規範意識の鈍麻がうかがわれること,犯行を認めた時期はあったものの,公判廷では不合理な弁解に終始し,反省の情を認め難いこと,被告人Bについては,同被告人は,前記累犯前科1犯のほか,覚せい剤取締法違反,傷害,銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により4回懲役刑に処せられ(うち1回は保護観察付き執行猶予),傷害罪により2回罰金刑に処せられた多数の前科を有している上,前刑出所後1年4か月余りで本件犯行に及んでおり,規範意識の欠如が著しいこと,捜査,公判を通じ不合理な弁解に終始し,反省の情が全く認められないことなどをも併せ考えると,被告人両名の刑事責任はいずれも重い。
そうすると,本件犯行に係る集団密航者は上陸前に全員検挙され,実質的に見て本件集団密航は失敗に終った上,被告人両名においても報酬を得るには至らなかったこと,被告人両名は本件集団密航事犯の首謀者ではないことなど,被告人両名のため酌むべき事情を十分考慮しても,いずれも主文の刑は免れない。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 被告人Aにつき懲役5年及び罰金300万円,同Bにつき懲役6年及び罰金500万円)
(裁判長裁判官 金谷暁 裁判官 土屋靖之 裁判官 齊藤貴一)