千葉地方裁判所 平成15年(わ)980号 判決 2003年12月17日
主文
被告人を懲役10年及び罰金250万円に処する
未決勾留日数中150日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは、金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
千葉地方検察庁で保管中のMDMA9袋(平成15年千葉検領1659号符号1ないし9)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、みだりに、営利の目的で、麻薬を輸入しようと企て、平成15年4月17日(現地時間)、ドイツ連邦共和国デュッセルドルフ空港において、ルフトハンザ・ドイツ航空第101便に搭乗するに当たり、同航空会社従業員に対し、カーボン紙等で9包に小分けした麻薬であるN・α―ジメチル―3・4―(メチレンジオキシ)フェネチルアミン(別名MDMA)の塩酸塩を含有する錠剤2万0113錠(平成15年千葉検領1659号符号1ないし9は、鑑定後の残量)を隠匿した黒色キャリー付きソフトスーツケースを、千葉県成田市所在の新東京国際空港までの機内預託手荷物として運送委託し、情を知らない上記デュッセルドルフ空港関係作業員らをしてこれを同航空機に搭載させて同空港を出発させ、同日(現地時間)、同国フランクフルト国際空港において、情を知らない同空港関係作業員らをしてこれを全日本空輸第210便に積み替えさせた上、同航空機により、同月18日午後3時1分ころ、前記新東京国際空港に到着させ、情を知らない同空港関係作業員らをしてこれを同航空機から機外に搬出させて本邦内に持ち込み、もってジアセチルモルヒネ等以外の麻薬を本邦に輸入するとともに、同日午後3時40分ころ、同空港内東京税関成田税関支署第2旅客ターミナルビル旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、上記のとおり麻薬を携帯しているにもかかわらず、同支署税関職員に対しその事実を秘して申告せず、そのまま同検査場を通過して輸入禁制品である麻薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかったものである。
(証拠の標目)<省略>
(事実認定の補足説明)
弁護人は、被告人にはMDMAを輸入するという故意がないので、本件公訴事実について被告人は無罪である旨主張し、被告人もこれに沿う供述をしているので、判示のとおり認定した理由につき補足して説明する(日付はいずれも平成15年である。)。
1 関係各証拠によれば、判示経路により被告人が本邦内に持ち込んだ判示スーツケース(以下「本件スーツケース」という。)には、仮装の底板がはめ込まれるなどして二重底工作が施され、その二重底部分の内側に、カーボン紙等で9包に小分けされた判示MDMAの塩酸塩を含有する各錠剤(以下「本件薬物」という。)が隠匿されていたこと、本件スーツケース内に入っていた衣類等は被告人が自ら詰めたものであること、被告人は、税関職員による本件スーツケースの開披検査の最中に、隣の検査台で検査を受けていた渡航者に話しかけるなどしていたことが認められ、これらの点については弁護人及び被告人も争ってはいない。
2 そして、被告人の携帯品検査に当たった税関職員である証人A(以下「A」という。)は、「携帯品検査の際、被告人は、私の質問に対し、本件スーツケースは自分のものであり、自分がドイツで買ったものである旨答えながら、すぐその後で、実は友達のものであると言い換えた。そこで、私達は被告人に対し何度かその「友達」の氏名を尋ねたが、被告人は、それには返答せず、「私が持ってきたスーツケースはこれぐらいの大きさだ」と身振りで表すなど、ちぐはぐな返答をした」旨供述し、同じく被告人の携帯品検査に当たった税関職員である証人B(以下「B」という。)は、Aの上記証言とほぼ同旨の供述をするほか、「被告人は、エックス線検査装置に映し出された本件スーツケースの底の部分の陰影を見せられた際、「どうおかしいのか分からない」と慌てたような感じで答えた。そして、私が「このスーツケースを持って来たのはあなたですね」と質問したところ、被告人は、しきりに、自分の本当の荷物はもっと小さい旨述べていたが、他人の荷物を間違って持って来たとは言っていない」旨供述している。
ところで、弁護人は、被告人が当初本件スーツケースは自分のものである旨述べたとのAらの各証言について、携帯品検査の際、財務事務官が被告人に対して行った関税法105条1項に基づく質問は実質的には刑事手続に近い性格を有し、これには憲法38条の適用があると解すべきであるとした上、前記Aらは被告人に対する質問を行うに当たり供述拒否権を告知していないから、これによって得られた被告人の財務事務官に対する上記供述を証拠とすることはできない旨主張する。しかしながら、憲法38条は供述拒否権の告知を義務付けるものではない上、同条1項は何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきところ、関税法105条1項に規定する質問は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を目的とする手続であって、刑事責任の追及を目的とする手続でないことはもとより、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものでもないのであるから、同法が罰則をもって関係者に対し同法に基づく税関職員の質問に応答すべき義務を課しているからといって、そのことが憲法38条1項に違反するものでもない。したがって、弁護人の上記主張は採用できない。
また、弁護人は、憲法38条の趣旨が実質的に損なわれるのを防止するため、関税法105条1項に基づく質問によって得られた資料は、関係者の刑事責任追及のために利用することはできず、刑事手続において証拠能力を持たないと解すべきであるとも主張するが、所論は、被告人が供述を強要されたことを前提とするものと解されるところ、本件において、被告人が税関職員から強要されて前記供述をするに至ったとは到底認められないから、所論はその前提を欠く。また、仮に所論が被告人が実際に供述を強要されたかどうかを問わない趣旨であるとすれば、所論は独自の見解であって採用できない。
そして、A及びBの前記各証言は、その供述内容に不自然又は不合理な点がない上、両証人とも殊更虚偽の供述をして被告人を罪に陥れるべき理由が全くないことなどから、いずれの証言も信用性は高いということができる。なお、Bの証言については、被告人が本件スーツケースは友達から借りたものであるとの説明を始めた時期につき記憶にあいまいな部分が認められるものの、Bは、被告人が、本件スーツケースにつき当初自分のものだと説明しながら、友達から借りたと説明を変更したこと自体は一貫して証言しており、上記あいまいさは上記の点についての同証言の信用性を左右するものではない。
3 以上の本件薬物の隠匿態様、前記各証人の証言等により認められる携帯品検査の際の被告人の言動を総合すれば、被告人は本件スーツケース内に麻薬等の違法な薬物が入っていることを認識していたものと優に推認できる。
4 これに対し、被告人は、捜査段階から一貫して犯意を否認し、最終的に当公判廷において、「ドイツに住んでいる両親を訪ねるため4月12日に当時住んでいたタイを出発してアムステルダム経由でドイツへ行ったが、両親に会うことができなかったため、計両を変更して、日本へ行くことにした。日本へ行こうと思ったのは、日本におけるドイツ語及び英語の教師の仕事に関するタイの新聞広告の内容が正しいかどうかを確認するためである。土産物等の荷物が自分のスーツケースに入りきらなかったので、おじのところで大きめのスーツケースを手に入れることができるかもしれないと思って、4月17日にデュッセルドルフのおじの家へ行ったが、おじは不在だった。そこで、デュッセルドルフのキオスクで、時間を潰すために3年前に一度会ったことのあるレーザーと会い、その際、レーザーに大きなスーツケースを購入できる場所を尋ねたところ、レーザーが本件スーツケースを貸してくれたので、これに荷物を詰めて日本に来た。本件スーツケースの中に本件薬物が入っていることは知らなかった」などと供述している。
しかしながら、被告人の捜査段階及び公判段階における供述を見ると、来日する直前のオランダ及びドイツ国内での滞在日時、行動等に関する供述内容に明らかに不合理な変遷が認められる上、被告人は、返還の具体的な約束をすることなく、3年前に1度しか会ったことがなく外国に居住しているレーザーからスーツケースを借りたとか、タイの新聞広告の内容の真偽を確かめるために来日したが、その新聞広告は持参しておらず、広告主の連絡先も把握していなかったと供述するなど、薬物の隠匿された本件スーツケースの入手経緯や来日目的に関する供述内容が極めて不自然・不合理であって、被告人の上記弁解は到底信用することができない。
5 以上の次第で、被告人は、本件スーツケースの中にMDMA等の違法な薬物が入っていることを認識しながらこれを本邦内に持ち込むなどしたものと認められ、判示各罪の故意に欠けるところはない。
なお、輸入に係る本件薬物の量及び本件犯行態様に照らすと、氏名不詳者らとの共謀及び営利の目的も優に認められる。
(法令の適用)
罰条
判示所為のうち、
ジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の営利目的輸入の点につき、刑法60条、麻薬及び向精神薬取締法65条2項、1項1号
輸入禁制品の輸入未遂の点につき、刑法60条、関税法109条3項、1項、関税定率法21条1項1号
科刑上の一罪の処理
刑法54条1項前段、10条(1罪として重いジアセチルモルヒネ等以外の麻薬の営利目的輸入罪の刑(ただし、罰金刑については輸入禁制品輸入未遂罪のそれによる。)で処断)
刑種の選択
懲役刑及び罰金刑
未決勾留日数の本刑算入
刑法21条(懲役刑に算入)
労役場留置
刑法18条
没収
麻薬及び向精神薬取締法69条の3第1項本文、関税法118条1項
訴訟費用の処理
刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は、被告人が、氏名不詳者らと共謀の上、営利の目的でMDMAの塩酸塩を含有する錠剤(以下、単に「MDMA」という。)2万0113錠を空路本邦に輸入したが、関税法上の禁制品輸入の点は未遂に終わった、という事案である。
本件は、計画性の高い組織的な犯行であり、MDMAの隠匿方法も巧妙である。また、本件輸入に係るMDMAは2万錠余りと極めて多量に上っており、これらが本邦内に流出すれば大きな害悪を及ぼしたであろうことは容易に推測できる。被告人は、報酬を目当てに本件を敢行し、いわゆる運び屋として実行行為そのものを分担したものと認められ、その利欲的な動機に酌量の余地はなく、果たした役割も重要である。
そのほか、被告人はMDMAの認識について不自然・不合理な弁解を繰り返しており、反省の情が認められないこと、近年、薬物事犯の撲滅が国際的にも緊急の課題となっていることなどをも併せ考えると、被告人の刑責は重い。
そうすると、本件輸入に係るMDMAはすべて押収され、結果的にその害悪が社会に拡散するには至らなかったこと、前科は認められないことなど被告人のため酌むべき事情を十分に考慮しても、主文の刑は免れない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・金谷 暁、裁判官・土屋靖之、裁判官・齊藤貴一)