大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成15年(ワ)1466号 判決 2004年7月15日

甲事件原告・乙事件被告

千葉市

甲事件原告

X1

ほか一名

甲事件被告

乙事件原告

富士火災海上保険株式会社

主文

一  被告Yは、原告千葉市に対し、八五九万三五六四円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Yは、原告X1に対し、五九万四〇〇〇円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告Yは、原告X2に対し、三九万九六〇〇円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告千葉市、原告X1及び原告X2の被告Yに対するその余の請求並びに乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

五  原告千葉市、原告X1及び原告X2に生じた訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告千葉市、原告X1及び原告X2の負担とし、その余を被告Y及び乙事件原告の負担とし、被告Yに生じた訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告千葉市、原告X1及び原告X2の負担とし、その余を被告Yの負担とし、乙事件原告に生じた訴訟費用は、乙事件原告の負担とする。

六  この判決は、主文第一項ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

(1)  被告Yは、原告千葉市に対し、九五四万八四〇五円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  被告Yは、原告X1に対し、六六万円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被告Yは、原告X2に対し、四四万四〇〇〇円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

原告千葉市は、乙事件原告に対し、二一〇六万五七五七円及びこれに対する平成一三年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

甲事件は、原告千葉市所有で原告X1運転、原告X2、A等が同乗の救急車(以下「本件救急車」という。)と被告Y運転の自家用普通貨物自動車が衝突した事故(以下「本件事故」という。)につき、いずれも民法七〇九条に基づき、被告Yに対し、原告千葉市が、車両損壊等による損害金九五四万八四〇五円及びこれに対する本件事故の日である平成一一年一二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告X1が慰謝料六六万円及びこれに対する上記同様の遅延損害金、原告X2が慰謝料四四万四〇〇〇円及びこれに対する上記同様の遅延損害金の各支払を求めた事案である。

乙事件は、被告Yとの間で車両保険契約を締結していた乙事件原告が、本件事故により、上記保険契約に基づき、本件事故により死亡したAの妻B及びCに対し、合計二八〇八万七六七七円を支払ったところ、本件事故の発生については原告X1らに七五パーセントの過失があるので、地方公務員である原告X1の使用者であり本件救急車の所有者である原告千葉市には、国家賠償法一条一項及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、上記過失割合に基づく損害賠償義務がある旨主張し、商法六六二条一項に基づき、原告千葉市に対し、支払った保険金のうち七五パーセントに当たる二一〇六万五七五七円の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実については証拠を掲記しない。)

(1)  本件交通事故の発生

ア 日時 平成一一年一二月二六日午前二時四五分ころ

イ 場所 千葉市<以下省略>先道路

千葉市若葉区高品町方面(以下「高品町方面」という。)から千葉市中央区新千葉方面(以下「新千葉方面」という。)に向かう道路(以下「南北道路」という。)と千葉市中央区本町方面(以下「本町方面」という。)から千葉市中央区椿森方面(以下「椿森方面」という。)に向かう道路(以下「東西道路」という。)が交差する信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)

ウ 加害車両 自家用普通貨物自動車(<番号省略>。以下「Y車」という。)

運転者 被告Y

エ 被害車両 本件救急車<番号省略>

運転者 原告X1

同乗者 原告X2(本件救急車の後部に搭乗していた救急隊員)

同 A(本件救急車の後部に搭載され搬送されていた患者)

同 B(同上)

オ 事故態様 原告X1が、本件救急車を運転し、東西道路を本町方面から椿森方面に向けて直進し本件交差点に至り、対面信号が赤色を示していたものの、これに従わず、本件交差点をサイレンを吹鳴し、赤色の警告灯を点灯して進行したところ、被告Yが、Y車を運転し、南北道路を高品町方面から新千葉方面に向けて進行してきて、本件救急車の右側面にY車の前部を衝突させ、その衝撃により本件救急車の後部扉を開放させるなどして原告X2、A及びBを車外に放出させた。

カ 結果 本件事故により、原告千葉市所有の本件救急車が全損し、原告X1が頚椎捻挫等の傷害を負い、原告X2が急性硬膜外血腫等の傷害を負い(乙七、一三、弁論の全趣旨)、Aが平成一二年一月六日死亡し、Bが第三頚椎骨折等の傷害を負った(甲一、乙一六)。

(2)  乙事件原告と被告Yは、平成一一年四月二三日、下記のとおりの自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

ア 被保険自動車 Y車

所有者 被告Y

イ 保険金額 対人 無制限

人身 四〇〇〇万円

対物 一〇〇〇万円

搭乗者傷害 一〇〇〇万円

ウ 保険期間 平成一一年四月二三日から一年間

エ 保険料 月額一万一六一〇円(初回は二万三二二〇円)

(3)  乙事件原告は、平成一三年六月二六日、本件保険契約に基づき、A死亡による保険金として、Aの妻B及び長男Cに対し、二八〇八万七六七七円を支払った。

二  主たる争点及びこれについての各当事者の主張

本件の主たる争点は、(1)本件事故発生についての被告Y及び原告X1の過失の有無並びに過失の割合、(2)原告千葉市、原告X1及び原告X2(以下「原告ら」という。)の損害額、(3)Aの損害額であり、各当事者の主張は、以下のとおりである。

(1)  争点(1)(本件事故発生についての被告Y及び原告X1の過失の有無並びに過失の割合)について

ア 原告らの主張

(ア) 原告X1は、緊急自動車である本件救急車を運転して東西道路を本町方面から椿森方面に向けて直進し本件交差点に至り、本件交差点の対面信号が赤色であったのを認めたが、十分に減速した上、サイレンを吹鳴し、赤色の警告灯を点灯して進行し、本件交差点内に明らかに先入したところ、被告Yが、酒気を帯び呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、かつ、最高速度である時速四〇キロメートルを超える時速七七キロメートルないし時速九二キロメートルでY車を運転して南北道路を高品町方面から新千葉方面に向けて直進し、本件交差点内に進行し、本件救急車の右側部にY車の前部を衝突させたものであるから、本件事故は、被告Yの一方的過失に起因するものというべきである。したがって、被告Yは、民法七〇九条に基づき、原告らが被った損害を賠償すべき責任を有する。

(イ) なお、被告Y及び乙事件原告(以下「被告Yら」という。)は、原告X1及び原告X2には、本件事故当時、本件救急車の後部ドアのロックをしていなかった過失がある旨主張するが、本件救急車の後部ドアはロックされていたものであり、被告Yらの主張は、理由がない。

イ 被告Yらの主張

(ア) 本件事故の態様は、被告Yが、Y車を運転して、南北道路を高品町方面から新千葉方面に向けて時速約八〇キロメートルで直進し、信号機により交通整理の行われている本件交差点にさしかかり、青色信号に従って本件交差点を直進したところ、サイレンを吹鳴し、東西道路の本町方面から椿森方面に向けて直進してきて、赤信号に従わずに、時速約二〇キロメートルを超える速度で本件交差点に進入してきた本件救急車の右側面にY車の前部が衝突し、その結果本件救急車の後部扉が開放され、原告X2、A及びBが車外に放出されたというものである。

(イ) 本件事故は、<1>制限速度を遵守せず、前方注視が不十分であった被告Yの過失、並びに、<2>緊急用自動車が赤信号に従わずに交差点を進行するに当たって求められる徐行及び交差道路を通行する車両の有無及び安全の確認を全く怠った原告X1の過失により生じたものである。

原告X1は、本件事故当時、千葉中央消防署の消防士であり、地方公共団体たる被告に属する地方公務員であり、その職務として本件救急車を運転していたから、原告千葉市は、国家賠償法一条一項及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によりAが被った損害を賠償する責任が存する。

(ウ) 原告X1に上記(イ)の各義務違反が存するほか、原告X1及び原告X2は、本件事故当時本件救急車の後部扉をロックすべき注意義務があったのにこれを怠った過失があるところ、Aが本件事故により本件救急車から車外に投げ出されて路面に頭部を強打した結果死亡していることにかんがみると、後部扉をロックすべき注意義務違反がAの死亡に寄与した程度は著しく大きいといえる。これらの事情を考慮すると、被告Yと原告X1及び原告X2との過失割合は二五パーセント対七五パーセントであるというべきである。

(2)  争点(2)(原告らの損害額)について

ア 原告らの主張

(ア) 原告千葉市

a レッカー費用 四万八四〇五円

b 本件救急車の全損時価額 九五〇万円

(イ) 原告X1

通院慰謝料 六六万円

原告X1は、本件事故により、頚椎捻挫等の傷害を負い、九六日間につき七二日間通院して治療を受けた。

(ウ) 原告X2

a 入院慰謝料 二四万円

原告X2は、本件事故により、急性硬膜外血腫等の傷害を負い、一四日間入院治療を受けた。

b 通院慰謝料 二〇万四〇〇〇円

原告X2は、本件事故により、急性硬膜外血腫等の傷害を負い、七日間通院して治療を受けた。

イ 被告Yらの認否

(ア) 原告千葉市の損害については認め、原告X1及び原告X2の損害については知らない。

(イ) 原告らの損害については、上記(1)、イのとおり七五パーセントを過失相殺すべきである。

(3)  争点(3)(Aの損害額)について

ア 被告Yらの主張

Aは、本件事故により死亡し、八九八二万三二九七円の人身損害を被った。

乙事件原告は、平成一三年六月二六日、Aの妻であるB及び長男であるCに対し、被告Y車及び本件救急車に付されていた自動車損害賠償保障法に基づく責任保険及び共済保険によっててん補されなかった損害二八〇八万七六七七円を支払った。

したがって、乙事件原告は、上記(1)、イの過失割合に基づき、原告千葉市に対し、商法六六二条一項に基づき、支払った保険金の七五パーセントに当たる二一〇六万五七五七円を求償することができる。

イ 原告らの認否

本件事故によりAに損害が生じたことは認め、Aの損害額及び乙事件原告の保険金支払の事実は知らず、その余の主張は、争う。

仮に、原告千葉市に過失割合が存在するとしても、その損害の分担割合は、Aの損害額として主張する八九八二万三二九七円を基準とすべきであり、原告千葉市は、B及びCに対し、既に上記損害額の約三四パーセントに当たる三〇五三万五六二〇円を支払っているのであり、原告千葉市の過失割合が三四パーセントより低いことは明らかであるから、乙事件原告が原告千葉市に保険代位により求償することはできない。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(本件事故発生についての被告Y及び原告X1の過失の有無並びに過失の割合)について

(1)  証拠(甲五、九、一〇の<1>、<2>、一一、一二、乙一ないし五、九ないし一二、二〇、二一)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

ア 原告X1は、本件事故当時、サイレンを吹鳴し、赤色の警告灯を点灯しながら、本件救急車を運転して東西道路を本町方面から椿森方面に向けて時速約五〇キロメートルで直進し、本件交差点に至ったところ、本件交差点の対面信号が赤色であったのを認めた。原告X1は、本件交差点の右方(南北道路の高品町方面)を見ながら停止線辺りまで進行し、停止線手前から減速して横断歩道を越えた辺りで時速約五キロメートル位になった。原告X1は、横断歩道を越えた付近に達した時点で南北道路の左方(新千葉方面)から進行してくる自動車が停止線辺りで停止してくれたのを認めたので、右方を十分確認しないまま加速をして、時速約二〇キロメートルないし約二三キロメートルで直進進行したところ、本件交差点の新千葉方面寄り中央付近で、本件救急車の右側部にY車の前部が衝突した。

イ 被告Yは、平成一一年一二月二五日午後一一時三〇分ころから同月二六日午前二時ころまで、行きつけのスナックで焼酎の水割りを焼酎の量にして約三〇〇ccないし約四〇〇cc飲み、同日午前二時一〇分過ぎころ、スナックを出た。被告Yは、当時、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態であったが、運転に支障はないと判断し、Y車を運転して帰途についた。被告Yは、南北道路を高品町方面から新千葉方面に向けて時速約七七キロメートル以上の高速で直進し、本件交差点付近に至ったところでサイレンの音を聞いたが、アルコールの影響で注意力が鈍っていたため、遠くで音がしていると感じ、青色信号に従ってそのままの速度で進行したところ、左方(本町方面)から本件救急車が進行してくるのを認め、急制動の措置を採ったが間に合わず、Y車の前部を本件救急車の右側部に衝突させた。

ウ 原告X1と原告X2は、本件事故当時、本件救急車の後部扉をロックしていたが、本件事故の衝撃により本件救急車の後部扉が開き、搬送されていたA、B及び搭乗していた原告X2が車外に放り出された。

(2)  被告Yらは、原告X1及び原告X2には、本件事故当時、本件救急車の後部扉をロックすべき注意義務があったのにこれを怠った過失がある旨主張する。しかし、本件救急車の後部扉は、半ドアの状態ではなく、きちんと閉まった状態では必ずロックされる構造である(車両の内部からドアロックをするのは、ドアの取っ手を動かなくして、搭乗者が誤ってドアをあけるのを防ぐ役目をしているに過ぎず、ドアがロックされているか否かとは関係がない。)ところ、原告X1及び原告X2とも本件救急車の後部扉が半ドアになってはいなかった旨陳述しており、半ドアになっているか否かは、警告ランプ等により運転者が容易に把握することができるから、原告X1及び原告X2の上記陳述は信用できるというべきである。したがって、本件事故当時、本件救急車の後部扉はロックされていたと認められる(甲五、九、一〇の<1>、<2>、一一、一二)ので、被告Yらの上記主張は、採用できない。

(3)  前記(1)の認定事実に基づき、原告X1と被告Yの過失割合を検討すると、原告X1の運転車両が救急車という緊急車両であり、赤信号の場合であっても一般車両に対し優先権がある上、本件事故当時、サイレンを吹鳴し、赤色の警告灯を点灯して走行し、本件交差点手前において、一旦時速約五キロメートルに減速した後、時速約二〇キロメートルないし約二三キロメートルに加速して進行しているのに対し、被告Yは、本件事故当時、時速約七七キロメートル以上の高速で進行していたのみならず、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態であり、本件交差点付近に至ったところでサイレンの音を聞いたが、アルコールの影響で注意力が鈍っていたため、遠くで音がしていると感じて一時停止するなどの措置を全く講じず、青色信号に従ってそのままの速度で進行したものであり、その過失は極めて大きいといわざるを得ないのであって、原告X1に徐行義務違反及び右方の注視義務違反があることを考慮しても、原告X1と被告Yの過失割合は一〇パーセント対九〇パーセントとするのが相当である。

二  争点(2)(原告らの損害額)について

(1)  原告千葉市関係

原告千葉市が、以下のとおり、九五四万八四〇五円の損害を被ったことは当事者間に争いがない。

ア レッカー費用 四万八四〇五円

イ 本件救急車の全損時価額 九五〇万円

上記一で認定したとおり、本件事故については、原告X1にも一〇パーセントの過失があると認められるので、これを過失相殺すると、原告千葉市の損害は、八五九万三五六四円となる。

(2)  原告X1関係

原告X1は、本件事故により、頚椎捻挫等の傷害を負い、九六日間につき七二日間通院して治療を受けたところ、これを慰謝するためには六六万円をもってするのが相当である(甲一、乙六、七、弁論の全趣旨)。

上記一で認定したとおり、本件事故については、原告X1にも一〇パーセントの過失があると認められるので、これを過失相殺すると、原告X1の損害は、五九万四〇〇〇円となる。

(3)  原告X2関係

原告X2は、本件事故により、急性硬膜外血腫等の傷害を負い、一四日間入院治療を、七日間通院治療を受けたところ、これを慰謝するためには四四万四〇〇〇円をもってするのが相当である(甲一、乙八、一三、弁論の全趣旨)。

上記一で認定したとおり、本件事故については、原告X1にも一〇パーセントの過失があると認められるので、これを過失相殺すると、原告X2の損害は、三九万九六〇〇円となる。

三  争点(3)(Aの損害額)について

乙事件原告の主張によれば、本件事故によるAが被った人身損害は、八九八二万三二九七円であるところ、前記一のとおり、原告X1と被告Yの過失割合は一〇パーセント対九〇パーセントとするのが相当であるから、原告X1の使用者であり、本件救急車の所有者である原告千葉市が負担する損害金は、八九八万二三二九円である。ところで、原告千葉市は、B及びCに対し、上記損害額のうち三〇五三万五六二〇円を支払っている(甲三)から、既に、原告千葉市の負担すべき金額以上の支払をしていることが明らかであり、乙事件被告から求償を受ける余地はない。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例