千葉地方裁判所 平成15年(行ウ)31号 判決 2004年10月08日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が平成15年4月8日付けで原告に対してした,原告が平成15年1月24日付けで提起した地方自治法176条5項の規定による審査申立てを棄却する旨の裁定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,浦安市議会(以下「市議会」という。)が行った地方自治法(以下「法」という。)100条1項に基づく調査を行うための特別委員会の設置の議決は,当該特別委員会の調査事項が市の事務に当たらないから法100条1項の立法趣旨に抵触するものである等として,法176条5項に基づいて,被告に対し,前記議決について審査を申し立てたところ,被告がこれを棄却する旨の裁定(以下「本件裁定」という。)をしたことから,本件裁定は違法であるとして,法176条7項に基づいて,その取消しを求めている事案である。
1 前提事実(各項目の末尾に証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがないか,明らかに争わない事実である。)
(1) 平成14年11月27日,当時,八千代市長であったAは,八千代市のごみ焼却施設「八千代市清掃センター」の運営委託契約をめぐって,廃棄物処理施設管理業を営む株式会社B(以下「B」という。)の前社長Cらから現金を受領したとの収賄の嫌疑により逮捕された。
D新聞,E新聞,F新聞,G新聞等は,翌日の同月28日から同年12月17日にかけて,Aが逮捕された事実等を報道するとともに,浦安市長であるHが,市長に当選する以前の平成9年にCから月十数万円の資金的な援助を受けていたこと,CをAに紹介したのはHであること,Bは,浦安市(以下「市」という。)のごみ焼却施設「浦安市クリーンセンター」(以下「市クリーンセンター」という。)が設置された平成7年度から平成9年度まで,他の業者1社と共に,随意契約により,市から市クリーンセンターの運営管理業務の委託を受けていたが,平成10年度は受託業者から外されたこと,Bは,Hが市長に当選した平成11年度に再び市クリーンセンターの運営管理業務の委託を受けたこと,その理由につき,市は,平成14年11月29日の市議会において,市クリーンセンターでは,平成10年度以降も,Bの従業員が受託業者である他の1社の従業員と共に勤務していたため,平成11年度の業務委託先選定作業の際,市クリーンセンターから,業務委託先をBを含む2社の特別共同企業体に戻すべきであるとの声が上がり,Bを再度,受託業者としたものであり,Hからの働きかけは一切なかった旨説明したこと等を報道した。
(乙11,弁論の全趣旨)
(2) 市議会は,平成14年12月19日,新聞報道された企業からの資金提供問題につき法100条1項に基づく調査を行うため,要旨,以下のとおり,「企業からの資金提供問題調査特別委員会」(以下「本件委員会」という。)の設置を議決(以下「本件議決」という。)した。
ア 調査事項 企業からの資金提供に関する問題
イ 法100条1項により選挙人その他の関係人の出頭,証言及び記録の提出を請求する権限及び同条に必要な議決事項並びに同条10項により団体等に照会をし又は記録の送付を求める権限を,本件委員会に委任する。
(3) 原告は,同月24日,本件議決は,本件委員会の調査事項が市の事務に当たらないから,議会に調査権を認める法100条1項の立法趣旨に抵触するものであるとの理由により,法176条4項に基づいて,本件議決を再議に付したが,市議会は,平成15年1月22日,本件議決と同一の内容の議決(以下「本件再議決」という。)をした。
(4) 原告は,同月24日,法176条5項の規定により,被告に対し,本件再議決は,要旨,以下のとおり,法100条1項の調査権の範囲を逸脱する調査事項を対象とする委員会の設置を議決したものであるから違法であるとして,その取消しを求める審査の申立て(以下「本件審査申立て」という。)をした。
ア 本件議決は,市の事務ではない「企業からの資金提供に関する問題」を調査事項としている。
イ 法100条1項に基づく調査の対象である事務の内容は,行政実例によれば,一般的包括的に市政全般について調査する旨の議決はなし得ず,当該地方公共団体の事務のうちいかなる範囲のものについて調査権を行使するかを議決すべきものとされているが,本件議決は,具体的に市のどのような事務について調査を行おうとするのかが特定されていない。
ウ 法100条1項に基づく調査権は,一般的に,当該地方公共団体の事務についての議決の権限行使を補助するものであるから,政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出すようなことはできないとされているところ,「企業からの資金提供に関する問題」についての調査は,市長就任前の私企業に対するものであると思われ,その目的から考えて,法100条1項に基づく調査権の対象とならない。
(5) 被告は,平成15年4月8日,要旨,以下の理由により,本件審査申立てを棄却する本件裁定をした。
ア 調査事項と市の事務との関連性について
法100条1項に基づく調査権の対象については,当該地方公共団体の事務に関する限り,政治調査等を含め広範に及ぶと解されているところ,本件議決において本件委員会の調査事項とされている「企業からの資金提供に関する問題」は,本件議決までの審議経過等を考慮すれば,Bと原告等との間の資金の流れやその性格だけを取り上げたものではなく,当該資金と市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務との関係を含めて調査対象としたものと解することができるから,行政実例のいう政治調査及び事務調査に当たると考えられる。市議会は,少なくとも市とBとの間の市クリーンセンター運転管理業務委託契約との関わりがあると認められる範囲内において,法100条1項に基づく調査を行うことが可能であり,本件議決が行われたこと自体を違法とすることはできない。
イ 調査事項の特定について
本件委員会の調査事項とされている「企業からの資金提供に関する問題」は,本件議決までの審議経過等を考慮すれば,Bと原告との間の資金の流れやその性格,及び当該資金と市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務との関係を調査対象としたものと解することができ,本件議決における調査事項の表現のみをもって,調査事項が一般的,包括的で内容の特定が困難であると解することは妥当でない。
ウ 調査の目的について
本件委員会の調査事項とされている「企業からの資金提供に関する問題」は,前記アのとおり,Bと原告との間の資金の流れやその性格だけを取り上げたものではなく,当該資金提供が市の事務にどのような影響を与えたかを解明することを目的とするものと解することができるものであり,市の事務とおよそ関係のない単なる政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出すことだけを目的としたものとはいえない。
(6) 原告は,同年5月17日,本件裁定を不服として,当庁に本件訴訟を提起した。
2 争点
(1) 行政事件訴訟法10条2項の準用の有無(原告が,本件裁定の違法事由として,本件再議決の違法を主張することは許されないか。)
(2) 本件裁定の違法性の有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告)
ア 憲法及び法は,普通地方公共団体の長と議会が,それぞれ住民により直接選挙によって選ばれ,相互に独立しかつ対抗牽制し合いながら住民の福祉を実現するべく,いわゆる首長制度を採用している。このような制度上,地方公共団体の長と議会が立場を異にし対立関係に立つことは異例なことではなく,本件のように法100条1項による調査権が発動されるような場合には,長と議会との間の政治的紛争の色彩が濃いことが少なくない。
そこで,法は,このような関係にある長と議会との関係を調整し,両者の対立の激化による地方行政の停滞と混乱を避けるべく,176条5項において,市町村長は,議会の議決が議会の権限を超え又は法令等に違反するか否かについて,都道府県知事に審査を申し立てることができることとしたのである。
以上のような法176条5項の立法趣旨からすれば,上級監督庁ではなく,いわば第三者的な立場に立つともいえる都道府県知事による裁定は,市町村内部における長及び議会のいずれの機関の主張が妥当かを決する,非常に大きな意味を持つものであり,長が,第三者的な立場において判断された都道府県知事の裁定について不服があり,裁判所に出訴する場合には,裁定庁である都道府県知事を被告とすることが妥当というべきであるから,法176条7項の訴えについては,原処分主義ではなく,裁定主義が採られていると解すべきである。
イ 被告は,法176条7項の訴えについては,行政事件訴訟法10条2項が準用されるから,本件裁定の違法事由として本件再議決の違法を主張することは許されないと主張する。
しかしながら,法176条7項の構造は,これまで余り論じられておらず,議論のあるところであり,被告主張の解釈は,同項の解釈についての一つの見解に過ぎないのであって,これと反対に,同項による訴えの被告は,議会又は長のいずれが原告となる場合であっても,裁定機関であるとの解釈を示す学説もあり,同項の訴えには行政事件訴訟法10条2項の準用を認めないとする解釈も可能とされているところである。
ウ 被告は,市町村議会の議決が違法か否かをめぐる紛争については,議会を被告とする議決等の取消しの訴えにおいて,実質的な紛争当事者である長と議会が訴訟当事者となって裁判で直接争うことによって,抜本的解決を図るべきであると主張する。
しかしながら,政治的紛争の色彩の濃い争いについて,紛争の両当事者が裁判所で再度争ったところで何の解決にもならないことは論を待たないところであって,前記アのとおり,法176条5項及び6項の裁定制度が,長と議会の対立の激化による地方行政の停滞と混乱を避けるための制度であることからすれば,裁定庁を被告とする裁定取消しの訴えにおいて議決等の違法性の有無を確定するのが相当である。
被告主張の解釈は,実質的な議論を先延ばしし政治的な混乱を新たに惹起するものであって,このような解釈によると,かえって紛争の最終的解決の観点から妥当性を欠く結果となる。
エ 本件においては,原処分に当たる本件再議決をした市議会の議員は,平成15年4月に議員として4年間の任期を満了しているという特殊な事情がある。このような場合,任期満了によって市議会の同一性が失われており,新議会を被告として原処分の取消しを求めることには疑義があると解する余地もあるのであって,このような見地からはなおさら,本件において裁定庁を被告とすることに妥当性があるというべきである。
(被告)
ア 法176条7項に基づく裁定取消しの訴えは,「機関訴訟で,処分又は裁決の取消しを求めるもの」(行政事件訴訟法43条1項)に当たるから,同項により,同法9条及び10条1項の規定を除き,取消訴訟に関する規定が準用される。
法176条7項は,普通地方公共団体の議会又は長は,同条6項の裁定に不服があるときは,裁判所に出訴することができる旨を定めるのみで,どのような訴えを提起することができるかについては具体的に規定していない。しかしながら,後記イのとおりの法176条の改正の沿革からすれば,同条5項ないし7項は,当初,普通地方公共団体の長は議会を被告として出訴することができるとされていた規定が改正されて,不服申立て前置制度が採用されたものであることが明らかであるから,都道府県知事による裁定がなされた場合,市町村長は,同条7項に基づいて,裁定庁である都道府県知事を被告として裁定の取消しを求める訴えを提起することができるだけでなく,議会を被告として当該議決の取消しを求める訴えを提起することもでき,むしろ,議会の議決の取消しを求める場合には,後者の訴えによるのが本来的であると解すべきである。したがって,本件は,行政事件訴訟法10条2項にいう「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合」に当たるから,同項が準用され,原告が,原処分である本件再議決の違法を理由に,本件裁定の違法を主張することは許されないというべきである。
イ 法制定当時の法176条は,普通地方公共団体の長が,普通地方公共団体の議会の議決が,その権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認め,これを再議に付してなされた議決がなお権限を超え又は法令等に違反すると認めるときは,議会を被告として裁判所に出訴できる旨定めていた(昭和23年法律第179号による改正前の同条1項及び2項,同改正後の同条4項及び5項)が,昭和31年法律第147号による改正(以下「昭和31年改正」という。)において,法上の争訟について,早期に合理的な解決を図るとの見地から,不服申立て前置制度が採用されたため,法176条の争訟についても,不服申立て前置制度が採用され,以下のとおり,同条5項が改正され,同条6項及び7項が追加された。
5項 前項の規定による議会の議決又は選挙がなおその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは,都道府県知事にあっては内閣総理大臣,市町村長にあっては都道府県知事に対し,当該議決又は選挙があった日から21日以内に,審査の請求をすることができる。
6項 前項の請求があった場合において,内閣総理大臣又は都道府県知事は,審査の結果,議会の議決又は選挙がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは,当該議決又は選挙を取り消す旨の裁定をすることができる。
7項 第5項の規定による請求に係る審査の裁定に不服があるときは,普通地方公共団体の議会又は長は,裁定のあった日から60日以内に,裁判所に出訴することができる。
なお,不服申立て前置制度については,昭和37年法律第140号による改正によって,普通地方公共団体の事務に係る処分の取消しの訴えにつき不服申立て前置の原則を定めた法256条(但し平成11年法律第87号による改正前のもの)が設けられたが,同条は,平成11年の地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(同年法律第87号)による改正により削除され,法に基づく争訟の多くについて不服申立て前置を要しないこととされた。しかしながら,法176条5項のように特殊な争訟については,特に不服申立て前置主義が維持されている。
ウ 行政事件訴訟法10条2項は,裁決主義が法令上明文で定められている場合,すなわち,原処分の取消しの訴えを許さず,裁決の取消しの訴えでのみ争い得ることが明文で定められている場合には適用されないが,法176条7項は,普通地方公共団体の議会又は長は,裁判所に出訴することができる旨を定めるにとどまり,議決の取消しの訴えを許さず裁定の取消しの訴えでのみ争い得ることを定めるものではないから,同項に基づく裁定取消しの訴えに行政事件訴訟法10条2項が準用されることは明らかである。
エ また,市町村議会の議決が違法か否かという実質的な議論は,議決が違法であるとする市町村長と当該議決をした市町村議会との間で議論されるべき問題であり,実質的な紛争当事者である両者が訴訟当事者となって裁判で争うことによって,より迅速で充実した審理が可能になり,抜本的な解決が図られるというべきである。都道府県知事を被告とした場合には,実質的な紛争当事者が訴訟当事者とならないため,訴訟のもつ紛争解決機能が十分発揮されず,かえって紛争の最終的解決を遅らせる結果となるおそれがあるのみならず,紛争当事者である市町村議会の主張が必ずしも都道府県知事によって十分に代弁されるとは限らないことから,紛争当事者の手続保障に欠ける結果となることすら想定される。
オ なお,原告は,本件再議決をした市議会の議員の任期が平成15年4月に満了したことを理由に,新議会を被告として本件再議決の取消しを求めることに疑義があると主張するが,議員の任期満了により市議会の同一性が失われるわけではなく,市議会の議決の適法性を争う機関訴訟において,新議会を被告として従前の議会の議決の取消しを求めることには何らの疑義もない。
(2) 争点(2)について
(原告)
本件再議決は,以下のアないしウの点で,法100条に違反するものであるから,これを適法とした本件裁定も違法である。
ア 調査事項と市の事務との関連性の欠如
法100条1項に基づく普通地方公共団体の議会の調査権は,議会の権限の行使の補助機能として認められた制度であるから,その対象が当該地方公共団体の事務から逸脱してはならないのが大原則である。
また,私人や私企業に対する法100条1項による調査権の行使は,当該私人等の基本的人権を侵害するおそれがあり,当該私人等に対する刑罰規定の適用という強制力を伴うものであるから,その可否は慎重に判断されなければならず,調査事項と市の事務との関連性の判断も厳格に行われる必要がある。
本件委員会は,私企業間の経済活動を調査事項とするものであるところ,当該経済活動は,市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務と関係するものではないから,このような市の事務と関連性のない調査事項について法100条1項による調査権の行使を決定した本件再議決は,違法である。
本件裁定は,少なくとも市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務との関わりがあると認められる範囲内において,本件委員会は調査権を行うことが可能であるとするが,これは,本件委員会の調査事項に市の事務から逸脱する部分が含まれていることを自認するものである。前記のとおり,私人等に対する調査権の行使の可否については,特に慎重な判断が求められるのであるから,仮に表面上は,調査事項と市の事務との間に関連性があるようにみえる場合であっても,調査事項が十分特定されており,調査権行使の目的に十分な理由があるか否かを慎重に吟味することが不可欠であるのに,本件裁定は,調査事項と市の事務との関連性,調査事項の特定性,調査権行使の目的について十分検討することなく,前記のとおり,安易に結論を導き出したものであって,違法である。
イ 調査事項の不特定
前記アのとおり,法100条1項による調査権は刑罰規定の適用という強制力を伴うものであり,その調査事項が,一般的抽象的なものである場合には,これを利用して,実質的に広範囲な違法な調査権の行使が行われる危険性があるから,調査事項の特定が十分であるか否かは慎重に判断されなければならない。
本件裁定は,本件再議決の定める本件委員会の調査事項が「企業からの資金提供に関する問題」という明らかに一般的抽象的な表現を用いるものであるにもかかわらず,当該議決に至るまでの審議経過を考慮すれば,Bと原告等との間の資金の流れやその性格だけを取り上げたものではなく,当該資金と市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務との関係を含めて調査対象としたものと解することができる等と緩やかな解釈を行っており不当である。
ウ 調査目的の違法性
法100条1項の調査権は,普通地方公共団体の一般的公益に関わらない特殊な利害関係にはその権限は及ばず,政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出すことを目的とするような調査は許されないと解されている。
本件裁定は,本件再議決による調査が,市の事務とはおよそ関係のない単なる政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出すことだけを目的としたものとはいえないとし,あたかも,政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出すことを主目的にしなければ,調査権行使の目的の一部に上記のような目的が含まれていてもよいかのごとき判断を下している。
本件再議決による調査については,仮に,表面上,片面的に見れば,調査権の範囲内と考えられる調査であっても,実質的総合的に見れば市の事務との関連性,調査対象の特定性及び調査権の目的において調査権の限界を超える場合ではないかという点も問題となっているにもかかわらず,本件裁定は,事実を表面的にとらえて結論を導き出しており,上記の問題に全く答えていない。
現実には,市議会側が主張するような違法な資金提供の事実はなく,本件委員会の設置は,単に政治的混乱と停滞を招いたに過ぎない結果となったことは周知の事実であり,このような事実からも,本件委員会の調査目的が,調査権の持つ本来の純粋な目的を超えた違法なものであったことが,容易に推認できるのである。
(被告)
以下のとおり,本件再議決及び本件裁定には何ら違法な点はなく,原告の主張は理由がない。
ア 調査事項と市の事務との関連性
(ア) 法100条1項の調査権は,国会が国政につき広汎な調査権を与えられている趣旨に則り,普通地方公共団体の意思決定機関である議会に対してもその職責の遂行を十分ならしめるため,普通地方公共団体の事務に関する調査の権限を広く認めたものであり,法2条2項の事務であって,通常は現に議題になっている事項,若しくは将来議題に上るべき基礎事項(議案調査)につき調査し,又は世論の焦点となっている事件(政治調査)等につき実状を明らかにし,その他一般的に地方公共団体の重要な事務の執行状況を審査(事務調査)することをいうとされている。そして,これらの調査はいずれも,地方公共団体の一般的公益に関するものについて認められたものであって,議会又は特定議員の特殊な利害関係のために発動することは濫用と解すべきであるとされている。
(イ) 本件再議決の定める本件委員会による調査は,市クリーンセンター運転管理業務の受託業者であるBからH,及び,同人の妻が代表取締役を務める有限会社I(以下「I」という。)への資金提供の有無,並びに,当該資金提供が市クリーンセンター運転管理業務委託契約やその他の市の事務にいかなる影響を及ぼしたかを調査対象としたものと認められ,市の事務と全く関係のない私企業間の経済活動を調査対象としたものとは認められない。
市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の事務について調査するためには,受託業者であるBからH若しくはIに資金提供があったかどうかを調査することは不可欠であるから,この資金提供に係る調査を私企業間の経済活動に関する調査であるということはできない。
(ウ) 原告は,本件裁定が,調査事項と市の事務との関連性,調査事項の特定及び調査権の目的について十分検討することなく,安易に結論を導き出したものであると主張する。
しかしながら,被告は,本件裁定に当たって,市議会から弁明書を徴し,原告からはこれに対する反論書を徴し,さらに法251条に規定する自治紛争処理委員を任命してその審理を経る等,調査事項と市の事務との関連性,調査対象の特定及び調査の目的について十分検討した上で,本件裁定を行ったものであって,安易に結論を導き出した等ということは全くない。
イ 調査事項の特定
(ア) 本件再議決においては,本件委員会の調査事項は「企業からの資金提供に関する問題」とされているが,本件議決がされるまでの市議会の審議経過をみれば,本件議決及び本件再議決がBとHとの間の資金の流れやその性格,当該資金と市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務との関係を調査事項としていることは明らかであり,本件再議決に調査事項の特定を欠く違法があるとは到底いえない。
(イ) なお,原告は,調査事項が一般的抽象的な表現をもって定められていることを利用して,実質的に広範囲な違法な調査権行使が行われる危険性があると主張する。
しかしながら,仮に,本件委員会において,議決された調査権の範囲を逸脱した調査が行われたとしても,その調査自体が違法であるとされる可能性はあっても,本件再議決自体が違法とされるわけではない。
ウ 調査の目的
本件委員会の調査の目的が,政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出すことではないことは,市議会が被告に提出した弁明書及び市議会の審議状況からも明らかである。
原告は,結果的にも,市議会が主張するような違法な資金提供の事実は認められず,本件委員会の設置は単に政治的混乱と停滞を招いたにすぎないから,本件委員会の調査の目的が違法なものであったと推認できる旨主張する。
しかしながら,本件裁定は,本件再議決に違法性があるか否かを判断した結果,本件再議決には違法性はないと判断したものであって,その後,本件委員会の設置や本件委員会の調査の結果として,政治的混乱や停滞を招いた等ということは,本件再議決が違法であるか否かとは全く無関係である。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 普通地方公共団体の議会又は長が,法176条7項に基づいて,同条6項により裁定をした機関を被告として当該裁定の取消しを求める訴えは,「機関訴訟で,処分又は裁決の取消しを求めるもの」(行政事件訴訟法43条1項)に当たるから,同項により,同法9条及び10条1項の規定を除き,取消訴訟に関する規定が準用される。
(2) ところで,本件のように,普通地方公共団体の長がした議会の議決に関する審査の申立てを棄却する旨の裁定がされた場合,長が,法176条7項により,議会を被告とする議決の取消しを求める訴えと,裁定をした機関を被告とする裁定の取消しを求める訴えのいずれをも提起することができるとすれば,「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合」(行政事件訴訟法10条2項)に当たるといえるから,同項の準用により,裁定の取消しの訴えにおいて裁定の違法事由として議決の違法を主張することは許されないと解すべきこととなる。
(3) そこで,この場合に,長が,法176条7項により,議会を被告とする議決の取消しを求める訴えと,裁定をした機関を被告とする裁定の取消しを求める訴えのいずれをも提起することができるかについて検討するに,証拠(乙1,4ないし6)及び弁論の全趣旨によれば,法176条の改正の経緯については,以下の事実が認められる。
ア 法176条4項の再議制度は,長と議会との対立関係を調整する手段として定められたものであるところ,昭和22年の法制定当時の176条2項は,普通地方公共団体の長において,普通地方公共団体の議会の議決又は選挙が,その権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認め,同条1項によりこれを再議に付し又は再選挙を行わせたが,当該議決又は選挙がなおその権限を超え又は法令等に違反すると認めるときは,議会を被告として裁判所に出訴できる旨定めていた(なお,昭和22年の法制定時の176条1項及び2項は,昭和23年法律第179号による改正により,それぞれ同条4項及び5項となった。)。
イ 昭和31年改正においては,地方公共団体の機関が法に基づいて行う行政処分に関する争訟について,最初に行政上の手続により問題の解決を図った方が早期に合理的な解決を図ることができるとの理由により,訴願前置の建前すなわち不服申立て前置主義が採られることとなり,その一環として,法176条についても,5項が改正され,同条6項及び7項が新設されて,都道府県知事等に対する審査の請求及びこれに対する裁定による不服申立ての制度が設けられ,不服申立て前置主義が定められた。すなわち,昭和31年改正前の法176条5項においては,前記アのとおり,普通地方公共団体の長において議会の権限を超え又は法令等に違反すると認める議会の議決又は選挙を同条4項により再議に付し又は再選挙を行わせても,なお当該議決又は選挙が議会の権限を超え又は法令等に違反すると認めるときは,直ちに,議会を被告として裁判所に訴えを提起することとされていたが,昭和31年改正後の同条5項では,このような場合には,長は,訴え提起の前に,まず,行政庁(都道府県知事にあっては内閣総理大臣,市町村長にあっては都道府県知事)に対し,審査の請求をすることができる旨が定められた。そして,同改正において新設された同条6項では,同条5項の請求があった場合において,行政庁(内閣総理大臣又は都道府県知事)は,審査の結果,議会の議決又は選挙が議会の権限を超え又は法令等に違反すると認めるときは,当該議決又は選挙を取り消す旨の裁定をすることができる旨が定められ,同条7項では,同条6項による裁定に不服があるときは,普通地方公共団体の議会又は長は,裁判所に出訴することができる旨が定められた。
ウ なお,その後,法176条5項ないし7項については,昭和35年法律第113号による改正によって同条5項及び6項の「内閣総理大臣」が「自治大臣」に改められ,昭和37年法律第161号による改正によって同条5項の「審査の請求をすることができる。」が「審査を申し立てることができる。」と,同条6項の「前項の請求」が「前項の規定による申立て」と,同条7項の「第5項の規定による請求に係る審査の裁定」が「前項の裁定」と改められ,平成11年法律第160号による改正によって,同条5項及び6項の「自治大臣」が「総務大臣」に改められた。
(4) 前記(3)のとおり,法制定当時の法176条2項においては,普通地方公共団体の長は,議会の議決を再議に付し又は再選挙を行わせても当該議決又は選挙がなおその権限を超え又は法令等に違反すると認めるときは,直ちに,議会を被告として裁判所に出訴することができるとされていたのであり,それが,昭和31年改正によって,法上の争訟につき不服申立て前置主義を採用することの一環として,裁判所への出訴前に,行政庁(市町村長にあっては都道府県知事,都道府県知事にあっては内閣総理大臣)に対する審査請求及びこれに対する裁定を経なければならないものと改められたのであるが,その際に新たに定められた法176条7項においても,議会又は長は,裁定に不服があるときは裁判所に出訴できる旨が定められたのみで,同項により提起できる訴えは裁定庁を被告とする裁定取消しの訴えには限定されなかったものである。このような法176条の改正の経緯及び同条7項の文言からすれば,同条7項は,同項に基づいて長が提起する訴えとして,議会を被告とする議決等の取消しの訴えと,裁定庁を被告とする裁定取消しの訴えの双方を予定していると解するのが相当である。
そうすると,長が裁定を不服として法176条7項により裁定取消しの訴えを提起する場合には,「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合」(行政事件訴訟法10条2項)に当たるといえるから,同法43条1項により準用される同法10条2項により,裁定取消しの訴えにおいて,裁定の違法事由として,その原処分に当たる議会の議決又は選挙等の違法を主張することは許されないと解すべきである。
(5) 原告は,法176条7項の訴えについては原処分主義ではなく裁定主義が採用されていると解すべきであり行政事件訴訟法10条2項は準用されないと主張し,その根拠として,法176条5項及び6項の定める裁定制度は,普通地方公共団体の長と議会との対立の激化による地方行政の停滞と混乱を避けるために,裁定庁である都道府県知事又は総務大臣が,第三者的な立場から調整することを目的とするところ,政治的紛争の色彩の濃い争いについて紛争の両当事者に裁判所で再度議決等の違法性の有無を争わせても紛争の解決は図られず,むしろ,第三者的な立場にある裁定庁を被告とする裁定取消しの訴えにおいて議決等の違法性の有無を確定する方が,地方行政の停滞と混乱を避けるという裁定制度の目的に適うことを挙げる。
しかしながら,法176条5項及び6項の定める裁定制度の制度趣旨の中に,原告の主張するような機能も含まれているとしても,そのような裁定制度の制度趣旨と,裁定によっては紛争の最終的な解決が図ることができず訴訟によって紛争の解決を図らざるを得なくなった場合には,議決又は選挙の違法性の有無は,裁定庁を被告とする裁定取消しの訴えではなく,議会を被告とする議決等の取消しの訴えにおいて確定させるという立法政策とは,両立するものであって,原告の主張する裁定制度の制度趣旨から直ちに法176条7項が裁決主義を採用していると解することはできない。
むしろ,前記(4)に判示したとおり,法176条の改正の経緯及び同条7項の文言からすれば,法176条7項は,長が同項に基づいて提起できる訴えとして,議会を被告とする議決等の取消しの訴えと裁定庁を被告とする裁定取消しの訴えの双方を予定していると解するのが合理的であって,原告主張の前記解釈は,これを採用することができない。
なお,原告は,本件では原処分に当たる本件再議決をした市議会の議員が,平成15年4月に議員として4年間の任期を満了しているから,新議会を被告として本件再議決の取消しの訴えを提起した場合,市議会の同一性に疑義があるとも主張する。しかしながら,議員の任期満了により,市議会の構成員が本件再議決当時とは異なることとなったとしても,機関訴訟における被告としての市議会の同一性が失われるものでないことはいうまでもないことであって,原告の前記主張は失当である。
2 前記1のとおり,本件訴訟については行政事件訴訟法43条1項により同法10条2項が準用されるから,原告が,本件裁定の違法事由として本件再議決の違法性を主張することは許されないというべきである。原告が本件訴訟において主張する本件裁定の違法事由は,前記第2の3(2)の原告の主張のとおりであって,結局,本件再議決が法100条に違反し違法であるから本件裁定も違法であるというものであり,裁定手続の違法等,本件裁定固有の違法事由を主張するものではない。したがって,本件請求は,争点(2)について判断するまでもなく失当である。
3 争点(2)について
(1) なお,仮に,原告主張のように本件訴訟には行政事件訴訟法10条2項は準用されないと解する余地があるとしても,以下のとおり,本件再議決は法100条に違反するものとは認められず,これを適法とした本件裁定が違法であるとも認められない。
(2) 原告は,本件再議決の定める本件委員会の調査事項である「企業からの資金提供に関する問題」は,一般的抽象的で特定性を欠いており,市の事務と無関係の私企業間の経済活動を対象とするものであるから,法100条1項に違反すると主張する。
しかしながら,前記第2の1の事実及び証拠(乙11ないし16,19)並びに弁論の全趣旨により認められる平成14年11月28日から同年12月17日までの一連の新聞報道の内容,同年11月29日から本件議決がされた同年12月19日までの間の市議会における審議経過,本件議決後に行われた本件委員会の活動内容,本件再議決がされた平成15年1月22日の市議会における審議内容に鑑みれば,本件議決及び本件再議決において定められた本件委員会の調査事項である「企業からの資金提供に関する問題」とは,B又はその経営者であるCらからH個人又は同人の妻が経営するIへの資金提供が,B及びJ株式会社を構成員とする特別共同事業体と市との間の平成11年度の市クリーンセンター運営管理業務委託契約の締結に影響を及ぼしたかという問題を中心に,前記資金提供の市の事務への影響の有無の問題を指すものと解するのが合理的である。
原告は,「企業からの資金提供に関する問題」という一般的抽象的な文言を,本件議決ないし本件再議決前後の市議会の審議経過等を勘案して,BからH等に提供された資金と市クリーンセンター運転管理業務委託契約等の市の業務との関係を指すと解することは,不当に緩やかな解釈であって許されないと主張するが,議会の議決も意思表示である以上,その内容を,当該議決の対象である議題の提案理由その他当該議決がされた前後の議会の審議経過を勘案して合理的に解釈することが許されないと解すべき理由はなく,本件裁定における本件委員会の調査事項の解釈が不当に緩やかなものであるとする原告の主張は,これを採用することができず,本件委員会の調査事項が特定性を欠く旨の原告の主張も,採用することができない。
また,前記認定にかかる本件委員会の調査事項が,市クリーンセンターの運営管理業務委託契約の締結等の市の事務と関連することは明らかであるから,本件委員会の調査事項が市の事務との関連性を欠く旨の原告の主張も,理由がない。
なお,原告は,本件委員会の調査目的は,調査権の持つ本来の純粋な目的を超えた違法なものであるとも主張するが,本件委員会の調査目的が,政敵の内情暴露や個人の秘密を探り出す等の違法なものであると認めるに足りる証拠はない。
第4結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山口博 裁判官 武田美和子 裁判官 島根里織)