千葉地方裁判所 平成15年(行ウ)37号 判決 2005年1月25日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,原告らの平成12年1月26日相続開始に係る相続税について,いずれも平成14年1月25日付けでした,次の各処分をいずれも取り消す。
1 原告aに対する別表1記載の更正のうち,課税価格3億8509万5000円,納付すべき税額1億3193万3400円を超える部分及び同表記載の過少申告加算税賦課決定
2 原告bに対する別表2記載の更正(以下,前記1の更正と併せて「本件各更正」という。)のうち,課税価格2億9747万1000円,納付すべき税額1億0191万3400円を超える部分及び同表記載の過少申告加算税賦課決定(以下,前記1の過少申告加算税賦課決定と併せて「本件各決定」といい,本件各更正と本件各決定を併せて「本件各処分」という。)
第2事案の概要
本件は,都市再開発法(以下「法」という。)に基づく第一種市街地再開発事業の権利変換計画に基づいて施設建築物の一部を取得する権利等を,同事業の施行中(権利変換期日後,施設建築物の完成前)に父から相続した原告らが,原告らの前記相続に係る相続税について被告がした本件各更正は,前記権利の価額を,その「取得の時における時価」(相続税法22条)を超えて過大に評価したものであるから違法であり,本件各更正に伴う本件各決定も違法であるとして,本件各更正のうち,別表1及び2の各「修正申告」欄記載の課税価格並びに納付すべき税額を超える部分と,本件各決定の取消しを求めた事案である。
1 権利変換期日後,施設建築物完成前に地権者が施設建築物に関して有する権利
法所定の第一種市街地再開発事業の施行地区内の宅地の所有者,その宅地について借地権を有する者又は施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者(以下「地権者」という。)は,権利変換期日に権利変換計画の定めるところに従い,従前有していた再開発事業地内の土地,建物等の権利を失い(法87条),新たに,施設建築敷地について設定されたものとみなされる施設建築物の所有を目的とする地上権の共有持分を取得する(法88条1項)とともに,施設建築物が完成するまでの間,事業施行者に対し,将来,施設建築敷地上に建築される施設建築物の一部を取得する権利,すなわち,債権を取得し,施設建築物が完成したときに施設建築物の一部を取得することとされている(法88条2項)。
2 前提事実(末尾に証拠等の記載のない事実は,当事者間に争いがないか,明らかに争わない事実である。)
(1) 原告らの父cとその妻dは,柏市α826番地内に合計11筆の宅地及び山林(以下「本件土地」という。)並びに建物(但し未登記のもの。)を共有(cの共有持分割合は,いずれも2分の1)していた(乙3)。
(2)ア 柏市は,平成8年9月13日,本件土地を含む柏市α及びβの各一部の地域について,都市計画法及び法に基づいて,法所定の第一種市街地再開発事業であるγ駅西口B―2地区第一種市街地再開発事業(以下「本件事業」という。)の都市計画決定をし,平成9年1月21日,本件事業の施行者であるγ駅西口B―2地区市街地再開発組合(以下「本件組合」という。)が,千葉県知事の認可を受けて設立された。
本件事業は,JR常磐線γ駅西口に近い本件事業の施行地区に,ホテル,事務所及び駐車場等の複合的機能を持つ再開発ビルとして,地下2階,地上15階の鉄骨鉄筋コンクリート造の施設建築物(以下「本件施設建築物」という。)を建築し,土地の有効利用等を図ること等を目的とするものである。
(乙11,12)
イ 本件組合は,法72条1項に基づいて,本件事業の権利変換計画(以下「本件権利変換計画」という。)を定めた。その概要は,以下のとおりである。
(ア) 本件事業における権利変換手続は,法110条所定の地権者全員の同意による特則型によるものとする。
(イ) 施設建築敷地は一筆とし,新たな施設建築物の区分所有者の共有とする。
(ウ) 本件施設建築物は事務所(地上5階から11階までの部分)とホテル(地価2階から地上4階まで,及び,地上12階から15階までの部分)との区分建物とし,権利変換により取得する本件施設建築物の一部は,ホテルの区分所有権の共有持分とする。
(エ) 従前宅地の評価は,評価基準日(平成9年2月20日)における鑑定評価によるものとし,建築物については,公共用地取得に伴う損失補償基準とその関連各種運用基準に準拠して推定再建築費を算出し経過年数に対応する減価率により現在価格を算出する。
(オ) 建築施設の部分の概算額は,従前資産評価額及び事業費より算出した総原価額を用途別床面積と用途別床効用比により配分して,施設建築物の一部の原価を求め,このホテルの原価額に各権利者の共有持分を乗じて算出する。
(カ) 権利変換は等価を原則とするが,事業完了時に価額を確定し,従前資産評価と建築施設の部分の価額との間に差が生じた場合は,全員同意により清算するものとする。
(キ) 権利変換期日は平成9年5月15日とする。
(乙11,弁論の全趣旨)
ウ 本件権利変換計画によれば,cは,以下の(ア)及び(イ)の権利を取得するものとされていた。
(ア) 施設建築敷地に関する権利(土地所有権)の共有持分0.073528(権利の価額の概算額2億9438万1000円)
(イ) 本件施設建築物に関する権利(建物所有権)の共有持分0.1313(権利の価額の概算額5億5305万5000円)
cは,平成9年3月26日,本件権利変換計画に同意し,本件権利変換計画は,同年4月14日,千葉県知事により認可された。
(乙11,12)
エ cは,権利変換期日である平成9年5月15日,本件権利変換計画に基づいて,本件事業の施設建築敷地(千葉県柏市α978番地の宅地2642.66平方メートル。以下「本件敷地」という。)の共有持分100万分の7万3528を取得し,同年8月8日,その旨の所有権保存登記を経由した。
オ 本件組合は,平成10年8月3日,本件施設建築物のうちホテルの用に供する部分につき,株式会社帝國ホテル(以下「帝国ホテル」という。)との間で,賃貸借予約契約を締結した。
(3) cは,平成12年1月26日に死亡し,d及び原告らの合計3名がcを相続(以下「本件相続」という。)した。
本件相続当時,本件施設建築物は未完成であり,相続財産のうち,本件敷地の共有持分,及び,将来,本件施設建築物が完成したときに前記ウ(イ)のとおり本件施設建築物の一部を取得する,本件権利変換計画に基づくcの権利(以下「本件権利」という。)は,原告らが各2分の1の割合で,これを相続した。
(乙9の1及び2,弁論の全趣旨)
(4) 本件相続によりd及び原告らが取得した財産の内容及び価額は,本件権利に関する部分を除いては,別表3順号1及び3ないし6に記載のとおりであり,債務等の金額は,同表順号8に記載のとおりである。また,同人らの遺産に係る基礎控除額は,別表4順号2に記載のとおりである。
(5) 原告らの本件相続に係る相続税の申告,修正申告,被告がした本件各処分,これに対して原告らがした不服申立て等の経緯は,別表1及び別表2に記載のとおりである。
(6) 本件施設建築物は,同年9月29日に完成し,本件組合に引き渡され,原告らは,本件権利変換計画に基づいて,本件施設建築物の一部(後記(7)アないしウの各区分建物の共有持分100万分の13万1300の各2分の1)をそれぞれ取得した。
本件組合は,同年10月26日,法100条に基づいて,本件施設建築物の建築工事が完了した旨を公告した。
(7) 本件施設建築物のうち,以下のアないしウの区分建物(以下,これらの区分建物を「本件各区分建物」という。)につき,同年12月21日,c,d外6名を共有者とする所有権保存登記(c名義の共有持分の割合はそれぞれ100万分の13万1300)がされた。
ア 家屋番号 α978番の1
種類 ホテル
イ 家屋番号 α978番の2
種類 機械室
ウ 家屋番号 α978番の5
種類 ホテル
(甲9ないし11)
(8) 本件組合は,法103条1項に基づいて,原告らの本件敷地に関する権利の価額及び本件施設建築物に関する権利の価額を,以下のとおり確定し,これを平成13年6月14日付けの通知書をもって原告らに通知するとともに,法104条に基づいて,従前の権利額4億2372万2000円(cの従前の権利の価額の2分の1)と以下のア及びイの権利の価額の合計額(4億0687万5680円)との差額1684万6320円を,以下のウのとおり,清算金として,原告らにそれぞれ交付した。
ア 施設建築敷地に関する権利の価額 1億4719万0500円
(原告ら両名の合計額は,2億9438万1000円)
イ 施設建築物に関する権利の価額 2億5968万5180円
(原告ら両名の合計額は,5億1937万0360円)
ウ 清算金 1684万6320円
(原告ら両名の合計額は,3369万2640円)
(乙9の1及び2)
(9) 第一種市街地再開発事業施行中の施設建築物に関する財産の評価方法については,財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56,直審(資)17(但し,平成12年4月24日付け課評2―3による改正前のもの)。以下「評価通達」という。)及び財産評価基準(以下「評価基準」という。)には,定めがない。
(10) なお,本件各区分建物の平成13年度の固定資産税評価額の合計額は,17億6720万1620円であり,原告らの本件各区分建物に対する区分所有権の持分の評価額の合計額は,約2億3203万3000円である。
3 争点
本件相続時における本件権利の価額の評価方法及び評価額,具体的には,本件権利を,本件権利変換計画所定の本件権利の価額の概算額に基づいて評価すべきか,それとも,本件各区分建物に対する原告らの共有持分の不動産鑑定評価額に基づいて評価すべきか。
4 争点に関する当事者の主張
(被告)
(1) 第一種市街地再開発事業施行中の施設建築物に関する財産の評価方法
ア 地権者は,権利変換期日に権利変換計画の定めるところに従って,従前有していた再開発事業の施行地区内の土地,建物等の権利(以下「従前権利」という。)を失い,新たに施設建築敷地及び施設建築物に関する権利(以下「従後権利」という。)を取得するのであるから,施設建築物に関する権利は,権利者が従前有していた権利を喪失することの対価といえる。
イ ところで,権利変換計画では,従前権利と従後権利の概算額が,ほぼ一致するように定められているはずであるが,実際の事業費の収支が権利変換計画と一致するとは限らないことから,事業者は,第一種市街地再開発事業の工事が完了したときは,速やかに,当該事業に要した費用の額を確定するとともに施設建築物の一部等の価額を確定することとされ(法103条),施設建築物の一部等の概算額と確定額に差額があるときは,その差額に相当する金額を徴収又は交付することとされている(法104条)。
このような事業収支と権利の価額の関係をみると,権利者が従前所有していた財産の価額は,新建物建築のための費用に充てられているという関係がみられるのであって,地権者は事業施行者に対し従前土地建物の価値を前払いしているということができ,施設建築物に関する権利は,実質的に各地権者が負担すべき事業費の前払金としての性格を有するものである。
そして,施設建築物に関する権利の「概算額」と「確定額」との関係は,以下のとおりとなる。
(ア) 概算額が確定額より多額の場合
施設建築物に関する権利=施設建築物の一部+清算金
(イ) 概算額が確定額より少額の場合
施設建築物に関する権利=施設建築物の一部-徴収金
以上の関係を検討すると,確定額が概算額を下回ったときとは,実際に完成した建物の取得価額が概算額を下回ったときであり,その場合には,概算額よりも少ない価値しか取得できないことになるから,この価値の減少分に相当する清算金を支払うという関係になる。他方,確定額が概算額を上回る場合は,実際に完成した建物の価値が概算以上に増大したということになり,権利者は権利変換期日において取得すべきものとされた価値以上の価値を取得することになるため,これに見合う金銭を支払うこととなるのである。
このようにみると,施設建築物に関する権利は,少なくとも,当初の概算額に相当する価値の交付を受ける権利ということができるはずであって,その価値は概算額を下回るようなことはないとみられるのである。
ウ 以上のことからすれば,施設建築物に関する権利の価額は,本来,施設建築物に関する権利の価額の概算額により評価されるべきである。
もっとも,施設建築物に関する権利の目的は,施設建築物の一部,すなわち建物そのものであるから,施設建築物に関する権利の評価に当たっても,評価の安全性を考慮する必要があると解され,評価通達が他の財産の評価について採用している安全率(評価通達91,92(3))からすれば,施設建築物の一部を取得する権利における安全率は,30パーセントとするのが相当である。
従って,施設建築物の一部を取得する権利は,施設建築物に関する権利の概算額に100分の70を乗じて算出した価額で評価するのが相当である。
(2) 本件権利の価額
本件権利変換計画所定のcの施設建築物に関する権利の価額の概算額は,5億5305万5000円であり,原告らは,本件事業の完了後,前記概算額と確定額との差額である3369万2640円につき,各1684万6320円の清算金を受領している。
原告らがcから相続した本件権利は,前記概算額に100分の70を乗じて算出した価額で評価するのが相当であるから,本件権利の価額は,5億5305万5000円に100分の70を乗じて算出された3億8713万8500円というべきである。
(3) 本件各処分の適法性
以上のとおり,本件相続開始時における本件権利の価額は,3億8713万8500円であるから,本件権利の原告らの相続税の課税価格に算入されるべき金額は,各1億9356万9250円である。そして,本件相続によりd及び原告らが取得した,その余の財産の内容及び価額は,別表3順号1及び3ないし6,債務等の金額は,同表順号8にそれぞれ記載のとおりであり,これらを前提として,d及び原告らの課税価格を算定すると,同表順号10に記載の金額となる。また,これらの課税価格を前提として,d及び原告らの相続税の総額を算定すると別表4記載のとおりとなり,これをもとに原告らの納付すべき税額を算定すると,別表3順号16記載の金額となる。
本件各更正における原告らの納付すべき税額は,これらの金額と同額であるから,本件各更正は適法であり,これに伴う本件各決定も適法である。
(4) 原告ら主張の評価方法の問題点
ア 原告らは,本件施設建築物の完成建物の鑑定評価額である3億9000万円を基準として,本件権利を評価すべき旨主張するが,このような主張は,cが,建築中の本件施設建築物の共有持分を有していたことを前提とするものであるところ,cが課税時期である平成12年1月26日に有していたのは,本件施設建築物の一部を取得する権利であって,本件施設建築物の共有持分ではないから,原告らの前記主張は,本件において評価されるべき財産の内容を誤ったものというほかない。
イ また,相続税法22条は,相続により取得した財産の価額は,当該財産の取得の時の時価による旨定めており,相続税における財産の評価においては,被相続人死亡の日における時価が問題であって,これを決定するに当たって,相続後に生じた事情を考慮することはできないところ,本件施設建築物は,被相続人の死亡の日(平成12年1月26日)後の同年9月29日に完成したものであるが,原告らの主張は,本件施設建築物が竣工し,完成建物となったことを前提として評価した額を基準とするものであるから,相続財産の評価に当たり,相続後の事情を考慮するものであって,相続税法22条の解釈に反するものであり,失当である。
なお,原告らの主張によっては,施設建築物の完成が被相続人の死亡の日という課税時期から相当程度隔たるような場合,施設建築物が完成し,その価額が明らかになるまで相続財産の評価をすることができず,したがって,課税もできないという事態が生じ,課税実務に支障が生じることは明らかであり,このような観点からしても,原告らの主張は,到底採用できるものではない。
ウ(ア) 原告らは更に,本件施設建築物が完成した場合の本件各区分建物に対するcの共有持分の鑑定評価額の70パーセントを乗じて算出された額が,本件権利の価額であると主張するところ,同主張は,評価通達91が,建築中の建物については,費用原価の70パーセントで評価するとしていることに基づくものと考えられる。
しかしながら,評価通達91は,自ら費用を拠出して建物を建築する場合,それが完成するまでの間に,不慮の災害による滅失のおそれや,経済的社会情勢による,費用原価の変動の可能性があることから,これを斟酌し,費用原価の30パーセントを控除することによって,財産の評価の安全性を確保しようとする趣旨のものであるのに対し,原告らが基準とする本件施設建築物の鑑定評価額は,不動産評価に関して専門性を有する不動産鑑定士によって,その完成後の時点における本件施設建築物の時価を鑑定したものであるから,その鑑定評価額の当否はともかくとして,建築中の建物について考慮すべき評価の安全性を完成後の建物の評価に加味することはできないというべきである。
また,本件についてみると,施設建築物に関し権利を取得する者は,施行者が完成させる施設建築物に関する権利を取得するものであるから,不慮の災害による滅失のおそれを斟酌する必要はないし,費用原価の変動による過不足についても,法103条及び104条によって権利変換価額の確定によって清算されることが予定されているから,これを斟酌する必要もない(現に,原告らは費用原価の減少によって生じた清算金を受領している。)。したがって,評価通達91は,本件に妥当しないというべきである。
(イ) 原告らは,鑑定評価額に70パーセントを乗じて算出された額を本件権利の価額とすることの理由として,本件施設建築物のホテル部分が賃貸予定であることをも挙げており,これは,評価通達93が,貸家の評価については,家屋の価額から借家権の価額を控除して評価するとしていることに基づくものであると考えられる。
しかしながら,評価通達93は,土地上の建物が借家権の目的となっている場合,賃貸人は,自己使用の必要性等といった正当事由がある場合を除き,賃貸借契約の更新を拒んだり,解約の申し入れをすることができず(旧借家法1条の2,借地借家法28条),借家権を消滅させるためには立退料の支払が必要になること,借家人は,建物の引渡しによって第三者に対する対抗要件を有するから(旧借家法1条1項,借地借家法31条),当該建物を譲渡する場合,譲受人が当該建物の利用について制約を受け,従って,当該建物の経済的価値が,借家権の目的となっていない建物に比して低価値になることを考慮したものである。
このような趣旨からすると,評価通達93にいう貸家及び貸家建付地とは,現に借家権の目的になっている家屋及びその敷地の用に供されている土地をいい,相続税法22条からすれば,貸家及び貸家建付地に当たるか否かは,相続開始時を基準として判断されるべきである。
これを本件についてみると,本件相続開始日である平成12年1月26日当時において,本件組合と帝国ホテルとの間において,本件施設建築物のうちホテルの用に供する部分について,賃貸借予約契約が締結されているものの,本件施設建築物は未完成であり,本件施設建築物が現に借家権の目的になっていたという事実はない。
したがって,賃貸予定であるにすぎない本件施設建築物は,評価通達93の趣旨からして評価減の対象とされないから,原告の前記主張は,失当である。
(原告ら)
(1) 本件権利の評価額
ア 本件権利の評価方法
本件権利の内容は,本件施設建築物の一部を取得する権利なのであるから,その価額を評価するに当たっては,完成した本件施設建築物そのものの客観的な交換価値を基準とすべきである。本件施設建築物は,本件相続開始当時は未完成であり,未完成建物の価額を直接的に評価する手法が確立されていない以上,まずは完成した建物の価額の評価をせざるを得ない。完成建物の評価方法については,一般的に合理的な評価方法が確立されており,不動産鑑定士による専門的な鑑定を得ることができるのであるから,その評価額を基準とし,そこから更に,本件権利の相続時における状況を加味して,本件権利の価額を求めるべきである。
イ 本件相続開始時における本件各区分建物に対するcの共有持分の価額原告らから依頼を受けた不動産鑑定士の鑑定評価によれば,本件相続開始時(平成12年1月26日)において本件施設建築物が完成していたと仮定した場合,同時点におけるcの本件各区分建物に対する共有持分の価額は,3億9000万円とされており,この評価額は,本件相続開始時における本件各区分建物に対するcの共有持分の客観的な交換価値を示しているものといえる。
ウ 本件相続開始時における本件権利の価額
(ア) 本件施設建築物は,本件相続開始時には建築途中であり,建物の滅失や工事の中断等,不測の事態があり得たこと,ホテルの用に供する部分については,本件相続開始前に帝国ホテルとの間で賃貸借予約契約が締結されていたことを考慮すると,本件権利の本件相続開始時における評価額は,前記イの評価額(3億9000万円)の70パーセント,すなわち2億7300万円と評価するのが相当である。
(イ) 被告は,地権者は事業施行者が完成させる施設建築物に関する権利を取得するから,その価額の評価に際して,不慮の災害による建物の滅失のおそれ等を斟酌する必要はないと主張する。
しかしながら,事業施行者において建物の滅失等の事故をカバーできる資力がなければ権利の実現は困難であり,リスクがあることに変わりはない。しかも,本件の場合,本件事業の施行者は本件組合であり,cはその組合員だったのであるから,事故によるリスクは自らに跳ね返ってくる。大手のゼネコンでさえ倒産のリスクが大きい近年の経済情勢においては,災害のみならず,工事中断等による混乱のおそれもあり得るのであるから,全くリスクがないと断じることは現実的ではない。未完成な建物について,権利が実現される100パーセントの保証がない状況において,完成建物と同価で取引に応じる者は皆無であろう。
従って,原告らにおいて,本件相続開始時における本件権利の価額を2億7300万円と算定したことには合理的な理由がある。また,この程度の修正をしたとしても,この価額は,本件各区分建物の原告らの共有持分の平成13年度の固定資産税評価額(約2億3203万3000円),あるいは,これに原告らが受領した清算金の合計額(3368万4640円)を加えた金額(約2億6571万7640円)を上回るものであることに照らせば,過剰修正のおそれはない。
エ 原告らの課税価格及び納付すべき税額
以上のとおり,本件相続開始時における本件権利の価額は,2億7300万円であるから,原告らの相続税の課税価格に算入されるべき金額は,各1億3650万円となる。そして,本件相続によりd及び原告らが取得した,その余の財産の内容及び価額は,別表3順号1及び3ないし6,債務等の金額は,同表順号8にそれぞれ記載のとおりであり,これらを前提として原告らの課税価格を算定すると,原告aの課税価格は3億8509万5000円,原告bの課税価格は2億9747万1000円となり,d及び原告らの課税価格の合計額は9億1417万7000円となる。これをもとに,d及び原告らの遺産に係る基礎控除額を8000万円とし,法定相続分をdを2分の1,原告らを各4分の1として,原告らの納付すべき相続税額を算定すると,原告aの納付すべき相続税額は1億3193万3400円,原告bの納付すべき相続税額は1億0191万3400円となる。
本件各更正における課税価格及び納付すべき税額は,それぞれ前記各課税価格及び納付すべき税額を上回るから,本件各更正は,これらの各金額を上回る限度で違法であり,本件各更正を前提とする本件各決定も違法である。
(2) 被告の主張に対する反論
被告主張の本件権利の価額の評価方法は,以下に述べるとおり,①本件権利の交換価値ではなく,本件権利の取得価額である権利変換価格(本件権利の価額の概算額)に基づいてこれを評価する点,及び,②本件相続開始時(平成12年1月26日)と時期的に離れた権利変換期日(平成9年5月15日)における評価額に基づいて本件権利の価額を評価する点,の2点において,著しく不合理なものというべきである。
ア 権利変換価格(本件権利の価額の概算額)によることの問題点
(ア) 権利変換後の権利(従後権利)である施設建築物及び施設建築敷地に関する権利の概算額とは,従後権利の全体を取得するためにどれだけのコストがかかるかを事業全体の収支をもって算出し,その上で,各権利者が喪失する従前権利の価格の割合に応じて,そのコストを割り振ったものであり,要するに,従後権利を取得するための費用すなわち取得価額であって,従後権利の交換価値を測定したものではない。
従後権利の価格の概算額が,従後権利の交換価値を意味するというためには,費用と価値とが一致するという前提がなければならないが,そのような前提は明らかに誤ったものである。また,本件事業の費用には,資産の取得に直接向けられたもの以外の補償費(明け渡しに伴う損失補償費)等,間接的な費用も含まれているのであって,本件権利の価額の概算額を,本件各区分建物の共有持分の費用原価と捉えることにも問題がある。
被告は,従後権利の取得の対価として従前権利が喪われることを理由に,両者の間に交換価値としての対価性があるかのように主張するが,従前権利の価格は,各地権者がどれだけの出捐をしたかという観点からの取得費用であり,従後権利の価格の概算額は,事業施行者が各地権者に分配する従後権利のために,どれだけ費用をかける計画であるかという観点からの取得費用であるから,両者はいずれも従後権利を取得するための費用としての性格を持つものであって,両者の一致は,取得価額としての一致を意味するにすぎず,交換価値上の等価性を意味しない。
結局,被告の主張は,取得価額は交換価値を意味するとの結論を繰り返しているにすぎない。
また,被告は,従後権利の価格の概算額と確定額との間の差額が清算されることを指摘するが,その場合の清算も,従後権利の交換価値に着目してされるものではない。概算額と確定額との差額が生じるのは,計画時における当初の収支見積りと実際の事業収支が一致しないためであって,増減が生じているのは事業収支でしかなく,価値の増減を意味するわけではない。
しかも,原告らが本件組合から清算金として受領した金額は,本件権利の価額の概算額の6パーセント相当にすぎないところ,大手ゼネコンにおける大規模開発ビルの建設費は,平成10年ないし平成12年頃の間だけでも最大で40パーセントの下落が生じており,建設工事費の下落は著しいものがある。そして,後記イのとおり,本件権利の価額の概算額は,平成7年9月の時価評価を基にしたものであって,本件権利の確定時(平成13年6月)とは5年9ヶ月もの開きがあることからすれば,本件権利の価額の6パーセント程度の減価が現実の費用原価の下落を反映したものでないことは明らかである。
(イ) 取得価額をもって相続財産の価額とする評価方法は,物価が上昇し続ける経済状況にあっては過剰評価のおそれがないため相続財産の評価方法として許容できるものであったとしても,平成3年のいわゆるバブル経済の崩壊以降,物価全体が下落傾向にあるデフレ経済のもとでは,取得時から相続開始時まで間に物価が下落するため,取得価額が常に相続開始時における時価を常に上回ることになり,例外なく過大評価となり過酷な納税義務を課す結果となって,その合理性が完全に失われているというべきである。
(ウ) 被告は,本件権利の価額の概算額の70パーセントに相当する額を,本件相続時における本件権利の価額とすることによって,取得価額を評価額とすることの不合理性を回避しようとするが,70パーセントとした理由は抽象的であって,その減価率がデフレ経済下における時間的経過に耐え得るものかという本質的な問題については,実質的な根拠は何も示されていない。
被告の評価方法は,評価通達91(建築中の建物の評価)等にみられる費用現価等の70パーセントを評価額とする評価基準を採用したものと推察されるが,評価通達が課税実務において是認されるのは,大量に発生する案件を迅速かつ公平に処理するという行政上の要請があるためである。これに対し,本件権利のような特殊な財産については,そもそも評価通達には定めが亡く,また,第一種市街地再開発事業の施行中で,しかも権利変換期日後に相続が発生するような事例は稀であろう。このような特殊事例を,他の大量に発生する案件と同列に扱い,評価通達の形式的な適用ないしその類推適用をもって評価することには無理がある。評価通達による評価に不都合があれば,鑑定評価等の他の手法によるべきである。
イ 本件相続開始時と時期的に離れた権利変換期日における評価額によることの問題点
被告主張の評価方法は,本件相続開始日(平成12年1月26日)より2年半以上も前の権利変換期日(平成9年5月15日)における本件権利の権利変換価格(本件権利の価額の概算額)を基準とする点でも,著しく不合理なものというべきである。しかも,前記概算額は,実質的には,本件権利変換計画の素案において用いられた平成7年9月における本件土地の評価額(16億4310万5000円)を基礎として,それをやや増額修正しながら踏襲している点で,本件相続開始時より4年以上前の平成7年9月における時価評価を反映した価額であるといえる。
したがって,被告の主張する評価方法は,本件相続開始時より4年以上前の時価評価に基づいて本件相続開始時における本件権利の価額の評価をしようとするものであって,たとえ修正を加えたとしても,根本的に無理のある評価手法といわざるを得ない。
第3争点に対する判断
1 本件権利の価額の概算額の算定過程等
(1) 従前権利と従後権利の評価基準日
法は,第一種市街地再開発事業において,施行地区内に宅地若しくは建築物又はこれらに関する権利を有する者のこれらの権利(従前権利)を,権利変換計画の定めるところに従って,権利変換期日に一挙に,従後の施設建築敷地若しくはその共有持分,又は施設建築物の一部等に変換するという仕組みを採用する(法87条)とともに,従前権利と従後権利の価額の評価については,両者の評価時点を一致させる原則を採用し,従前権利の価額は,法71条1項又は同条5項所定の30日の期間を経過した日(以下「評価基準日」という。)を基準日として評価すべき旨を定め(法80条1項),従後権利の価額についても,将来の建築工事完了後の状態における見込み評価額(概算額)を,評価基準日に引き戻して概算評価すべき旨を定め(法81条),これらを権利変換計画に定めるべきこととしている(法73条1項3号,4号)。
このように法が両者の評価時点を一致させた趣旨は,従前権利の価額については権利変換計画作成前に評価し,従後権利の価額については現実に施設建築物が完成した後に評価する方法によるとすると,第一種市街地再開発事業の開始から施行終了までには通常2年以上の時間の経過を伴うため,2つの評価時点の間の2年以上の時間的経過による時価の差,すなわち地価の上昇,低落等の物価変動が施設建築物等の価額の評価に影響を及ぼし,資産の正当な評価を行うことができなくなり,ひいては公正な権利変換の基盤が害されるおそれがあることから,これを避け,資産の正当な評価を図ることにあると解される。
(2) 従後権利の価額の概算額の算定方法
権利変換計画における従後権利の価額の概算額は,政令で定めるところにより,第一種市街地再開発事業に要する費用,及び,評価基準日における近傍類似の土地,近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額を基準として定めるべきものとされている(法81条)。
そして,法施行令28条3項によれば,権利変換計画における施設建築物の一部の価額の概算額は,①当該施設建築物の一部の価額(建築物価額)に,②当該施設建築物の一部に係る地上権の共有持分の価額,を加えた額とされており,前記①の建築物価額は,A施設建築物の整備に要する費用のうち当該施設建築物の一部の整備に要するもの(整備費)を償い,かつ,B基準日における近傍同種の建築物の価額を参酌して定めた当該施設建築物の一部の価額の見込額をこえない範囲内において定めるものとされており,前記Aの整備費が,前記Bの見込額をこえるときは,前記Bの見込額をもって建築物価額とするものとされている。
以上の各規定によれば,権利変換計画における施設建築物の一部の権利の価額の概算額は,評価基準日における当該施設建築物の一部に係る整備費すなわち原価と,評価基準日における時価の見込額の双方を勘案し,原価が時価の見込額以下であれば,原価から時価の見込額までの間で定めることとなり,原価が時価の見込額を上回れば,時価の見込額を概算額とすることとなる。
(3) 本件権利の価額の概算額の算定過程
前記2の2(2)イの事実及び証拠(乙11)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件事業における従前権利及び従後権利の評価基準日は,権利変換期日(平成9年5月15日)の約3ヶ月前の平成9年2月20日である。
イ 本件権利変換計画においては,従前権利を有する者が権利変換により取得する本件施設建築物の一部等の権利の価額の概算額は,概要,以下のとおり算出された。すなわち,
(ア) 本件事業の総原価額139億5660万7000円(①用地費すなわち前記評価基準日における従前資産評価額の合計額59億0331万3000円と,②その余の事業費(調査設計計画費,土地整備費,補償費,工事費,事務費,予備費)80億5329万4000円の合計額)から,補助金等収入合計29億4756万2000円を差し引いて,床価額110億0902万5000円(このうち400億3360万円は土地持分額,700億5640万円は建物部分価額)を算出した上,
(イ) これをホテルと事務所のそれぞれの専有面積及び用途別床効用比(ホテル:事務所=99.8:100)により配分して,本件施設建築物の一部(ホテル)の原価額(ホテル床価額)64億5424万円(このうち建物持分相当額は42億1214万円,土地持分相当額は22億4206万円)を求め,
(ウ) このうち,ほぼ従前資産評価額総額に相当する59億0326万8000円を,従前権利を有していた者が取得する権利床とし,その余の5億5093万2000円は,事務所(床価額45億5480万円)と共に保留床とした。
(エ) そして,従前権利を有していた者が取得する従後権利の床価格が,それぞれの従前資産評価額と概ね同額となるように,各専有部分の共有持分の割合を定め,その更に約56パーセントを,それぞれの本件敷地に対する共有持分の割合と定めた。
(オ) その上で,①前記(イ)のホテル床価額64億5424万円に,前記(エ)の従前権利を有していた者の各専有部分の共有持分の割合を,それぞれ乗じて,各自の従後権利の床価額を算出し,更に,②前記(イ)のホテル床価額のうちの建物持分相当額42億1214万円に,前記(エ)の従前権利を有していた者の各専有部分の共有持分の割合を乗じて,その者の取得する本件施設建築物の一部に関する権利の価額の概算額を算出した。
また,従前権利を有していた者が取得する本件敷地に関する権利の価額の概算額については,その者の従後権利の床価額(前記①の価額)から,その者の本件施設建築物の一部に関する権利の価額の概算額(前記②の概算額)を差し引いて算出した。
(カ) なお,本件権利変換計画においては,従前資産額総額59億0331万3000円と,床価額のうち権利床とされた部分の価額59億0326万8000円との差額4万5000円が,清算予定額とされた。
(キ)① cについては,その従前資産の評価基準日(平成9年2月20日)における評価額が8億4743万4000円であったことから,本件権利変換計画では,cの取得する本件施設建築物の一部(ホテル部分)の専有部分の共有持分の割合は,同人の従後権利の床価格が従前資産の評価額とほぼ同額となるように,0.1313と定められ,本件敷地の共有持分の割合は,その56パーセントに相当する0.073528と定められた。
② 前記①のcが取得する本件施設建築物の一部(ホテル部分)の専有部分の共有持分の割合0.1313を,前記(イ)のホテル床価額64億5424万円に乗じて,cの取得する従後権利の床価格を算定すると,前記従前資産の評価額とほぼ同額の8億4743万6000円(但し1000円未満切り捨て)となる。
③ 本件権利変換計画においては,cの取得する本件施設建築物の一部に関する権利の価額の概算額は,前記①のcが取得する本件施設建築物の一部(ホテル部分)の専有部分の共有持分の割合0.1313を,前記(イ)のホテル床価額のうちの建物持分相当額42億1214万円に乗じて算出される5億5305万3982円とほぼ同額の5億5305万5000円とされた。
④ また,本件権利変換計画においては,cの取得する本件敷地の共有持分の価額の概算額は,前記②のcの従後権利の床価格8億4743万6000円から,前記③のcの取得する本件施設建築物の一部に関する権利の価額の概算額5億5305万5000円を差し引いた2億9438万1000円とされた。
(4) 施設建築物の一部等の価額等の確定及び清算
前記(1)及び(2)のとおり,権利変換計画においては,施設建築敷地の共有持分,施設建築物の一部等の価額については,将来の建築工事完了後の状態における見込み額を,事業完了前の評価基準日に引き戻して概算評価した概算額を定めることとされており(法81条),評価基準日後,実際に権利変換計画が策定され,施設建築物の細部の設計が定められ,地区内の建築物の移転,除却が行われ,更には施設建築物の建築工事が行われ,事業が完了するまでの間には,施設建築敷地及び施設建築物の設計の変更,物価の変動等の事情により,評価基準日において見込んだ施設建築敷地及び施設建築物の整備の費用と実際に要した費用との間に差が生じ得るほか,事業完了後の状態における施設建築敷地及び施設建築物の評価基準日に引き戻した評価した価額が変動することも考えられる。
そこで,法は,施行者に対し,工事完了後すみやかに,当該事業の費用の額を確定すべきことを定めるとともに,政令で定めるところにより,事業費の確定額と,評価基準日における近傍類似の土地,近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額を基準として,従後権利を取得した者ごとに,施設建築敷地,その共有持分若しくは施設建築物の一部等の価額等を確定し,これをその者に通知すべきことを定めて(法103条1項),評価基準日に既に施設建築物が完成し,事業が完了していることを想定して定めた施設建築敷地,その共有持分若しくは施設建築物の一部等の価額の概算額の見直しを,事業の原価の算定,及び,事業完了後の状態における施設建築敷地,その共有持分若しくは施設建築物の一部等の評価額の算定の2つの面から,行うものとしている。
そして,法施行令41条1項は,法103条1項所定の施設建築敷地,その共有持分若しくは施設建築物の一部等の価額,建築施設の部分の価額の確定は,概算額の算定の際と同様に,法施行令28条,29条又は46条の規定の例により行わなければならないものとしている。
(5) 本件権利の価額の確定及び清算
前記第2の2の事実及び証拠(乙9の1及び2,11,12,13の1及び2)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件権利変換計画においては,前記(3)イ(ア)のとおり,評価基準日における用地費(従前資産額)以外の事業費の予定額は,80億5329万4000円とされていたが,その後,本件事業の施行の過程で,施設建築物の追加変更工事の発生等により工事費が増大したほか,調査設計計画費,補償費等も増大し,本件事業完了後に確定した用地費(従前資産額)以外の事業費は,当初の予定額を3億2823万6083円上回る83億8153万0083円(但し仮払消費税3億7984万7040円及び清算金交付金2億3469万5000円を除く。)に上った。
イ 一方,本件権利変換計画においては,評価基準日における収入金の予定額は,保留床処分金51億0573万2000円,補助金1億9887万5000円,公共施設管理者負担金25億6918万7000円等合計80億5329万4000円とされていたが,その後,参加組合員負担金,分担金,付帯収入その他の収入等があったこと等によって,本件事業完了後に確定した収入金は,当初の予定額より7億6412万8123円多い88億1742万2123円(但し仮受消費税1億7865万円を除く。)に上った。
ウ 本件組合は,本件施設建築物の建築工事完了後,法103条1項に基づいて,前記アのとおり本件事業の費用の額を確定した上,(ア)原告ら両名が各2分の1の割合でcから相続した本件敷地に関する権利の価額については,本件権利変換計画における概算額と同額の2億9438万1000円(但し各原告の権利の価額は,その2分の1の価額である1億4719万0500円)とし,(イ)原告ら両名が各2分の1の割合でcから相続した本件施設建築物に関する権利の価額については,本件権利変換計画に当該権利の価額の概算額5億5305万5000円を3368万4640円下回る,5億1937万0360円(但し各原告の権利の価額は,その2分の1の価額である2億5968万0360円)と確定し,その価額を平成13年6月14日付けで各原告に対しそれぞれ通知した。
さらに,本件組合は,cの評価基準日における従前資産の価額8億4744万4000円と,前記(ア)の本件敷地に関する権利の価額の確定額及び前記(イ)の本件施設建築物に関する権利の価額の確定額の合計額である8億1375万1360円との差額3369万2640円を清算金として原告らに交付することとし(但し,各原告の清算金の金額は,その2分の1である1684万6320円),その旨を前記各通知において,各原告に対し,それぞれ通知した上,これを交付した。
2 本件権利の相続時における価額の評価方法について
(1) 相続税法22条は,相続税の課税価格となる相続財産の価額は,特別に定める場合を除き,当該財産の取得時における時価によるべき旨を定めており,ここにいう時価とは,相続開始時における当該財産の客観的な交換価格をいうと解される。
(2) 原告らが本件相続によりcから取得した本件権利についても,その相続財産として価額の評価は,相続税法22条により,本件相続開始時の時価すなわち客観的な交換価格をもってすべきものと解される。
(3) そこで,本件権利の内容についてみるに,本件権利は,前記第2の1及び2のとおり,地権者であるcが,本件権利変換計画に基づいて,本件事業の施行者である本件組合に対して有していた債権であり,これに基づいて債務者である本件組合に対し請求することのできる給付として,まず,将来,本件敷地上に本件施設建築物が完成したときに,本件権利変換計画所定の共有持分割合(100万分の13万1300)により,本件組合から本件施設建築物の一部の移転を当然に受けることが挙げられる。
また,法が,事業完了後,事業施行者が確定した施設建築敷地若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等(従後権利)の価額と,従前資産の価額との間に差額がある場合につき,地権者に対し,差額相当の金額を徴収し又は交付による清算をすべきことを義務付けていること(法104条1項)からすれば,本件権利のように地権者が権利変換計画に基づいて権利変換期日後,事業完了前に施行者に対して有する債権には,将来,事業完了後に従後権利の確定価額が従前資産の価額を下回ったときは,その差額につき清算金の交付を請求できるという権利も含まれると解するのが相当である。
そうすると,本件権利は,①本件施設建築物が完成したときに,本件権利変換計画の定めるところにより,本件組合から当然に,100万分の13万1300の共有持分割合で,その一部の移転を受けるという給付,及び,②本件権利変換計画所定の従後権利(本件敷地の共有持分0.07352及び本件施設建築物の一部の共有持分0.1313)の確定価額が従前資産の価額に下回るときは,差額相当の清算金の交付を受けるという給付,以上の2つの給付を目的とする権利であるということができる。
(4) そして,前記清算の基礎となる従前資産の価額,及び,従後権利の確定価額は,いずれも評価基準日における評価額とされている(法104条1項,80条1項,103条1項)のであるから,地権者が,権利変換計画に基づいて有する権利により事業施行者から受けることができる給付(施設建築敷地若しくはその共有持分又は施設建築物の一部等の不動産に対する権利。清算金が生じる場合には清算金も含む。)の価額は,評価基準日における従前資産の価額に一致するということができる。そうすると,地権者が権利変換計画に基づいて権利変換期日以降,事業完了前の段階で事業施行者に対して有する債権は,評価基準日における従前資産の価額相当の価値を有する給付を目的とする権利であるということができる。
(5) ところで,前記第2の2のとおり,地権者であるcは,本件権利変換計画において,その従前資産全体に対応する権利として,施設建築敷地に関する権利の共有持分0.07352及び本件施設建築物に関する権利の共有持分0.1313を取得する旨定められたものであるところ,本件権利は,後者の権利を将来事業完了後に取得するという債権であって,従前資産全体に対応する従後権利全体に関する債権ではないから,本件権利が単独で,評価基準日におけるcの従前資産の価額相当の価値を有する給付を目的としているということはできない。
もっとも,権利変換計画においては,従後権利は従前資産に対応する権利として与えられるものであるため(法73条1項3号,4号),従後権利の価額の概算額の総額は,原則として,従前資産の価額の総額とほぼ一致するように定められるのであり,本件権利変換計画においても,前記1で認定したとおり,まず,cの従後権利(施設建築敷地に関する権利の共有持分0.07352及び本件施設建築物に関する権利の共有持分0.1313)の価額の概算額の総額を,同人の従前資産の価額の総額とほぼ一致するように定めた上で,これを施設建築敷地部分に関する権利と本件施設建築物に関する権利のそれぞれの価額の概算額に配分する方法により,従後権利のそれぞれの価額の概算額を定めている。
そうすると,本件権利変換計画で定められた本件施設建築物に関する権利の価額の概算額は,従後権利全体が対応する,評価基準日におけるcの従前資産の価額相当の価値のうち,本件施設建築物に関する権利の共有持分0.1313が占める部分を反映したものとみることができるから,本件施設建築物に関する権利の共有持分0.1313を将来取得すること等を目的とする債権である本件権利は,評価基準日におけるcの従前資産の価額相当の価値のうち,その一部に対応するものとして本件権利変換計画で定められた,施設建築物に関する権利の共有持分0.1313の価額の概算額5億5305万5000円相当の価値の給付を目的とする権利であると捉えることができる。
(6) 前記(4)のとおり,地権者が権利変換計画に基づいて事業施行者に対して有する権利は,あくまでも,評価基準日における従前資産の価額相当の価値を有する給付を目的とするもの,すなわち,評価基準日における評価額に引き直すと権利変換計画所定の従前資産の価額相当となる価値を交付するものであって,従前資産の価額相当の金額を目的とする金銭債権のように,時点を問わず,権利者に対し,権利変換計画所定の従前資産の価額相当の価値の給付を受けさせるものではない。
したがって,権利変換計画所定の従前資産の価額は,権利の価額の評価に当たり,権利の価額に相当に近接する値を示す有用な指標であるとはいえても,評価の時点を問わず権利の客観的な交換価値そのものを示す値であるとはいえない。
前記(5)のとおり,本件権利は,cの従前資産の価額の一部に対応する,本件権利変換計画所定の本件施設建築物に関する権利の価額の概算額(5億5305万5000円)相当の価値を交付する債権と捉えることができるが,ここにいう概算額(5億5305万5000円)相当の価値の交付もまた,評価基準日(平成9年2月20日)において評価した場合に概算額相当となる価値の交付を意味するものであって,交付の時点において5億5305万5000円と評価される価値を交付することを意味するものではないから,前記概算額を,評価の時点にかかわらず直ちに本件権利の時価を示すものということはできない。
(7) もっとも,本件権利のように,権利変換期日後,施設建築物完成前の段階において地権者が権利変換計画に基づいて事業施行者に対して有する権利については,取引の対象となることはほとんどないと考えられ,したがって,このような権利について相続が発生した場合に,その相続開始時点における客観的な交換価値を,同種権利の取引事例等に参考として鑑定評価することはほぼ不可能である。また,このような権利は,最終的には,施設建築物の一部等に対する権利(及び清算金がある場合は清算金請求権)の取得を目的とするものであるから,後述のとおり,施設建築物の一部等に対する権利(共有持分)の価額も,本件権利の相続時の価額の評価する有用な指標となる場合があると考えられるものの,相続開始時点において施設建築物が完成していない場合に,その完成を待って相続人が取得した施設建築物に対する権利の価額を鑑定評価した上,その価額を更に相続開始時点まで時点修正して評価し,その価額をも参考として,相続財産である権利(権利変換期日後,事業完了前の権利変換計画に基づく地権者の権利)の相続開始時点における価額を評価するという作業を行うことは,大量の事件を効率的かつ迅速に処理することが要請される相続税の課税実務においては,現実には困難であるというべきである。
(8) 前記(3)ないし(5)に述べたとおりの権利変換期日後,事業完了前の権利変換計画に基づく地権者の権利の内容,性質,権利の価額と権利変換計画において定められた従後権利の価額の概算額との関係に加え,前記(7)に述べた権利の価額の評価の困難性,相続税課税実務の実情等も勘案すると,相続税の課税実務において,このような権利を相続財産として評価する場合に,通常,当該権利(債権)の価額に相当近接する値である,従後権利(不動産共有持分等)の権利変換計画における価額の概算額をもって,これを評価することは,十分合理性のある簡便な評価方法による評価として,原則として許されるというべきである。
(9) もっとも,前記のとおり,権利変換期日後,事業完了前の権利変換計画に基づく地権者の権利は,最終的には,不動産である施設建築敷地等に対する権利(及び清算金が発生する場合には清算金請求権)を目的とするものであることに鑑みれば,当該権利は債権であり,施設建築敷地等に対する権利(及び清算金が発生する場合には清算金請求権)は物権(及び債権)であるという違いはあるにしても,当該権利の客観的な交換価値が,その最終的な目的である施設建築敷地等に対する権利(及び清算金が発生する場合には清算金請求権)の客観的な交換価値を著しく上回るとは考え難い。
そうすると,例えば,施設建築物の完成後にこれに対する地権者の従後権利の価額を鑑定評価した上,これを相続開始時に時点修正して同時点における価額を算出したところ,その価額(事業完了後に清算金が生じた場合には当該権利者が交付を受けた清算金の価額も加えた額)が,当該権利に係る従後権利の権利変換計画における価額の概算額を著しく下回るような場合には,概算額が,当該権利の相続開始時における客観的価値に相当に近接する価額であるとみることはできないというべきであって,そのような場合には,概算額をもって当該権利の相続発生時の価額とすることは許されないというべきである。
(10) そこで,本件についてみるに,証拠(甲3)によれば,dの依頼を受けた不動産鑑定士が平成12年10月25日付けで作成した不動産鑑定評価書(甲3。以下「本件評価書」という。)においては,完成後の本件施設建築物の価額を,本件相続開始時(平成12年1月26日)に時点修正して評価した上,その価額に基づいて,同時点におけるcの本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額が算定されており,その価額は3億9000万円とされていることが認められる。
また,前記第2の2のとおり,本件組合は,本件事業完了後,原告らに対し,清算金として,各1684万6320円,合計3369万2640円を支払っている。
本件評価書におけるcの本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の評価額に,前記清算金合計額を加えると,4億2369万2640円となり,これは,本件権利変換計画所定のcの本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額の概算額である5億5305万5000円を,1億2900万円余り下回ることとなる。
仮に,本件評価書におけるcの権利の価額評価が正当なものであるとすれば,以上のように,本件権利変換計画所定のcの本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額の概算額と,相続開始時点である平成12年1月26日時点におけるcの本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額及びその後原告らに支払われた清算金の価額の合計額との間に,1億円を超える乖離が存する以上,本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額の概算額を,本件相続開始時における本件権利の価額に近接する価額を示すものとみることは困難というべきである。
(11) もっとも,被告は,本件各更正において,本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額の概算額(5億5305万5000円)それ自体をもって,本件権利の本件相続開始時における価額としているのではなく,評価の安全性の見地から,これに100分の70を乗じて算出した3億8713万8500円をもって,本件権利の本件相続開始時における価額としている。この価額は,本件評価書におけるcの本件施設建築物に対する権利の評価額3億9000万円を下回るものであるから,もとより前記評価額に清算金の金額を加えた4億2369万2640円をも下回るものである。
(12) 以上のとおり,本件各更正における本件権利の評価額は,仮に,本件評価書におけるcの権利の価額評価が正当なものであるとしても,これに清算金を加えた金額を約3650万円余りも下回るものであることに照らすと,それが本件相続開始時における本件権利の客観的価値を上回るものであるとは考え難いというべきである。したがって,本件各更正には,本件権利の価額をその本件相続開始時における時価を超えて過大に評価した違法はなく,本件各更正は適法なものというべきである。
(13) これに対し,原告らは,本件相続開始時には本件施設建築物は建築途中であって,建物の滅失,工事の中断等の不測の事態があり得たこと,ホテルの用に供する部分については,本件相続開始前に帝国ホテルとの間で賃貸借予約契約が締結されていたことを考慮すると,本件権利の本件相続開始時における価額は,本件評価書におけるcの本件施設建築物に対する権利の評価額3億9000万円の70パーセントに相当する,2億7300万円と評価すべきであると主張する。
しかしながら,既に述べたとおり,本件権利は,物権である本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)自体ではなく,また,本件相続開始時点で建設中の本件施設建築物に対する共有持分でもなく,将来,事業が完了したときに本件組合から本件施設建築物に対する権利を取得し,清算金が生じるときには,その交付を受けることを目的とする債権なのであり,権利者が受ける給付の価値という点からみれば,評価基準日(平成9年2月20日)において,本件権利変換計画所定の本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額の概算額(5億5305万5000円)と評価される価値を交付する権利,換言すれば,本件相続開始の時点においても,評価基準日に評価すれば5億5305万5000円相当となる価値を,将来完成する施設建築物の一部及び清算金という形で交付することを求める権利なのである。このような本件権利の内容,性質に照らすと,本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額を本件相続開始時点に時点修正して評価した価額は,前記(12)のとおり,本件権利の本件相続開始時点における価額を評価する上での有用な指標とはなり得ても,それ自体を本件権利の客観的な価額と捉えることはできない(特に本件のように清算金が交付されている場合に,本件権利の価額の評価上,その金額を控除することは不合理なことというべきである。)というべきであり,ましてや,本件相続開始当時,本件施設建築物が建築途中であったことや,賃貸借予約契約が締結されていたことを理由に,その3割を減じた価額を,本件権利の客観的な価額とみるべき合理的な理由はないというべきである。
また,前記認定のとおり,本件評価書における本件施設建築物に対する権利(共有持分0.1313)の価額の評価は,不動産の価額評価につき専門的知識を有する不動産鑑定士によって,本件施設建築物の完成後に行われたものであって,簡便な評価方法が採られる場合には考慮されない経済的社会情勢による費用原価の変動の可能性等をも考慮した上で,価額評価をしたものと考えられる。この意味からも,本件評価書における評価額について,更に,簡便な評価方法が採られる場合に評価の安全性を確保するために行われる3割の減価を行う合理的な理由はないというべきである。
したがって,原告らの前記主張は,採用することができない。
第4結論
以上のとおり,本件各更正は適法であり,これに伴ってされた本件各処分も適法であって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山口博 裁判官 武田美和子 裁判官 佐々木清一)