千葉地方裁判所 平成15年(行ウ)56号 判決 2004年8月27日
主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,株式会社伊賀屋に対して千葉市が平成11年度に株式会社伊賀屋に発注した千葉市立海浜病院に係る寝具類交換業務委託契約の談合に関する不法行為による損害賠償請求権の行使を怠る事実並びに株式会社マルイチに対して千葉市が平成10年 度及び平成11年度に株式会社マルイチに発注した千葉市立病院に係る寝具類交換業務委託契約の談合に関する不法行為による損害賠償請求権の行使を怠る事実がいずれも違法であることを確認する。
第2事案の概要
本件は,原告が,千葉市が指名見積り合わせの方法により発注した千葉市立海浜病院及び千葉市立病院(現青葉病院)に係る寝具類交換業務について,契約金額が談合行為により不当につり上げられ,その結果,千葉市は談合がなく公正な競争が確保さ れていた場合の契約金額との差額相当額の損害を被ったとして,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,被告が談合参加者である株式会社伊賀屋及び株式会社マルイチに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っていることの違法確認を求めている事案である。
1 前提事実(各項目の末尾に証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがないか,明らかに争わない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告は,千葉市の住民で構成されている権利能力なき社団である。
イ 被告は,千葉市の執行機関である。
ウ 株式会社伊賀屋(有限会社伊賀屋が平成11年10月17日に組織を変更したもの。以下「伊賀屋」という。),株式会社マルイチ(以下「マルイチ」という。)及び株式会社柴橋商会(以下「柴橋商会」という。)は,それぞれ,千葉県の区域において,病院及び特別養護老人ホームで用いられる寝具類の賃貸業又は洗濯業を営む者である。
(甲1,弁論の全趣旨)
(2) 談合行為と本件各契約の締結
ア 伊賀屋,マルイチ,柴橋商会,ワタキューセイモア株式会社,株式会社小山商会,株式会社東基(東京基準寝具株式会社が平成9年4月1日に商号を変更したもの),田中寝具株式会社,東洋リネンサプライ株式会社,野口株式会社,クラボウリネンサプライ株式会社,フランスベッドメディカルサービス株式会社,株式会社ベネック,株式会社レンティ及び株式会社ヤマシタコーポレーションの14社(以下「14社」という。)は,遅くとも平成7年12月中旬ころ以降,千葉県所在の国公立の病院等が競争入札,指名見積り合わせの方法により発注する寝具類の賃貸業務又は洗濯業務について,受注価格の低落防止を図るため,①当該病院等と既に取引を行っている者を当該業務を受注すべき者(以下「受注予定者」という。)とする,②受注すべき価格は,受注予定者が定め,受注予定者以外の者は,受注予定者がその定めた価格で受注できるように協力する旨の合意の下に,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにしていた。
(甲1,2)
イ 千葉市は,平成11年4月1日付けで,伊賀屋に対し,千葉市立海浜病院に係る寝具類交換業務を委託した(以下「本件契約①」という。)。
ウ 千葉市は,平成10年4月1日付けで,マルイチに対し,千葉市立病院に係る寝具類交換業務を委託した(以下「本件契約②」という。)。
エ 千葉市は,平成11年4月1日付けで,マルイチに対し,千葉市立病院に係る寝具類交換業務を委託した(以下,「本件契約③」といい,本件契約①ないし③を併せて「本件各契約」という。)。
オ 本件契約①(指名見積り合わせの方法による発注)については,伊賀屋ほか2社間で,本件契約②及び③(同方法による発注)については,マルイチ及び柴橋商会の間で,それぞれ前記アの方法に従った談合(以下「本件談合」という。)がなされていた。
カ 公正取引委員会(以下「公取委」という。)は,前記アの行為が,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)2条6項の不当な取引制限に該当し,3条に違反するものとして,平成13年8月10日に14社に対して排除勧告を行い,14社が応諾したため,同年9月19日にその勧告と同趣旨の審決をし,さらに,平成14年6月12日,伊賀屋,マルイチ,ワタキューセイモア株式会社,株式会社小山商会,株式会社東基及び東洋リネンサプライ株式会社に対し,独禁法48条の2第1項に基づき,課徴金納付命令を行った(以下「本件課徴金納付命令」という。)。本件課徴金納付命令では,千葉市における契約として本件各契約が対象とされていた。前記6社のうち,伊賀屋は課徴金155万円を,マルイチは課徴金54万円を,それぞれ納期限の同年8月13日までに納付した。
(甲1,2,弁論の全趣旨)
キ 公取委は,本件と同様の談合事案について,本件と同時期に,東京都,神奈川県,埼玉県,富山県,石川県,大阪府及び兵庫県についても,それぞれ本件と同様の排除勧告,審決及び課徴金納付命令を行っている(甲1,2,弁論の全趣旨)。
(3) 原告は,平成15年6月2日付けで,千葉市監査委員に対し,本件各契約の談合参加者に対して損害賠償請求権を行使して千葉市が被った損害をてん補する措置を講ずべきことを勧告することを求める住民監査請求をしたが,同監査委員は,同年7月28日付けで前記請求を棄却し,原告は,そのころ,その旨の通知を受けた(甲1,2,弁論の全趣旨)。
(4) 原告は,同年8月25日,本件訴えを提起した。
(5) 談合は違法行為であり,千葉市は本件各契約の談合参加者に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。
2 当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 損害賠償請求権の行使とは,合理的に算定された損害額の請求をいうものと解するべきである。合理的に算定されず,請求の趣旨が記載されない請求書や,根拠のない金額の入金は,単に寄付が行われたものであり,債務が消滅したものと認めることはできない。
イ マルイチ及び柴橋商会については,請求書(乙3の1・2)にそもそも損害賠償の対価と認められる記載がなく,発行者の印影もないなど,およそ千葉市の発行した正規の請求書とは認められず,折衝の経緯からしても,業者にはおよそ損害賠償請求権の行使であることの認識が欠けている。
ウ また,伊賀屋,マルイチ及び柴橋商会に対する請求については,合理的な損害額の算定が行われていない。
千葉市は,平成15年4月から,工事請負契約及び委託契約において損害賠償額予定条項を導入し,「損害の発生及び損害額を立証することを要することなく,契約金額の10分の1に相当する額の賠償金を支払わなければならない。」旨の契約を締結しており,本件各契約は,前記条項を導入する前の契約ではあるが,千葉市が談合によって被った損害額の算定が困難な事案として,前記条項によるのが最も適当である。東京都の損害賠償額予定条項では,契約金額の10パーセント,堺市では契約金額の20パーセント,立川市では契約金額の30パーセントに相当する額としていることからしても,本件において,千葉市の前記条項所定の10パーセント相当額を損害額として認定するのが相当である。
したがって,本件において合理的な損害額は,契約金額の10パーセントに相当する額というべきであり,理由なくこれを大幅に下回る損害賠償請求は,正当な職務を怠っているといえる。
(2) 被告の主張
ア 被告は,本件契約①について,伊賀屋に対し,談合に基づく損害賠償請求権を行使し,平成15年8月21日に損害賠償額を47万0998円と定める和解契約をした上で,同月28日に全額の弁済を受けた。また,被告は,本件契約②及び③について,談合参加者であるマルイチ及び柴橋商会に対し,合計62万7895円の共同不法行為による損害賠償請求をなし,同年9月9日,マルイチとの間で,和解契約をし,同月24日にマルイチから45万2809円の弁済を受け,また,同年10月9日,柴橋商会との間で,和解契約をし,同月20日に柴橋商会から17万5086円の弁済を受けた。
イ 本件訴訟は,被告が損害賠償請求権を行使しないことの違法確認を求めるものであって,被告が損害賠償請求権を行使した内容に対する当否は本件訴訟の訴訟物となっておらず,本件訴訟において,原告が被告のなした各和解契約の当否,違法を論ずるのは相当ではない。
ウ いわゆる3号訴訟が係属している間に職務が履行された場合には,同号の請求の趣旨は達せられたことになり,請求の利益は消滅する。前記の職務が履行された場合とは,職務の履行が全くの形骸に過ぎない場合は別にして,客観的にみて一応の正当性を首肯しうるものであれば足りると解すべきである。
エ 本件では,各損害賠償額は最終的にいずれも契約金額の5.2パーセントの割合をもって損害賠償金とする合意が成立しており,請負契約をめぐる談合行為に対する損害賠償請求における裁判所の認定損害額や千葉県における請求額などに照らせば,本件における損害賠償請求権の行使は適切なものであるというべきである。
したがって,本件において損害賠償請求権は既に行使されており,原告には訴えの利益がない。
第3当裁判所の判断
1 前記第2の1の事実及び後掲の各証拠(各項目の末尾に当該項目の事実認定に用いた証拠を掲記した。)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 千葉市(代表者・被告)は,本件各契約に関する談合に係る損害賠償額について,公取委の課徴金納付命令の対象が千葉県地区全域であったことから,千葉県と同じく売上額の5.2パーセントと算定することが妥当であると考え,談合参加者である伊賀屋,マルイチ及び柴橋商会に対して交渉することとした(甲5の1・14・17,乙5,弁論の全趣旨)。
(2) 千葉市は,平成15年8月21日,伊賀屋との間で,伊賀屋が本件契約①について本件談合があったことを認め,それによる現在に至るまでの一切の損害賠償として,平成11年度の売上額(905万7660円)の5.2パーセント相当額である47万0998円を千葉市に支払う旨の合意(和解契約)をし,伊賀屋は,同月28日,千葉市に対し,前記金額を支払った(甲5の14・17,乙1,2)。
(3)
ア 千葉市は,マルイチと事前協議したうえ,平成15年7月18日,マルイチに対し,本件契約②及び③の本件談合に係る損害賠償として売上額の5.2パーセント相当額を請求する旨伝えたところ,マルイチは,同年9月2日,千葉市に対し,談合の事実は認めたものの,千葉市に損害を与えているとは考えていない,千葉市として決定された損害金である平成10年度及び平成11年度の支払額に5.2パーセントを乗じた62万7895円を支払う意思はないが,当時と現在の契約単価の差額(3.15円)に契約組数を乗じて得た金額である45万2809円については支払う意思がある,合意書などは取り交わす意思はない旨回答した。
そこで,千葉市は,マルイチに対し,現在に至るまでの損害賠償として,平成10年度及び平成11年度の契約単価84円と平成15年度契約単価80.85円との差額である3.15円を損害単価とし,平成10年度7万1526組,平成11年度7万2223組をそれぞれ乗じた金額45万2809円を請求することとし,柴橋商会に対し,平成10年度及び平成11年度の支払額合計に5.2パーセントを乗じた金額からマルイチへの請求額を差し引いた17万5086円を請求することとした。
イ 千葉市は,平成15年9月9日,マルイチに対し,45万2809円を請求し,マルイチは,平成15年9月24日,千葉市に対し,前記金額を支払った。
ウ 千葉市は,平成15年10月2日,柴橋商会に対し,マルイチとの交渉経過を説明した上で,共同不法行為による損害賠償として,千葉市として決定された損害金である平成10年度及び平成11年度の支払額に5.2パーセントを乗じた62万7895円とマルイチが支払った45万2809円との差額である17万5086円を請求する旨伝えたところ,柴橋商会は,千葉市に対し,前記金額を支払う意思はあるが,合意書などを取り交わす意思はない旨回答した。
千葉市は,平成15年10月9日,柴橋商会に対し,前記金額を請求し,柴橋商会は,同月20日,千葉市に対し,前記金額を支払った。
(甲5の1・3ないし5・9・10,乙3の1・2,4の1・2,5,12)
(4) 本件と同じ談合事案について,本件と同じ公取委の審決・課徴金納付命令に基づき,千葉県は,平成15年5月28日,14社のうちの2社との間で,同社が損害賠償に関する一切の損害額として売上額の5.2パーセントを支払う旨合意したが,その際,損害額については,その算定が困難であるため,過去の裁判例を参考に損害賠償額として売上額の5.2パーセントと算定された。
また,本件と同様の談合事案について,本件と同時期に行われた公取委の審決・課徴金納付命令に基づき,各地方公共団体が各業者に請求した損害賠償額は,東京都で支払額の10パーセント(以下,この段落における「~パーセント」は「支払額の~パーセント」である。),神奈川県で5パーセント,富山県で5パーセント,富山市で5パーセント及び遅延損害金,大阪府で5パーセント及び遅延損害金,大阪市で5パーセント及び遅延損害金,東大阪市で7パーセント,泉大津市で5パーセント,堺市で10パーセント,吹田市で5パーセント,八尾市で5パーセント及び遅延損害金,兵庫県で5パーセント及び遅延損害金,神戸市で10パーセント及び遅延損害金であった。
(甲3,8,乙6ないし11)
2
(1) 前記第2の1(1),(2)の事実及び前記1の事実によれば,被告は,本件各契約につき,公取委において,排除勧告,審決,課徴金納付命令が行われたことを受けて,本件契約①については,伊賀屋に対し,不法行為による損害賠償として,売上額の5.2パーセントに相当する47万0998円の支払を請求し,平成15年8月21日,伊賀屋との間で,伊賀屋が千葉市に損害賠償として同金員を支払う旨の和解契約をし,伊賀屋から同金員の支払を受けたこと,本件契約②及び③については,マルイチ及び柴橋商会に対し,本件契約②及び③の本件談合に関し,合計で売上額の5.2パーセントに相当する62万7895円の支払を請求し,遅くとも同年9月9日,マルイチとの間で,マルイチが千葉市にうち45万2809円を支払う旨合意し,遅くとも同年10月9日,柴橋商会との間で,柴橋商会が千葉市に残17万5086円を支払う旨合意し,両社から,前記各金員の支払を受けたことが認められる。
そして,前記1の事実によれば,被告とマルイチ又は柴橋商会との間の前記各合意は和解契約であり,前記62万7895円は,いわゆる和解金であるが,実質的には共同不法行為による損害賠償金と認めるのが相当である。
(2) ところで,談合行為によって発注者が被った損害とは,談合行為がなく公正な競争がなされた場合の契約金額と現実の契約金額との差額相当額であると解するのが相当であるが,談合がなく公正な競争がなされた場合の契約金額を正確に把握することは難しく,談合による損害賠償額の算定は困難であるところ,本件と同様の談合事案について,各地方公共団体が各業者に請求した損害賠償額は,支払額の10パーセントというところもあるが,多くは5パーセントであることは前記1(4)のとおりである。そうすると,被告が,本件課徴金納付命令の対象が千葉県地区全域であったことを考慮した上で,本件談合に係る損害賠償額を,千葉県と同様に売上額(支払額)の5.2パーセントと算定したことは合理的であり相当であるといえる。
(3) 原告は,千葉市の損害賠償額予定条項(甲4の2)を根拠として,契約額の10パーセント相当額を本件の損害額として認定すべきであり,被告の前記損害額の算定は合理的ではない旨主張するが,本件各契約は,いずれも前記条項の実施の対象とされた平成15年4月1日より前に締結されたものである(前記第2の1(2)イないしエの事実,甲4の1・2)から,原告の前記主張は採用できない。
(4) 以上によれば,被告は,本件各契約の談合について不法行為による損害賠償請求権を行使したものというべきである。
3 そうすると,被告は,本件各契約の談合に関して,伊賀屋及びマルイチに対し,不法行為による損害賠償請求権を行使したものといえるのであるから,原告がその違法の確認を求める懈怠事実は過去の事実関係ということになる。
そして,地方自治法242条の2第1項3号は違法確認の対象を「怠る事実」と規定しているのであるから,違法確認の対象に「怠った事実」も含まれると解するのは文理に沿わないというべきである。また,同号の立法趣旨は,地方公共団体の執行機関又は職員の職務懈怠の責任を追及することにあるのではなく,職務懈怠の違法を確認することによって,その違法状態を除去させ,地方公共団体の財務会計上の利益を擁護することにあることから,執行機関又は職員に,過去に職務懈怠があったとしても,口頭弁論終結時までにその不作為の違法状態を除去する余地がなくなったときは,単に過去の職務懈怠の違法を確認しても前記の目的を達することはできないのであるから,同号にいう「怠る事実」には「怠った事実」も含まれると解することは相当ではない。
したがって,本件訴えは,いずれも同号に該当せず,不適法な訴えといわなければならない。
第4結論
以上によれば,本件訴えはいずれも不適法であるから,これらを却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山口博 裁判官 永山倫代 裁判官 島根里織)