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千葉地方裁判所 平成16年(ワ)38号 判決 2006年1月19日

原告

同代理人弁護士法人

弁護士法人房総法律

同訴訟代理人弁護士

田村徹

被告

日本放送協会

同代表者会長

同訴訟代理人弁護士

梅田康宏

杉本幸孝

宮川勝之

永野剛志

内藤滋

前岨博

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金1165万2985円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,被告との間の放送受信料の集金業務を目的とする委託契約は労働契約あるいは労働契約に類似するものとして労働契約法理が類推適用されるべきもので,被告が原告に対して行った中途解約は何らの理由を示すことなく行った懲戒解雇と同様であるから違法無効であるなどとして,不法行為に基づく損害賠償を(主位的請求),仮に労働契約法理が適用されないとしても,<1>受任者の不利益な時期に正当な理由なくされた解除であるとして民法651条2項に基づき,あるいは<2>原被告間の契約における期間の約定は解除権放棄の特約にあたり解除できないにもかかわらず,違法な契約解除を行ったものであるとして損害賠償を求めた事案である。

1  争いのない事実等

(1)  当事者

被告は,放送法第7条に定める目的のため,同法に基づき設立された法人で,受信者が支払う放送受信料(以下「受信料」という。)をほとんど唯一の財源として運営されているものである。

原告は,被告との間で,平成元年12月ころ,受信料の集金等を業務内容とする委託契約を締結し,以後同様の契約(期間は3年)を更新し,平成13年4月1日,同日から平成16年3月末までの3年間を契約期間とする同様の委託契約(以下「本件契約」という。)を締結し,被告千葉放送局を営業拠点として委託業務を行っていた者である。(<証拠略>,争いがない)

(2)  委託契約の内容

ア 原告の契約は総合委託(いわゆる「総合スタッフ」)の契約で,受持地域(千葉市の一部)における受信料の集金,放送受信契約(以下「受信契約」という。)の締結の取次,受信契約者の転入に伴う住所変更手続,受信契約者の転出手続等(ただし,委託種別ごとの委託業務は予め別に定めるとされる。)が業務内容となっていた。

被告千葉放送局での受託者は,委託された業務によって,原告同様受持地域につき受信料の集金業務と受信契約や変更手続の取次業務双方を行う総合スタッフ,受持地域を固定せず契約取次のみを行う対策スタッフ,受信料の支払いを拒否する受信契約者について解決を図ることを主な業務とする収困スタッフ,同様に衛星受信契約についての問題解決を図る衛困スタッフに,区別されていた。平成15年3月末における千葉放送局内の地域スタッフは約100名余りで,うち約70名が総合スタッフである。

イ 本件契約第3条(遵守事項)において,原告は,被告が放送法に基づいて設立された法人であることを認識し,被告の名誉や信用を毀損する行為,受信者に関し業務上知り得た秘密等を漏らしてはならず(1項),本件契約の定めるところにより,誠実に委託業務を遂行し,受持区域内の受信契約の徹底及び受信料の完全集金に向けて最大の努力を払い(2項),正確な事務処理を行うとともに委託業務遂行結果の正確な記録に努める(3項)旨の規定がされている。

ウ 本件契約第15条(契約の解約)において,原告,被告のいずれかが,本件契約上の義務を履行しなかったときは,他の一方は,契約期間にかかわらず,ただちにこの契約を解約することができる旨の規定がされている。

(3)  本件契約の解約に至る経緯

ア 平成15年2月28日,原告の受持地域内の受信者から被告に苦情の電話があったことから,同年3月1日,原告に対し,被告千葉局営業副部長A(以下「A副部長」という。)が面談したところ,適正でない事務処理を原告も認めた。その後,A副部長は,他の契約についても調査を行っていたところ,適正でないと思われるものを発見したことから,同月7日午後,原告と面談を行った。原告の申し入れにより,同日,被告千葉局営業部長B(以下「B営業部長」という。)及びC主任が,原告と面談を行った。さらに,A部長(ママ)は,平成14年12月から平成15年1月及び同年2月から3月の2期にわたり原告の全取次分184件を対象に調査を実施したところ,更なる適正でない事務処理を発見した(<証拠略>,証人A)

イ 被告は,平成15年3月28日,原告に対し,本件契約第3条に違反する行為が多数あり,違反内容も悪質かつ重大であるため,今後の委託業務の誠実な履行が困難であるとして,同日を解約日とする本件契約の解約を申し入れた(以下「本件解約」という。)。

2  争点

(1)  本件契約は,労働契約あるいは労働契約類似の契約として労働契約法理の適用あるいは類推適用されるべきものか。

(2)  本件解約は,違法か。

(3)  被告による原告に対する業務委託契約の解除が「相手方のために不利なる時期」においてされたものとして,被告が原告に対し,民法651条2項による損害賠償義務を負うか。

(4)  本件契約は,解約権を放棄したものか。

(5)  損害の範囲

3  当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告の主張)

「労働者」か否かは,契約形式の如何を問わず,労働提供の実態又は実質に照らした使用従属関係の有無,労働の対価としての賃金が支払われているか否かによって決まるものであるところ,原告と被告との関係は次のとおりであり,本件契約は,労働契約ないし労働契約に類似するものである。

ア 労働契約であることを基礎づける事実

原告は,受信料の集金のみならず,新規契約の締結,転出入の手続,未契約者の情報取次業務等受信者に関する業務全般を担っている。被告との委託契約を締結している業務従事者は,その受持区域が定められ,1日の労働時間の定め等はないが,毎月行うべき業務達成目標が厳しく定められ,逐一業務の進行状況等を詳細な処理基準に従って報告しなければならないことからすると,業務従事者にはほとんど裁量の余地はないといえ,業務従事者と被告との関係は,使用従属関係にあるというほかない。

また,報酬は歩合制で,契約取次と収納件数によって定められるほか,業務災害補償制度や,慶弔金制度,研修制度(交通費支給),さらには契約年数に応じて支給される退職金類似のせん別金制度があり,受託業務を行っている労働者で組織する「全日本放送受信料労働組合」が労働組合法上の組合として認定されていることも,このことを裏付けるものといえる。

イ 被告の主張への反論

目標数(ノルマ)は被告が一方的に決めて原告らに提示するだけではなく,原則として修正には応じず,減少修正を願い出たとしても受持地域が狭められ,実質的な減収を余儀なくされるだけである。目標数達成のための計画書作成も被告の強い指導と指示により,具体的な割り振りが決められ,それに合わないものは計画書として受理されないこと,営業活動については進捗状況報告が求められ,計画に沿った進行がされていなければ叱咤されること,目標達成できない受託者には口頭注意,文書警告,毎日の来局を余儀なくされ,活動地域の縮小等のペナルティが課せられ,目標数を達成できなければ最終的には委託契約の解除に及ぶもので,原告らが自由な目標設定をするというような実態はない。再委託制度は,被告の厳しい目標達成のために家族等に援助を受けているに過ぎないものである。

また,被告は,受持地域が安定しない対策スタッフ,困難な業務を行う収困,衛困スタッフともに総合スタッフへの変更を希望していたことを巧に利用し,それぞれの目標達成の圧力として利用しており,今回の原告の解約も総合スタッフの空きを企図したものである。

(被告の主張)

本件契約は委任契約あるいはこれに請負契約たる性質を合わせた混合契約であり,以下の事情を総合的に考慮すると,被告と受託者との間に使用従属関係が存在しないことは明らかであり,本件契約は実質的にも労働契約ではないといえ,労働契約法理が類推適用される余地はない。

ア 使用従属関係の不存在

受託者は,業務遂行にあたって自由裁量によって計画を立て,事後的な変更も何らペナルティーはなく,訪問日時・場所,巡回順序・方法等について被告から指示を受けることもない。

この点,一定の目標を達成することを要求し,その目標達成のために適宜助言指導を行っているが,これは業務内容の理解促進のための各種講習や,長年の蓄積されたノウハウに基づく助言等を行っているもので,この助言指導に従うかどうかは受託者の自由で,何らの不利益もないことからしても,使用者が労働者に対して行使する指揮監督権に基づく指示とは全く性質を異にする。

イ 労働日数,勤務時間の不存在

原被告間においては,労働日数や労働時間の拘束は一切なく,これらは,受託者の自由裁量に委ねられている。

ウ 勤務場所の不存在

被告局舎内に受託者のための専用の机はなく,帳票,伝票等の作成等の業務を行う場所は受託者の自由である。

エ 再委託の自由

受託者は,契約上,被告の承諾なく自己の責任と計算において委託業務を第三者に再委託でき,実際に再委託している者がいる。

オ 兼業の自由

受託者は,許可や届出等をすることなく,自由に兼業をすることが認められており,実際に兼業を行っている者がいる。

カ 報酬の性質

被告は,受託者に対し,事務費名目で報酬を支払っており,報酬額は,熟練度,技能,年功,年齢,稼働時間等を全く加味することなく出来高で決定するもので,奨励金も半年ごとの出来高に応じて支払う報酬であって,いずれも一定時間労務を提供したことに対する対価である賃金とは全く異なる。

せん別金は,本件契約の業務が,被告の受信料制度の根幹を支えるもので,経験を積むことにより円滑・合理的な業務遂行が可能となる性質のものであるから,なるべく長期間継続してもらうことが有益であるとの理解に基づくもので,税法上も一時所得として取り扱われている。各種の給付制度は,受託者に雇用保険,労災保険等の適用がないことから,安心して業務遂行でき,受託者の確保・定着を促進するようにとの政策的目的から定められたものである。

キ 委託業務遂行に必要な自動車等の所有関係

受託者が必要な自動車等を自己費用で準備することになっている。

ク 税金申告関係

受託者は経費控除した上で事業所得として確定申告している。

ケ 源泉徴収,社会保険料の負担

被告が受託者に対して報酬を支払う場合,所得税法第204条第1項第4号,所得税基本通達204―22,所得税法施行令第322条に従って,集金人の報酬として源泉徴収を行っているのであり,給与所得としての源泉徴収は行っていない。また,受託者は労働者ではないことから,社会保険料も納めていない。

コ 被告職員との取扱の相違

被告職員については就業規則が定められているが,受託者には,就業規則も存在せず,被告職員の就業規則が準用されることもない。受託者には定年がなく,募集方法や採用条件など被告職員と全く異なる取扱いが行われている。

サ 労働組合について

「全日本放送受信料労働組合(全受労)」は受託者の組織する団体であり労働組合とは認識していない。

(2)  争点(2)について

(被告の主張)

本件契約のような継続的契約の解約については,正当事由の存在が必要とされるが,平成14年12月から平成15年3月までの間に,原告は,次のとおり,少なくとも合計20件の不正な受信契約ないし住所変更の取次を行っており,被告は,原告に対し,再三弁明の機会を与えたにもかかわらず,原告が終始不誠実な態度を繰り返したため,原被告間の信頼関係は決定的に破壊され,もはや回復不可能となったと判断して解約通知を行ったもので,本件解約に正当な事由があることは明らかである。B営業部長は,原告に対して解約理由を十分説明しているが,解約時に個々の違反事実についてまで具体的に示すことまで必要はないものである。

ア 原告の本件契約違反行為

原告は,次のとおりの類型の本件契約違反行為を別紙主張対比表<略-編注>のとおり行っている。

(ア) 類型A

放送受信契約を新規に取り次ぐ際,本来少なくとも当期分(1期は2か月)の受信料を受領すべきであるところ,実際は一部しか受領していないのに残金を自分が立て替えて全額を被告に振り込み,正規の業務を行ったかのように見せて事務費を不正に受給しあるいはしようとし,さらに,今回支払えば次回以降は支払わなくてよいなどと述べ,放送法32条2項に「協会は,あらかじめ総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ」・・「契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない」と定められ,受信料免除の手続きは,受信者が福祉事務所等で受信料免除申請書の証明を受けて被告に届け出なければならないとする日本放送協会受信料免除基準(<証拠略>,以下「免除基準」という。)に該当する事由がないにもかかわらず,翌期以降の受信料を実質的に免除すると同様の結果を招致した。

(イ) 類型B

受信者が住居を移っていないにもかかわらず,受信者の名義を冒用して住所変更届を作成して提出し,不正に事務費等の支払を受けた(住所変更届の不正1)。

(ウ) 類型C

受信者から既に引越業者を通じて,住所変更届が提出されているにもかかわらず,原告が受信者の名義を冒用して作成し,又は,受信者に住所変更届を記入させた上,本来不要な住所変更届を被告に提出して不正に事務費の支払いを受けた(住所変更届の不正2)。

(エ) 類型D

放送法32条,免除基準に違反して,新規契約を取り次ぐのと同時に放送受信機廃止届も取り次ぎ,実質的に受信料を免除すると同様の結果を招致し,不正な取次であることを隠して不正に事務費等の支払を受けた。

(オ) 事務費等の受領

原告は,(イ)ないし(エ)の不正行為により本来受給できない事務費5万1717円,報奨金相当額として1万1463円,さらに特別な奨励金として2万1468円の合計8万4648円を受領した。

イ 信頼関係の破壊

受信料は公的料金であるから,受信者の公平な負担が大原則である。集金を行う者の恣意によってこれが損なわれることは,結果として被告に対する受信者の信頼を失い,受信料制度の崩壊を招き,ひいては受信料をほぼ唯一の財源として運営されている被告の存立基盤が根底から覆されるといっても過言ではない。

また,受信料の一部のみ受領する行為は,放送受信規約第6条「放送受信料の支払は,次の各期に,当該期分を一括して行わなければならない」との規定に反し,受領額につき虚偽の報告を行うことで本件契約第3条3項に違反する。また,これにより被告が受信者の正確な支払履歴を把握できなくなり業務上著しい混乱をきたし,他の受託者が集金業務を引き継ぐ場合に受信者との間に問題を生じさせるおそれがある。

さらに,住所変更届に関しては,本来事務費等の支払対象とならない架空ないしは二重の住所変更取次を行い,不正に事務費等の支払を受けたのみならず,他人名義を冒用して私文書を作成する重大な不正行為で,きわめて悪質である。

このように,原告が行った各行為は,不正であるというばかりでなく,ひいては被告の存立基盤すら危うくするものでもあり,原被告間の信頼関係を破壊するのに十分であるといえる。

ウ 本件発覚後の原告の態度等

被告は,原告の不正行為の実態を把握するための調査の過程において,原告に対し弁明する機会を与えたが,原告は,当初発覚した件以外に同様の行為をしたことはない旨虚偽の事実を述べ,さらに受信者に対し,被告の人間が来たらこのように答えてくれなどと言って自己の不正行為の隠蔽を試みたり,被告側の質問に対しては,真摯に答えようとする態度もみせず,また,住所変更取次については,受信者名義の冒用を認めつつも架空ではないと述べるなど,極めて不誠実な態度に終始したものである。

(原告の主張)

ア 本件解約は,せん別金まで支払われない,懲戒解雇に等しいものであるところ,被告が主張する解雇事由のうち,解約時に原告に対し告知していないものについては,本件解約の事由として斟酌すべきではない。被告が原告に対して告知したのは,DとEの2件の架空契約,並びにF,G,H,I,J,K及びL7名の住所変更届の不正についてであり,架空契約がなかったことは被告も認めているところであるし,住所変更届については次のとおり不正な行為ではない。

イ 不正の不存在

(ア) 被告事務処理のチェック体制

受託者が取次につき,報告書に各伝票を添付して提出し,被告職員が担当職員,事前審査,事後確認と三重の審査をして細かく点検した上,手数料が支払われることになっており,このような厳しいチェック体制のもとでは,不正はできない。

(イ) 訪問不要通知票

訪問不要通知票は,受託者が被告局へ行く日に手渡され,その用紙の上部欄外には赤スタンプで日付が押されているが,この日付は,この日までに住所変更処理したものは手数料を支払うことを意味する。

被告が解雇理由に挙げた受信者に対してはいずれも当該日付以前に処理したもので,不正処理ではない。平成14年10月ころから,端末機(ナビタン)が導入され,訪問不要通知票は発行されないはずであったが,局はそれ以後も帳票入力などに必要な情報としてスタッフに交付し,入力処理を行った場合に事務費を支払っていたものである。

(ウ) 住所変更届の記載方法

そもそも住所変更届は,「お客様に記入・押印してもらいます」が基本であっても,契約者の署名がなければ不正処理とまでは記載されていない。原告は,これまで仮住まいを見つけたときには,予め本人から署名をもらっておき,転居が近づいた際原告自身が記入して住所変更届を提出するという事務処理を行ってきており,これにつき被告から批判を受けたことはない。

(エ) 受信契約と同時に放送受信機廃止届(以下「廃止届」という。)を取り次ぐ処理

受信契約と同時に廃止届を取り次ぐ処理方法は,平成14年11月ころ,被告千葉放送局職員Mから教わったもので,当時原告が同時に廃止手続をしてもよいのかとの問いに対し,Mが良い旨答えたことから,正しい事務処理として時々行っていた。これに対し他の被告職員から不正処理との指摘もなく,検索結果の内容も問題なく認められていた。ところが平成15年3月20日,同職員から今後は契約と同時に廃止届をしないようにと指導があったので,了解した旨を答え,以後行っていない。また,被告発行の事務処理マニュアル(<証拠略>)にも「受信契約廃止」が掲げられ,廃止届に記載されている廃止事由には,機器故障,受信障害,合併廃止,契約事故,収納事故,その他があり(<証拠略>),相当広範囲にわたり認められる取扱である。その他の事由には,多数のものが該当し,例えば,長期入院,本人失業・不在多し,1回だけ払う・次回来るな,本人年金生活,失業して収入がないなどでも廃止処理とされ(<証拠略>),長期未納者である家族や犬まで居る事案でも,長期不在を理由に1期分だけをもらって廃止処理をし(<証拠略>),支払拒否強硬という理由でも廃止処理を有効としている(<証拠略>)のであるから,被告主張の同時廃止届の処理が,原告の解雇を正当化する特段の事由には該当しない。

(オ) 他の被告主張の各事実

別紙主張対比表原告の主張記載のとおりである。

(3)  争点(3)について

(原告の主張)

本件契約は,雇用契約と紙一重の差しかなく,その実態はほとんど雇用契約そのものであるから,受任者が突如正当な理由もなく契約を解除されることになれば労働の機会,生活の基盤を奪われるものであり,このような雇用契約の性質を有する委任契約にあっては,委任期間満了前の契約解除は,受任者の不利益な時期にされた解除になると解すべきであり,正当な理由もなく解除した被告には,原告に対し,損害賠償をすべき責任がある。そして,正当理由とは,雇用契約における解雇が有効とされる事由の存在というべきである。

(被告の主張)

被告は,原告の債務不履行を理由に契約解除しており,民法651条2項の適用はない。

(4)  争点(4)について

(原告の主張)

本件契約の期間は3年であるが,本件契約が雇用契約類似の委任契約であることから,いつでも告知できる委任契約にあえて存続期間を定めるということは,その期間中の受任者の身分保障を定めることを意味するもので,委任期間中において正当な理由なく解除できないにもかかわらず,被告は不当に契約を解除した者であるから,被告は原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

(被告の主張)

本件契約において,期間は3年間と定められており,被告が解除権を放棄した事実はない。

(5)  争点(5)について

(原告の主張)

ア 解約損害金(1年間の収入) 617万2985円

イ せん別金 368万0000円

14年勤続であるから一般せん別金が315万6000円,特別せん別金が52万4000円であるところ,その支払いがされず,合計で368万円の損害を被った。

ウ 弁護士費用 180万0000円

(被告の主張)

争う。

せん別金については,受託者が委託契約に反する不正な行為を行うなど,不都合を起こして被告が委託契約を解約した場合には支払わないこととしており,原告については,多数の不正行為及び不誠実な態度があったことから解約をしたものであり,せん別金を支払わないのは当然で,損害ではない。

第3争点に対する判断

1  後掲証拠及び争いのない事実並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  受信契約及び受信料の支払については,放送法第32条において,被告の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は受信契約をしなければならない(1項),被告はあらかじめ総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ受信料を免除してはならない(2項),受信契約については,あらかじめ総務大臣の許可を受けた日本放送協会放送受信規約(以下「受信規約」という。)において定められる条項に従ったものでなければならない(3項)旨定められている。

受信料は,公的料金であることから,受信規約において定められ,できる限り安く設定されているが,受信契約の締結,受信料の支払いは受信者の理解を得て行われることを前提としており,罰則等の強制手段は定められていない。(<証拠略>)

(2)  被告は,受信契約の取次業務や受信料の集金業務等を委託する方法を採用している。これは,被告にとって受信料がほぼ唯一の重要な財源であるところ,受信料集金の対象が,約4700万世帯や,会社,ホテル,旅館等の事業所を対象としており,地域も都市部から農山村部まで様々であることから,多種多様な実態に合わせて受信契約の締結に至るには,地元の地理に精通した者が最適な方法を講じることが効率的であるとの判断に基づくもので,約60年にわたって行われてきたものである。(<証拠略>)

(3)  本件契約には,前記第2の1(2)記載のほか,概ね次の内容の条項が定められている。(<証拠略>)

第2条(受持区域)

委託業務を行う受持区域は千葉市の一部とする。ただし,協議のうえ変更することができる。

第4条(再委託)

受託者の責任と計算において,委託業務の全部又は一部を第三者に再委託することができる(1項)。その場合,受託者は,被告にその旨を通知することとする(2項)。

第5条(委託業務の遂行方法)

契約取次及び訪問集金にあたっては,間接集金化を図り,契約取次及び集金の徹底,当期中の受信料の完全集金のため反復訪問を徹底する(1項)。これを計画的に遂行するため毎期,被告の要請する目標達成をふまえて,当期の業務計画を作成提出する(2項)。被告は,各期の第1月の5日までに原告に交付する(3項)。

第6条(業務の確保)

原告は,自己の目標を達成するよう業績確保に努める(1項)。業績確保の見通しが立たない場合は,被告は,受託者と業績確保のための必要な措置について協議を行う。

第8条(委託業務の報告)

原告は委託業務の進行状況及び受信料領収証の使用状況を常に明確にしておくとともに,所定の方法により被告に報告する。

第9条(報酬)

報酬は,委託業務について,各別に設定された単価に基づき,受託者のした件数により算出する(2項)。単価は,毎年4月受託者と被告が協議のうえ,決定する(3項)。

(4)  被告が業務を受託する者には,年齢,性別等の制限は特になく,年齢も20代から60代以上と幅広く,受託者の能力等に応じて,委託する業務内容,受持数や受持地域の広さ等も様々で,従事日数や従事時間もそれぞれに異なっており,訪問する日時や場所巡回順序や方法等については受託者の自由裁量に任されている。受託者に対しては就業規則は存在せず(被告職員に対しては就業規則が定められている。),被告職員の就業規則が準用されることもない。(<証拠略>)

再委託も通知を行うことで可能であり,千葉放送局内において実際に再委託を行っている者もいる。(<証拠略>)

(5)  しかしながら,業務目標達成のため,被告は,受託者に対し,世帯数の動向,地域状況,過去の実績等に基づき設定した局ごとの目標を地域ごとに割り振った地域目標に基づき算出した「個人目標」を年度ごとに通知し,受託者は,その目標達成のため業務計画を作成する必要がある。年を6期に分けた期(偶数月から始まる2か月)目標の達成のため,被告は,業務計画において偶数月に50パーセント以上の目標達成を求め,さらに,進捗状況については,週の中間にファックスで,週1回,被告職員に対して報告することを要求している。被告は,業績の芳しくない受託者に対しては,「特別指導」として,<1>来局回数を増やして助言等を行ったり,<2>被告職員と一緒に業務を行いながら被告職員が助言・指導を行う帯同指導を行ったり,<3>一時的に受持地域を小さくして巡回方法や受信者対応方法等を修得するために受持数削減をしたりするなどしている。(<証拠略>,争いのない事実)

(6)  報酬は,事務費等の名目で支払われ,その単価は,事務の種類ごとに設定されている。事務費には,月例事務費として,取次件数と受信料収納枚数の業績に応じて一定額を支払う「月額事務費」,それぞれの出来高に単価を乗じて支払う「単価事務費」,対策関係事務費等として,講習会参加の場合の「講習事務費」,来局のための「乗車賃」等,平均事務費支払額等に応じて年2回支払われる「報奨金」などがある。事務費以外の給付として,慶弔金や業務上の傷病給付等,契約年数に応じて支給されるせん別金等があるが,これは,経験者による円滑で合理的な業務遂行を望む被告が,雇用保険,労災保険の適用のない受託者に対し,受託者の確保・定着を促進する政策的目的から定めたものといえる。(<証拠略>)

受託者の報酬は所得税法204条1項4号により事業所得として取り扱われ,業務遂行に必要な諸経費の控除が認められ,受託者各人が確定申告手続を行っている。原告も確定申告手続を行い,社会保険料等についても自身でこれを支払っている。(<証拠略>)

(7)  受託者には定年がなく,募集方法や採用条件など被告職員と全く異なる取扱いが行われている。委託契約期間は3年であるが,期間満了時に受託者と被告の双方が契約の継続を希望する場合には契約を更新し,被告自身誠実に努力する受託者に対しては,引き続き契約を更新し,長く業務を行ってもらいたい旨を表明している。しかし,被告が期待する業務を遂行することが前提となっており,業績に問題がある場合等はこの限りではないとしている。(<証拠略>)

2  争点(1)について

この点,本件契約と同様の委託契約を締結した受託者は,受託業務の内容や,その業務遂行の方法につき,ある程度画一的処理を求められ,本件契約にもあるとおり,業績確保のために,取次業務や受信料集金業務について設定された目標の達成が求められ,その実行を確実なものとするために業務の進行状況等を毎週報告しなければならず,業績の程度に応じては指導,助言を受けるなど,受託業務の遂行についての,被告の指導,助言も相当程度に及んでいるものといえ,業績確保のために受託者が相当程度の努力を要することは,容易に推察される。

しかし,受託者の業務は,全国規模での放送法及び受信規約に基づく受信契約や受信料の集金等であることから公平で一律の処理が求められており,また,受信料が被告の放送を支えるほとんど唯一の財源であるにもかかわらず,公的料金であることから受信料が必ずしも高額ではなく,契約締結や受信料の支払いにつき強制手段もないことから,受託者による受信契約の締結や確実な受信料の集金等によって,受信料を確保する必要性が相当高いという点からすると,必要かつ合理的なものと認められる。また,本件委託契約においては,<1>労働契約において労使間を規律する就業規則の定めがないこと,<2>受託業務は契約により定められた限定的なもので,さらに受託者によってはより限定的な業務のみを行う場合もあり,労働契約にみられるような広範な労務提供を要求するものではないこと,<3>受持地域は協議により定められ,従事する日数,時間,場所,方法等業務遂行の具体的方法はすべて受託者の自由裁量にゆだねられ,兼業や受託業務の再委託も特に要件を定めることなく認められており,労働時間,就業場所,就業方法等が定められている労働契約とは異なること,<4>事務費名目の報酬は概ね出来高制で,税法上も区分も事業所得とされ,受託者は経費控除をした上で事業所得として確定申告をしていること等,契約の重要で本質的な部分において労働契約とは大きく異なる事情が多く認められることからすると,本件契約を労働契約あるいは労働契約類似の契約とみることはできず,労働契約法理の適用ないし類推適用は認められない。

3  争点(2)について

(1)  原告は,本件契約が労働契約あるいは労働契約に類似するものであることから本件解約が解雇権の濫用として違法である旨主張しており,争点(1)の判断からすると原告の主張する違法行為はないともいえる。この点,被告は,本件契約第15条の解約事由があるとして原告を解約し,継続的な契約において解約には正当事由が必要である旨自認し正当事由を主張していることから,本件解約が解約事由を備えた適法なものか否かについても検討する。

(2)  後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 各業務の内容(<証拠略>)

被告は,各業務の内容,その遂行方法について,被告作成の冊子等において,次のとおり指導していた。

(ア) 新規取次

受託者が,契約締結のない受信者宅を訪問した場合,受信契約書に記載をしてもらい,少なくとも当期分(偶数月からの2か月)の受信料を受領して領収証を発行し,受領した受信料を被告指定口座に直ちに振り込み,被告に対し,取り次いだ契約件数の報告,「入金票/登録内容控」の提出をする。被告は,受託者からの報告内容と振り込まれた受信料を確認の上,事務費を受託者に支払う。

(イ) 転入取次

転入に伴う住所変更手続は,総合スタッフの受持地域外からの転入,受持地域内からの転入を問わず,受信契約者が住居を変更し新住所に転入した際,「住所変更届」に必要な項目を受信者に記入・押印してもらい,住所変更届を取り次ぐ業務であり,新規契約の場合と異なり,前住所での支払方法を確認し,支払が重複しないよう注意する必要がある。被告は,有効な転入取次に対して,新規契約取次と同額の事務費を設定している。

(ウ) 転出取次

転出による住所変更手続は,受信者から住所変更の申し出を受けたとき,あるいはその事実が確認できたときに住所変更届を作成する(「転出処理」)もので,受託者が住所変更届に記入する。

(エ) 廃止届の受理

受信者が,受信機を廃棄したり,既に契約している者と世帯が合併したりすることによって,受信契約の必要がなくなった場合には,受信契約の廃止手続を行う。手続きは,「放送受信機廃止届」に受信者から必要項目を記入・押印してもらう。スタッフは,「機器故障,不良」「受信障害」「合併廃止」などの廃止理由を確認し,記入する必要がある。

(オ) 未収対策票等

受託者が相当の努力をしても集金できない受信者に対しては,職員や困難対策スタッフ等が集金対策にあたることにしているため,どうしても集金できない場合,未収対策票を作成し,依頼する。この場合,住所や略図,部屋番号,いままでの対応状況など,必要な情報等を記入する。

(カ) 受信料免除の手続き

受信料は,公平に負担するのが原則であるが,「免除基準」に該当する場合に限り,受信料の免除を実施している。免除事由には,公的扶助受給者(生活扶助等の援助を受けている者),貧困な身体障害者(身体障害者手帳を持つ者のいる世帯で,福祉事務所長又は町村長が貧困と認める場合),社会福祉事業施設入居者,市町村民税非課税の重度精神薄弱者,災害被災者(期間は2か月)が個人の全額免除の対象者となっている。免除を受ける場合は,受信者に「免除申請書」を提出してもらい,免除事由の有無を福祉事務所や市町村役場に照会し確認する。

(キ) 帳票の記載方法等

契約書,届書には契約者本人あるいは配偶者など,契約者の代理をすることが可能な者に自署・押印してもらうことが原則である。ただし,自署あるいは押印の一方を欠くものであった場合は,その正当な理由と対応した相手方を付記する。自署・押印ともに欠くものは有効な契約書ではないが,手が不自由など自署も不可能かつ印鑑も手元にない場合など,合理的な理由があるもののみ有効な受信契約書・届出書として受け付ける。

「受信契約」「住所変更」「口座振替」の手続きの場合,お客様控に取扱者印を押印の上,これを受信者に手渡す。

契約書,住所変更届等には,受信者を特定するための「お客様番号」,受信者の入居している家屋に固有番号を付けて異動処理の簡素化等に用いられる「家屋コード」の記載欄がある。しかし,「お客様番号」は,新規契約では入力された『カナ氏名(フリガナ)』によりコンピューターで付番するため,記入は不要で,「家屋コード」は,新築家屋でその家屋にまだ「家屋コード」が登録されていない(リストに記載がない)場合には,入力された「地域コード・目標コード」により,コンピューターで付番するため,記入は不要である。(<証拠略>)

(ク) 事務費

新規契約,転入,契約種別変更等の取次は,契約取次基本単価事務費の支払い対象となり,契約取次件数等により定められた約700円から1000円余の事務費が支払われる。ただし,事務費の支払いは有料契約の有効取次に限り,取次と同時に当期分の受信料収納がない契約は,既に収納済みや別の手続で収納するもの等の場合を除き,支払対象とはならない。転居先判明の転出取次については,1件100円の事務費が支払われる。(<証拠略>)

イ 業務内容についての指導

被告は,業務内容に関し,平成14年5月には地域スタッフマニュアル,平成9年には地域スタッフマニュアル「事務処理の基本」をそれぞれ刊行して具体的な内容を明らかにし,これらを受託者らに配布している。また,被告は,毎月初めに講習会を開き,地域スタッフが来局する際には,業務報告だけではなく,全体の打ち合わせやチームごとの打ち合わせを行い,その都度業務を行う上での注意点等の周知徹底を図っていた。(<証拠略>,証人A)

ウ 引越業者の住所変更取次手続

引越業者が受信者の住所変更を取り次ぐ場合,受信者に4枚複写式の用紙(<証拠略>)に記入してもらい,引越業者が4枚目の放送受信契約書住所変更届をバレンタインというとりまとめ業者にファックスし,ファックスされたものをとりまとめ業者が6枚綴りの住所変更届(<証拠略>)に転記し,これを被告営業局に転送するという手続が行われる。(<証拠略>,証人A)

このような形で住所変更届が提出された場合,受託者を通じて二重に変更届を提出することは実質的に不要であるし,非効率的であること,既に手続きをした受信者にとっても煩雑であることから,その地域を担当する受託者に対して「訪問不要通知票」が配布される。但し,当該住所変更について,訪問不要通知票が渡される前に引越業者の取次を知らずに受託者が既に住所変更届を取り次いでいた場合,事務費を支払わないのは妥当でないことから,訪問不要通知票の右上部分に赤色で日付を押印し,このときまでに受託者が正当な取次業務を行った場合には事務費を支払う扱いとしていた。受託者は,1週間に1度,定められた日に来局し,収納・取次報告書(報告書)を提出することから,業者から住所変更届取次の連絡があってから,遅くとも1週間程度で受託者は訪問不要通知票を受け取ることになる。(<証拠略>,証人A)

(3)  以下,別紙主張対比表に記載の事実を具体的に検討する。

ア 類型Aについて

(ア) <1><2>について,原告が立替払いを行っていたことにつき争いはない。証人Aは,原告が受信者に対し今後の支払いを行わなくていいような言動を行ったと受信者から聴取した旨の証言をしており,実際<1>についてはA証人の証言する経緯のとおり,契約は最終的になかったこととして取り扱われたこと(<証拠略>),<2>については廃止届も提出されていること(<証拠略>)からすると,別紙主張対比表<1><2>の被告主張の事実が認められる。

受信料立替の事実自体に争いはないものの,原告は,<2>の契約日につき改ざんである旨主張する。Nは,雨・風がひどいときに尋ねてきた旨話しているところ(<証拠略>),証拠(<証拠略>)によれば平成15年2月24日には雨・雪が降り,風もあったことが認められ,他に改ざんを窺わせるような事情も認められないことからすれば,改ざんの主張は理由がない。

また,原告が謝罪したことで,被告が不問に付すことが明確にされたと認めるに足る証拠もない。

(イ) 従って,類型Aにつき,原告は,契約者に対し,今回払えば次回以降は払わないでよい旨述べ,受信料の一部のみ支払をうけ,被告に対しては受信料全部を受領したと報告して新規取次契約が有効に成立したとして事務費を受け取ろうあるいは受け取っていた事実,<1>については,領収書及び契約書の控えを契約者に渡していない事実も認められる。これらの行為は,新規取次における事務処理に反する行為であるといえるばかりか,本来,受信契約と同時に当期分の収納がない場合には事務費の支払対象とならないにもかかわらず,これがあるかのように装って報告し事務費の支払いを得あるいは得ようとした行為は,不正なものであるといえる。

原告は,<2>について架空契約ではない旨主張するが,この点Nの住居には衛星放送受信機が設置されていたものであるから(<証拠略>),衛星受信契約締結を取り次ぐのが当然ではあるが,結局の所,一部しか受信料を受領していない以上,契約が有効に成立したと評価することはできない。

イ 類型Bについて

(ア) 原告は,<3><4>につき仮住まいで本人あるいは妻に届を記入してもらった旨主張し,原告もこれに沿う供述をする。しかし,A証人は,<3>Fの新住所を平成15年3月13日及び20日に訪ねたところ未だ建築中で,旧住所に電話をかけて確認したところ,Fは,住所変更の手続はしていない,新居の完成は4月末から5月ころになる旨述べていた,<4>Gの妻は,女性スタッフに口座振替で支払っていると言ったところ,何もせずに帰った旨述べていた旨証言し,その証言も具体的で,Fの新居が4月19日に完成し,同月28日に登記されていること(<証拠略>)とも符合するもので信用できること,また,各届の契約者欄の筆跡は,原告が記入したとする他の帳票の筆跡に照らせば,同一人物が書いたものといえることからすると,原告の供述は信用できず,<3><4>の住所変更届は原告が記入したと認められ,別紙主張対比表<3><4>被告の主張記載の事実が認められる。ただ,いずれの場合も仮住まいを原告が知らなければ住所変更届を作成することはできなかったものであるから,原告が仮住まいを確認していたとは推認できる。

(イ) 従って,<3><4>は,転入取次にあたり,受信者の記入・押印を原則とする事務処理に反するもので,特に<3>及び<4>(2)については,未だ転居してもいないのに住所変更を取り次いだもので,取次後の住所を確定して今後の収納,振替の知らせ等業務を円滑に行うための転入取次の意味をなさないばかりか,本人の了承がない以上,いずれの届も有効な取次とはいえない。

原告は,被告の事務処理マニュアルに契約者本人の記入・押印が原則とされていても,契約者の署名がなければ不正とまでは記載されていないし,被告から批判を受けたこともない旨主張する。しかし,前記認定のとおり,転入取次が新規取次と同様に高額の事務費が設定され,受託者自身が記載する転出取次が一律低額の事務費となっていることからして,本人の了解が前提となっていることはあきらかであり,本人の了解がないのに転入取次を行い,高額の事務費を受領することは,不正なものといえる。

ウ 類型Cについて

(ア) 別紙主張対比表記載のとおり,原告は,<5>ないし<7>につき帳票の偽造を主張する。この点,<5>については,引越業者からの住所変更届とりまとめ業者の記載する届(<証拠略>)には訪問不要通知票が3通あり,そのうち1枚が被告控えとなり,残る2枚が地域の担当者に渡されることになるもので(証人A),被告控えに赤色のスタンプがないことは何らおかしいことではなく,他に偽造を窺わせるような事情はない。また,<6><7>で原告が主張する改ざんもこれを裏付ける証拠はない。原告は,<6>につき3月22日に行った旨主張し,これに沿う供述をし,原告が実際に行った地上転入取次件数14件より支払対象が1件少ない13件なのは2月に改ざんしたことの裏付であるとするが(<証拠略>),取り次いでも事務費が支払われない場合があることは原告も自認するとおりであり,これのみによって,原告の主張を認めることはできない。

(イ) 証拠(<証拠略>,原告本人)によれば,<5>ないし<9>の受信者がいずれも同じマンションに住所変更し,同マンションには平成15年3月25日以降に入居し,<5>ないし<9>を原告が取り次いだのが平成15年2月9日から3月15日の間であることから取次時に受信者らは新住所には未だ居住しておらず,原告本人も同マンションにおける各住所変更届は被告職員に依頼されて作成したもので,その前提として訪問不要通知票を受け取っていることを認めていることなどからすれば,<5>ないし<9>の被告主張記載の事実が認められる。

(ウ) 原告は,これらについては,被告職員の地域コード作成依頼によって行ったものである旨主張し,これに沿う供述をする。

証拠(<証拠略>)によれば,事務処理マニュアルでは,新築家屋等の理由で家屋コードがない場合,家屋登録欄を記入し,「地域コード」は市区郡コードの3桁を含めて8桁で記入するが,帳票の作成は,お客様の記入・押印の項目は現場で,情報処理用の項目や取扱者印等の項目は自宅で完成させるなど,自宅で転記が可能な項目は自宅でまとめてやる方が効率的である(<証拠略>)旨の記載が認められる。同記載からすると,受信者の住所の記載があれば地域コードは記入できるといえ,住所変更届が既に提出されている場合,わざわざ受持受託者に地域コード作成を依頼することは非効率的であり,通常考えられない。また,訪問不要通知票が,二重の取次をなくし効率的な運用を図るものであること等を考えると,訪問不要通知票を渡してさらに受託者にコード作成を依頼することは制度上考えられないことからしても,原告の供述は信用できず,その主張は採用できない。

また,原告は,訪問不要通知票の右上に押された赤スタンプの日付内に取り次いだものについては正当な取次として支払われる旨主張するが,仮に,訪問不要通知を受け取る前に行った取次につき,赤スタンプの日付以前の取次であれば正当なものとして事務費を支払うという処理を被告が行っていたとしても,被告が訪問不要通知票を交付する趣旨からすれば,訪問不要通知票を受領した後に取次を行うことを予定していないことはあきらかで,被告の事務費支払いは訪問不要通知票を見る前に正当に取り次いだものを保護するために便宜上認めていたもので,訪問不要通知票を見て取次を行う行為にまで事務費を支払う趣旨ではないといえる。従って,原告が訪問不要通知票を見た上で,これにより作成した住所変更届を正当に作成したもののごとく提出し,事務費を受領した行為は,正当な業務遂行とは到底いえない。

エ 類型Dについて

(ア)a 原告は,正当なものか否かを別にすれば,<11>ないし<13>,<15>,<16>,<19>につき,別紙主張対比表被告の主張記載の日時に新規契約書を締結し,同時に,同記載の廃止事由による廃止届を取り次いだことを認めている。

b 原告は,<10>について,同様の処理を行ったことを認めているが,同対比表原告の主張記載のとおり偽造を主張し,廃止届(<証拠略>)には廃止原因として,白内障の老婦人で目が不自由なためテレビを見ることがあまりできない旨を書いたと述べる。しかし,<11>の新規契約書(<証拠略>)にもお客様番号が記載されていることからすれば,原告が記載したものかどうかは不明だが,新規契約においても記載される場合もあることが窺われる。また,他に被告が<10>についての帳票を偽造したことを窺わせるような証拠もないことからすると,原告本人の供述は信用できず,原告の主張は理由がない。

また,原告は,<14>につき,廃止届に具体的事由として,「子どもが長期入院して家にいない。8月頃は転居予定」と記入した旨(<証拠略>),<17>につき,本人尋問において,同じく廃止事由を書いた,その内容は,経済的なものとテレビの映りが悪いということも本人に言われたと思う旨述べる。しかし,各帳票に偽造を窺わせるような事情は何ら認められず,原告の供述は採用できない。

さらに,原告は<18>につき,帳票全てが改ざんである旨主張し,原告もこれに沿う供述をし,受信者の記載したとする書面(甲7の1)を提出するが,当該契約書及び廃止届に偽造を窺わせるような事情は認められず,甲7の1の記載のみで,これらを偽造と認めることはできない。いずれにしても,原告が新規契約締結と同時に廃止届を提出したこと,記載された廃止事由については争いがないものである。

c 従って,何れの場合も,正当な理由の有無については争いがあるものの,別紙主張対比表被告の主張記載の事実が認められる。

(イ) では,原告のこれらの事務処理は相当なものといえるか。

a 証拠によれば(<証拠略>,証人A)次の事実が認められる。

廃止届に記載されている廃止事由には,「1機器故障,2受信障害,3合併廃止,4契約事故,5収納事故,6その他」の6つが設けられている。地域スタッフマニュアルには,難視地域,受信障害地域であっても,実際にテレビを設置し継続的に利用している場合には原則として契約が必要である,この場合,映像,色彩の鮮明度,ちらつき,音量その他受信上の諸条件を総合して多少見苦しいが実用に差し支えない程度までのものを「受信できるもの」とする旨記載されている。合併廃止とは,既に契約している世帯と合併することにより受信契約が必要なくなる場合(世帯ごとの契約であるため)である。「その他」には,テレビを撤去した場合や概ね1か月以上の長期入院等が含まれるとされる。

b 上記のような廃止事由は,受信設備を設置した者は受信契約をしなければならないとする放送法の趣旨から,当該設備が使用できない,あるいは設備がなくなった場合,また,それと同様と考えられる場合を列挙したものと考えられる。

<10><14><17>については,廃止事由につき「05―6(その他)」と分類しながら具体的な理由が何ら記載されていないこと(<証拠略>)からすると,廃止の理由があったとは認められない。

<11>については,単身赴任や親の介護等で実家を行き来する者は多く,記載された具体的理由だけで廃止の手続を行う理由があるとは認められない。

<12><13><16>については,廃止の理由となるものは認められない。

<16>については,具体的理由として,老人の為娘の所に行っている。たまに家に戻る。という記載があるが,<11>と同様,廃止の理由があるとは認められない。

<18>については,原告は,廃止事由につき「05―6(その他)」と分類し,具体的理由を記載していることからすると,世帯合併であるとまで認識していたとはいえない。ただ,転居が事実であれば「05―3(世帯合併)」にあたることになり,廃止事由になると一応考えられる。しかし,原告自身,陳述書において(<証拠略>),<18>について同じ住所で本件以後新たな契約が被告との間で締結されたことを認めているところ,本来であれば,合併の日を確認した上で改めてその月からの合併廃止を受けるという姿勢をとっていれば,廃止届を同時に受理する必要はなかったといえる。

<19>については,廃止事由につき「05―2(受信障害)」と分類し,具体的理由が記載されているが,受信障害地域等であっても原則として契約が必要とされることからすると,このような記載だけで廃止事由があるということはできない。

c この点,原告は,契約締結と同時に廃止届を取り次ぐ方法を被告職員から教示されたもので何ら不正ではない旨主張し,これに沿う供述をする(<証拠略>,原告本人)。しかし,原告の供述は,具体的ではあるがこれまで見てきたとおり,信用できない部分が多く,また,原告の言によっても,新規契約を取り次いだ際,受信者が,テレビが古く映りが悪いと言っていた旨報告すると,そのような時は「契約廃止手続」を同時にやった方がいいと教示されたというものであり,契約締結と同時に廃止届を行う行為そのものを許容する内容ではなく,個々具体的に受信可能な受信設備の具備や契約世帯の対象等を確認しながら,受信者の公平の観点から業務を遂行すべきことに変わりはないことからすれば,原告の主張には理由がない。

また,原告は,被告の職員によるチェック体制やこれまで同様の廃止届についても被告が正当な事務処理として受け付けて事務費を支払っていたことから本件のみをもって不正とするのは妥当でない旨主張する。確かに,弁論の全趣旨からすれば,被告の職員によって,ある程度のチェックが行われていることが認められるが,100名余もいるスタッフの総取次につき,過誤の有無からその内容まで逐一見直されているとは認められず,また,従前に受け付けられたからといってその事務処理が正当なものであるとする根拠とはなりえない。

d 従って少なくとも,<10>ないし<17>,<19>については,廃止事由がないのに廃止届を取り次いだ適正でない事務処理といえる。また,新規契約締結が,今後も受信料を支払う旨の契約であるのが通常であることからすれば,廃止届を同時に受理することは,廃止の事由が限定されていることからしても本来あまりないことであるといってよい。ところが,原告が,4か月という短期間にこれら多数の受信者につき新規契約締結と同時に廃止届を受理しているということは,結局,原告が,契約ないしは支払いを渋る受信者に対し,類型Aの場合と同様,新規契約締結時の支払いを行えば,その後は支払わなくても良い旨の言辞を行うなどして契約を締結させたものであろうと推認できる。

(4)  以上からすると,原告には少なくとも19件の適正でない事務処理が認められ,これは,平成14年12月から平成15年3月までの原告の全取次分184件の約1割にも達する。この点,原告は,被告から解約の際に説明された件のみを評価すべきである旨主張するが,このように取り扱うべき理由は特に認められないことからすれば,これらの事例を前提として評価する。

そもそも,受託者が被告の唯一の財源である受信料を収納する重要な業務を担っており,そのために本件契約第3条においても,受信契約の徹底及び受信料の完全集金に向けて最大の努力を払うことが求められ,そのためにも正確な事務処理とともに業務遂行結果の正確な記録も求められているものであるところ,原告の上記各行為は,類型A及びDにおいては,形式的に契約締結は成っているものの,今後の受信料については収納が却って困難となり,類型Dにおいては廃止届によってほとんど不可能としたもので,受託者に求められている業務遂行に全く反するもので,被告の存立基盤すら脅かしかねないものである。また,類型B及びCにおいても,受信者の現在の住所地すら正確に反映されたものではない住所変更届を受託(ママ)者の了解を得ずあるいは必要もないのに提出し,事務費の支払いを受けたもので,正確な事務を行うという業務を遂行していないばかりか,本来受け取るべきでない事務費をそうと知りながら受け取る行為は,不正であるといえ,いずれにしても原告に契約に基づき行うべき業務を行わなかった債務不履行があり,その程度も著しいといえる。

よって,本件契約がその期間満了後も業務遂行に問題がなければ更新され,現に原告において約13年間にわたり従事してきたことを考慮したとしても,原告には本件契約3条違反の債務不履行があり,それも本件業務の本質に反する程度の著しいものが多数認められることからすれば,本件解約は正当な解約事由がある適法なものといえる。

4  争点(3)について

前記3のとおり,本件解約は,原告の著しい債務不履行を原因とするものといえ,民法651条2項但書により,被告が同条項本文の損害賠償責任を負うことはない。

5  争点(4)について

証拠(<証拠略>)によれば,本件契約には,契約期間3年にかかわらず,第15条において,契約上の義務を履行しなかったときには他の一方が直ちに契約を解約することができる旨(1項),当事者の一方から他方に対する書面による1か月以前の予告をもって,解約することができる旨(2項)の規定があることが認められ,本件契約の規定からしても,本件契約が解約権を放棄したものであるとはいえず,また,本件解約は,前記のとおり,正当な理由があるものである。

第4結論

以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用について民訴法61条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 田原美奈子)

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