千葉地方裁判所 平成17年(わ)718号 判決 2006年5月23日
主文
被告人を懲役13年に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,平成12年3月11日午前1時50分ころ,千葉県茂原市ab番地c所在の居酒屋Gにおいて,Aらと共に飲食していたところ,その場に居合わせたV(当時48歳)と口論になり,Vに対し,ガラス製の焼酎瓶等で頭部を殴打し,胸腹部を数回足蹴にするなどの暴行を加え,よって,Vに加療期間不明の頭部挫裂創等の傷害を負わせた。
第2 Vは,前記第1の犯行により,頭部から多量に出血し,自力で立ち上がることができない状態になったが,被告人とAは,別の居酒屋で飲食したときVと面識を得ており,Vが暴力団員であると思い違いをしていたため,被告人は,Vから傷害を負わせたことの報復を受けたり,警察からVに対する傷害の事実で逮捕されたりするのを防ぐために,Vを殺害しようと企てた。そこで,被告人は,Aに指示して,Vを普通乗用自動車の荷台に乗せて,その自動車を運転し,千葉県市原市南部近辺の山中に連行した上,同日午前3時10分ころ,その山中において,Aと暗黙のうちに意思を相通じ,殺意をもって,こもごも,道路端に横たわらせたVをがけ下に蹴り落とし,よって,そのころ,その付近において,Vを死亡させて殺害した。
(証拠の標目)(省略)
(争点に対する判断)
1 被告人は,判示第2の事実について,捜査段階から概ね一貫して,Vを山中の道路端で蹴ったことはあるが,殺害するつもりはなく,AがVを道路端から谷側に蹴り落としたのであり,Vは谷側に落ちた後も生存していた旨供述し,弁護人も,これに沿って,被告人には,殺意,殺人の共謀及び実行行為がなく,Vが本件により死亡したことも証明されていないから,被告人に殺人罪は成立せず,保護責任者遺棄罪又は暴行罪が成立するにとどまる旨主張している。
そこで,判示のとおり認定した理由について補足して説明する。
2 まず,関係各証拠から,以下の事実が認められ,これらのことは被告人も争っていない。
(1) 被告人は,Aの実母の従弟であり,産業廃棄物処理会社に勤務していたとき,Aもそこに勤務するようになったことなどから,Aと親しくなり,本件当時は折に触れてAと会って飲食を共にするなどしていた。また,Aは,本件当時,Bと同せいしており,本件後の平成12年5月Bと婚姻したが,平成16年8月Bと離婚した。
(2) 被告人は,飲食店で,数回Vを見かけ,言葉を交わしたことがあって,AからVが暴力団員であると告げられて,その旨思い違いをしていたところ,本件当夜,A及びBと共に居酒屋Gで飲酒し,判示第1記載のとおりVに暴行を加えて傷害を負わせた上,VをAが使用していた自動車の荷台に乗せて,被告人がその自動車を運転し,AとBが乗車して千葉県市原市南部近辺の山中に赴いた。
(3) Vは,その山中で,道路端から谷側に落とされ,その後現在に至るまで,家族らに対し一切の音信を絶っているが,その死体は発見されていない。
被告人は,Vが道路端から谷側に落とされた後,レッカー車を依頼して,居酒屋Gの前に駐車したままのVの自動車を自分の実家に移動させた上,Aを通じてDとEに依頼し,Vの自動車をけん引してもらって,造成地まで運び,そこに放置して投棄し,そのナンバープレートを取り去った。
3 B,A及び被告人は,Vが道路端から谷側に落とされた状況につき,大要,以下のとおり供述している。
(1) Bは,公判段階において,以下のとおり供述している。
被告人は,山中で自動車を止めると,「とどめを刺してくる」と言って,Aと共に自動車から降りたので,助手席から後部座席に移ろうとして自動車の後方を見ると,被告人とAが,ガードレールのそばに横たわらせたVを蹴っているように見えた。後部座席に座ったときに,物が落ちたかのようなドサドサドサという音がしたので,Vを谷側に蹴り落としたのだと思った。被告人かAのいずれかが強く蹴り飛ばすようにしていたが,Vの体を持ち上げて,ガードレールの上から投げ落としたということはなかった。
(2) Aは,捜査段階で,以下のとおり供述している。
被告人が,自動車を運転して山間部に向かったので,山中に捨てるなどしてVを殺害するつもりであることが分かり,Vから報復されたり,警察から逮捕されたりしないようにするため,被告人と共にVを殺害するほかないと考えた。
被告人は,山中までの途中で,「あっ,道間違えた」などと言っていたので,あらかじめ行き先を決めているようであり,山中で「ここでいいだろう」などと言って自動車を止めた上,手伝えなどと言ってきたので,Vをがけ下に落として殺害するつもりだと思った。被告人と共にVをガードレールのそばに運んで,あお向けに道路上に置いて,被告人がVの上半身を,自分がVの下半身をそれぞれ足で押し出すようにして蹴った。蹴っているうちに,Vが動いたので,驚いて,反撃してくるのではないかと思って,少し後ろに下がり様子を見たが,反撃してくる気配はなかったので,再び被告人と共にVを蹴り,Vをガードレールの下からがけ下に落とすと,Vがガサガサガサガサという連続した音を立てながら落ちていった。
(3) これに対し,Aは,公判段階で,以下のとおり供述している。
当初は,被告人が,Vを山中に置き去りにするつもりであり,がけ下に落とすとは思っていなかったところ,被告人が一人でVをガードレールのそばに運んで,体を持ち上げてガードレールの上からがけ下に投げ落としたのであり,自分は,Vを殺害するつもりはなく,5メートル弱離れたところに立っていただけである。
捜査段階では,被告人と共にVを蹴り落としてはいない旨供述したが,被告人とBの供述が一致していると言われて聞き入れてもらえず,警察官から調書に「サインしなければ,罪が重くなる」と言われて脅され,肩をたたかれたり,足を蹴られたりするなどの暴行を加えられたので,被告人と共にVをがけ下に蹴り落としたと認めてしまった。
(4) 被告人は,捜査段階及び公判段階で,以下のとおり供述している。
Vを山中に連行したのは,Vを殺害するためではなく,傷害を負わせたことについて脅して口止めをするためであり,山中に着いてから「とどめを刺してくる」とは言っていない。
Aと共にVをガードレールのそばに運んで,Vに非を認めさせようとしたが,Vが「もういいよ「好きにしろ」よ」などと挑発的な言動をしたので,Vの肩付近を蹴ると,Vは体を反転させてガードレール外側のコンクリート部分に転がった。Vを蹴った反動でよろけてしゃがみ込んでいると,Aが自分の意図に反して足をガードレールの下にいれてVを押し込むようにして谷側に蹴り落としたので,下をのぞき込むと,Vは道路端から約1.5メートルないし1.7メートル下の出っ張ったところであお向けになっており,それから起きあがって草むらのほうにはって行った。
4 以下の事情に照らして,前記Bの公判段階の供述及びAの捜査段階の供述は,十分に信用することができるのに対して,Aの公判段階の供述及び被告人の供述は信用できない。
(1) Bは,被告人に不利な虚偽を述べなければならない事情がなかった上,その供述内容も,被告人が「とどめを刺してくる」と述べて自動車から降り,被告人とAがVを蹴っているのを見た後に,物の落ちるような音が連続してしたので,Vを蹴り落としたと思ったなどという,十分に具体的なものであり,事態の推移としても不自然なところがない。しかも,Bは,Vががけ下に落とされた瞬間は見ておらず,強く蹴り飛ばすようにしていたのが被告人かAのいずれであったかははっきり見ていなかったなどと,目撃した状況をできる限り正確に伝えようとして慎重な供述をしている。
また,Bは,捜査段階において,公判段階の供述に符合するように本件の目撃状況を再現しているところ,その再現に照らすと,Bが被告人及びAの行動を目撃するのに障害になるような事情はなく,Bの視認状況は良好であったと認められる。これらのことからすると,Bの公判段階の供述は信用できる。
(2) Aは,捜査段階では,判示第1の傷害の事実についても共犯として逮捕,勾留されたが,この点については,否認した弁解が認められて,起訴されていない上,被告人と共にVをがけ下に蹴り落とそうとしたとき,Vが動いたので,反撃をおそれて,蹴るのを中断したなどと,警察官から誘導されたものとは認められないような具体的で特徴的な内容の供述をしており,捜査段階でVを蹴り落とした状況を再現したときには,AがVを蹴るのを止めて後方に下がった後も,被告人がVを蹴り続けてがけ下に落としたなどと,被告人の捜査段階の供述及びBの公判段階の供述からうかがえるBの捜査段階の供述とは異なる自分に有利な内容の供述もしている。また,Aは,弁護人と接見して,事実と異なる内容が記載された調書に署名しないように助言されていたところ,捜査段階で,本件を心底から反省しており,Vの冥福を祈っている旨の供述調書の作成に応じている上,公判段階では,Vを殺害したという事実と異なる供述をした理由について,首肯できる説明をしていない。
捜査段階でAを取り調べた警察官Cは,公判段階において,Aが,当初から被告人とBが虚偽の事実を作り出してAを陥れようとしている旨述べていたため,Aから供述を引き出すことを心がけ,被告人及びBの供述内容をAに押しつけたことはなく,Aに暴行・脅迫を加えたこともなかった旨供述しているが,これは,Aの捜査段階の供述内容等に照らして信用性が高いというべきであり,Aの捜査段階における供述の信用性を裏付けるものである。
また,Bの公判段階の供述に照らすと,Bは,捜査段階において,被告人とAがVをがけ下に蹴り落とした旨供述していたものとうかがえ,Aは,捜査段階において,被告人と共にVを蹴ったことは認めながら,最終的には被告人だけがVをがけ下に蹴り落とした旨供述しており,被告人は,捜査段階において,AがVを谷側に蹴り落としたが,Vが谷側に落ちた後も生存していた旨供述していたことが認められる。B,A及び被告人の捜査段階の供述は,このように細部で大きな差異があるが,そうであるにもかかわらず,被告人がAと共にVを谷側に蹴り落としたという点については一致している上,前記警察官Cの公判段階の供述等に照らせば,捜査官は,被告人がAと共にVを殺害したという嫌疑を抱いていたものの,具体的な殺害方法を解明できる事実までは把握していなかったものと認められる。
そうすると,被告人がAと共にVを谷側に蹴り落としたとするB,A及び被告人の捜査段階の供述は,捜査機関に誘導されるなどしたものではなく,取調べを経ることによって,図らずも一致したものと認められるから,信用性が極めて高いというべきであり,被告人一人がVを持ち上げてがけ下に投げ落としたというAの公判段階の供述は信用できない。
(3) なお,Bは,判決宣告日の直前になって,山中でV,被告人及びAの姿が見えたと証言したのは虚偽であり,実際には見えていなかったが,言いそびれてしまった旨の上申書を作成している。しかしながら,Bの公判段階での供述は,前記のとおり,被告人及びAの捜査段階の供述と符合し信用性が高く,目撃した状況をできる限り正確に伝えようとして,視認できた事実と視認できなかった事実を明確に区別して供述したものであり,そうであるにもかかわらず,視認できたと供述した事実は実際には視認できていなかったとか,誤った供述をしたので言いそびれてしまったなどというのは,不自然というほかなく,前記上申書は到底信用することができない。
(4) 被告人はVが谷側に落ちたことが予想外の事態であったとみられるような言動はしていない上,頭部から多量に出血して立ち上がれない状態であったVが谷側に落ちたものの道路のすぐ下におり自力ではっていた旨の被告人の供述は,Vがその後音信を絶っていることからも,ほとんど起こり得ない不自然なものというべきである。
しかも,被告人及びAは,D及びEに手伝わせて,Vが使用していた自動車を目立たない場所まで運んで放置し投棄した上,被告人がその自動車からナンバープレートを取り外しているところ,Eは,捜査段階で,AがDに上記自動車を投棄するため警察に発見されない場所を探すように依頼し,被告人かAが,指紋をつけないほうがいいなどと述べていた旨供述している。
また,Aは,捜査段階で,被告人から,本件の約1週間後,本件が報道されていないか注意していると言われ,本件の約1か月後にも,まだ報道されていないから大丈夫だと言われた旨供述している。
このように,被告人及びAがVの行動経過を隠そうとしているのは,Vの死亡を前提としたものというほかないから,これらのことからすると,被告人の供述は,Vに対する殺意及びVが死亡したことを否定するための作為的な供述とみるほかなく,到底信用できない。
5 そうすると,Bの公判段階の供述及びAの捜査段階の供述が信用でき,Aの公判段階の供述及び被告人の供述は信用できず,被告人は,確定的殺意のもと,本件当時の早春の寒い深夜に,判示第1の犯行により頭部から多量に出血して自力では立ち上がれない状態のVを人気のない山中でAと共にがけ下に蹴り落としていると認められるから,Vを確実に死亡させる態様の犯行に及んでおり,千葉大学大学院医学研究院法医学教室教授Fは,公判段階で,Vは,頭部挫裂創の傷害を負っていたほか,硬膜下血腫の傷害を負っていた可能性があり,そのまま気温が15度以下の山中に放置されれば,硬膜下血腫によるか,凍死により,死亡することがある旨供述している。
また,Vは,本件当時,定職に就き,妊娠していた長女が出産するのを楽しみにしていたにもかかわらず,本件後,音信を絶っており,Vの携帯電話及び銀行口座が全く使用されていないなど,事件後に生存していたことをうかがわせる事情もない上,本件犯行現場付近の山中は,猪などの肉食の野生動物が多数生息し,山肌がもろく,土砂が崩落しやすい状態でもあり,本件から約5年以上が経過していることなどからすると,Vの死体が発見されないことが,Vが死亡していないことの根拠になるものではなく,むしろ,これらの事情に照らすと,Vが本件により死亡したことに合理的な疑いを差し挟む余地はないというべきである。
なお,被告人は,公判段階で,Vががけ下に落とされた時刻について,山中ではすでに周囲が明るくなっており,Vが谷側に落ちた後も自力ではっているのが見えたので,午前5時から午前5時半の間であった旨供述しているが,Vが谷側に落とされた後も自力ではっているのが見えたというのは虚偽であり,このように被告人がVに対する殺意及びVが死亡したことを否定するための作為的な供述をしていることからすると,Vが谷側に落とされた時刻についての被告人の公判段階の供述は信用できない。Vががけ下に落とされた時刻について,Aは,捜査段階では,帰宅したときに夜が明ける少し前であったことから逆算すると,午前3時10分ころである旨供述し,公判段階では,時刻ははっきりしないが,山中では暗くて何も見えなかった旨供述しており,Bも,帰宅したときに夜が明け始める直前であった旨供述している。両名にはVががけ下に落とされた時刻について虚偽を述べなければならない事情がない上,帰宅した時刻から逆算して犯行時刻を特定したAの捜査段階の供述には明確な根拠があるから,Vががけ下に落とされたのは午前3時10分ころであると認定するのが相当である。
6 以上のことからすると,被告人は,平成12年3月11日午前3時10分ころ,千葉県市原市南部近辺の山中で,Aと暗黙のうちに意思を相通じ,殺意をもって,道路端に横たわらせたVをこもごもがけ下に蹴り落とし,死亡させて殺害したものと認められる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という)204条に,裁判時においてはその改正後の刑法204条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし,被告人の判示第2の所為は,刑法60条,前同様に,刑法6条,10条により刑の軽い行為時法である改正前の刑法199条(その有期懲役刑の長期は,前同様に,刑法6条,10条により刑の軽い行為時法である改正前の刑法12条1項による)によることとし,各所定刑中判。示第1の罪については懲役刑を,判示第2の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に(ただし,前同様に,刑法6条,10条により刑の軽い行為時法である改正前の刑法14条の制限内で)法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役13年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,居酒屋で居合わせた被害者と口論になり,その被害者に暴行を加えて傷害を負わせ(判示第1),報復されるのを免れるためなどの目的で,被害者を山中に連行し,共犯者と共謀の上,がけ下に蹴り落として殺害した(判示第2)傷害及び殺人の事案である。
本件傷害の犯行は,被告人が,腹立ち紛れに,被害者に対し,いきなりガラス製の焼酎瓶で頭部を殴打するなどの容赦のない暴行を加え,被害者は,抵抗することもなく,頭部から多量に出血し,床に直径約40センチメートルの血だまりができるほどの重傷を負ったというものであり,被告人の暴力的性向をうかがわせる犯行である。本件殺人の犯行は,被告人が,共犯者と共に,被害者が頭部に傷害を負って多量に出血し,自力では立ち上がることもできない状態であったにもかかわらず,深夜,気温が零度を下回るほど寒い人気のない山中に連行し,道路端からがけ下に蹴り落として殺害したというものであり,人命の尊さを顧みない,無慈悲で冷酷な態様の犯行である。被告人は,被害者に暴行を加えて重傷を負わせたところ,被害者が暴力団員であると思い違いしていたことから,報復を免れるためなどの目的で,共犯者と共に被害者を殺害したのであり,本件殺人の犯行は誠に身勝手で理不尽なものであり,厳しく非難されるべきである。しかも,被告人らは,犯行後,被害者を乗せて連行した自動車内の血痕を洗い落とし,被害者が使用していた自動車を人目につかない場所に投棄し,その自動車からナンバープレートを外すなどして,犯跡の隠滅を図っており,犯行後の情状も悪いというべきである。なお,被告人は,被害者が,Aの言動に激高し,それをとりなした被告人のわき腹に固い物を押しつけ挑発してきたので,刃物を突き付けられたと考え,焼酎瓶で被害者の頭部を殴打した旨供述しているが,Bの公判段階の供述,Aの捜査段階及び公判段階の供述に照らして,被告人が被害者の言動に激高して一方的に暴行を加えたものと認められ,被告人の公判段階の供述は,信用できない。被害者は,当時48歳と働きざかりであり,長女が結婚したことを喜び,初孫の誕生を心待ちにしていたにもかかわらず,居酒屋での口論というささいなことが原因になって,人知れず山中のがけ下に蹴り落とされて殺害され,未だその遺体も発見されていないのであり,その無念には察して余りあるものがある。被害者の遺族は,被害者の失踪という事態に直面させられ,被告人らが逮捕されるまでの約5年間にもわたり,被害者の生存を信じて被害者の現れそうな場所を訪れ,テレビ番組を通して情報提供を求めるなど懸命に被害者の行方を捜していたにもかかわらず,その甲斐なく,被害者が殺害されたことを知ったのであり,その悲嘆,怒りには著しいものがあり,被害者の長女が被告人に対し極刑を希望する旨の意向を明らかにしているのは,十分に理解できる。被告人は,本件傷害の犯行に及んだ後,自ら自動車を運転し,被害者を山中に連行して,共犯者と共にがけ下に蹴り落として殺害するなどしており,終始,本件各犯行を主導したにもかかわらず,不合理な弁解を重ねて自己の刑事責任を軽くしようとしており,被害者の遺族に対しても,慰謝の措置を講じていない。これらの事情からすると,被告人の刑事責任はすこぶる重いというほかない。
しかしながら,他方において,本件犯行の発端は,被告人が酒に酔って被害者に暴行を加えたという偶発的な事情によるのであって,本件各犯行は計画的に行われたものではなく,被告人が飲酒していたことも影響している上,被告人は,本件傷害の犯行については,おおむね事実を認めており,これまで前科がなく,本件で逮捕されてから約1年以上にもわたり身柄を拘束されており,実母が,被告人の身を案じて公判廷で証言をし,被告人の社会復帰を待っているなど,被告人のためにしん酌することのできる事情もある。
これらの事情を総合考慮するときは,被告人を主文掲記の刑に処するのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役16年)
(裁判長裁判官 山口雅髙 裁判官 古閑美津惠 裁判官 西田昌吾)