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千葉地方裁判所 平成17年(行ウ)21号 判決 2007年3月09日

主文

1  被告は,各原告に対し,各原告に対応する別紙原告別請求額一覧表1ないし6「請求額合計」欄記載の金員及び同表「未払調整手当等」欄の各「請求額」欄記載の金員に対する各「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文1項と同旨

第2事案の概要

本件は,銚子市(以下「市」という。),市水道事業企業及び市病院事業企業の職員である原告らが,地方自治法179条1項に基づく市長の専決処分にって制定された「銚子市職員の給与に関する条例等の一部を改正する条例」(平成17年銚子市条例第15号。以下「本件改正条例」という。)は無効であり,銚子市職員の給与に関する条例(昭和26年銚子市条例第4号。本件改正条例による改正前のもの。以下「給与条例」という。)及び銚子市公営企業職員の給与の種類及び基準を定める条例(昭和28年銚子市条例第45号。本件改正条例による改正前のもの。以下「企業職員給与条例」といい,給与条例と併せて以下「給与条例等」という。)の調整手当の支給を定める条項は有効であると主張して,給与条例等に基づき,被告に対し,① 平成17年6月分から平成18年3月分までの調整手当,これを基礎として算定される時間外勤務手当,期末手当及び勤勉手当の差額分並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,② うち別紙原告目録6記載の原告らを除く各原告らが,平成17年4月分及び同年5月分の調整手当並びに同年4月分の時間外勤務手当の差額分の支給の遅滞に係る遅延損害金の支払を求める事案である。

1  法令等の定め

(1) 地方自治法204条2項(平成17年法律第113号による改正前のもの。以下同じ。)は,普通地方公共団体は,条例で,普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員等に対し,調整手当を含む同項所定の諸手当を支給することができる旨を規定する。

(2) 給与条例の定め

ア 給与条例17条の2第1項は,一般職に属する市職員に調整手当を支給する旨を規定し,同条2項は,調整手当の月額を,給料,管理職手当及び扶養手当の月額の合計額に100分の2を乗じて得た額と定めている。

イ 給与条例26条2項は,「勤務1時間当たりの給与額」を,給料の月額,これに対する調整手当の月額及び特殊勤務手当の合計額に12を乗じ,その額を1週間当たりの勤務時間に52を乗じたもので除して得た額と定めている。そして,給与条例21条1項は,上記「勤務1時間当たりの給与額」に所定の割合を乗じて時間外勤務手当の額を算定するものと規定している。

ウ 給与条例28条3項,4項は,期末手当基礎額を,基準日現在において職員が受けるべき給料及び扶養手当の月額並びにこれらに対する調整手当の月額の合計額,又はこれに所定の割合を乗じて得た額を加算した額と定めている。そして,同条1項は,期末手当基礎額に所定の割合を乗じて期末手当の額を算定するものと規定している。

エ 給与条例30条の2第3項,4項は,勤勉手当基礎額を,基準日現在において職員が受けるべき給料の月額及びにこれに対する調整手当の月額の合計額,又はこれに所定の割合を乗じて得た額を加算した額と定めている。そして,同条2項は,勤勉手当の額を,勤勉手当基礎額に任命権者が定める割合を乗じて得た額と規定している。

(3) 企業職員給与条例は,4条の2において,企業職員で常時勤務を要するもの等に調整手当を支給する旨を規定し,13条の2第2項において,時間外勤務手当を支給する場合の勤務1時間当たりの給与額について,給料条例26条2項と同様に定めている。

(4) 銚子市水道事業企業職員就業規程(昭和54年銚子市水道事業管理規程第7号)21条は市水道事業企業職員の給与について,銚子市病院事業企業職員就業規程(昭和56年銚子市病院事業管理規程第6号)21条は市病院事業企業職員の給与について,別に定めるもののほか,給与条例の規定を準用する旨を定めている。

2  前提事実(証拠によって認定した事実については,末尾に当該証拠を掲記した。その余の事実は当事者間に争いがない。)

(1) 平成17年4月以降,別紙原告目録1,4及び6記載の原告らは市職員であり,同目録2記載の原告らは市水道事業企業職員であり,同目録3及び5記載の原告らは市病院事業企業職員であった。

(2) 市長は,平成16年9月13日,市議会定例会に対し,議案第21号として,管理職手当の支給を受ける職員に対する調整手当の支給を同年10月1日から平成18年3月31日まで停止し,その間の上記職員の期末手当,勤勉手当及び勤務1時間当たりの給与額の算出において,調整手当を算入しないこと等を内容とする給与条例等の改正案を提案した。

同議案は,市議会総務企画委員会に付託されたが,平成16年9月15日,同委員会において否決された。そして,同月24日,市議会定例会において,同議案に対する修正案が可決され,調整手当の支給停止等は認められなかった。

(3) 市長は,平成16年10月4日,市監査委員に対し,市職員に対する調整手当の支給の違法性又は不当性について,監査を要求したが,市監査委員は,同年11月26日,その支給に違法性又は不当性はないと判断した。

(4) 市長は,平成16年12月1日,市議会定例会に対し,議案第17号として,職務の級が9級の職員に対する調整手当の支給を平成17年1月1日から平成18年3月31日まで停止し,その間の上記職員の期末手当,勤勉手当及び勤務1時間当たりの給与額の算出において,調整手当を算入しないことを内容とする給与条例等の改正案を提案した。

同議案は,市議会総務企画委員会に付託されたが,平成16年12月15日に同委員会において否決され,同月22日に市議会定例会において否決された。

(5) 市長は,平成17年2月28日,市議会定例会に対し,議案第12号として,同年4月1日から調整手当を廃止することを内容とする給与条例等の改正案を提案した。

同議案は,市議会総務企画委員会に付託され,同年3月16日に同委員会において賛成の採決がされたが,同月24日に市議会定例会において否決された。

なお,同日,市議会定例会において市の平成17年度一般会計予算が可決されたが,同予算に調整手当分が計上されていなかった。

(6) 市長は,平成17年3月24日,記者会見において,予算に調整手当分の支出が計上されていないので,同年4月分以降の調整手当を支給することができない旨を発表し,同月20日,職員団体の役員にその旨を説明した。

これに対し,別紙原告目録1ないし3記載の原告らは,平成17年5月13日,被告に対し同年4月分の調整手当の支払を求める訴えを提起した。

(7) 市議会は,平成17年5月16日,市長に対し,「職員に条例どおり調整手当を支給するよう,強く要請する」旨の要請文を提出した。

市長は,同月27日に開催された市議会議員協議会において,「議会からの要請は重く受け止めているが,早急な解決を図るため,本日の意見交換の結果を法律の専門家と相談し,対応策を探る」旨発言した。

(8) 市長は,平成17年5月30日,弁護士と相談し,同月31日,被告の幹部で構成する政策会議において,期末手当及び勤勉手当の支給基準日前に調整手当を廃止せざるを得ず,急施を要し,議会を招集する暇がないとして,市長の専決処分によって,同年6月以降の調整手当の廃止を内容とする給与条例等の改正を行うことが決定された。

(9) 市長は,平成17年5月31日,専決処分(以下「本件専決処分」という。)によって,同年6月1日から市職員及び企業職員に対する調整手当を廃止することを内容とする本件改正条例,及び同日から市教育職員に対し調整手当を支給しないこととする「銚子市教育職員の給与等に関する条例の一部を改正する条例」(平成17年銚子市条例第16号)を制定した。

(10) 市長は,平成17年6月7日,市議会定例会に対し,本件専決処分をしたことを報告し,その承認を求める議案を提出した。

同議案は,市議会の総務企画委員会及び文教経済委員会に付託されたが,同月21日に上記各委員会において否決され,同月28日に市議会定例会において否決された。

(11) 被告は,平成17年7月21日,別紙原告目録1ないし5記載の原告らに対し,同年4月分及び同年5月分の調整手当(支払期日はそれぞれ同年4月21日及び同年5月20日)を支払った。

また,上記原告らの同年4月分の時間外勤務手当については,同月分の調整手当の不払のために算定基礎となる勤務1時間当たりの給与額が減少し,被告は,同年5月20日に上記給与額を基に算定した額しか支払わず,同年7月21日に本来の支給額との差額を支払った。

上記原告らの同年4月分の調整手当の額に対する同月22日から同年7月21日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の額は,別紙原告別請求額一覧表1ないし5「遅延損害金」欄の「平成17年4月分」欄記載のとおりである。また,上記原告らの同年4月分の時間外勤務手当の差額及び同年5月分の調整手当の額に対する同月21日から同年7月21日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の額は,上記「遅延損害金」欄の「平成17年5月分」欄記載のとおりである。

(12) 本件改正条例が無効であり,調整手当を支給すること,これを時間外勤務手当,期末手当及び勤勉手当の算定の基礎に加えることを定める給与条例等の規定が効力を有する場合には,原告らは,平成17年6月分から平成18年3月分までの調整手当並びにこれを基礎として算定される時間外勤務手当,期末手当及び勤勉手当の差額分として,別紙原告別請求額一覧表1ないし6「未払調整手当等」欄の各「請求額」欄記載の金員を各「遅延損害金起算日」欄記載の日の前日に支給を受けることができた。

3  争点

(1) 給与条例等の調整手当の支給を定める規定の適否 (争点1)

(2) 本件専決処分の適否 (争点2)

4  争点に関する当事者の主張

(1) 争点1(給与条例等の調整手当の支給を定める規定の適否)について

(被告の主張)

地方自治法204条2項にいう調整手当は,一般職の職員の給与に関する法律(平成17年法律第113号による改正前のもの。以下「給与法」という。)11条の3第1項の調整手当と同義であり,民間における賃金,物価及び生計費が特に高い地域並びにその地域に近接し,かつ,民間における賃金,物価及び生計費に関する事情がその地域に準ずる地域に在勤する職員に対して支給されるべきものであり,給料で評価することができない地域格差を是正するために支給される手当である。

被告においては,昭和62年12月に改正された給与条例に基づき,昭和63年1月から職員に調整手当が支給されており,その後17年間にわたって見直しがされなかった。

千葉県における民間の賃金と被告の職員の賃金の状況は,別紙「平均賃金比較表」のとおりであり,海匝支庁管内における民間賃金の千葉県内全体における平均民間賃金に対する比率は,昭和61年7月が83.1%,平成15年7月が75.5%であり,被告において調整手当を導入した当初から,被告の存する海匝支庁管内の地域が,「民間における賃金,物価及び生計費が特に高い地域」に該当することはなく,国の調整手当が支給される地域とされたこともなかった。

したがって,「民間における賃金,物価及び生計費が特に高い地域」に該当しないことが明らかである銚子市内に在勤する被告の職員に調整手当を支給することを定める給与条例等の規定は,違法である。

(原告らの主張)

地方公共団体は,調整手当を含む給与の支給額及び支給方法について,その地方の実情等様々な事情を考慮した上で定めるべきこととされており(地方公務員法24条3項),地方議会には,給与に関する条例を制定するにつき,専門的,政策的見地からする相応の裁量権が認められるから,給与に関する条例を制定するに際し,それらの実情を反映させることに相応の合理性があり,そのような実情の反映によっても,当該地方公共団体の総体としての給与体系を実質的に損なうことがない場合には,その支給形式が必ずしも本来の趣旨,目的に沿うものでないとしても,これを直ちに違法,無効とすることはできない。

給与法は,国家公務員の給与を定めるものであり,地方自治法に調整手当の定義規定がないことから,調整手当の内容を,給与法の定めるところとほぼ同様の趣旨,性格を有するものと解することは可能であるが,それだけで調整手当の支給方法が定められるのではなく,地方公共団体が,その地方の実情等様々な事情を考慮して決めることとなる。そうすると,地方公務員に対する調整手当の支給に関しては,「民間における賃金,物価及び生計費が特に高い地域」であるかという点のほか,優秀な職員を採用しやすくするためであるとか,職員組合の意向等様々な要素を考慮した上で,住民の代表である議会が条例で決定することが予定されている。給与条例等の調整手当の支給を定める規定は,このような手続を経て制定され,市議会の平成17年3月定例会において,是認されたものである。

また,本件専決処分当時,千葉県職員については,勤務地が同県内のいずれであっても調整手当が支給され,銚子市及びその近隣に勤務する職員に対する調整手当の支給率は2%であった。そして,被告の近隣の地方公共団体における調整手当の支給率は,旭市及び八日市場市が2%であり,東庄町が3%であって,被告の職員だけが特に優遇されていたものではない。

したがって,給与条例等の調整手当の支給を定める規定が,法律の授権の範囲を逸脱しているとはいえない。

(2) 争点2(本件専決処分の適否)について

(被告の主張)

給与条例等の調整手当の支給を定める規定は,違法であり,遅くとも平成16年秋以降は速やかにこの状態を解消するために必要な措置が採られるべきであり,被告においては職員組合等との話合いを通じてこの問題の解決を図ってきたにもかかわらず,別紙原告目録1ないし3記載の原告らが,平成17年5月13日,被告に対し同年4月分の調整手当の支払を求める訴えを提起したこと等により,話合いによる早期解決の見込みが立たなくなった。

そして,同年6月1日は,同月に支給される期末手当及び勤勉手当の基準日であり,同日の前に給与条例等の調整手当の支給を定める規定を改正しない限り,調整手当を基礎として算出すべき分(約1800万円)を含めた期末手当及び勤勉手当を支給すべきことになるが,その財源の目途が立たなかった。市議会の定例会は毎年3月,6月,9月及び12月に招集することとされているが,平成17年6月定例会を同年6月7日午前10時に招集することについては,同年3月18日の議会運営委員会で了承を得た上で,同年5月31日にその旨の告示がされていた。

このような経過の中で,地方自治法179条1項にいう「議会を招集する暇がないと認めるとき」に当たると判断した市長の判断に違法な点はない。

(原告らの主張)

本件専決処分がされた平成17年5月31日の1週間後の同年6月7日には,市議会定例会が招集されることが決まっており,市長は,条例改正案を提出することができた。仮に市長が給与条例等の調整手当の支給を定める規定の違法性が高いと考えていたとすれば,臨時議会を招集するなどして条例改正案を提出すべきであったし,同月1日の期末手当及び勤勉手当の基準日が重要であれば,その前に条例改正に尽力する時間的余裕はあった。それにもかかわらず,急きょ行われた本件専決処分については,地方自治法179条1項にいう「議会を招集する暇がないと認めるとき」の要件を満たすとはいえず,違法である。

特に,本件においては,市長は,市議会の平成17年3月定例会に調整手当の廃止を内容とする給与条例等の改正案を提出したが,否決されており,さらに,平成16年11月,市監査委員から,市職員に対する調整手当の支給に違法性又は不当性はない旨の判断を受けている。このように,地方公共団体の長の考えが議会及び監査機関によって否定されたにもかかわらず,臨時議会の招集等条例改正のため通常採るべき手段をあえて採らずに専決処分によって条例を改正することは,民主主義の否定となり,地方自治法179条1項の許容するところではない。

なお,市議会の平成17年3月定例会において可決された予算案は,調整手当の廃止を前提としたものであったが,調整手当の廃止を内容とする給与条例等の改正案が否決された場合には,補正予算を組んだり,既決予算の範囲内で流用する等の方法で調整手当を支給することが十分可能であると判断したからこそ,市議会は,上記条例改正案を否決しつつ,予算案を可決したものである。現に,被告は,平成17年7月21日,予算上の措置を採ることなく,既決予算の人件費の範囲内で同年4月分及び同年5月分の調整手当を支給している。

第3争点に対する判断

1  争点1(給与条例等の調整手当の支給を定める規定の適否)について

(1) 地方自治法204条2項は,地方公共団体の常勤の職員に支給することができる手当の一つとして,調整手当を規定しているが,その趣旨や内容を明らかにした規定はない。他方,給与法11条の3第1項は,国家公務員の調整手当について,「民間における賃金,物価及び生計費が特に高い地域で人事院規則で定めるものに在勤する職員に支給する。その地域に近接し,かつ,民間における賃金,物価及び生計費に関する事情がその地域に準ずる地域に所在する官署で人事院規則で定めるものに在勤する職員についても,同様とする。」と定めているところ,地方自治法に定める調整手当も,これと同様に,原則として,民間における賃金,物価及び生計費が特に高い地域に在勤する職員に対して支給する手当として規定されたものと解するのが相当である。

もっとも,国家公務員の調整手当に関しては,医療業務に従事する医師等に一律に10%の調整手当を支給する旨の規定(給与法11条の4)や,職員の異動等に伴って調整手当の支給割合が減少する場合に一定の支給割合を保障する旨の規定(給与法11条の7)など,職員の在勤する地域の民間における賃金,物価及び生計費という経済事情だけからは説明することができず,職員の異動,採用確保の必要性等の事情を考慮したと解される規定があることから,地方公共団体においても,調整手当について,上記の地域給としての性格を基本としつつ,その実情に応じ,職員の採用確保の必要性,人件費の抑制の必要性などを勘案して,近接する地方公共団体の職員の待遇等の諸事情をも考慮した上,その支給の要否及び割合を定めることも,その裁量の範囲内のこととして許されると解するのが相当である。

(2) これを,給与条例等の調整手当の支給を定める規定についてみるに,証拠(甲10,同13号証,乙7号証,同8号証の2,同14号証,同15号証の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

ア 被告においては,昭和63年1月から職員に対し支給割合を2%とする調整手当が支給されている。被告は,当時,調整手当の支給をする根拠として,千葉県内28市中21市が調整手当を支給しており,調整手当を支給している市と被告とを比較すると,小売価格については被告の方が上回り,物価及び生計費については較差がみられないこと,昭和57年度から昭和61年度までに103人の職員を削減し,昭和58年度から昭和61年度までに職員組合の協力を得て初任給を1号給引き下げ,調整手当の支給環境が整ったことを挙げていた。

イ 千葉県内全体の民間の平均賃金(企業規模が100人ないし299人),海匝支庁管内における民間の平均賃金(中小企業計)及び被告の職員の平均賃金は,別紙「平均賃金比較表」のとおりである。

ウ 平成16年4月時点の千葉県内における国家公務員並びに千葉県及び各市町村の職員に対する調整手当の支給割合は,別紙「地域手当の支給地域・率一覧」のとおりである。銚子市に在勤する国家公務員には調整手当は支給されていなかったが,銚子市及びその近隣の市町村において勤務する千葉県職員に対する調整手当の支給割合は2%であった。また,近隣の市町村の職員に対する調整手当の支給割合は,旭市,八日市場市,海上町,飯岡町及び野栄町が2%であり,東庄町,干潟町,山田町及び小見川町が3%であった。

エ 被告の一般行政職のラスパイレス指数(国家公務員の給与を100とした場合の給与水準で,給料のみを対象とし,諸手当を含まない。)は,平成16年4月1日時点では101.8であったが,被告の職員については,同年10月以降,昇給延伸措置が採られ(銚子市職員の給与に関する条例附則4項,5項),その結果,平成17年4月1日時点のラスパイレス指数は99.5となった。

(3) 前記事実によると,確かに,一方では,銚子市の位置する海匝支庁管内における民間の平均賃金は,千葉県内全体の民間の平均賃金より低く,平成15年7月時点では,被告の職員と比較しても低かったこと(被告の勤務11年ないし13年の一般行政職等の平均賃金の約70%にすぎない。)や,銚子市に在勤する国家公務員には調整手当は支給されていなかった実情がある。しかし,他方では,近隣の市町村の職員には支給割合を2%ないし3%とする調整手当が支給され,銚子市及びその近隣の市町村において勤務する千葉県職員には支給割合を2%とする調整手当が支給されており,被告において,このような近接する地方公共団体の職員の待遇を考慮して職員の採用の確保を図る必要性があったことを否定することはできない。そして,被告の職員の給与については,昇給延伸措置が採られ,全体としての給与の額が抑制され,その結果,ラスパイレス指数が下がるという成果が上がっており,被告において調整手当の廃止を優先的に行ってでも人件費の抑制を図らなければならない状況になかったということができる。

これらの諸事情によれば,市議会において,平成17年4月から調整手当を廃止する条例案を否決したことは,調整手当の支給の要否及びその割合の決定に関する前記の裁量の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとまでいうことはできない。

したがって,本件専決処分がされた平成17年5月31日当時,及び原告らが本訴において支給を求める調整手当の支給期間である同年6月1日から平成18年3月31日までの間において,調整手当の支給を定める給与条例等の規定が違法なものとなっていたということはできない。そうすると,争点1についての被告の主張は理由がない。

2  争点2(本件専決処分の適否)について

(1) 地方自治法179条1項が定める普通地方公共団体の長の専決処分は,議会において議決すべき事件に関し必要な議決が得られない場合の補助的な手段として,その権限が認められたものであるから,普通地方公共団体の長が同項に基づいて行う「議会を招集する暇がない」かどうかの認定は,覊束裁量に属し,当該事件が急施を要し,議会を招集してその議決を経て執行すればその時期を失するなどその招集に暇がないことについての認定には,客観性を要すると解すべきである。

(2) そこで,本件専決処分が,「普通地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるとき」にされたかどうかを検討するに,まず,給与条例等の調整手当の支給を定める規定が違法であるとはいえないことは,前記1のとおりである。そうすると,同規定が違法であることを前提として,その違法状態を速やかに解消するために市長が必要な措置を緊急に講ずべき必要性があったとはいえないことが明らかである。

また,本件専決処分の経緯や内容についてみても,市議会は,平成17年3月24日に,同年4月1日から調整手当を廃止することを内容とする給与条例等の改正案を否決しているところ(前記前提事実(5)),本件専決処分は,調整手当を廃止する時期を同年6月1日からとする点を除き,上記改正案と同じ内容の条例改正を行うものである(前記前提事実(9))。そして,市議会は,これらに先立つ平成16年9月24日に,管理職手当の支給を受ける職員に対する調整手当の支給を停止する内容の条例改正案を認めず(前記前提事実(2)),同年12月22日に,職務の級が9級の職員に対する調整手当の支給を停止する内容の条例改正案を否決しており(前記前提事実(4)),これに引き続いて平成17年3月24日に上記のとおり条例改正案を否決していることからしても,この案件に関する市議会の意思は明確に示されたものというべきである。

もっとも,市議会定例会が可決した市の平成17年度一般会計予算には,調整手当分が計上されていなかったが(前記前提事実(5)),市議会が同予算を可決したのは,議長において,調整手当の財源については,既決予算の範囲内で処理したり,補正予算を組むことによって,対応することができるとして,予算案の否決を避けるために各会派を説得したことによるものであり(甲8,同9号証,弁論の全趣旨),調整手当の廃止を内容とする条例改正案を否決する議決と矛盾する市議会の意思が示されたものということはできない。このことは,市議会が,平成17年5月16日に,市長に対し,「職員に条例どおり調整手当を支給するよう,強く要請する」旨の要請文を提出したことや(前記前提事実(7)),同年6月28日の定例会において本件専決処分の承認を否決していること(前記前提事実(10))からも裏付けられる。

そうすると,給与条例等の調整手当の支給規定が違法とまではいえず,その廃止が特に求められてはいない状況の下において,上記のとおり,平成17年3月24日に調整手当の廃止を内容とする条例改正案が否決されたことによって,この案件に関する市議会の意思は明確に示され,したがって,同年6月支給の期末手当及び勤勉手当に対する調整手当のはね返り分を含む同年4月支給以降の調整手当についても,その財源を確保すべきことは,同年3月24日の時点で課題として現れたのであり,同年4月分及び5月分の調整手当等が同年7月21日に支払われた等その後の経緯に照らしても,本件専決処分がされた同年5月31日までに,既決予算の範囲内で処理したり,補正予算を組むなどによって,この課題を解決する暇がなかったとは認め難い。この点に関し,被告は,① 上記違法状態の解消のため,職員組合等との話合いを通じて解決を図ってきたところ,同年5月13日に本訴が提起されたために話合いによる解決の見通しが立たなくなったこと,② 給与条例等の調整手当の規定を早急に改正しなければ,財源措置を採ることが極めて困難となり,市議会を招集して審議を受ける時間的余裕はなかったことを主張する。しかしながら,本訴提起前に職員組合等との話合いによって調整手当を廃止することが具体的に可能な状況にあったことを窺わせる証拠はなく(むしろ,本訴提起の事実からも,それが著しく困難であったとみられる。),また,財源措置の点についても,上記のとおり,上記市議会による条例改正案の否決の時点以降において講じることができなかったとはいえない。そうすると,市議会が上記条例改正案を否決しその意思が明確に示された案件について,市長が,上記否決当時に予測困難であったその後の事情の変化が格別ないにもかかわらず,市議会の意思を尊重せず,調整手当の財源措置を講ずることなく,上記条例改正案とほぼ同一の内容を専決処分の対象としたと認めるのが相当であり,したがって,本件専決処分は時間的余裕がないためにやむなく行われたものではなく,市議会の議決を免れることを意図してされたものと評価されても致し方ないというべきである。

(3) したがって,本件専決処分については,「普通地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるとき」という要件を充足しないから,これによって制定された本件改正条例は,効力を有しないというべきである。

そうすると,争点2についての被告の主張も理由がない。

第4結論

以上によれば,平成17年法律第113号により地方自治法204条2項が改正され,同改正法が施行されたために調整手当の支給について法律上の根拠が失われた平成18年4月1日までは,調整手当の支給を定める給与条例等の規定は有効であったというべきである。

よって,これらの条例に基づく原告らの請求は,いずれも理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内明 裁判官 阪本勝 裁判官 高石直樹)

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