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千葉地方裁判所 平成22年(ワ)2124号 判決 2010年10月28日

原告 日本放送協会

同代表者会長 福地茂雄

同訴訟代理人弁護士 髙木志伸

被告 甲野太郎

主文

1  被告は,原告に対し,7万7320円及びこれに対する平成22年4月1日から,支払済みの日が偶数月に属する場合にはその前月の末日まで,支払済みの日が奇数月に属する場合にはその前々月の末日まで,2か月当たり2パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  事案の概要

1  本件は,原告から被告に対し,原告と被告との間で放送受信契約が締結されたとして,未払いの受信料(平成17年6月1日から平成22年1月31日までの56か月分)及びこれに対する遅延損害金(原告と被告との間の支払督促申立事件(千葉簡易裁判所・平成22年(ロ)第671号。被告からの異議により,本件通常訴訟へ移行した。)の支払督促正本が送達された日(平成22年3月26日)の翌月の初日である平成22年4月1日から支払済みまでの期間につき,約定割合によるもの)の支払いを求める事案である。

2  争いのない事実等(以下の事実は,いずれも当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認定することができるものである。)

(1)原告は,放送法に基づいて設置された法人であり,同法32条3項に基づき,総務大臣の認可を受けて,別紙「日本放送協会放送受信規約概要」記載のとおり,テレビ放送の受信に関する契約(以下「放送受信契約」という。)の内容を定めた日本放送協会放送受信規約(以下「本件規約」という。)を定めている。

(2)被告の妻は,平成14年10月9日,被告のためにすることを示して,原告との間で,契約種別をカラーとする放送受信契約を締結し(以下「本件受信契約」という。),放送受信契約書の受信契約者欄に,被告の氏名・住所・電話番号を記載した。(甲1)

(3)平成17年6月1日の時点における本件受信契約の内容は,契約種別はカラー,支払区分・支払コースは訪問集金・6か月前払いであった。

(4)被告は,本件受信契約及び本件規約によれば平成17年7月31日が支払期限となる平成17年度第2期(6月及び7月)から第4期(10月及び11月)までの放送受信料を,同日までに支払わなかった。本件規約(ただし,平成20年4月1日前のもの)によれば,この場合には,上記支払期限に支払うべき放送受信料から,訪問集金・毎期払いの放送受信料額(月額1395円)が適用されることになる。

(5)その後,本件規約の改正により,契約種別のカラー契約は地上契約に変更され,また,平成20年10月1日をもって,支払区分のうち訪問集金は廃止され,同日以降に発生する毎期払いの放送受信料は月額1345円に変更された。

3  争点及び当事者の主張

(1)争点1(日常家事債務該当性)

(原告の主張)

本件受信契約は,被告の妻が,被告のためにすることを示して締結したものであるところ,放送受信契約の締結は,日常生活に必要な情報を収集するため,又は相当な範囲内の娯楽として,夫婦の日常生活を営む上で通常必要なものといえるから,民法761条本文にいう「日常の家事に関する法律行為」に当たり,被告の妻は,本件受信契約の締結に関して被告を代理する権限を有していたことになるので,本件受信契約は,有効に成立している。

また,民法761条は,日常の家事の範囲内に当たる法律行為について規律するものであり,双務契約であるか片務契約であるかという契約の性質によって,その適用を限定するような規定とはなっておらず,また,そのような解釈もされていないので,放送受信契約が双務契約ではないから民法761条の適用がない旨の被告の主張は,理由がない。

(被告の主張)

ア 日常家事債務に該当するものとして代理権が認められるためには,個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営む上において通常必要な法律行為であることが必要であり,その具体的な範囲は,個々の夫婦の社会的地位,職業,資産,収入等によって異なり,また,その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によっても異なるものと解されており,実質的に夫婦共同生活の維持に必要かどうかで判断すべきものである。

そして,上記のような判断においては,夫婦の共同生活を営むにおいて,その維持に必要かどうかによって判断されるべきものであり,衣食住という共同生活の基本的部分にかかわるものであって,夫婦の生活状況に照らして必要かつ相当な支出を伴う契約の締結が,日常の家事の範囲とされるべきである。他方,夫婦の共同生活の基本的部分にかかわらないものや,夫婦の生活状況に照らして,不必要ないし不相当な支出を伴う契約の締結は,日常の家事の範囲外とされるべきである。そして,契約の目的物の必要性の判断や支出の相当性の判断には,個々の夫婦の意思や事情も考慮されるべきである。

イ 原告の放送する番組を視聴しなくても,被告夫婦が共同生活を送ることに何らの支障がないことは明らかであり,昨今のインターネットの普及により,放送媒体から情報を得なければならない必要性自体がなくなっていることに照らしても,被告の家庭において,原告と放送受信契約を締結することは,日常の家事に該当しない。

ウ また,近年,原告において不祥事がたび重なったことから,被告は,被告の妻に対して,原告との間で放送受信契約を締結することも,受信料を支払うことも強く反対していたのであるから,被告夫婦間においては,放送受信契約の締結が日常の家事に含まれていなかったことは明らかである。

エ さらに,被告夫婦は,同年代の一般家庭と同等の生活水準にあり,本件受信契約に基づく受信料は,月額はそれほど多額ではないとしても,放送受信契約が継続的に支払義務が生ずる契約であり,1年間では2万円を超える負担を生じさせるものであることに照らせば,その負担は重いものであり,被告夫婦間において,安易に日常の家事に含められるべきものではないことは明白である。

オ そもそも,民法761条は,双務契約における一方当事者が,夫婦の一方と契約した場合に,その行為が日常の家事に関する法律行為に含まれる場合には,夫婦それぞれに連帯責任を負わせて,夫婦と取引をした第三者を保護しようとする規定であり,契約当事者間に対価関係がない契約については,第三者の保護の必要はない以上,同条項の適用はない。

そして,受信料は,原告が業務を行うための一種の国民的な負担であって,法律により国が原告に徴収権を認めたものであって,原告の維持運営のための特殊な負担金と解されており,原告の放送を受信することのできる受信設備(以下,単に「受信設備」という。)を設置した者は実際に放送を受信し,視聴するかどうかにかかわらず,原告と契約し,受信料を支払わなければならないことからも,放送の視聴に対する対価でないことは明らかである。そうすると,放送受信契約は,対価性のある契約ではなく,一方的に負担金を負う一種の贈与契約に過ぎない。従って,一種の負担金を受け取るに過ぎない原告において取引の安全を考慮する必要は全くなく,対価性のない放送受信契約には,民法761条が適用される余地はない。

(2)争点2(追認)

(原告の主張)

被告は,本件受信契約に基づき,平成14年10月分から平成17年5月分までの放送受信料を何らの異議なく支払っていることから,被告が本件受信契約に基づく支払義務を認め,本件受信契約を追認した上で支払ったことは明らかである。

(被告の主張)

原告が指摘する支払いは,被告の妻がしたものであり,被告のあずかり知らないものであって,当該支払いの事実をもって,被告が本件受信契約の締結を追認したことにはならない。

第3  当裁判所の判断

1  争点1(日常家事債務該当性)について

(1)民法761条本文に規定する「日常の家事に関する法律行為」によって発生した債務とは,婚姻共同体において家庭生活を営むために通常必要とされる法律行為に基づく債務を意味すると考えられるところ,日常の家事に関する法律行為に該当するかどうかを決するに当たっては,同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることにかんがみれば,客観的に,当該法律行為の種類,性質等を十分に考慮して判断すべきであると考えられ,夫婦間における内部的な事情やその行為の具体的な目的のみを重視して,判断すべきものではないと解される。

(2)ところで,現代社会において,テレビ番組を視聴することは,日常生活に必要な情報を収集したり,又は相当な範囲内の娯楽として,夫婦の共同生活を営む上で通常必要なものといえる。そして,夫婦の属する世帯において,受信設備を設置した場合には,原告との間で放送受信契約を締結する義務(放送法32条参照)があるのであって,これに基づき,放送受信契約を締結することが必要であることとなるから,家庭生活の場である住居に受信設備を設置した夫婦にとっては,放送受信契約の締結は,受信設備の設置に伴って必要となる一連の行為に当たるものとして,民法761条本文に規定する日常の家事に関する法律行為に該当すると考えられる。

この点,被告は,近年のインターネットの普及により,テレビ番組を視聴することで情報を収集する必要性はなくなっていると主張するが,今日の家庭におけるテレビの普及率や利用状況(甲6,7参照)に照らせば,被告の主張する事情のみをもって,テレビ番組の視聴が夫婦の共同生活を営む上で通常必要なものではなくなっていると解するには足りない。また,被告は,原告の放送する番組を視聴しなくても,被告夫婦が共同生活を送ることに何らの支障がないとも主張するが,放送法の定める放送受信契約を締結する義務は,番組を実際に視聴するかどうかにかかわらず,受信設備を設置すること自体に伴う義務であるから,家庭生活の場である住居に受信設備を設置した夫婦にとっては,放送受信契約を締結することが,家庭生活を営む上で通常必要となる法律行為に該当することは明らかであり,この点に係る被告の主張も,理由がない。

(3)次に,被告は,原告に関するたび重なる不祥事があったことから,被告の妻に対して,原告との放送受信契約を締結することや,受信料を支払うことに反対していたものであり,被告夫婦の間では,放送受信契約の締結は日常の家事に関する法律行為に該当しないと主張する。しかしながら,前記(1)のとおり,日常の家事に関する法律行為に該当するかどうかについては,取引関係に立つ第三者の保護という民法761条の規定の趣旨に照らし,主として,法律行為の客観的な種類,性質等に照らして,判断されるべきものであって,予め責任を負う意思がない旨が取引の相手方に明示されていたような場合(民法761条ただし書参照)を別とすれば,被告が主張するような夫婦間の個別的な内部的事情によって,その該当性の有無が直ちに左右されるものと解することはできない。よって,この点に係る被告の主張も,採用することができない。(なお,① 被告の妻が,実際に本件受信契約を締結している事実に照らせば,被告が,日頃から,被告の妻に対して,放送受信契約の締結等に反対していたとの事実があったと考えるには多大な疑問が残る上,②原告についての各種の不祥事が報道等により明らかとなり,いわゆる受信料不払い問題が社会問題化したのは,平成16年以降のことであり(公知の事実),被告の妻が本件受信契約を締結した平成14年10月の時点までに,被告が放送受信契約の締結等に強く反対する動機となるような各種の不祥事が原告について明らかになっていたことをうかがわせる事情も見当たらないこと等に照らせば,そもそも本件受信契約の締結の時点以前において,被告が主張するような反対の意思表示がされていたとの事実を推認することはできないから,被告の主張は,この点からも,採用する余地がないものである。)

(4)また,被告は,受信料の額は1年間で2万円を超え,負担が重いものであり,そのような重い負担を生じさせるような放送受信契約は,日常の家事に関する法律行為に含まれると解すべきではないとも主張するが,被告夫婦が同年代の一般家庭と同等の生活水準にあることは被告自身が自認するところであり,また,被告の家計が,受信設備を購入し,設置するだけの資力を有するものであることに照らせば,放送受信契約に伴う受信料の支払義務等の負担は,夫婦の共同生活を営む上で通常必要となる支出の範囲を超えるものとは解されないので,被告の指摘する上記事情をもってしても,本件受信契約が,日常の家事に関する法律行為であったと解することを妨げるものではない。

(5)さらに,被告は,放送受信契約は,対価性のないもので,視聴者の側が一方的に受信料の支払義務を負担する贈与契約の一種であり,このような片務契約には,取引の相手方の保護のための民法761条の規定は適用されない旨を主張する。しかしながら,① 同条は,単に「日常の家事に関する法律行為」と規定するのみであって,双務契約であるか,片務契約であるかによって,規定の適用の有無を区別してはいないこと,② 実質的に見ても,放送受信契約の締結行為がされれば,原告としては,同一の視聴者に対して重ねて契約締結の勧誘をする必要がなくなったと考えるとともに,以後は受信料の支払いを受けられる前提で,契約上の法律関係の内部管理を行うことになるのであって,そのような原告の期待について,同条による保護を否定する理由はないと考えられること等に照らせば,被告の上記主張も理由がないと解される。

(6)そうすると,本件受信契約は,日常の家事に関する法律行為に当たるものとして,被告の妻が,被告の代理人としての権限に基づいて,有効に締結したものと認められることになるので,当該契約締結の効果は,被告に帰属することになる。

2  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告に対する請求は理由があることになるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担については民事訴訟法61条を,仮執行宣言については同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 花村良一)

別紙 日本放送協会放送受信規約概要<省略>

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