千葉地方裁判所 平成23年(わ)1089号 判決 2013年3月15日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中350日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第1 被告人に対する住居侵入,強制わいせつ被告事件に関する平成25年1月11日宣告の部分判決の犯罪事実の記載を引用する(省略)
第2 被告人に対する住居侵入,強盗強姦被告事件に関する平成25年2月1日宣告の部分判決の犯罪事実の記載を引用する(省略)
第3 被告人は,強盗の目的で,平成23年6月10日午後11時過ぎ頃,千葉県a市bc丁目d番e号所在のfg号室h方室内に侵入し,その頃,同所において,前記h(当時19歳)に対し,何らかの方法で暴行又は脅迫を加えて,その反抗を抑圧し,同人所有又は管理のキャッシュカード等7点(時価合計約1万4630円相当)を強取した上,同月11日午前零時過ぎ頃から同日午前2時59分頃までの間,同所付近に駐車中の自動車に同人を連れ込み,同県内又はその周辺に駐車中の同車内において,これらの暴行又は脅迫により畏怖している同人に対し,同人が着用していたTシャツ及びキャミソールの各前面,ブラジャーの両肩紐を刃物で切断するなどしてこれらの着衣を脱がせるなどの暴行を加えて反抗を抑圧し,強いて同人を姦淫し,同県内又はその周辺において,殺意をもって,ビニール袋1枚をかぶせた同人の頭部に更にビニール袋1枚をかぶせ,その首の後ろで同ビニール袋の持ち手部分を2重に結ぶなどの方法により,同人を窒息死させて殺害した。
第4 被告人は,別紙一覧表(省略)記載のとおり,平成23年6月11日午前1時59分頃から同日午前3時11分頃までの間,前後3回にわたり,千葉県木更津市jk番地m所在のn店ほか2か所において,各所に設置された現金自動預払機のカード挿入口に不正に入手したh名義のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ,同機から株式会社p銀行本店営業部長qほか1名管理の現金合計50万円を引き出して窃取した。
(証拠)省略
(犯罪事実第3及び第4の事実認定に関する補足説明)
1 前提事実等
証拠によれば,hは,平成23年6月10日午後11時頃に千葉県a市内に所在する自宅に帰宅した後,訪問を約束していた交際相手が翌11日午前零時47分頃にh宅を訪れるまでの間に,何らの連絡もせず玄関を施錠しないまま自宅から姿を消したこと,h宅のリビングの床上から,被告人のスニーカーで印象された可能性が高い足跡痕が検出されていること,h宅からr銀行の通帳及びキャッシュカード,ゲーム機等が持ち出されていること,同日午前5時45分頃,千葉県木更津市内の林道においてhの遺体が目撃され,その後確認されたhの遺体は,全裸で,その頭部にビニール袋を二重にかぶせられ,両手首を前面が切り裂かれたキャミソールで縛られた状態であり,死因は窒息死であること,同日午前1時59分頃から午前3時11分頃までの間に3回にわたり,木更津市内のコンビニエンスストア3店舗で,被告人がh名義のr銀行のキャッシュカードを使用して現金合計50万円を引き出したこと,hの膣内及び前記キャミソールから被告人と同型のDNA型が,hの頭部にかぶせられていたビニール袋及び遺体発見現場に遺留されていたh名義のr銀行の貯金口座のご利用明細から被告人の指紋が,被告人が当時使用していた自動車(以下「被告人車両」という。)の助手席シートの付着物からh及び被告人の全てのDNA型が,それぞれ検出されたこと,被告人宅からh宅より持ち出されたゲーム機等が発見されたことが認められる。
以上の事実からすれば,同月10日午後11時頃から11日にかけての夜間に,hが何らかの理由により自宅から連れ出された後,a市から木更津市まで移動する中で頭部にビニール袋をかぶせられ,窒息死させられたこと,また,被告人がhと性交し,h名義のキャッシュカードを使用して現金自動預払機から現金を引き出し,h宅より持ち出されたゲーム機等を取得したことが強く推認され,この一連の経緯に被告人が深く関与していることは明らかである。
この点,被告人は,同月10日から11日にかけての夜間に,hと被告人車両で出かけて行動を共にしたことや,h名義のキャッシュカードを使用して現金を引き出したこと,hと性交したこと,h宅から持ち出されたゲーム機等を取得したことは認めた上で,h宅に立ち入り,hと共にa市から木更津市に移動し,hと性交したことは,いずれもhが承諾していたし,犯罪事実第4別紙一覧表(省略)の番号1記載の現金20万円の引き出しについてもhの承諾があるものと認識していた,hに暴行,脅迫を加えたり,hを殺害したりしていないなどと供述する。
しかし,当裁判所は,犯罪事実第3及び第4のとおり,被告人が本件住居侵入,強盗強姦,強盗殺人,窃盗に及んだものと認定したので,以下,補足して説明する。
2 住居侵入及び強盗について
(1) 証拠によれば,平成23年6月13日に実施されたh宅居室の検証により,リビング玄関寄りの中央部分の床上1か所から土足による足跡痕2個が一部重なった状態で採取されたことが認められる。その発見位置は,通常土足で歩く場所ではなく,hが日常生活を送る中で長く足跡痕が残る場所とも考えがたいことからすれば,hが帰宅した後,同室からいなくなる直前に印象された可能性が高いといえる。
また,証拠によれば,同月11日午前零時47分頃,hと訪問を約束していた交際相手のsがh宅を訪れた際,同室の玄関が無施錠のままhがいなくなっていたこと,hからsに外出する旨の連絡はなく,hの身を案じたsが繰り返しhの携帯電話に電話し,電子メールを送信したが,一切連絡が付かなかったこと,h宅の隣室の住人が,同月10日の午後11時40分頃から翌11日午前零時頃にかけて,h宅から不規則に続く壁を叩くような音と男性の声を聞いたこと,h宅にはhが普段使用していた手提げバッグ,その中に財布や手帳,h名義のt銀行の預金通帳等が残されていながら,普段hが財布に入れたり手帳に挟んだりして持ち歩いていたr銀行のキャッシュカードや通帳と,ゲーム機(Wii)本体並びにゲーム用コントローラ2個,ゲームソフト1枚及びDVD1枚が持ち出されていたこと,t銀行の通帳の内側部分に手袋痕が付着していたことが認められる。
これらの事実に基づき検討すると,まず,hが,交際相手が来訪する予定であったにもかかわらず,何らの連絡もせずに,キャッシュカードや通帳,ゲーム機などを持ち出す一方,財布等は室内に残したまま,玄関を施錠しないで長時間外出し,安否を気遣う交際相手からの電子メール等にも全く返答しないというのは極めて不自然である。そして,手提げバッグ内に残された通帳には通常は手袋をして触る場所とは考えがたい内側部分に手袋痕が付着していたこと,通常の保管方法とは異なる態様で通帳やキャッシュカードが持ち出されていたこと,同日午前零時頃までh宅から通常とは異なる物音や男性の声がしていたことに加え,リビングの床上に土足の足跡痕が残されていたことを併せて考えれば,h宅に土足で侵入した何者かが,hに何らかの暴行,脅迫を加えて騒いだり抵抗したりできない状態にした上で,手提げバッグの中などを物色するなどして前記キャッシュカード等を奪い,同日午前零時頃以降に,hを連れ去ったものと認められる。
(2) そして,前記足跡痕の鑑定結果によれば,そのうち一つは,被告人が本件当時履いていた左スニーカーの底部と対比して,模様が類似するだけでなく,摩耗の程度のほか,「AIRWALK」の「A」の文字の上部が損傷して丸くなっている点も一致することなどから,同スニーカーにより印象された可能性が高く,もう一つもその右スニーカーにより印象された可能性があるものと認められる。前記のとおり,本件の一連の経緯に被告人が深く関与していることが明らかであることや,被告人自身が当日h宅を訪れ,その後もhと行動を共にしたと自認していることをも併せ考えれば,これらの足跡痕は,被告人のスニーカーによって印象されたものと認められ,被告人が土足でh宅リビング内に入ったことを強く推認させる。
(3) これに加え,h宅から持ち出された物に関しては,前記のとおり,被告人が,同日午前1時59分から午前3時11分にかけて3回にわたり,木更津市内のコンビニエンスストアにおいて,h名義のr銀行のキャッシュカードを用いて現金を引き出していること,最初の引き出しの際のご利用明細がhの遺体発見現場に遺留されており,その表面から被告人の指紋が検出されたこと,同月13日に被告人宅からhのゲーム機並びに前記コントローラ2個,ゲームソフト1枚及びDVD1枚と同種のものが発見され,h宅に残されたゲーム機の保証書のシリアルナンバーが,被告人宅から発見されたゲーム機本体のものと一致したことが認められる。
(4) 以上によれば,犯罪事実第3記載のとおり,被告人が,本件当夜,h宅に侵入し,hに対し,何らかの暴行,脅迫を加えて騒いだり抵抗したりできない状態にした上で,キャッシュカード等を強取するとともに,hをその居室から連れ出したと認めることができる。ただし,被告人が,h宅に侵入後,同室で強盗に及んでいることからすれば,少なくとも強盗の目的をもって同室内に侵入したものと認められるが,後記のとおり,姦淫行為がh宅内ではなく被告人車両内で行われていることなどからすれば,被告人がh宅に侵入した際に強姦目的を有していたとまで認定することは困難である。
3 強姦について
まず,hの膣内から採取された膣液の鑑定の結果,同膣液にはヒト精液の混在が認められ,同膣液を処理して得た精子由来のDNAを多く含むと考えられる第二段階細胞融解液のDNA型が被告人のDNA型と同型であったことなどからすれば,前記のとおり,事件当夜,被告人がhと性交し,hの膣内に射精したことが認められる。また,被告人車両の助手席座面の3か所の付着物は,ヒト精液を含み,その付着物につき実施されたDNA型鑑定の結果は,いずれについても,精子以外の細胞由来のDNAを多く含むと考えられる第一段階細胞融解液のDNA型が,被害者のDNA型と被告人のDNA型を全て含んでおり,第二段階細胞融解液のDNA型は,被告人のDNA型と同型であったこと,被告人車両助手席のヘッドレスト後面の付着物のDNA型鑑定を実施したところ,hのDNA型と同型であったことからすると,被告人が同車両の助手席においてhと性交したことが推認される。
また,前記のとおり,被告人は性交時にhの膣内に射精しているが,遺体発見現場付近で発見されたhのパンツとジャージの下衣からhのDNA型と同型の細胞様のものが検出されながら,hのパンツに精液及び精子の付着は認められなかったことからすれば,hは,性交後にパンツやジャージを履いていないものと認められる。そして,発見されたhの遺体の両手首関節部は前面が刃物で縦方向に切断された黒色キャミソールによって縛られており,同遺体発見現場付近からは同様に切断されたhのTシャツ,左右の肩紐が刃物で切断されたhのブラジャーが発見されているが,h宅付近の状況からhは多少の距離を連行されて被告人車両に乗車したと考えられることからすると,その際に着衣を切断された状態,あるいはパンツやジャージを着用しない状態であったとは考え難く,hは,自宅で被告人と性交したのではなく,衣服を身に着けたまま被告人車両に連行され,その後にキャミソール,Tシャツ及びブラジャーを切断され,パンツやジャージを脱がされた上で被告人と性交したものと推認される。
前記のとおり,被告人がhに対し,何らかの暴行,脅迫を加えて抵抗できない状態にして強盗に及んだ上で居室から連れ出したと認められることや,hが着用していたキャミソール,Tシャツ及びブラジャーを刃物で切断されていることからすれば,hが被告人との性交を承諾していたとはおよそ考えられず,被告人は,犯罪事実記載のとおり,被告人車両内において,hの着衣を切断し脱がせるなどの暴行を加え,hを強姦したものと認められる。
4 殺害行為について
(1) 証拠によれば,hの遺体は,h宅があるa市から離れた木更津市内の林道において,全裸で,頭部に顔を覆うように2枚のビニール袋がかぶせられて,両手首が縛られた状態で発見されたこと,2枚のビニール袋は,いずれも破れ等がなく,1枚目(内側)のビニール袋は,持ち手部分が後頸部において強く結ばれているが,その縁は頸部に密着はせず隙間が開いていたこと,2枚目(外側)のビニール袋の縁は頸部に隙間なく密着し,後頸部で持ち手部分が二重に強く結ばれていたことが認められる。この状況から,hが何者かの関与によって死亡させられたことは明らかである。
そして,hの遺体を解剖した証人uは,hの死因につき,①遺体には急死の所見があるものの,致死的な損傷や疾病は認められなかったこと,溺死や急性の薬物中毒等で死亡したとは考えられないこと,ビニール袋が頭部にかぶせられ頸部に密着して結ばれた状態で発見されたことを併せ考えれば,死因は窒息死と考えられるとした上で,②hの遺体には口唇に粘膜剥奪の損傷や胸鎖乳突筋に筋肉内出血の所見がみられることから,鼻口部が閉鎖された可能性は否定できないが,これがあったと断定はできず,③結局,hは,ビニール袋の中の酸素欠乏か,これに加えて鼻口部を閉鎖されたことにより窒息死したと考えられるとしているところ,その判断過程は合理的で,疑いを差し挟むべき事情はない。
(2) 前記のとおり,被告人が,hに暴行,脅迫を加えて抵抗できない状態にした上でキャッシュカード等を奪い,被告人車両に連れ込んだ上で強姦したと認められることのほか,証拠によれば,hの頭部にかぶせられた1枚目のビニール袋側面から被告人の右手拇指指紋と符合する指紋が採取されたこと,hの遺体近辺から発見された最初の引き出しの際のご利用明細から被告人の左手中指指紋と符合する指紋が採取されたこと,hの遺体発見時に両手首を縛っていたキャミソールに付着した細胞のDNA型が,被告人のDNA型と同型であり,一部については精液付着の可能性が認められたこと,hから奪った通帳,強姦の際に切断したTシャツ,ブラジャー等が遺体が発見された林道沿いから発見されたこと,後記のとおり信用できない被告人の弁解以外には,hが自宅から連れ出された後の一連の経緯に被告人以外の関与を疑わせる事情がないことなどからすれば,被告人がhの頭部にビニール袋をかぶせ窒息死させたものと認められる。
(3) そして,前記のとおり,ビニール袋が二重にかぶせられ,特に2枚目のビニール袋は頸部に隙間なく密着し,後頸部にて持ち手部分が強く二重に結ばれていたことからすれば,被告人がこれによりhが窒息して死に至ることを認識できないはずはない。また,hの遺体から薬物やエタノールは検出されておらず,大きな外傷もないことに照らせば,hが意識混濁状態であったとは考えられず,窒息に至るまでの間,hは苦しみもがくなどしてビニール袋を外そうとしたり抵抗したりしたはずである。しかし,hの頭部にかぶせられたビニール袋やhの遺体の状況からは,hがビニール袋を取り外したり破ろうとしたりした形跡や,hが抵抗して周囲に手足等を強くぶつけた形跡が認められず,被告人は,hにビニール袋をかぶせた後,抵抗するhの手あるいは身体を押さえつけるなどしていたものと推認される。以上によれば,被告人に殺意があったことを十分認定できる。
(4) なお,hの遺体は,同月11日午前5時45分頃には目撃されていること,遺体が発見されたのが木更津市内の林道であり,被告人が同日午前2時59分頃から午前3時17分頃にかけて同市内に所在するコンビニエンスストアに次々と入店し,その後,同日午前4時17分頃に千葉市内のコンビニエンスストアに入店していること,これらの店舗等の位置関係からすれば,hは,h宅から連れ出された後,遅くとも,同日午前2時59分頃までには殺害され,遺体発見現場に放置されたものと認められる。
5 窃盗について
証拠によれば,被告人が犯罪事実第4記載のとおり,3回にわたり,h名義のr銀行のキャッシュカードを用いて現金自動預払機を操作して現金合計50万円を引き出したことが認められる。そして,前記のとおり,同キャッシュカードは,被告人がhを抵抗できない状態にしてhから奪ったものであるから,いずれの引き出しについてもhの承諾がなく,被告人もそのことを認識していたと認められ,このことは,被告人が各引き出し行為をする際,上衣を着替えてフードをかぶり,手やマスクで口元を覆うなどして自分の顔を隠していることからも明らかである。
6 被告人の弁解について
被告人は,本件の経緯に関し,公判廷において,要するに,①平成23年5月20日頃にバス停で声をかけたことをきっかけにhと面識を持ち,その後1度話をした際,hから,暴力団関係者と会い,同人との約束を守らなかったことがあった旨聞いたこと,②同年6月上旬に,旧知のiなる暴力団員(以下単に「i」という。)から木更津市内で数年振りに声をかけられ,同月10日夜にhをiのもとに連れてくるよう指示されたが,理由は言われず,連絡先を交換することも連れて行く具体的な場所や時間を指示されることもなかったこと,③同月10日午後11時半頃にh宅へ行き,hに声をかけて室内に入り,iから連れて来るように言われていることを告げると,hは被告人がiを知っていることに驚き,困惑していたが,自分が約束を守らなかったのだからと言って,手提げ袋にゲーム機を詰めて持ち,被告人車両でiのところへ向かうことになったこと,④木更津市内の後輩の家の前でiの車を発見し,hがiと話した後,hを助手席に乗せてiの車を追走し,n店近くの路上まで行き,そこでiに指示され,服を着替えた上でh名義のキャッシュカードを使用して前記コンビニエンスストアで20万円を引き出してiに渡したこと,⑤iに「セックスでもしておけ。」と言われ,hが拒否する様子がなかったので同意があると思いhと性交したこと,⑥iの車を追走して遺体発見現場の林道まで行き停車したところ,iがhに声をかけて降車させ,被告人車両の助手席側の後輪あたりで普通に会話をしていたこと,⑦被告人が車内のごみを投棄するなどしていたところ,5分も経たないうちにhが全裸で両手首を体の前で縛られているのがサイドミラー越しに見えたが,このときhは頭部にビニール袋をかぶっていなかったこと,⑧それから1分経たないうちに窓を全開にして後ろを見てみると,iが頭にビニール袋をかぶったhを蹴って林の方へ押し込んでおり,戻ってきたhが被告人車両の運転席側後輪を背にして座り込み,iがhの手を縛り直した上で押さえていると,hの体が跳ね上がり倒れたので,意識を失ったのだと思ったこと,⑨iは,hの足を持って遺体発見現場まで1m程引きずって移動させた後,被告人にhのジャージやブラジャー,パンツを渡し,これらを捨てながら付いて来るよう指示したので,そのとおりにしたこと,⑩コンビニエンスストアに行き,iに指示されてhのキャッシュカードで現金合計30万円を引き出して,キャッシュカードと共にiに渡した上で,自宅に戻り,後部座席に置かれていたゲーム機等が入った手提げ袋を自宅に持ち帰ったことなどを供述している。
しかし,この供述は,その内容自体,hと知り合った経緯や暴力団関係者との関係を聞いた経緯,iの指示により性交に至った経緯などについて,その場の状況に照らして不自然であるし,偶然出会った被告人にhを連れてくるよう指示したiが,被告人と連絡先を交換せず,連れてくる具体的な場所,時間すら指定していないことや,被告人がhを連れてくる理由をiに確認せず,hにも詳しい事情を確認しようとしていないこと,iが被告人を巻き込んでhを連れてこさせ,現金の引き出しをさせるなどしているのに,その面前で行った殺害行為は手伝わせず,口止めなどもしていないことなど,不自然で不合理な点が多い。
また,この供述内容は,前記のとおり,被告人のスニーカーによって印象されたと認められる足跡痕がh宅のリビング内に残されていたことや,部屋にあった通帳内側に手袋痕が残されていたことと矛盾するし,hが玄関を施錠せず,財布や手帳等を入れたかばんは部屋に残したまま,通帳,カードだけが持ち出されているという客観的状況や,訪問する予定であった交際相手のsに何ら連絡をせず,sからの安否を気遣う連絡にも全く応答しなかったこととも整合しない。
そして,h名義の口座から被告人が最初に現金を引き出した経緯についても,hがiに現金を渡すことを了承しているのであれば,h自身が引き出せばよいのであり,被告人が引き出すこと自体が不合理であり,その際にわざわざ着衣を替えて顔を隠すなどした理由についても,何ら合理的な説明ができていない。加えて,被告人は,iが林道でhを蹴ったり,足を持って路面を引きずったりしたとしているが,hの遺体にはこれと整合する損傷はみられないし,hが抵抗するため難航するであろう着衣の切断行為や,ビニール袋を頭部に二重にかぶせてきつく結ぶという行為を,被告人が述べるような短時間に行うのも現実的には不可能と考えら れる。
しかも,証拠によれば,被告人には当時ほとんど収入がなかったのに,同月15日に,被告人方から現金20万円が入った封筒が発見されており,その封筒は,被告人がh名義の口座から各20万円を引き出した現金自動預払機に備え付けられていた封筒と同種であること,同月11日に,同室内には前記20万円とは別に約18万円の現金があったこと,同日から翌日にかけて,被告人が父親に2万円を渡したり,翌日にかけて,スーツやゲーム機を購入するなど合計12万円余りを費消したことが認められる。これらの事実は,被告人が各窃盗行為後に引き出した現金を自分のものにしたということと整合的である一方で,被告人が,自身が所持していた現金について説明するところは極めて不自然で不合理である。
そして,被告人が述べるiなる人物につき,その名前や出入りしている暴力団組織,活動地域が具体的に特定され,車の車種やナンバー等も判明しているにもかかわらず,捜査機関が捜査しても該当する人物が見当たらなかったというのであるから,そもそもiなる人物が存在すること自体が極めて疑わしい。
このように,被告人の公判供述は,iが本件各犯行に関与していたとする点を含め,その内容自体が不自然,不合理である上,客観的な証拠関係とも齟齬しており,到底信用できない。
7 総括
したがって,被告人が,犯罪事実第3,第4記載のとおり住居侵入,強盗強姦,強盗殺人,窃盗の各犯行に及んだものと認められ,その他弁護人が種々主張するところを検討しても,この結論を左右するものはない。
(累犯前科)省略
(法令の適用)
罰 条
犯罪事実第1
住居侵入の点 刑法130条前段
強制わいせつの点 刑法176条前段
犯罪事実第2
住居侵入の点 刑法130条前段
強盗強姦の点 刑法241条前段
犯罪事実第3
住居侵入の点 刑法130条前段
強盗強姦の点 刑法241条前段
強盗殺人の点 刑法240条後段
犯罪事実第4
各行為について いずれも刑法235条
科刑上一罪の処理
犯罪事実第1について 刑法54条1項後段,10条
(住居侵入と強制わいせつとの間には手段結果の関係があるので,1罪として重い強制わいせつ罪の刑で処断)
犯罪事実第2について 刑法54条1項後段,10条
(住居侵入と強盗強姦との間には手段結果の関係があるので,1罪として重い強盗強姦罪の刑で処断)
犯罪事実第3について 刑法54条1項前段,後段,10条
(強盗殺人と強盗強姦は,1個の行為が2個の罪名に触れる場合であり,住居侵入と強盗殺人及び強盗強姦との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,結局以上を1罪として最も重い強盗殺人罪の刑で処断)
刑 種 の 選 択
犯罪事実第2 有期懲役刑を選択
犯罪事実第3 無期懲役刑を選択
犯罪事実第4の各罪 いずれも懲役刑を選択
累 犯 前 科
犯罪事実第1,第2,第4の各罪は,前記各前科との間でそれぞれ再犯
犯罪事実第1,第4の各罪 いずれも刑法56条1項,57条によりそれぞれ加重
犯罪事実第2 刑法56条1項,57条により,同法14条2項の制限内で加重
併合罪の処理 刑法45条前段,46条2項本文(無期懲役刑を選択した犯罪事実第3の罪の刑で処断し,他の刑を科さない。)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の処理 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,1週間に3度にわたり,深夜,一人暮らしの女性宅に不法に侵入し,各被害者に暴行,脅迫を加えて反抗を抑圧した上で,それぞれ強制わいせつ(犯罪事実第1),強盗強姦(同第2),強盗殺人・強盗強姦(同第3)の各犯行に及び,さらに,犯罪事実第3の犯行で強取したキャッシュカードを3回にわたり使用してATMから現金合計50万円を引き出して窃取した(同第4),という事案である。
一連の犯行は短期間のうちに連続して行われており,被告人の性犯罪の常習性は顕著であるし,準備した刃物を使用して被害者を脅迫し,軍手を着用するなど,各犯行には計画性が認められる。被告人は,金銭欲や性欲を満たすために,弱い立場にある女性を対象にしてこのような凶行を繰り返したもので,その動機と経緯は身勝手かつ卑劣で強い非難に値する。そして,被告人は,同種の犯行を繰り返す中で,その態様をエスカレートさせ,犯罪事実第3では,被害者を殺害するに至っている。その態様は,被害者を無理矢理居室から連行し,服を切り裂くなどして強姦した上で,頭部にビニール袋を二重にかぶせてきつく縛り,窒息し絶命するまで苦しんでいたであろう被害者に対し,ビニール袋が外されないよう身体を押さえるなどして殺害し,全裸の遺体を林道の路肩に放置して逃走したという冷酷で非情なものであり,被害者が受けた屈辱感,恐怖,苦痛,そして無念の思いは察するに余りある。各犯行の結果,1名の被害者の尊い生命が奪われるという取り返しのつかない重大な結果が生じたばかりか,性的被害によって各被害者は大きな精神的苦痛を受けており,また,犯罪事実第2ないし第4により生じた財産的被害も軽視できない。殺害された被害者を含め,各被害者が被害に遭ういわれはなく,最愛の娘を奪われ,無惨な姿で遺体が発見されることとなった犯罪事実第3の被害者の両親が被告人に極刑を望み,性的被害を受けた犯罪事実第1,第2の被害者が被告人に対する厳しい処罰感情を示すのも当然といえる。そして,犯罪事実第1ないし第3の各犯行は短期間に連続して同一地域で行われたものであり,周辺住民に与えた不安等も大きかったといえる。
被告人は,被害者や遺族の感情をおよそ思い遣ることなく,本件各犯行につき関与を否定したり,あるいは架空の第三者を犯人に仕立て上げ,被害者が任意で性交に応じたかのように供述するなど,不合理な弁解に終始して自己の刑責を免れることに汲々としており,反省の態度が全くみられない。また,被告人は,窃盗罪により服役した前科があるのに,出所後1年3か月を経ずに本件各犯行に及び,その中で前記のとおり態様をエスカレートさせていることや,法廷での供述態度が前記のとおりであることからすれば,被告人には,法を遵守し,他者を思い遣るという姿勢が欠けているといわざるを得ない。被告人がその姿勢を改め,自己の犯した犯罪の重大性や,被害者,あるいはその遺族に与えた影響の大きさを理解しようと努力し,これに真に向き合わない限り,更生の見込みは乏しいというほかない。
以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重く,酌量減軽すべき事情があるとは到底いえない。他方,同種事案における量刑傾向をも勘案すると,殺害された被害者の人数に加え,犯罪事実第3の犯行について,当初から殺害を考えて犯行に及んだとまでは認められず,被害者を連行した後の犯行については計画性が高いとは言いがたいこと,同種の犯罪による長期の服役前科がないことなどに照らし,死刑を選択するにはなお躊躇を覚えるところであり,被告人に対しては,無期懲役をもって臨むのが相当である。
(求刑 無期懲役)
(裁判長裁判官 稗田雅洋 裁判官 水上周 裁判官 鈴木真耶)