千葉地方裁判所 平成23年(行ウ)39号 判決 2012年9月28日
主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
処分行政庁が,原告に対して,平成23年7月29日付けでした,平成23年度認知症対応型共同生活介護事業者募集への応募に対して「否」とした決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,平成23年度認知症対応型共同生活介護事業者の募集に応募したのに対し,処分行政庁がこれを拒否する決定をしたのは違法であるとして,被告に対し,同決定の取消しを求めた事案である。
1 前提事実
(1) 原告は,印西市において,診療所及び介護老人保健施設を経営する医療法人社団である(甲10の5)。
(2) 被告は,平成23年6月1日,認知症対応型共同生活介護事業者の募集(以下「本件募集」という。)をした。募集する施設等は以下のとおりである。(甲1)
ア 施設名称 認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
イ 施設数 1
ウ 定員数 18人(2ユニット)
エ 日常生活圏域 印西市内全圏域
(3) 原告は,同月27日,必要書類を添付して本件募集に応募した(甲2)。
(4) 被告は,同年7月14日,印西市地域密着型サービス拠点等整備事業者選考審査会(以下「本件審査会」という。)を開き,本件募集の応募者について審査をした(乙3)。
(5) 処分行政庁は,同月29日,原告の応募について,「否」という決定(以下「本件決定」という。)をして,これを原告に通知した(甲3)。
2 争点及び当事者の主張
(1) 本案前の争点 本件決定の処分性の有無
(原告)
印西市では,本件審査会で事業予定者として決定した以外の事業者は,指定地域密着型サービス事業者の指定(平成23年法律第37号による改正前の介護保険法(以下「介護保険法」という。)78条の2第1項)をされないこととなっている。したがって,本件決定により,原告は同指定を受けられないこととなるのであるから,本件決定には処分性が認められる。
(被告)
本件審査会で事業予定者として決定されたのみでは,何ら具体的な法的権利義務関係は発生しない。事業予定者は,改めて介護保険法に基づく指定地域密着型サービス事業者の指定の申請を行い,市町村長による指定によって,指定地域密着型サービス事業者となり,地域密着型介護サービス費の支給を求めることができる。したがって,本件決定は,法的権利義務関係を生じさせるものではないので,処分性は認められない。
(2) 本案の争点 本件決定の適法性
(原告)
本件審査会は,審査項目に対する知識,見識がない審査員が構成員の過半数を占めている。本件審査会の審査が行われる前に,本件審査会の構成員である印西市役所健康福祉部介護福祉課課長D(以下「D」という。)が,立地条件として北部圏域のEが最適であるなどと,結果を誘導するような発言をしており,本件決定は,この発言の影響を受けた恣意的な審査に基づくものであり,違法である。
(被告)
本件審査会は,印西市地域密着型サービス拠点等整備事業者選考審査会設置要綱(以下「本件要綱」という。)に基づいて適正に組織されたものであり,本件募集の応募者についても,選考審査表に基づいて適正かつ公正に審査をした。Dが原告主張の発言をした事実はなく,本件決定は適法である。
第3当裁判所の本案前の争点に対する判断
1 本件に係る法令等の定めは次のとおりである。
(1) 指定地域密着型サービス事業者の指定について
ア 市町村は,要介護被保険者が,当該市町村の長が指定する者(以下「指定地域密着型サービス事業者」という。)から当該指定に係る地域密着型サービス事業を行う事業所により行われる地域密着型サービス(以下「指定地域密着型サービス」という。)を受けたときは,当該要介護被保険者に対し,当該指定地域密着型サービスに要した費用について,地域密着型介護サービス費を支給する(介護保険法42条の2第1項)。
イ 指定地域密着型サービス事業者の指定は,厚生労働省令で定めるところにより,地域密着型サービス事業を行う者の申請により,地域密着型サービスの種類及び当該地域密着型サービスの種類に係る地域密着型サービス事業を行う事業所ごとに行い,当該指定をする市町村長がその長である市町村の行う介護保険の被保険者に対する地域密着型介護サービス費及び特例地域密着型介護サービス費の支給について,その効力を有する(同法78条の2第1項)。
ウ 印西市では,印西市指定地域密着型サービス事業所及び指定地域密着型介護予防サービス事業所の指定等に関する規則が定められ,介護保険法施行規則131条の6で定めるもののほか,指定地域密着型サービス事業者の指定の申請に際し,必要な添付書類として,事業所の外観及び各室の様子のわかる写真,建築基準法7条5項の規定による検査済み証の写し等を定めている(甲10の1)。
エ 厚生労働大臣は,介護保険事業に係る保険給付の円滑な実施を確保するための基本的な指針(以下「基本指針」という。)を定めるものとし(介護保険法116条1項),市町村は,基本指針に即して,三年を一期とする当該市町村が行う介護保険事業に係る保険給付の円滑な実施に関する計画(以下「市町村介護保険事業計画」という。)を定めるものとされている(介護保険法117条1項)。
認知症対応型共同生活介護につき指定地域密着型サービス事業者の指定の申請があった場合において,当該市町村又は当該申請に係る事業所の所在地を含む区域(以下「日常生活圏域」という。)における当該地域密着型サービスの利用定員の総数が,当該市町村が定める市町村介護保険事業計画において定める当該市町村又は当該日常生活圏域の当該地域密着型サービスの必要利用定員総数に既に達しているか,又は当該申請に係る事業者の指定によってこれを超えることになると認めるとき,その他の当該市町村介護保険事業計画の達成に支障を生ずるおそれがあると認めるとき,市町村長は,指定地域密着型サービス事業者の指定をしないことができる(同法78条の2第5項4号)。
市町村長は,指定を行おうとするとき又は同法78条の2第5項4号の規定により指定をしないこととするときは,あらかじめ,当該市町村が行う介護保険の被保険者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない(同法78条の2第6項)。
(2) 公的介護施設等の整備について
ア 市町村は,厚生労働大臣が定める公的介護施設等の整備に関する基本方針に基づき,当該市町村における公的介護施設等の整備に関する計画(以下「市町村整備計画」という。)を作成することができる(地域における公的介護施設等の計画的な整備等の促進に関する法律(以下「整備促進法」という。)4条1項)。
イ 市町村整備計画は,介護保険法117条1項に規定する市町村介護保険事業計画と調和が保たれたものでなければならない(整備促進法4条3項)。
ウ 国は,市町村に対し,市町村整備計画に基づく認知症高齢者グループホーム等の地域密着型サービスの拠点の施設等を整備する事業の実施に要する経費に充てるため,公的介護施設等の整備の状況その他の事項を勘案して,予算の範囲内で,交付金を交付することができる(整備促進法5条2項,同法施行規則7条4号,5号,地域介護・福祉空間整備等施設整備交付金及び地域介護・福祉空間整備推進交付金実施要綱(以下「交付金要綱」という。)第2(5)ア)。
2 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告は,第4期印西市高齢者福祉計画及び介護保険事業計画(平成21年度~平成23年度。以下「事業計画」という。乙2別紙5)を策定し,認知症対応型共同生活介護(グループホーム)について,平成23年度に1施設,定員18名の施設整備を計画した(乙2別紙5)。これを受けて,被告は,平成23年度印西市地域介護・福祉空間整備計画(以下「整備計画」という。乙2別紙6)を策定し,認知症高齢者グループホーム1か所(定員18人)を整備することを目標とした(乙2別紙6)。
(2) 被告は,平成18年度の整備計画に基づき,地域密着型サービス拠点施設又は介護予防拠点施設を整備する民間事業者等を適正に選考するため,本件審査会を設置した(本件要綱1条・乙1)。
(3) 被告における指定地域密着型サービス事業者の指定は,以下の順序ですることとされている(乙2別紙8)。
まず,認知症対応型共同生活介護(グループホーム)事業予定者の募集がされ,応募者は,本件審査会により審査され,事業予定者が決定される。その後,指定地域密着型サービス事業者の指定の申請の受付が始まり,審査がされる。審査は,書類審査に加え,印西市地域密着型サービス運営協議会の意見を聴取した上で,市長による指定及びその通知がされ,千葉県知事へ指定が報告された後に,実際にサービスの提供が開始される。
3 そこで,本件決定の処分性を検討する。
(1) 行政事件訴訟法3条2項に定める取消訴訟の対象となる行政処分とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解するのが相当である(最高裁昭和39年3月19日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。
(2)ア 介護保険法は,同法78条の2第5項4号の規定により指定をしないこととするときは,あらかじめ,関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない(同法78条の2第6項)旨規定しているが,上記2(3)によれば,印西市地域密着型サービス運営協議会の意見聴取がこの必要な措置に該当するのであって,申請より前になされる本件審査会及び本件決定が,これに該当するとは考えがたい。その他,上記指定を行うことにつき同申請に係る手続とは別に,本件審査会における審査及び事業予定者の決定のような事前の手続を行うことができる旨定めた法令は存在していない。
イ そもそも,本件審査会は整備促進法に基づく整備計画を実行するために本件要綱により設置されたものであって,本件審査会における審査及び事業予定者の決定は,整備計画に沿った事業を行うことができる事業者を選定するために設けられた手続にすぎず,介護保険法所定の指定地域密着型サービス事業者の指定の前提として設けられたものではない。
その各手続を見ても,前記1(1)ウ,エ,2(2)及び証拠(甲2,乙1)によれば,本件審査会の審査は,整備計画に基づいて遺漏なく事業を行うことができるかという観点から行われ,それを踏まえて被告が整備事業者を決定するものであって,指定地域密着型サービス事業者の指定とは,要件も審査の資料も異なっていることが認められる。
ウ 前記のとおり,整備促進法4条3項は,整備計画は事業計画と調和の保たれたものでなければならないと規定しているが,上記の点を踏まえると,その趣旨は,整備促進法が介護保険法所定のサービス等を提供する施設等の整備を促進する目的を有する(整備促進法1条)ことから,両計画の間に齟齬があってはならないとの当然のことを定めたにすぎず,整備促進法の手続により選定した事業予定者に介護保険法の指定を付与するような扱いを認めたものとは到底解されない。また,整備計画はもとより,介護保険法上の事業計画についても,国民に対する関係で法的拘束力を与えることを規定した条項はなく,介護保険法は,指定申請のあった認知症対応型共同生活介護の当該市町村又は当該日常生活圏域における利用定員の総数が,当該市町村又は当該日常生活圏域において事業計画で定める上記各サービスの必要利用定員総数に既に達している場合等でも,当該申請に係る事業者の「指定をしないことができる」と規定しているにとどまり(介護保険法78条の2第5項),常に事業者の指定が許されないとはしていないのであるから,事業計画に法的拘束力があるとは解されない。そうすると,整備促進法4条3項も本件決定に介護保険法上の事業者の指定に対する何らの効力を付与するものではないというべきであり,そのことは,職業選択の自由(憲法22条1項)の尊重にも沿うものである。
エ さらに,本件決定が国民の権利義務を形成する等の効果を有するかをみるに,確かに,被告における指定地域密着型サービス事業者の指定の申請に至る手順として,本件審査会における審査及び事業予定者の決定を経る扱いとされており,本件審査会の審査及び事業予定者の決定に際しては,事実上,応募者が指定地域密着型サービス事業者としての適性を有するかについても考慮されていることがうかがわれる。
しかし,上記のとおり,本件審査と介護保険法上の事務の指定とでは,要件や資料が異なっており,本件審査において整備事業者に選定されなかったとしても,介護保険法上の指定を受けられないことにはならないはずであり,また,事業予定者との決定を受けた事業者であっても,必ずしも指定を受けることができることにはならない。さらにいえば,被告も,本件決定がなされても,介護保険法に基づく指定地域密着型サービス事業者の指定の申請権が存することを認めている。
そうすると,上記扱いは,単なる事実上の便宜供与として,事業予定者に選定されなければ,介護保険法上の事業者の指定も受けられないであろうとの予測を可能とさせることにより,無駄な申請を回避するきっかけを与えるにすぎないものと解され,原告が介護保険法上の事業者の指定を受けるべく申請し,同法に基づく審査を受け,指定の可否の処分を受ける機会を奪うものではない。
ところで,指定の申請に際し,事業所の写真や建築基準法7条5項の規定による検査済証等の提出が必要であり,施設の建築等の投資をしなければ申請をすることができないところ,原告は,本件決定を争うことができないとすると,指定拒否がされる蓋然性が高い中で施設の建築等の多額の投資をしなければならないことになる旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件決定が介護保険法上の事業者の指定の可否に対して影響を及ぼしうるとの法令上の根拠が何ら存在しない以上,仮に,原告が,事業計画に沿ったものとなりうる時期に,即ち,他者により,本件の施設に係る介護保険法上の事業者の指定の申請がなされていない間に同申請を行えば,同法の規定に沿って審査が行われ,適切に判断がなされる結果,同指定が受けられる蓋然性があるというべきであり,指定拒否がされる蓋然性が高いとはいえない。
したがって,原告の主張は上記判断を左右するものではない。
(3) 以上によれば,本件募集に応募した事業者は,たとえ処分行政庁から事業予定者の決定がされなかったとしても,これによって,その権利又は法律上の地位が侵害されるということはなく,また,指定の申請をすることを妨げられるものでもないということができる。
そうすると,本件決定は,原告の権利義務又は法律上の利益に特段の影響を及ぼすものとはいえないから,取消訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである。
4 よって,本件訴えは,不適法である。
5 なお,本件審査会は,Dの外に健康福祉部長,健康福祉部社会福祉課長,市民部国保年金課長等が構成員となり(乙2別紙1),各構成員が審査表に沿って点数をつける方法により採点をしていることが認められる(甲6,乙3)が,各審査員の採点がDの影響を受けたものであり,恣意的で違法な審査であると認めるに足りる証拠はないので,原告の請求には理由がないというべきである。
第4結論
以上によれば,本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 多見谷寿郎 裁判官 大谷太 裁判官 石見美湖)