千葉地方裁判所 平成24年(レ)94号 判決 2012年7月06日
控訴人
Y
被控訴人
X1他2名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人X1に対し、一万九八〇〇円及びこれに対する平二〇年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人は、被控訴人X2株式会社に対し、七万六五五〇円及びこれに対する平成二〇年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被控訴人X3は、控訴人に対し、六万〇五六七円及びこれに対する平成二〇年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被控訴人X1、被控訴人X2株式会社及び控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を被控訴人らの、その余を控訴人の負担とする。
七 この判決は、第二ないし四項及び六項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人X1(以下「被控訴人X1」という。)及び被控訴人X2株式会社(以下「被控訴人保険会社」という。)の請求をいずれも棄却する。
三 被控訴人X3(以下「被控訴人X3」という。)は、控訴人に対し、一〇万六〇〇五円及びこれに対する平成二〇年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、控訴人が所有し運転する普通乗用自動車(以下「控訴人車両」という。)と被控訴人X1が保有し被控訴人X3が運転する普通乗用自動車(以下「被控訴人車両」という。)との間に発生した交通事故について、
(1) 被控訴人X1が、上記交通事故が発生したのは、控訴人が進路変更をする際に右横及び右後方の確認を怠った過失によると主張して、控訴人に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、自動車の修理代金の一部(被控訴人保険会社との車両保険契約に基づき支払われた保険金を控除した残金)等の損害金三万三〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成二〇年二月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を(松戸簡易裁判所平成二四年(ハ)第二七九号(以下「甲事件」という。))、
(2) 被控訴人保険会社が、控訴人の前記(1)の過失により発生した被控訴人X1保有の自動車の修理代金について、同人と締結していた車両保険契約に基づき同人に対して免責金額である三万円を控除した一二万七五八四円の保険金を支払い、これにより、被控訴人X1の控訴人に対する不法行為による損害賠償請求権を上記保険金額の限度で取得したと主張して、同請求権に基づき、損害金一二万七五八四円及びこれに対する上記保険金支払日の翌日である平成二〇年三月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を(松戸簡易裁判所平成二四年(ハ)第二八〇号(以下「乙事件」という。))、
(3) 控訴人が、上記交通事故が発生したのは、被控訴人X3が通行を禁止されているゼブラゾーンを通行し、かつ、前方を注視しなかった過失によると主張して、被控訴人X3に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、自動車の修理代金等の損害金一五万一四三五円及びこれに対する不法行為の日である平成二〇年二月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を(松戸簡易裁判所平成二四年(ハ)第二二〇五号(以下「丙事件」という。))、
それぞれ求める事案である。
原審が、被控訴人X1の請求を二万三一〇〇円及びこれに対する遅延損害金の限度で(甲事件)、被控訴人保険会社の請求を八万九三〇八円及びこれに対する遅延損害金の限度で(乙事件)、控訴人の請求を四万五四三〇円及びこれに対する遅延損害金の限度で(丙事件)それぞれ認容し、その余の各請求をいずれも棄却したところ、控訴人は、被控訴人X1及び被控訴人保険会社の請求全部の棄却及び控訴人の被控訴人X3に対する請求全部の認容を求めて本件控訴を提起した。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実、当事者が争うことを明らかにしない事実及び各項末尾に掲記の各証拠により容易に認めることができる事実)
(1) 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
ア 日時 平成二〇年二月一〇日午後〇時五〇分頃
イ 場所 千葉県柏市若葉二七六番地一地先の、千葉県柏市十余二方面から柏の葉キャンパス駅・同市大室方面に向かう道路上(甲イ二、乙二。以下「本件事故現場」という。)
ウ 関係車両
(ア) 被控訴人車両(甲イ三、弁論の全趣旨)
車両番号「ナンバー<省略>」の自家用普通乗用自動車である。
被控訴人X1が、ネッツトヨタ千葉株式会社との間で所有権留保特約付き売買契約を締結して引渡しを受けたものであり、自己の占有下で自由に使用収益している。
本件事故当時は、被控訴人X3が運転していた。
(イ) 控訴人車両(丙二)
車両番号「ナンバー<省略>」の自家用普通乗用自動車である。
控訴人が所有し、本件事故当時も、控訴人が運転していた。
エ 本件事故現場の状況
本件事故現場付近の概要は、別紙現場見取図記載のとおりである(同図記載の数字の単位は、いずれもメートル)。本件事故現場は、信号機による交通整理が行われている同図記載の交差点(以下「本件交差点」という。)の手前の道路(以下「本件道路」という。)上である。
本件道路は、千葉県道四七号線から丁字路交差点で分岐して北上しつくばエクスプレス柏の葉キャンパス駅東口方面に至る道路であり、片側二車線分の幅員があるが、上記県道から分岐してすぐに第二車両通行帯に相当する部分には導流帯の標示が施され、その上にガードレールが設置されている(甲イ一〇、乙二、七、弁論の全趣旨)。ガードレールは、上記箇所から本件交差点の手前約一二〇メートルまでの区間のみ設置されているが(甲イ一一、弁論の全趣旨。以下「本件ガードレール設置区間」という。)、導流帯の標示は本件交差点の約五〇メートル手前まで続いており(乙二。以下「本件ゼブラゾーン」という。)、本件道路を通行する車両は、第一車両通行帯に相当する部分(以下「本件一車線部分」という。)を走行するように誘導されている。
本件交差点手前には、直進及び左折の標示がある第一車両通行帯(以下「本件左側車線」という。)と直進のみの標示がある第二車両通行帯(以下「本件右側車線」という。)の二車線が設けられており、本件ゼブラゾーンから本件右側車線に移行する本件交差点から約五〇メートル手前から約三〇メートル手前までの約二〇メートルにわたる区間(以下「本件移行区間」という。)は、本件一車線部分方向から本件右側車線方向に向けて、本件ゼブラゾーンが徐々に減少するように標示されている。
オ 本件事故の態様
被控訴人車両及び控訴人車両はいずれも柏市十余二方面から柏の葉キャンパス駅・同市大室方面に進行していたところ、前記の本件移行区間付近において、本件一車線部分から本件右側車線に進行しようとした控訴人車両の右前方と、本件ゼブラゾーンから本件右側車線に進行しようとした被控訴人車両の左後方が衝突した(ただし、本件事故現場に至るまでの被控訴人車両の通行箇所及び具体的な衝突地点については、当事者間に争いがある。)。
(2) 保険金の支払による請求権代位
ア 被控訴人X1は、被控訴人保険会社との間で、平成一九年一一月四日、次の内容で自動車損害保険契約を締結した(甲ロ一。以下「本件保険契約」という。)。
(ア) 被保険自動車 被控訴人車両
(イ) 保険期間 平成一九年一一月四日から平成二〇年一一月四日まで
(ウ) 保険金額 一七五万円(ただし、免責三万円)
(エ) 保険内容 車両保険
イ 被控訴人保険会社は、被控訴人X1に対し、平成二〇年三月二七日、本件保険契約に基づき、保険金一二万七五八四円を支払った(甲ロ二)。
二 争点
(1) 事故態様
(2) 過失割合
(3) 保険代位により被控訴人X1から被控訴人保険会社に移転した請求権額
(4) 被控訴人X1の損害額
(5) 控訴人の損害額
(6) 示談契約の成立の有無
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(事故態様)について
ア 被控訴人らの主張
被控訴人X3は、被控訴人車両を運転して、本件ゼブラゾーンを進行していたところ、本件交差点の本件左側車線に、赤信号のため、路線バス(以下「本件バス」という。)が停止しているのを発見した。被控訴人X3は、本件ゼブラゾーンから本件右側車線にそのまま進入しようと考え直進したところ、本件ゼブラゾーンの終端から約一五メートルほど進行した箇所で、本件左側車線から車線変更してきた控訴人車両と衝突し、本件事故が発生した。
控訴人が右方向指示器を作動させ始めたのは、被控訴人車両が控訴人車両と並ぶ位置に来た時であった。
イ 控訴人の主張
控訴人は、控訴人車両を運転して、本件バスの直後を進行していたところ、本件交差点を直進するために右側車線に進路変更しようと考え、本件移行区間の手前から右方向指示器を作動させた。控訴人が右方向指示器を作動させていた時間は約三秒である。控訴人は、右方向指示器を作動させた際、ルームミラー及び右ドアミラーで右後方を確認したが、被控訴人車両を含め、本件ゼブラゾーンを走行する自動車はなかった。
控訴人は、本件ゼブラゾーンの標示に沿って、本件右側車線への進路変更を開始したが、その直前に再度ルームミラー及び右ドアミラーで右後方を確認したところ、初めて被控訴人車両を発見した。被控訴人車両は、控訴人車両が上記のとおり本件右側車線に進路変更しようとしているにもかかわらず、これを追い越そうとして控訴人車両の右側を強引に走行してすり抜けようとし、制限速度を超過する高速度で走行してきた。
控訴人は、衝突の危険を感じたためすぐに左にハンドルを切ったが避けきれず、本件事故が発生した。
(2) 争点(2)(過失割合)について
ア 被控訴人らの主張
(ア) 控訴人には、本件左側車線から本件右側車線に進路変更するに当たり、進路変更先である右側を確認すべき義務があるのに、これを怠り、十分な安全確認をしないまま漫然と進路変更をした過失がある。
(イ) 控訴人の主張(ア)は争う。
本件事故が発生したのは、本件ゼブラゾーンの終端から約一五メートルも本件右側車線上を進行した箇所であり、被控訴人X3が本件ゼブラゾーンを走行していたために本件事故が発生したとはいえない。また、被控訴人X3が、控訴人車両等を追い越そうと、強引に本件ゼブラゾーンを走行したことはない。
(ウ) 本件事故は、控訴人の一方的な過失により発生したのであるから、被控訴人X3の過失割合が三割を超えることはない。
イ 控訴人の主張
(ア) 被控訴人X3は、導流帯部分の自動車走行が禁止されているにもかかわらず、本件ゼブラゾーンを走行し、また、同人には、導流帯部分の終端においては、導流帯部分の標示に沿って進路変更してくる車両と接触しないよう、前方を注視して走行する義務があるのに、これを怠り、本件一車線部分及び本件左側車線を走行していた本件バスや控訴人車両を追い越そうと、被控訴人車両の前方に進路変更しようとしていた控訴人車両の動静を注視せずに進行した過失がある。
(イ) 被控訴人らの主張(ア)は争う。
控訴人は、本件移行区間の手前から右方向指示器を作動させて、本件ゼブラゾーンに沿って本件右側車線に進路変更をしようとしたところ、右方向指示器を作動させる時に、右ドアミラーで右後方に車両がいないことを確認した。進路変更を開始する時にも、右ドアミラーで右後方を確認したが、その時に初めて被控訴人車両を発見したのであって、控訴人が、本件事故の主たる責任を負う理由はない。
(ウ) 本件事故の発生には、被控訴人X3が、自動車走行が禁止されている本件ゼブラゾーンを走行し、かつ、前方を注視しなかった過失が相当程度寄与しているのであるから、控訴人の過失割合は、被控訴人X3のそれよりも大きくなることはなく、四割を超えることはない。
(3) 争点(3)(請求権代位により被控訴人X1から被控訴人保険会社に移転した損害賠償請求権額)について
ア 被控訴人保険会社の主張
被控訴人保険会社は、被控訴人X1に対し、平成二〇年三月二七日、本件保険契約に基づき保険金一二万七五八四円を支払ったのであるから、請求権代位により、被控訴人X1の控訴人に対する損害賠償請求権である一五万七五八四円のうち同額部分を取得した。
イ 控訴人の主張
事実は不知、主張は争う。
(4) 争点(4)(被控訴人X1の損害額)について
ア 被控訴人X1の主張
被控訴人X1は、本件事故により、次の損害を被った。
(ア) 車両修理費の一部 三万〇〇〇〇円
被控訴人車両の修理費は一五万七五八四円であるが、うち一二万七五八四円は被控訴人保険会社から保険金として受領したから、被控訴人X1が損害賠償を請求する額は保険金額を控除した三万円である。
(イ) 弁護士費用 三〇〇〇円
合計 三万三〇〇〇円
イ 控訴人の主張
不知。
(5) 争点(5)(控訴人の損害額)について
ア 控訴人の主張
控訴人は、本件事故により、次の損害を被った。
(ア) 車両修理費 一三万七六六八円
(イ) 弁護士費用 一万三七六七円
合計 一五万一四三五円
イ 被控訴人X3の主張
不知。
(6) 争点(6)(示談契約の成立の有無)について
ア 控訴人の主張
被控訴人X1及び同X3が示談交渉を委任した被控訴人保険会社は、控訴人に対し、本件事故から約一か月後、本件事故を自損自弁で解決することはできないかと申し入れてきたので、控訴人は、これを了承した。
したがって、本件事故に関する損害賠償は、上記示談契約の成立により消滅した。
イ 被控訴人らの主張
否認ないし争う。
被控訴人X1及び同X3は、自損自弁による解決を了承しておらず、そのような内容の示談契約は成立していない。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、被控訴人X1、同保険会社及び控訴人の各請求を、本判決主文第二ないし四項の限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。
一 争点(1)(事故態様)について
(1) 前記前提事実に加え、証拠(甲イ四、イ九ないし一一、乙二、四ないし七、原審における被控訴人X3供述、原審における控訴人供述。ただし、甲イ九ないし一一、乙四、六、原審における被控訴人X3供述及び原審における控訴人供述は、いずれも下記認定に反する部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(後記(2)ないし(6)は、事実認定に関する補足説明である。)。
ア 被控訴人X3は、被控訴人車両を運転し、控訴人車両の直後を追随して本件一車線部分を走行していた。控訴人車両の前には、本件バスが走行していた。
イ 被控訴人X3は、前方の本件交差点の信号が赤色灯火で、本件バスが本件左側車線上に停止しているのが見え、本件一車線部分を走行する前方車両の速度が低下してきたため、本件右側車線に入り本件交差点で本件バスを追い越し前方に出ようと考え、本件ガードレール設置区間の終端に至った付近から、本件ゼブラゾーン上に進路を変更し、本件ゼブラゾーンを走行していた。この時の被控訴人車両の走行位置は、控訴人車両から見て右後方の辺りであった。
ウ 他方、控訴人は、本件交差点を直進するに当たり、本件ゼブラゾーンの外側線に沿って本件右側車線に進入しようと考え、本件移行区間の手前で右方向指示器を作動させた。控訴人は、この時、ルームミラーで後方を確認したが、被控訴人車両に気付かなかった。また、控訴人は、本件ゼブラゾーンを走行する自動車はないはずであると考えていたこともあり、右ドアミラーや目視では右横及び右後方を確認しなかった。
エ 控訴人は、右方向指示器を作動させてから約三秒後、本件移行区間の本件ゼブラゾーンの標示に従って、本件右側車線方向に進路変更を開始した。控訴人は、この時も、ルームミラーで後方を確認したが、被控訴人車両に気付かなかった。また、控訴人は、この時も、右ドアミラーや目視では右横及び右後方を確認しなかった。
オ 被控訴人X3は、本件交差点の赤色灯火のために減速していた本件一車線部分及び本件左側車線を走行している自動車よりも速い速度で、それらの自動車を追い抜きながら本件ゼブラゾーンを走行し続け、そのまま本件右側車線に直進し進入し始めた。被控訴人X3は、この時、控訴人車両が右方向指示器を作動させていることに気付かなかった。
カ 控訴人は、前記エのとおり、進路変更を開始した直後、被控訴人車両が控訴人車両とほぼ並ぶ位置を走行していることに気付き、衝突を避けるためにハンドルを左方向に転把しようとしたが、間に合わず、被控訴人車両のほうが速かったため、控訴人車両の右前部と被控訴人車両の左後部が衝突し、破損した。
(2) 控訴人は、本件移行区間の手前で右方向指示器を作動させた際及び進路変更開始直前に、いずれも、ルームミラー及び右ドアミラーで右後方を確認したと主張し、控訴人の陳述書(乙六)及び原審における控訴人本人尋問の結果中にも、同主張に沿う部分がある。
しかし、控訴人は、原審における本人尋問においては、主尋問、反対尋問及び補充尋問において繰り返し質問される度に、本件移行区間の手前で右方向指示器を作動させた際及び進路変更開始直前に、いずれも、ルームミラーで右後方を確認した、ルームミラーにより右後方の状況は十分確認することができる旨供述し、再主尋問において確認されるまでは、ドアミラーで確認したとは供述していなかったことに照らし、上記各証拠部分を採用することはできず、他に、控訴人が右ドアミラーで右後方を確認したと認めるに足りる証拠はない。
また、控訴人は、原審における本人尋問において、本件ゼブラゾーンを走行する車両はないものと考えていたこともあり、右後方を目視で確認することはしなかった旨供述している。
以上によれば、控訴人は、本件移行区間の手前で右方向指示器を作動させた際及び進路変更開始直前に、ルームミラーで後方の状況を確認したが、目視及び右ドアミラーによる右横及び右後方の確認はしなかったものと認められる。
(3) 控訴人は、本件移行区間の手前で右方向指示器を作動させた際及び進路変更開始直前に、右後方の状況を確認したが、本件ゼブラゾーンを走行する自動車はなかったから、被控訴人車両は、控訴人が上記各確認をした後に、本件ゼブラゾーンに進入し、進路変更をしようとしている控訴人車両を無理に追い越した旨主張する。
しかし、前記(2)のとおり、控訴人はルームミラーのみを用いて後方確認をしたものと認められるところ、ルームミラーでは、後部座席や車体後部の窓やフレーム等が視界の妨げになり、特に右斜め後方は死角になりやすいから、控訴人が後方確認をした際に被控訴人車両に気付かなかった事実は、被控訴人車両が本件ガードレール設置区間の終端付近から本件ゼブラゾーンを走行していたとの前記(1)イの認定を妨げるものではない。
そして、被控訴人X3が、控訴人車両を追い越そうとしていたとしても、車線変更をしようとしている控訴人の直前において、突如、本件ゼブラゾーンに進入して控訴人車両を追い越すというのは、本件事故における両車の衝突・破損箇所に照らして不自然であること、他方、被控訴人X3は、原審における同人の本人尋問において、被控訴人X3は、本件交差点を直進する予定であったが、本件一車線部分を走行していると、本件交差点で左折する本件バスの左折待ちをすることになるので、これを避けるために本件ゼブラゾーンを走行したと供述するところ、同供述は自然であることも総合すると、控訴人の上記主張を採用することはできない。
(4) 控訴人は、被控訴人X3は、制限速度を超過する高速度で進行していたと主張し、控訴人は、原審における本人尋問において、自車の速度が約時速三〇キロメートルであり、被控訴人車両の速度が約時速四〇キロメートルであった旨供述する。
しかし、控訴人の供述する上記速度は、制限速度を超過する高速度とはいえず、他に、被控訴人が制限速度を超過する高速度で進行していたと認めるに足りる証拠はない。
(5) 被控訴人らは、控訴人が右方向指示器を作動させたのは、被控訴人車両が控訴人車両と並んだ時点である旨主張し、被控訴人X3の陳述書(甲イ一一)には、控訴人車両を追い越した後、控訴人車両が合図を出し始めたのが目に入った旨の記載がある。
しかし、被控訴人X3は、原審における同人の本人尋問において、控訴人車両が合図を出していたのは、被控訴人車両に同乗していた同人の娘から聞いたことであり、控訴人車両が合図を出したことも進路変更してきたことも、自らは見ていない旨上記陳述書の記載と異なる供述をしていること、控訴人は、本件右側車線に進路変更するに先立ち、右方向指示器を作動させた旨主張し、原審における同人の本人尋問においても、これに沿う供述をするところ、同供述の内容は、自動車運転における一般的な進路変更の方法に沿うものであって合理的であり、供述に不自然なところはないことからすると、被控訴人X3の陳述書の上記記載及び同人の上記供述をいずれも採用することはできず、控訴人は、その主張のとおりに、右方向指示器を作動させたものと認めるのが相当である。
(6) 被控訴人らは、本件事故が発生した地点は、本件ゼブラゾーンの終端から一五メートルほど本件交差点方向に進行した本件右側車線上であると主張する。
しかし、控訴人は、本件移行区間に至り、本件ゼブラゾーンの標示に従って本件右側車線方向に進路変更し始めたと主張し、原審における同人の本人尋問においても、これに沿う供述をするところ、同供述内容は、自動車運転における一般的な進路変更の方法に沿うものであって、合理的かつ自然である。そして、控訴人車両の右前方と被控訴人車両の左後方が衝突していること、被控訴人X3も、本件ゼブラゾーン上を走行していたときは、道路標示の白線塗料の厚みで被控訴人車両の下部からがたがたと音がしていたが、本件事故の発生は、その音がなくなった直後である旨供述していることからすると、本件事故の発生地点は、本件移行区間上の、本件ゼブラゾーンの減少が始まってすぐの地点であると認められる。
なお、物件事故報告書(甲イ二)の発生状況略図は、本件事故現場の概要及び事故当事者車両の位置関係などの大雑把な略図にとどまる上、その作成根拠は明らかではなく、同略図により、本件事故の発生地点を特定することは困難である。
二 争点(2)(過失割合)について
(1) 控訴人は、本件一車線部分から本件右側車線に進路変更するに当たり、進路変更先の直前が導流帯(ゼブラゾーン)であるとしても、その部分を自動車等が走行してくる可能性がないとはいえないのだから、進路変更先である本件右側車線に走行してくる自動車等がないかどうかを、ルームミラーのみならず、右ドアミラー及び目視により確認すべき義務があるのに、これを怠り、前記一認定のとおり、右後方確認が不十分なまま、控訴人車両の直後を走行していた被控訴人車両を見落とし、本件右側車線への進路変更を開始した過失がある。
(2) 被控訴人X3は、本件ゼブラゾーンから本件右側車線に直進進入するに当たり、本件ゼブラゾーンの先は本件移行区間を経て本件右側車線に至る道路形状となっており、しかも、本件ゼブラゾーンは本来自動車等が走行しないように誘導されている部分であって本件一車線部分を走行する自動車等も本件ゼブラゾーンを走行する自動車等はないであろうと考えて進路変更をしてくる可能性があるのだから、本件一車線部分を走行する自動車の動静を注視して本件右側車線に進入すべき義務があるのに、これを怠り、漫然と本件一車線部分を走行する控訴人車両その他の自動車等を追い抜き、かつ、控訴人車両が本件移行区間に入った地点で右方向指示器を作動させているのを見落とした過失がある。
(3) 本件事故は、前記(1)及び(2)説示のとおり、控訴人及び被控訴人X3の各過失が競合して発生したものと認めるのが相当である。
そして、控訴人は、進路変更先の安全確認義務という自動車運転上求められる基本的な注意義務に違反し、しかも右後方から控訴人車両を追い抜こうとしていた被控訴人車両を見落としたものであって、過失の程度は著しいというべきである。
他方、被控訴人X3にも、本件ゼブラゾーンを走行し、前方を注視しなかった過失があるから、本件事故の過失割合は、控訴人が六割、被控訴人X3が四割と認めるのが相当である。
三 争点(3)(請求権代位により被控訴人X1から被控訴人保険会社に移転した損害賠償請求権額)について
(1) 被控訴人車両につき被控訴人X1の被った損害額
証拠(甲イ四、五)によれば、本件事故により生じた被控訴人車両の修理費は、一五万七五八四円であると認められる。
そして、被控訴人X1は、被控訴人車両の所有者ではないが、所有権留保特約付き売買契約により被控訴人車両を保有するに至ったと認められるところ、所有権留保特約は実質的には割賦払による自動車の売買代金債権を担保するために締結されるものであって、買主は、所有権が売主に留保されるほかは、当該自動車を支配し、自由に使用、収益することができ、当該自動車が破損した場合の修理費も所有者たる売主ではなく買主が自ら負担すべきものと解されるから(甲イ三、五)、被控訴人車両が破損したことによる修理費は、被控訴人車両を保有する被控訴人X1に生じた損害であると認めるのが相当である。
これに前記二認定の過失割合を乗じると、被控訴人X1の控訴人に対する被控訴人車両に関する損害賠償請求権額は、九万四五五〇円(小数点以下切り捨て)と認められる。
(2) 請求権代位により被控訴人X1から被控訴人保険会社に移転した請求権額
前記第二の一前提事実のとおり、被控訴人保険会社は、被控訴人X1に対し、本件保険契約に基づき、前記(1)の損害額一五万七五八四円から同契約で定められた免責金額三万円を控除した保険金一二万七五八四円を支払った。
ところで、本件保険契約の締結日は、保険法が施行された平成二二年四月一日より前であるから、被控訴人保険会社は、保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律二条に基づき、商法(保険法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律一条による改正前のもの。以下同じ。)六六二条一項の例により、被控訴人X1の控訴人に対する不法行為による損害賠償請求権を代位取得することになる。
そして商法六六二条一項に基づく被保険者の第三者に対して有する権利の取得については、保険金額が保険価額(損害額)に達しない一部保険の場合において、被保険者が第三者に対して有する権利が損害額より少ないときは、一部保険の保険者は、填補した金額の全額について被保険者が第三者に対して有する権利を代位取得することはできず、一部保険の比例分担の原則に従い、填補した金額の損害額に対する割合に応じて、被保険者が第三者に対して有する権利を代位取得することができるにとどまるものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第七六〇号、第七六一号同六二年五月二九日第二小法廷判決・民集四一巻四号七二三頁)。
これを本件についてみると、被控訴人保険会社が被控訴人X1に対して本件保険契約に支払った保険金額は、保険価額(損害額)一五万七五八四円から同契約所定の免責金額三万円を控除した一二万七五八四円であるから、本件保険契約は一部保険であるところ、被保険者である被控訴人X1が控訴人に対して有する損害賠償請求権額は前記(1)のとおり九万四五五〇円であって損害額一五万七五八四円より少ない。そこで、上記最高裁判例に従い請求権代位の額を計算すると、七万六五五〇円(小数点以下切り捨て)となる(計算式:12万7584円(保険金額)÷15万7584円(損害額)×9万4550円)。
したがって、被控訴人保険会社は、前記損害賠償請求権額九万四五五〇円のうち七万六五五〇円を請求権代位により取得することになる。他方、被控訴人X1は、控訴人に対し、前記損害賠償請求権額から請求権代位により被控訴人保険会社に移転した七万六五五〇円を控除した一万八〇〇〇円の請求権を有することになる。
四 争点(4)(被控訴人X1の損害額)について
前記三説示のとおり、被控訴人X1は、控訴人に対し、被控訴人車両の修理費のうち一万八〇〇〇円の損害賠償請求権を有することになる。
そして、被控訴人X1の請求につき、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一八〇〇円が相当である。
五 争点(5)(控訴人の損害額)について
証拠(乙一、五、丙三)によれば、本件事故により生じた控訴人車両の修理費は、一三万七六六八円であると認められる。
これに前記二認定の過失割合を乗じると、控訴人が被控訴人X3に対して有する損害賠償請求権額は、五万五〇六七円(小数点以下切り捨て)と認められる。
そして、控訴人の請求につき、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、五五〇〇円が相当である。
六 争点(6)(示談契約の成立の有無)について
控訴人は、被控訴人X3及び同X1との間で、本件事故を自損自弁で解決するとの合意が成立した旨主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠はなく、控訴人の上記主張は認められない。
七 まとめ
以上の判断を前提とすると、各請求に対する判断は、次のとおりとなる。
(1) 甲事件
被控訴人X1は、控訴人に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金一万九八〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成二〇年二月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 乙事件
被控訴人保険会社は、控訴人に対し、被控訴人X1の控訴人に対する不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金七万六五五〇円及びこれに対する請求権代位の日の翌日である同年三月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(3) 丙事件
控訴人は、被控訴人X3に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金六万〇五六七円及びこれに対する不法行為の日である同年二月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第四結論
よって、被控訴人X1、同保険会社及び控訴人の各請求は、本判決主文第二ないし四項の限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却すべきところ、これと異なり、上記各請求を原判決主文第一ないし三項の限度で認容した原判決は相当でないから、これを本判決主文第二ないし五項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行宣言につき民訴法三一〇条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石史子 合田智子 酒井直樹)
別紙<省略>