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千葉地方裁判所 平成5年(ワ)2235号 判決 1998年5月27日

原告(反訴被告)

千葉市原町第三土地区画整理組合

右代表者理事

増田栄司

右訴訟代理人弁護士

宮谷隆

山岸良太

松井秀樹

被告(反訴原告)

甲野一郎

被告(反訴原告)

甲野次郎

右二名訴訟代理人弁護士

佐野善房

右訴訟復代理人弁護士

小畠常義

主文

一  本訴被告(反訴原告。以下「被告」という。)らは、本訴原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し、各自金一億五八〇一万五〇〇〇円及びこれに対する被告甲野一郎(以下「被告一郎」という。)は平成五年九月八日から、被告甲野次郎(以下「被告次郎」という。)は同月九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らの反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

主文一項と同旨(附帯請求の起算日は各訴状送達日の翌日)

二  反訴

原告は、被告らに対し、それぞれ二〇〇万円及び内一〇〇万円に対する平成五年八月一〇日から、内一〇〇万円に対する本件判決確定の日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、千葉市原町、源町及び東寺山町一帯(平成四年四月一日区制施行以降同市若葉区。以下同じ。)を施行地区として、昭和六二年三月一三日千葉県知事から設立認可を受け、同日その旨の公告がされた土地区画整理組合である。

2  被告らは、原告の組合員であり、原告の施行する千葉市原町第三土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)の施行地区(以下「本件施行地区」という。)内の土地所有者である。被告一郎は、別紙物件目録記載一の各土地の原告設立以前からの所有者であり、被告次郎は、同目録記載二1の土地の原告設立以前からの所有者であるほか、原告の組合員であった亡父甲野太郎(以下「太郎」という。)が本件施行地区内に所有していた同目録記載二2〜6の土地について、太郎が平成元年六月一六日に死亡し、右各土地を相続した同人の妻(被告次郎の母)甲野花子も平成三年一月九日に死亡したことから、その所有権を相続したものである。

3  有限会社A(代表取締役乙川春男。以下「A」という。)は、昭和六三年八月二日に別紙物件目録記載三1の土地(以下「A所有地」という。)を、同年九月一日に同目録記載三2・3の土地をそれぞれ取得し、これに伴い原告の組合員となった。

乙川春男(以下「乙川」という。なお、乙九、証人乙川及び弁論の全趣旨によれば、乙川はA及び後出(第三の一1(三))の興国産業株式会社のオーナー社長として随意に両社の活動を支配してきたものと認められるから、以下では両社の行為も乙川の行為として記述することがある。)は、A所有地と隣地との境界線上に有刺鉄線(以下「本件バリケード」という。)を張り巡らせ、後日同様に同目録記載三2・3の土地の一部にも有刺鉄線を張り巡らせた。

4  原告は、被告一郎、同次郎、太郎及びAに対し、平成元年六月一九日付けで、仮換地の指定(以下「本件仮換地指定」という。)を通知し、その中で使用収益を開始することができる日を仮換地の指定の効力発生の日とは別に「別に定める日」と定めた。

二  争点(不法行為の成否及び損害)

本訴は、被告らが、本件事業の施行を妨害したとして損害賠償を求めた事案であり、反訴は、本訴が不当提訴であるとして、その応訴のための弁護士費用を損害として請求した事案である。

1  本訴請求の主位的法律構成

(一) 原告の主張

(1) 乙川の不法行為

昭和六二年三月一三日の原告の設立認可の後は、本件施行地区内に本件事業の施行の障害となるおそれがある工作物を設置することは土地区画整理法(以下「法」という。)七六条一項により禁じられているが、一度設置された違反工作物を同条四項・五項の手続によって移転・除却するのは実務上容易ではない。乙川の本件バリケードの設置は、本件事業の施行を妨害する不法行為である。

(2) 被告らの責任

乙川と被告らを含む本件施行地区やその周辺地域の地主らとの間には、土地に関わる問題が生じると、多額の報酬をもって乙川に案件の処理や利権の確保を依頼し、乙川もこの依頼を受けるという関係があり、本件事業に関しても、被告らは工事の妨害によって多額の和解金を原告との交渉で引き出そうと意図し、乙川に依頼して本件バリケードの設置という不法行為を行なわせたものであるから、被告らは、乙川の本件バリケード設置の不法行為について、共同不法行為責任を負う。

(3) 損害額

本件施行地区は全体に低地の湿地帯であったため、本件事業では土地に土盛りをして長期間(六〇〇日〜八〇〇日程度)土圧をかけ地盤を沈下させて押し固め、その後盛土を別の土地に移動させて同様のことを繰り返すというサーチャージ工法と呼ばれる工法を採用した。この工法は多量の土砂と長期の工事期間を必要とするので、本件事業では、できるだけ購入土を少なくするために本件施行地区内で丘陵部分を削って得られる土砂を土盛りに利用し、また、できるだけ工期を短縮するために施行地区を多数の工区に分割して、土砂の移動・利用を効率的に行い、最終的に地区外に搬出する土砂が生じないような計画を立てて着手していた。

しかし、本件バリケードがA所有地の属する工区5―1における施工の障害となり、当該工区の施工が後回しとされた結果、計画は二度にわたって変更され、最終的には、工区5―1以外の工区についてはすべてサーチャージによる盛土が完了してしまったために他の工区との順序組み替え等の余地がなくなり、遅延した工期の短縮のために、他の工区のサーチャージの終了後に土砂を移動・利用することは不可能となった。そのため、原告は、工区5―1のサーチャージのためだけに盛土用土砂五万五〇〇〇立方メートルを追加購入し、サーチャージの終了後には右土砂を地区外に搬出して廃棄せざるを得ないこととなった。

右盛土用土砂の購入代金及び搬入費用は一億一〇二七万五〇〇〇円(一立方メートル当たり二〇〇五円)、その搬出費用は四七七四万円(同じく八六八円)であるから、本件バリケードの設置に起因する工事の遅延によって原告が被った損害は、一億五八〇一万五〇〇〇円を下らない。

(二) 被告らの主張

(1) 乙川の不法行為について

乙川の本件バリケードの設置は法七六条一項違反の行為であるが、同条項所定の許可を欠く建築物その他の工作物の新築・改築・増築(以下「違法建築等」という。)は同条四項・五項の手続によって移転・除却が可能とされており、その権限を有するのは建設大臣又は都道府県知事であって、右手続の遅れにより土地区画整理組合が受ける不利益は、行政の遅れによるものであって、違法建築等によるものではないから、違法建築等を行った者に損害を賠償する責任はない。

(2) 被告らの責任について

被告らと乙川との間に本件バリケード設置についての委託など存在せず、本件バリケードの設置は、被告らの知らない間に行われたもので、被告らには責任がない。

なお、被告ら所有の不動産の管理に関する被告らと乙川との関係は、経済活動として何らの問題のないものであり、本件に関する原告主張の委託に結びつくものではない。本件事業に関しても、被告らは、乙川と共同歩調をとって原告との交渉等に当たってきたが、これは自らの権利を守るため団結したにすぎず、各自の問題の最終決定はそれぞれがその責任において行ってきたものである。

2  本訴請求の予備的法律構成

(一) 原告の主張

(1) 共同不法行為

土地区画整理事業の施行者は、仮換地の指定によって、従前の宅地について使用収益権を有していた者がその使用収益権を失うこととなる宅地については、法八〇条に基づく私法上の物権的支配権としての施工権を取得し、これに基づいて土地使用権及び妨害排除請求権を取得し、妨害物の設置者に対しては妨害物の収去や土地の明渡しを請求し得るものであって、不法占拠者は妨害物収去・土地明渡しの義務を負う。被告らは、乙川と意思を通じ、本件仮換地指定の効力が発生した平成元年六月二六日以降使用収益を停止されている各自の所有地上に本件バリケードや樹木その他の妨害物を所有してこれを占有し続け、これによって原告の右土地に対する土地使用権を侵害し、損害を与えたものであって、この損害全体について共同不法行為責任を負う。

右不法行為により原告が被った損害は、施工の遅れを原因とするサーチャージ工法の計画の変更により購入を余儀なくされた土砂九万立方メートルの購入代金及び搬入費用一億八〇四五万円(一立方メートル当たり二〇〇五円)並びにその搬出費用七八一二万円(同じく八六八円)の合計二億五八五七万円であり、本訴においてはその一部として被告ら各自に対し一億五八〇一万五〇〇〇円を請求する。

(二) 被告らの主張

(1) 共同不法行為について

本件仮換地指定の効力発生により従前の宅地について被告らの使用収益権が失われたことは認める。

しかし、その場合でも被告は使用収益の停止という受忍義務を負担するにすぎず、従前の宅地の引渡義務を負うものではないから、被告ら及びAは従前の宅地上の雑木や本件バリケード等について収去明渡義務を負わない。被告らがこれらの物件について法七六条又は七七条の除却の手続の履践を求めることは何ら違法ではないし、右手続の遅れも被告らの関知しないところである。被告らが原告の工事の施工を妨害したこともない。

(2) 損害について

土地明渡義務の不履行により生じる一般損害は使用利益であるから、原告主張の土砂の購入代金等は特別損害であって、被告らにおいてその予見可能性が存在したことが必要であるが、本件では被告らに原告主張の損害についての予見可能性はなかった。

3  反訴請求に関する被告らの主張

被告らは、原告の本件事業の施行を妨害したこともなければ、その意思もないし、乙川の本件バリケードの設置について責任を負うものでもない。本訴請求は、立証可能性がほとんどないにもかかわらず法外な額の賠償を求めるのもので、法七七条の手続によらず被告らの所有地上の樹木を伐採するために被告らの同意を得る目的で提訴された不当訴訟である。被告らは、それぞれ本訴に応訴するために弁護士に訴訟追行を委任し、その弁護士費用として各自二〇〇万円(着手金一〇〇万円、成功報酬一〇〇万円)の支払を約したので、右費用相当額の損害を被った。

第三  判断

一  争点1について

1  証拠(甲一、二の1〜12、三、四の1〜4、五の1・3・4、六の1〜3、七の1〜4、八の1〜4、九、一三、一六の1・2、一七の1・2、一八〜二〇、三二、三四、三五、乙七、九、証人野崎億、同乙川、被告一郎、同次郎)及び弁論の全趣旨によれば、本件に関する事実経過として次の事実が認められる。この認定に反する甲三四、乙八、九の各記載部分並びに証人乙川、被告一郎及び被告次郎の各供述部分は採用できない。

(一) 原告の設立準備は昭和五五年ころに始められ、当初の計画では施行対象区域は千葉市原町及び同市源町の一部であったが、昭和六〇年には同市東寺山町(以下「東寺山」という。)の一部も施行対象区域とされた。地権者に対しては設立準備開始当初から説明会が開催され、被告らに対しても、原告の事務局長野崎億(以下「野崎」という。)が昭和五八年ころからそれぞれの自宅を数十回にわたり繰り返し訪問して説明を行った。なお、被告一郎は、本件施行地区内の土地として東寺山の土地は所有していなかった(前記のとおり、原町には土地を所有していた。)が、同被告の妻が本件施行地区内の東寺山に土地を所有しており、居住地も東寺山であったため、本件事業に関して他の東寺山の地権者と利害を共通にしていた。また、被告次郎は、太郎の体調が昭和六一年(当時八一歳)ころから優れなかったため、昭和六二年四月に勤務先を退職した後は太郎の営む不動産賃貸業を実質的に引き継いでいたもので、本件事業との関係でも別紙物件目録記載二1の土地の所有者としての立場のほか、太郎や同人死亡後は母の甲野花子の代理人としての立場も兼ねて行動していた(以下「東寺山の地権者」という場合、被告らを含むものとして用いる。)。

そして、被告らは、右設立準備当時から本件事業に反対し、これに協力しないとの態度をとり、原告の設立総会にも欠席した。

(二) 昭和六三年五月、原告が本件事業の工事施工のために組合員大野壯(以下「大野」という。なお、同人は、被告ら同様本件事業に非協力的な態度をとっていた東寺山の地権者の一人であったが、後記(九)の土地立入り・工事妨害禁止を命じる仮処分決定の後は本件事業の妨害をやめた。)の所有地内の立木を伐採した件で、野崎は同月二二日に大野の自宅に呼び出された。

野崎が出向いたところ、大野宅には同人のほか被告らその他数名の東寺山の地権者と乙川がいた。被告一郎は、大野の所有地の件をあまり問題にせず、専ら東寺山の地権者全体について「東寺山を無視して区画整理はできないぞ」「東寺山の地権者の便宜を図って、もっと誠意を見せろ。」「さもなくば区画整理事業なんかできないようにしてやるぞ」と述べ、さらに、乙川を紹介した上、「乙川さんは東寺山の代表格だ」「乙川さんは自分たちの代表だ」「乙川さんを抜きにして区画整理をすることは絶対にできない」「東寺山を無視するのなら、区画整理なんかできないようにしてやるぞ。」などと述べた。乙川も、初対面の野崎に対し、自ら東寺山の代表格と称しながら「甲野一郎や太郎たち東寺山の地権者の意見を汲め」「東寺山の利益を十分に図るようにしろ」「誠意を見せろ」などと述べ、東寺山の地権者についての減歩率の緩和と条件のいい換地の要求を示唆し、これを飲まないと東寺山では本件事業の工事をさせないとした上、「今後は自分が東寺山の地権者の利益を代表して組合と話をつけるので、すべて自分に連絡するように。」と指図した。

これに対し、野崎は、乙川は原告の組合員ではないから指図を受けることはできない、組合は千葉市の指導の下に平等に本件事業を行っていくので東寺山の地権者に便宜を図ることはできないと答え、被告一郎に対し、組合員でない者を連れてきて脅かすことはやめるよう求めた。

(三) A所有地は、従前長期間にわたり利用されていない荒廃した田であったが、乙川は、これを昭和六三年八月二日A名義で取得し、同月二三日に野崎に対し右土地取得の通知と立入禁止の通告をした上、同年九月一日右土地に本件バリケード(木柵杭一一九本、支柱杭二八本、有刺鉄線延べ九六〇m、高さ約二mのもの)の設置工事を開始し、同月一〇日には作業を終えた。さらに、乙川は、同年一〇月一八日付けで、甲野夏男ほか四名の東寺山の地権者の所有名義であった別紙物件目録記載三2・3の各土地についても、まず興国産業株式会社(以下「興国産業」という。)名義で同年九月一日付け売買を原因とする共有者全員の持分全部の移転登記を経由し、続けてA名義に真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記をしてその所有名義を取得した上、本件バリケードと同様の有刺鉄線を設置した。

また、同年中に、被告次郎の所有地にも右と同様の有刺鉄線が設置された。

(四) 被告らの所有地は竹や雑木等の林であったため、原告が本件事業の工事を施工するためにはこれらを伐採する必要があり、A所有地についても工事のため本件バリケードを撤去する必要があった。そこで、原告は、竹木の伐採やバリケードの撤去について被告ら及び乙川の協力を取り付けるべく、被告らとの間では原告設立当初から、乙川との間では本件バリケード設置以降、書面を送付し、野崎を被告ら宅に赴かせ、あるいは原告の相談役である千葉市議会議員や原告の理事長を直接交渉に当たらせるなどして、頻繁に折衝を重ねた。これに対し、被告らは、原告設立当初は、被告一郎が原告あてに自分は組合員でない旨の内容証明郵便を送付し、そのうち原告に協力する旨述べたまま態度を留保するなど、本件事業に対して非協力的な態度をとり続け、大野宅で野崎に乙川を紹介した後は、被告らにおいて、交渉はすべて乙川に任せてある、代表者と話し合ってくれ、乙川の同意なしには自分らも一切工事はさせないし土地にも立ち入らせない、そのつもりで乙川と話をつけてこいと述べるようになった(なお、被告次郎は、前記のとおり昭和六三年中には自己所有地に有刺鉄線を設置している。)。乙川も、昭和六三年ころは話し合う必要はないとの態度をとり、平成元年にAあての「仮換地指定通知」(甲四の1)・「構築物等の撤去について(お願い)」(甲六の1)・「構築物等の撤去について(ご通知)」(甲六の2)・「建築物等の除却の通知及び照会」(甲六の3)といった書面を原告から送付されると、「文書は見た。法的にいけ。応ずるつもりはない。」「組合には一切協力しない」「宅地造成工事も絶対にさせない」と返答し、平成二年前半に野崎や原告の理事、工事施工業者である三井建設株式会社(以下「三井建設」という。)の担当者が訪問しても面会を断るなど、原告の協力依頼を拒絶し続けた。

(五) 平成二年五月以降、乙川は、野崎との折衝に応じるようにはなったものの、話合いは具体的に進展せずにいたが、同年九月以降になると、原告の保留地のうち三〇〇〇坪を坪単価六〇万円〜七〇万円で譲渡すること(当時の時価との差額で約二〇億円の利益となる。)や被告ら及び乙川の所有地につき換地の減歩率を緩和することを要求し始め、要求を受け入れなければ本件バリケードは撤去しないし、A所有地にも被告ら所有地にも立ち入らせないが、自分と話を付ければ被告ら等東寺山の地権者もきちんとまとめてやるから、その分の期待料をよこせ、と述べるようになった。以後、平成四年八月に原告が工事妨害等禁止の仮処分を申し立てるまでの間、原告は、乙川との間で右要求を巡って多数回にわたる折衝を繰り返し、さらに平成三年一〇月一日には、Aを債務者として工作物除去の仮処分を申し立て、その審尋手続において乙川と折衝の機会を持つように試みた。これに対し乙川は、折衝に応じる場合には被告らを始めとする東寺山の地権者の利益を代表してこれらの者の利益を図るよう要求し、被告らも乙川から話合いの経過について報告を受けていた。

原告としては、本件事業の工事施工代金の代物弁済として保留地を取得する予定であった工事請負業者の三井建設が、当時一坪当たり一三〇万〜一四〇万円の右保留地を安価で譲渡することを拒絶したため、乙川の前記要求に応じることは難しいと考えたが、法七七条六項の認可の権限を持つ千葉市長が話合いによる解決を最優先するよう指導を続けたこと及び乙川が区画整理の関係で千葉市で顔役・利権屋との風評のある人物であったため、千葉市長が右条項の認可をすることに慎重になることが予想されたことから、保留地の譲渡について条件を提示して話合いによる解決を摸索し続けた。

(六) 原告は、乙川との折衝と並行して被告らとの直接の話合いをも試みたが、被告らは「乙川さんは代表格だ。乙川さんにうんと言わせるように説得しろ。そうしたら自分もついていく。乙川さんがうんと言わないなら土地に立ち入らせないし、工事もさせない。」として交渉の窓口を乙川に一本化し、本件バリケードの撤去と被告らの所有地上の竹木の伐採とを一体のものとして交渉するよう求め、他方で「行政でもなんでもやってもらって構わない」「成田空港だって認可は出ないんだ」「俺たちがいる限り認可は絶対に出ない」「七七条は絶対に出ない」と述べ続けた。

(七) 原告が交渉・説得の努力を続けている間の平成四年三月、工事日程が切迫した原告が大野の所有地にビニール製シートを張ったところ、同人から原告に「乙川さんに言いつけるぞ」との電話があり、その数日後には被告一郎が右シートを剥がし、「地主の了解なしに工事をしてはならないはずだ」「勝手に工事はするな」「俺たちの言うことを聞け」「絶対入らせないぞ」と述べ、原告がトラブルを避けるために工事を中止するという事件があった(なお、前記(五)の仮処分申立ては、同年四月に取り下げられた。)。

また、同年六月には、原告が別紙物件目録記載三2の土地先に立ち入り、既設のバリケードに触れないようにしながら工事を進めようとしたところ、乙川はこのことを大野からの電話連絡で知り、無断で工事をしている旨原告に抗議し、千葉市に対しても右土地を駐車場として使用している旨抗議し、千葉市から原告に指導があった。原告が同年七月二日に設けた現地における話合いの場で、乙川は、「勝手に何をするか」と言いながら野崎や原告の副理事長中村吉胤に殴る蹴るの暴行を加えて怪我を負わせた上、立入禁止を宣言した。その際、被告一郎は、右現場が公道から距離もあり目隠しで見えない位置にあるにもかかわらず、その場に現われ、「勝手に工事はできないはずだ。今度俺たちの土地に立ち入ったらただじゃおかないぞ。」「やりたきゃ市の認可を取ってやれ。認可なんか出るはずがないんだ。」「もう勝手に工事はするな」「成田空港だって出ないんだから、七七条でやるならやってみろ。」「絶対工事はさせない」と述べた。乙川は、その翌日右土地に新たに本件バリケードと同様のバリケードを設置し、これを封鎖した。これにより、原告は、右土地周辺における工事の取りやめを余儀なくされた。

(八) 乙川は、Aを原告、原告を被告として、平成四年七月二三日付けの訴状をもって、別紙物件目録記載三2・3の各土地の一部につき原告の工事によって掘削された溝の埋め戻し及び損害賠償を求める訴訟を千葉地方裁判所に提起した(平成四年(ワ)第一二一四号事件。この訴訟は同年一〇月二八日の第二回口頭弁論期日で訴え取下げにより終了した。)。

(九) 原告は、前記(七)の乙川の暴行事件、その翌日の原告理事長と乙川との面談の不調及び(八)の訴訟提起という事態を重く受け止め、平成四年七月三一日開催の理事会で乙川や被告らとの話合いによる解決をいったん断念し、法的手段に訴えることを決め、同年八月二〇日にA、被告ら及び大野を債務者として工事妨害禁止等の仮処分を千葉地方裁判所に申し立て(平成四年(ヨ)第四二〇号事件)、同裁判所は同年九月七日右債務者らの土地立入り及び工事妨害を禁じる旨の仮処分決定をした。さらに、原告は、被告ら所有地上の竹木やA所有地上の本件バリケード、苗木について法七七条の手続に基づく除却を行うこととし、被告ら及びAに対し同年一〇月二八日付けで(Aについては、さらに同年一一月二六日付けで)同条二項の通知及び照会を行い、同年一二月一五日には千葉市長に対し、A所有地上の本件バリケード等についての同条六項の認可申請をした。

一方で原告は、なおも千葉市から是非話合いで解決してほしいという強い指導を受けたため、平成四年から五年にかけて話合いによる解決の努力を続け、被告ら、乙川、被告ら代理人佐野弁護士と原告理事、原告代理人との協議を重ねたが、結局合意には至らなかった。

(一〇) 以上の経過の末原告は、損害賠償請求の訴え提起に踏み切ることとし、平成五年八月九日、乙川、A及び被告らに対し、工事妨害の不法行為に基づく損害賠償を求める本件訴訟を提起した。これに対し、乙川、A及び被告らは、同年一一月一六日に本訴を不当訴訟であるとして損害賠償を求める反訴を提起した。訴訟の過程で乙川から和解の提案があり、原告は、本件事業の遅延による損害の拡大の防止を最優先するため右提案に応じることとし、平成六年八月三日の第七回口頭弁論期日において、原告と乙川及びAとの間で、乙川が工事妨害を中止し、本件バリケード等の除却に同意する等本件事業に対する同意・協力を確約し、当事者双方が本訴請求を放棄する等の内容の和解を成立させた。

原告としては、従前被告らが乙川を自分たちの代表であるとしていたことから、乙川との和解が成立すれば被告らとも和解が成立するものと期待し、乙川との和解成立後も請求の放棄を条件として提示し、和解による円満な解決を目指し、以後約一年間の話合いの末具体的段取りを調整する段階にまで至ったが、結局被告らは和解を拒絶した。

なお、被告らは、本件訴訟及びこれに先立つ仮処分手続において、自らその所有地上の竹木を除却し又は除却を承諾することはしないが、不法に工事を妨害する考えはない旨及び法七七条に基く除却の認可がされたら一切異議は述べない旨を一貫して主張していた。

(一一) 右(一〇)の裁判上の和解成立に先立ち、平成六年六月に本件バリケードは撤去され、A所有地について工事の施工が可能となった。なお、A所有地は、Aがこれを取得してから本件バリケードの撤去までの間、苗木約六〇本が植えられた以外は放置され、雑草が生えた状態で利用されないでいた。

また、原告は、被告らの所有地に関しては法七七条に基づく竹木の除却の手続を進めることとし、平成七年一月に千葉市長の認可を得て、同年秋には被告ら所有地上の竹木を除却した。

(一二) 被告らは、一緒に乙川と相談した上、原告を被告として、原告が法七七条二項に基づき被告ら所有地上の竹木の除却についてなした通知・照会の効力を争う行政訴訟を提起することとした。ところが、本件訴訟の被告ら訴訟代理人である佐野弁護士が右行政訴訟の受任に難色を示したため、被告らは、土生照子弁護士に訴訟委任し、平成七年八月、ほぼ同一内容の訴状による本件仮換地指定の無効確認・建築物等移転除却通知の無効確認を求める行政訴訟をそれぞれ千葉地方裁判所に提起した(同年(行ウ)第二三号、第二四号事件)。右両事件(審理過程で弁論併合)は、平成九年三月三一日に請求棄却の判決(ただし、移転除却通知の無効確認の訴えは途中で取り下げられた。)がされ、確定した。

なお、土生弁護士は、右訴え提起と前後して、千葉市長が前記認可をしたことを非難し、右訴訟提起の事実を通知し、千葉市及び千葉市長に対し地権者の協力を主として事業を進捗させるよう原告に強く指導するよう要望するという内容の被告ら両名代理人名義の通知書を内容証明郵便により千葉市長あてに送付したが、乙川は平成七年八月一八日までの間に右通知書や被告一郎の訴状の写しを入手していた。

2  乙川の不法行為

(一) 右1で認定したとおり、乙川は、昭和六三年九月に本件バリケードをA所有地上に設置し、以後平成六年六月までこれを維持し続けた。

(二) ところで、法七六条一項は、土地区画整理組合が施行する土地区画整理事業につき、その組合の設立について認可の公告があった日の後、法一〇三条四項の公告がある日までの間、法七六条一項所定の建築物その他の工作物の新築等の行為(以下「工作物新築等」という。)を行おうとする者は都道府県知事の認可を受けなければならない旨規定しているところ、その趣旨は、土地区画整理事業においては土地の区画形質の変更を行うために既存工作物等の移転除却が必要になる場合が多く、事業開始後に事業施行の障害となるような工作物新築等が無制限に行われると、事業遂行に遅延をもたらす一方でそのような工作物等は事業遂行過程で結局移転除却されてしまうこととなり、事業施行者及び工作物新築等を行った者それぞれにとって無用の負担損失となることから、事業の施行が内外ともに明確となった時点以降は事業施行の障害となるおそれのある工作物新築等に制約を設け、右のような無用の負担損失を防止することにあるものと解される。

したがって、土地区画整理組合は、右法七六条一項の規定に基づき、その設立認可の公告の日後は、その事業の施行地区内に都道府県知事の認可を受けないで、あるいは同条三項の規定により附された条件に違反して工作物新築等がされることが法律上禁止されていることにより、これに反する違法な工作物新築等によって事業遂行に支障を来すことなく速やかに事業を施行するという法律上保護された利益を享受しているものということができる。このことは、同条二項において、同条一項の許可の申請を受けた都道府県知事は、その許可をしようとするときは施行者の意見を聞かなければならない旨を規定していることからも明らかである。

右のとおり、土地区画整理組合の設立認可後の違法な工作物新築等は、土地区画整理組合の右の法的利益を侵害するものであり、故意又は過失によってこれを行った者は、当該工作物等がもたらした土地区画整理事業の遅延によって土地区画整理組合が被る損害について、不法行為責任を負うものといわなければならない。

(三) 本件において、乙川が原告の設立認可の日である昭和六二年三月一三日の後である昭和六三年九月一日に千葉県知事の認可を受けることなく本件バリケードを設置し、これを保持し続けた行為は、本件事業施行のためのサーチャージ工法(後記4)による原告の工事を妨害したもので、本件事業を速やかに施行すべき原告の法的利益を故意に侵害したものとして、不法行為を構成する。

すなわち、前記1で認定した本件の事実経過、殊に乙川の言動や本件バリケードの設置態様、平成四年七月二日の暴行事件、その翌日の新たなバリケード設置の事実等を総合すれば、本件バリケードの設置目的は原告の工事施工の妨害にあり、乙川は右権利侵害を故意に行ったものであると認められる。なお、乙川は、本件バリケード設置の目的について、隣地との境界の明確化のためである旨供述しているが、バリケードで囲った土地は従前長期間にわたって利用されずに放置されてきた廃田で境界を明確にするためバリケードを設けるまでの必要性は皆無であるし、本件バリケードの設置態様に照らしても設置の主たる目的が境界の明確化のためであったとは認め難く、右供述は信用できない。

(四) これに対し、被告らは、違法な工作物等の除却の手続の遅れによって土地区画整理事業の施行者が受ける不利益は、行政の遅れによるものであって、違法な工作物新築等によるものではないから、法七六条一項違反を犯した者が損害を賠償する責任はないと主張する。

しかし、違法な工作物新築等がもたらす工事の遅延により事業施行者が被る損害は、行政当局が正当な理由もなく殊更に右除却の手続を遅延させた等の特段の事情がない限り、右工作物新築等の行為と相当因果関係のある損害というべきであるところ、本件においては右特段の事情を認めるに足りない。したがって、被告らの主張は理由がない。

3  被告らの共同不法行為の成否

(一) 証拠(甲一三、二三の1〜3、二四の1〜4、二五〜二九、三〇の1〜38、三一、三二、乙八、九、証人野崎、同乙川、被告一郎、同次郎)及び弁論の全趣旨によれば、東寺山地区の地権者と乙川との関係について、次の事実が認められる。この認定に反する甲三四、乙八、九の各記載部分並びに証人乙川、被告一郎及び同次郎の各供述部分は、いずれも採用しない。

(1) 乙川は、地上げ関係の処理や税務に強く、千葉県や千葉市等の行政方面に顔が利く人物として東寺山地区では有名で、千葉市における区画整理の関係では顔役・利権屋等といわれ、同人が区画整理事業に介入すると行政が強制的手段をとることに慎重になると期待される人物であった。

(2) 東寺山第二県営住宅の敷地及びその周辺の土地は、この土地について公有地の拡大の推進に関する法律が適用されることになった昭和五七年六月当時は被告一郎、大野ら三人の地主がそれぞれ所有する三筆の土地であったものを、千葉県が昭和六二年一二月二四日付けで売買により取得し、翌日付けで所有権移転登記を了したものである。

東寺山の地権者らは、右土地の買収に先立つ右県営住宅に隣接する東寺山県営住宅の敷地の買収計画及びこれに関連する私企業による東寺山地区の土地の開発事業において、その事業に一時期関与した株式会社進和及び株式会社千登との間に紛争が生じたことから、これらの会社を排除して自分たちで任意の区画整理を実施しようとし(以下、東寺山県営住宅の敷地買収に関連し、その近隣土地の開発を巡って東寺山の地権者と右二つの会社との間に生じた紛争を「東寺山問題」という。)、東寺山の地権者を構成員とする東寺山耕地整理組合なる任意団体を組織し、被告一郎がその理事を務めるとともに、その団体事務を乙川に委ね、事務局を興国産業内に置いた。さらに、東寺山の地権者ら及び乙川は、東寺山問題において前記会社らや千葉県らに騙されて被った被害を回復・救済するとの名目で、東寺山第二県営住宅の敷地の買収計画を利用して東寺山の地権者で利益を上げることを企図し、買収対象の土地について、分合筆を繰り返して前記三筆の土地を多数の土地に分割した上、昭和六二年一二月一一日までにそのすべてを被告一郎ほか三名の東寺山耕地整理組合の理事らの共有名義とした上、右同日付けの交換を原因とする共有持分移転登記により多数の者の所有・共有名義とし、最終的に県に売却した(証拠に現われた範囲では、当初の三筆の土地のうち県に対して売却された部分は合計五三筆の土地に分筆されており、県への売主となった地権者は被告らを含め三〇名に上る。)。また、東寺山耕地整理組合は、乙川に対し、右売買成立の報酬として約五〇〇〇万円を支払った。

(3) 株式会社進和は、東寺山問題について、乙川が東寺山の地権者らを指導して共同して同社らの計画していた事業を妨害したものである旨主張して、乙川と地権者ら(ただし、被告一郎は含まれるが、被告次郎は含まれない。)を被告とする損害賠償請求訴訟を当庁に提起し、現在も係属中である(当庁平成二年(ワ)第一七一六号事件。当裁判所に顕著)。

(4) 乙川は、同人又はその経営する会社名義で東寺山に複数のマンションを所有しているところ、その敷地である二筆の土地は、東寺山耕地整理組合の組織及び運営に関するアドバイスや事務処理並びに東寺山問題に関する紛争処理の対価として東寺山の地権者から譲り受けたもので、右(3)の訴訟が決着した時点で所有権(共有持分権)の移転登記を受けることとなっている。なお、その対価は、乙川自身の供述によっても全体で八〇〇〇万円、公簿上の坪評価にして約三九万円である。

(5) 乙川は、東寺山耕地整理組合の組合員のほとんどが加入する東寺山文化商業組合(現在の名称は若葉文化商業組合)なる名称の商店連合会の事務局の仕事を興国産業において受任して執り行い、さらに、組合員が地区内に所有する賃貸マンションの建築・入居者斡旋・管理に関する業務も地権者から個別に受任し、これらの報酬として、組合員の賃貸マンション管理料名目で賃料の一〇%相当額を受領している。被告一郎は、右商業組合の理事長である。

(6) 被告一郎は、昭和五七年ころ、自ら経営する藤代造船なる会社が巨額の手形負債を抱えたことから、強制執行の妨害・回避による資産の保全を乙川に依頼し、約五〇〇〇万円の報酬を支払った。乙川は、被告一郎の所有地全部(証拠に現われたところでは、当時の被告一郎所有地三四筆)に、昭和五八年一月六日付けで、原因を昭和五七年一一月一二日設定、極度額を七億円、債権の範囲を売買取引・手形債権・小切手債権、債務者を被告一郎、根抵当権者を興国産業とする根抵当権設定登記をするとともに、その抹消登記のために必要な書類を被告一郎に交付した。

被告一郎は、大半の土地については、昭和五八年六月四日付けで被告一郎の子である甲野一夫に対する贈与を原因とする所有権移転登記を了し、強制執行を受けるおそれが無くなったので、同年七月二一日付けで解除を原因とする右根抵当権設定登記の抹消登記をした。しかし、本件施行地区内の一郎所有地三筆については、「興国産業名義の根抵当権が設定されていると変なのが来ないで済む」として、現在まで抹消登記をしていない。なお、被告一郎は、未抹消の右根抵当権設定登記について、以前「これは守り神になる」旨述べたことがある。

(7) 被告一郎は、平成三年ころ以来、興国産業を同被告又はその子が経営する複数の不動産賃貸業会社の顧問とし、その事務の大半を委託している。

(8) 被告次郎は、自己所有地を自分が代表をしている有限会社三愛名義で不二家及びすかいらーくのレストラン敷地として賃貸し、月額約三〇〇万円の賃料を得ているが、右不二家との賃貸借契約は、昭和六二年ころ乙川の仲介によって成立したものである。

(9) 被告次郎は、平成元年六月の太郎の死亡及び平成三年一月の母甲野花子の死亡に伴う合計約五〇億円の相続税の支払のために、相続財産の一部である土地の売却の斡旋仲介を興国産業に委託し、乙川は、売却に適する土地二筆を見繕った上、平成二年三月に株式会社大京に対する売買契約を成立させた。このときの売却価額はおよそ一五億円、被告次郎が興国産業に支払った報酬はおよそ四五〇〇万円であった。

(10) 乙川は、前記1(三)の行政訴訟に関する被告らの相談に応じ、被告らの換地重ね図を千葉市及び原告に対して請求するなど右訴訟のための資料を収集したり、興国産業の関係者を伴って被告一郎の尋問を傍聴する等、被告らの訴訟追行を積極的に支援したほか、前記土生弁護士の作成した千葉市長あての通知書及び被告一郎の訴状の写しを千葉市都市局長あてに興国産業名義でファックス送信し、その送付書に担当者をして「乙川社長よりご送付する様申し付かりました」と記載させた。

(11) 被告ら及び乙川は、本件の尋問で、相互の関係を徴表する事実(昭和六三年五月二二日の大野宅での話合いに被告一郎や乙川が同席したか否か等)に関する原告訴訟代理人からの尋問に対し、当初は関係を否定する供述をした上、追及されると曖昧な供述や記憶がない又は勘違いした旨の供述を繰り返している。また、それ以外の事実についても、前後矛盾する供述や不自然な供述(当然知っているべき事実についての知らない旨の供述等)、裁判所の認定に反する供述が多数されている。

(二) 右(一)で認定した事実及び前記1で認定した本件の事実経過を総合すると、次のとおり認めることができる。

(1) 被告らは、原告の設立準備段階から一貫して、被告らを優遇しない限り、本件事業の施行に反対し、その工事には協力しない考えを持っていた。すなわち、原告との交渉や訴訟等の公の場面では、工事の邪魔はしない、法七七条に基づく除却の認可が出たら異議は述べない、乙川を説得すれば原告に協力する等と述べる一方、実際には、本件事業を妨害してやるとの発言を繰り返し、被告一郎においては前記1(七)のとおり正当な理由もなく工事用のシートを剥がして工事を中止させるという実力行使に出ており、また、被告らは、乙川が本件訴訟で原告と和解した後も結局原告と和解せず、竹木の除却の通知に対し前記1(一二)のとおり行政訴訟を提起し、その訴訟追行について乙川の支援を受けるなど、本件事業を妨害することに強く執着してきた。

(2) 乙川は、不動産の取引・運用や税務に関し特別な知識や経験を有しており、土地開発の関係では千葉県や千葉市等の行政当局に顔が利く人物として知られていた。

被告らは、東寺山及びその周辺に多くの不動産を所有する地主であることから、乙川が右のように不動産関係に強く行政当局にも顔が利くことを頼りとして、同人に対して、通常に属する不動産の管理や仲介の業務を委託する以外に、特別な信頼関係を必要とする根抵当権設定の方法による資産の保全や相続税対策などの仕事を依頼するほか、他の東寺山の地権者と共に東寺山問題の紛争解決を依頼するなどしており、被告らを始めとする東寺山の地権者らは、不動産に関わる諸問題について乙川の知識・経験や人脈を高く評価し、同人を自分たちの利益のために働いてくれるフィクサーとして信頼し、同人と結びついていたものである。乙川は、これらの委託・依頼に対する報酬として、地権者らの不動産賃貸の仲介管理を受任して賃料の一割を継続的に受領しているほか、特別の案件については数千万円単位の報酬を受け、あるいは低価格で不動産の譲渡を受けるといった利益を得ている。

(3) 乙川は、A所有地を購入して本件バリケードの設置に及ぶ何らの必要性もなかったし、少なくとも表面上はこれによって何らの利益を得ておらず、これはむしろ不法行為責任を負う危険があった行為である。すなわち、本件バリケードの設置は、結果として原告との和解によって同人に対する損害賠償請求が放棄されはしたものの、行為としては法七六条に違反し、原告に対する不法行為責任を免れないものであったし、設置の目的が本件事業の妨害になければ何らの必要性もなかった行為である。土地購入についても、本件事業の達成の暁に宅地を得ることは別として(本件バリケード設置によって本件事業の遅延をもたらしている以上、乙川がそのような利益を期待していたとは到底認められない。)、数十本の苗木を植えた以外は乙川はこれを放置したまま利用しておらず(苗木も結局は除却されている。)、土地取得によって唯一利得をする余地としては、本件訴訟以前に乙川が東寺山の地権者を代表して原告と折衝した際に要求していた減歩率の緩和と保留地の安価な譲渡を内容とする提案のみであって、これは原告の受け入れるところとならなかった。

また、昭和六三年五月に乙川が東寺山の地権者の代表格として原告の前に登場し、以後の原告との交渉の窓口となった行為も、地権者らから報酬を受領しない限りは乙川にとって何らの利益のないものであった。

(4) 乙川は、Aが原告の組合員の地位を取得する以前から東寺山の地権者の利益の代弁者であることを表明しており、以後原告との継続的交渉の場においても東寺山の地権者全体の利益を図るよう求め続け、要求が受け入れられないと被告らの土地には立ち入らせない旨述べていた。また、同人は様々な場面で千葉県や千葉市に顔が利く自らの立場を利用し、被告らの利益になる方向で行政当局を介して原告に圧力をかけ、平成七年に被告らが原告に提起した行政訴訟においても、被告らの相談に応じ、訴訟資料の収集に当たるなどの協力をするなど、被告らの原告との紛争に関して一貫して被告らのために行動し、支援・協力していた。

(5) 本件訴訟における被告ら及び乙川の供述態度からは、相互の関係を殊更に秘匿しようとする意図が強く窺われる。

(三) 以上の事実を総合すれば、被告らは、乙川と意思を相通じて、本件事業の進捗を妨害し、その妨害行為の中止と引き換えに金銭的ないし財産的利益を得ることを画策したもので、乙川による本件バリケードの設置もその一環として行われたものと認めることができる。したがって、前記2の乙川の不法行為による損害賠償責任につき被告らは共同不法行為に基づく連帯責任を免れない。

4  損害

(一) 証拠(甲三、一三、二〇、二一、証人野崎)によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件施行地区は、低地の湿地帯を含んでいたので、その全体を宅地として造成するために、湿地帯の土地に土盛りをし、その土圧を利用して六〇〇日〜八〇〇日程度の期間をかけて地盤を沈下させて押し固め、その後盛土を別の土地に移動させて同様の作業を繰り返すという方法(いわゆるサーチャージ工法)が採用された。しかも、原告の当初の計画においては、本件施行地区を多数の工区に分割して、サーチャージ工法のための盛土の移動・利用を効率的に行うとともに、本件施行地区内の丘陵部分を掘削して得られる土砂を盛土に利用することにより、外部から盛土用の土砂を購入せず、最終的に地区外に搬出する土砂も出さないような工程が予定されていた。

(2) A所有地は、湿地帯で工区5―1に属し、原告の当初計画の工程表(別表)のとおりサーチャージ工法により長期間の盛土をして地盤を押し固める必要があったが、本件バリケードの設置により同工区へのサーチャージ工法のための盛土は平成六年六月まで実施できなかった。この間、原告は、同工区及び被告ら所有地の属する工区11・12において宅地造成工事ができないために、これらの工区を後回しとしつつも、なおも盛土の移動・利用を最大限に効率的に行い、かつ、工期の遅れを最小限に食い止めるべく、工程変更を行って工事を進め、平成六年六月の時点では、既にサーチャージ工法が必要な工区は工区5―1以外すべて盛土が完了していた。そのため、工区5―1は他の工区と組み替え等をする余地がなく、かつ、遅れている工期の短縮のために、サーチャージが終了した他の工区から土砂を移動・利用することもできない状況となっていた。そこで、原告は、この工程において、工区5―1のためのみに用いる盛土用の土砂五万五〇〇〇立方メートルを購入、使用してサーチャージ工法を実施し、これが終了した後には、他の工区の工事は既に終了してしまっているため、右の土砂全部を地区外に搬出処分せざるを得ないこととなり、しかも右工程は最終的な変更の余地のないものとなった。

(3) 原告が右最終工程の工区5―1のために購入・使用した盛土用土砂の購入代金及び搬入費用は一立方メートル当たり二〇〇五円(内訳、土砂代金一八七七円、搬入費用一二八円)、その土砂の搬出処分の費用は一立方メートル当たり八六八円であった。

(二) 以上の事実によれば、前記2の乙川の不法行為により原告が被った損害額は合計一億五八〇一万五〇〇〇円(55,000×(2,005+868)=158,015,000)となり、前記3のとおり、右損害について被告らは共同不法行為責任を免れない。

二  そうすると、争点2について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がある。

三  反訴について

前記一で認定した事実関係の下においては、原告の本訴提起に被告らの主張するような違法・不当性を認めることはできず、被告らの反訴請求はいずれも理由がない。

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官桐ヶ谷敬三 裁判官宮﨑謙)

別紙物件目録<省略>

別紙工程表<省略>

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