千葉地方裁判所 平成7年(ワ)577号 判決 2002年7月12日
主文
1 被告千葉市は,原告に対し,金2億7000万円及びこれに対する平成7年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
2 原告の被告千葉市に対するその余の請求及び被告千葉県に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,被告千葉県に生じた費用を原告の負担とし,原告及び被告千葉市に生じた費用を10分し,その1を被告千葉市の,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告らの請求
1 被告らは,原告に対し,連帯して金29億7747万7341円及びこれに対する平成7年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,原告が,千葉市a町に工場用地を所有していたところ,被告千葉市(以下「千葉市」という。)がこれを下水処理場建設用地として利用するため譲渡してほしいと要請し,そのかわりに,当時,被告千葉県(以下「千葉県」という。)が埋立てを進めていた千葉市b町の埋立地を代替地として取得させる旨確約したにもかかわらず,その後,千葉県が同埋立地の使用計画を見直したことから原告がこれを取得できなくなったと主張して,被告らに対し損害賠償金の連帯支払を訴求した事案である。
1 争いのない事実等
(1) 原告(旧商号「山源興業株式会社」)は,木材加工等を目的とする株式会社であり,木材加工製品工場の建設用地として,別紙物件目録記載の土地(以下「本件買収地」という。)を所有していた者である。
(2) 千葉市は,昭和51年春ころ,原告に対し,本件買収地を下水処理場建設用地として利用したいので買収に応じてほしいとの申入れをした(以下「本件交渉」という。)。原告も本件買収地を必要としていたため,本件交渉は一旦決裂しかけたものの,その後の交渉の進展により,原告は,千葉市に対し,別紙売買契約目録記載のとおり,本件買収地を合計6億2243万2659円(1m2当たり2万2573円)で売り渡し(以下「本件売買契約」という。),そのころ,千葉市から代金を受領した。その後,本件買収地には,千葉市南部下水処理場及び千葉市衛生処理場の施設が設置された。
(3) 本件交渉の結果,千葉市企画調整局次長A(以下「A次長」という。)は,「千葉市は山源興業株式会社が将来建設予定の工場用地として,現在千葉県が造成中のb地区内の都市再開発用地を県の分譲条件に従い斡旋する。」と記載した昭和51年6月22日付書面(以下「本件仮覚書」という。)を原告に交付し,千葉市長B(以下「B市長」という。)は,「千葉市は山源興業株式会社が将来建設予定の工場用地として,現在千葉県が造成中のb地区内の都市再開発用地約30,000平方メートルを千葉県の分譲条件に従い斡旋する。」と記載した同月24日付書面(以下「本件覚書」といい,本件覚書に係る土地を,以下「本件代替地」という。)を原告に交付した。
(4) 千葉市b町c丁目d番のe地先からb町f丁目g番のh地先の公有水面652万0812.68m2(以下「i地区」といい,このうち,213万1366.18m2〔別紙図面において太線で囲まれた地区〕を「b地区」という。)は,千葉県が昭和48年8月14日付けで千葉港港湾管理者の長である千葉県知事(以下,単に「港湾管理者の長」という。)から昭和48年法律第84号による改正前の公有水面埋立法に基づき埋立免許を受けた事業(以下「本件事業」という。)に係る埋立地であり,千葉県はその事業主体,千葉県企業庁長は予算の調製等を除く本件事業の執行に関する千葉県の代表者である。なお,本件事業において,千葉県がb地区について告示した埋立地の用途と異なる用途に供する場合には,港湾管理者の長の許可が必要とされ,また,b地区の土地を分譲する際には,「千葉県企業庁造成土地等分譲基準」(昭和48年9月14日開発庁訓令第4号)の定めた分譲の相手方の選考基準及び分譲価額の算定基準等に合致するかどうかにつき千葉県企業庁造成土地等分譲・貸付委員会の意見を聴いて検討し,港湾管理者の長の許可を受けることが必要とされた。
(5) 本件事業においては,当初,b地区について別表のⅠ欄のようにその使用目的・使用面積が定められ,その中には千葉市内の住工混在を解消するための工場移転用地を配置することも計画されていたが,その後,千葉県は,港湾管理者の長の許可を受けて,別表のⅡ①ないし⑤欄のようにその使用目的・使用面積を変更し,平成元年3月23日には,製造業向け都市再開発用地を3万m2の減少を伴う使用目的・使用面積の変更をし(別表のⅡ⑥欄),さらに平成3年6月11日には,製造業向け都市再開発用地の廃止を伴う使用目的・使用面積の変更をし(別表のⅡ⑦欄),最終的に別表のⅡ⑧欄のように使用目的・使用面積を変更した。
(6) 原告は,平成7年4月4日,本件訴訟を提起し,その訴状は,平成7年4月21日に被告らに送達された。
(以上の事実は,当事者間に争いがないか,証拠〔甲1の1ないし4,2,3,14,43の1ないし3,乙12,28,40,丙1ないし14〕,弁論の全趣旨及び記録によって認める。)
2 争点
(1) 千葉市の債務不履行責任,契約締結上の過失又は不法行為責任・千葉県の不法行為責任の成否
ア 原告の主張
(ア) 本件買収地の重要性
原告が本件買収地の売買に消極的だったのは,本件買収地が,陸路・水路とも交通至便の地であること,j川ないしその周辺の池沼地を貯木場として利用できること,面積が充分であること等から,ノボパン株式会社(以下「ノボパン」という。)を中心としたヤマゲングループの関東における拠点とすべく,原告が昭和30年代から何年もかけてようやく買収した土地であり,原告にとって必要不可欠の土地であったからである。したがって,原告に本件代替地を取得させることについて千葉市から確約をとることは,本件売買契約の必須の条件であった。
(イ) 本件売買契約の交渉経過
原告が一旦断りかけた本件売買契約に応じたのは,本件交渉において,本件買収地を何としても取得したかった千葉市の方から,原告に対し,本件買収地の代替地として,立地その他の条件において遜色のない本件代替地を千葉県から取得できるようにすることを条件とする旨を提示してきたため,本件買収地を公共事業に役立てるのであればやむなしと考えるに至ったからである。また,本件交渉の結果として本件覚書を作成するに至ったのは,当時,本件代替地が埋立未了で未だ存在しない土地であって,直ちに本件買収地と等積交換することができない性質のものであったため,将来,原告が本件代替地を確実に取得することができるようにしておくことが必要であると原告が感じたからである。
(ウ) 千葉県と千葉市との関係
本件事業においては,千葉市内の住工混在を解消するための工場移転用地をb地区に配置することが計画されていたのであるから,このような事業の目的・用途に内在するものとして,千葉市は,b地区のうち工場移転用地の取得者を自ら決定しうる立場にあり,また,千葉県は,千葉市が決定した取得者に同工場移転用地を譲渡しなければならないという立場にあったものというべきである。
・※ 千葉市の債務不履行責任又は契約締結上の過失ないし不法行為責任以上のとおり,本件覚書の「斡旋する」との文言は,本件代替地を原告に取得させる旨の法的義務を千葉市に課したものと解するのが相当であるから,原告と千葉市との間では,これを本件売買契約の条件としていたか,少なくとも本件代替地取得合意が成立していたものというべきである。仮にしからずとしても,千葉市は,本件買収地と本件代替地との交換を必須条件に掲げていた原告に対し,B市長あるいはA次長において,本件代替地を間違いなく原告に取得させることができる旨言明して本件買収地の売却を迫った上,本件仮覚書,本件覚書を差し入れて原告を信頼させたのであるから,このような行為は社会的に相当な範囲を超え,契約締結上の過失又は不法行為責任を負うものというべきである。
また,千葉市は,原告が千葉県から本件代替地を取得できるようにするために必要なありとあらゆる行動をとるべき義務を負っていたというべきであるのに,原告に対して本件代替地の具体的場所や取得時期を明確にしないまま先延ばしにし,千葉県によるb地区の使用目的・使用面積変更許可申請に先立ち,原告が本件代替地を取得できなくなることを知りながらこれを了解するなど,何らの代償措置を講ずることもなく原告に本件代替地を取得させることを不可能とする行為に出た結果,原告が本件代替地の分譲を受けることができなくなったものであるから,原告に対し,本件売買契約ないし本件代替地取得合意についての債務不履行責任若しくは契約締結上の過失又は不法行為責任を負うものというべきである。
(オ) 千葉県の不法行為責任
以上の経緯に照らすと,千葉県は,本件代替地を原告に取得させることについて千葉市に協力すべき法的義務を負っていたというべきである。
ところが,千葉県は,幕張新都心構想に進出を希望する企業の増加及び幕張メッセ計画の浮上に伴い,本件売買契約の条件ないし本件代替地取得合意の存在を了解しながらこれを無視してb地区の使用計画を見直した結果,本件代替地を原告に取得させることを不可能とした。千葉県は,このようなb地区の使用目的・使用面積の変更の許可申請に先立ち千葉市に了解を得るなどしているのであるから,原告が本件代替地を取得できなくなることを知りながらこのような変更許可申請をし,積極的に原告の債権を侵害した者として,原告に対し不法行為責任を負うものというべきである。
そして,千葉県の不法行為は,故意に本件売買契約の一内容としての本件代替地取得合意を侵害したというものであるから,千葉県の損害賠償義務は千葉市のそれと不真正連帯の関係にあるというべきである。
イ 千葉市の主張
(ア) 千葉市の債務不履行責任について
千葉市が原告に対して負う義務は,本件覚書の文言どおり,すなわち,本件代替地を原告が取得できるよう千葉県に斡旋するということのみであって,千葉市は千葉県にその旨伝える等,この斡旋義務を尽くしているのであるから,原告に対して債務不履行責任を負う理由はない。
a 本件売買契約の交渉経過・本件覚書の文言
本件交渉に際してb地区に代替地を原告が取得したいとの申出があったのは原告の方からであり,原告から本件代替地の取得を確約するよう求められたが,千葉市は,b地区は千葉県の所有に属するものであって千葉市はその譲渡先や条件を決定しうる立場にはないから,千葉県の定める条件で原告が代替地を取得することのできるよう斡旋することしかできないし,千葉県が千葉市の意向に拘束される根拠もないと説明した。そのため,本件交渉に当たった原告側弁護士との間で本件覚書の文言をどのようなものにするかについて議論となった。そして,このような議論の末に作成された本件覚書には,本件代替地を「千葉県の分譲条件に従い斡旋する」との文言が記載されているにすぎず,その場所や正確な地積,価格,時期は記載されていない。
b 千葉県と千葉市との関係
b地区の所有権・分譲権限は千葉県に帰属し,所定の手続を経て分譲希望業者に分譲することになっていたものであるから,千葉市はその譲渡先や分譲条件を決定しうる立場にはなく,また,千葉県が行う土地利用計画の変更を阻止することのできる立場にもない。
c 本件覚書記載の斡旋義務の履行
千葉市は,本件覚書に基づき,b地区の使用計画見直しの委員会や会議の中で千葉県側に分譲条件の提示を求めたり,同計画の見直しが定まった後,平成3年1月に提示された分譲面積1500m2では原告の希望と隔たりがありすぎることを指摘して面積増を要望し,同年3月に倍増の提示を受ける等,原告が本件代替地を取得することができるよう斡旋に努めている。そもそも,b地区においては,公募により分譲することとされていたのにもかかわらず,分譲申込の手続もしていない原告に千葉県が分譲を提示したのは,千葉市による斡旋があったからに他ならない。
(イ) 千葉市の契約締結上の過失ないし不法行為責任について
また,原告が本件代替地取得の実現につき合理的な信頼を抱いていたとはいえない。しかも,原告が本件代替地を取得できなくなったのは,この契約の第三者である千葉県の申請によるものであって千葉市に帰責性があるわけではないから,千葉市が原告に対して契約締結上の過失ないし不法行為責任を負う理由もない。
a 原告が本件代替地を取得できる可能性
本件代替地なるものは特定されていない上,原告主張の分譲価格と千葉県による分譲価格との間には大きな差があったのであるから,分譲条件が将来的に合致するかどうかも未確定であった。
b 原告による本件買収地取得の経緯に対する疑念
本件買収地の不整形な形状,本件買収地を分断する国有地の存在,大型トラックの進入困難さ等に照らすと,そもそも本件買収地が原告主張のように木材加工製品工場を建設するのに適切な土地であったのか疑問がある。
むしろ,原告が,本件買収地周辺における下水処理場計画の事前協議直後(昭和48年1月22日),本件買収地の西側に隣接する合計5万2690.06m2の土地(以下「第二土地」という。)を取得したこと,第二土地はすべて下水処理場計画の区域内にあり,まとまった一団の土地であり,原告は,その取得から間もない昭和48年7月に千葉市へこれを売却したにもかかわらず,本件買収地の売買については難色を示していること,原告ないしDが,本件買収地以外にも,大阪府堺市及び千葉県市原市において,その取得した土地を他へ転売している例があること等に照らすと,原告は,千葉市が公共施設を展開するために本件買収地を必要とするであろうと予測し,転売利益を得る目的で本件買収地を取得するに至ったのではないかとの疑念すらある。
c 本件代替地の必要性の消滅
原告は,本件売買契約後,平成元年から平成3年にかけて,茨城県つくば市に土地を取得して木材加工製品工場を操業しており,また,千葉県によりb地区の使用計画について見直しがなされたことを千葉市が原告に説明した際,原告は,当初予定の木材加工製品工場が建設できないとしても,千葉県の土地利用計画に併せた事業展開をすると述べてFの設立計画を策定する等し,少なくとも同地区における木材加工成品工場建設の意思を放棄しているのであるから,遅くともこの時点で,本件代替地の取得は原告にとって必要不可欠なものではなくなったはずである。なお,原告は,千葉県に対して直接分譲申込をすることができるにもかかわらず,未だにこれをしていないのであるから,そもそも本件代替地を必要としていたのかすら疑わしい。
ウ 千葉県の主張
(ア) 千葉市と千葉県との関係
b地区の譲渡には所定の手続が必要とされているだけで,千葉市が決定した譲渡先を千葉県が受け入れなければならないという関係にはない。また,b地区の使用目的の変更に際しては,港湾管理者の長たる千葉県知事の許可を受けているのであるから,このような使用目的の変更が非難されるべき筋合いにはない。さらに,千葉市にはb地区の譲渡先の決定権限はないのであるから,本件交渉において原告主張のような申入れが千葉市から千葉県に対してなされるはずがなく,また,仮にそのような申入れがなされたとしても,千葉県がこれに応じたり了解を与えたりするはずがない。
(イ) 本件覚書の文言
本件覚書の内容は,あくまで千葉市が原告に対して代替地取得について斡旋をするということを記載したに過ぎないものであって,仮に千葉市が本件覚書により原告に対し何らかの義務を負うとしても,本件覚書の第三者であり斡旋の相手方である千葉県が,原告に対し代替地を提供する義務はないし,そもそも,千葉県が原告の千葉市に対する斡旋請求権を侵害しうる立場にはない。
(ウ) 千葉県の不法行為責任について
以上によれば,千葉県がb地区の使用目的を変更したことに伴い原告が本件代替地を取得できなくなったとしても,そのことで千葉県が原告に対し不法行為責任を負ういわれはない。
(2) 本件売買契約における原告の意思表示は錯誤無効か。
ア 原告の主張
原告が本件買収地を手放すことも止むなしとまで考えるに至ったのは,千葉市が原告に対して縷々再考を促し,当時の千葉市長が原告代表者と面談して本件買収地を譲ってほしいと懇請するなどされたからであり,原告は,立地その他の条件において本件買収地と遜色のない土地との等積交換であれば買収に応じることも止むなしとの条件提示をした。そして,このような条件提示に対して本件買収地に匹敵するような代替物件は容易に見つからず,交渉が暗礁に乗り上げかけたときに千葉市から持ち出されたのが本件代替地を原告に取得させるとの合意であった。このように,原告側提示の代替地との交換という本来の条件に代わるものとして本件代替地を将来原告に取得せしめるとの申し入れがなされた以上,その内容は原告と千葉市が本件買収地と代替地を交換するのと同等の結果を確実にもたらしうるものでなければならず,仮に千葉市においてもとより本件代替地を確実に取得させることができなかったというのであれば,原告が本件代替地を取得できることが確実であると誤信して本件買収地を売買したものであり,この意思表示には錯誤があったことになる。そして,本件代替地を確実に取得できるか否かは,千葉市の買収要請に応じて原告の事業に不可欠な買収地を手放すこととなる本件売買契約の締結に応じるか否かという判断に重大な影響を及ぼすものであり,本件売買契約の重要な要素に当たるから,原告のした本件売買契約の意思表示はその要素に錯誤があったものというべきである。なお,原告の錯誤は動機の錯誤ではあるが,上記のような売買契約締結にいたる経緯等によれば,原告の上記動機が本件売買契約締結の際に千葉市に対して表示されていたことは疑いがない。
以上によれば,本件売買契約における原告の意思表示は錯誤により無効である。
イ 被告らの主張
千葉市において,本件代替地を原告に「もとより」斡旋できなかったという事実はない。当時,千葉県の埋立地利用方針には都市再開発用地内に工場予定地があったのであり,千葉市は,その場所がどこかは未定であったにせよ,製造業用地を斡旋しようと考えていたことは紛れもない事実である。ただ,このような土地利用方法が後に変更になって工場移転用地がなくなったことは予想外の出来事であったが,原告及び千葉市は,埋立地は埋立工事完了後千葉県の所有となること,従って分譲は千葉市ではなく千葉県が行うものであること等の明確な認識を持っていたから,このような変更があり得ることは理解しなければならず,原告には錯誤はない。加えて,埋立地の取得の成否は本件売買契約の要素にはなっていないから,売買の意思表示に要素の錯誤があったということもできない。
(3) 原告の損害額
ア 原告の主張
(ア) 本件売買契約の解除に基づく損害額
原告は,千葉市に対し,本訴をもって本件売買契約を解除する。
本来ならば,原告は,千葉市に対して,本件売買契約の解除に基づく原状回復請求権により,本件買収地を原状に復した上でこれを原告に返還するよう請求すべきところであるが,本件買収地上には既に公共施設が存在しており,その撤去は非現実的で社会経済上の損失も計り知れないため,本件買収地の更地価格として,現在の路線価(本件買収地の時価はこれを下回ることはない。)を参考にした1m2あたり13万円で計算した原状回復に代わる価格賠償を請求する。その金額は,合計36億0191万円となるが,そこから,本件売買契約に基づいて原告が千葉市から受領した本件買収地売買代金を差し引いた29億7747万7341円となる。
また,千葉県の不法行為は,故意に本件売買契約の一内容としての本件代替地取得合意を侵害したというものであるから,これにより被った損害額は上記金額を下回らない。
(イ) 本件代替地取得合意の履行不能に基づく損害額
また,原告は,本件代替地取得合意の履行不能によって損害を被ったものであるから,この履行を条件とする本件売買契約を解除するまでもなく,被告らはこれを賠償する義務を負う。その金額は,千葉市が本件代替地取得合意を履行していれば原告が取得していたはずのb地区内の元都市再開発用地3万m2の履行不能時である平成3年の評価額から,その土地を取得するために要すべき取得原価である本件代替地の造成原価方式による算定額を差し引いた額となる(なお,千葉県企業庁造成土地等分譲基準1条,昭和48年法律第84号による改正後の公有水面埋立法27条2項3号によれば,権利を移転し又は設定しようとする者がその移転又は設定により不当に受益してはならないことが定められており,そのためには埋立造成原価方式によることが要請されていると解されるところ,このような規定が存在しなかった同法改正前も同法の精神・目的から同様に解されていたところであるから,本件代替地の分譲条件も埋立造成原価方式によるべきことは明らかである。)。しかしながら,仮に本件代替地の評価額につき地価下落後の平成9年時点の路線価をもとにしても,その総額は52億5000万円(1m2あたり17万5000円)であり,一方,本件代替地の取得原価を1坪当たり20万円としても,その総額は18億1500万円(1m2あたり6万0500円)となるから,原告の得べかりし利益は34億3500万円を下らない。そこで,原告は,千葉市に対し,この内金29億7747万7341円を請求する。
(ウ) 錯誤無効による原状回復に代わる価額賠償としての損害額
また,(2)の(ア)のとおり,本件売買契約は錯誤により無効であるから,原告は,千葉市に対し,原状回復に代わる価額賠償として,(ア)と同様,29億7747万7341円の支払を求める。
・※ 本件代替地取得合意に関する契約締結上の過失責任に基づく損害額
a 本件代替地売買合意が成立するまでには至っていなかったとしても,千葉市は,本件代替地の取得が確実である旨原告をして信頼せしめたにもかかわらず,自らb地区の使用目的変更について千葉県に同意したものである以上,本件代替地取得合意の実現がなされなかったために原告が損害を被ったことは,まさしく千葉市のみの帰責事由によるものである。
したがって,原告は,千葉市に対し,契約責任と同等の履行利益の損害賠償を請求する。その金額は,前記のとおりである。
b 仮にaの履行利益を損害額とみることができないとしても,原告は,本件代替地を取得することができると信じたことによって被った損害(信頼利益)の賠償を請求することができる。すなわち,原告は,本件代替地を取得できないことを知っていれば本件買収地を手放さずにいたのであり,これを手放さなければ得られたであろう利益,すなわち,本件買収地において原告が工場を操業していた場合の営業利益相当額等が原告の損害である。
本件買収地の昭和52年3月12日時点における時価は6億2443万2659円を下回ることはなく,これを基に算出した平成3年3月11日(本件代替地取得の不能が確定した以前の日)までの14年間の期間賃料合計額は7億0711万7037円となるから,原告の当該期間における通算営業利益相当額はこれを下回ることはない。他方,原告は,千葉市に本件買収地を売却した結果,その売却代金6億2443万2659円を受領しており,これに対する年5分の割合の14年分の利息相当合計額は4億3710万2861円である。よって,これを上記営業利益相当額から控除した2億7001万4176円が原告の被った損害になる。また,原告は,本件代替地取得合意が有効であると信じて千葉市や千葉県を訪問した際の交通費,事業計画書作成費等の現実の出捐をしており,その額(別紙損害一覧表のとおり合計605万3870円)も原告の被った損害である。
よって,千葉市の過失行為によって原告の被った損害額は,これらの合計2億7606万8046円である。
イ 千葉市の主張
(ア) 本件売買契約の解除に基づく原告主張の損害については,原告は,本件買収地を時価で売却し,代金を受領しているから損害もないというべきであるが,そもそも,本件売買契約について,千葉市はその代金を支払っているから債務不履行にはならず,原告には本件売買契約の解除権は発生していない。
(イ) また,本件代替地取得合意の履行不能に基づく原告主張の損害については,そもそも,本件代替地取得合意なるものは成立していないから,その履行不能による原告の損害なるものは存しない。
(ウ) 契約締結上の過失責任に基づく原告主張の損害については,このような消極損害を契約締結上の過失責任において請求しうるとした事例は存しない。また,原告は本件代替地の取得ないし事業展開のために費用を投下したわけではないから,積極損害は発生していない。さらに,原告は,本件買収地の14年間の賃料相当額をもって損害額と擬制できるとするが,昭和51年当時,本件買収地は虫食い状態で使い物にならず,使い物になる土地にするためには10年ないし20年の歳月と莫大な先行投資が必要であったと考えられるから,昭和51年からの賃料を損害とみることはできない。
・※ また,上記のとおり,原告の意思表示に錯誤がないことも明らかであって,原状回復に代わる価額賠償額が損害となることもない。
ウ 千葉県の主張
千葉県には,原告に本件代替地を取得させるよう千葉市に協力する法的義務は存しないから,千葉県の不法行為による原告の損害なるものは存しない。
第3当裁判所の判断
1 千葉市の債務不履行責任・千葉県の不法行為責任の成否
(1) 本件仮覚書及び本件覚書の記載文言は前示のとおりであり,また,証拠(甲1の1ないし4,6,乙2,証人G,証人H)によれば,原告側として本件交渉を担当したのが弁護士であったこと,本件売買契約書には原告に本件代替地を取得させることを条件とする旨の記載が存しないことが認められる。
この点につき,原告は,b地区の当初の使用目的に照らすと,b地区のうち工場移転用地の取得者については千葉市が自ら決定しうる立場にあり,千葉県がこれに従わなくてはならないという関係にあったから,千葉市としては本件代替地を原告に取得させる旨を確約しうる立場にあったと主張するが,b地区の当初の使用目的等は前示(第2の1(4))のとおりであって,このことから原告主張のような協力義務が千葉県に生じるということはできない上,本件全証拠によっても,千葉県に帰属するb地区の取得者について,第三者である千葉市がこれを決定し,千葉県がこれに従わなくてはならないというような関係にあったと認めることはできないから,この点に関する原告の主張はその前提を欠くものであって採用できない。
また,原告は,原告が本件買収地を千葉市に売却することについて消極的であったところ,本件交渉の過程において千葉市側が本件代替地を原告に取得させる旨確約したとも主張するが,原告側に弁護士まで関与してなされた本件交渉の結果として作成された最終書面が本件仮覚書及び本件覚書であって,その文言は前示のように「斡旋する」との記載にとどまっていることと,b地区の分譲先について千葉市が決定権を有するということができないとの上記説示を併せると,原告が本件代替地を取得することを本件売買契約の条件とすることで原告と千葉市との意思が合致していたとするにはなお疑念が残るところである。G作成の報告書(甲6)及び原告代表者の陳述書(甲16)ないし証人Gの供述のうち,これに反する部分をたやすく措信することができない。
したがって,原告と千葉市との間で,原告に本件代替地を取得させることを本件売買契約の条件とする旨の合意が成立していたということはできず,本件売買契約の代金が原告に支払われていることは前示のとおりであるから,本件売買契約について千葉市の債務不履行をいう原告の主張は理由がない。
(2) また,原告と千葉市との間で,本件売買契約とは別個に本件代替地取得合意が成立していたということもできないことは(1)で説示したとおりであるから,本件代替地取得合意について千葉市の債務不履行をいう原告の主張にも理由がない。
(3) なお,原告は,千葉県には本件代替地を原告に取得させることについて千葉市に協力すべき法的義務があったとも主張するが,その前提を欠くことは(1)で説示したところから明らかである。
2 錯誤無効の主張について
原告は,本件売買契約の意思表示には動機の錯誤があり,無効であると主張する。そこで検討するに,前記争いのない事実等及び証拠(乙3,証人H,証人I)によれば,b地区は,昭和48年ころから千葉市内等の住宅地に混在している工場等の移転,再配置の受け皿として工場移転用地を配置するものと位置づけられており,千葉市も,本件売買契約当時,本件代替地としてb地区を原告に斡旋しようと考えていたが,千葉県は,港湾管理者の長の許可を受けて,別表のⅡ①ないし⑤欄のようにその使用目的・使用面積を変更し,平成元年3月23日には製造業向け都市再開発用地を3万m2の減少を伴う使用目的・使用面積の変更をし(別表のⅡ⑥欄),さらに平成3年6月11日には製造業向け都市再開発用地の廃止を伴う使用目的・使用面積の変更をし(別表のⅡ⑦欄),最終的に別表のⅡ⑧欄のように使用目的・使用面積を変更したこと,この結果,b地区への工場の移転は原告を含め,1件も実現しなかったことが認められる。
ところで,動機の錯誤は,意思表示の形成過程における動機に瑕疵のある場合であり,契約締結時点において表意者の意思決定が効果意思の内容事項の性質に関する誤った認識によって生じた場合をいうものであるところ,契約締結後に客観的事情が変化して契約条件が履行できなくなったような場合には,契約締結時における表意者の意思決定に瑕疵はないから,意思表示が錯誤無効となる余地はない。
そうすると,本件契約時点において,千葉市が原告に本件代替地を斡旋するつもりがなかったとはいえないのみならず,本件においては,本件代替地の斡旋を受けられると考えて本件売買契約を締結した原告について,その意思決定が誤った認識によって生じたものともいえないから,意思表示の錯誤が問題となる余地はない。
よって,原告の上記主張は理由がない。
3 千葉市の契約締結上の過失ないし不法行為責任の成否
(1) 本件代替地取得の斡旋について
本件覚書の内容が前記争いのない事実等のとおりであることに照らすと,千葉市は,原告に対し,本件代替地を原告が取得することのできるよう千葉県に斡旋する義務(以下「本件斡旋義務」という。)を負っていたものということができる。
そこで,本件斡旋義務が尽くされたか否かについて検討すると,証拠(乙3,丙9ないし11,13ないし15,証人I,証人J)によれば,① 昭和62年9月17日,原告が千葉県側と直接話をしたいとの要請に応え,千葉市の職員がこれに同行したこと,② 千葉県から千葉市に対してb地区の使用計画見直しの基本方針についての昭和64年1月7日付協議申出書に対して,千葉市が,平成元年2月6日付けで,千葉市内の公共事業等に関連して,進出を望む事業所等に対する分譲方について配慮されたい旨の回答をしたこと,③ 千葉県から千葉市に対し,同月14日付けで,この回答における要望事項に対しては今後具体化した段階でその対応を協議することとしたい旨の再回答がなされたこと,④ 千葉市は,これに対し,同月28日付けでこれを了承する旨の回答をしたこと,⑤ このようなやりとりの後,千葉県が,平成元年3月13日付けで,別表のⅡ⑥欄の変更許可申請をしたが,その中で,当該土地は免許上都市再開発用地(製造業)となっているが,現在の周辺土地利用状況等にかんがみ,都市再開発用地が減少することについては特に問題がない旨が記載されていること,⑥ 平成3年1月ころ,千葉県側が千葉市に対し原告への斡旋用地として1500m2の提示をしたのに対して,千葉市がこれでは原告の要望とあまりにも隔たりがあると考え,千葉県側に面積増加を強く要望したこと,⑦ その結果,千葉県が改めて3000m2を提示したことが認められる。
以上の事実によれば,千葉市は,本件斡旋義務に基づき,原告が本件代替地を取得することのできるよう千葉県に対して相応の働きかけをしていたことが認められるから,この点をもって千葉市に本件斡旋義務違反の責任が生じるということはできない。
(2) 本件売買契約締結の際の義務違反について
ア 認定事実
証拠(甲6,13,41,42の1ないし5,43の1・2,乙3,4の1ないし4,5の1・2,12,丙15,証人G,証人I,証人J)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 原告は,東京都のk,l,m,大阪府堺市において木材加工製品等の製造工場を有していたが,昭和30年代後半ころ,東京都から工場を別の場所へ移転するよう行政指導を受けたため,東京都内の3か所の工場を新たに1か所に集めて工場を建設しようと考え,その建設用地として本件買収地を取得した。原告は,本件買収地付近を原告のグループ企業の関東における事業拠点とするため,本件買収地周辺の土地を取得すべく所有者と交渉するなど,遅くとも昭和47年10月ころには,本件買収地における木材加工製品工場の建設計画を具体化させ,本件買収地周辺の土地を取得して工場用地の整形を試み,一方で工場の建設計画を立てる等,積極的に本件買収地において木材加工製品工場を建設すべく,計画を進めていた。
(イ) 一方,千葉市は,千葉市n町に下水処理場を建設することを計画し,昭和51年2月ころ,B市長が当時の原告代表者であったKらに対し,本件買収地を下水処理場建設用地として売却してほしい旨要請した。原告は,本件買収地がその事業に不可欠であるとしてこれを断っていたが,千葉市から再三にわたって買収に応じて欲しいと懇請されたため,原告の事業計画に合致する代替地との等積交換が可能であれば買収に応じる旨千葉市に回答した。
千葉市は,同年4月ころ,原告に対して適当な代替地は見つからないが,千葉県企業庁が千葉市oに埋立を計画しているb地区について,海が近く,全体が工場地帯となるので,その内1万坪を確保し,原告に取得させるとの提案をした。原告は,社内で検討の結果,坪当たりの価格や本件買収地と等積の土地を取得できることがもう少し明確に保証されれば千葉市の提案を受け入れようということになり,原告の顧問弁護士であった冬柴鐵三にその折衝を依頼した。
G弁護士は,Kから,上記の事項について将来争いにならないよう,千葉市長と面会した上で書面を作成してもらいたいとの依頼を受け,昭和51年6月22日,千葉市役所においてB市長及びA次長らと会談した。その中で,同人らから,① b地区の斡旋にできるだけ努力すること,② 面積は,本件買収地と等積の1万坪であること,③ 価格は原価主義であり,坪当たりおよそ12万円から13万円となること,④ 引渡時期は昭和55年から56年ころになること,などについて説明を受けた。このような交渉の中で,A次長は本件仮覚書を,B市長は本件覚書を原告に交付した。
(ウ) 原告は,本件代替地の引渡時期の目途とされた昭和55年2月ころから,千葉市に対して本件代替地の斡旋の時期や条件等について折衝を開始し,原告が千葉県から本件代替地を取得することができるよう催促したが,千葉市は,まだ確定的なことは言えない,千葉県に確認しているなどとして確答を避け,結局,第2の1(5)記載のような経過で,平成3年6月にb地区の都市再開発用地のうち製造業用地が廃止されたことにより,原告が本件代替地を取得することは不可能となった。
イ 本件への当てはめ
(ア) 以上を前提に,本件について千葉市の責任を検討する。
一般に,契約締結の際に,契約当事者の一方が相手方の意思決定に対して重要な意義を持つ事実について信義則に反するような申立てを行い,相手方を契約関係に入らしめ,損害を生じさせた場合には,売買契約に伴う信義則上の義務に違反したものとして,損害賠償責任を負うというべきである(契約締結上の過失責任)。
本件では,アで認定した事実によれば,原告が本件買収地を千葉市に売却することを決意したのは,本件買収地を公共事業のために手放す代わりにその公共事業を行う地方公共団体自らの斡旋により本件代替地を取得することができるという期待を抱いたからであるということができる。そして,前示のような本件交渉の過程,本件売買契約締結後の原告と千葉市とのやりとりの内容,本件買収地における原告の工場建設へ向けての準備態様,本件代替地取得の斡旋担当者が地方公共団体であったこと等に照らすと,原告がこのような期待を抱くに至ったことにも合理性があるものということができる。
そして,千葉市は,原告にこのような期待を抱かせるような方法で本件売買契約を締結したにもかかわらず,その後のb地区における土地使用目的の変化により最終的には本件代替地を原告に取得させることができず,原告の期待は水泡に帰したものであるから,このような期待を抱かせるような方法を用いて原告を契約関係に入らしめ,本件売買契約を締結した千葉市関係者らの行為は,売買契約に伴う信義則上の義務に反するものとして契約締結上の過失責任を免れないというべきである(なお,本件交渉の経緯や原告と千葉市との間のやりとりの内容等を考慮しても,千葉市の行為をもって社会通念上違法とまで評価することはできず,千葉市の行為が不法行為に当たるということはできない。)。
(イ) この点,千葉市は,本件買収地は工場用地には到底なり得なかったと縷々主張するが,前記認定のように,本件買収地周辺に未買収地が存するが,これは買収作業の途中であり,国有地買収や農地転用の可能性については,本件全証拠によっても皆無とすることはできないから,千葉市主張のように本件買収地が工場用地には到底なり得なかったとすることはできない(そもそも,仮に本件買収地が工場用地となり得なかったのであれば,千葉市が本件代替地を原告に斡旋する旨を約した理由が釈然としないこととなる。)。
また,千葉市は,原告による第二土地の取得時期や本件買収地の周辺地の買収,第二土地その他の土地の転売例等を挙げて,原告が将来千葉市に土地を高く売るために原告が本件買収地の売買を拒み,代替地を要求したのではないかとも主張する。しかしながら,仮に原告に千葉市主張のような意図があるとすれば,原告が第二土地を千葉市に売却する際にも同様に売却を渋り代替地を要求してしかるべきとも思われるのに,本件全証拠によっても原告がこのような要求をしたことは窺えないし,前示のとおり,本件交渉において本件斡旋義務の話が持ち上がったこと,原告が本件買収地の周辺地の買収を進めていたことにも照らすと,この点に関する千葉市の主張は未だ憶測の域を出ないものといわざるを得ない。
さらに,千葉市は,原告が茨城県つくば市に土地を取得し工場を建設したことや,千葉県によるb地区の使用計画見直しに応じて本件代替地の使用目的の変更を持ちかけたこと,未だに千葉県に対して直接分譲申込をしていないことをもって,本件代替地を工場用地として取得する必要性が消滅したのであるから,もはや本件代替地取得に対する原告の期待は合理的なものではなくなっているとも主張するが,ここで問題となるのは,本件斡旋義務の履行による本件代替地取得の可能性について原告が千葉市を信頼したことの合理性の有無であるから,この点に関する千葉市の主張は採用できない。
(ウ) 以上によれば,千葉市は,原告に本件代替地を取得できるとの期待を抱かせた点において契約締結上の過失責任を免れない。
4 原告の損害額
(1) 上記のように,千葉市は,契約締結上の過失責任を免れないが,その賠償すべき損害額は,原告が本件代替地を取得できると信じて支出した費用及び本件代替地を手放さなければ得られたであろう利益と解すべきである。この点,原告は,契約が履行された場合に得られたであろう利益(履行利益)についても損害であると主張するが,契約締結上の過失責任は契約の有効を前提とするものではないから,履行利益の賠償までは認められず,契約が有効であると信頼したことによって生じた損害(信頼利益)のみが賠償の対象となる損害というべきである。
本件では,千葉市は,原告に上記のような期待を抱かせて本件買収地を買収し,原告の本件買収地における営業活動の機会を奪い,営業上の利益を侵害したものであるから,本件買収地において,原告が工場を操業していた場合等の営業利益相当額及び本件代替地を取得できると信じて支出した費用相当額をもって損害というべきである。
(2) そして,原告が本件買収地を手放したことによる営業利益相当額の損害について検討すると,証拠(甲45)によれば,本件買収地の昭和52年3月12日時点における時価は6億2443万2659円を下回ることはなく,これを基に算出した平成3年(本件代替地取得の不能が確定した時点)の3月11日までの14年間の期間賃料合計額は7億0711万7037円となることが認められる。そうすると,原告の当該期間における通算営業利益相当額は,少なくとも上記賃料合計額であると推認することができる。他方,原告は,千葉市に本件買収地を売却した結果,その売却代金6億2443万2659円を受領しており,これに対する年5分の割合の14年分の利息相当合計額は4億3710万2861円であり,これを上記金額から控除すると,2億7001万4176円となる。また,証拠(甲46)によれば,原告は,本件代替地取得合意が有効であると信じて弁護士らを千葉市や千葉県に派遣した際の交通費,事業計画書作成費等の現実の出捐をしていることが認められ,その額は別紙損害一覧表のとおり合計605万3870円程度である。
(3) 一方,前示のとおり,本件買収地の地目は全て田であり,本件買収地周辺土地が買収作業の途上であったこと,いつの時点でそこに工場を建設して操業を開始することができたかを認定することは困難であることからすると,前記合計額2億7606万8046円の全額が原告の被った損害とするにも疑問がある。そして,前示通算営業利益相当額(原告主張額と同額)が相当控え目の数額であることなどの事情を考慮し,当裁判所は,民事訴訟法248条により,2億7000万円をもって損害額と認定することとする。
なお,千葉市は,本件買収地は虫食い状態で使い物にならず,使い物になる土地にするためには10年ないし20年の歳月と莫大な先行投資が必要であったから,昭和51年からの賃料を損害とみることはできないと主張するが,前示のとおり,原告は本件買収地周辺土地の買収作業の途中であったのであり,本件買収地周辺に未買収地が存するからといって,本件買収地がが工場用地には到底なり得ないとまでいうことはできないから,千葉市の上記主張は採用できない。
(4) よって,原告の被った損害額は,2億7000万円である。
第4結論
以上によれば,原告の本訴請求は被告千葉市に対して上記損害金とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,被告千葉市に対するその余の請求及び被告千葉県に対する請求は理由がないからこれらを棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条,65条1項に従い,主文のとおり判決する。なお,仮執行宣言は相当でないから,その申立てを却下することとする。
(裁判長裁判官 園部秀穗 裁判官 向井邦生)
裁判官今泉秀和は,転補のため,署名押印することができない。裁判長裁判官 園部秀穗
<編注:『※』部分は原文のとおり。>