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千葉地方裁判所 平成8年(ワ)1057号 判決 1998年3月26日

原告

右訴訟代理人弁護士

高橋高子

被告

乙1

右代表者代表取締役

乙2

被告

乙2

右両名訴訟代理人弁護士

宮澤潤

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成八年六月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、原告が勤務先会社の代表取締役から、性交渉を強要されるなど様々なセクハラ行為を受けたとして、代表取締役個人に対しては不法行為を理由に、勤務先会社に対しては不法行為及び債務不履行(職場環境の調整義務違反)を理由に、それぞれ損害賠償を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告乙1建設株式会社(以下、被告会社という。)は、不動産の売買、仲介、貸付等を業とする会社であり、被告乙2(昭和三〇年一月一五日生。以下、被告乙2という。)は、被告会社の代表取締役である(争いがない。)。

2  原告(昭和四九年一一月八日生)は、平成八年三月二四日、被告会社に事務員として雇用され、翌二五日から船橋市習志野台<番地略>所在の被告会社の事務所で勤務を始めた(争いがない。)。

なお、原告は、平成四年一〇月に前夫と婚姻し、平成五年五月七日に長男が出生したが、平成七年六月協議離婚し、実家近くにアパートを借りて長男を養育しながら生活していたものである(甲二八、原告本人(第一、二回))。

3  被告会社の従業員としては、他に、営業部長の訴外小泉次郎(以下、訴外小泉という。)、経理担当事務員の訴外山下紀子(以下、訴外山下という。)がいた(争いがない。)。

三  原告の主張

1  原告に対する加害行為

(一) 被告乙2は、原告を「甲ちゃん」と呼んで、馴れ馴れしい態度で接し、事務所で原告と二人きりになると、用事もないのに原告に近づいてきたり、平成八年三月二八日には、パソコンを操作して原告に男女の裸の姿を画面に出して見せたりした。

また、同月二九日には、事務所の台所で洗い物をしている原告の後ろから抱きつき、胸や腰を手で触れ、翌三〇日には、二人だけになった事務所で、原告のスカートの中に手を入れたり、腰に手を回したり、キスを求めたりと、その行動は次第にエスカレートしていき、原告が抗議するのもかまわずに執拗にこれを繰り返した。そのため、原告は不快感、嫌悪感を覚え、悩みで食事も十分にとれなくなった。

(二) 同年四月一日には、被告乙2は、原告に対し、「愛しくてたまらない。生活の面倒をみてあげたい。学生以来のときめきで夜も眠れない。」などと言い、原告は「やめて下さい。母子家庭だと思って馬鹿にしないで下さい。」と抗議したが、このようなことから、次第に被告会社で働き続けるのは困難と考えるようになった。

(三) 四月五日から同月八日までの間も、被告乙2は、原告に対し、前同様のことを言い続け、勤務中の原告の肩や胸に触れたり、スカートの中に手を入れたり、キスをしようとしたり、卑猥な言葉をかけるなどしたため、同九日、原告は我慢できずに退職を申し出たところ、被告乙2は「申し訳ない。悪かった。もう絶対にしない。」と謝罪して、翻意を求めたため、新たな就職先を見つけるのも困難であったことから、原告は退職を思いとどまった。

(四) 四月一二日午後七時ころ、原告は被告乙2から、訴外小泉と共に食事に誘われて、同人の自動車で午後七時二〇分ころ、近くの小料理店「政」に行ったが、食事らしいものは注文せず、訴外小泉と被告乙2が日本酒を飲んでいる横で、ウーロンハイをコップ半分くらい飲み、途中で手洗いに立って戻ったところ、コップがいっぱいになって味も変わっており、勧められてさらに半分ほど飲んだものの、身体から力が抜け、気分も悪くなってしまった。日本酒を入れたのではないかと疑ったが、被告乙2らはウーロン茶をたしただけと否定していた。

午後九時三〇分ころになって店を出たが、訴外小泉は「酒を飲んだ女性は乗せられない。」と言って、原告が同人の自動車に乗るのを断り、被告乙2が「俺が送って行くよ。」と、その自動車の助手席のドアを開けたため、原告は自宅のアパートまで送って貰えると思い乗車した。

ところが、被告乙2は「遠回りになるけど、近くの現場で物件を見ておきたいので、悪いけど寄って行くけどいいか。」と言って自動車を走らせ、途中、気分が悪く冷たい飲み物が欲しくなった原告が、コンビニエンスストアでジャスミン茶などを買って自動車に戻ると、原告方とは違う方向に向かってモーテルに入り、「具合が悪そうだから、少し休んで帰ったほうがいい。」と言って、原告の手を引っ張って車から降ろし、担ぎ上げるようにして、モーテル内の部屋に連れ込み、「やめて下さい。」と拒絶する原告を押え付け、身動きのできない状態にして姦淫した。

(五) 翌四月一三日に、原告は、被告乙2に対し、前夜の行為につき、訴外小泉と共謀して計画的に仕組んだものと抗議し、謝罪を求めたところ、反対に、被告乙2は、「これからの時代は、ワープロ、パソコン、営業、車の運転、物件の調査等のできるキャリアウーマンでなければ、会社にとっては必要ない。」と怒鳴りつけ、「仕事のできない人は要らない。」と繰り返して、原告が自発的に退職するように迫った。

このようなことから、原告は被告会社で働くことが耐えられなくなって、同月一四日から欠勤し、身体も不調となって、同月二八日に被告会社を退職した。

2  原告が被告会社を退職せざるを得なかったのは、被告乙2が、代表取締役の地位を利用し、原告に性的要求への服従と性的関係を強要し、また原告が性的要求を拒否したことを理由に雇用上不利益を与え、さらに性的な言動、ポルノビデオを見せる等により不快の念を抱かせるような職場環境を醸成するなど、セクシャル・ハラスメント(職場で行われる相手方の意思に反する性的な言動で、労働環境や労働条件に悪い影響を与えるような行為をいう。)を行ったことが原因である。

3  被告乙2の責任

被告乙2は、被告会社の代表取締役という立場を利用して、前記の各行為によって、原告を性的行為の対象として扱い、自己の意に従わせようとしたもので、原告の性的決定の自由を著しく侵害し、職場の労働環境を悪化させ、その結果、原告に被告会社からの退職を余儀なくさせたのであり、不法行為責任を免れない。

4  被告会社の責任

(一) 被告乙2は代表取締役としての立場を利用して前記の各行為に及んだもので、被告会社の機関として、その職務を行うにつきなされた不法行為であり、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、また被告乙2の使用者として民法七一五条によっても不法行為責任を負う。

(二) また被告会社は、原告との雇用契約に付随して、原告の労務遂行に関して、その性的自由や人格的尊厳を侵し労務提供に重大な支障をきたす事由の発生を防止し、又はこれに適切に対処して、被用者である原告が前述のようなセクシャル・ハラスメントを受けることなく労働できる職場環境を保ち、かつ、働く権利を保障するためにあらゆる措置を講ずべき義務(職場環境調整義務)を負っている。しかるに被告会社は被告乙2の前記行為について何らの措置も講じなかったもので、民法四一五条により債務不履行責任をも負うものである。

5  原告の損害

(一) 慰謝料 三〇〇万円

原告は、被告らの行為により、性的自由を侵害されたうえ、退職を余儀なくされ、甚大な精神的苦痛を被った。

(二) 弁護士費用 三〇万円

四  被告らの主張

1  被告乙2が、原告とモーテルに行って性交渉をもったことはあるが、その経過は次のとおりであり、原告との合意のうえでのことである。

その余の原告の主張するような行為は一切存しない。

(一) 平成八年四月一二日の勤務終了後、被告乙2が訴外小泉を食事に誘ったところ、同人がさらに、当日は保育園に子供を迎えに行く必要がないという原告を誘ったもので、被告乙2が原告を誘ったことはない。

(二) 前記「政」では、原告は自ら注文してウーロンハイを飲んでいたが、酔うに連れて、隣に座っていた被告乙2に擦り寄って行き、見かねた訴外小泉が「離れなさい。」と注意するほどであった。

(三) 同店を出てから、訴外小泉は取引先の杉本建設に行くために原告を送って行けず、そのため被告乙2が自動車で原告を送っていくことにしたが、車内で原告は被告乙2と性交渉を持つことに同意したため、被告乙2は路上に車を止めて、再度原告の意思を確認し、その場でキスをした。

(四) その後、原告の求めでコンビニエンスストアに寄ってから、モーテル「JUN」に入ったが、ネオン等で原告にもモーテルであることは分かった筈であり、また一度部屋を間違えるなどしたこともあったが、原告は嫌がることもなく室内に入り、被告乙2が担ぎ上げるようにして原告を部屋に押し込めたようなことはない。

入室後も、原告は先に風呂に入った被告乙2の背中を洗い流したり、二人揃って歯を磨いたりし、また口淫をして、避妊具の使用を求め、性行為の終わった後にも「社長としちゃった。」などとはしゃいだ様子でいたものである。

(五) 四月一三日に被告乙2が、原告に対し、退職を迫るような発言をしたことはない。ワープロを打っている原告を励ますつもりで、「キャリアウーマンみたいに打てるようになったらいいね。」と言い、自動車の運転免許を取るとも言っていたことから、「車の免許も取れたらいいね。頑張りなさい。」と言っただけである。

2  仮に、被告会社の事務所内で、原告の主張するようなセクハラ行為があったというのであれば、被告乙2と食事に同行したり、同人の自動車に無警戒に乗り込むようなことは考えられない。

また、モーテルで原告の抵抗を排除して性交渉を強要したとするには、不合理な点が多く、とりわけ、性交渉を強要している女性に対して口淫させるようなことは考えがたく、原告が翌日平常通りに出勤したり、刑事告訴に及んでいないことも不自然である。

3  原告は、入社時に提出した履歴書に虚偽の学歴を記載したように、その能力にコンプレックスを持っており、被告乙2から命じられた葉書の整理が一〇日経っても一向に終了せずに叱られたこともあって、退職を考えていたところ、被告乙2と性交渉を持つという事態になったことから、それを口実に退職しようと決意したが、偶々相談した人間が問題を大袈裟に捉えたために引くに引けないことになってしまったというのが本件の真相である。

五  争点

1  被告乙2によるセクハラ行為の有無及び原告の退職との関係

2  被告乙2の不法行為責任

3  被告会社の責任

第三  争点に対する判断

一  被告乙2によるセクハラ行為と原告の退職について

1  四月一二日夜に原告と被告乙2がモーテルに行った件について

(一) 先ず、平成八年四月一二日の夜に、原告と被告乙2とがモーテルで性交渉を持つに至った経過について検討するに、証拠(甲一、五、七、一八、二四、二五、二七、乙三、五ないし七、八の1ないし6、一一、証人小泉次郎(後記信用しない部分を除く。)、証人片山澄江、原告本人(第一、二回)、被告会社代表者兼被告乙2本人(以下、被告乙2本人と略称する。)(第一、二回。後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 平成八年四月一二日午後七時前ころ、訴外小泉が営業から事務所に戻ってきて被告乙2と一緒に食事に行くことになったが、残っていた原告も誘われて同行することになり、被告乙2の運転する自動車が先導し、原告は訴外小泉の運転する自動車に同乗して、午後七時二〇分ころ、被告会社から約五〇〇メートルほど離れた船橋市習志野台二丁目所在の小料理屋「政」に着き、店内の小上がりの座敷の奥に被告乙2が座り、テーブルを挟んだ向かい側に訴外小泉が、被告乙2の横に原告がそれぞれ座った。

(2) 原告は食事に行くといって誘われたものの、被告乙2らは食事らしいものは注文せず、もずく酢とお通しで、被告乙2と訴外小泉は日本酒を、原告はウーロンハイを飲んだが、アルコールに強くない原告はコップ半分くらい飲んだところで別にウーロン茶を注文して飲み、途中、手洗いのため席を外して戻ってくると、半分ほどに減っていた筈のコップがいっぱいになっていて、被告乙2らからはウーロン茶を足してやったと説明されたが、飲んでみると変な味がして気分も悪くなったため、原告は被告乙2らが日本酒を混ぜたのではないかと思った。

(3) 午後九時三〇分ころ、帰ることになったが、訴外小泉は、得意先に寄ると言って先に行ってしまったため、原告は、被告乙2の自動車でアパートまで送って貰うことになり、助手席に同乗して出発したところ、途中、高根台中学校前の交差点を原告のアパートとは反対方向に右折したため、原告は被告乙2に、何処に行くのか尋ねると、同被告は、近くの物件を見ておきたいので遠回りになるが付き合って欲しい旨答えたため、原告もそのまま同乗していたが、原告は気分が悪く、冷たい飲み物が欲しかったことと、アパートに帰る前に買い物をしたかったことから、自動販売機のある場所かコンビニエンスストアに寄って欲しいと頼み、被告乙2は古和釜十字路近くの石神商店の前で車を止めた。

そして、原告だけが降りて店内に入り、缶入りのジャスミン茶一本と、のど飴、ボディーシャンプー、顔そり用の剃刀を買ったが、得意先に向かった筈の訴外小泉が店内で週刊誌を読んでいるのに気づいて、原告から声を掛け、店の前の自動車の中に被告乙2もいることを告げて別れ、原告は再び被告乙2の車の助手席に乗って出発したが、被告乙2は、すぐに、そこからおよそ五〇〇メートルほど離れたモーテル「JUN」内に自動車を入れて止めた。

(4) 原告は当初、モーテルに入ったことが分からずに、被告乙2に尋ねると、同被告が、原告が気分が悪そうだから少し休んでいこうと述べたので、初めてモーテルであることを知り、車から降りずにいたところ、被告乙2に手を引っ張られて降ろされ、建物内のエレベーターに乗せられて三階まで連れて行かれたが、原告が「やめて下さい。帰して下さい。」と大きな声を出したため、部屋を間違えたことにも気づいた被告乙2は「分かった。」と言って、原告とエレベーターで下まで降りた。そして二人で自動車に乗り発進したが、被告乙2はモーテル内を少し回っただけで、本来の部屋の駐車場に車を再び止め、原告を担ぎ上げるようにして降ろして部屋の前に連れていき、途中、原告が抵抗しながら足をバタバタさせたため、靴が片方脱げて、被告乙2が拾いに行ったことから、原告は先に室内に入ってトイレに駆け込み、ドアを閉めてしばらく閉じこもっていたが、外で水音がしたのを機に、逃げ出そうとトイレから出たところを被告乙2に捕まり、ベッドの上で押さえ込まれるなどして、着衣を脱がされ、姦淫されたが、その過程で、被告乙2に言われて、性交を可能にするために同被告の性器を口に含んだこともあった。

(5) 性交渉の終わった後で、原告は、被告乙2から、明日から普通にやっていけるかと尋ねられ、できないと答えると、被告乙2は、俺を脅す気かと言って、先に部屋を出て行き、残った原告は気分を落ち着かせるために煙草を吸ったが、その際に部屋に置かれていたライターを見て初めてモーテルの名前を知った。

そして、原告は、モーテルからアパートまで、被告乙2の自動車に同乗して帰ったが、車内では二人とも言葉を交わすことはなく、アパートの部屋に戻ってからは、原告は、ひとりで布団をかぶって過ごし、午後一一時半ころ、近所に住んでいる母親が心配して様子を見に来たのにも、顔を合わせずに断り、そのため、その夜は、原告の子は原告の両親方の世話になった。

(6) 翌四月一三日、原告は通常どおりの時刻に出勤して勤務に就いたが、原告の様子がいつもとは違うことに気づいた訴外山下から、買い物を名目に外に誘い出され、しばらく話をしたが、結局、前夜のことは話せずに終わった。

同日の午後五時すぎ、訴外山下が退社して、事務所には原告と被告乙2の二人だけになったことから、原告は、前夜の件について謝罪を求めるつもりで、話を切り出したところ、被告乙2からは、反対に、「忘れてくれ。」「キャリアウーマンになって、物件も見に行けるようになれ。車の免許も取って、パソコンもやって仕事のできる人間になれ。」などと言われ、原告が「辞めろということですか。」と聞くと、被告乙2は「仕事のできない人間は会社には要らない。もう帰って良い。」と言って、退社を指示し、原告はまだ勤務時間内であったが、午後六時前ころに帰宅した。

(7) 同日夜になって、原告の子を連れて山梨県まで遊びに行っていた両親から原告に電話が入ったことから、原告は同行していた訴外片山澄江に前夜の出来事を話し、翌四月一四日に、心配して原告方に来た同人と相談した結果、被告乙2に謝罪を求めることにして、同日昼ころ、原告は被告会社に赴いたが、被告乙2からは謝罪を拒否され、以後、原告は被告会社を欠勤し、また、右片山夫婦や原告の父親を交え、被告乙2に謝罪を求めて、三回にわたって交渉を重ねたが、同被告は原告との合意があった旨主張して謝罪を拒み、合意を否定する原告とは対立したまま交渉は決裂し、同月二八日に原告は被告会社を退職して、本件訴訟の提起に至った。

(二) これに対し、被告らは、四月一二日に原告と被告乙2が前記モーテルに行って性交渉を持ったのは合意のうえであると主張し、被告乙2及び証人小泉はこれに沿った供述及び証言をしており、それによれば、

(1) 前記「政」での飲食の最中に、原告は隣に座っている被告乙2の膝に乗らんばかりに擦り寄って来て、同被告の股間に手を伸ばすなどしたので、被告乙2は二回ほど「離れろ。」と注意し、同席していた訴外小泉も正視するに耐えず、三回位離れるように声を荒げて注意したが、それでも原告は改めず、その様子から、被告乙2は、原告が遊びたい気持でいるものと思って、モーテルに行くことを考えはじめた。

(2) 「政」を出て、原告が被告乙2の自動車に乗り込んだことから、同被告は、言葉には出していないものの原告も同じ気持でいるものと思い、「どこに行こうか。」と言ったが、原告は黙っており、被告乙2が続けて「JUNでいい」と聞いたのにも答えないため、そのまま自動車を発進させて、モーテルに向かった。

(3) 途中で、被告乙2は原告の気持を確かめようと、自動車を止めて「いいのか。」と聞き、原告の答えは覚えていないが、そこで原告を抱いてキスをした。

(4) モーテルでは原告は自分から自動車を降り、部屋を間違った後、本来の部屋の駐車場に自動車を入れ直すときも一緒に行動し、室内には被告が先に入り、その後、一緒に入浴したり歯を磨いたりしてから性交渉を持ったが、終わった後、原告が「社長としちゃった。」と言ったので、被告会社の従業員に知られるのを心配した。モーテルから原告のアパートまでの車の中では、原告を降ろす場所を聞いただけで他には会話はなかった。

(5) 翌日、原告から抗議めいた話はなく、ワープロや運転免許の話をしたのは、原告を激励するつもりで言ったのにすぎない。

というのである。

(三) しかしながら、原告は、三月二五日から被告会社に勤め始めたばかりであり、被告乙2の供述によっても、それまでに同被告とは仕事上の要件以外には格別の話もしていないという原告が、二人だけではなく、訴外小泉も同席している場所で、被告乙2の膝に乗らんばかりに擦り寄って、股間にまで手を伸ばし、しかも、同被告や訴外小泉から、何度も離れるように言われ、特に訴外小泉からは正視に耐えないとして、声を荒げての注意までも受けながら、なおもその態度を改めないというようなことは、にわかには首肯しがたく、現に訴外片山澄江が前記「政」の女将に確かめたところ、破廉恥な態度はなかったというのである(甲一、証人片山澄江)。また、仮に、被告乙2に対して好意を持っていると受け取られるような態度が原告にみられたとしても、両者の年齢や立場、勤務を始めてからまだ三週間足らずにすぎないことなどに照らすと、それを原告が遊びたい気持でいると受け止めて、モーテルに行こうと考えることは飛躍に過ぎ、まして、訴外小泉が得意先に寄ると言って先に自動車で行ってしまったために、原告が被告乙2の自動車に乗ったことをもって、原告もモーテルに行くのを承知したということは到底できない。

そして、被告乙2の供述によれば、同被告の自動車に乗ってからの原告は、被告乙2の問いかけに対して何らの答えもしていないことになるが、仮に「政」の店内で、原告が前記のような大胆な行動に出ていたものとすれば、被告乙2と二人きりになった自動車の中で返事すらしないということも考えられないのである。

また、被告らの主張するように、原告が被告乙2とモーテルに行くことを同意していたものとすれば、その前に前記のような品物を買うためにコンビニエンスストアに寄り、しかも自分の分だけの飲み物を買い、さらに店内にいた訴外小泉に対して、わざわざ原告の方から声を掛けて、表の自動車の中に被告乙2がいると話すことは(この点は、訴外小泉も証言で認めている。)、これから被告乙2とモーテルに行こうとする原告の行動としては不可解といわざるを得ない。

さらに、モーテルで性交渉が終わった後の二人の会話についても、前述のように、被告乙2が、原告に、明日から普通にやっていけるかと尋ねて(被告乙2も、このように尋ねたことを認めている。)、原告が、できないと答えただけで終わり、部屋も別々に出て、原告のアパートまでの自動車の中でも、車を降りる場所についてのやりとりしかなかったというのであるが、仮に原告と被告乙2とが合意のうえで性交渉を持ったというのであれば、二人の間で、互いに相手に対する好意や愛情を示すような言葉が交わされたり、あるいはこれからの交際についての話がされてもよい筈であり、これらのやりとりが全くないばかりか、会話らしい会話が殆どないというのも不思議というべきである。

そして、翌日の四月一三日には、原告の様子がいつもとは違うことを訴外山下が敏感に感じとっていたことは前述のとおりであり、その後、原告が、被告乙2と性交渉を持ったことを訴外片山澄江に相談したり、被告乙2に謝罪を求めに行ったり、四月一四日以降は出勤しないまま被告会社を退職するに至ったことも、被告らの主張とは符合しない事実経過であるといわざるを得ない。なお、被告乙2は、四月一三日の午後五時すぎに、原告から前夜の件について抗議を受けたことはなく、ワープロや運転免許の話は原告を激励するつもりで述べたものであり、勤務時間の終了前に原告を退社させたのも、当日は業者の花見があったので早めに終業したためであるというのであるが、何故、このときに唐突にワープロ等の話が出るのか不自然であるうえ、原告を雇用したのは訴外山下が退社する午後五時以降の留守番や電話番のためであったこと(証人山下紀子及び被告乙2本人(第一回))からしても首肯できない。

さらに、被告乙2の供述には、モーテルに行く前に自動車を一旦止めて原告の意思を確かめたという際の原告の返事や、性交渉が終わった後で、明日から普通にやっていけるか聞いたときの原告の返事について覚えていないなど、曖昧な部分も見られるのであって、以上を総合すると、被告乙2及び証人小泉の前記供述及び証言はいずれも信用することはできない。

(四) なお、被告らは、原告の供述にも、モーテル内での言動などについて、曖昧で不自然な部分があると指摘し、また被告乙2と性交渉を持つに至る過程における原告の行動をもって、原告も同意していたと主張するのであるが、原告の年齢や被告乙2との関係、両者の立場や性別、体格等の相違といった事情を考慮すると、原告が徹底して抵抗するのが当然というように考えることはできないのであって、モーテル内で原告が被告乙2の言いなりになった部分があるからといって、それをもって原告が被告乙2との性交渉を求めていたとか、同意していたと評価することはできず、また、その際の細かな言動についての供述が曖昧であったとしても、その置かれた状況を考えればやむを得ないというべきであって、格別異とすべきものではない。そして、原告が翌日平常どおりに出勤したことや、刑事告訴に及んでいないことも特に不合理といえるものではなく、いずれの点も、前記の認定及び判断を左右するものではない。

(五) 以上によれば、原告は、前記(一)で認定したような経過で、その意に反して被告乙2と性交渉を持つに至ったものと認められる。

2  その余のセクハラ行為について

(一) 原告は、四月一二日以前にも、前記第二の三、原告の主張の1(一)ないし(三)記載のとおり、被告会社の事務所内で、被告乙2から、パソコンで卑猥な画面を見せられたり、身体を触られたり、スカートの中に手を入れられ、キスを求められたりしたほか、「愛しくてたまらない。生活の面倒をみてあげたい。学生以来のときめきで夜も眠れない。」などと言われ続けた旨主張し、原告本人(第一回)及び証人片山澄江は、これに符合する供述及び証言をし、また両名の各陳述書(甲一、五)にも同様の記載が存する。

(二) この点についても、被告らは全面的に否定して、被告会社の事務所は外から内部が容易に覗ける構造になっているので、そのようなことはあり得ないとし、被告乙2も否定する供述をしているのであるが、証拠(甲六、一九の1、2、乙一二、原告本人(第一回)、弁論の全趣旨)によれば、被告会社の事務所にはガラス戸やガラス窓が多いものの、ガラスの部分には不動産物件の情報を記載したチラシが貼られているうえ、室内には鉢植えの観葉植物や事務機器類、備品等が置かれていて、必ずしも内部の様子がすべて外から容易に見通せる状況とはいえず、また被告乙2の供述についても、前項で検討したところに照らせば、そのまま信用することはできないといわざるを得ない。

(三) そして、その後の事実ではあるものの、前記認定した四月一二日のような経過の存することも併せて考えると、この点も、前掲の各証拠に基づいて、原告の前記主張にあるような行為が被告乙2によってなされていたものと認めるのが相当である。

3  そして、これらの出来事があった後、原告が被告乙2に謝罪を求めたが、同被告は応じず、原告は平成八年四月一四日以降被告会社を欠勤し、同月二八日をもって退職したことは、前記1(一)の(6)、(7)で認定したとおりであり、これからすれば、原告が被告会社を退職するに至ったのは、被告乙2によるいわゆるセクハラ行為が原因となっているほか、原告が四月一二日の件について抗議したのに対し、被告乙2から、仕事のできない人間は要らないと言われて、暗に退職を求められたことによるものということができる。

被告らは、原告は四月一二日以前から、虚偽の学歴を記載した履歴書を提出していたことや、仕事に比して自己の能力が不足していることから、すでに退職を考えていたもので、そのようなところに被告乙2と性交渉を持つという事態が生じたので、それを口実に退職しようとしたものであると主張するのであるが、履歴書の虚偽記載の事実はあるものの、当時はまだ問題にはなっておらず(乙一、二、原告本人(第一回)、弁論の全趣旨)、また原告はお茶汲みや雑用、電話番のために雇用されたもので(証人山下紀子及び被告乙2本人(第一回))、その仕事にそれほどの能力が要求されていたわけでもない。そして証拠(甲二九(なお、被告らは、これが時機に遅れて提出されたとして、証拠申出の却下を求めているが、その内容と本件審理の経過に鑑みれば、必ずしも時機に遅れたものとはいいがたく、理由がない。)、証人片山澄江、原告本人(第一、二回)、弁論の全趣旨)によれば、当初の勤務時間の条件と相違して退社が遅くなり、原告が保育園に子供を迎えに行くのに遅れることが多かったため、原告の母親が子供を一時預かるようにして、勤務を続けられるように態勢を整え、訴外片山澄江らも、原告に仕事の見つかったことを喜んで励ますなどし、原告自身も被告会社への勤務を続けていきたいと思っていたことが認められるのであって、これらの事実からすれば、被告乙2との性交渉の件が退職の理由となっていることは前述したように事実ではあるが、それが単なる口実にすぎないということはできない。

二  被告乙2の不法行為責任について

前項で認定した事実によれば、被告乙2は、原告に対し、原告の意に反した様々な性的言動を繰り返した挙げ句、性交渉にまで及んで原告の性的自由を侵害し、その結果原告に被告会社からの退職を余儀なくさせたものと認められるのであって、その行為は原告に対する不法行為というべきであり、これにより原告の被った損害を賠償すべき責任が存する。

三 被告会社の責任について

被告乙2は被告会社の代表取締役であるところ、同被告の原告に対する不法行為は、前述したとおり、被告会社の事務所内で勤務時間中に行われたり、あるいはそれに引き続いた時間と経過の中で行われたもので、その態様も被告乙2が被告会社の代表者であり、原告はその従業員であるという関係を利用して行われたものと評価でき、また四月一二日の件について抗議する原告に対して暗に退職を求めた言動は、まさしく被告会社の代表者としての行為であって、いずれの行為についても、被告乙2がその職務を行うにつきなされたものということができる。したがって、被告会社もまた、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、原告に対し損害賠償責任を負うものである。

四  原告の損害について

これまで述べてきたような被告らによる不法行為の内容、原告の受けた被害の内容と程度、さらにこれにより被告会社からの退職を余儀なくされたことなどによる原告の被った精神的苦痛、そして原告の抗議に対する被告らの誠意に欠ける対応など、諸般の事情を考慮すると、その精神的損害に対する慰謝料として原告が請求する三〇〇万円は相当なものと認められる。

また、本件事案の内容や経過等に照らせば、被告らに負担させる弁護士費用として原告の請求する三〇万円も相当と認められる。

五  よって、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がある。

(裁判官西島幸夫)

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