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千葉地方裁判所 平成9年(ワ)598号 判決 2000年11月30日

甲事件原告

吉永耕介

吉永恵子

右両名訴訟代理人弁護士

錦織明

菅野泰

藤代浩則

乙事件原告

長谷川光正

長谷川友子

右両名訴訟代理人弁護士

小川彰

齋藤和紀

山村清治

両事件被告

△△建設株式会社

右代表者代表取締役

乙田一郎

両事件被告

乙田一郎

右両名訴訟代理人弁護士

向井弘次

右両名訴訟復代理人弁護士

内田淳

両事件被告

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

松下貴彦

外六名

主文

一  被告らは、各自、原告吉永耕介及び原告吉永恵子に対し、金一八三三万〇四九〇円宛及び右各金員に対する平成八年六月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告長谷川光正に対し、金二七一〇万七四〇五円及び内金二四六七万七四〇五円については平成八年六月二四日から、内金二四三万円については平成九年四月二六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、各自、原告長谷川友子に対し、金三〇一万一九三四円及び内金二七四万一九三四円については平成八年六月二四日から、内金二七万円については平成九年四月二六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告長谷川光正及び原告長谷川友子のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、被告らの負担とする。

六  この判決は、右一ないし三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

被告らは、各自、原告吉永耕介及び原告吉永恵子に対し、一八三三万〇四九〇円宛及び右各金員に対する平成八年六月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

1  被告らは、各自、原告長谷川光正に対し、二七六二万九四〇五円及び内金二四七九万四四〇五円については平成八年六月二四日から、内金二八三万五〇〇〇円については平成九年四月二六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自、原告長谷川友子に対し、三〇六万九九三四円及び内金二七五万四九三四円につては平成八年六月二四日から、内金三一万五〇〇〇円については平成九年四月二六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  主張<省略>

第三  理由

一  甲野による登記申請書類の偽造と原告らの詐欺被害

1  請求原因1(一)の、甲野が、岡本が所有していた本件土地につき、岡本の作成名義の登記申請委任状、本件印鑑証明書等を偽造し、平成八年三月二六日、これら偽造書類を千葉地方法務局登記官に提出して、本件土地につき、岡本から甲野への平成七年一二月二二日付け贈与を原因とする所有権移転登記をしたこと、その後、本件土地は、平成八年四月二三日、同月二二日売買を原因として○○総業に所有権移転登記がされたのち、同年五月一三日、本件二ないし四土地に分筆されたことは、当事者間に争いがない。

2  原告長谷川らが、平成八年四月二七日、○○総業との間で、本件三土地を代金三四五一万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同年六月二四日、その売買代金を完済して、本件三土地につき、原告長谷川光正の持分一〇分の九、同長谷川友子の持分一〇分の一の所有権移転登記を受けたこと、また、原告吉永らが、同年六月七日、本件二土地を代金三二二八万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同月二四日、その売買代金を完済して、本件二土地につき、それぞれの持分二分の一宛の所有権移転登記を受けたことは、原告らと被告△△建設及び被告乙田との間では争いがなく、原告らと被告国との間では、証拠(甲二、三、六、七、八の1、2、一五、一六、一七の1ないし3、二七、二八、五四、五五、原告吉永恵子、原告長谷川友子、以下甲号証とは、被告△△建設、被告乙田、被告国及び分離前の相被告株式会社京葉銀行関係で提出されたものを指す。)によりこれを認めることができる(なお、原告らと被告国との間でも、本件二、三土地につき、原告らへの右各所有権移転登記がなされていることは争いがない。)。

3  岡本は、平成八年一月七日死亡し、その相続人である岡本敏子が、同年七月一八日、所有権に基づき、甲野や原告らを被告として、本件二、三土地についての右原告らへの所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を千葉地方裁判所に提起したこと、右訴訟について、平成九年二月二八日、岡本敏子の請求を認容する判決がなされ、同判決は、同年三月一九日確定し、原告ら四名への前記各所有権移転登記が抹消されたことは当事者間に争いがない。

二  被告△△建設及び被告乙田の責任について

1  被告△△建設が本件二、三土地の売買の仲介をするに至った経緯等

証拠(甲一ないし三、四の1、2、五ないし七、八の1、2、九ないし一三、一五、一六、一七の1ないし5、一八の1、2、二一の1ないし4、二四の1ないし3、二五、二七、二八、三四、四〇、四二ないし四九、五四、五五、乙ハニの一ないし一三、証人甲野太郎、同増田勉、原告吉永恵子、同長谷川友子、被告△△建設代表者・被告乙田一郎)によれば、以下の事実が認められる(前記一の争いのない事実を含む。)。

(一) 平成八年四月一〇日頃、被告乙田のところに、甲野から本件土地を販売しないかとの電話があり、同被告が、その地積測量図を送ってもらったところ、本件土地は、文教地区にあり、坪単価一〇〇万円は下らない土地であることが分かったため、販売利益が期待できると考え、同日午後、現地を確認した上、千葉市中央区のシオマ・ジャパンの事務所に赴いた。なお、甲野は、かつて千葉市内に本社があり、その三年位前に倒産した××建設株式会社(以下「××建設」という。)の代表取締役であって、被告乙田も、甲野の名前は聞き知っていた。

(二) 右事務所で、被告乙田が、本件土地の登記簿謄本で、その権利関係を確認したところ、すでに甲野の名義に所有権が移転しており、かつ、抵当権等の負担も全くなかったが、それが岡本から甲野への贈与の移転登記であったため、被告乙田は、岡本とはあの有名な芸術家ではないかと尋ねた。それに対し、甲野は、当初は、これを否定していたが、のちにこれを認め、甲野は、佐藤俊男を通じて岡本を紹介され、甲野の不遇な境地に同情した岡本から贈与を受けたものであるなどと説明した。なお、被告乙田が右事務所に赴いたとき、営業時間中なのに、ドアは鍵がかかっており、あとで甲野は、その理由について、皆で競馬をやっていたからであると説明した。

(三) 前同日、シオマ・ジャパンの事務所で、被告乙田は、甲野から、本件土地について、東栄住宅が本件土地を坪八八万円で買付けするとの買付け証明書を見せられ、被告△△建設が販売するとすれば、それ以上の価格で買い付けなければならないが、それよりは、仲介業者として入った方が利益が出ると考え、甲野に、本件土地を地積測量図記載のように三分割した上、それを専任媒介で仲介したい旨を申し出たところ、甲野は、それを承諾したものの、生活が大変だとして、被告乙田に三〇〇〇万円を貸与して欲しい旨申し入れた。

(四) 被告△△建設は、平成八年四月一三日頃から、本件土地を前記のように三筆に分筆する前提でその売却広告を出したところ、早速、原告長谷川友子から電話があったため、営業部長の増田が本件土地の地積測量図をファックスで送付した。その後、被告乙田は、前記甲野の金員貸与の申出につき、本件土地に抵当権を設定することを条件にこれに応ずることにし、同月二二日、右抵当権の設定と引換えに甲野三〇〇〇万円から二ヶ月分の金利を差し引いた二七〇〇万円を交付し、同月二三日、本件土地につき、右抵当権設定登記をした。なお、同日付けで、本件土地は、甲野から○○総業(代表取締役は鈴木和雄)に所有権移転登記がされていたが、甲野は、被告乙田に対し、右所有名義の変更は、××建設当時の債権者からの追及を避けるためであり、実質的には所有者は同一であると説明していた。

(五) 平成八年四月一五日頃、原告長谷川らは、本件土地の一筆を買い受けたいと申し出、その後、その購入希望土地についての変遷はあったものの、最終的に、のちに本件三土地として分筆された土地を原告長谷川らが○○総業から代金三四五一万円で買い受けることになり、同年四月二七日に売買契約が締結されることになった。なお、本件土地は、同年五月一三日に本件二ないし四土地に分筆された。

(六) 平成八年四月二〇日頃、本件印鑑証明書の偽造に関与した戊谷四郎から、甲野に対し、本件土地を担保に三〇〇〇万円を借り入れる話が持ち込まれた。甲野は、同日頃、右戊谷の指示で、千葉市中央区内の弁護士事務所に行くと、そこには甲野の知り合いの不動産会社の社長やその代理人と思われる弁護士が同席しており、その弁護士から、本件土地を右会社が買い受けることを前提に、本件土地を甲野に贈与した岡本とは芸術家の岡本ではないかとか、岡本と連絡がとれるか否かを尋ねられた。そこで、甲野は、右社長らに、自分は三〇〇〇万円の融資を受けるために来たのに話が違うなどと言って、早々にその場を退席した。

(七) 平成八年四月二七日に本件三土地の売買契約が被告△△建設の事務所で行われ、まず、同被告の社員の滝沢保一から重要事項の説明などがあったのち、被告乙田や、甲野、○○総業の鈴木を交えて売買契約書の作成と三〇〇万円の手付金の授受が行われた。その席で、原告長谷川友子が右土地の登記簿謄本を見ながら甲野に、そこに名前が出てくる岡本とは有名な芸術家ではないかと尋ねたところ、甲野は、これを否定した。また、その席で、甲野は、売買の中間金一〇〇〇万円を一ヶ月以内に用意できなかった場合には、契約を破棄する旨の条項を入れてほしいと申し入れたが、被告乙田がそこまでの必要はない旨を話し、その場は収まった。右売買契約の双方の仲介人は、被告△△建設とシオマ・ジャパンであり、原告長谷川らは、被告△△建設に仲介手数料として五五万円を支払った。

(八) 原告吉永恵子は、平成八年五月一一日、本件土地の販売広告をみて勤務先の社長である小幡仁を通じて、被告△△建設に問い合わせ、現地案内図を送ってもらったり、右小幡とともに、被告△△建設の事務所に赴き、増田や被告乙田と面談するなどして、最終的に本件二土地を代金三二二八万円で買い受けることになった。なお、本件二土地は、当初三二二二万円で売り出されていたものであるが、分筆登記の際の測量の結果、その面積が、当初の地積測量図記載の面積より多少増えたため、その代金は三二二八万円となった。また、右売買契約の手付金は、当初一〇〇万円の予定であったが、原告吉永らの定期預金の満期が同年六月一九日であり、売買契約の日までには五〇万円しか用意できなかったため、被告乙田との話し合いで、右手付金は五〇万円とすることになった。

(九) 平成八年六月七日、被告△△建設の事務所で、売主を○○総業、買主を原告吉永らとする本件二土地の売買契約が締結されることになった。被告△△建設は、シオマ・ジャパンとともに、右売買契約に当たり、双方の仲介人となった。その席で、まず、被告△△建設の滝沢保一が原告吉永らに対し、重要事項の説明などをして、売買契約書が作成されたのち、被告乙田と甲野、○○総業の鈴木もその場に加わった。前記のように、右売買契約の手付金は五〇万円とする予定であったが、甲野がこれに納得しなかったため、結局、手付金は一五〇万円とすることになり、被告△△建設が五〇万円との差額の一〇〇万円を一時立て替えることになった。

(一〇) 被告△△建設の増田は、当初から、本件土地の登記簿謄本をみて、甲野が高名な芸術家である岡本から贈与を受けたということに疑問を抱いていたことや、かねて甲野について芳しからぬ評判を聞いていたため、売買契約をして代金をもらってから岡本の相続人が出てきてトラブルになっては大変だと考え、知り合いの不動産業者に相談したところ、ちゃんと相続人に確かめておいた方がよいとのアドバイスを受けた。そこで、増田は、前記吉永らとの売買契約締結後、被告乙田にその旨を話したところ、被告乙田は、甲野に会うなどしたのち、あの物件は大丈夫だと増田に話した。

(一一) 平成八年六月二四日、京葉銀行みどり台支店に、原告長谷川ら、原告吉永ら、被告乙田、増田、甲野、○○総業の鈴木、それに司法書士や銀行の関係者が集まり、本件二、三土地についての売買契約の代金決済が行われた。その席で、原告長谷川らは、○○総業に対し、売買代金残金三一五一万円及び土地の増坪分(前記(八)と同様に本件三土地の面積の増加が明らかになったもの)二万円合計三一五三万円と被告△△建設に対する仲介手数料等を支払い、また、原告吉永らは、○○総業に対し、売買代金残金三〇七八万円と被告△△建設に対する仲介手数料等を支払った。そして、原告らは、同日、○○総業から、本件二、三土地の登記済権利証等の引渡しを受けて、同日、原告長谷川らは、本件三土地につき、原告長谷川光正の持分一〇分の九、同長谷川友子の持分一〇分の一の所有権移転登記をし、原告吉永らは、本件二土地につき、それぞれの持分二分の一宛の所有権移転登記をした。なお、被告乙田は、同日、これらの代金の中から前記の経過で甲野に貸し付けた三〇〇〇万円の返還を受けた。

(一二) 本件土地を三つに分筆した真ん中の土地である本件四土地は、なかなか買い手がつかなかったが、同年六月になって、右土地を川島芳三が買い受けることになったため、同月二四日の原告長谷川ら及び原告吉永らとの各売買契約の決済日に本件四土地の売買契約も行われることになった。ところが、被告△△建設の事務所で右売買契約が締結される直前になって、甲野が本件四土地を被告△△建設で買い取った上で、右川島に売却してほしいと言いだし、被告乙田も、その方が被告△△建設としても利益が見込めると考え、これに応じることにした。そして、同日、被告△△建設は、右川島との間で、被告△△建設を売主とする売買契約を締結し、その手付金一〇〇〇万円を加えた二六〇〇万円を甲野に支払った。

(一三) 平成八年六月中旬、岡本の遺族の顧問である千賀弁護士から甲野に、本件土地は偽造の書類で所有権移転登記がされているが、どのような経過で岡本から譲り受けたのかなどと問い合せがあったのち、同月二八日に本件二ないし四土地につき、処分禁止の仮処分の登記がなされた。被告乙田は、同年七月六日頃、被告△△建設に右仮処分決定が送られてきたため、直ちにシオマ・ジャパンの事務所に甲野を訪ね、事情を聞いたところ、甲野は、被告乙田に対し、実は、本件土地は岡本から贈与を受けたものではなく、佐藤俊男から買った土地であるとして、売主を岡本、買主を佐藤俊男の国民健康保険被保険者証のコピーなどを示した。

(一四) 被告乙田は、右各書類を見て、一億円でも売れる本件土地がなぜ四五〇〇万円で岡本が佐藤俊男に売ったことになっているのかなどと疑問を抱き、甲野に色々問いただしたのち、それらの書類のコピーなどを受け取って帰り、弁護士に相談することにした。なお、原告長谷川ら及び原告吉永らのもとにも平成八年七月六日頃、前記仮処分決定が送られてきたため、同原告らもそれぞれ弁護士に相談した。原告吉永らからの相談を受けた錦織弁護士は、千葉地方法務局に赴いて、岡本から甲野への所有権移転登記の申請書類を確認したところ、本件印鑑証明書を一覧して、それが偽造であることに気付き、その旨を原告吉永らに告げた。

以上の事実が認められる。

2  被告△△建設及び被告乙田の責任

(一) 不動産取引の仲介業者が、買主と売主との間に入って、売買契約を成立させるに当たり、その売買の対象となった物件につき、その売主とされる者が真実その物件の所有者であるか否かの確認をすべき義務を有することはいうまでもない。右の確認は、通常の場合、登記簿上、その売主が所有権者として登記されており、登記済権利証等を所持しているか否かなどを確認すれば足りると考えられるが、その売主とされる者が所有権者として登記されていることについて、疑問を抱かせるような事情がある場合には、その所有権取得の経緯について調査をし、その売主への権利の帰属が間違いないか否かを確認するとともに、その確認が十分にできない場合には、売買の仲介を取り止めたり、あるいは、少なくともその売買の危険性について注意、助言すべき義務があるというべきである。なぜなら、登記の記載事項は一応真正なものとの推定を受けるのであるから、一般の買主がこれを信頼することはやむを得ないにしても、不動産取引の専門家である仲介業者に要求される注意義務がそれより重いことは明らかであるし、登記簿上の権利者であっても実体上は権利を取得していない場合も間々ありうるところ、専門業者に仲介を依頼している一般の買主にとっては、それらの点について疑問があれば、仲介業者が調査、確認すると信頼するのが通常だからである。

(二) ところで、前記1の認定事実からすれば、被告乙田が甲野から本件土地の買取りの話を持ち込まれ、本件土地の登記簿謄本でその権利関係を確認したところ、すでに岡本から甲野の名義に所有権が移転しており、かつ、抵当権等の負担も全くなかったため、被告乙田は、岡本とはあの有名な芸術家ではないかと尋ねたこと、それに対し、甲野は、当初は、これを否定していたが、のちにこれを認め、甲野は、佐藤俊男を通じて岡本を紹介され、甲野の不遇な境地に同情した岡本から贈与を受けたものであると説明したことが明らかである。

しかしながら、甲野がその三年位前に経営していた会社を倒産させていたことは被告乙田も認識していたものであるし、甲野は、本件土地の販売の話を持ち掛けると同時に、同被告に対し、生活が大変だとして三〇〇〇万円の貸与を申し出ているのであるから、そのような甲野が、全く担保権等の負担のない、しかも、相当な値段で直ちに買い手が付くような土地を所有しているということ自体、不自然と思われる状況であったし、まして、それが高名な芸術家である岡本からの贈与によって取得したというのであるから、本件土地の甲野への所有権の帰属については、当然疑念を抱いてしかるべき状況であった。このことは、前記1(一〇)のように、被告△△建設の営業部長であった増田においても、本件土地を甲野が所有しているという点に疑問を抱き、被告乙田にその点を確認するよう話していることからも明らかである。

なお、被告乙田は、当時は、岡本が高名な芸術家の岡本であったとの認識はなく、それを知ったのはその遺族が申請した仮処分の決定が来たのちであるなどと供述するが、甲二四の1、3の被告乙田の司法警察員に対する供述調書等に照らし採用し難い。

(三) そうすると、本件で、被告乙田は、本件土地の売買の仲介をするに当たり、適宜の方法で、岡本の遺族に確認するなどして、甲野の話が真実であるか否か、そして、同人への所有権の帰属が間違いないか否かを確認すべきであったし、その確認ができない場合には、それ以上の仲介行為を中止するか、あるいは、少なくとも仲介に当たって、前記のような甲野の本件土地取得についての疑問とそれに伴う取引の危険性が存在することを買主である原告らに告知すべきであったといわなければならない。

ところが、被告乙田は、被告△△建設の代表者として、自らあるいは増田らを関与させて原告らとの各売買契約の仲介を進めるに当たり、当初から本件土地の甲野への所有権の帰属については、前記のような疑念を抱かせるべき状況があったにもかかわらず、何ら本件土地の甲野への所有権の帰属についての確認をせず、かつ、右土地取得についての疑問とそれに伴う取引の危険性を原告らに告知しないまま、仲介行為を進めた結果、原告らに本件二、三土地についての売買契約を締結させたものであるから、被告乙田は、不動産取引の仲介をするに当たって、専門業者として必要とされる注意義務を欠いたというべきであり、それによって、本来、締結すべからざる売買契約を成立させるに至ったものである。前記1(六)のように、甲野は、本件土地を担保に知り合いの会社から融資を得ようとした際、立ち会った弁護士から、岡本と連絡がとれるか否かなどを尋ねられ、取引を断念しているが、被告乙田においても、不動産取引の仲介を業とする者として、甲野の話に疑念を抱き、早期に右のような確認をしていれば、本件のような事態を防ぐことは十分可能であったと考えられる。

(四) なお、原告らは、被告乙田は、甲野による詐欺の事実を知りながら、これを原告らに告知しなかったとか、同被告は、右詐欺が発覚した事実を知った後、売買の決済日を早めており、原告らに損害を与えるにつき重過失があったなどと主張しているけれども、本件で、被告乙田が、右詐欺の事実を知った後、売買代金の決済日を早めたとの甲野の供述(甲四五、証人甲野一郎)は、前記1認定のように、被告△△建設自らが右決済日に本件四土地を買い受けていることなどに照らし、採用し難く、他に、本件で被告乙田が甲野の詐欺行為を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

(五) したがって、原告ら主張のその余の点について検討するまでもなく、被告乙田は、被告△△建設の代表者として、本件二、三土地の仲介行為を進めるに当たり、専門業者として要求される注意義務を欠き、その結果、真実の所有者ではない者との間に売買契約を成立させたというべきであり、被告乙田は民法七〇九条に基づき、被告△△建設は商法二六一条、七八条二項、民法四四条一項に基づき、それぞれ原告らが被った後記損害を賠償する責任を負う。

三  被告国の責任

1  本件印鑑証明書の偽造等

証拠(甲一九、二一の3、二三の1、3、二六、三〇、三一、四九、乙イ一、二、六の1ないし3、七の1ないし3、八ないし一〇、証人甲野一郎、同丁川三郎)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件印鑑証明書は、甲野が戊谷四郎を通じ、平成八年二月頃、甲田五郎に依頼して偽造させたものである。右甲田は、ブローカーから入手した世田谷区長の記名、押印や日付の入った印鑑登録証明書の用紙に、ワープロで記載した岡本の住所、氏名や生年月日、また、手書きで記載した岡本の印影を市販のプリントゴッコを用いて右用紙に印刷し、本件印鑑証明書を偽造した。なお、右印鑑登録証明書の用紙や、形態、それに押捺された世田谷区長の証明公印等は、本物の印鑑登録証明書のそれとほとんど変わらない。

(二) ところで、印鑑登録証明書には、コピーによる偽造を防ぐため、その用紙にはコピーした場合に「複製」という文字が浮き出るような処理が施されているのが通常であり、原本の場合には、それがよほど目を凝らして見ない限り、見えないような状態になっているが、本件印鑑証明書には、「複製」の文字が一見して認識できるように浮き出ていた。なお、その文字の周囲のカラー部分も、インクをべったり塗ったような厚みがあったが、その点は、よく注意してみないと分からない状態であった。また、本件印鑑証明書左下の番号は、正規の世田谷区長作成の印鑑登録証明書の場合は、証明書の作成年月日及び発行場所を示すものであるところ、本件印鑑証明書の番号は「080498―17」となっており、平成八年四月九八日というあり得ない日に作成されたことになる。

(三) 本件土地の岡本から甲野への所有権移転登記の登記申請は、平成八年三月二六日、千葉地方法務局の受付係五木田芳道が受け付けた後、本件印鑑証明書を含む登記申請書類が丙山二郎登記官に回され、最終的に丁川三郎登記官によって決済されたが、そのいずれも、本件印鑑証明書が偽造であることに気付かず、本件土地につき、同日、岡本から甲野への平成七年一二月二二日贈与を原因とする所有権移転登記がなされた。被告甲野は、右登記申請に際し、本件印鑑証明書の表面に「複製」という文字が浮き上がっていたため、それが受付の段階で発覚するのではないかと心配していたが、無事受理されたため、同法務局の受付係に右申請について受領書の発行を求め、それを受け取っている。

以上の事実が認められる。

2  被告国の責任について

(一)  登記官は、登記申請の形式的適否を調査する職務権限があり、申請者が適法な登記申請の権利者、義務者又はその代理人であるか否か、登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか否かを審査しなければならず、右審査に当たっては、添付書面の形式的真否を添付書類、登記簿、印影の相互対照などによって判定し、これによって判定しうる不真正な書類に基づく登記申請を却下する注意義務があるというべきである。もっとも、登記官は、限られた要員により、大量の登記申請事件を迅速かつ適正に処理することが求められるのであるから、通常の場合、右申請書類が不真正なものか否かは、登記官として通常要求される注意義務を払えば、偽造と判別できるようなものか否かを審査すれば足りると考えられる。

(二) そして、添付書類のうちの印鑑登録証明書については、登記官の職域外で作成されるものであり、また、その種類も多様にわたることからすると、登記官がその様式やそこに記載された記号番号等の意味を把握し、それに基づいて、当該印鑑登録証明書の真偽を判定すべき義務はないといわなければならない。

しかしながら、前記1(二)のように、印鑑登録証明書には、コピーによる偽造を防ぐため、その用紙にはコピーした場合に「複製」という文字が浮き出るような処理が施されているのが通常であり、原本の場合には、それがよほど目を凝らして見ない限り、見えないような状態になっているところ、その点は、各印鑑登録証明書の種類や様式いかんを問わないと考えられるのであるから、それが外見上肉眼で判別できる程度に浮き出ている場合には、その印鑑登録証明書が真正に作成されたものか否かについて疑問を抱いてしかるべきであり、その真偽についてさらに詳細な調査をすべきであると考えられる。

(三) ところで、前記1の認定事実及び証拠(甲一九、乙イ一)からすれば、本件印鑑証明書には、「複製」の文字が一見して認識できるように浮き出ており、それは本件印鑑証明書を一覧すれば、一般人でも分かるような状況であったと認められるし、まして、日常、多くの印鑑証明書を専門的に審査している登記官にとって、本件印鑑証明書の記載が通常のそれと異なっていたことは、容易に判別しえたと考えられる。とすれば、本件の登記申請書類を審査する登記官としては、本件印鑑証明書が真正に成立したか否かについて、擬問を抱くべき客観的状況が存在したというべきであり、さらに、本件印鑑証明書に記載された番号をもとにその発行場所とされる世田谷区役所に照会するなど何らかの方法で、さらにその真偽につき必要な調査をすべきであったといわなければならない。

しかるに、本件の登記申請書類を受付け、審査した千葉地方法務局の登記官らは、本件印鑑証明書の前記のような不自然さに気付かず、必要な調査もしないまま、右登記申請を受理し、偽造の添付書類が含まれた右申請書類に基づき、岡本から甲野への虚偽の所有権移転登記を作出したものであるから、その職務の執行につき過失があったことは明らかである。

(四) 被告国は、真正な印鑑登録証明書の原本であっても、薄く「複製」等の文字が見える場合もあるとして、乙イの八ないし一〇を提出するところ、たしかに、それらを相当注意深く観察すれば、そこに「複写」「写」等の文字を読みとることは不可能ではないにしても、本件印鑑証明書の場合には、表面を一覧しただけで「複製」という文字を読みとることが十分に可能なものであり、これらとは明らかに質的な差異があるのであるから、この点も右判断を左右するものではない。このことは、前記1(三)認定のように、甲野自身も、本件印鑑証明書に「複製」という文字が浮き出ていたことから、その偽造が発覚するのを恐れていたことや、前記一1(一四)認定のように、岡本からの仮処分後、岡本から甲野への登記の経緯を調査した錦織弁護士も、本件印鑑証明書を一覧しただけで、それが偽造であることを看取していることなどからも裏付けられる。

右の点に関し、証人丁川三郎は、本件印鑑証明書は、全体として真正な印鑑証明書と判断できるとか、偽造とは感じられない旨証言するけれども、右に述べたところに照らし、採用し難い。

(五) 登記官の登記事務が公権力の行使に当たることは明らかであるところ、原告らは、前記のようにして作出された甲野の所有名義の無効の所有権移転登記及びその後の甲野から○○総業への所有権移転登記が存在することを前提に、本件二、三土地を買受けたものであるから、原告らは、前記各登記官らの違法な公権力の行使によって損害を被ったものというべきであり、被告国は、右損害につき、国家賠償法一条一項に基づき、それを賠償する責任を負う。

(六) 被告国は、本件で、原告長谷川らは、もっぱら被告△△建設の増田らの言を信じて取引をしたものであり、売買契約を締結し、手付金を支払ったのちに初めて登記簿謄本を見たものであって、不動産登記簿を見てこれが真実であると誤信して取引に至ったものではないから、本件の各登記官の行為と原告長谷川らが主張する売買代金等の損害との間に事実的因果関係はないと主張するけれども、本件で、岡本から甲野への偽造の登記がなされていなければ、被告△△建設や被告乙田が、右原告らとの売買契約の交渉を進めていなかったことは明らかであるし、原告長谷川らが、登記の有無にかかわらず、本件の売買契約を進めたとも考えられないのであるから、本件の各登記官の行為と同原告らの被った損害との間に因果関係があることは明らかである。

四  原告らの損害について

1  原告長谷川らの損害

(一) 前記一2の事実及び証拠(甲一七の1ないし4、一八の1、2、五五、原告長谷川友子)並びに弁論の全趣旨によれば、原告長谷川らは、本件三土地の売買契約を締結したことによって、請求原因5(一)イないしニの計三六五一万九三三九円を支払い、同額の損害を被ったことが認められるところ、右損害と相当因果関係のある弁護士費用は、三六〇万円(着手金九〇万円、成功報酬二七〇万円)と認めるのが相当であるから、その損害は、合計四〇一一万九三三九円となる。

(二) 弁論の全趣旨によれば、原告長谷川らは、右損害を原告長谷川光正は一〇分の九、原告長谷川友子は一〇分の一宛の割合で被ったものと認められるから、原告長谷川光正の損害は三六一〇万七四〇五円(円未満四捨五入、うち弁護士費用の成功報酬分は二四三万円)、原告長谷川友子の損害は四〇一万一九三四円(前同、うち弁護士費用の成功報酬分は二七万円)となる。

(三) 原告長谷川らが、本訴提起後の平成一〇年九月二二日、請求原因5(三)の一〇〇〇万円の損害の填補を受けたことは右原告らの自認するところであり、弁論の全趣旨によれば、同原告らは、前記各割合にしたがって、これを弁護士費用の成功報酬分を除く損害に充当したものと認められるから、原告長谷川らの損害額は、原告長谷川光正につき二七一〇万七四〇五円(うち弁護士費用の成功報酬分は二四三万円)、原告長谷川友子につき三〇一万一九三四円(うち弁護士費用の成功報酬分は二七万円)となる。

2  原告吉永らの損害

(一) 前記一2の事実及び証拠(甲八の1、2、九ないし一一、五四、原告吉永恵子)によれば、原告吉永らは、本件二土地の売買契約を締結したことによって、請求原因6(一)イないしニの計三四三一万八三七八円を支払い、同額の損害を被ったことが認められるところ、右損害と相当因果関係のある弁護士費用は、三四〇万円と認めるのが相当であるから、その損害は、合計三七七一万八三七八円となる。

(二) 原告吉永らが、右損害のうち仲介手数料一〇五万七三九八円の返還を受けたことは右原告らの自認するところであり、右填補後の損害の残額は、三六六六万〇九八〇円となるところ、弁論の全趣旨によれば、原告吉永らは、右損害を二分の一宛の割合で被ったものと認められるから、原告吉永らの損害は一八三三万〇四九〇円宛となる。

3  過失相殺について

被告国は、原告長谷川らは、本件三土地について何ら調査をすることなく、増田らの言うがままに右土地の売買契約を締結したのであるし、また、不動産取引においては、公信力を有しない不動産登記簿の記載のみを信頼してなされるものではなく、相手方の経済力、社会的信頼性等も総合的に評価してなされるものであるところ、原告吉永恵子は、右売買契約締結に不安を抱いていたにもかかわらず、十分に確認をしないまま本件二土地の売買契約をしたものであるから、原告らの損害について過失相殺がされるべきであると主張する。

しかしながら、登記に公信力がないとはいっても、その記載事項は一応真正なものとの推定を受けるのであるから、一般の買主である原告らが本件二、三土地の甲野そして○○総業への権利の帰属につき、自らが調査、確認することなく、登記簿謄本の記載やそれを前提とした増田らの説明を信用して、右各土地の売買契約を締結したとしても、それをもって直ちに原告らに過失があったとはいえないと考えられる。なお、証拠(原告吉永恵子)及び弁論の全趣旨によれば、原告吉永らが本件の売買契約に当たって不安に感じたのは、売主である○○総業への所有権の帰属ではなく、売買物件に差押え等がされないかなどその経済的状況に関してであると認められるから、この点も右判断を左右するものではない。

したがって、前記被告国の主張は採用し難い。

五  結論

以上のとおり、被告△△建設及び被告乙田は商法二六一条、七八条二項、民法四四条一項、七〇九条に基づき、被告国は国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し、前記四の1(三)及び2(二)記載の金員及びこれに対する不法行為の完結した日である平成八年六月二四日(ただし、原告長谷川らの弁護士費用の成功報酬分については、訴状送達の日の翌日である平成九年四月二六日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがって、原告吉永らの請求はすべて理由があるが、原告長谷川らの請求は右の限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さない。

(裁判官・及川憲夫)

別紙物件目録<省略>

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