千葉地方裁判所 昭和26年(行)18号 判決 1960年4月30日
原告 山田芳太郎
被告 千葉県知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二六年六月三〇日付でなした別紙目録記載の土地につき千葉県農地委員会の定めた未墾地買収計画に対する原告の訴願を棄却する旨の裁決はこれを取消す。」との判決を求め、請求の原因として
第一、千葉県農地委員会は、昭和二五年一二月二三日原告所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する)につき自作農創設特別措置法第三〇条による未墾地買収計画を定めてその公告をしたので、原告はこれにつき右県農地委員会に対し異議の申立をしたが、同委員会はこれを棄却する決定をした。そこで原告は被告知事に対し訴願をしたが、被告は、昭和二六年六月三〇日付で訴願人の申立棄却の裁決をし、右裁決書は同月同日原告に送達された。
第二、しかしながら、右買収計画は次の理由により違法である。
一、本件土地は開発不適地である。すなわち、本件土地は買収計画樹立当時においては自然に沖積された海砂によつて海中に出来た堤防に包まれた入江であつて、荒蕪地でもなければ未墾地でもなく全くの海水域であり、干潮時においては一面砂地となるが、満潮時においては海水が浸入してその深さ〇、一乃至一米に達する湿地帯であり葦が生えている。尚本件土地の土質は海砂であつて強度の塩分を含み、かつ平均海水面下にある関係から地下海水が浸入してくるためそのままの状態で農地とすることは不可能であり、いきおい農地化するためには余程の土地改良を要し殊に塩害を防止するためには客土を行いそのうえ充分なる淡水洗滌を必要とするのであるが、この客土すべき土取り場ならびに潅漑の水源が近くに存在しない。以上のことからしてかかる土地は当然に開発適地であるとはいい得ない。
二、又本件買収計画は自創法第三〇条にいわゆる「自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するため必要があるとき」の要件を欠き違法である。すなわち本件土地を開発せんとするならば前述のように客土ならびに潅漑の水源を近くに求め得ない関係等から莫大な労役と費用を必要とし、おそらく一反歩当り六万円以上の開墾原価となることが推算されるばかりでなく、開発し得たにしてもそれによつて造成される水田が六等地以上のものになることは期待し得ない。従つてその収穫もまた到底期待し得ないところである。要するに国民経済ならびに農業経営上本件買収計画は本件土地の農業上の利用を増進するために必要ありということはできない。
三、しかして右一及び二のとおり本件土地が農地の開発には不適であり又巨額の開発費を要することは、大正六年以来昭和二一年頃に至るまで(その間昭和一六年頃から終戦に至るまで海軍航空隊の演習地として使用されていた期間を除き)、かつての地主曽根金次や原告(大正八年以来)の三度に亘る巨費を投じての開墾にも拘らず見るべき成果を得られなかつた経過に徴してみても明らかである。
第三、右のとおり本件買収計画は違法であり、従つてこれを正当であるとして認容し原告の訴願を棄却した被告の前示裁決もまた違法であるのでその取消を求める。
と述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として
「請求原因事実第一は認める。
同第二のうち、
(一に対しては)本件土地が海に接し、買収計画樹立当時において満潮に海水が浸入しておりその深さ約一尺に達したことは認めるが、その余の事実は争う。本件土地は次の理由により開発適地であつて、本件買収処分は適法である。すなわち
(1) 本件土地の地勢は西側は道路等に接しこれらを経て海に接続し、東側は道路を経て水田に接し、北側は田畑に接し、南側は堤塘をへだてて海に接しているが、右堤塘設備の完成により容易に開発に適する土地である。現に千葉県が、昭和二五年、同二六年に亘つて経費一八三万二〇〇〇円(うち国庫補助金一一九万四五〇〇円)を投じて右堤塘を築造しその中央部に水門を設備し、この操作にて海水の遮断及び排水が行われており、このため本件土地は用排水路、道路、潮遊び等を設ければ開墾可能の状態になつたので、被告は農地法施行規則第四四条により昭和三〇年一二月一日から訴外宮崎信次外八九名に本件土地を耕作の事業に供するため貸し付けた。
(2) 本件土地の塩分の処理については潮遊びを設けて海水の浸入を遮ぎる一方、淡水による除塩については、地区外より本地区に流入する水量は毎秒〇、一一立方米(渇水量は毎秒〇、〇四五立方米)であり、本地区の全用水量毎秒〇、〇二七立方米(除塩用水量を含む)をはるかに上廻つているので除塩の用水は充分にその要求を充たし得る。
(3) 又本件土地に隣接する土地は、第一期工事として昭和二一年四月開墾に着手し同二三年頃それを完成した。そしてその収穫は良好で塩分のための被害もなくその生産力は近傍の既耕地にくらべて敢て遜色のない程度に達している。右事実は本件土地が開発適地であることを推認させるものである。
(二に対しては)本件買収処分は「自作農を創設し、及び土地の農業上の利用を増進する必要があるとき」に「農地の開発に供しようとする土地」を買収したものであるから適法である。すなわち、本件土地所在地は農漁村であつて、農地は狭少であり、地元増反者等の耕作面積もまた狭少であるところから地元増反者等は本件土地を自作農として農地造成することを熱望しているところであり、かつ本件土地の性質は昭和二四年一月一八日付農林次官通達二四開第六三号「開拓適地選定の基準」をもつて定められた開拓適地であり(同基準の三級地に該当する)、水門、農道用排水路及び潮遊び等を設けて土地条件の整備改良に努めれば、数年後においては近傍既耕地に劣らない生産力を発揮することが可能であり、これを耕作することによつて、耕作者等の地位は安定し、土地の農業上の利用を増進させることとなる。
(三に対しては)原告主張のとおり大正六年以来訴外曽根金次や原告が度々本件土地の開墾に着手しながら成功しなかつたことは認めるが、巨額を投じたかどうかは不知。
しかして以上のとおり、本件土地が開墾適地でありかつ相当の農業生産力を包蔵するものであることは、次の経過に徴してみても明らかである。すなわち、本件土地については昭和三〇年一二月初旬から開拓に着手し、同年中に開畑一町を実施した。又開田にも同時に着手し、昭和三一年三月頃までに一二町を開田し、その間に農道(幹線の幅二米、支線の幅一米、延長三一二四米、鉄筋コンクリート製暗渠八箇を含む。)、排水路(幅一、五米幹線の延長四四六米、支線の延長二一五八米)、潮遊び(水深三〇糎、大きさ一〇米×一六〇米)、水門一基(鉄筋コンクリート製まき上式手動板張、たて、よこ共に一、五米、延長一四米)を設置し、爾後年々その改良に努めた結果、逐次増収を見るに至り、その年度別作付面積及び収穫状況は次のとおりである。
年度別
田
畑
作付面積
収穫量(米)
反当平均収量
面積
作物名
収穫量
反当平均収穫量
昭和三十一年
四〇反〇〇〇
四一石九二
一石〇五
一〇反〇〇〇
麦
甘藷
一五石五〇
二、〇〇〇貫
一石五五
二〇〇貫
昭和三十二年
三〇、〇〇〇
九七、六〇
、八一
七、〇〇〇
一、〇〇〇
一二、〇〇〇
甘藷
陸稲
大豆
一、五〇〇貫
一石〇〇
一三〇貫
二一四貫
一石〇〇
一一貫
昭和三十三年
三〇、〇〇〇
一六四、九〇
一、三七
二〇、〇〇〇
麦
六四石八〇
三石二四
以上のとおり本件買収処分には違法はない。従つて原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。」
と述べた。
(立証省略)
理由
一、千葉県農地委員会が昭和二五年一二月二三日原告所有の別紙目録記載の土地につき自創法第三〇条による未墾地買収計画を議決してその公告をしたこと、これに対し原告から右農地委員会に異議申立をしたところ同委員会はこれを棄却したこと、そこで原告は法定期間内に被告知事に訴願をしたところ被告は二六年六月三〇日付で訴願人の申立を棄却する旨の裁決をし、右裁決が同月同日原告に送達されたことは争いがない。
二、ところで被告は「本件買収計画は『自作農を創設し及び土地の農業上の利用を増進する必要があるとき』に『開発適地』を買収せんとしたものであるから適法である」旨主張し、原告はこれを争うので考えてみる。買収計画樹立当時における本件土地が、自然に沖積された海砂によつて海中に出来た堤防に包まれた入江若しくは溜池のような形をなしているものであること、干潮時においては一面砂地となるが満潮時においては海水が浸入し海水面下になること、湿地帯であることは当事者間に争いがない。
以上の事実に証人宮本三郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、証人影井信男の証言により真正に成立したものと認められる乙第二、第三号証、証人小曽根豊吉、同平野常時の各証言、検証の結果を併せ考えると次のような事実が認められる。すなわち(1)訴外千葉県開拓審議会適地調査部会は昭和二五年六月二三日本件土地について堤防を設備し、土地の高低を整地することによつて容易に開墾可能と認め開発適地と決定した。(2)そして千葉県は昭和二五年・同二六年に亘つて本件土地開発のため経費一八三万二〇〇〇円(うち国庫補助金一一九万四五〇〇円)を投じて本件土地に堤塘(延長一〇一米、幅員七米、盛土張石及びコンクリート)を築造し、その中央部に水門を設備し、この水門の操作により海水の遮断及び排水が容易に行われるようになつた。(3)又本件土地に隣接する千葉県君津郡青堀町大堀字大津一〇二九番地四町二反九畝五歩、同町大堀字曽根新田一〇九二番地の二の二町五畝八歩、同町同番地の三の五町二五歩、同所同番地の四の四町二反五畝五歩は地元農民によつて昭和二一年四月開墾に着手され同二三年頃完成され約一一町歩の耕地になつていた。そしてその収穫は良好で塩分のための被害もなくその生産力は近傍のそれに比べ遜色のない程度に達していた。(4)又本件土地は買収処分後農地法施行規則第四四条により昭和三〇年一二月一日より夫々その近接農地の耕作者である宮崎信次外八九名に貸し付けられ、同人等は直ちに開墾に着手し、以後昭和三三年度末頃までには田約一二町・畑約二町の開墾に成功し、併せて農道、排水路、潮遊び等の整備改善をもなしてきた。しかして本件検証をした昭和三四年九月一日当時においては、曽根新田一六七二番地の二の田のうち北末川一六七二番地の畑に近い第二水路附近の約四畝の稲は水分中の酸素不足のため殆んど稔つておらず、又北末川一六七二番地の畑のうち約五、六畝は今なお殆んど荒蕪地となつているが、本件土地三筆中その他の部分、すなわち本件土地の大部分には稲(曽根新田一六七二番地の二及び三)や甘藷・落花生等(北末川一六七二番地)が植えられており、その稔り具合も普通の田畑に比べて著しく劣つているものとは認められない。他方、(5)本件土地所在地は農漁村にして農地が少く、本件買収計画樹立当時地元農民の中には食糧の自給にさえ困難を感ずる者もある状況にあつたので強く農地の開発造成が切望されていた。(6)又本件土地の開発に要した費用は整地費として二四〇万円、暗渠、道路、橋梁等の設備費として二六万五〇〇〇円であり、その費用は地元の開墾者が負担したが、その他堤塘の構築等の費用については前示のとおり県等が負担した。(7)又本件土地の収穫は年々増加の一途をたどり、昭和三三年度の収穫量は田においては反当五俵位、畑においては甘藷反当六〇〇貫位となつている。以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の事実関係からすれば、本件買収計画は自創法第三〇条第一項第一号の要件を具備し、違法がないものと言わなければならない(なお、本件計画乃至裁決の適法性判断について、その後の事情をもしん酌することが許されるか否かについて一言するに、本来行政処分の適法性はその処分時の状況において判断されるべきであるから、本件においては買収計画樹立当時乃至は裁決当時における状況のみが、直接的には判断の資料に供せられるべきであるが、その後の事情は遡つて当時における事実関係推認の資料としては考慮に値するものであるから、本件においてもその後の経過は裁決当時において本件処分(計画及びそれを推持した裁決)が自創法第三〇条の要件を具備していたかどうかの間接事実としてしん酌した次第である。)。
三、以上のとおり本件買収計画には何ら原告主張のような違法な点は認められないから、これを維持して原告の訴願を棄却した本件裁決は適法であり、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)
(目録省略)